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俺様日記~1学期~  作者: 清野詠一
9/53

ホトトギス大作戦


★6月06日(月) 


 八丈島のキョン……

に襲われる摩訶不思議な夢で目が覚めた月曜日。

さぁ、今週も張り切って学校に行きますか!!

と言うテンション高めの感じで、いつもの如くまどか達と朝御飯を食べ、それぞれ学校へ。

まどかはこれも鍛錬の一つか、それとも単に力とか精力が有り余っているのか、はたまた馬鹿なのか、かなり距離のある梅女まで走って行くし……

のどかさんは、ロッテンの爺さんの運転するリムジンで優雅にご出勤。

そして俺は俺で、何時ものようにラピスと共にブラブラと学校へと……

「あ、あれ?」

俺の前に、ラピスの姿は無かった。

代わりに、セレスが佇んでいる。

それも俺の学校の、赤と白を基調とした前時代的なセーラー服を着てだ。


あ、あれれれ?


「_どうかなさいましたか、洸一さん?」

いつものどこか無愛想チックな表情の中にも、微かに笑みを含ませ、セレスが首を傾げる。


「いや、どうかなさいましたか、じゃないだろ?ラピスはどうした?つーか、何でセレスがウチの学校の制服を……もしかして、趣味?」


「_洸一さんのように、制服に萌える様な特殊な性癖は持ち合わせていません」

セレスはさらりと酷い事を言う。

ちなみ俺は、制服フェチではない。

まどかには一度、SSナチの制服を着せたいと思っているがな。

「_それにラピスさんは、既に梅女へと向かいました」


「梅女へ?」

え?何しに?


「_はい。洸一さんにはまだ話していませんでしたが、実は今日から二週間ほど、私とラピスさんは通う学校を互いに変える事になったのです」


「学校を変える?転校……って言うか、短期留学みたいな事か?」

俺は軽く頷きながら、ブラブラとセレスを伴い学校へと向かって歩き出す。

「でもなんで急に?何か学校で問題でも起こしたのか?」


「_洸一さんと一緒にしないで下さい」

セレスが俺をジロリと睨む。

そんな仕草が制服と相俟って、何だかちょいと新鮮だ。

「_これはフィールドテストの一環なのです」


「ほほぅ」


「_特定環境を変えることによって生じる能力値の比較検討、及びAIに掛かる負荷値の測定など……」


「あ~~何だか難しそうだから、詳しい話は良い」

俺は手を振りながら苦笑を溢した。

「しっかし、そうか……二週間ぐらい、セレスは俺様の学校の生徒になるのかぁ」


「_はい」


「……ふむ。と言うことは、ラピスのクラスに編入するってこと?」


「_はい。ラピスさんと同じクラスに配属されます」


「そっかぁ。ちゅう事は、姫乃ッチと同じクラスか……」


「_そう言うことになりますが……どうかなさいましたか、洸一さん?少しだけ深刻そうな顔をなされてますが?」


「うむぅ、あのクラスは、色々と問題があるからのぅ」

俺は天を仰ぎ、溜息を吐く。

「俺様があれほど教育してやったと言うのに、未だに姫乃ッチの事を陰でクイーンとか呼ぶし、ラピスも偶にパシリとかさせられているし……その都度、この俺様が拳でもって修正してやっているんじゃがのぅ」


「_ラピスさんの場合は、自発的に好きでやっているように思われますが……心配はいりません」

セレスは笑みを浮かべた。

しかもニッコリとまぁ、満面の笑みだ。

「_今日中に、あのクラスは私の支配下に置くつもりです。そして今週中には、一年は全てシメる事が出来るでしょう」


お、おいおいおい、何か言い出したぞ、このキリングマシーンは……


「_それよりも、問題はラピスさんの方です」


「梅女か?でも梅女には、まどかがいるから大丈夫じゃねぇーのか?」


「_洸一さんは甘いです。女学校と言うのは、想像以上に閉鎖的なのです。外界とは隔絶された村社会なのです。新参者、しかも性能的に著しく私より劣るラピスさんがクラスに編入されたら……さぞかし、陰湿な苛めが待っているでしょう。ふふふ……少し楽しみです」


「あ、あのなぁ…」


「_冗談ですよ、洸一さん?」


とてもそうは見えなかったぞ。

「まぁ、ラピスなら何とかなるだろう。天然気質だし。それにだ、もしもラピスが悲惨な目に遭っているとしたら……梅女は、彼女の背後にこの地域最凶と呼ばれた俺様がいることを、その身を以って知ることになるだろうよ」


ま、そんなこんなで、セレスは俺の学校へ、ラピスは梅女へ暫しの編入と言うことになったのだが……

なんとな~く、ヤバイと言うか色々と問題が起こるような気がする。

って言うか、既に昼の時間には、セレスのクラスがいきなり爆音と共に大破していたし、ラピスはラピスで帰宅後、ニコニコと微笑みながら俺に向かって、

「はやぁぁぁ…今日はクラスの皆しゃんに、たくさんの買い物を頼まれたでしゅ。しかもおトイレと裏庭の掃除も言い付けられたんでしゅよぅ。まさに至福の時でしゅ」

等と、それはパシリ兼イジメだろ……と突っ込みたくなるような事を言った。

ま、ラピスの事はまどかに頼んでおけば問題はないと思うが……しかし大丈夫かいな?

