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俺様日記~1学期~  作者: 清野詠一
53/53

一学期の終わり/世界の終わり


★7月21日(木)


「納得いかねぇなぁ」

と、ぼやきながら、俺はダラダラと校庭を走っていた。

体に纏わり付く、どんよりとした湿気を含んだ大気が、益々俺を苛立たせる。

「何で女はプールで、男はマラソンなんだよ。不公平極まるじゃねぇーか」


「そうボヤくな」

隣で走っている多嶋が、俺の肩を小突いた。

「まさか女子と一緒にプールで授業、って言うわけにもいくまい」


「別に良いじゃねぇーか。小学校の時は一緒だったんだしよ」


「でもさすがに、この歳ではマズイだろ。変に興奮する奴とか出たら困るし」


「水着如きでチ○コ膨らますヤツなんて、そうそういねぇーよ」


「でも……榊さんの水着とか、ちょっと気になるよなぁ。……ハァハァ」


「クッ……貴様がそうか」

何て事を話しながら、トラックを規定の回数走り、ようやくにゴール。

全身から汗が噴き出し、俺はそのまま地面の上に座り込んでしまった。

頭上からは、まるで髪を焦がすように燦々と降り注ぐ初夏の陽光。

一体これは何の嫌がらせだ?


「ったく、何でこんな暑い日にマラソンなんだよ。現代っ子はただでさえ貧弱なんだから……本当に死んじゃうぞ」

俺は荒い呼吸のまま、ガックリと項垂れる。

こんな事なら、体育の授業なんてサボれば良かったわい。

「あ~……俺も水浴びしてぇなぁ」

俺は呟きながら、高い塀と防護ネットに覆われたプールの方を見やると、キャーキャーと女どもの黄色い歓声が。


ったく、授業じゃなく、遊んでるんじゃねぇーのか?

何て事を思っていると、キャーキャーという歓声が、いきなりンキャーーーと言う悲鳴に変わった。


「……なんだ?」

腰を浮かし、俺は周辺の野郎どもに視線を走らす。

何故かこの炎天下でも汗一つ掻いていない豪太郎も首を傾げ、多嶋も、

「な、なんだろう?」

と、少し驚いた顔をしていた。


「まさか誰か溺れたりしたとか……」

俺は目を細め、プールを見やる。

当然ながら、塀に遮られて中の様子は伺えないが、騒ぎは益々大きくなっているようだ。


ぬぅ……何が起こったんだ?

よもや美佳心チンが、チャンスとばかりに小山田達を沈めたとか……

それとも穂波が、この暑さの所為で別次元とリンクしちゃったとか……


「……あ~……お前達はそこで待ってろ」

と、臭そうなジャージが似合う体育担当の教師(38歳既婚)が、面倒臭げにプールの方へと歩いて行く。

俺は腕を組み、先生の後ろ姿を見つめていたが、

『の、覗き魔が出たーーーーーッ!!』

プールから響く、どこか悲痛な女の子の声。

俺はカッと目を見開き、

「全員集合ッ!!」

声を大にして叫ぶ。

そして速やかに、

「各員、班ごとに分かれて捜索を開始ッ!!」

命令を下達。


「俺達は更衣室方面へ行くぞっ!!」

と、多嶋が数人の野郎どもを連れて駆け出し、豪太郎も、

「僕達はプール周辺を捜してみよう」

と駆け出す。

そして我がクラスの副委員長であるヒョロメガネ(名前は失念)も、

「校舎周辺を探してみよう。あと、職員室へ連絡も」

そう言って、駆け出す。


……うむ。

俺は満足気に大きく頷いた。

さすが我がクラスだ。

俺様が鍛えているだけあって、緊急時における行動は半端じゃないものがる。

「よっしゃッ!!では俺様直属軍団(洸一近衛隊)は、学校周辺を重点的に捜索……って、誰もいねぇーーーーッ!!?」

校庭には、何故か俺様一人が取り残されていたのだった。



「ったく、なんで俺が一人で捜索してるんだよぅ」

俺はブツブツと文句を溢しながら、校門を出て、学校の周囲を見回ってみる。

「しっかし、覗きねぇ。プールなんか覗いて、何が面白いんだか」

学校を囲む、塀とフェンスに沿って俺はブラブラと歩いていた。

何だかもう、面倒臭い。

このまま授業をサボって、角店でジュースでも飲もうかしらん?

