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俺様日記~1学期~  作者: 清野詠一
8/53

戦士の休息


★6月05日(日) 


 今日は日曜日。

空は雲一つ無い青空の広がる良い天気。

朝飯を食った俺は独り、面白くも無いTVを見ながら無聊を慰めていた。

「うぅ~む、猛烈にヒマじゃのぅ」

のどかさんは姫乃ッチを呼んで、おそらくと言うか十中八九、何か良からぬ結果しか生まないであろう悪魔的研究に精を出しているし、ラピスは定期メンテナンスとやらで二階堂博士の研究所へ。

セレスは屋敷の家事に勤しんでるし……俺と同じく暇なのは、暴れん坊お嬢様のまどかぐらいだ。

もっともそのまどかも、Tシャツにスパッツと言う若い俺様には非常に有害な格好で、トレーニングマシーン相手に、瑞々しい肉体を苛め抜いて悦に入ってるときたもんだ。


「むぅ……どこか遊びに行くかな?」

そんな事を独りごち、俺はおもむろに電話に手を伸ばす。

こんな時は智香の馬鹿でも誘ってどこかへ遊びに行けば、退屈が紛れるのだが……

どうもあの馬鹿を誘うと、どこからか情報が漏洩するのか、漏れなく熊キ○ガイまで一緒にやって来るから、それだけは御免こうむりたい。

「そう言えば、あれから真咲姐さんはどうしたんじゃろうか」

ちょいと気になるし、取り敢えず祝勝会を兼ねてどこか遊びに行くのも良いかも……

俺は手帳を捲り、二荒真咲のアドレスを確認の後、携帯の番号をプッシュする。

ふむ、良く考えたら真咲姐さんの携帯に掛けるのって初めてだよなぁ……

ま、俺は携帯そのものを持っていないし、真咲さんも何故か普段は持ち歩いていないしな。


『……はい?二荒だが?』

唐突に、受話器の向こうから真咲姐さんの声が響いてきた。

ちょっと訝しんだ声。

「あ~~…真咲か?実は俺様ちゃんなのだが……」

『…ん?もしかして洸一か?』

「ま、大抵の人はそう言うのぅ。中にはマジェスティと呼んでくる下僕もいるけどな」

『な、なんだ。知らない番号だったから、誰かと思ったぞ』

少し弾んだ、嬉しそうな真咲姐さんの声が、受話器を通して俺の耳に届く。

『で、どうしたんだ?急に電話なんか掛けてきて……お腹でも減ったのか?』

それはどーゆー意味だ?

「ん?ん~~……別にこれと言って重大な用はないんじゃが……」

『そうなのか?』

「まぁな。今日は日曜日で天気も良いのにやる事が無くってさぁ……退屈だから、真咲さえ良ければ一緒に映画でもと……」

『えっ!?え……え、え、映画だとッ!!』

――はうっ!?

「あ、いや……忙しいんなら別に良いんだぞ?それに昨日の疲れもあると思うし……」

『行く』

「……はい?」

『行くと言ったんだっ!!』

はぅぁっ!?

な、何故に怒鳴る?

「そ、そうなんですか。でも……本当に大丈夫か?昨日の今日で体の調子とか……」

『すこぶる絶好調だっ!!』

真咲姐さんのフンガーと言う荒い鼻息が、受話器を通して吹き掛かってきそうだ。

「お、OKOK。それじゃあ……昼ちょいと前、11時半ぐらいにいつもの駅前噴水広場で待ち合わせようか?」

『うん、了解した』


さて……

受話器を置き、時計に目をやると、

「うむ、9時半ってところか」

まだ待ち合わせに余裕はある。

「しっかし、真咲姐さんとお出かけとは……少しドキドキしますなっ!!」

思わず相好を崩してしまう。

真咲姐さんは、怒るとかなりおっかないけど、美人だしスタイルも良いし思いやりもあって優しいし……

何より、ここだけの話だが……実は俺様のファーストチッスのお相手だ。

修学旅行のオキクルミ事件の時、一番最初にチッスしたのは彼女だしね。

だから年頃純情少年(自称)の洸一チンとしては、ドキドキしてしまうのも仕方の無い事だろう。


「だけど……ちょいと待てよ?」

俺はふと考える。

真咲さんと二人っきりで映画に行くというのは……世間的に見て、どうであろうか?