本当に不安だ。


ちなみに今日は、午後から雨が降ったので、俺と優チャンは空き教室を使っての筋力トレーニング。

・・・

ブルマ姿の美少女と、放課後の教室で仲良く特訓と言うシチュエーションに、洸一、少々興奮を覚えてしまったのは秘密なのだ。

最近、禁欲的生活が続いているから、年頃な僕チンとしてはこれは不可抗力だと思いたいが……

こんな状態が続くと、いつ何時、理性が吹っ飛んで誰かを押し倒してしまうかも知れん。

まかり間違って真咲さんとかまどかを押し倒してみろ……

俺の人生、そこで詰みだ。

更に万が一、穂波を押し倒してみろ……俺は間違いなく、自決するね。



★6月07日(火)


いつものように爽やかに目が覚め、いつものように朝飯を食らい、そしていつものように学校へ……

と、そんな俺に、道すがらまどかが声を掛けてきた。

「ねぇねぇ洸一。ちょっと良い?」


「あん?何だよ、まどか。のんびり歩いていると、遅刻しちまうぞ?お前の学校は俺より遠いんだし……」


「ちょっとだけよぅ」

まどかはそう言うと、辺りを見渡し、そして声を潜めながら、

「洸一に聞きたいんだけどさぁ。アンタ、姉さんと何か話した?」


「はい?」

それはどーゆー意味だ?

「何か話したって……何をだ?もしかしてお前の部屋の本棚の隅に、隠すように『男を惑わす魅惑のファッション』とか『男を悦ばすテクニック』とか言う、何じゃコリャ的な本が置いてあるって事か?ちなみに俺は大笑いしたぞよ」

言うや、まどかは無言で俺に殴り掛かって来た。

あまつさえ蹴りまで入れられた。

朝一番で早くも洸一、ボロボロのズタズタだ。

もう今日は学校を休もうかな。


「なに勝手に漁ってるのよ!!ったく……信じられないわっ!!」


「お、俺もお前が、まさかあんな本を読んでるなんて信じられないよぅ」


「くっ…」

まどかは俺をキッと睨み付け、そして首を締め上げながら、

「あ、あれは偶々、友達から借りただけよ!!……いいこと、洸一?もしもこの事を誰かに喋ったら……その時は、本気で命がないわよ?分かったっ!!」


「り、了解であります、隊長」


「まったく……」


「あぅぅぅ……体中が痛ぇよぅ」

ちくしょぅぅぅ……この野蛮人め。

いたいけな俺様を、朝からボコりやがって……

こうなったら、真咲さん辺りにこっそりチクってやろうかな?


「それよりも洸一。姉さんの事よ」


「はへ?だから、のどか先輩がどうしたって言うんだ?」


「だから、姉さんと何か話した?って言うか、何か喋った?」


「喋ったって……そりゃ取り敢えず挨拶ぐらいはしたような……」


「声……聞いた?」

まどかは真剣な顔で、俺を見つめる。


「声?」

ふむ……

「ん?あれ?そう言えば……声は聞いてないな。いつも頷くだけだし……あ、あれれ?よく考えたら、昨日も一切声を聞いてないような気がしてきたぞ?」


「あ、やっぱり洸一も?」


「ふむ……これはどーゆー事だ?のどか先輩は、ただでさえ口数が少ないから気にも止めなかったが……一言も声を発してないのは、ちょいと気になるぞよ」


「そ、そうなのよぅ。昨日から私が話し掛けても、頷いたり首を振ったりするだけだし……もしかして、喉でも痛めているのかな?」


「そんな話は聞いてないが……よし、分かった。学校へ着いたら、ちょいと聞いてみるよ」



ってなワケで学校到着後、休み時間に俺はのどかさんの教室へ向かい、彼女を呼び出してもらう。

でもなぁ……

先輩が喋らないのは、今に始まった事じゃないしねぇ。

まどかの考え過ぎじゃないのか?

ま、逆に饒舌になったりしたら、そっちの方が驚きだよ。

何て事を考えていると、教室の扉が開き、のどかさんがトテトテと駆け寄ってきた。


「やぁ、のどか先輩♪」

気さくに俺はご挨拶。

のどかさんは……コクンと頷くだけだった。

ありゃ?

確かに、ちょいとおかしい……

いつもだったら、小さな声で『洸一さん。おはようございます』的な事ぐらいは言う筈なのに……

現代に蘇った偉大な魔女様であるのどかさんは、小首を傾げ、ボォーっとした表情で俺を見つめているだけだった。

う、うぅ~む……

「せ、先輩?一体、どうかしたんですか?」


「……?」


「いや、そんな不思議そうな顔をされても……何かあったんですか?全然、喋らないじゃないですかぁ」


「……」


「あ、あのぅ……もしかして、何か僕チン、怒らせるような事をしましたか?」


「……」(フルフル)


「では、よもや喉か口方面に何か緊急事態発生中とか?」


「……」(フルフル)


ぬぅ…

「つ、つまり……喋れるけど喋らない、と言う事ですか?」


「……」(コクン)


「――何故ですっ!?」


「――ッ!?」(ビクン!?)


