告白
理由もなく(理由はあるんだけど)手紙の返事を出さないのは……この四年間で、はじめての事だった。
何度も返事と私の気持ちを書こうと思ったけれど、うまく書けないし、時間が経てば経つほど余計に書けなくて……
私自身も困っていた。
お茶会からもう四日、婚約内定から三日経った夜。
手紙を前に今夜も私は悩んでいた。机の上には、クリスタルの小鳥が蝋燭の光に反射して、ゆらゆらと揺らめきながら光っている。
魔法の光源もあるが、寝る前はこの蝋燭の小さな光が気に入っている。
前世で言うアロマキャンドルの様に蝋燭に香を混ぜ込んでいる。家の庭師と一緒に私が作ったものだ。うっすらとラベンダーの香りがして心地よい。
落ち着いて手紙を書けるかな、と思ってラベンダーの香りにしてみたが……
ふぅ。
小さく息を吐いて、椅子から立ちあがる。窓から外に浮かぶ月を見上げた。
大きな月。この世界の月は青白く光る。
基本的には地球の月に似ているが、年に二回は二つの月になる。たぶん普段から月は二つあって、重なって見えているのだろう。
地球に似た、地球ではない世界なんだと実感したのは、この二つの月をみた時だ。
魔法をみた時は、私の想像の魔法との違いや興奮、嬉しさが勝って『世界が違う』というところに考えがいかなかった。
ただ、月をみた時は違った。
ああ、本当に違う世界にいるんだって実感した。
悲しむとか、喜ぶとか……そういうものじゃなくて。受け入れたんだと思う。前世も、今世も。
月が私の気持ちを……前に色々受け入れた時の様に、背中を押してくれるのではないかと思って眺める。
少しでも近づきたくて、バルコニーへ出る。
冬の空気は私の顔を刺す様に冷たい。ふるっと身体が震えた。刺す様な冷たい空気は澄んでいて、私の鼻腔から肺までを刺激する。鼻の奥がつんとする。この感じは泣きたい時に似てる。
泣きたいのかな……
ふわっーと風が吹き上がる。寒さにぐっと身を縮ませ、ショールを握り締める。私の髪を風が悪戯に舞い上げてしまったので、直しながら、ふぅと息を吐く。息は真っ白だ。
「月が綺麗ですね……って通じればいいのに……」
顔を上げながら、つい口からそんな言葉が零れ落ちる。
「それはどういう意味なの? 」
不意にバルコニーの陰から声がする。
急な事で一瞬、ヒッと悲鳴を上げそうになる。声にならない音が出たが、声は出なかった。
そして声の主に思いあたり、少しだけ落ちついた。でも、まだ心臓はドキドキしている。心臓の音が響いて、うるさい程に感じる。驚き過ぎてしまったけれど……悲鳴がでなくて良かった。
「ごめんね。驚かすつもりじゃなかったんだけど……
でも、どうしてもリリィとちゃんと話がしたくて……少しだけいい? 」
なぜここにいるのか、どうやってこの二階のバルコニーに来たのか疑問に思う事がたくさんあるけれど、……まだ驚き過ぎて声が出ないのでコクンと頷いた。
「リリィ……怒ってる? 突然来た事も、この間の事も。」
私は首を横にふって怒っていない事を伝えた。口はパクパクするだけで、まだ声が出ない。
「リリィから手紙の返事がないなんて、はじめてで……
お茶会の後だったから……
リリィは私の婚約者になるのは嫌だった? 」
クリスが眉をひそめて、泣きそうなとても悲しそうな顔になる。そんな顔をさせたい訳じゃないのに上手く言葉にも、手紙にも出来なかった自分を悔いる。
「違うの。
あの……なんて言ったらいいのかわからなくて……
上手く手紙に書けなくて、それなら会って言う方がいいかなって考えたり……
そしたら、どんどん返事が出来なくなっちゃって……
ごめんね、クリス」
「私がどうしてもリリィの婚約者になりたかったから、兄弟達とも話をさせなかったし、強引にしてしまったせいで怒らせたのかと思ったんだ。
リリィの気持ちを聞かなくて、私の気持ちばかり押しつけてごめんね。」
クリスはまだ、部屋の扉近くの影にいる。この距離がもどかしい。
クリスは息を吸ってこちらに一歩踏み出す。
「……それでも。私はリリィとの婚約を破棄してあげられない。
私は、はじめて会った時からずっと君に惹かれてる。
……リリィが好きなんだ」
ぽろりと涙が零れる。嬉しくて止められない。身体は一歩も動けない。
「ごめんね」
クリスが更に悲しそうに顔を歪める。
「違うの。
……嬉しいの」
目の前まで来てくれていたクリスにぎゅっと抱きつき、やっとの思いで言葉に想いを乗せる。
「私も……クリスが……
その……好き……なの」
クリスがぎゅっと私を抱き締め返してくれる。最後の方は恥ずかし過ぎて、声が小さくなってしまったけれど、小さな声はちゃんとクリスに届いた。……嬉しい。
しばらく抱き合ってクリスが小さく、ごめんと言って身体が離れた。手は握られたままに、顔を合わせる。
私の顔は真っ赤だろう。
話を変えようと思ったのか……
「そういえば、さっきの月が綺麗ってどういう意味なの? 」
……追い討ちをかけらた気分だ。でも、また後で説明しても恥ずかしいだけだから、今説明した方がいいかもしれない。
「遠い国の話なの。
外国語を母国語に翻訳する時にね。『私はあなたを好きです』をそのまま翻訳したら、つまらないだろうって言った先生がいてね。
じゃあ、なんて翻訳したらいいですか? って生徒が聞くと『月が綺麗ですね』って翻訳したら素敵だって答えるの。
だからその国の人達の中では『月が綺麗ですね』って言われたら『あなたの事が好きです』って伝わるって言うお話しなんだけど……」
説明し終わったと思い顔をあげると、真っ赤な顔をして片手で口元を押さえるクリスと目が合う。瞳は零れんばかりに見開かれている。
私もこんなに動揺するクリスを見て驚いてしまう。
先にクリスが顔を背けてしまう。
じゃあ、あれは私に……? という事は……本当に? 小さく呟き、振り向いたと思ったら、再びぎゅっと抱きしめられた。
「ごめん。嬉しすぎて、なんて言っていいかわからない。
とりあえず、今日は帰るね。
……急に来てごめん。これも今度説明するから、秘密にしておいて。
おやすみ」
月明かりでも分かる位の真っ赤な顔でそういうと、クリスは手紙の時の様にキラキラと輝きを舞い散らせたと思ったら、消えていた。
お読み頂きありがとうございました。
やっとちゃんと両思い…くうぅー!好き!
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