呪いと祝福と出会いと別れと
私達が泉に着くと、クリス以外にもう一人、黒髪の男の子がいた。
男の子は私達を見て、ボーッとしたまま動かないので不思議に思っていたら、クリスが彼の事はそっとして置いてあげてというので……
…………そっとしておいた。
とりあえずお兄様からクリスに、解析は順調なこと……だけど複雑過ぎる事。思っていたよりも、ずっと複雑なんだという事を伝えた。
「私も解析を手伝おうと思ったんだけど……
複雑過ぎて手を出さない方がいいみたいなの……」
だからまだ数日は解析が必要な事、だけど解析は出来ると思うという事をお兄様は真剣に伝えていた。
クリスは嬉しそうな、そして悲しそうな顔をしていた。
「いや、この呪いが複雑なのは解っているんだ……。
もう何人か専門家に密かに見て貰っていたからね……。
そして匙を、投げられてる。
だから、解けなくても二人は気にしないで」
「クリス! 僕にはこの呪い解きほぐせると思う。
そして、リリィなら解呪出来ると思うよ。
やれるだけやろう」
そうして、お兄様はまた新たにクリスの身体から呪いを解析し始め……ある程度したら、お兄様一人で解析を試みていた。
その解析をリチャードは、隣でじっとみながらたまにお兄様と何か話している様だった。
暇になった私達は二人で泉の周りを散歩したり、お花をつんだりしながら話していた。
「ねぇクリス、あの小鳥は私が一人の時にしか動かないのね。
すごい魔法ね! キラキラして、綺麗でそして可愛いくて……
夢の様だったわ! 」
「気に入ってくれたなら、良かった。
そう。リリアーナと僕だけの秘密にしてくれる? 」
「秘密? 」
「そう秘密さ」
また二人で顔を見合わせて笑い合う。
秘密! なんて楽しい事なのかしら!
「じゃあ、二人だけの秘密ね。……楽しいね」
と、くすくす笑う。
クリスと私との二人だけの秘密……なんて素敵なんだろう。
こうやって、私達は四人で定期的に会いながら……
私はクリスと遊んだり話したりするだけだったけれど、お兄様とリチャードは呪いの解析について話したり、解析して過ごしていた。
――――― ――――― ―――――
本格的な冬が始まる前。それでも、頬にあたる風が冷たくてピリピリする様になった頃……
ついに僕とリチャードで解析が終わった。
リチャードは『黒の一族』闇魔法の次期当主だろう。……たしか、宰相の息子だったはずだ。
おい。やっぱり将来の大物だ。……気まずい。
呪いの事を相談されてから、探求心とクリスの人柄に惹かれて一緒にいるらしい。
流石は『闇』の魔法の一族なだけあって、リチャードの助言があったおかげでかなり解析がスムーズに出来たと思う。
お礼を言うと、リチャードは自分では解析しきれなかったから僕の解析の力だと、褒めたおされた。
……いや。とてもじゃないが家族を探知・解析しすぎて得意になったとは……言い出せない。
そんな僕は、リチャードの事も友人として好きだが……たまにリリィをじっと見て赤くなっている事を知っている。やめてくれ。
リリィ……僕は色々心配だよ。
クリスもリチャードを威嚇するのもやめてよ。怖いよ。
リリィも気づいてよ!楽しそうなの、リリィとクリスだけだからね!二人とも、なんか緊張感無さすぎない?
それでもこの日は、みんな真剣な顔で顔を合わせていた。
最初に口を開いたのは僕だった。
「リリィ、解析は終わったけど……
すごく複雑な呪いの術式だから、もし、術式をみて少しでも難しいと感じたなら……手をださないと僕に約束して。
クリス、僕も君の事を大好きだけど……
僕にとって妹は特別なんだ。
妹を危険に曝せない。
諦めてもらう事もあるとだけ……覚悟しておいて」
クリスは真剣な顔で深く頷いた。
クリスが、リリィに無茶をさせるつもりは無いのはわかっている。
でもリリィは?
この子は無茶をしてしまうかもしれない。
「リリィ……チャンスは今日だけじゃない。
少しでも不安がある時は次のチャンスを待つんだ!
いいね! わかったね! 」
何度も念をおす。
リリィも真剣な顔だ。
「じゃあ……やろう。
みんなは手を出さないで。
呪いの術式を解析したものを展開してみるから」
僕は静かにクリスの『呪い』を展開していった。
あまりの複雑さに、展開するのにも時間がかかる。下手に手を出すと直ぐに『呪い』がこちらにも発動する。
ふぅ。
大きく息を吐いた。
時間が思ったよりもかかってしまった。
顔をあげると、クリスもリチャードも呆然としていた。
それはそうだろう。余りにも凝った『呪い』だ。芸術の様な『呪い』には完成された美しさすら感じる。
展開図は黒い模様に、オレンジや赤くほの暗い光を纏わせ、鈍い光を放つ、まるで文字の様な……模様の様な……一枚の絵画の様なそんな不思議なモノだ。
でも、これはすごい。芸術の域だ。
リリィだけは、真剣に何か言いながら『呪い』の術式の展開図をみていた。
リリィはすっと、その美しい顔をあげると微笑みながら言う。
「後は私がやるわね」
言い終わらない内に、魔力制御の指輪を三つ外していた。
そこからのリリィは……クリスじゃないけれど、女神に見えた。
静かに胸前で手を組み、何かを言っている。でも、何を言っているのか聞き取れない。
そのうちに、術式の展開図が光を帯びる。
ほの暗い光が、白や青や金や銀の光に変わりながら……少しずつ浮き上がり、キラキラと昇華していく。
呪いの言の葉が、リリィの魔力に溶かされ、解けていく。
「なんて綺麗なんだろう」
誰が言ったのか……
みんなの思いだったのか、声だったのか……
それすら分からずに、このまるで祝福の様な……お祝いの様な儀式に、ただただ見とれていた。
長かった様な一瞬だった様な、夢の様な『解呪』が済むとリリィは、ガクンと膝から崩れた。
倒れる前にクリスがリリィを支える。
「ね。…………出来たでしょう? 」
にっこり笑うリリィをクリスが抱きしめ、泣いていた。
リリィを抱きしめるのは止めて欲しいけれど、今日だけ……見逃す事にした。
それから何回かは、みんなで本当に文字通り泉で遊んだりピクニックをした。
そんな穏やかな日は数回で、クリスもリチャードも……そして僕達二人も、お別れだと知っていた。
家に帰らなきゃ。
そうだね。家族が心配してるよね。
さみしいね。
皆の事、忘れないよ。
ありがとう。
誰の言葉だったのか、誰の涙だったのか、一人もまた会えるとか次に繋がる話はしなかった。
僕達の濃くて短い秋が終わりを告げた。
そして銀の一族の領地に、深い深い冬の季節がやってきた。
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