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俺様日記~1学期~  作者: 清野詠一
6/53

戦乙女の挽歌・頑張れ真咲さん①


★6月04日(土)


 今日はインターハイこと夏に行われるインターハイスクールチャンピオンシップへの参加を懸けて、空手道の予選大会が行われる日。

俺はTEP同好会のメンバーである優チャンと連れ立って、大会に参加する真咲さんを応援すべく、この仰々しいほど立派な市立武道館にやって来ていた。

本当は姫乃ッチも誘ったんじゃが……

彼女はここ最近、力が少々不安定と言うことなので、大惨事が起こる前にのどかさんの元へ相談しに行くとの事だった。


「でも、まさか本当に学校がお休みになるとは思えませんでした」

珍しくワンピース姿の優チャンは、朝の爽やかな陽光を受けながら、微笑んだ。


「ま、日頃の行いが良いからな」

って言うか、昨日の内にこの俺様が、某巨大掲示板等に、『学校を爆破しちゃうぞぅ草生えまくり』と書き込んでおいたからのぅ……

世間を騒がせて申し訳ないが、それもこれも全ては真咲の応援の為だ。

それに俺、未成年だし、色々と大丈夫なのだ。多分。

「しっかし、初めて市立武道館とやらに来たけど、本当にゴージャスな建物じゃのぅ」

駅から武道館の正門に向かって歩きながら、天高く聳え立つ建物を眺め、俺は鼻を鳴らす。

「まさに、箱物行政万歳て感じだねぇ」


「でも来週、私達の新人戦はもっと大きな体育館でやるんですよ?」


「そ、そうなのか?」

うへぇぇぇ、僕チン、デビュー戦なんだけどなぁ……


「はい。来週の大会は、喜連川記念武道館で行われるんですよぅ」

優チャンはニコニコ笑顔だ。

「あ、先輩。そろそろ会場が見えてきましたよ」


「ふむ…」

会場となる武道館前には、様々な制服姿の厳つい顔をした男女が、スポーツバッグ片手に屯していた。

また続々とバスで乗り込んでくる一団もあれば、既に空手着姿で準備運動をしている一団もいる。

地域の全高校の空手部が集まるので、かなりの盛況ぶりだ。

……ぬぅ。良く考えたら俺、格闘技大会の観戦って生まれて初めてなんだよなぁ。

なんちゅうか、こっちまで汗臭さが匂ってくるぜ。

「しっかし、みんなごっついねぇ」

俺は周りに屯している突然マッチョマンな連中に、軽く首を竦めながら苦笑を零す。

もちろん、ビビったワケではない。

この俺様とて、近隣にその人ありと呼ばれた最強のガイにして地上に舞い降りた最後の天使なのだ。

マッチョの一匹や二匹、何を恐れる事があろうか。

「お、よく見ればウチの学校の男子空手部も来てるじゃねぇーか」

建物の隅っこの方に固まり、まるでチワワのようにプルプル震えている、我が校でアニメ研究会より弱いと噂される男子空手部の連中。

もちろん、全員が白帯だ。

うむ、なんで参加するのか目的が分からん。

もしかして、何か参加賞で貰えるのか?


「先輩。女子の試合は第二会場ですから、こっちですよ」

言って優チャンが、俺の手を引っ張りスタスタと歩いて行く。


「……なぁ優チャン。ちと尋ねるが……ウチの学校の女子空手部って、強いのか?」


「えっ!?強いに決まってるじゃないですか」

優チャンは、何この馬鹿?と言うような顔つきで、マジマジと俺を見つめた。

「優勝候補の一つですよぅ。去年のインターハイは、団体組手で全国ベスト16、個人型では御子柴先輩が堂々の準優勝なんですよ?」


「そ、そうなのか」

そりゃ知らんかった。

ま、何しろ俺は、去年まで帰宅部不動の4番にしてエースだったワケだし、格闘技なんか4月から始めたばかりじゃからのぅ……そーゆー常識には疎いのですよ。

「ふむ。で、ウチの真咲しゃんはどうなんじゃろう?」


「それは、そのぅ……」

優ちゃんは何故か言葉を濁した。

すると背後から、

「ちょっと厳しいかもね」


――ぬっ!?

聞き慣れた声に振り返ると、そこには予想通り、梅女の制服を着たまどかが、腰に手を当てエラソーに立っていた。


「あ、まどかさん♪」

うわーい、とはしゃぐように優チャンが野蛮人系お嬢様の元へ駆け寄る。

対して俺は、『チッ』と聞こえるように大きく舌打ちしてやった。


「あら?何よ洸一……その仏頂面は?」


「あぁん?俺は誰かさんのお陰で、今日は朝の6時から門の周りを掃除させられたからのぅ」

しかもやたら広い上に、メイドさんにダメ出しまでされたしな!!


「そ、それは……悪かった、って言ってるじゃない」

まどかはそう言うと、ツツツと俺に近づき、そして耳元で囁く様に、

「洸一……ゴメンね」


「ぬ、ぬぅ……別に、マジで怒ってるワケじゃねぇーけど……」


「本当に?」


「まぁな」

俺は軽く肩を竦めた。

正直なところ、昨夜のあの状況はヤバかった。

邪魔が入らなければ、俺は今頃どうなっていた事やら……

下手すりゃその場の状況に流され、本当に澪香ちゃんのような子供が出来ていてもおかしくはなかったではないか。

うひぃぃ、くわばらくわばらだ。


「だったら今度は……その……キスだけじゃなく、女の子の一番大切なものをあげても良いって言ったら、洸一はどうする?」


「……お前は俺を殺す気か?」


「な、なによぅ」


「もしそんな事してみろ。俺はマジで亡き者になるぞ?ってゆーか、軽々しくそんな事を口にするな。俺様のように鋼の意志を持つ男ならまだしも、他の男なら本気にするぞよ」


「……ちょっとは本気だったのにぃ」


「あ?何か言ったか?」


「な、何でもないわよ。……この鈍感男ッ!!」

まどかは吐き捨てるようにそう言うと、優チャンの手を取り、

「さ、早く行かないと、良い席が取れないわよ」

「はいっ♪」

「ほら洸一!!アンタも早く来るっ!!」


何故に怒鳴る?

