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俺様日記~1学期~  作者: 清野詠一
7/53

戦乙女の挽歌・頑張れ真咲さん②



試合は淡々とした調子で進んでいた。

真咲姐さんは、途中危なっかしい試合も何度か合ったが辛うじて勝ち進み、また要注意対戦者の内一人が怪我で不戦勝などの運も味方し、気が付いた時には準決勝まで残っていたのだ。

「あと二つ勝てば、真咲が優勝か…」

無意識の内に、固めた拳がブルブルと震え出す。

「か、勝てるよな?なぁ?真咲しゃんは勝てるよな?」


「さぁ……どうかしらねぇ」

まどかはは指先でコリコリと頬を掻き、微苦笑を溢す。

「予想通り、準決勝の相手は白凰鶴端の水主だし……ま、真咲の運に期待するしかないわね」


「う、運任せかよ」


「そ。後は、そうねぇ……真咲が最後まで冷静に試合を運べるかどうかね」


「冷静に?真咲はいつも冷静だと思うぞ?戦うときはいつも醒めた目をしてるし……」

でも何故か俺を殴る時は、怒り的なモノがヒシヒシと伝わって来るがな。


「相手の挑発に乗せられないように、って事よ。相手はそーゆー意味では巧い選手だからね」


「うむぅ……って、まどかよ。さっきから気になってたんじゃが、お前よく色んな選手の事を知ってるなぁ……なんでだ?」


「べ、別に……偶々よ」

まどかは何故か言葉を濁し、試合会場に視線を移した。


ぬぅ……

と、俺がそんな彼女の横顔を眺めていると、チョイチョイと臨席の優チャンが俺の服を引っ張り、耳元で囁くように、

「実はまどかさん、一週間も前から大会に参加する選手の情報を集めていたんですよ」


「ほ、ほぅ…」

それは知らんかった。

なんだよ、友達思いじゃねぇーか……

ちょっとだけ、見直してやったぞよ。

「で、その水主って選手は……って、あれか」

真咲姐さんと試合会場を挟んで対峙している女の子。

背は高いが、何となくひょろりとしている。

予想とは、ちょっと違うタイプの選手だ。

「なんか、線が細いって言うか、かなりモヤシッ子って感じがするのぅ。着痩するグラマラスな真咲姐さんとは、全然に違うわい」


「なによぅ。真咲より私の方がプロポーションは良いわよ」

まどかがキッと俺を睨み付ける。

「それになに?もしかして真咲の裸でも見た事があるっていうの?答えなさい洸一!!」


「そ、それはねぇーけど……」

何でそんなに興奮するんだ?

「それよりも、あの水主って女の子、あまり強そうに見えないのぅ。何かガリガリって感じで、腕力も無さそうだし……」


「競技空手に筋肉はいらないわ」

まどかは唇を歪め、どこか嘲笑するように言った。

「寸止めだもん。要はスピードとタイミングさえ合っていれば、試合には勝てるわ」


「ふ~ん…」

速度とタイミングねぇ。

でも真咲姐さんの拳は殆ど光と同じ速度だし、タイミングの取り方だって絶妙だとは思うが……

それでも、相手の方が有利なのかな?


「さ、そろそろ準決勝が始まるわよ」


「う、うむ」

頑張れよ真咲……

ここまで来たら、後は優勝しかねぇーぜ。


両校の選手に対する激しい応援の中、真咲姐さんと水主と言う女の子が、試合場の中央で対峙する。

俺はコブシを握り締め、彼女達の一挙手一投足を見逃さないように目を凝らして見つめていた。


「さ~て、最初に動くのは真咲か相手か……どっちかしらねぇ」

まどかの呟きと同時に、審判の始めと言う合図。


――むっ!?

最初に動いたのは真咲姐さんだった。

軽やかなステップと共に、牽制だろうか、緩やかな二段蹴り。

普通なら余裕で躱したり受けたり出来る程度の温い攻撃の筈だが、相手の選手は攻撃を受けながら軽やかに吹っ飛んだ。


「な゛ッ……なんだ?」

試合が一旦、止まる。


「やってくれるわねぇ」

まどかが親指の爪を噛みながら、苦々しげに呟いた。


「か、勝ったのか?」


「違うわよ。今のは有効打じゃないし、むしろ反則技に近いわね」


「は、反則技?あんなに緩い蹴りがか?」


「そーゆー風に見せたのよ。わざと打撃ポイントを逸らして派手に吹っ飛んでね」

まどかは吐き捨てるようにそう言うと、自分の拳をパンッと掌に打ち付け、

「本当に、やってくれるわねぇ……あの女。これで審判の主観はあの女贔屓に傾くし、何より真咲は、警告が与えられる筈よ」


「き、汚ねぇ……」

さすが、あの犬野郎と同じ学校の生徒だぜ。

やはりこの俺様が天誅を食らわして修正してやらねば!!