これは所謂、デートと言う事に他ならないだろうか?

うむぅ……ちと拙いな。

いや、別に俺的には、真咲とのデートは大いに結構だと思うが……

なんちゅうか、上手く言えないけど、色んな意味でヤバイ予感がする。

真咲とデートでドキドキしたら、後でビクビクしてしまう事態が発生する恐れがある。

それだけは何としても避けたいのが、俺の偽ざる本心だ。


「……しゃーねぇなぁ」

俺は独り大きな溜息を吐き、そして苦笑を溢した。

ここは一つ、まどかの馬鹿も誘ってやるかな。

映画に行きたいとか何とかヌカしてたし……

それにだ、まどかは一応、真咲の親友なのだ。

昨日の試合の事で、真咲姐さんも、色々と話したい事もあるだろう。

そう俺には話せないことでも、まどかにには言えるかもしれないし。

うむ、我ながら何と気の利いた男なんだろうか。

「さて、だったらまどかのお馬鹿チンの様子でも、見てくるかな」

俺は頭を掻きながら、部屋の扉を開けたのだった。


相変わらず、喜連川家は異様に広い。

広いだけならともかく、その途方も無い規模の敷地の中に、無数に屋敷などが点在しているから、困ったモンである。

俺はメイドさん達に、まどかの所在を尋ねながら歩き回ること約30分……

彼女は地平線すら見えるような庭の一角で、70年代の香港カンフースターすら目を剥く過酷なトレーニングに勤しんでいた。

……この馬鹿は、少しMっ気があるんじゃなかろうか?