「わ、分かったよぅ」

俺は頭を掻きながら、まどかと優チャンの後に続いて、武道館の中へ入って行ったのだった。



武道館の中二階にある座席を確保し、俺達は試合会場を見下ろしていた。

真っ白な胴衣に身を包んだ各校の戦乙女たちが、逞しい声を出しながら準備運動を行っている。

い、いやはや、みんな強そうだねぇ……

なんかもぅねぇ、女の子に対する甘い幻想とかが吹き飛びそうな光景ですよ。


「ところで優。真咲は何に出るの?」

と、ジュース片手にまどかが尋ねる。

「二荒先輩は……組手の団体と、同じく組手の個人戦に参加しますね」

優チャンが受付で貰った組み合わせ表の書いてある小冊子を捲りながら答えた。


ふむ……

「なぁ、まどか。さっきも優チャンに聞いたんだけど……ぶっちゃけ、真咲はどうよ?インターハイに出れそうか?」


「ん?そうねぇ……正直な話、ちょっと厳しいかもね」

まどかは会場を眺めながら、そう言った。

「団体戦はともかく、個人戦は……インターハイは無理かもね」


「あんなに強いのにか?」

俺の知る限り、まどかを除けば地上最強だと思うんじゃが……


「前にも言ったけど、高校空手は基本的に伝統派の競技空手だからね。これが古流空手やフルコンタクトの空手だったら、真咲の圧勝だと思うんだけど……」

まどかはそう言葉を濁した。


「……ふむ。でもインターハイは、やっぱり高校生にとってビッグタイトルなんだろ?」


「ま、スポーツ競技においてはね。私は全然、興味ないけど」


「うむぅ」

真咲姐さんも、さぞかし予選なんか軽く突破して全国大会に出たいだろうに……

「ところで、まどか。お前の学校は強いのか?」


「へ?私の学校って……何のこと?」

まどかはキョトンとした顔を俺に向けた。


「何の事って……お前、自分の学校を応援しに来たんじゃねぇーのか?」


「ウチの学校、空手部はないわよ?」


「……はい?」


「正確に言うと、私の総合格闘技倶楽部がM&A(吸収合併)しちゃった」


「だったら何故にお前がここにいる?しかも朝から学校サボってまで……もしかして、真咲の応援の為にか?」


「ば、馬鹿なこと言わないでよぅ」

まどかはプゥ~と頬を膨らませた。

「私は、真咲が無様に負ける姿を見に来たんですからね」


「……なるほど」

やれやれ、素直に応援しに来たって言えば良いのに……

悪知恵が働く割には、妙な所で嘘が下手な女だな。

「さて…と」

俺はゆっくりと座席から立ち上がった。

「試合までまだ間があるようだし、ちょっくら真咲しゃんの様子でも見に行って来るかな」


「ここでジッとしてなさいよぅ」

と、まどか。

しかも優チャンまでもが、

「先輩。ここで二荒先輩が出て来るまで、待ってた方が良いですよ」


「おいおいおい。陣中見舞いぐらい、別に良いじゃんかよぅ。それとも何か?もしかして二人とも、妬いてるのかにゃ?」


「あのねぇ。アンタの為を思って言ってるのよ」

まどかは呆れたように、溜息を吐きながらそう答えた。

「ほら、周りを見てみなさいよぅ。この会場は女子空手の試合会場なのよ?男なんて殆ど見当たらないでしょ?」


「ん?ふむ……言われて見れば……確かに」

まどかの言う通り、この会場の中は、生物学的に女の子だらけだ。

大会役員や顧問の先生、記者連中を除けば、野郎の姿は数えるほどしかいない。

「でも、それがどうしたって言うんだ?」


「洸一はこーゆー試合会場、初めてでしょ?特に女子の試合は」


「まぁな。人生初の格闘技観覧だ」

って言うか、部活の大会すら初めて見るぞ。


「だからね、何て言うのか……女の子ってね、男がいないと結構大胆になるのよ?知ってる?しかも女子空手は参加人数も多いし、更衣室が狭いから廊下の隅の方で着替えてる女の子もいるの。そんな所へアンタが馬鹿面下げて歩いてたら、一体どんな事になるか……分かるでしょ?」


ぬぅ……

「な、何となく、戦慄の未来像が目に浮かぶようだ」


「でしょ?それにこの会場にいるのは全員が空手の有段者よ?言い訳する前に、骨の一・二本は軽く逝っちゃうわよねぇ」


「……そうですね」

俺はゆっくりと、座席に腰を下ろした。

「僕ちゃんは大人しく、ここで試合を見物しているデス」


「それが賢明よ」

まどかはクスクスと笑う。

「ま、何か用がある時は、私か優と一緒に行動した方が良いわね。特にアンタは、何をしなくても誤解される性質なんだから」


「仰る通りです」



「さて、そろそろ午前の部が始まる頃ね」

まどかは座席から身を乗り出し、眼下に広がる会場を見渡す。

優ちゃんはトーナメント表を捲りながら、

「午前は団体戦です。二荒先輩たちはAブロックですから、第一試合場ですね」

「どれどれ…」

と、まどかが優チャンからトーナメント表を受け取り、フムフムと頷きながら、

「なるほど。真咲は先鋒か……」


「団体戦は……どうなんじゃろう?」

俺は我が校の選手達を探すように、会場を隈なく見渡しながら尋ねた。


「そうねぇ……団体戦はインターハイに出られるかもね。結構、実力のある選手も多いみたいだし、それに御子柴クンのお姉さんも出てるし……ま、優勝候補の一つと言っても良いかもね」