今すぐ会場に乱入してこの俺の正義の拳を……


「落ち着きなさいって、洸一」

立ち掛けた俺の膝を、まどかがグッと押え付ける。

「試合はまだ終わってないわ。興奮するんだったら、試合が終わってからにしなさいよ」


「……つまりそれは、試合が終われば大暴れしても良いって事だよね?」


「そんな訳ないでしょ?」



真咲は審判に注意を与えられ、試合は再び続行。

俺は大声で、

「汚ねぇ-ぞミイラ女ッ!!根性が腐ってる奴は乳も腐ってやがるな!!だからそんなに貧乳なんだよッ!!」

と、罵詈雑言チックなシュプレヒコールを送ってやろうと思ったのだが、まどかと優チャンに強引に押さえ込まれていた。


「ったく……洸一はホント、興奮すると前後の見境がなくなるんだから」

「先輩はもう少し、大人になった方が良いです」


「ぐぬぅぅぅぅ」


「ほら、ちゃんと見てなさいって」

まどかは俺の延髄を鷲掴み、強引に頭を試合会場に向けさせる。

最初に動いたのは、今度は相手側だった。

間合いを取り、真咲より長い手足を生かしての長距離攻撃。

スピードは……確かに速く、また威力も予想外に強そうだ。

もっとも、真咲は軽く片手で捌いているが。


「うむうむ。真咲さん、あの速い攻撃を全て受け流してるじゃねぇーか……中々に調子が良いですなッ」


「はぁ?アンタ、なに真面目な顔で馬鹿言ってるのよ…」

まどかが呆れた顔で、マジマジと俺を見つめた。

「あれは、ワザと真咲に攻撃を受けさせているのよ」


「ワザと?」


「そーよ。だいたいねぇ、あの程度の速さの攻撃、真咲なら簡単に避けれる筈でしょ?」


「い、言われてみれば……」

体移動で攻撃を躱すのではなく、攻撃を手で受け止めている。

むぅ……何でだ?


「避けさせない様に、的確なポイントに受け易い攻撃を繰り出しているのよ。実際、巧い攻撃ねぇ」

まどかは冷やかな目つきでそう言った。

これは彼女も、怒り始めている証拠だ。

何となく、ちょっと怖いぞよ。


「しかし……攻撃をわざわざ受けさせて、何か意味があるのか?」


「あるわよ。あの威力、ガードせずに受けたら、すぐに反則点を取られるほどの威力よ。分かるでしょ?」


「確かに……」

真咲姐さんのガードに突き刺さる蹴りなどは、ここからでもズバンッと音が響いてくるほど、強力なものだ。

まどかの言う通り、あの攻撃がまともに入れば、寸止めが原則の競技空手では、失格とまでは行かないまでも、かなりの減点にははなるだろう。

「な、何でそんな事を……」


「あの攻撃、インパクトの瞬間に膝を曲げたりつま先を立てたりしてるわ。あれはねぇ……真咲の腕にダメージを与えているのよ。故意にね」


「な゛っ…」

故意にって……わざと真咲に、痛い目を遭わせているって事か?

そこまでして、勝ちたいのか?

実践空手ならともかく、競技空手はスポーツなんだろ?