等と考えていると、プール近くのフェンスを越え、歩道に転がり出てくる影が一つ。

サングラスにこの暑いのにマスクと言う、怪しさ120点満点の野郎だ。


……ドンピシャだぜ。

これでまた、俺様の株が上がってしまうわい。

俺は猛烈な勢いでその不審人物に駆け寄り、

「洸一、レインボーアターーーーーック!!」

ドロップキックをお見舞い。

そして地面を転がる変質者の上に跨り、

「この変態野郎がぁぁぁぁ……大人しく、縛につけぃッ!!」

と拳を振り上げるが、

「ま、待ってくれ神代クンッ!!」


「……は?」

俺は拳を振り上げたまま、暫し固まったのだった。



我が尊き名を呼ぶ変質者に、俺は微かに狼狽しながら、

「な、何故に俺様の名をッ!!?貴様……何者だッ!!」


「わ、私だよ、神代君」

覗き魔野郎は慌ててサングラスとマスクを取り外した。


「んな゛ッ!?に、二階堂博士?」

俺が馬乗りになっている人物は、喜連川大学の工学博士にして喜連川エレクトロニクス、メイドロボ研究所の主任研究員でラピス達の生みの親、会社の金で趣味の研究に勤しむTHE給料泥棒の二階堂さんではないか。

「あ、あんた一体、何してんですか?」


「いやぁ~…」

二階堂博士は随分と広くなったおでこに手を当て、テヘヘヘと笑った。

「すまないが神代君。退いてくれると有難いんだが……」


「え?あ、あぁ……はいはい」

と、俺はマウントを取っている二階堂さんを解放する。

そして呆れた声で、

「んで、こんな所で何を……って、それは分かってるか。二階堂博士、アンタなんで盗撮なんか……」


「いや、まぁ……それはだねぇ……」


「まさか貴方に、こんないかがわしい変態趣味があったとは……ラピスが知ったら、ショックで壊れますね」

俺は額に手を当て、フゥ~と大きく溜息を漏らす。


「ま、待ちたまえ神代君。君は大きな誤解をしている」


「現行犯ですよ?誤解も六階も無いと思うんですが……」


「だから……ズバリ言うが、私は生身の人間に興味は無いんだよ」

二階堂博士は本当にズバリと言い切った。

「だからこの歳になっても独身なんだよ。分かるかい?私は生粋のアニメヲタクなんだ。重度の二次コンなんだよ」


――ギャフン…

「な、なんか……聞きたくない事を聞かされちゃって、僕ちゃん少しショックで心臓が痛いんですが……だったら何で盗み撮りなんか?」


「……ここだけの話だが……」

と、二階堂博士は辺りを見渡し、声を潜める。

「実は……現在開発予定である特殊メイドロボの研究用に、若い女の子達が泳いでいる映像とかが欲しくてねぇ……」


「特殊メイドロボ?」


「詳しくはまだ言えないが、水陸両用……とだけ答えておこう」

二階堂博士は何故か胸を張って自慢気に答えた。

だけどやっている事は犯罪だ。


「はぁ……なるほど。博士が現実の女の子に興味が無く、ただ研究用の為に映像が欲しかった。と言うのは分かりました」


「おぉ……分かってくれたかね、神代君」


「えぇ、分かりましたから……さ、一緒に職員室へ行きましょう」

俺は二階堂博士の腕を掴んで言う。


「ちょちょちょっと待ってくれ神代君ッ!?」


「いやぁ~……やっぱ、これだけ騒ぎが大きくなっちゃってるし、俺の一存ではねぇ。それに、研究の為とは言え、盗撮は立派な犯罪ですし……」


「それを言ったら身も蓋も無いじゃないかぁ」


「ついでに常識も無いですな。大体ですねぇ、泳いでる映像なら他にもあるでしょ?ネットを探せば幾らでも見つかりますよ。それにもし無ければ、それこそ会社の女性を使って撮影すれば良いじゃないですか……」