「……チッ!!」

俺は大きく舌打ちし、まどかを睨み付ける。

「俺の前で、御子柴って姓を出すな。しかもクン付けとは……あの野郎は野良犬で充分だ」

もしくはチン○ス。


「へ?」

まどかは瞳をパチクリとさせた。

そして困ったような笑顔で、

「洸一って、結構粘着気質よねぇ。やられたこと、まだ根に持ってるワケ?」


「あん?いかんか?」


「ん~……別にそれがイケナイってわけじゃないけど、あまり御子柴くん個人に固執してると、意外な伏兵に足元を掬われるわよ?」


「御子柴クン、じゃなくて野良犬だ」

俺はガルルルゥと唸りながら、更にまどかを睨み付けた。

ったく……

どうもアイツの事を思い出すと、腹が立って堪らん。

何より、まどかの口から彼奴の名前が出ると……なんちゅうか……余計にムカムカするのだ。

「とにかく、俺の前で奴の名前は口にするな。あと、街で会ったとしても奴に話し掛けるな。出来るなら、問答無用で殴り殺せ。俺が許す」


「なによそれ……」

まどかは呆れたような顔をして、マジマジと俺を見つめる。

が、不意に小悪魔的笑みを浮かべると、長く垂れ下がってる自分の鬢の毛をクルクルと指で弄びながら、

「でもぅ、私ぃ、一応は御子柴君の知り合いだしぃ……無視なんて出来ないよぅ」


くっ、このアマァ……

「あぁそうかいッ!!」


「あれぇ?洸一、何で怒ってるの?」

どこか試すような目つきで、まどか。


「別に……オラ、怒ってねぇさッ!!」


「そう?ふ~ん……てっきり私は、少し妬いてるのかなぁ~って思ったんだけどぅ」


こ、こんにゃろう……黙っていれば調子コキやがって……

「は、勝手にしろ。貴様があの野良犬とどーゆー関係だろうが、俺様には全く関係ない!!」

言って俺は、フンッとそっぽを向いた。

臨席の優チャンが、ちょっとだけうろたえている。


「あらそう?ふ~ん……じゃあどうしようかなぁ?私、御子柴君に、今度一緒に映画でもって誘われているし……行っちゃおうかなぁ」


「くっ…」

あ、あの糞野郎……

やはり見た目通り、女誑しかよっ!!

しかもまどかを誘うとは……ぐ、何か怒りで頭の血管が切れそうだぜ!!


「それにさ、断ろうにも……彼、みなもの兄さんだしさ」


「――ッ!?」

まどかの言葉に、優チャンの体が微かに揺れた。


ば、馬鹿が……

優チャンの前で、みなもチャンの名前はまだNGワードだって言うのに……

俺はキッとまどかを一睨みし、そのまま必死になって会場を見渡した。

どこだ、どこにいる……

「――おっ!?真咲姐さんを発見ッ!!」


「えっ!?どこですか?」

優チャンも食い入るように会場を見つめた。


ふぅぅ、緊急回避、成功。

良かった、優ちゃんが単純で。

「ほら、目の前の左の壁際のところ」


「……あっ、二荒先輩だ♪」

優チャンは声を出しながら嬉しそうに手を振るが、会場の喧騒に紛れてか、真咲は此方に気付いてないようだ。


ふむ……

「ふっ、俺に任せろ優チャン」


「へ?」


俺は勢い良く席を立ち、そして両の手をヤッホー状態にすると、

「ままままま、真咲しゃーーーーーんッ!!!」

肺の空気を全て音声に変換。

瞬間、会場はシ~ンと静まり返ったのだった。



「っもう……先輩、ちょっと恥ずかしいですよぅ」

優チャンが頬を染め、非難がましく俺を見つめてくる。


「わははははは」

俺の大声に、会場は静まり返った。

そして全員の注目。

視線の嵐&失笑。

当の真咲姐さん本人は真っ赤になって俯いてるし、俺は笑って誤魔化すしかなかったのだ。

「いやぁ~、いきなりシーンとなっちゃうんだもんなぁ。俺も驚いたわい」

俺は頭を掻きながら優チャンに陳謝した。

やれやれ、女の子ばかりの会場だから、男の声が珍しいのかねぇ……


「まったく、洸一は少し常識を弁えた方が良いわよ」

まどかは眉根を寄せ、苦言を呈するが……もちろん、俺様はガン無視である。

これ見よがしに、顔を背けてやる。

「な、なによぅ……」


「……ふん、あの野良犬野郎と一緒に映画に行きたいとかヌカしてる輩は、俺様に話し掛けるな」

彼奴の近くにいる奴は、全て敵なのだ。

ただし、みなもチャンは除くがな。


「行きたいなんて言ってないわよ。本当に、洸一は変な所で旋毛を曲げるんだから……」


「はん、どーせ俺は粘着気質ですからねッ!!」


「だから、冗談だって」

まどかは俺の服の裾をクイクイッと引っ張る。

「彼とは単なる知り合いってだけだし……どうせなら、洸一と映画に行きたいなぁ……なんて」


……ぬぅ、そこまで言うなら許してやろうかな?