等と思いながら、俺は声を掛ける。

「お~い、まどか」


「……ん?洸一じゃない……」

肩で息をしながら、まどかは振り返る。

汗に塗れたTシャツは少し透けており、さわやかな陽光の下、彼女の白い肌を浮かび上がらせていた。

ってゆーか、水色のブラも透けているんじゃが……

ちょいと目のやり場に困るのぅ。


「なに?どうしたの洸一?」

まどかはハンドタオルで汗を拭いながら、首を傾げた。


「ん?いやぁ~……中々にハードなトレーニングに勤しんでいるんだなと、ちと感心を」


「なによぅ……このぐらい普通でしょ?」


「ふ、普通ねぇ…」

女子高生が木の枝に逆さになってぶら下がりながらバーベル持って腹筋運動するのは、普通とは言わんだろに。


「全く……洸一も、少しは体を鍛えたら?」

まどかはジロリと俺を睨み、苦言を呈してくる。

「折角の日曜なのに、ゴロゴロしてちゃダメでしょ?アンタも今度の土曜には試合があるんだし、体は毎日鍛えておかないとすぐに駄目になるのよ」


「ふっ、お小言は勘弁だぜ」


「……なんですって?」


「何でもないです。それよりもまどか。お前……今日ヒマか?」


「へ?別に……これと言って予定はないけど?」


「そっか。だったらさ、映画にでも行かないか?」


「え、映画っ!?」


「そ。昨日、映画に連れて行けって言ってたし……」


「な……何で早く言わないのよっ!!」

まどかはムキーッとまるでモンキーのように吼えた。

「服も選ばなくちゃならないし、今からシャワーを浴びて……あぁっ!?か、髪も梳かさなきゃッ!!」


「お、落ち着け、まどか」

俺は苦笑を溢した。

やはり普段は暴れん坊な彼女も、こーゆー所は意外に女の子らしい。

「時間にはまだ余裕があるし……僕チン、フラフラと散歩に出かけるから、取り敢えず外で待ち合わせしようぜ」


「そ、そうね。その方がデートって感じがするもんね♪」


真咲さんと一緒だからデートってワケでもないんじゃが……

なんか怒鳴られそうだから、黙っていようっと。

「え~と……じゃあいつもの駅前噴水広場に、11時半って事で良いか?」


「うん、分かった♪」

まどかは嬉しそうに頷いた。


何だかこんなに喜ばれると……ついつい此方の頬も緩んでしまう。

誘って良かったにゃあ。

「じゃ、俺様はぶらっと本屋とか巡って行くから、時間には遅れるなよ?」


「分かってるって。洸一だって遅れたりしたら承知しないわよ」



駅前センタービル内にある本屋で、何か漫画の新刊本は出てないかと物色している内に、時刻はあっと言う間に11時。

待ち合わせにはちと早いが、俺はビルを出て噴水広場へと向かう。

「うむぅ、さすが日曜日。人が多いですなぁ」

水色の皮膜に覆われたかのような雲一つ無い空の下、ぼちぼち昼時を迎えようとしている駅前の噴水広場には、老若男女が溢れ返っていた。

こんな所に北の某国方面からミサイルが飛んできた日には、あっと言う間に阿鼻叫喚の地獄絵図が展開するだろうに……

なーんて馬鹿な事を考えながら、腕を組んで噴水前に仁王立ち。

周りは、俺様と同じように待ち合わせだろうか、若い兄ちゃんや姉ちゃんが、退屈そうに立ったり座ったり、時にはスマホを取り出してイジったりしている。

携帯か……

ご存知の通り、この俺様はスマホの類は持っていない。

穂波や智香は『今時誰でも持ってるでしょ。洸一も持ちなさい。いや持て』等と毎日のように言ってくるが……

今の所、俺様は持つ気はない。

だって……何か怖いじゃねぇーか。

電波だぜ?

電波で話すんだぜ?

あんなモン耳に当ててたら……その内、電磁波的な何か見えないパワーの影響で脳に腫瘍とか出来るかもしれん。

今は良いかもしれないが、20年30年先になって現れたら……うひぃ、考えるだけで恐ろしい。

そんな事は有り得ないと言う人もいるが、だったら30年間毎日使用した場合の臨床例とかを報告してみろ、と俺は言いたい。

ま、後は独り暮らしと言う経済的余裕の無さから、携帯なんて持てないんだがね。


「しっかし、今日はなんの映画を見ようかのぅ……何も決めてねぇーや」

そんな事を呟きながら、噴水前に立つ小さな時計塔に目をやり、そのまま何気に辺りを見渡していると、

「おっ?早くも来たか」

公園方面から、駆け足でやって来る真咲姐さんを発見。


ふむ、まだ20分以上も早いのに、律儀だねぇ……

何て事を思っていると、今度は駅方面からまどかの姿が。

俺を中心に、右から真咲、左からまどかが駆け寄って駆け寄って……10メートルほど手前で、二人の足はピタリと止まった。

対峙したまま、微動だにしない。

……お、おや?

俺の存在するこの空間だけ重力定数が増したのか、何やら背景とかがグニャリと歪んで見える。

な、なんじゃろう?

急に空気が重くなったような……

しかも物凄く息苦しくなってきた。

ひょっとして俺は、人選を誤ったのではなかろうか?



真咲姉さんは、清楚な半袖ニットのシャツにリブパンツという、ファッション的に言えばコンサバ風な出で立ち。

やや短めの髪を綺麗に梳かし、何時ものワイルドさは消え失せ、心トキメクような可憐な美少女に変身していた。

対してまどかは、ストレッチパンツにコットンパーカーという、スポーティーカジュアルな装い。

珍しくポニテを解いて長い髪を後ろに垂らし、また薄化粧を施しているのか、唇も淡いピンク色でこれまた何時もと違ってホンマもんのお嬢様に見える。


ぬ、ぬぅ……

二人とも、思わず男どもが振り返るようなスタイル抜群の美人だった。

だがしかし、その顔はまるで般若を思わせるほど、歪んでいる。

もちろん、殺気もムンムンのムレムレ、大フィーバー中だ。

し、しまったぁぁぁ………

洸一、迂闊っ!!

