所により血の雨が降るでしょう
★
石段を上り、裏山の社へと到着。
林になっている裏山とは言え、やはり暑い事に変わりはなく、ここに来るだけでも既にシャツは汗でぐっちょりだ。
「さて、優チャンは……」
社の裏手へ回ると、そこにはいつものように見目麗しいブルマ姿の元気っ娘が、「うんしょうんしょ…」と重たいサンドバッグを社の軒下から引きずり出しているところだった。
「よぅ、優チャン」
俺が声を掛けると、彼女はパァーッと照り付ける夏の太陽に負けないぐらいの眩しい笑顔を溢し、
「あ、先輩♪」
と駆け寄ってくる。
そしてウルウルと、眼病か?思うぐらい瞳を潤ませると、
「その……ありがとう御座いましたっ!!」
バッと大きく頭を下げた。
「おや?もう知っていたか」
「はいッ!!何でも特例って事で、今回に限り補習は免除って先生に言われて……」
「ハッハッハ……ま、なんだ、本当に今回だけだぞ?次からは、赤点取らないように頑張らないとな」
なんて、全く以って俺が言えた義理ではないが、俺はそう言いながら優チャンの小さな肩に手を置き、顔を綻ばせた。
ま、何にしても、問題が片付いて良かった。
これで何の心配も憂いも無く、予選大会に打ち込めるってモンだ。
「さて……だったら俺も着替えて練習しますかな。あ、ところで……本日、姫乃っチは?」
「えと……姫ちゃんは、何でもラピスちゃんと一緒に喜連川先輩に呼ばれて……」
「ふ、ふ~ん…」
やれやれ、あの魔女様、今度は一体どんな黒い事を思い付いたんだか……
姫乃っチもラピスも、実験材料にされて可哀想にのぅ。
「あ、あの……先輩?」
「ふにゃ?何だい優チャン?」
「その……えと……お、お礼の事なんですが……」
「お礼?」
俺は小首を傾げる。
「……あぁ、交渉のお礼か。ンなもん、別にいらねぇーよ」
「で、でも……」
「俺、そんなに苦労したワケじゃねぇーし」
「でも……でもでもっ、それでは私の気がすみませんッ!!」
優チャンは何時になく真剣な眼差し……しかも何故か少し殺気らしきものを篭めて、俺を見つめてきた。
「約束通り、先輩の言う事は何でも聞きますッ!!先輩の望むことなら……何でもしますッ!!何だってしますッ!!」
「な、何でもって……ここで?」
俺は人気の無い裏山の境内を見渡し、思わずゴクリと喉を鳴らしてしまった。
むぅ……
なんて魅惑的なシチュエーションなんだ。
こんな野外で、優チャンとあんな事やこんな事が可能とは……
って、落ち着け俺ッ!!
いくら約束だからって、さすがにそんな事は出来ねぇ。
男として、やっちゃいけねぇ……
ってか、そもそも俺は何をする気なんだ?
「先輩…」
むむ、むぅ……
いかん、優チャンはマジだ。
マジマジな熱視線を投げつけてきている。
どうする?
どうするよ俺?
このチャンス、どう活かす?
・・・
・・・
・・・
チュウぐらいなら良いかな?(洸一、妥協)
そ、そうだな。チッスぐらいなら、なんちゅうか良心もあまり咎めないし……なんか青春って感じだし……
「ゆ、優チャン。だったら俺、おっぱいを……」
「……は、はい?」
「……」
な、何を口走ってるんだ俺はッ!?
見ろ、優チャンをッ!!
思いっきり呆気に取られているじゃねぇーかッ!!
「あ、いや……その……今のは違うって言うか、口が勝手に動いちゃって……これが若さゆえの過ちってヤツかな?わはははは」
「……良いですよ」
優チャンは顔中を真っ赤にしながら、コクンと頷いた。
「さ、触るぐらいなら……良いですよ」
「ゆ、優チャン……」
え?マジで?