何しろ、俺は寛大だからな!!

「ふんっ、お前が誰と親しくなろうが俺様には関係ないが……あの野郎には近づくな。あの犬畜生は、俺様の怨敵だからな。俺の復讐心が満たされるまで、彼奴は永遠に敵なのだ」


「じゃあ洸一が映画に連れて行ってくれるんだよね?やったー♪」


「ん?んん?あ、あれ?あれれ?」

なんで話がそんな風になるんだ?


「え?違うの?御子柴君と行ったらダメなんでしょ?だったら洸一が連れてってよ」


「い、行ったらダメなんて一言も言ってないんじゃが……」


「じゃあ、御子柴君と行っても良いの?」

まどかはググッと顔を近づけて来た。


「そ、それは俺がどうこう言う事じゃない。ただし、行ったら敵だがな」


「じゃあ行かない。代わりに洸一が連れてって」


「し、しゃーねぇーなぁ……」

って、あれ?

だから、なんで俺がまどかと映画に行く話になってるんだ???

しかも何時の間にか決定事項になってるし……


「良し。約束だからね」

まどかはニコニコ笑顔だ。


ぬ、ぬぅ。良く分からんが、なんかコイツの術中に嵌ったような気がするぞよ?


「なに首を傾げてんのよぅ。ほら、真咲の試合が始まるわよ」


「お、おう…」

まぁ、偶には映画も良いか。

俺はフンと鼻を鳴らし、目を凝らして会場を見つめる。

「で、我が校の最初の対戦校はどこだ?」


「え~と……インコ真理学園です」

優チャンが対戦表を見ながら言った。

「宗教団体が母体の新設校みたいですね」


「うぉいッ!?鳥チックな名前の宗教団体は、色んな意味でヤバイってジンクスがあるんじゃが……」

ま、アレは鳥の名前じゃなくて梵字の発音から来ているんだけど……どちらにしろ、微妙にマッドな学校じゃね?


「あ、私その学校の生徒とか見たことあるよ」

と、まどか。

「よく駅前で、修行するぞ修行するぞ、って呟いてるもん」


「だからヤベェーって」

ネタ的にもな。

「ほれ、そんな事より……いよいよ始まるぞ」


「どれどれ、真咲の対戦相手はどんな不幸な女の子かなぁ」

まどかはググッと身を迫り出し、うわぁ~……とそのまま絶句。

「な、なんか……凄くぽっちゃりした女の子ね」


「……ぽっちゃりと言うよりは重MSだよ。来場所は十両に昇進できるかも知れん」


「え~と、対戦相手は……」

優チャンが対戦表を捲る。

「3年の……あ、どこかで聞いた名前だと思ったら、確かあの人、お父さんが元関取ですよ。それでお母さんはレスリングの元選手で……一時期、有名になった空手の選手です」


「血統書つきか。しかしまぁ……遺伝子は嘘つかないねぇ。物凄くゴツイですよ。もし街で絡まれたら、俺泣いちゃうよ」

って言うか、あの体格なら、空手よりは柔道やった方が良かったんじゃないか?