最初から素直に三人で行くって言っておけば良かった……

己の呑気さを悔やむが、最早それは後の祭だ。


「ま、まどか……」

「真咲……」

彼女達が一歩、また一歩と左右から俺に近づいてくる。

うひぃぃ…

俺の第六感は、こりゃアカン、と既にエエじゃないか音頭を踊っていた。


「まどか……どうして貴様がここにいるっ!!」

と、真咲姐さんが俺の間近で吼えた。

その声に、公園で屯していた鳩達が一斉に空に向かって旅立つ。

「それはこっちの台詞よっ!!」

まどかもメンチを切りながら、殺気を撒き散らして吼える。

その怒声に、俺の周囲半径10メートルから、人を含めた生物の姿は瞬く間に掻き消えた。

「ふんっ!!私は洸一に、映画を一緒に見に行こうって誘われたんだからなッ!!」

と真咲。

「なによっ!!私だってそうよっ!!」

とまどか。

二人は額がくっ付くぐらいの距離で睨み合っていたが、いきなりキッと俺に振り向くや、

「これはどーゆー事だ洸一っ!!」

「一体どーゆー事よ洸一っ!!」


あひゃッ!?

ジョロリと熱い物が下腹部から漏れた。

ど、どうしよう?

今から駅ビルで、下着を買って来ようかな?

「ど、どーゆー事と言われても……俺はただ、今日は仲良く3人で映画でも見ようかと……仲良くね」


「そんな話は聞いてないぞっ!!」

「そーよっ!!私はてっきり、洸一と二人っきりだと思ったのにっ!!」


「どうどうどう……落ち着け、諸君」

俺はともすれば抜けそうになる腰を叱咤しながら、二人を宥める。

「本当は、どちらかだけでも良かったんだけど……でもさ、二人っきりだと、デートって事になって……後々、何かしら問題が起こるのではなかろうかと愚考した次第でありまして……」


「それがどーしたっ!!」

可愛い服を着た真咲姐さんが、鼻息も荒く吼える。

「私は別に、二人っきりでも構わないっ!!いやむしろ、洸一と二人っきりの方が良いっ!!」

「私だってそーよ!!」

まどかは眉を吊り上げそう叫ぶと、ジロリと真咲を睨み付け、

「何で折角の日曜日に、この私が真咲と映画を見なきゃならないのよっ!!」

「それは私の台詞だっ!!」

「は、なによぅ……珍しく髪まで整えちゃってさ。デートしたいんなら、その辺の軟派野郎とでもしていれば良いでしょッ!!」

「ふんっ、貴様こそ普段はしないのに髪を解いて……お嬢様気取りか?なら、お嬢様はお嬢様らしく、どこぞの馬鹿ボンとでもデートしていれば良いじゃないかッ!!」


あ…あぁぁぁぁ……い、胃が猛烈に痛いっ!!

「ま、まぁまぁまぁ。今日は世界的に安息日なワケだし、仲良く3人で映画を見ようよぅ」

洸一チン、ちょいと涙目だ。


「う゛っ、まぁ……洸一がそう言うのなら、仕方ないが……」

「そうね。真咲の存在は空気みたいなものだと思えば良いわけだしね」

「ほぅ……面白い事を言うな、まどか」

真咲が片眉を上げ、まどかを冷ややかな瞳で見つめる。

対してまどかも、唇の端を歪め、

「そう?だったら笑えば?」

真咲を細目で睨み返した。


な、なんでこんなに血の気が多いんだか……病気なのか?