「だ、だったら、真咲はガードを外して攻撃を貰えば良いじゃん。そうすれば、相手の反則負けで……」


「二荒真咲ともあろう女が、そんなことをすると思う?あの、真咲ががよ」

まどかは『あの』と言う言葉を強調して、そう言った。


「そ、そうだな。あの誇り高い真咲姐さんが、むざむざ敵の攻撃を受けてまで勝ちを拾うとは思えないな。……はっ!?もしかしてあの水主って女は、そこまで計算して……」


「そーゆーこと。だから遠慮なく、全力で真咲を攻撃しているのよ。避けないって分かっているから」


「ぐ、ぐぬぅぅ……だったら真咲も、同じようにやり返せば……」


「それが狙いね」

まどかはチッと大きく舌打ちを溢した。

「いくら真咲だって、あんな全力の攻撃を受けてノーダメージって事はないわ。しかも肉体的って事よりは、精神的にね」


「精神的に…」


「一方的に攻撃を受けてる状態よ。真咲だって、そうそう冷静でいられる筈が無いでしょ?ただでさえ闘争心への導火線は短いんだし……」


「って事は、もしかして相手は真咲が怒るのを待って……と言うことか?」


「そーよ。真咲が怒って強引に攻撃に転じた瞬間、またワザとガード下げて攻撃を受ける気なのよ。ダメージは大きいかもしれないけど、勝ちは拾えるわ」


「だ、だったらこの勝負は……」

俺が掠れた声でそう問うと、真咲は低い声で笑いながら、

「真咲の負けね。今のままじゃ」


「くっ、何て卑怯な……」


「卑怯じゃなくて、巧いって言うのよ。スポーツ空手の世界ではね」



「……負けちゃった」

優チャンが力無く、ポツリと呟く。

まどかは唇をキュッと閉じ、黙って試合会場を見つめており、俺は立ったまま会場を見下ろしていた。


真咲が……負けた。

俺は拳を固め、立ち尽くしている。

生まれて初めて、知り合いが……大切な友人が参加している大会に、俺は応援をしに来た(サッカー部の豪太郎の応援には一度も行った事が無いという意味)。

勝負の世界だ、負けることもあるだろう。

だけど俺が初めて観戦し、応援して負けた試合は、悔しさよりも後味の悪さだけが残っていた。


ち、ちくしょぅぅぅぅ……

沸沸と怒りが湧き起こる。

これがもし、正々堂々とルールに従って戦った結果なら、ここまで憤る事はないであろう。

しかし、ルールを逆手に取られ、真咲は負けた。

それは何故か?

お嬢ちゃんだからさ。

・・・

いやいや、今は冗談を言ってる場合じゃねぇ……

「どうやらこの俺様を、本気で怒らせたようじゃのぅ」

俺はボキボキと拳を鳴らし、踵を返す。

このままでは、腹の虫が無差別テロを起こしかねない。

父と子と俺様の御名に於いて、あの白凰のガリガリ女に、生きている事を後悔するぐらいの天誅を与えてくれよう。

俺がやらねば誰がやる!!


「……ちょっと洸一。どこへ行くのよぅ」

まどかの冷ややかな声に、俺は振り返る。

「むふぅぅぅ……決まっておろうっ!!あのド汚ぇ奴を煉獄へ叩き落すのだ!!この仕事は俺か梅安先生にしか出来ねぇ!!」


「全く、洸一はロクな事を考えないんだから……馬鹿だけに」

まどかは非常に失礼なことを言うと、ジロリと俺を睨み付け、

「とにかく、今は座ってなさい」


「こ、断るっ!!何故なら俺の燃えるような熱いソウルが彼奴に復讐をと……」


「……座ってなさいッ!!」


「ここ、断るっ!!……かな?」


「……あのねぇ」

まどかはフゥ~と溜息を吐くと、少し垂れている前髪を乱暴に掻き上げながら

「アンタが怒るのも無理はないけど、まだ試合は終わっていないのよ?真咲には3位決定戦も残ってるし、何よりここでアンタがもし問題を起こしてごらんなさい。下手すれば団体戦だって、出場停止って事になりかねないわよ?」


「ぐ、ぐぬぅ…」


「それに、洸一よりもっと悔しがってる人がいるって事を忘れないでちょうだい」


「むぅ」

そ、そっかぁ……

考えれば、俺なんかより当事者である真咲さん本人の方が、よっぽど悔しいだろうに……

俺は大きく息を吸い込み、そして吐き出す。

それを何回か繰り返すと、不思議と気持ちが落ち着いてきた。

が、逆に、言い知れぬ不安感みたいなものが、ムクムクと心の中で大きくなってくる。

「な、なぁ、まどか」

俺は座席に戻り、小刻みな貧乏揺すりを繰り返しながら、

「俺……真咲姐さんに、何て声を掛ければ良いんじゃろう?」


「さぁ?別に普通で良いんじゃない?変に気を使うと、真咲も気にすると思うし……洸一なら、いつもの調子で『頑張ったけど、真咲は所詮はこの程度だね。ンケケケケケ』とでも言えば良いんじゃない?」