そんな事を考えながら、眼下の会場を見つめる。

白線で仕切られた板張りの試合場は全部で4つあり、既に彼方此方で白熱のバトルが繰り広げられていた。

「と、出て来ましたよ、真咲さん」

顔と胴体、それに拳に防具を身に付けた真咲姐さんと、どすこいと言う掛け声が似合いそうなマウンテンな女の子が対峙している。


「さて、最初の試合で、今日の真咲の調子が分かるわねぇ」

まどかが呟いた。


「……そうだな」

拳を握り締め、俺は真咲の一挙手一投足を見守る。

『始めっ!!』

審判の掛け声と共に、今、試合が始まった。



真咲の最初の試合は、ほとんど一瞬でケリが着いてしまった。

体重及び身長差に物を言わせ、突撃を敢行してくる要塞級の敵に対し、真咲姐さんは素早い中段蹴りで牽制しつつ、隙を見て素早く懐に飛び込むや基本に忠実な右正拳。

これで勝負は終わってしまった。


「さすが二荒先輩です♪」

優チャンは手を打って喜んでいる。

まどかも、

「ふん、先ず先ずの調子ね」

そう言って、座席に深く腰掛け直した。


う、うぅ~ん……


「あれ?どうしたの洸一?何か腑に落ちないって顔してるけど……」


「いや、別に腑に落ちないってワケじゃねぇーけど……」

俺はポリポリと頭を掻いた。

「真咲しゃんって……あの程度だったか?」


「綺麗な空手だったと思うんだけど?」


「なんちゅうかさぁ、いつも――特に俺を殴る時――に比べて技のキレもイマイチだし、破壊力ちゅうか、ワイルドさが足りないような……」

そもそも何時もの真咲だったら、剛拳一発、確実に相手は会場の天井突き破り、星になっていてもおかしくないんじゃがのぅ。


「だから、あれが競技空手での真咲の実力なのよ」

まどかはそう言って、軽く鼻を鳴らす。

「ルールを守るあまり、変に力が入っちゃうのね。基本的に真咲って、直感で戦うタイプの格闘家だし……競技空手だと、どうしても制約が多くて、色々と考えちゃうのよ」

「知っていますか、神代先輩?」

優チャンも難しい顔をする。

「二荒先輩、公式大会では今まで一度も、相手に打撃ポイントを取られて負けたことがないんですよ」


「え?そうなのか?」

って、まぁ……そりゃそうだろう。

真咲姐さんを退治…もとい倒す為には、少なくとも精鋭一個師団が必要だもんな。


「はい。二荒先輩が負ける時は、いつも反則による判定か失格負けなんですよ」


「あ、ありゃまぁ……」


「だから私はいつも真咲に総合格闘技への転向を勧めているのに……あの頑固者ったら」


う、うぅ~む……なるほど。

真咲ほどの達人には、競技空手は長所を全て潰していると言うか足枷にしかなっていないのか……

まぁ、高校の試合だもん、所詮はスポーツなワケだし、それで命を懸ける戦いは拙いモンねぇ。

「お、早くも試合が終わったぞ」

両校の生徒が並び、一礼してそれぞれの控え場所へと戻って行く。

その途中、真咲姐さんはチラリと中二階席の俺達を見上げ、小さなガッツポーズを作った。

うむ…

俺もグッと拳を突き上げる。

頑張れよ、真咲……


「一回戦は5-0で圧勝か。……優、二回戦の相手はどこ?」

と、まどか。

「え~と……順当に行けば、次の対戦相手はヘブンズゲート商業高校ですね。これも宗教団体が母体の学校で……」


「……なんでこの辺りは、そんなカルト的な高校ばかりなんだ?」



サクサクと試合は消化して行き、あっという間に時刻はお昼になっていた。

「いやぁ~、ウチの学校ってホンマに強いのぅ。ま、俺様のお陰だな。がはははははは」

我が母校は見事、団体戦で優勝した。

インターハイ出場の権利を勝ち取ったのだ。


「ホント、凄いですぅ♪」

優チャンも手を叩き、大喜びだ。

そしてまどかはと言うと……

「う~~」

少しだけ不機嫌な表情。

「真咲の奴、判定負けが1つに反則負けが2つか……」


「むぅ…」

そうなのだ。

真咲姐さんは全勝どころか、合計すれば3つも負けてしまったのだ。

ちなみに、負けたといっても真咲姐さんは相手に一発も攻撃をもらっていない。

むしろ勝った相手の方が立っているのがやっとと言うぐらいの半死半生の態だったのだが、それでも負けは負けなのだ。

「納得いかねぇよなぁ。真咲はノーダメージなのに」


「でもそれが競技空手なのよ」

まどかは小難しい顔でそう呟くと、気分を変えるように笑いながら、

「さて、午前の部は終わったし、そろそろお昼にしようか♪」


「そうだな」

試合会場からぐるりと二階席を見渡すと、各校の選手達も昼食を摂り始めている。

「ってゆーか、昼飯はどーするんだ?どこかに食堂的なものでもあるのか?」


「えへへへ~、実は先輩の分も、お弁当を作ってきたんです」

優チャンはニコニコと、スポーツバッグの中から青地のナプキンに包まれた弁当箱を取り出し、それを手渡してくれた。

ズッシリとした重量感……実に食べ応えのありそうなお弁当だ。


「おぉっ!!ありがとう優ちゃんッ!!」

洸一、笑顔で感謝感謝である。

と、まどかが俺の背中をチョイチョイと突っ突きながら、

「えへへへ~……実はね、私も洸一のお弁当、持って来たんだ♪」


「……え?」


「はい、これ」

まどかはバッグから、赤いナプキンに包まれた弁当箱を取り出し、俺に手渡した。


「あ……ありがとう」

洸一、無意識に声が震えてあまつさえ涙まで出てしまった。

更に食ってもいないに腹まで痛くなってきた。


「な、なによぅ……その泣きそうな顔は?そんなに嬉しいの?」


「嬉しいどころか既に号泣なんじゃが……まどかよ、尽かぬ事を尋ねるが、これはお前が作ったのではなかろうな?」

もしそうなら、可哀想だがゴミ箱、もしくは便所へ流すしかない。


「え?時間も無かったし、今日はいつも通りに料理長が……」


「有難く頂戴することにしよう!!」


「どーゆー意味よぅ」

まどかがジロリと俺を睨み付ける。


「あ?ンなもん、決まってるじゃねぇーか」

俺はいそいそとナプキンを広げ、弁当の箱を開ける。

色取り取りのおかずがギッシリと詰まった手作り弁当。

優ちゃんの方は、如何にも手作りです、と言うような家庭的なお弁当。

タコさんウインナーも入っている。

そしてまどかの方は、さすがと言うか何と言うか、見た目からして豪華な幕の内弁当だ。

うむ、どちらも物凄く美味そうだ。

ちと量が多いがな。



「……ぐぇぷ」

健啖家な俺様とて、さすがに大盛り弁当二つは厳しかった。

俺は腹を擦りながら、優チャンが持ってきた水筒のお茶を啜っていると、

「あら、真咲」

ふにゃ?

まどかの声に振り返ると、空手着姿の真咲さんが、俺達の席へ向かって歩いてくるところだった。


「二荒先輩♪インターハイ出場、おめでとう御座います♪」

優チャンがパチパチと手を叩いて祝福。

まどかもヤレヤレと言った表情で、

「ちょっと危なっかしい試合だったけど、取り敢えずはおめでとう」

「ありがとう」

真咲姐さんはフニャと笑顔を溢すが……その瞳には、ごく僅かだが憂いの成分が含まれているのを、俺は見逃さなかった。

まぁ、団体でインターハイ出場は決まったけど、先鋒の真咲さんは、3つも負けちまったからなぁ……

ストイックで自分に厳しい彼女には、どこかやり切れない部分もあるんだろうねぇ。

「よぅ、真咲。おめでとうさん」


「うん、ありがとう洸一」

真咲姐さんはふにゃっと微笑み、そしていきなり、パシンと俺様の高貴なるヘッドを叩いた。

「なな、何をするんじゃいきなりッ!?」


「馬鹿!!」


「うへぃ。すんませんっ!!」

取り敢えず条件反射的に頭を下げる俺。

「で、何故に僕が叩かれなくてはならないのでしょうか……」

もしかしてストレス解消のためですか?