「と、取り敢えず落ち着けって」

俺は決死の覚悟で、二人の間に割って入った。

「こんな所で喧嘩してたって、時間が無駄に過ぎるだけで誰も得をしないだろ?だから俺としては、早く映画を観に……」


「別に喧嘩なんかしていないっ!!」

真咲は心外そうな顔でそう言った。

「ただ、この馬鹿に……少しは身の程を弁えろッ!!と、教えたかっただけだ」


ギャフン…


「あら?さすが心の狭い真咲さんは、言うことが違うわねぇ」

まどかがクスクスと笑う。

「アンタの心は4畳半ぐらいしかないんじゃないの?」

「ふっ、調子に乗るなよ、まどか?」

「なによぅ。真咲程度の腕で私に挑む気?」


あぁん、収拾がつかないよぅ……

ここはやはり、男として……少しはガツンと言った方が良いかな?

でも、僕ちゃんいきなり撲殺とかされないかな?

「あのなぁ…」

俺はポリポリと頭を掻きながら二人を睨み付け、

「お前ら……いい加減にしろよっ!!」


「あん?」

「なによ洸一?」


「……いや、いい加減にして下さい」(敬語)

ふふ、足が勝手に震えるよ。

そしてまた、何かおパンツの中で出ちゃったよ。

「と、とにかくね、時間がもったいないから映画に行こうね?宜しくお願いしますよぅ」


「……確かに、時間がもったいないな」

真咲が溜息を吐くと、まどかも肩を竦め、

「そうね。それにそろそろお腹も減ってきたし……」


「だ、だろ?だから早く映画に行って……その後でお昼御飯にしようね?ね?ね?」

トホホホ……

何か一気に疲れたぞ。

こんな事なら、最初から独りで来れば良かった…



実を言うとこの洸一チン、意外に映画好きなのだ。

最近は忙しくてあまり観に来れなかったが、去年までは穂波や智香達と、しょっちゅう映画を観て楽しんだものだ。

そう言えば……

昔、豪太郎も呼んで4人で映画を見に行った時は、心底しょんぼりしたなぁ……

何とかと言うアニメの劇場版だったが、開始早々主人公が、いきなり荒い息を吐きながら手首を動かして白い液体を出しちゃったのだ。

いやはや、アレには参った。

何が参ったって、豪太郎も穂波も、スクリーンを見つめながら『うひひひひぃッ』と奇声を発するんだモン。

それに隣に座っていた子供連れのお母さんは、般若のような顔で子供の手を引っ張っていきなり出て行くしね。

ちなみに俺は、映画は何でも見る。

特定のジャンルに拘りはない。

アニメからB級カルト映画まで、それこそオールマイティだ。

智香は流行り物や話題作が好きで、穂波の馬鹿はクマさえ出てくれば満足というマイノリティな嗜好なんだが……

真咲とまどかはどうなんじゃろう?