「……お前は俺を殺す気か?」


「なによぅ。気を使って心にも無い台詞を言う方が良いって言うの?この偽善者っ」


「あのなぁ。そーゆー言葉自体、最初から俺様の心には無いんじゃが……そもそもお前は、真咲にどう言う言葉を掛けるつもりなんだ?」


「別に……いつも通りよ」

まどかは肩を軽く竦め、フンッと鼻を鳴らす。

「真咲が戻って来たら、取り敢えず『負け犬』って呼んであげるわ」


ぎゃふん…

「なんか、凄いなお前」

死者に鞭打つって、こう言う事を言うんだね。


「そう?たかがスポーツの試合で負けただけじゃない。……別に怪我もしてないし、また次があるじゃないのぅ」


「む、むぅ……そう言われると、何だかお前の言ってることが正しいって思えてくるけど……」


「真咲は、そんなヤワな神経をしてないから大丈夫よ。そもそも負けるのが初めてってワケでもないし」

そう言って、まどかはクスクスと笑った。

「それよりも、問題はあの白凰の女ね。あの調子で決勝も戦う気かしら?」


「あん?あのガリガリ貧乳女か?……さぁな。また決勝でも、ルールに沿ってネチネチと戦うんじゃねぇーのか?」


「そーゆー意味じゃなくて……」

まどかは苦笑しながら、ポリポリと自分の頬を掻く。

「彼女、真咲を怒らせたのは良いけど、最後にキッツイ攻撃を食らったでしょ?」


「あぁ、それで真咲は反則負けになったけどな」


「それよ。だってほら……あの真咲の蹴り、凄かったじゃない。防具を付けてなかったら、確実に首から上が吹っ飛んでいたわよ」


「そうだったな」

あの時の怒った真咲姐さんの攻撃は凄まじかった。

俺様なんか思わず金玉が縮み上がり、何故かその場で土下座したくなったぐらいだ。

「しかし、それがどうした?」


「だからさ、あの女……どこかに怪我しているんじゃないかと思ってね」


あ、それは確かに。

防具を付けていようがあの凄まじい威力だ。

頚椎辺りにヒビでも入ってるかも知れん。

「ふふん、それこそ策士、策に溺れるってヤツだな。ザマァミロ、と言ってやりたいぜ」


「まぁ、反論はしないわ」



真咲は結局、個人戦3位と言う結果に終わった。

彼女の他者を圧倒する破壊的実力なら、それこそぶっち切りで優勝してもおかしくないと俺は思っていたのだが、やはり現実は厳しいようで、これがまどかの言うスポーツとしての空手と武としての空手の違いかと、改めて認識する思いだった。

ちなみに、真咲を卑怯な手で負かしたあの女は、案の定、どこか負傷していたのか動きが鈍く、僅か数秒で敢え無く敗退。

俺は二階席から『ザマァミロ』と声を大にして笑ってやったのだった。


うぅ~む……

表彰式も終わり、外に何時しか夕焼け空が広がっている頃、俺は武道館の出入り口で腕を組み、首を捻りながら悩んでいた。

はてさて、どうやって真咲に声を掛けたら良いものか……

ミーティングを終え、彼女はもうすぐやって来る筈だ。

まどかは、『たかだか試合の一つで負けただけじゃない。そんなに気を使わなくて良いよ』なんて事を言うが……

でも悔しいのには変わりは無い筈だ。

ここは男として、そして友として、何か気の利いた台詞の一つでも言うべきだと思うんじゃが……

ふふ、なーんにも、思い浮かばないのぅ。

何せ俺様の人生の中で、こう言ったシチュエーションは初めての経験だ。

平平凡凡で呑気な学生生活を満喫してきた俺には、青春の汗と涙は、ちと眩し過ぎるのだ。

何を言ってるのか、自分でも良く分からないのだ。

ぬぅぅぅ……

ここで真咲にどうやって声を掛けるのか、これは重要な選択肢だぞよ。

まかり間違えば、フラグが消滅してしまうではないか。

何のフラグか謎だがなっ!!