「いきなりあんな大声で名前を呼ぶな!!」

真咲は頬を僅かに赤らめ、俺を睨み付ける。

「物凄く恥ずかしかったんだぞ!!それに緊張しちゃったじゃないか!!」


「あぅぅ、しゅんましぇん」


「全く洸一は……」

真咲はブツブツと文句を溢すが、不意に表情を緩めると、

「でも……わざわざ応援に来てくれて、ありがとう」


「う、うん。まぁ、俺が応援するのは当然だし……って、何が当然なのか分からんがな」

そう面と向かって礼を言われると、洸一チンとしては、ちと照れ臭い。

それに真咲姐さん、微笑んでいるけどちょっと陰があるっちゅうか……

やはり午後の試合のことで、色々と不安なところがあるんだろうなぁ。

ここは男として、何とか彼女を励ましてやりたいが、はてさて、どうしたモンか……

「あ~~…真咲しゃん」


「ん?なんだ洸一」


「取り敢えず、午後も頑張れ」

言って俺は、真咲姐さんの手を取る。

彼女の手は、空手をやっているのにゴツゴツしておらず、どこまでも柔らかい普通の女の子の手だった。

「この俺様が応援しているんだ。真咲なら出来る!!って言うか、結果がどうであれ、悔いの残らない試合をしてくれぃ」

俺は手を握り締めたまま、熱い眼差しで彼女を見つめた。


「う、うん」

真咲は微かに頬を染め、俺を見つめ返す。

そして少しだけ潤んだ瞳で、

「洸一。私、頑張る。頑張るから……」

「あ~~……はいはいっ」

パンパンと手を叩き、いきなりまどかが割り込んできた。

そして手を握り合っている俺と真咲を強引に引き剥がしながら、

「全く、臆面もなく、公衆の面前でよくそんな恥ずかしい真似が出来るわねぇ」

何故かジロリと俺を睨み付ける。


「べ、別に……恥ずかしい事はないぞよ。本当だったらここで抱き締めてキスの一つでもして……それが俺流の励まし方」


「洸一……お黙り」

まどかは俺の首根っこを鷲掴みながらそう言うと、苦虫を噛み潰したような表情で真咲に向き直り、

「ったく、アンタもなに照れてんのよぅ」

「わ、私は別に……照れていない。それに……洸一がキスしてくれるのなら、別にどんな場所でも構わないが……」

「はぁ?なにトンチキなこと言ってるのよ。馬鹿なの?」

まどかはフゥ~とこれ見よがしな溜息を吐いた。

そして軽く眉間に皺を寄せると、

「浮かれるのも良いけど、少しは現実を見なさいよ。なに、さっきの試合は?」

「う゛っ。それは言うな、まどか」

真咲は渋面を作った。

「自分でも分かってるんだが、どうも勝手が違うと言うか……」

「競技空手も、空手の内よ」

まどかはピシャリと言い切る。

「苦手なのは分かるけど、それに見合った戦いをすれば良いだけの話よ。アンタなら出来るでしょ?」

「そ、それは……」

「それもと何?やっぱスポーツ的な空手だと実力が発揮できないワケ?だとしたら真咲、アンタの実力も、所詮その程度って事なのね」

「くっ……だ、黙って聞いていれば……」

真咲姐さんの体がカタカタと震える。


うむ、拙いなり。

このままでは、とばっちりを受ける可能性大だ。

俺は慌てて、優チャンの背後に隠れた。


「なによぅ。何か言いたい事があるんなら、午後の試合で結果を出してからにしなさいよぅ」

「……上等だっ!!見てろまどか!!」

真咲グッと拳を握り締めた。

そんな彼女を、まどかは笑いながら、

「はいはい、ここから見てるわよ。ともかく、無様な負け方はしないようにね」

「くっ……」

「ほら、そろそろ行かないとマズイんじゃないの?」

言って彼女は、真っ白な胴着に包まれた真咲のお尻を、パンッと軽く叩いた。

「分かってる」

真咲さんは鼻息も荒く、フンッと気合を入れると、

「では洸一、それに優貴。……行って来るッ!!」

「が、頑張って下さい!!」

と優チャン。

俺も大きく頷いた。


にしても……

さすが、まどかだ。

上手いこと真咲を煽って激励しやがった。

さすが、長い付き合いの事だけはある。

全く大した友達だ。

しかし……なんだな、まどかが叩いた真咲姐さんのお尻……こう張りがあると言うか、中々にグッドデザインだったな。

いつか水着姿なども、お目に掛かりモノじゃのぅ。


「全く、真咲あれで単純に出来てるから」

まどかポニテを結っているリボンを結び直しながら、苦笑を溢す。

「あれで闘争心に火が付けば良いんだけどねぇ。洸一、アンタはどう思う?」


「……へ?俺?」


「そ。真咲のやる気が、どこまで試合で通用すると思う?」


「それはやってみないと分からないと思うけど……今、俺に言えることは一つだな」


「なに?」


「うん。真咲って、思ったよりムッチリなお尻をしてたんだな。安産型って言うのかなぁ?」


「……そうね」

まどかはニッコリと微笑み、そして微笑んだまま、俺のプリティな尻を蹴り上げたのだった。



午後からは個人戦。

各校の精鋭アマゾネス達が、試合の名を借りてタイマンを張るのだ。

何て恐ろしい……


「さぁ~て、真咲はどこまで勝ち進めるかなぁ」

まどかは座席から身を乗り出し、試合会場を見つめる。