「その……先輩なら、良いです。だ、だけど……私のは……あの……小さくて……」
「か、関係ないッ!!」
俺は思わず叫んでいた。
そう、大きかろうが小さかろうが、関係ないのだ。
何故なら、それがおっぱいだからだ。
「で、でも優チャン。本当に……(ゴクリ)」
「……はい」
優チャンは恥かしさの余りか、俯いてしまった。
「ぬ、ぬぅ」
お、おいおいおい……
洸一チン、こりゃドえらい事ですよぅ。
よもや優チャンのおっぱいを触れるなんて……
こんなイベントフラグが立つとは、予想もしなかったよッ!!
いやはや、偶には本能の赴くままに喋ってみるのも、エエもんだにゃあ……
★
「ゆ、優チャン……」
俺はもう一度、静かに唾を飲み込んだ。
咽がカラカラに乾き、緊張のせいか手足が微かに震える。
ドッキドッキドッキドッキ……
心臓の鼓動が、耳にまで届くような感じ。
「じゃ、じゃあその……失礼しますデス」
さすがに正面から触るのは少々問題があると思うので、俺はゆっくりと彼女の背後に回り、静かに腕を伸ばす。
ゆ、優チャンのおっぱいおっぱいおっぱい……(エコー)
「で、では……行きます」
俺は優チャンを後ろから抱き締めるように腕を回し、その手は優しく、彼女のあまり自己主張していない慎ましい胸を、体操服の上から包み込んだ。
「……ん」
と、彼女の体が微かにピクンと跳ねる。
そして俺は、
「優チャン……」
暫し感動。
手の平には、彼女のパイパイ。
決して大きくはないが、それでもそれは非常に柔らかく、こうして触れているだけで幸せ気分で脳が蕩けそうだった。
ぬぅぅぅ……
凄い弾力性能だッ!!
何故こうも柔らかいんだろう?
分からない……
分からないけど、ともかく、何て言うのか……生きてて良かったよッ!!
体操服の上から優チャンの胸に手を這わせている俺は、ゆっくりと……本当にゆっくりと、指先を動かしてみる。
彼女の体温、そして鼓動が掌から伝わってくる。
「せ、先輩……」
優チャンは鼻に掛かった吐息を漏らし、微かに首を捻りながら背後の俺を見上げる。
潤んだ瞳に上気した頬……
そんな彼女を見ているだけで、たたでさえ平均より少な目の俺の理性は、シュゥシュゥと音を立てて蒸発して行くようだ。
「ゆ、優チャン……」
い、いかん。いかんですよ、これは。
このままだと俺は……俺は獣に……
獣になって優チャンを食べちゃいそうな……
――その時だった。
ザッと地面を踏む音に、ハッと俺は我に返り、慌てて顔を上げると、
「あひぃぃぃぃぃぃぃッ!!?」
そこに、喜連川のアルテマ・ウェポンが立っていた。
ポカーンと、何が起こってるのか理解できない……これは夢?と言った表情で、後ろから優チャンの胸を触っている俺を見つめている。
「ま、まどか……しゃん」
俺はゴックンと、大きな音を立てて唾を飲み込んだ。
喉はカラッカラに乾き、恐怖の余り手足が病気かと思えるぐらい震える。
ドキドキドキドキドキドキドキドキ……
心臓が破裂しそうな感じ。
眩暈までしてきた。
「え、えと……その……これは違うんですよ?」
何が違うのか自分でもサッパリ分からんが、俺はゆっくりと優チャンの胸から手を離し、引き攣った笑みを浮かべた。
「洸一……あんた、何してんの?」
まどかは半ば茫然自失、的な表情の消えた顔で尋ねる。
「優の胸に……何してんの?」
「……実は優チャンの為デス」
俺は言い切った。
「何て言うのか、外部からの接触によって副交感神経などを刺激して発育を促すと言うのか言わないのか……ともかく、触ってりゃそのうち大きくなるのではなかろうかと、僕ちゃんなりに優チャンの為を思っての行動でして……・他意はないので御座るよ、まどか殿」
「へぇ~……そうなんだぁ」
まどかはニッコリと微笑んだ。
微笑みながらブルブルと体を震わせ、バキバキッとこの世の物とは思えないほどの音を立てて指は鳴るわ、こめかみ辺りに物凄く太い血管が浮かんでピクピクしちゃってるわ……
僕ちゃん、もうどうすりゃ良いんでしょうか?
