クリスとリチャードと銀の一族
私は髪の色を変えて、リチャードと共に銀の一族の領地に入った。
領地に入るまでの旅は、思ったよりはスムーズだった。
もちろん影で王家の暗部がついているだろうけれど……大きな問題はなかったと思う。
銀の領地で働く森人の祖父の所に遊びに行く、裕福な商人の息子という設定だ。商人として、他の街をみたり自分たちの力試しをしていると話していた。
しかし銀の一族の領地内は違った。
領地内に他の一族も少しは、いるにはいるのだが数が少なく髪色が違うだけで、とにかく目立つ。
基本的に仕事で必要とされている人物以外は、領地内に入る事すら禁止されている。
もちろん『祖父に仕事で会いに行く為の許可証』を作ってもらってある。祖父役に、昔王宮の庭師をしていた森人に連絡も入れてある。
問題は、旅人や商人が居ない為に宿屋がほとんど無いのだ。あまり追及されたくない私達は、銀の一族の領地内では森で野営する事が多かった。野営が続くと疲弊する。
リチャードだって、公爵家の息子だ。私と同じくらい野営は辛い筈なのに、文句のひとつも言わずについて来てくれる。
彼に対する信頼感や感謝の気持ちが更に高まる。そんな中、気持ちよりも先に毒が回った身体が先に悲鳴をあげ始める。
これ以上リチャードに迷惑をかけたくない私は、回復薬を定期的に飲みつつやり過ごしていた……
私達はまず、王都の救護院で勤務していた銀の一族の師匠にあたる人物が、解呪や解毒を得意とする人がいると聞いて、その人の元に向かっていた。
領地内の深い森の奥にある教会で司祭をしているらしい。
やっとの思いでその教会に着いたが、件の司祭は公爵家に届け物に行ってしまっていた。
「おじいさんのお使いなんて偉いね~。
ここには、知らない人は来ないから、おじさんは君達に会えて嬉しいよ」
残っていた他の司祭はお喋り好きな様で、待っている間に様々な話をしてくれた。
「最近ね。ここの教会に付随してる孤児院で、誘拐未遂があったから、街でもピリピリしてただろう?
ごめんね。君たちみたいな可愛い子には関係無いだろうけど、みんな心配で警戒しちゃっているんだよ。
孤児でも、銀の一族の『癒』の力を欲しがる人達はまだまだ多いのさ」
それであんなに視線を感じたのか……銀の一族は、やはり大変だな。保護をするのも納得だ。
「そうそう! その時に公爵家の人達が慰問に来てくれていて、公爵家の護衛さん達が、殆ど倒してくれたんだけどね!
悪あがきした誘拐犯が、辺り一面に滅茶苦茶な魔法を打ちまくって、火の海みたいになったんだよ!
その中に公爵夫人と一歳の赤ちゃんがいてね。
燃える二人を見た公爵の姫様が魔力の暴発を起こしちゃったんだ!
もうさ暴発って言ったら皆巻き込まれて、大惨事だと思うだろ?
姫様は癒しの最高峰だから、怪我は治り士気は高まり、敵は消えちゃったんだよ!
すごいよね~」
「その姫様は大丈夫だったのですか? 」
珍しくリチャードが聞く。
「姫様は3日くらい寝込んだらしいけど、今は元気らしいよ。
お兄さんが居るんだけど、お兄さんが姫様を心配して家から出さないだけみたいだね。
今回はその姫様に、うちの子達がお礼のお花をあげたいって言うんで、司祭が代表で行ってるんだ。
姫様はお花が大好きだからね。
司祭はお花を渡したら直ぐ帰って来ると思うよ」
ニコニコ人の良さそうな司祭は、話し続けている。
リチャードは何か考えこんでいるようだった。
「………………くぅっ…………っはぁっ…………はぁ」
そんな時、回復薬の効果が切れて身体中を激痛が襲う。
息が苦しい。ぐっと胸元を鷲掴んで堪えようとするも、そのまま倒れこんでしまった。
司祭が心配してベッドに運んでくれた。
彼が席を外した隙に、リチャードに鞄の中の回復薬を取り出して貰い一気に飲んだ。
「殿下! いつからこんな状態だったのですっ!?