ミニシアター等が並ぶ駅前シネマプラザに行く道すがら、俺はちょいとドキドキしていた。

何の映画を観るかでまた喧嘩でも勃発したら、俺は再び遺書を懐に決死の覚悟で止めなければならないじゃないか……

だが、その心配は杞憂だったようだ。

真咲もまどかも、喧嘩する割には仲が良いと言うのか、変な所で趣味も似通っている。


「シェリーの口付け、ねぇ…」

俺はトホホな溜息を吐きながら、チケットを買って映画館の中へ。

まどかと真咲は、この何だかミッシェル・ポルナレフの名曲をパクッたかのようなタイトルの恋愛映画を見たいと言い出したのだ。

俺的には、隣で上映しているアニメ作品に強く心を動かされたのだが……

ここは彼女達の意見を尊重しよう。

……どうせ逆らっても、最後は鉄拳にモノを言わされるんだからね。



「あぅあぅあぅあぅ……うぅぅぅ……グスン」

映画も終わり、駅ビル内の小洒落たカフェでちょいと遅目の昼食タイム。

俺はグスグスと鼻を啜り、咽び泣いていた。


「全く。ほら、ハンカチを貸してやる」

と、どこか呆れ顔で真咲姐さん。


「うぅぅ……あ、ありがとぅ」

彼女のハンカチを受け取り、ポロポロと止め処も無く流れる涙を拭く。

そんな俺を見て、まどかは苦笑を交えながら、

「洸一って、妙な所で涙脆いよねぇ」


「うぅぅ……お、俺は感受性が豊かなんだよッ!!ピュアなんだよっ!!」

洸一チン、映画を見て大感動だった。

まどか達がチョイスした、何やら背中が痒くなるような甘ったるい恋愛映画ではあったが……

これが予想外に俺様の琴線に触れたと言うか、兎にも角にも中盤からラストに掛けての、ヒロインに襲い掛かる怒涛の不幸な展開に、思わず涙がホロリ。

こんなに泣いた映画は、『火乗る○墓』を見て以来だ。


「そんなに感動したか?」

と真咲が言えば、まどかも首を傾げながら、

「さぁ?正直、期待外れって感じがしたけどね」


「何を言うかッ!?二人とも気持ち良さそうに寝てただけじゃねぇーか!!」

そう、この映画を観たいと言った当の本人達は、殆ど最初から全力疾走で寝ていたのだ。

ま、真咲は昨日の試合の疲れがあると思うし、まどかも朝からハードなトレーニングを積んでいたのだ、疲れているのは分かるが……

しかし二人ともいきなり俺の肩に頭を預け、スースーと寝息を立てるのは、些かどうかと思うぞ。

そして俺は俺で、席の真ン中でダバダバと涙を流しているし……他人が見たら、一種異様な光景だ。

「ま、全く……映画に来たんだか昼寝をしに来たんだか」


「なによぅ。だって面白く無かったモン」

と、まどかが注文してやってきたパスタに、タバスコを山ほど振掛けながら唇を尖らせた。

うむ、こーゆー所は本当に御嬢様に見えないね。

「それよりも洸一。私達が寝ている間に、変な事はしなかったでしょうねぇ…」


「す、するかっ!?」


「どーだか、な」

真咲姐さんもフッと笑う。

「洸一は硬派を気取っている割には、妙な所でスケベだしな」

「そうそう。起きた時から、どうもブラの位置が微妙にずれているんだけどぅ」


「あ、アホかっ!?この俺様が眠っている婦女子に対し、そんな事をする男だと思うのかッ!!」

ま、それは時と場合によるけどね。


「あらそう?うぅ~ん……私って、そんなに魅力が無いかなぁ?」


「お、おいおい、話の論点がずれてんぞ?」


「なによぅ。女心の分からない男ね」

まどかは頬を膨らませた。

ちなみに今度は粉チーズを山盛りに掛けてやがる。

元の味は殆ど消滅したんじゃないか?


「ふん、俺は男だからな。そんなモン分かってたまるか」

言いながら俺は、ホットサンドを口に運ぶ。

うむ、中々に美味いぞよ。

「そう言えば、真咲……」


「ん?なんだ洸一?」

まどかと同じく海鮮系のパスタを食べている真咲さんが、顔を上げる。


「ちょいと話が変わるんだけど……真咲姐さん、TEPの総合格闘技をちょいとやってみないか?」


「う゛っ」

真咲は咽返ったのか、ゴホゴホと喉を鳴らした。

そして水を飲みながら、

「な、何をいきなり……」


「いや、昨日の試合を見て思ったんだけどさ、真咲の力を活かせるのは、もっとこう……自由な格闘技の方が良いんじゃないかとな。そう考えたんだよぅ」


「……悪いが、夏にはインターハイもある。TEPの大会に参加している余裕は無い」


「だろうな」

俺は肩を竦めた。

「でもなぁ……今の日本で、まどかに対抗できるのは真咲しゃんしかいないと思うんじゃがのぅ」


「……ふっ、それは言えるな」

「な、なによぅ」

まどかがジロリと俺を睨む。

「真咲なんか、全然目じゃないわよ」


「そうかぁ?真咲が参戦したら、お前の王座も危ういんじゃねぇーのか?」


「し、失礼しちゃうわねぇ」


「ハハハ……そーゆー事も有り得る、と言う話だ。な、真咲?」


「……」


ありゃ?