「……洸一。選びなさい」
「は、はい?選ぶって……何を?」
「……潔く自決するか、素直に私に殺されるか……選びなさい」
「な、なんか……どっちも決してハッピーになれない選択肢なんですけど……」
「……うふふ」
まどかは素敵な笑みを零した。
そしてそんな素敵な笑みのまま、僕に地獄をプレゼントしてくれたのだった。
★
「シクシクシクシクシク…」
俺は咽び泣きながら、夕飯を作っていた。
もちろん、玉ねぎを刻んでいるから泣いているわけではない。
いやはや……
あれから酷かった。
懲罰は凄惨を極めた。
俺は地に足を下ろすことなく、延々と宙を舞いながら殴られ続け、後少しで黄泉路への道が開かれる、と思ったところで、今度は小石がいっぱいの地面の上に正座を強要されてのお説教タイム。
まどかは俺様のプライドを根こそぎ刈り取るような勢いで、馬鹿だのアホだの色魔だの虱だの蛆虫だの、シーツの上に残ったパパの残りカスがママの割れ目に入って生まれたのがお前だッ!!だの、筆舌に尽くし難い散々な罵声を浴びせ、挙句の果ては、
「洸一が触っていいのは私のだけだからねッ!!」
と言うチンプンカンプンなお言葉。
ちなみに優チャンも、まどかに物凄く怒られていた。
「あぅぅぅ……ち、ちくしょう。俺が一体、何をしたって言うんだよぅ」
優チャンと、ちょっとした魂のスキンシップをしただけではないか。
なのに吹き荒れる暴行の嵐とは……実に納得がいかんッ!!
そもそも、無理やりならともかく、優チャンはカモンベイベェ~とOKサインを出したのだ。
両者合意の上で、乳様を優しくまさぐっただけなのだ。
つまり、俺は何の非もないのに殴られたと言うわけで……世の中、これほど理不尽なことがあろうか?
あって良いのだろうか?
答えは、否、である。
この俺は、どこまでいっても被害者ではないかッ!!
「でも、結局は泣き寝入りするかないんだよね。我侭は強者の特権だよね。シクシクシクシク…」
俺は涙を零しながら、野菜炒めを作る。
本日の夕飯は、野菜炒めとスーパーで特売だった豚ローススライス肉の生姜焼きだ。
あと、健康を考えて納豆も忘れずに。
「ちくしょう、まどかめぇ……いくら俺が国松長官と同じぐらい不死身だからって、耐久力にも限度があるぞ」
そんな事をブツクサ言い、料理を皿に盛っていると、
―ピンポーン…
玄関からチャイムの音。
「ふにゃ?誰だよこんな時間に……」
俺はポリポリと頭を掻き、エプロン姿のまま玄関に赴いてドアを開けると、
「コーイチーーーー♪」
「のわぁっ!!?」
いきなり馬鹿が飛び付いて来た。
一瞬、喜連川辺りから差し向けられたヒットマンが刺しに来たと思い、俺様かなりドキドキだったのは、ここだけの秘密だ。
「な、なんだよ智香……」
俺は抱き締めて来る馬鹿を引き剥がす。
あまりくっ付いていると、頭の悪さが感染してしまうではないか。
「えへへへ……早速、お礼を言いに来たのよ」
と、薄手のシャツにジーンズと言う私服姿の智香は、満面の笑顔で答えた。
なるほど。補習を免れた礼を早速に言いに来たのか……
中々、殊勝な心がけじゃねぇーか。
でも、手ぶらで来るのは、ちとどうかと思うけどなッ!!
「コーイチ。本当にありがとう。これで夏休みを満喫できるわ♪」
「満喫せずに勉強しろ。言っておくが、こんな事は今回だけだからな。今回は、優チャンのついでにやってやっただけだからな。そこんとこ、勘違いするなよベイベェ」
「クンクン……あ、何か良い匂いがするわねぇ」
「おい、聞けよ」
ったく、このド馬鹿は……
「まぁ良いや。いまさら貴様が常識を理解できるとも思えんし……それよりなんだ。夕飯、まだ食ってないのか?」
「当たり前でしょッ」
なぜ威張る?