「何でですか!!……何で喋らないんですか?」


「……」

のどかさんは少し困った顔をした。


うぬぅ……

き、気になる。

物凄く気になるぞよ。

「あ、あのですねぇ……もしかして、俺とは喋りたくないんですか?」


「……」(フルフル)


よ、良かった。

もし頷いたり唾でも吐き掛けられたりしたら、俺様、立ち直れんところだったわい。

「なるほど。つまりそれは……何か喋れない理由がある、と言う事ですね?」


「……」(コクンコクン)


「で、それは何です?」

俺はおもむろに彼女に詰め寄る。

そしてちょっぴり強めの口調で、

「どんな理由があるのか、僕チンに説明してください!!」


「……」

のどかさんは少しだけオロオロとうろたえると、何かを思い付いたのかポンッ手を打ち、そしてそのまま教室へ。

そしてすぐに戻って来るや、手にしたノートにペンを走らせ俺に見せる。

《それは秘密なのです》


ぎゃふん……

俺はガックリと項垂れた。

「せ、先輩は唖な女の子ですか……」


「……」(書き書き)

《不適切な表現です。この場合は、耳及び口の不自由な人、と表現するべきなのです。もしくは人豚》


「いや、あのですねぇ……」


「……」(書き書き)

《申し訳ありませんが洸一さん、次の授業は教室を移動するので、これにて失礼します》

のどかさんはそう書いたノートを俺に見せると、ペコリと一礼し、そしてそのまま教室へと戻って行ってしまった。


う、うむぅ……

実に気になる。

超気になる。

どんな秘密か、是非知りたい。

って言うか、今は無性に彼女の声を聞きたい。

駄目と分かれば尚更のこと聞いてみたくなってくるのが人情なのだ。

「ふっふっふっ……待っていろよ、のどか先輩。貴方の秘密……声ごと、この俺様が暴いて見せますよ!!」

俺は腰に手を当て、高らかに笑ったのだった。



……お昼休み。

俺は購買で買ったパンを片手に、一路裏庭へ。

――居た!!

予想通り、裏庭の奥まった所にある人気のないベンチに、のどか先輩はまるで日向ぼっこをしているかのように腰掛け、昼食を摂っている所だった。

なんとしても声を聞いてやるぅぅぅ……

理由は無いけど、とにかく俺は聞きたいんだ!!

と言うわけで……どーゆーワケか全く分からんが、俺はニコニコ笑顔で、小走りに彼女の元へと駆け寄り、

「やはっ♪これはのどか先輩♪」

気さくにご挨拶。

彼女はコクンと頷き、そして弁当箱を脇に置くや、おもむろに手帳を取り出し、

《こんにちは、洸一さん》


ぐぬぅ……

俺はガックリと項垂れた。

「の、のどか先輩……どうしても喋ってはくれないんですか?」


「……」(コクン)


「……ぬぅ。ま、まぁ良いでしょう。先輩には先輩の事情みたいなモンがあるでしょうから……あ、隣良いですか?」

のどかさんはコクンと頷き、その綺麗な細い腕を伸ばして自分の隣をサッサッと掌で拭いてくれる。

「あ、有り難う御座います」

俺はそそくさと腰掛けた。

すぐ隣には生粋のお嬢様。

体温を感じるほど身近に、彼女は座っている。

……いきなり押し倒したら、驚いて声を上げるかも知れんのぅ……

なーんて馬鹿げた事を考えながら、俺はおもむろに紙袋から購買で買ってきたパンとジュースを取り出した。

「さて、いただきマスッ!!」

袋を破り、小麦色をした惣菜パンに齧り付く。

そして歓喜溢れる声で、

「う、美味しッ!!」

俺はそう叫んだ。

「いやぁ~~……このパンは滅茶苦茶に美味ぇなぁ♪」

のどかさんは小首を傾げ、不思議そうな顔で俺を見つめていた。

「うむぅ、本当に美味いぞよ」

呟きながら、俺はパンを少しだけ引き千切り、

「のどか先輩。ちょっとこれ、食べてみて下さいよぅ。ホンマ、びっくりするほど美味いんですよぅ♪」


「……」(ふるふる)


「いやいや、そんなに遠慮なさらずに。ほんの一口だけでも……ほら、これをどうぞッ!!」

半ば強引に、俺は彼女に千切ったパンを手渡した。

もちろん、このパンが飛びっきり美味いわけではない。

いや、美味しい事は美味しいのだが……実は猛烈に、泣けるほど辛いのだ。

実際、一口食っただけでこの洸一チン、頭に物凄い汗とか掻いてるしね。

ふふ……さぁ、この熟成ハバネロ入りカレーパンを、是非ご賞味してくれぃ……


実はのどかさんは、辛い物が大の苦手なのだ。

だから食べた瞬間、思わず『辛ッ!?』とか喋っちゃうかもしれないのだ。

うむ、俺様の知性溢れる作戦に、乾杯!!

「ささっ、のどか先輩、どうぞっ!!」


「……」(こくん)

のどかさんは小さく頷き、俺が渡したパンをまるでリスみたいに両の手で持って一齧り。


――良しっ!!