「真咲さん?」


「……ん?」

真咲姐さんは何か考え込んでいるのか、どこか上の空だった。

はて……?

何を考えていたのかな?



昼食も終わり、テキトーにお喋りを愉しんだ後は、ブラブラと駅ビル周辺をウィンドウショッピング。

真咲とまどかは二人、洒落たバッグやら服やら靴やらを、何やら楽しそうに見て回っている。

俺はそんな彼女達を、少し離れた所から苦笑まじりに見つめていた。

いやはや……

喧嘩するほど仲が良いとは言うが、まさにその通りだねぇ。

彼女達は仲良さ気に話したり笑ったり、時には何やら深刻そうな顔でヒソヒソ話をしながら、お店を冷かして歩いている。

そしてそんな二人を、さっきから軟派な野郎どもが声を掛けては、ハエでも追っ払うかのようにまどかが手を振って追い返していた。

まぁ、確かにあの二人は、見た目だけに限れば、悶絶美少女だから仕方ないけど……

しかし、このダンディ溢れる俺様が一人で歩いているのに、どうして可愛い女の子が寄って来ないのか……まことに不思議である。

さっきから声を掛けてくるのは、変なアンケートに宗教だけと来たもんだ。

うむぅ、世の中、間違っちょるのぅ。


そんな事を考えながら、ふとゲームショップで新作ゲームの画面を見つめていると、

「おや?」

視界の隅を、見た顔が横切って行った。

今のは確か、昨日の……

思い出しながら、視線で追う。

目の前を、背の高い厳つい感じの男とひょろ長い女が歩いていた。

うむ、間違いない。

あの男は、俺様に突っ掛かって来て返り討ちに遭った白凰のゴリ男だ。

しかもその隣にいるのは、真咲に勝ったガリ女じゃねぇーか……

思わぬ偶然に、俺は独り苦笑を溢した。

いやいや、世の中は狭いねぇ……

しかし、休みの日の繁華街を二人して歩いて……もしかして付き合ってるのかにゃ?