「そっか。……だったら帰れッ!!」
「……」
「……と言いたい所だが、何なら食ってくか?」
「え?良いの?」
「ま、一人で飯食うのも味気ねぇーし……特別にご相伴に預からせてやる。感謝しろよ、智香」
「なんかムカツクわねぇ……コーイチのくせに生意気よッ!!」
智香は唇を尖らせながら靴を脱いで勝手に上がり込み、そのままズンズンと居間の方へ歩いて行く。
「ほら、早く仕度しなさいよ、コーイチ」
ぐぬぅ……
「ったく、何しに来やがったんだ、あの馬鹿は?」
俺は首を捻りながら、キッチンへと戻ったのだった。
★
智香との晩飯。
と言う絵面は、ちと珍しいものがあった。
いつもはここに、穂波や豪太郎と言ったその他の危険因子が加わるのだが……こ奴と二人っきりと言うのは、思い出にすら見当たらないほど非常に珍しい事であった。
しっかしまぁ、本当に良く喋る奴っちゃなぁ……
智香は飯を食いながら、ベラベラと喋っていた。
ある意味、器用だ。
それに情報も豊富だし、トークもそれなりに面白いし……
男女問わず、人気があるのも頷ける。
ってゆーか、そーゆーゴシップ関係に割いてる脳味噌を、もちっと勉学方面に向ければ苦労しなくても良いのにねぇ……
「……と、言うワケなのよコーイチ。……ねぇちょっと、聞いてる?」
「聞いてねぇーよ」
俺は納豆掛け御飯をモリモリ食いながら答える。
「つーか、少しは黙って食え」
「うっさいわねぇ……コーイチの分際で。この智香ちゃんが、侘しくて寂しい夕飯を必死に盛り上げようと努力してるんじゃないのぅ」
「侘しくて悪かったなッ!!って、俺のオカズに箸を伸ばすんじゃねぇーよッ!!殺すぞテメェ……」
「お肉の一枚や二枚でブーブー言うなんて……さすがコーイチ。心が都心のワンルームより狭い男だわ」
「人様のオカズまで奪う奴が何を言うかッ!!」
ったく、この大馬鹿は……
さて、そんなこんなでギャーギャー喚きながら飯を食い、後片付けを終えてまったりとした至福の時間……は来なかった。
相変わらず智香は、独り騒いでいる。
脳か心のどちらかに、何かしら重大な障害があるのではなかろうか?
やれやれ、とみに今日は五月蝿せぇーなぁ……
俺は居間のソファーに腰掛け、お煎茶を飲みながら溜息一つ。
そしてすぐ隣に腰掛け、テレビを見ながらケタケタ笑っているお馬鹿チャンに、
「おい智香。お前、そろそろ帰らなくて良いのか?」
「……へ?」
「もう8時を少し回っちゃったじゃねぇーか。言っておくが、まだ夏休みじゃねぇーぞ?明日も学校があるんだぞ?理解してるか?」
「コーイチ……あんた馬鹿?」
「馬鹿は貴様だろーがッ!!」
こ、この赤点女が……
怒りでちょいと指先が震える。
が、智香はそんなこと全然お構いなしに、どこかシレっとしたまま、
「コーイチ。何の為にこの智香ちゃんがやって来たと思ってるのよぅ」
「は、はい?」
何の為って……近くまで来たから、ついでに飯食いに来たんじゃねぇーのか?
「だから、その……補習を無しにしてくれたお礼をしに来たのよッ!!」
なぜ怒鳴る?