俺はグッと拳を握り締めるが……

先輩は一言も発しなかった。

オロオロと慌てふためき、そして手帳に書き書き。

《辛い……です》


ぬ、ぬぅ……

しぶといっ!!

「こ、これはとんだ粗相を……」

俺は慌てて、ジュースを彼女に手渡した。

ぐぬぅ…中々にやるじゃないか、のどか。

「すいませんねぇ、のどか先輩。そんなに辛いとは思わなかったもので」

取り敢えず、次の作戦に移行だ。

俺は再びサンドウィッチ的惣菜パンを取り出し、今度はそれを食べながら何気に彼女の長い髪に触れた。


「……?」(書き書き)

《洸一さん……何か?》


「いやぁ~、何となく。のどか先輩の髪は、艶もあるしスベスベして本当に綺麗だなぁ~と。それにこのサイドの所の三つ編みが、中々に芸術的で……」

何て事を言いながら、俺は尚も彼女の髪に固執する。

彼女は少し、困ったような顔をしていた。

「あ、もしかして迷惑ですか?」


「……」(書き書き)

《は、恥ずかしいです》


「照れることはないですよぅ」

俺は笑いながら、心の中で謝っていた。

ご、ごめんよぅ、のどかさん。

でもね、俺は何としても貴方の声が聞きたいんですよ。

だからね、今度は人間が避けることの出来ない、本能による反射を利用させてもらいますです。

俺は先輩の髪を指でナデナデしながら、機を見てその内の一本を引き抜いた。

――ど、どうだっ!!

普通の人間だったら、思わず声が出ちゃう筈だ!!

例えるなら、我慢に我慢を重ねた挙句にトイレに駆け込み、シッコス及びウンチョス等をした時に自然に『あふぅ』とか声が出ちゃうと同じなのだ!!

どんな例えか全く分からないのだ!!


だが、のどかさんは尋常じゃなかった。

体をビクンと震わせ、そして非難がましく俺を見つめると、

《痛い……です》


ぬぅッ!?

「す、すいませんっ!!ちょっと枝毛が出ていたもので……」

く、くそぅ……さすがのどか先輩だぜぃ。

だが、俺の戦いはまだ始まったばかりだ!!



のどか要塞は強固だった。

あれから、俺がほっぺをプニプニしたり二の腕をフニフニと摘んだりしても、

《洸一さん、恥ずかしいです》

とか何とか手帳に記すだけで、一言も発しなかった。


な、何故だ?

何故にこうも、頑ななんだ?

分からない……

分からないが、俺はどうしても、彼女の声が聞いてみたいんだっ!!

「ふ、ふふふ……」


「……?」


「ふっふっふ……」

ここまで来たら、もう意地だ。

ここから先は、戦争ですよのどかさん。

俺は荒ぶる呼吸を抑えつつ、おもむろに手を伸ばす。

目指すは……彼女の胸っ!!

豊かな渓谷っ!!

いきなりポニョンと触れば、100人中97人の乙女は驚いて叫ぶだろう(残り3人は『まいっちんぐ』とか言う……と思う)。

罰を受ける覚悟は既にある。

土下座もしよう。

だからせめて、その声を聞かせてくれ。

い、いざ!!我は行かん!!

が、今まさに俺様の手が彼女の胸に触れようとしたその瞬間、いきなり黒い影が目の前を横切り、

「んきゃっ!?痛ぇぇーーーーーっ!!!」

叫んだのは俺の方だった。

見ると伸ばした俺の手の甲は切り裂かれている。

鮮血が地面に滴り落ち、その先には、

「ナブゥゥゥゥ」

のどかさんの使い魔、永遠の野良である駄猫の黒兵衛が牙を剥き出し、俺を睨んでいた。

「こ、こんの、馬鹿猫がーーっ!!」


「ナブゥゥゥゥゥゥ」

背中の毛をおっ立て、黒兵衛が俺を威嚇する。


「ぐぬぅぅ……使い魔の分際で我が野望を阻止できると思うたかっ!!そこへ直れっ!!せせせ成敗してくれるわっ!!」

と、俺が手の甲にティッシュを押し付けながらそう怒鳴っていると、スッと席を立ったのどかさんが黒兵衛に向かって

《めっ……ですよ》

なんて書いてある手帳を広げていた。


「の、のどか先輩……」

洸一、ちょいと泣きそう。

黒兵衛も、何がなんだか、と言うような顔をしている。

「の、のどか先輩っ!!どうして……どうして喋ってくれないんですかっ!!」


《全ては洸一さんの為なのです》


……意味が分からん。

「お、俺の為だったら、喋って下さいよぅ。……うぅぅ、グスン」


《でも……》


「でもも体験版もないんですっ!!俺は……俺はのどか先輩の蚊の鳴くような声……もとい、そよ風のような声を聞かないと力が出ないんですっ!!」


《洸一さん……》


「正直、先輩が何をしたいのか、何をやっているのか知りませんけど……俺の為だと言うんなら、ちゃんと喋ってください!!俺はのどか先輩とお喋りがしたいんです!!会話を楽しみたいです!!うがーーーーーーッ!!」

興奮冷めやらぬ口調でまくし立てる俺に、偉大な魔女様はオロオロとし、そしてちょっとだけ難しい顔で手帳に何やら書き込んで俺に見せる。


《……そこまで言うのなら、分かりました》


「お……おぉっ!!」

勝った……

俺は遂に勝った!!