「それはセクハラになってしまうんだよ、神代君」

と、変質者の二階堂博士はのたまう。

「それに、これは喜連川メイドロボ研究所の威信を懸けた極秘プロジェクトでねぇ……大っぴらにするワケにはいかないんだよ。どこで情報が漏れるとも限らないしね」


「……なるほど」


「理解してくれたかね、神代君?」


「はい。では、職員室へ行きましょう」


「ちょちょちょちょちょっと待ってくれ神代君ッ!?」

二階堂博士はイヤンイヤンと身を捩る。

「こ、このプロジェクトの概要が決まったら、君にも色々と教えるからさ。今日の所は、これで……」

と、博士はポケットを弄り、何かを取り出して俺の掌へと捩じ込んだ。


ぬぅ……

手の平には、くしゃくしゃになった一万円札。

「……二階堂博士。この学園守護職、神代洸一様を見縊ってもらっては困るなぁ」


「まぁまぁまぁ…」

と、更にもう一枚、博士は俺の手に捩じ込む。


ぬぬぬぅ……

「そ、そりゃ確かに……最近の散財(主に花火大会)によって、ぼちぼちと小遣いどころか食費も危うくなって来ましたけど……やはり正義を愛する男として、見逃すわけには……」


「今度また、割の良いバイトを紹介するよ」

そう言って、博士は更にもう一枚、万札を俺に手渡した。


くっ…

「ま、まぁ……そうですなぁ……被害もそれほどってワケじゃないし……二階堂博士にも悪気があったワケじゃないし……良いでしょう。今回の事は、この神代洸一の胸の中に仕舞っておきましょう」


「さすが神代君」

と、二階堂博士は笑みを浮かべると、再びそそくさとサングラスとマスクを装着し、

「では、私は研究所へ戻るから……くれぐれも、今回の件は他言無用にお願いするよ」

そう言って、辺りを警戒しながら去って行った。


むぅ……

掌には3万円。

少々気が咎めるが、現状では有難い臨時収入だ。

「……やった」

俺は小さく呟き、ガッツポーズ。

「これで新作ゲームと、少し豪華な夕飯が食えるわい。がははははははは」


ま、なんちゅうか……

これが罪を憎んで人を憎まずって事だよね。

良く分からんけどな。



★7月22日(金)