「あ~……その事か。つーか、お礼ねぇ。……ま、明日のランチでも奢ってくれればそれで良いや」
「……アンタ、なに言ってんの?」
智香は目を細め、どこかやぶ睨みな感じで俺を見つめた。
「わざわざ魅惑の美少女であるこの智香ちゃんが、わざわざコーイチの家までやって来たのよ。それをアンタ、ランチで良いやって……どーゆー事?」
「はぁ?だから、ランチで良いって事だよ。ってゆーか僕ちゃん、お前が何を言ってるのか、サッパリ理解出来ないんじゃが……」
「このチキンッ!!」
「は、はぃぃッ!?」
「お昼に約束したでしょッ!!その……何でも言う事を聞いてあげるってッ!!」
「だ、だからランチで良いって言ってるんじゃが……」
「違うでしょ?ねぇ、違うでしょそれ?コーイチ、少しは冷静になりなさい」
「いや、それはお前の方だ」
何だか洸一チン、頭が少し痛くなってきたぞよ。
「あのねぇ……こんな時間に、可憐な美少女がお礼に何でもしてあげるって言ってるのよ?だったらランチの前に、男として叶えたい事があるでしょッ!!」
ぬ、ぬぅ…
「あ~……なるほどな、智香」
俺はポリポリと頭を掻いた。
「お前の言いたい事が、やっと分かったわい」
「だからコーイチは馬鹿だって言われるのよ」
くっ…
「だけどな、昼にも言ったけど、俺は弱みに突け込んで女の子をどうこうしようとか思わないワケ。分かる?だからランチ一回だけで充分なのですよぅ。それになんちゅうか、そーゆー事は優チャンの一件で既に懲りたしな。わははははは」
「……何ソレ?」
「へ?」
「優チャンの件って……なに?」
智香の瞳が、何かヤバ気な色を帯び始めていた。
★
し、しまったッ!!?
つい口が滑ってしもうたッ!!
と思った時には既に遅く、智香は期待と何故か少し怒り成分が含まれたかのような不思議な表情で、
「なに?どーゆーこと?あの小娘……もうコーイチにお礼しちゃったワケ?」
「ま、まぁな。俺は良いって断わったんだけど、どうしてもって言われちゃって……」
そしてその後、この世の地獄を見たのだ。
「ふ~ん……なるほど。それでコーイチは、言われるままにあの一年生を食べちゃったと」
「ば、馬鹿か貴様ッ!?この紳士である俺がそんな破廉恥な真似をすると……」
「お黙りコーイチッ!!」
智香は唾を飛ばしながら叫ぶや、いきなり俺の顔を掴み、
「ん…」
不意打ちのようなキス。
――ッ!!?
智香のキスは、夕飯で出した納豆の香りがして、少しだけションボリしてしまった。
「なななな……ば、馬鹿が。いきなり何を……」
「う、うっさいッ!!この智香ちゃんだって、今日は覚悟を極めて来たんですからねッ!!あんな一年生に負けてたまるもんですか。こうなったらもう意地よッ!!」
と、智香の馬鹿は、馬鹿特有のワケの分からん事をほざきながらソファーから立ち上がると、おもむろに自分の穿いているジーパンのボタンに手を掛け、
「……えいっ!!」
と気合一発、いきなり脱ぎ捨てた。
「ぬ、ぬぉーーーーーーいッ!!?」
智香はジーンズを脱ぎ、薄い夏物のシャツと靴下と言う、どこか魅惑的な出で立ちで、俺の前に立っていた。
「な……ななな何してんだよお前ッ!!?」
「み、見れば分かるでしょッ!!脱いでるのよッ!!」
顔を真っ赤に染めながら、馬鹿が吼える。
そして今度はシャツのボタンに指を掛け、
「この智香ちゃんの方が……あの小娘より魅力的よ。絶対、負けない……負けてたまるもんですか……」
「な、なにアグレシッブな生きざま曝してやがる。……って、ぬぉいッ!!?」
智香はついにシャツまで脱ぎ捨ててしまった。
ソファーに座る俺の前に立つ彼女は、フリルの付いた白いブラジャーに、同じデザインの可愛い白のおパンツ。
そして靴下、と言う理性が吹っ飛びそうな姿。
だがこの場合、あまりの急展開に、理性が飛ぶより先に俺は少し恐怖していた。
「お、落ち付け馬鹿たれ。いいい、言っておくが、俺は優チャンに変なことはしてない。ってゆーか、優チャンはそこまでやらないぞよ」
ま、軽くお乳は揉んでしまったがね。
「な、なんちゅうか……お前のお礼がどーゆーモノか、よっく分かった。分かったけど、如何せん、なんちゅうか……少しやり過ぎではないかと思う16歳の夏の夜と言う感じでして……」
「こ、ここまで来たら、もう引き返せないわよ」
「ご、ごもっとも。って、まだ早ぇーよッ!?まだ引き返せるよッ!!」
「こ、この智香ちゃんだって女なんだから……女に恥は掻かせちゃいけないだから……」
「おおお落ち着け知恵遅れ。お前、何か少し目の色が変わってるっちゅうか……頭ショートしちゃったのか?」
「うううううるさいッ!!全部……全部コーイチが悪いんだから……」
と、智香はブラに手を掛ける。
い、いかんッ!!?