等と、俺が一頻り悩んでいると、

「あ、二荒先輩…」

と、優チャン。

見ると他の女生徒に混じり、スポーツバッグを肩に掛けた真咲姐さんが、玄関ホールから出て来るところだった。


う、うむぅ……やはり心なしか、元気が無いように見えるのぅ。

益々、何と言って良いのか分からなくなる。

えぇ~い、とにかく……何とかなるだろう。


真咲は俺達に気が付いたのか、軽く手を上げ、顔に苦笑を浮かべながらやって来た。

「ん、待っててくれたのか?」

「ふ、二荒先輩ッ!!団体戦出場、おめでとうございますッ!!」

と、最初に声を掛けたのは優チャンだった。

「個人戦は残念でしたけど……でもでも団体戦で全国を制覇して、その実力を見せ付けてやって下さいッ!!」

「はは、ありがとう優貴」

真咲は笑みを浮かべ、優チャンの頭を軽く撫でる。


う、上手い……

俺は心の中で唸った。

やるな、優チャン。

最初に良かった結果を強調して、悪かった事は極力抑えるとは……うむ、参考になるぞよ。

さて、まどかは何と言うか……


「ふふ~ん、真咲ぃ~♪」

まどかはポニテを揺らし、

「無様な試合だったわねぇ。……この負け犬がッ」


ぎゃーーーーーーーーーッ!?

本当に言いやがったよ、この馬鹿はっ!!


「くっ…」

真咲姐さんの少し太めの眉が、クンッと急カーブを描く。


「全く……アンタらしいと言えばアンタらしい負け方だったわねぇ」

「う、うるさいな。き、気が付いた時には、もう手が出てたんだ……」

「出したのは蹴りでしょうが」

まどかは呆れたように笑いながら、真咲の肩を小突いた。

彼女も、苦笑を溢す。


う、うむぅ……

中々どうして、まどかの罵詈雑言には悪意が無いっちゅうか……

さすが、親友だねぇ。

まだ付き合いの短い俺には、到底真似出来ねぇ。


「洸一…」


「んぁ?」

悩んでいる俺に、真咲姐さんが笑顔で声を掛けてくる。


「そんなに気にするな。別に私は初めて負けたわけじゃないし……勝負は時の運だ」


「そ、そうか」


「うん。洸一が折角応援してくれたのに勝てなかったのは不本意だが、これも私の修行不足だ。来年こそは、個人戦でも優勝してみせる」


「う、うむ。頑張れよ真咲」

……くっ、情けねぇ。

気を使わなきゃならないのは俺の方なのに、逆に真咲に気を使われるなんて……

男として、非常に情けない。

くそっ、この俺様ともあろう男が、女の子一人慰める事が出来ないとは……

何たる失態か。

ナイスガイの神に申し訳が立たんではないか。


「さ、取り敢えず試合も終わったし……真咲、お腹減ってるでしょ?」

まどかは笑いながら言った。

「どこかで何か食べて行こうか?洸一が奢ってくれるって言うしさ♪」


俺はそんな事、一言足りともいった憶えは無いんじゃが……

「そうだな。では皆で、お好み焼きでも食いに行くか」

俺は殊更陽気にそう答えた。

ま、今の俺に出来るのは、これぐらいだもんなぁ。



「さて、行きますか」

と言うことで、俺はまどかに優チャン、そして真咲と連れ立って、取り敢えず駅に向かって歩き始めた。

真咲姐さんは、どこか陽気な感じでまどかと話しているが……それが少し、浮ついた感じがした。

無理に明るく振舞っているのが、何となく分かる。


まぁ、今日の今日で、試合のことは吹っ切れないよなぁ。

ってゆーか、来週は俺と優チャンも試合があるし……

俺は負けて元々って最初から考えているから良いけど、万が一優チャンが負けちまったら……

その時、俺はどうやって慰めたら良いんじゃろう?

なんちゅうか、真咲さんの比じゃないほど、優チャンはダウナーな感じになると予想できる。

と言うか、必ずなる。

俺はそんな彼女を、励ましてやる事が出来るのだろうか?