何に勝ったのかサッパリ分からんが……

「これでちゃんとお話が出来るんですねッ!!」


のどかさんはコクンと頷き、そしていつもの小さな声で、

「……洸一さん。こんにちわ」

ニコッと微笑んだ。


ぬ、ぬぅ……

何だかちょいと感動。

彼女の声色が心に染み込み、思わず涙が溢れてしまう。

「の、のどか先輩……一体、何がどーしたって言うんですかぁ?ボク、寂しかったですよぅ」


「……願掛けを」

彼女はポツリと呟いた。


「へ?がんかけ?」

願掛けって……あれだよね?

日本から昔に伝わる、○○する代わりに○○して下さい、って神社とかで願ったり自分の中でルールを定めたりする奴。

お酒を断つからあの人の病気を治して下さい、とか何とか色々あるけど……


「はい。今度の土曜……新人戦で洸一さんが勝てるように、それまで喋らないと言う願掛けを行ってました」


「の、のどか先輩……」

なんやよう分からんが、まさか俺の試合の為だったなんて……


「でも、これで願掛けは失敗。おじゃんです」


「い、良いんですよ先輩ッ!!」

俺は彼女の肩に、そっと手を置いた。

「気持ちは有難いんですが……俺は俺の力でちゃんと勝ちますからっ!!」


「でも……」


「大丈夫です。それに俺は、のどか先輩とお話しているだけで、何だか力が湧いて来るって言うか……試合の日まで喋る事が出来ないって、そっちの方が辛いッスよ」


「でも……でもでも、私の願掛けは特別なんですよ?」


「……特別?」


「呪法の一種です。期日まで守れば確実に洸一さんは勝てたのに……」


ぬぅ……そうなのか?

楽して勝てたのか俺は?

「だ、大丈夫ですよ。ちゃんと練習してますし……」


「それにです。途中で止めてしまったから、その反動で物凄いが不幸が降り掛かる恐れが出てしまいました」


「は、はい?物凄い不幸って……」


「最悪の場合、試合中に死ぬかも……」


ンキャーーーーーーーッ!!?

何かサラリとヌカしましたぞ、この魔女は!!

「マ、マジですか?」


「そこまで無いと思いますが……それでも、試合の日はいつもより運が悪くなるでしょう」


「な、なんてこったい」

俺はガクッとその場に膝を着いた。

俺は……俺は取り返しの付かない事をしてしまった。

たたでさえ人より運が悪いって言うのに、もっと悪くなるなんて……

あぁ、余計な事をしなきゃ良かった。

これがアレか?

好奇心は猫を殺すってヤツか?


「大丈夫ですか、洸一さん?」

心配気に、のどかさんが俺の顔を覗き込む。


「え、えぇ……大丈夫っス♪ちょっと驚いただけッス」

俺は作り笑いで答えた。

落ち込むな、俺っ!!

せっかく、のどかさんが俺の為に願掛けをしてくれたと言うのに……

俺がそれを邪魔してしまった。

ならば男として取る道は……例えどんな困難が待ち構えていようとも、見事新人王に輝くことだっ!!

彼女の期待に背く事は出来んっ!!

・・・

でも、勝負は時の運って言うしなぁ……

その運が無ければ、やっぱ無理かもなッ!!

はっはっはっ……ま、参ったなぁ。



放課後……

少しだけしょんぼりしながら、俺は裏山へと向かう。


「_どうしたのですか、洸一さん?そのように落ち込んだ顔で……」

と、隣を歩いているセレスが、不思議そうな顔で尋ねてきた。


「ん?いや……ちょいと不幸な出来事があって……と言うか、これから不幸な出来事が起こりそうと言うかねぇ」

俺は疲れた笑みで答える。

よもやのどかさんが、俺の為に神秘的な行いをしていたとは……

そうと分かっていれば、邪魔なんてしなかったのに。

それもこれも、元を正せばみんなまどかが悪い。

出掛けにあんな事を言わなければ、気付かなかったものを……

うむ、あの女にはちゃんと復讐してやらなければな。


「_ところで洸一さん」


「んにゃ?」


「_どうして私まで裏山へ?」

と、石段を登りながらセレス。


「なに、ちょいと練習に付き合ってもらおうと思ってな」


「_葉室さん……のですか?」


「まぁね」

俺は軽く肩を竦めるジャスチャーをする。

「セレスは偶に、まどかの練習にも付き合ってるんだろ?だからさ、俺が言うよりセレスが言った方が言葉に真実味があるって言うかねぇ……優チャンって、あれで結構、一石者だからね。はっはっはっ…」


「_……なるほど。何となくですが、分かりました」


「ありがとうよ。ところでセレス、うちの学校はどうかね?」


「_レベル的には中の上と言ったところでしょうか」


「いや、そーゆー事じゃなくて……雰囲気とかさ。クラスの方には馴染めたか?」


「_雰囲気は……そうですね。一言で言えば、特殊な学校ですね。不思議な行動を起こす人がいっぱいいます。ある意味、本当の特殊学級……もしくは養護学校と言ったところでしょうか」


「す、凄い事を言うなぁ……」

ま、少し合ってるが。

ウチのクラスにもクマ好きの怪生物がいるし。


「_クラスの方は完全に手中に収めました。水住さんを総統に、クラスの指揮系統は一本化され、今や私のクラス、通称イーグルネストは効率良く運営されております」


え?なにそれ?どこの第三帝國?

