クリスの決意
目の前の女神と、目が合った。
……美しい………………やはり女神か。
「女神様、私の治療をありがとうございました。
あの毒の治療は治療院でも治せず、ここに解毒の薬草があるらしいとの噂を頼りに来てしまいました。
まさか、女神様に治療して頂けるとは……」
「あの……ごめんなさい。私は女神様ではないの。
この近くに住んでいる普通の……
ちょっと治癒魔法が得意なだけの人間だわ。
でも……間に合って良かったわ」
と、にこりと微笑む。
話しだすと、確かに女の子の様だが……あまりにも美しく、そして可愛らしく微笑むので、恥ずかしくて直視出来なかった。
……そんな自分にも驚いた。
いや。そんな事よりも、死の淵から助けて貰った感謝を伝えなくてはいけない!
慌ててお礼を伝えると、彼女は更に驚く事を言い出した。
「本当に良かったわね。あと……
本当は今すぐ、その呪いも解いてあげたいんだけど……
それ、明日でも良い?ごめんなさい。
毒の解析に少し時間がかかってしまって……
そろそろ戻らないと、抜け出したのが見つかってしまうの」
これには本当に驚いた。呪いを解く?
もちろん、明日でも明後日でも、いつまででも来るまでここで待つと言った。
……だって、他に希望など無いのだから。
「夜はこの辺りも獣が出たりして危ないの。
早めにお家に帰ってね。
明日またここに来るから……また明日ね」
そう言うとくるりと後ろへ向き、走って行ってしまった。
私はその後ろ姿を、ずっと見ていた。
彼女の周りに、精霊の姿がうっすらだが……たくさん視える。精霊にも愛されているのだなぁ……。
そして、彼女の言った事を考えていた。
……呪いを解くと言っていた? 彼女が? 明日?
そして、解毒が出来たと言っていた?
確かに、身体は先程とは比べものにならないくらい、楽になっている。
呪いが解けて無いのにも関わらず、解毒出来たという事は……彼女の魔力が呪いをかけた術者よりもずっと高く、レベルが違うという事しか考えられない……
そんな事がありえるのだろうか……
相手はおそらくだが、強い魔女だ。
でも、実際に解毒されている気がする。
そして、回復魔法や治癒魔法が効いている。
解毒に関しては、確認してみない事には正確には分からないが……回復や治癒魔法が効いているのだから、解毒されている事は間違い無いだろう。
まさか、いや、そんな、ああ、だが…………………………
一人で混乱と喜びと不安と驚きと、なんと言っていいのか分からない不思議な感情を、持て余していると……
真っ青な顔で哭きながら、リチャードが走りこんで来た。
「っ……はぁ……っ…………み、みぢに……道に…………っ……はぁ……はぁ
迷って…………うぅ…………クリスが…………死んで……しまうかもって……
うわぁぁぁん」
どうやらリチャードは道に迷っていたらしい。私が死んでしまうかもしれない恐怖に、冷静になれなかったんだろう……
本当に、あのまま死ななくて良かった。私の為にこんなにも良くしてくれる彼に、酷い事をしてしまう所だった。
号泣して私にしがみつくリチャードを、私はぎゅうぎゅう抱きしめた。
「リチャードありがとう。私は大丈夫だ」
そう言えばリチャードは、より大きく泣き出した。
私も今更ながら、生きていると実感して泣いた。
二人してさんざん泣いて、落ち着きを取り戻した頃……なんとなく気恥ずかしくて、お互いに顔を合わせられないまま、教会へ向かって歩きはじめた。
「殿下……本当に……その……大丈夫なのですか? 」
「二人きりの時は、クリスでいいよ。
それが……私も自分でも信じられないんだが……」
リチャードが回復薬を取りに行った後、女神の様な女の子が来て解毒魔法と回復魔法と治癒魔法をかけて走って行った。
そう簡潔に話した。
「……………………」
「…………まあ、信じられないよな。
私もいまだに夢の様な感じもしているが……
解毒されたんだ。
しかも、明日呪いを解く為にまた来てくれると言うんだ」
リチャードはやはり、納得がいかない様な表情だったが……私の体調が良さそうな事と、あのまま倒れていなかった事に安心したと笑ってくれた。
リチャードと話していて、初めて彼女の名前すら聞けていなかった事に気づいた。
明日はまず名前から聞こう。
そう考えるだけで、胸がどきどきした。