・・・

多分、いや絶対に無理。

あぁ、考えるだけで今から胃が痛い。

少し前を行く3人の影に隠れるようしながら俺は溜息を吐く。

と、歩道のすぐ脇で、既に俺の心の中では『殲滅』と言う難しい漢字で存在そのものを消去してやろうと思っている、あの白凰大学付属鶴端学園の選手達が、屯って何やら話しているではないか。


ぐぬぅ……

あの白を基調とした制服を見た途端、心の導火線に火が点いた。

御子柴といい、真咲姐さんを卑怯な手で倒した痩せ女といい……

どうやらこの学校の生徒には、世間の厳しさ、社会の常識って言うやつを教えてやらなければならないようですなッ!!


「しっかし、今日の女子個人戦の決勝は最高だったなぁ♪」

俺は歩きながら、誰に言うでもなく大声で独語を吐く。

「真咲さんを散々卑怯な手……自分に少しでも恥という概念があれば使わないようなド汚ぇ手を使って勝ったと思ったら、決勝戦でアッサリ淡白に負けちまいやがんの。いやもぅ、最高のエンターテイメントだよ!!これが因果応報ってやつですかねぇ……俺様、思わず大笑いしたね。がはははははは♪」

俺様の皮肉たっぷりの雑言に、白凰の生徒達はキッと物凄い目つきで睨んで来た。

あの、貧乳ガリガリ女も、俺を睨んでいる。

わはははは♪洸一チン、大変愉快愉快である。

真咲姐さんや優チャンは困ったような顔をしてるし、まどかは『あっちゃー…』と呟きながら額に手を当てているが、そんなモンは関係無い。

何も暴れてるワケじゃないし、ってか暴れると怒られるから、せめて文句の一つぐらい言ってもバチはあたるまい。

それぐらい、ここは大目に見てくれぃ。

「しっかし、真咲姐さんの前でこんな事を言うのは少々何ですが、所詮はしゃばい競技空手ですのぅ。ダメージよりも審判主観の有効打のみポイントが与えられるとは……スポーツどころかお遊戯ですよ。こんなチンケな空手、ワックスを塗ったり落としたりしてりゃあ、サルでも勝てるっちゅーねんっ!!わっはっはっ♪」


あ~……少しスッキリした。

言いたい事を言ったら、ちょっとは気が晴れたわい。

俺は白凰の生徒達をチラリと見やり、ヘッと鼻を鳴らす。

さて、気が晴れたら今度は猛烈に腹が減ってきたのぅ。

俺は再び歩き出すが、いきなり目の前に、大柄な男が立ち塞がった。

特徴的な白ランに身を包んだ、俺よりも頭3つ分ぐらい大きい厳つい男だ。

おそらく、白凰の男子空手部だと思うが……

うむ、ちょびっと怖いぞよ。


「おい、貴様……」

その男は目を細めながら俺を見下ろすように睨み付け、野太い声で、

「鶴端の空手部に喧嘩を売ってるのか?」


「あぁん?」

俺は手でまどか達を制しながら、そのでかい男を睨み上げる。

通常の俺様なら、君子危きに近寄らずの精神で、こんなごっつい野郎なんかは相手にせずに無視するか逃げるかなんじゃが……

今は別だ。

ストレスも過剰に溜まっているし、何よりコイツは我が怨敵、御子柴と同じく白凰の生徒だ。

この俺が何様であるか、少しは教育してやろうじゃないか。

「……退け、ゴリラ。弱い者イヂメは趣味じゃない」

俺はニヤニヤと徴発的な笑みを浮かべてやる。

男の目がさらに細まった。

「貴様……」

「汗臭いって言ってんだよ」

俺は面倒臭げに、ポリポリと頭を掻いた。

「白凰なんていう、自称進学校のチンケな連中と関わってるほど俺はヒマじゃねぇーんだよ。ってか、何だよそのコスプレちっくな白ランは。恥ずかしくないの?それとも、もしかしてアレか?全校生徒、重度の厨二病に罹っているのか?可哀想に」