「そ、そうか……それは何より」


「もっとも、未だこの私に対して舐めた口を聞く馬鹿もいますので、まだまだ調教が必要ですが……ふふ」

セレスはクスッと、本当に嬉しそうに笑った。


うぅ~む……怖い。

って言うか、調教ってなんだ?

何をしてるんだ、コイツは?



社に着くと、相変わらずズドバンッと景気の良い音が響いていた。

うむ、優チャンは今日も元気じゃのぅ。

俺はウンウンと頷き裏手へ回ると、思った通り、優チャンがサンドバッグ相手に物凄い蹴りを入れている所だった。

ちなみに姫乃ッチ(総統)は、オカルト研究会へ出向中。

のどかさんの指導の下、簡単な魔法を勉強中なのである。

試合の日までに、出来るだけ治癒系の魔法を修めてくれないと、何となく困るような気がするのだ。

何せ俺には、不幸が待っているんだからね。

「よぅ、優チャン」


「あっ、先輩。それにセレスさんも」

優チャンは汗を煌かせ、振り返る。


うぅ~む、相変わらず、スポーツで汗を流す女の子は可愛いですなぁ……

・・・

まどかが汗を流していると、お腹でも痛いのか?とか思っちまうがな。


「_精が出ますね、葉室さん」

セレスはそう言うと、頭に付けている複雑な紋様を描いている銀のカチューシャに手をやり、

「_ですが少々、練習がハード過ぎます。スキャンした所、特に足の筋肉に過剰な負荷が見られます。試合まであと3日程ですので、この時期は少し練習量を減らし、体を休めた方が良いでしょう」


「そ、そうなんですか?」


「_……まどかさんは、いつもそうしておられます」

言ってセレスは俺に軽くウィンク。


うむ、さすがセレス……


「そ、そうですね。分かりましたっ」

優チャンは笑顔で頷いた。

やはり彼女は単純……もとい、素直だ。


「良し、だったら今日は俺と実践形式のスパーリングをやって、その後で優チャンの弱点を克服する特訓を行うとするか」


「へ?私の弱点……ですか?」


「そうだ。しかも致命的な弱点だ」

俺はバッグから体操服を取り出しながら答える。


「致命的な弱点……な、何でしょうか?」


「……セレス。分かるか?」


「_もちろんです」

セレスは頷いた。

「_葉室さん。貴方の弱点は、心です」


「こ、心……ですか?」


「そーゆー事だ」


「で、でも……私、心は強いですよ?持久走とか踏み台昇降運動でも、そんなにドキドキしないし……」


「……全然に違うぞよ」



優ちゃんと軽いスパーリングを終えた俺は、ハンドタオルで汗を拭きながら、

「さて……本日の特訓は、君のハーツについてだ」


「は、はい。ハートですね」


「ハーツだ。ま、それはどうでも良いが……ぶっちゃけた話、これは訓練や何かで、直ぐにどうにかなる問題じゃない。がしかし、やらないよりはやった方が良いし、また心の片隅にでも憶えておけば、色々とその場の状況に合わせて対処出来ると思う」


「は、はいっ!!」


「うむ。さて優ちゃん、君は緊張癖もあるが、一番の問題は熱くなりやすいって事だ」


「熱く……ですか?」

優チャンは僅かに首を傾げた。

良く分からないって感じだ。


「そうだ。熱血なのは悪い事じゃないが、格闘技の場合は、あくまでも冷静に、クレバーに試合を進めなければならない。分かるだろ?この間の真咲の試合だって、そうだったじゃないか。あの時、真咲はらしくなく相手の挑発に乗って、負けてしまったんだ。ま、あの場合は熱くなったと言うか、単に怒っただけなんじゃが……言ってる意味、分かるよな?」


「は、はい」


「良いかい、優チャン。戦いの基本は一つ、拳は熱く頭は冷たくだ」

そう言って、俺はセレスを手招きし、

「と言うわけで、今日の特別練習には、セレスにも協力してもらう。セレスは、何時如何なる時でもスマートに物事に対処する事ができるからな」


「は、はいっ。よろしくお願いします、セレスさん」


「_此方こそ……」

セレスは軽く頭を下げた。

「_それで洸一さん。一体どのようにして精神を鍛えるのでしょうか?」


「うむ、それなんじゃが……」

実はなーんにも、考えていなかったりする。

うむぅ、どうしよう?

心なんて、どうやって鍛えれば良いんだろうねぇ?