今日は終業式。

長かったようで短かった一学期も、今日でお終いなのだ。


「しっかし、何かやっと終業式かよ……」

朝、いつものように、先天的に心に重度の疾患がある幼馴染と共に、通学路をブラブラ歩きながら、俺は溜息混じりに呟いた。

「明日から夏休みかぁ」


「えへへ……夏休み、楽しみだよね♪」

と、基地外。

「洸一っちゃん。今年はどこへ遊びに行く?」


「あん?楽しみ?遊び?……ンなモン、何か両方ともあまりねぇーよ」

俺は苦笑を溢した。

そうなのだ……

今年の夏休みは、今までとはかなり違うのだ。

何故なら、俺は生まれて初めて部活に入っている。

しかもお盆の時期に全国大会予選とやらもある。

即ち、辛い練習の日々が待っている、と言うことなのだ。

小中高と過ごしてきて、これほどワクワクしない夏休みは初めてだ。

むしろションボリしてしまう。


「あ、そっか。洸一っちゃん、試合があるモンね」


「まぁな。なんちゅうかよ……今度は、俺という男の真価が問われる戦いだからな。さすがに、サボるわけにはいかねぇーや」

俺は夏特有の澄み渡った青空を見上げるように、大きく伸びを一回。

「しかし……なんだな、本当に色んな事があったよな。二年になってから」


「うん、そうだね」


「部活に入ったことも驚きだが、それ以前にむちゃくちゃ交友関係が広がったような気がするわい」

しかも全て、悶絶的美少女達とだ。

学園の守護者にして、もしかしたら地球上で一番強い女の子じゃないのかと思う真咲姐さんとも仲良くなったし、関西からの刺客である美佳心チンとも仲良くなった。

頑張り屋の後輩に、どこか儚げな印象の後輩も出来た。

そして誕生した時から初期不良を起こしているメイドロボ達とも仲良くなったし、何故か世界有数の財閥の御令嬢姉妹にも気に入られてしまった。

僅か3ヶ月で、俺の周りの状況は一変してしまったのだ。

・・・

どちらかと言うと、悪い意味でだ。


「毎日毎日、生傷が絶えないし、常識を置いてきぼりにしたトラブルには巻き込まれるし……ご町内で小さなバイキングと呼ばれたこの俺様も、さすがに挫けそうじゃわい」


「でも……本当に今年になってから、洸一っちゃんは色んな女の子と知り合いになったよねぇ」

穂波が昆虫のような目で俺を見つめる。

コイツはコイツで、今年になってから随分と心の病が進行したようだ。


「ふっ……俺様は魅力溢れる男だからな。自然と美少女が寄ってくるのよ」


「でもね、私は信じてるよ。どんな女の子と遊んでいようが、洸一っちゃんは最後には私の所へ戻って来るって……」


「相変わらず、真顔で奇妙な事を言うのは止めろ。貴様はシャブ中か?」


ま、そんなこんなで学校へ到着。

そして終業式の後で通知表を貰い、解散。

本日は部活も無いので、俺は穂波に豪太郎に智香と言ういつもの面子に加え、多嶋に金ちゃん、そして真咲さんに優チャンと姫乃ッチを誘い、街へ繰り出し遊びました。

ゲーセンに行ってカラオケに行って軽くオヤツを食って……

何だか久し振りに、しょんぼりなトラブルも無く、高校生らしく過ごしましたとさ。


明日から夏休み……

なんちゅうか、色んなイベントに巻き込まれるような気がする。

願わくば、生きて二学期を迎える事が出来ますように……




「……」


「……なんや?なにボンヤリしとんねん?」

俺の隣、芝生の上で丸くなっている黒兵衛が、眠そうな目で俺を見上げながら、そう声を掛けてきた。


「んぁ?」


「さっきからボォーっとアホの子みたいに空を見上げて、なに考えとんねん」


「失礼な物言いですな。この神代洸一、ボンヤリしているように見えて、実は深く静かに、戦略を練っていたのよ」


「嘘吐けや」


「ふ、まぁな」

俺は苦笑を溢し、貧相な顔をした黒猫の頭を軽く撫でながら、

「この澄み切った青い空を眺めてたらさぁ……ふとさ、皆と最後に遊んだ……一学期のさ、終業式の頃を思い出してさぁ……楽しかったなぁ」


「あぁ……時の改変が起こる直前やな」


「……あれから、どれぐらい経ったんじゃろう」


「ん……半年……や、人界に居った頃も足すと、一年ぐらいやないか?」


「そんなにか?……何か、いまいち時の流れが分からんっちゅうか、実感が沸かないよなぁ」


「そんだけ、こっちの生活に慣れてきたって事やないか?」


「由々しき事態ですな。ちゃっちゃと事を済ませて、元の生活に戻りたいよ。ぶっちゃけた話、今では穂波の狂った笑顔や、まどかに殴られた思い出さえ、妙に懐かしいと言うか恋しいと言うか……」


「深刻やな」


「あぁ、深刻だ。トラウマになるような現実が、思い出補正で凄く良い思い出に掏り変わってるよ。ビックリだよ」

俺はもう一度苦笑を溢しながら、大きく伸びを一回。

そしてゆっくりと腰を上げながら、

「さて……息抜きも終了。そろそろ城に戻るか」


「せやな。ぼちぼちと会議が始まるんやないか?遅れると、またグライアイの姉ちゃんに怒られるで」


「……あれ、怒るとおっかねぇもんなぁ」


「何しろ魔神やからな」







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