「勝ち進めるかなぁ~……って、なんか真咲じゃ優勝出来ないってニュアンスが含まれている感じがするんじゃが……」


「そんな事はないわよ」

まどかは唇を尖らせ、ジロリと俺を睨む。

「ものすご~く運が良ければ、勝ち残る事が出来るわ。例えば大作ロールプレイングゲームにバグの一つも無いぐらいにね」


「どんな例えか全く分からんが、ものすご~く優勝できないって聞こえるんだけど……」


「それが現実よ。けど、試合なんて運の要素もあるからやってみないと分からないわ。ただねぇ……」


「ただ……なんだ?」


「……優。トーナメント表を見せてくれる」

「は、はい」

優チャンはまどかに、対戦者の氏名などが書かれた小冊子を手渡した。

「真咲は個人戦、組み手競技のBブロックだったわね」

呟き、ページを捲る。

「……」


「な、なんだよ。ちょいと顔が真面目っつーか、おっかねぇちゅうか……」


「対戦者を見る限り、真咲の優勝は厳しいわねぇ」


「そうなのか?」


「そうなの。あ~…これはやっぱり、運が必要だわ」

言ってまどかが、俺にトーナメント表を指し示しながら、

「先ず、順当に行けば2回戦で当たる、この柊商業の丹羽って娘ね。彼女は要注意よ」


「強いのか?」


「当然よ。優も知ってるでしょ?」

「は、はい」

優チャンはコクンと頷いた。

「隣町にある空手道場の娘さんです。色んな公式試合で見掛けますし、昔は私の通っている道場にも出稽古に来てました」


「そーゆーこと。真咲とは戦い慣れているから、ちょっと危険ね。ま、実力的には遥かに真咲の方が上なんだけど……」


「……なるほど」

道場で戦っているから、真咲の強さは知っている。

言い換えれば、真咲の弱点も知ってる、と言う事か。


「次に……多分4回戦で当たると思う、詩聖女子付属の鷹野って言う子ね。彼女もキャリアは充分、強敵よ」


「ふむふむ」


「で、恐らく準決勝で当たるのが……この鶴端学園の水主……何て読むのかな?『みずぬし』……あ、『かこ』って書いてある。難しい読み方の子ね。多分彼女がこの大会で、真咲にとって最大の強敵ねぇ」


「鶴端……白鳳大付属の?」

それはつまり、あの糞野郎、犬畜生こと御子柴と同じ学校……

どうも昔から、俺はあの学校の、取り敢えず文武両道の進学校ですよ、的雰囲気がムカつくのだ。

うむ、今度街であそこの生徒を見かけたら、取り敢えずあのコスプレちっくな白ランを狩ってやろうかのぅ。

「で、この水主翠かこみどりって言う女。やっぱ強いのか?」


「去年の個人戦で優勝してインターハイに出た女の子よ。だけど基本的な戦闘力で言えば、先の二人の方はが強いかもね」


「ん?なのに真咲にとって最強の敵って言うのは……」


「ん~…つまりね、彼女は巧いのよ。強さよりも、巧さが先に立つのよ」

まどかは苦い顔をしながらそう言った。

「競技空手の場合は、純粋な力よりもある種の巧さって言うか、テクニックが必要なわけ。それこそ、ギリギリの反則技とかね」


「ぬぅ…」


「その点、真咲は単純だからねぇ。巧みな試合運びをする選手に取っては、非常に組み易い相手なのよ。分かる、洸一?」


「何となく、分かったようで分からんが、しかし真咲姐さんが優勝できるのは難しいって言うのは分かったぞい」

うむ、これはこの俺様が、影ながら何とかせねばな!!

真咲の為ならこの神代洸一、敢えて冥府魔道の道を歩もうぞ。

「と、言うわけで……俺様はちょいと行って来る」


「何がと言うわけか分からないけど、いきなり席を立ってどこへ行くのよ?」


「別に……ちょっと真咲しゃんの援護射撃をな」


「ちょっとぅ、変なことはしちゃダメよ。そんな事して勝っても、真咲が喜ぶわけないでしょ?」


「黙っていれば良い。俺はあくまでも俺個人として行動するのみ!!外道と罵られようが、それこそ影の男としての本懐だ」


「何でそう、ダークサイドへ突っ走ろうとするのよ。姉さんの影響を受け過ぎよ」

まどかは呆れたようにそう言うと、俺の腕をガシッと鷲掴み、

「取り敢えず、座ってなさいって」


「ぬぅぅ……し、しかしだなぁ」


「っもう、だいたい、何をどうしようって言うのよ。もしかして、対戦相手に毒でも盛ろうって言うの?」


お、おいおい……

「ひ、酷ぇ。よくそんな悪どい事を思い付くな」

さすが魔女様の妹だ。

考える事がダーティー過ぎる。


「な、なによぅ。例えばの話でしょ。洸一は何をどうするつもりだったのよぅ」


「別に俺は……ただちょっと、心理的に相手を不安にさせてやろうかなぁ~って」


「心理的って、具体的には?」


「そりゃあ……例えば相手の眼前でいきなりチ○コの一つでも曝け出せば、結構うろたえるんじゃなかろうかと……」


「あ、なるほど」

まどかはポンッと手を打ち、そして俺様の頭を思いっきりその手で叩いた。

「このド馬鹿ッ!!」


「な、なんでだよぅ。いきなり目の前でそんな事されたら、相手は確実にビックリするぞよ」

それに俺も、何だか満足感が得られる予感がするしな!!