「え~と……先ずはそうだな。相手の挑発に乗らない、と言うことだ」

俺はポンッと手を打ち、そう答えた。

「挑発に乗って熱くなれば、確かにバーサク状態で攻撃力は増すかもしれないけど、その分、防御やその他に支障が出るからな。とにかく、いつも冷静に行動するんだ」


「はい、分かりました」


「うむ」

俺は頷き、パンチを受けるミットを手に装着する。

「では、俺がミットを構えるから打って来なさい。ただし、俺は色々と口で挑発行為をするが、優ちゃんは試合中だと思って、決して動揺したり熱くなったりしないようにね。セレスはスキャンを頼む」


「は、はいっ!!」

優チャンは力強く返事をすると、いそいそとグローブを手に嵌めた。

「い、何時でもどうぞですっ!!」


「うむ。では来なさい」

俺はミットを構えた。

優チャンは軽やかにフットワークを使い、俺の動かすミットに、的確にピンポイントパンチを決めてくる。

ぬぅ、さすが優チャンだ。

以前に比べ、威力もスピードも増してる。

これが毎日の修練の賜物か……

半ば感心しながら、俺は取り敢えず一言、

「……みなもチャン」

と呟いた。


「くっ…」

瞬間、優チャンの動きが僅かに鈍った。


「お、おいおいおい……」

俺は彼女のパンチを躱しながら、構えを解く。

「セレス、どうだった?」


「_心拍数の上昇、及び筋肉の急激な緊張が見られます」


ありゃまぁ…

「優チャン。みなもチャンの名前を出しただけで、そんなに興奮するなんて……」


「い、今のは、先輩が急に言うから……つ、次は大丈夫です」


やれやれ……やっぱ重症だな。

「OK。ではもう一度やろう」

俺は再びミットを構えた。


「い、行きます」

優チャンは身を屈め、素早い踏み込みと共に懐に潜り込むや、矢のようなパンチを俺のミットへと収めて行く。


は、速い……

それに鋭い。

ミットごと吹っ飛ばされそうになり、俺は必死に耐える。

うぅ~ん、本番でも、これぐらいの動きが出来れば良いんじゃがなぁ……

「……みなもチャン」

俺はもう一度、優チャンの弱点ワードを囁く。


「……」

多少、攻撃の手が鈍ったような気がするが、それでも優チャンは黙々と俺のミット目掛けてパンチを繰り出していた。


ふむ……

「みなもチャン……可愛いなぁ♪」


「くっ…」


「今度デートに誘おうかなぁ」


「そ、そんな事は許しませんっ!!」

優チャンは攻撃の手を止め、俺を睨み付けた。


「お、おいおいおい……」


「……え?」


「……優チャン。俺は試合中だと思えって言ったんだぜ?君は試合中、いきなり攻撃を止めるのか?それは試合放棄だぞ?」

俺はミットを付けたまま、ポリポリと頭を掻く。

「まったく、相手の挑発に乗っちゃ駄目じゃないか。試合中は、相手を倒すことだけに集中していなきゃ」


「す、すみません」

優チャンはしょんぼりと項垂れてしまった。

「つい、興奮しちゃって……」


ぬぅ……

これは中々、難しいですねぇ。

あと3日しかないのに、こんな調子で精神なんか鍛えることが出来るんじゃろうか?



ふむ……

と考えること数秒、俺は手に装着していたミットを外し、公式グローブを嵌めて基本的な構えを取る。

口でも言ってもあまり理解していないようだから、ここは一つ、体に教えてやるかな。

「優チャン。ちょいと真剣勝負セメントをやってみようじゃないか」


「セメント……ですか?」


「そうだ。寸止め無しの本番形式でやってみよう。……セレス。審判を頼む」


「_畏まりました」

セレスは小さく頷いた。


「良いかい、優チャン。これは本番だ。試合当日の一回戦だと思うんだ」


「は、はいっ」


「良し。では早速、始めるとするか」

俺はそう言って、セレスを視線で促す。

冷静なメイドロボである彼女は両の手を広げ、

「_では両者とも三間の間を取って……始め!!」

掛け声と共に、優チャンはオーソドックスな構えを取った。

その目は真剣だ。

殺気もビンビンに伝わってくる。

まるで背中に氷の塊でも入れられたかのように、ゾワゾワと鳥肌が立った。

うへぇぇ……優チャンと言えども、さすがにおっかねぇなぁ……

俺は正中線をずらし、半身の構えで防御体制を取った。

さて、俺の心理攻撃に、どれだけ彼女が冷静でいられるか……

何て事を考えていると、優チャンが短い掛け声と共に、瞬く間に間合いを詰めて来た。


――は、速っ!?


「ハッ!!」

葵チャンの突き刺さるような上段蹴り。

俺はバックステップで辛うじて躱すが、尚も彼女は間合いを詰め、俺に攻撃のチャンスを許さない。


ぬぅ……

大した連続攻撃だ。

こっちは防御だけで手一杯と。

なるほど、素早さイコール手数か……

だけど、いつまで冷静でいられるかな?

俺は優チャンの攻撃を辛うじて躱しながら、何気に呟く。

「みなもチャンの方が、まだまだ強いぜ」


「ハッ!!」

優チャンの鋭い突きが、俺の頬を掠めた。

その攻撃に、些かの乱れも見られない。


ぬ、ぬぅ……

どうやら完全に集中しているみたいだが……ふふ、これならどうだ?

