乙女ゲームは始まるのか
「……リリィ……? 大丈夫? 」
お兄様? ……あれ? お茶会終わったの? お家?
お兄様が心配そうに私の顔を覗きこんでいた。
私……クリスに会って……
あれって……私の事、好きって事なの?
それとも、あの三人の中では私を選ぶって意味なの?
クリスの真剣な顔を見てると、とても軽い感じではなかったけど……でも、好きだと言われた訳じゃないもの……。
勘違いしてはダメよね……。やだ。泣きそう。
「お兄様? 私、あの……まだ良くわかってなくて……
お城に……クリスがいたの。
……クリス……王子様なんだって。
そして、私を選ぶって言ってくれるんだけど……
これってどう言う事だと思う? 」
「え!? 」
お兄様は瞳が零れる程に目を見開いて驚いていた。そうよね。クリスが王子様だったなんて驚くわよね。
お兄様もお手紙を交換してたのに気づかなかったのね。
「あのね。婚約者の中で、私を選ぶって言ってくれたんだけど……
知り合いだからなのかな?
それとも、昔の事を気にしている感じかしら……
どうしたらいいの……」
「リリィ、ちゃんとクリスの話を聞いていたんだよね? 」
「聞いていたわ。
私が嫌がらない限り私を選ぶって言ってくれたわ。
私……どうしたらいいのかしら……」
「………………っ、にぶい…………それとも……」
お兄様は、がっくりと机に項垂れて何か言っていたが、良く聞き取れなかった。
……それよりもしっかり考えなくてはいけないわ。私はクリスの事が好きだけれど、クリスは三人の中なら私を選ぶって事だものね……。
そして、ヒロインが現れたら……。
想像するだけで悲しくなる。
私だけが好きで、そのうち私の目の前でヒロインに奪われていく婚約者なんて……想像するだけで悲しくなってしまうわ!!
そうよね。そうして、みんな悪役令嬢になってしまうんだわ!
だって、私は婚約者の事が好きなのに……。
「リリィ……ねぇ? リリィ? 私の声が聞こえてる?」
「ごめんなさいお兄様。
少し何かに囚われておりました」
「そうみたいだね。
帰って来てくれて良かったよ」
「でも、婚約破棄を前提にクリスの婚約者になるのは……
辛いです」
「えええっ! だからそのまま婚約して、結婚すればいいんじゃないの?
リリィは、クリスの事……
その……好きなんだよね? 」
お兄様の言葉にコクンと頷く。
「でも……きっとヒロインが現れて、クリスもみんなも……」
言いながら涙が溢れてきてしまい……いけない。こんな所で泣いてしまってはいけないわと思うのに、涙が止まらない。
お兄様がそっと背中を撫でてくれる。
「リリィ落ち着いて。
……よく考えてみて。
クリスの事もリリィの気持ちも」
「私の気持ち……? 」
「そうだよ。難しい事を考えるより……
まずはリリィがどうしたいか、よく考えて。
私も出来る限りリリィに協力するからね! 」
ね。っとウインクするお兄様。
お顔はお母様そっくりなのに、こんな所はお父様そっくりなのね。
「お兄様ありがとう。私よく考えます」
お兄様は「大丈夫だよ」と優しく微笑んでから、部屋を出て行った。
私の気持ち……。
そうよね。ゲームの知識に引きずられてしまって、大切な事を見失ってしまう所だった。
私は今を、ここで生きているんだもの。
決して、病室で物語を読んでいる訳じゃない。
ちゃんとクリスに私の気持ちを伝えなくちゃ。
『伝える』『伝えられる』相手がいて、『伝えたい気持ち』があるって凄い事だって、私は知っていたのに……。
他の事に気をとられて、見えなくなってしまうなんてもったいない。
乙女ゲームのシナリオが進むかどうかはわからない。
類似性が多すぎて無視は出来ないけれど、私は私の気持ちや私の大切な人や大切な物を、ちゃんと大切にしたい。
お兄様は凄い。
良かった。気づけて。お兄様ありがとう。
――――― ――――― ―――――
驚いた。
リリィの鈍さに驚いた。
まず、クリスが王子だという事に全然気づいていなかった事。
リリィは確かに、相手の身分等にあまり拘りが無く、貴族でも平民でも気にせず仲良くしていた。
でもまさか王子に対するまで気づかない程に、相手の身分について拘りが無いなんて……好きな相手の事なのに、相手の身分について考えていなかった様だ。
身分の理解が無い訳じゃない様だから放置しておいたが……これからは一族しかいない領地ではなく、貴族社会の王都で王子の婚約者として生活するのだから、もう少し教育が必要かもしれない。
リリィは人の心の機微には敏い方なのに……事、恋愛方面に置いては……壊滅的だと思う。
領地内でも『可愛い娘』『可愛い妹』だと、父も私もあまり妹を外に出したがらなかった……だから、友達も数える程しか居ないし、そういった恋愛方面の話をする相手がいなかった事は想像がつく。
それにしても、ひどい。
クリスの気持ちにも全然気づいていない!
しかも、三人の中からなら自分を選ぶって……
クリス……リリィは鈍いんだから、直接的に言わないと伝わらないよ! あんなに私宛ての手紙に熱烈な告白が書いてあったのに、全然ダメじゃないか!
大切な妹を泣かせるなら、協力出来ないよ!
って最初こそ思ったけど……
むしろリリィが鈍くて、クリスごめん。
かろうじて、自分の気持ちには気づけていて良かった……
そこからだと手に負えないよ。でも、気づいたばかりかもしれないなぁ……
でも、私から伝えるものでもないしなぁ……
誤解してるよとだけでも、伝えた方がいいかな?
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