これでは…………これでは……」
リチャードは全てを察し、言葉を発せない様だった。
その時、件の司祭が戻って来た。
人払いをお願いし、呪いの事、解毒の事を聞いた。
ただ、答えは王宮で診て貰ったモノと同じだった。
呪いが複雑過ぎて、とても解呪出来そうにない事。
こんな呪い見たこともないと言う事。
毒に関しては毒の解毒は出来る毒なのだが、いかんせん呪いが強くて、解毒の魔法が効かない。
呪いを先に解かなければ、解毒は出来ない。
そういう答えだった。
ここまで来て同じ答えに、落胆はしたが……まだ希望は捨てない。
司祭の他に解呪の得意な者が居ないか聞いてみたが、同じレベルは居てもそれ以上は心当たりはないと言う。
回復薬が多少効くのであれば、森の泉に解毒の薬草があるというので、明日は森の泉に行く事にした。
今日は教会に泊まり、ゆっくりさせて貰った。
リチャードは私をみて何か言いたげだったが、何も語る事なく隣にいた。ありがたかった。
夜ふと目が覚める。ベッドだけの質素な部屋に、窓から月の明かりが入りこんで明るく照らしている。
……胸がざわざわする。
精霊達の導く声が、微かに聞こえる。
森の泉に何かあるのだろうか?
私は今度こそ何か手掛かりがある事を祈って眠りについた。
精霊の声が微かにしか聞こえなくなっていた私は、隣の部屋で声を殺してリチャードが泣いている事には気づけなかった。
翌朝、薬草を回収したら戻って来るので、荷物は教会に置いたままリチャードと二人で泉に向かった。
美しい森だが、意外に森は深かった。
リチャードにこれ以上心配させない為にも、朝起きて直ぐに回復薬を一本飲んでいた。
回復薬も乱用すれば、更に寿命を削るだろう。リチャードもそれに気づいているが、飲まない訳にもいかない事にも気づいたのだろう。
やっとの思いで森の泉に着いた頃、もう回復薬の効果が切れてしまった。歩き過ぎて毒が早くまわったのか、体力も落ちているのか、もう身体が限界なのか…………全部かもしれないな。と他人事の様に考えていた。
慌てて回復薬を飲もうとしたが、震える指のせいで落ちて割れてしまった。
真っ青なリチャードが、教会に取りに行ってくる! と止めるのも聞かず走って行ってしまった。
はぁはぁ……自分の呼吸がうるさい。
もしかしたら、本当にここで死んでしまうかもしれないという、恐怖に襲われる。
意識が朦朧とする……
「大丈夫ですか? 」
誰かの声がする。
「……ぅっ…………」
答えようと思うのだが、声にならない。
「治療魔法をかけますね。
…………えっ? …………?? これは…………」
声の主は私の身体を風魔法で浮かせ、どこかに移した様だった。
そしてどのくらいの時間かわからないが、私の胸の上に手を当てて、魔力を流していた。
暖かい魔力が心地良い。そう思っていると……
「見つけた」
そう言うと……解毒を試みてくれている様だった。
解毒しながら泣いている、私を思って泣いてくれているのだろうか。
心優しい人。
呪いが解けないと解毒は出来ないんだ……
申し訳ない。
声にならないが申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
かなりの時間が経った頃、急に身体の内臓の治療魔法と体力の回復魔法も使ってくれた事に気づいた。
こんな高度な魔法を三つも同時に使用するなんて!!
それよりも、魔法が効くなんて!
衝撃と回復の魔法のおかげで身体も楽になり、声の主をみた。
そして、更に衝撃を受ける。
声の主は銀の髪が耀く様に美しい自分と同じ年くらいの女の子だったからだ。
「…………ふぅ。……良かった。上手くいったわ」
「………………女神……なのか? 」
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