「ゆ、優チャン優チャン!!」


「ハッ!!」


「大変なことに、ブルマの裾から何かはみ出しているぞよ?」


「えぇっ!?」

優チャンの動きが一瞬で止まる。

もちろん、俺はそのチャンスを見逃さない。

「ふんっ!!」

と、軽い掌底突きで彼女の胸を突く。

優チャンは呆然とした表情でよろけて、そしてペタンとその場に尻餅を付いた。

「……今のが本番だったら、一回戦で負けだな」


「そ、そんなぁ。酷いです、先輩」

彼女はちょっと涙目だ。


「ひ、酷くないっ!!相手が何を言おうが、どんな挑発して来ようが、常に冷静な状態で試合を進めるのだ!!そうだろ、セレス?」


「_……確かに」

セレスは小さく頷くが、どこか眉間に皺を寄せ、

「_ですが、今のは少々卑怯というか、セクシャルな発言だと思いますが?」


「そ、それがどーしたっ!!試合中は何が起こるか分からんのだぞっ!!相手はもっと、人としては言っていけない卑劣なことを言ってくるかもしれん」


「_それはそうですが……」


「良いかい、優チャン。相手の声は聞こえないようにしても、必ず耳に入ってくるんだ。だからこそ、常に精神状態をフラットにしておかなければならないんだ。言葉に惑わされた時点で、負けなんだよ」


「は、はい」


「良し、では見本を見せてみようか。セレス、相手になってくれ」

言って俺は、常にクールなメイドロボに向き直った。

「優チャン。セレスの戦いぶりをよく見てるんだ。冷静というのがどう言うものか、自分の目で見て理解するんだ」


「は、はいっ!!」


「うむ、ではセレス……掛かって来い!!」

俺は間合いを取り、構える。


「_了解しました」

セレスは目を細め、そして文字通り人間離れした速度で、瞬時に間合いを詰めて来た。


げぇぇぇッ!?凄ぇ速ぇぇ!!?

予想以上の攻撃に、俺様ちょいとビックリだ。

ぬぅ、さすが、あの前世魔王の練習相手を務めることだけはあるぜ……

俺はセレスの間断無い的確な攻撃を辛うじて躱しながら、必死になって挑発の言葉を検索する。


「_ふふ……どうしました、洸一さん?」


「くっ……性格同様、容赦の無い冷酷で無慈悲な攻撃だぜぃ」


「_どうも有難う御座います」


ぬぅ…

「ふ……でもやはりメイドロボとしてなら、温かみのあるラピスの方が、俺は好きだな」


「_温かみと言うより、ラピスさんは単に、何も考えていないだけですので」

セレスは微かに口元を歪め、次から次へと攻撃を繰り出してくる。


さ、さすがだ……

「ふん、将来買うとしたら当然ラピスだな」


「_安物買いの銭失い、と言う言葉をご存知ですか?」


う、うぬぬぬ……俺様の挑発にも乗って来ないとは、中々にやる。

ならば、今度は!!

「セ、セレス!!どうでもいいが……制服姿で蹴りを出してると、スカートの下の可愛い下着が見えちゃってるんじゃが……」


「_そんなに見たければ、後で好きなだけ見せて差し上げますが?」


――えっ!?マジかっ!!?

・・・

って、俺が熱くなってどーすんだよぅ……

「セ、セレス!!」


「_何ですか、洸一さん?防御が少し、疎かになってきてますよ」


「こ、この間……俺とキスしただろ!!」


「_……それが何か?」


「ふふん、実はその後で俺、ラピスともたくさんキスをしたんだぜ?しかも舌まで入れたディープなヤツを……って、グェェェッ!!?」

言うや、いきなりセレスの細い腕が伸び、俺の首を締め上げていた。


「_ラピスさんとキスを?しかもこの私とした直後に?……私より濃厚なキスをしたと仰るのですかっ!!」


ふっ、セレスまで挑発に乗るとは……

この勝負、俺の勝ちだな!!

って、そーじゃなくて……今はちょっと死にそうっ!!

「おおお落ち着けセレス!!」


「_どうやら洸一さんには、徹底的に教育が必要なようです」


「何を言うてるんだ君はっ!?」

俺は必死になって彼女の手を振り解き、そそくさと優チャンの背後に隠れるが、

「ぐぇぇっ!!?」

今度はその優チャンに、首根っこを思いっきり掴まれた。


「先輩……セレスさんやラピスさんと、キス……したんですか?」


「え?なにその醒めた表情は?」


「先輩……少し調子に乗り過ぎですよ?」


「お、落ち着け優チャンっ!?アレは挑発の言葉であって、本当の事じゃなくて……いや、少しは真実が入ってるんじゃが……」


「……お仕置きです」

優チャンはニッコリと微笑んだ。

そしてそこから先は……何が起こったのか、怖いくらいに記憶が無い。

気が付いたら俺は、保健室のベッドで寝ていたのだ。

うぅ~む、優ちゃん、あの調子で本番は大丈夫じゃろうか?

・・・

って言うか俺は……試合に出られるのか?

なんか包帯でグルグル巻きになってるし、体中が物凄く痛いんじゃが……

もしかして、これも運の無さのなせる業なのか?





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