「……」

男は怒りでワナワナと足先から震えていた。


「洸一は、喧嘩を高値で売る才能があるわね」

と、背後からまどかの囁き声。

なんのなんの、まだまだ値上がりますよ。

俺様の喧嘩は青天井ですから。

「ふんっ、人語を理解したかゴリラ?分かったんなら、そこの電柱の隅でバナナ齧ってウホウホ言ってろ」


「……」

男はいきなり、無言で殴り掛かってきた。

身長差を生かした、打ち下ろしの右。

いきなりの攻撃に少々不意を突かれたが、俺だってただの素人ではない。

喧嘩は場慣れしているし、何よりここ数ヶ月、修羅場シスターズ(まどかに真咲に優チャン。あとは魔女)に鍛えられてきたのだ。

この程度の攻撃、屁のツッパリはいらんですよだ。


ふんっ…

俺は左頭上から襲い掛かってくる拳に対し右足を引き、半身をずらして躱すと、今度は相手の手首を掴み、その打ち下ろしの威力を利用しての投げを一閃。

相手は軽やかに、宙を回って地面に叩き付けられた。

「言っておくが、最初に手を出したのはコイツだからな」

俺は笑いながら、取り敢えずまどか嬢にお伺いを立てる。


「……そうね。全く、仕方ないわねぇ……洸一は」

まどかは苦笑を溢した。


やったぁーーー♪暴れても良いって許可が出たぞよ。

「……ふっ」

俺は何事か起こったのか、まだ理解できてない白凰の生徒達に視線を移し、

「おい、偉大な俺様の足元でノびているこの躾の悪いゴリラ。飼い主は誰だよ……早く引き取ってくれ」

白凰の生徒達の瞳に、怒りの炎が灯った。

さぁ、来るなら来やがれっ!!

俺は女子を含め、30名はいるであろう白凰大付属の空手部員を睨み付ける。

彼奴等も、俺を睨んでいた。

まさに一触即発状態。

風の流れる音に混じり、何処か遠くで、ピーポピーポとパトカーのサイレンが響いてくる。

さてさて、どうやって葬ってやろうかのぅ……

俺は構えを取った。

そしておもむろに、足元で気絶している大男の頭をつま先で軽く蹴ってやる。

それが戦いの合図だった。

生徒達が数人、目を殺気走らせて飛び出してくる。

どれも厳つい野郎ばかりだ。

ふっ、ふふふ……返り討ちにしてくれるわッ!!


「――はい、そこまで」

突如、しゃがれた男の声が辺りに響いた。

見ると俺達の周りを、これまた厳つい顔をしたオジさん連中が取り囲んでいる。

な、なんだ?

って言うか、誰?


「あ~~……神代洸一君だね?」

白髪混じりの初老の男性が、ニコニコ笑顔で俺に近づいて来た。


「そ、そうですけど……」


「私はこういう者だが……」


「――警察???」

俺はおっさんが提示した黒い手帳に、目をパチクリをさせた。

はて?

ポリスメェンが俺様に何か用があるのかにゃ?


「ちょっと話があるんだけど、良いかな?」


「は、話って……何です?僕ちゃんは良い子ですよ?」

今から殴り合いをする所だけどね。


「いや、なに……今朝ね、君の学校を爆破するという予告が、掲示板などに書き込まれていた件についてなんだけど……」


「――げぇぇッ!?」

うそーーーーーん!!

何でバレたのッ!?

「あ、いや……その……ぼ、僕ちゃんは別に……」


「まぁまぁ。ここじゃ何だから、話は署の方で聞こうか。良いかね神代くん?」


「あ、あぅ…」

何時の間にか、俺の周りを怖い顔したオジさん達が取り囲む。

む、むぅ……これまでか。

「と言うわけだ諸君っ!!まどか……後を頼むッ!!」


「では神代君、行こうか」


「あぅぅ……せめてカツ丼は食べさせて下さいね?」

俺は初老の刑事さんに腕を掴まれ、そのままパトカーに乗せられたのだった。



釈放されたのは、予想外に早かった。

小一時間程度しか経っていない。

俺的予想では、一週間ぐらい新聞やネットを賑わして、それからどこぞの少年院的な施設へ送り込まれると思っていたのじゃが……

取り敢えず、証拠不充分、と言うことで娑婆に戻って来る事が出来た。

ま、証拠不充分というよりは、喜連川家の政治的圧力の結果と言うことは、容易に想像できたが……

しかし、まさか最後に取調室で食ったカツ丼代を請求されるとは思わなかった。

あれって警察の奢りじゃないんだ……

また一つ、賢くなってしまったわい。

ちなみに、家に帰ってからのどかさんに思いっきり怒られたのは、言うまでも無い事だった。

まどかはまどかで、学校をサボったので怒られていたしね。




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