この気持ちは……。また明日、彼女に会えば分かるだろうか……
彼女の温かい魔力を思い出す。
私を見つめていた菫色の瞳は、紫水晶の様に澄んでいて神秘的な耀きを帯びていた。銀の髪は自ら耀いているように艶やかで、まっすぐサラサラしていた。
白い肌に唇はぽってりと赤く色づき、小ぶりだが形の良い鼻。スラリとした白く華奢な手足。……思い出す彼女はやはり女神のようだ。
翌日、自分も付いて行くと聞かないリチャードだが……男二人いたら女の子一人だと怖がるかもしれないと何度も説得して、大きな声なら届く範囲で待機する事で妥協してくれた。
泉で再び会う事が出来て、本当に夢でなくて現実なんだと嬉しかった。やはり彼女は実在して、私は助かったんだと実感する。
彼女の兄、ランスロットも一緒に来ていて、呪いを解くのを協力してくれるという。ランスロットは聡明そうな瞳をしていた。そして、私の正体に気づきながら、私に合わせてくれていた。解析が得意という。
彼女の方から、リチャードを連れて来ても良いと言われて本当に嬉しかった。
でも一番嬉しかったのは、彼女の名前を聞いた時だ。
嬉しくて胸が震えた。
リリアーナと話をしてる時や、顔をみているだけでも、立っても座っても、何をしていても楽しい。
私の聖魔法と精霊魔法のいくつかの複合魔法で出来た、オリジナルの伝達魔法がある。小鳥の精霊の力を借りた伝達魔法でクリスタル化させたものをリリアーナに渡した。
これでいつでも連絡がとれる。
伝達魔法は、風の伝達魔法と黒の伝達魔法が一般的だ。だが、この二つは欠点も大きい。
風の伝達魔法は、周りにも聞かれてしまうので秘密保持が難しい。
黒の伝達魔法は、闇の魔力を持つもの同士しか使えない。少しでも闇の魔力があれば使えるが、闇魔法は使える者が少ない為、隠密や王家の影達が使っている。
この精霊魔法は誰とでも使える所が良い。私が設定した相手に媒介を渡して契約しておけば、いつでもどこでも、持ち歩かなくても連絡が秘密裏にとれる。
媒介は以前作ったものだが、契約だけなら今の魔力でもなんとかギリギリ出来る。良かった。
そして、リリアーナといつでも連絡がとれると思うと違う喜びが胸に溢れる。
次から、リチャードも加わり四人で泉に集まる様になった。
リチャードもリリアーナの美しさに固まっていたが、気づいたらランスロットと呪いの解析について話し込んでいた。
後から聞くと、二人で呪いの解析について話す内にとても仲良くなったらしい。
私はいつしか呪いの事よりも、リリアーナと会える事を嬉しく感じていた。リリアーナの好きな物を聞いたり、何を学んでいるのか、どんな食べ物が好きか……ただのそんな話が出来るだけで、とても嬉しかった。
リリアーナが、私の気持ちに寄り添ってくれる時、体調を気づかってくれる時、好きだと思う気持ちが溢れてしまいそうになる。子供の恋だと笑われてもいい。それでも、この気持ちを大切にしたかった。
そんな時間を過ごしているうちに、ランスロットとリチャードで呪いを解析出来たという!
ランスロットが展開して見せてくれたのは、余りにも凝った芸術の様な『呪い』だった。完成された呪いの美しさに呆然とする。こんな美しい呪いをかけられるのは、やはり魔女だけだろう。
展開図は黒い模様に、オレンジや赤くほの暗い光を纏わせ、鈍い光を放つ、まるで文字の様な……模様の様な……一枚の絵画の様なそんな不思議なモノだ。
リリアーナは胸前で手を組み、何か発すると術式の展開図が光を帯びる。
ほの暗い光が、白や青や金や銀の光に変わりながら……少しずつ浮き上がり、キラキラと昇華していく。
呪いの言の葉が、リリアーナの魔力に溶かされ、解けていく。
まるで祝福の様な……お祝いの様な美しい儀式だった。
長かった様な一瞬だった様な、夢の様な『解呪』が済むとリリィは、ガクンと膝から崩れたのを慌てて支える。
「ね。…………出来たでしょう? 」
にっこり笑う彼女を抱きしめ、気づくと泣いていた。
ありがとう、君は本当に私の女神だ。
言葉には出来なかったけれど……いつか彼女に言いに来よう。
いつか必ず。
お読み頂きありがとうございました。
今日でクリスsideは一度終わり、明日から本編に戻る予定です。
いつもたくさんのブックマーク、評価をありがとうございます。
とても感謝しています。