だとしたら……うん、なるほど。道理で昨日、俺様に向かって来たわけだ。


俺は頭を掻きながら、ゆっくりと彼等に近づく。

そして背の高いゴリ男の背中をチョイチョイと指で突っ突きながら、

「よぅ」

にこやかな笑顔で挨拶。


「――っ!?」

ゴリ男とガリ女は振り返り、俺の姿を確認するやいきなり臨戦体制を取った。


ありゃりゃ……

「おいおいおい、そんなに殺気立つな。街中だぞ?」


「貴様…」

ゴリ男が俺を睨み付けるように見下ろす。

殺気もムンムンだ。


いやはや、嫌われたもんだねぇ。

・・・

ま、当然といえば当然だがな。

「だから、そんなに殺気立つなって」

俺は肩を竦めてみせた。

そして不敵な笑顔を作り、相手を睨み返しながら

「それとも何か?デートの最中に、俺様にまた叩きのめされてぇーのか?ん?」


「くっ…」

男の顔が屈辱に歪む。


ここで弁明しておくが、俺は別に喧嘩を売ってるわけではない。

なんちゅうかねぇ、一晩寝れば冷静になるって言うか……

そりゃ確かに、卑怯な手で真咲は負けた。

ただしそれは、反則ではない。

ルール上では何も問題は無いのだ。

あれは圧倒的に強い真咲に勝つ為の作戦だったと、今なら理解できる。

「あ~~……昨日は少し悪かったな、姉ちゃん」

俺はガリ女に、素直に詫びてやった。

この神代洸一、婦女子に対しては常に紳士たれ、なのだ。

何しろダンディだからな。

「あの時は俺も少し興奮していてよ……本当、スマンかったぜ」

俺は敵意を和らげるために、笑顔を作りながら言う。

ガリ女とゴリ男は、キョトンとした顔をしていた。

「ところで兄ちゃんよぅ、ちと聞きたいことがあるんだが……」


「な、なんだ?」

白鳳空手部の、おそらく主将であろうそのゴリ男は、些か戸惑った視線で俺を見つめる。


「や、別に大した事じゃ事じゃねぇーけど、アンタの学校に御子柴って言う野郎がいるだろ?巷で『白い悪魔』とか中二的に呼ばれてるやつだ。そいつの事で、少しな」


「御子柴……」

ゴリ男の表情が強張り、チラリとガリ女と視線を交わす。

彼女の顔は、少し曇っていた。

「あ、あぁ……確かにいる。ウチの学校の二年だ」


「それは知ってる。で、あの野郎はやはり強いのか?」


「……強い」

ゴリ男は眉間に大きく皺を作りながら呟いた。

「多分、ウチの学校で一番強いんじゃないかな」


「なるほどねぇ…」


「……アンタ、あの野郎と知り合いなのか?」


「知り合いも何も……」

俺は殊更陽気に笑い、

「この俺様が、近い将来ぶっ飛ばしてやろうと思っている相手だ」

と言うか、既に心の中では八つ裂きに決定。

古代ギリシャなら、ファラリスの雄牛に入れてやるところだ。


「そ、そうなのか?」


「そうなんだよ。ま、以前ちょいと、女の前で恥を掻かされてなぁ……」


「そ、そうか」

ゴリ男の顔から緊張が消えた。

「アンタもアイツに……」


ん?アンタも?

「でだ、俺が聞きたいのは……あの野郎の事だ。敵を倒すには先ずは情報だからな。あの野郎、学校ではどうなんだ?どんな日常を過ごしている?」


「さ、さぁ……学年が違うからあまり詳しくは知らないが、取り敢えず男連中には嫌われているな」


「だろうな」

何故か妙に納得だ。


「だけど、逆に女には好かれている」


「……だろうな」


「が、女癖は悪いと来たもんだ」

ゴリ男は吐き捨てるように言った。

隣のガリ女も、唇を噛み締めて俯いている。


ふむ……

何かあったのか?

と、野暮なことは聞かない。

聞かなくても、何となく察する事が出来る。

「そっかぁ……俺様の思った通りだな。それで、他には何か知らないか?出来れば弱点的な情報があれば嬉しいんだが……」


「弱点か。そーゆーのはちょっとな。ただあの野郎の格闘技は空手がベースだから……どちらかと言うと攻め技が主体で、受けとか返し技は苦手な方じゃないかな?」


「ほぅ……なるほど」

やはり先制攻撃タイプか。

ふむぅ、みなもチャンはどちらかと言うと防御主体なのにねぇ……

やはりあの二人は、血が繋がっていないに違いないぞよ。

「そっか。分かった。色々とありがとうな」

俺が礼を述べると、ゴリ男は少し照れたように、

「いや、なに……あの野郎はウチの学校の生徒だけど、アンタには頑張って欲しいよ」


「ふん、任せておけ」

俺は片手を上げ、白凰のカップルと別れた。

さて、まどか達は何処にいるのやら……


その後、何やらアクセサリー的な小物を物色していた彼女達と合流し、帰宅の徒に着いた。

真咲もついでに夕食をと言う事になり、3人でブラブラと喜連川邸へ向かって歩いていたのだが、まどかと真咲は、ずーっと何やらヒソヒソと話し込んでいた。

俺が『何を話してるんだ?』と尋ねても、まどかは口元を綻ばせ、笑顔で『内緒よ』と一言。

彼女がこんな顔する時は、何かロクでもないことを企んでいる時だ。

ぬぅ……

何を考えているのか知らねぇーし、知りたくもないが、どうかこの俺様が巻き込まれませんように。

・・・

ま、たぶん無理だがな。






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