「そしてアンタは確実に警察行きね。全く……そーゆー妙な性癖は治しなさいって」


「性癖っていうにゃっ!?」


「じゃあ何て言うのよぅ」


「……趣味、かな?」

言った瞬間、まどかにまた殴られた。



「さて、そろそろ真咲の試合ね」

まどかがグッと膝の上で拳を握る。


「うむぅ…」

俺は会場を見下ろし、真咲の戦う場所を注視していた。

が、頑張れよ真咲しゃん……

「……でぇーーーい、黙って見てるのはやっぱ性分に合わねぇ。やはりここは、俺様が応援を!!」

俺はスクッと勢い良く席から立ち上がるや、大きく息を吸い込み、

「二荒真咲の健闘を願って、さん、さん、ななびょーーーーーぅしッ!!ふふふふれぇぇぇぇぇ~~…」

そこまで叫んだところで、いきなり横腹をグワシッと擬音付でまどかに掴まれ、俺は『ケェーーーーーッ!?』と怪鳥のような鳴き声を上げながら席に引き戻された。


「大人しく観戦してなさいって言ったでしょ!!全く、本当に恥ずかしい男なんだから……」


「あぅぅぅ……だってだって、やっぱ俺なりに応援しないと……」


「真咲は、アンタがここまで応援しに来てくれた事で満足してるのよ。黙って見てなさい!!」

まどかはぴしゃりとそう言うと、会場に視線を移し、

「ほら、始まるわよ」


「むむむ…」

俺は身を乗り出し、会場を凝視する。

防具を着けた真咲さんと相手選手が、会場の真ン中で対峙している。

相手は……真咲よりやや小柄な選手だ。


「ふ~ん……初戦の相手は聖エド・ゲイン校の一年生か。聞いたことない選手だけど、一年生で個人戦に出るってことは、それなりの実力は兼ね備えているってワケね。真咲……足元を掬われないでよ」

まどかが静かに息を吐き出し、唇を真一文字に結んだ。


「が、頑張れよぅぅぅぅ」

主審の『始め』を合図に、最初に動いたのは相手選手だった。

小刻みにリズム良く体を動かし、まるで空手の教本に出てくるような綺麗な蹴りを放ち、また素早く動く。

華麗なフットワークだ。


「……なるほど。優と同じタイプね。小さい体の利点を生かして、素早い動作からのヒットアンドウェイか……」


「ぬぅ。どちらが有利なのか、分からん」


「女子の個人戦は、男子と違って体重別じゃないからね。普通、格闘技は体格が大きい方が有利なんだけど……素早い動きの相手には、苦労させられるかもね」


「そうなんだ…」


「特に真咲はメンホー、顔の防具の事ね。それを付けながら動くのが苦手だから……って、動くわよ」


「むっ…」

俺は目を凝らした。

相手の素早い動きに合わせて、真咲も同じように動く。

そして高速の中段蹴りを連続で放つ。

キレの無い攻撃……あれは多分、威嚇とか牽制の攻撃だろう。


「ったく、これだから競技空手は」

まどかが苦り切った声を漏らす。

「TEPの総合格闘技なら、あんな敵は頭を掴んでさ、顔面に膝蹴り食らわして秒殺出来るのに……」


「……」

少し格闘技を止めたくなってしまった。


「でも、この試合は真咲の勝ちね」


「そうなのか?」


「まぁね。ほら、真咲の蹴りで中々懐に入れない相手は少しイラついてきてるわ。もうすぐ強引に飛び込んで来るから、そこを迎え撃てば良いのよ」


「ほぅ…」

なるほど。

あの力の入ってない蹴りは、相手を焦らせ、攻撃を誘う為でもあるのか。


「ま、今回は真咲のキャリア勝ちって所ね」

まどかはそう言うと、座席に深く腰掛け、軽い溜息を吐いた。

その後、試合は彼女の言う通り、勝負を焦った相手選手が真咲の蹴りの隙を突いて間合いを詰め、正拳突きを放つが、真咲姐さんは待ってましたと言わんばかりにその突きを躱し、カウンターを決めて試合は終了した。


「うむ、見事初戦突破だッ!!」

俺は手を叩いて真咲の勝利を祝う。

優チャンも同じように手を叩いて喜んでいるが……

まどかはムスッとした顔で、腕を組んで座ったままだった。

「やっぱり、真咲には向いてないわ」


「へ?何がだ?」


「伝統派の空手よ。彼女には、総合格闘技こそ相応しいわ」


「まぁ、それについては否定せんな。でも、真咲は空手一筋だし……ん?なんでじゃろう?」

何か拘りがあるのかな?


「……それはねぇ、実は真咲の初恋の相手が、空手選手だったからよ」

まどかはニヤリと笑みを溢し、俺をまるで観察するような目で見つめながらそう言った。


「ほぅ、そりゃ初耳だ」


「……あ、あれ?動揺しないの?」


「は?何故に俺が?」

首を傾げ、まどかを見る。

高二ならば、初恋の相手の一人や二人(初恋は一人だがな)いても、普通はおかしくはないだろう。

むしろいない方が、どこかおかしいと思うぞ。


「張り合いの無い男ねぇ。真咲がいたら、少し傷付くわよ」


「???」


「これだから朴念仁は……ま、真咲の初恋云々は嘘なんだけどね」


「嘘かよ!?」


「そーよ。初恋の相手が誰だか知らないけど……実は案外、近くにいるかもね」


「ほぅ…」

ふむ、真咲姐さんの初恋の相手ねぇ……

全く想像がつかんけど、何故にこんな話になってるんだ?










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