このままだと、さすがに鋼鉄の理性を持つ俺でも……
と、その時だった。
ゴトッ……と、居間の入り口辺りで何かが落ちる音。
俺は慌てて振り向くと、
「あひゃーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
そこに穂波が立っていた。
大きく目を見開き、固まっている。
床の上には、家から持ってきたのか、ビニール袋に入ったフルーツの枇杷が転がっていた。
か、神様?また私目に、このような過酷な試練をお与えになるのですか?
「ほ、穂波……しゃん」
俺はゴックンと唾を飲み込み、恐る恐る声を掛けた。
「な……何してんの?」
穂波が震える声で言った。
「智香……洸一っちゃんの前で、何してるの?何で脱いでるの?」
こ、怖い……
穂波が怖いッ!!
俺の体は小刻みに震え出す。
ど、どうするんだよ、智香。
お前、俺の前でストリップしちゃってるし……
もう、完璧に逃げ道がないぞよ。
俺はチラリと、智香を見やる。
馬鹿はカタカタと顔面蒼白で震えていた。
だが次の瞬間、
「ほ、穂波ーーーーーーーーーッ!!」
と、いきなり下着姿を隠すようにしながらクマ女の元へ小走りに、
「コ、コーイチが……コーイチが強引に脱げって迫って来たのよッ!!」
「ンぎゃーーーーーーーッ!!」
俺は思わず立ち上がり、智香を睨み付ける。
し、信じられねぇ……
この馬鹿、保身のあまり俺を売りやがったよッ!!
「て、てめぇ……恩を仇で返す気かッ!!」
「洸一っちゃん。……それホント?」
穂波が、昆虫のような感情の無い瞳で俺を見つめる。
「智香に……迫ったの?」
「と、とんでもねぇッ!?俺はシロだ!!漂白か、と言うぐらい真っ白だッ!!」
「……」
「いや、マジだって。俺が補習を無しにしてやって代わりに、智香の馬鹿がお礼とか何とか言って、それでいきなり脱ぎ始めて……」
「でも洸一っちゃん。智香の下着を見てた」
「えぇっ!?だ、だってそれは不可抗力だろうに……って、え?なに?ただそれだけで僕ちゃんも罪になるワケ?」
「もちろんだよぅ」
言って穂波は、素早く手を伸ばし、隙を見て逃げ出そうとしていた智香の首根っこを押さえつけた。
「洸一っちゃんも智香も……少し教育が必要だよぅ」
「な、なに言ってんだよ、お前……」
「田舎から枇杷を送って来たから、お裾分けに来たのに……まさかこんな事してるなんて、驚きだよぅ」
「でも……僕は何もしてないんですよ?」
「……見てたじゃん」
穂波は呟いた。
「智香の下着……見てたじゃん。クスクス……ジッと見てたよねぇ……クスクス……私が来なかったら、イマゴロドウナッテイタカ……」
「ほ、穂波さん?先ずは少し落ち着いて、僕ちゃんの話を……」
「クスクスクスクス…」
穂波は智香を捕まえたまま、もう片方の手で自分のシャツの懐を弄り、取り出したのは俺が買ってやったクマのお面。
そしてそれをおもむろに装着し、
「ガォォォォォォォーッ!!」
狂ってしまった。
「ひ、ひぃぃッ!!?」
「二人とも、まとめて修正だよッ!!ガォガォガォウッ!!」
だ、誰か……僕を助けてッ!!
その後……
僕チャンはクマのお面を着けた穂波に、往復ビンタ5千発ぐらいもらいながら説教を受けていた。
智香の馬鹿は、穂波の必殺技・ハリケーン熊ミキサーを食らい、天井に頭を突き刺したままぶら~とぶら下がり、ぐったりしていた。
死んじゃったんじゃなかろうか?
もうすぐ夜が明ける……
僕は何時になったら、この地獄から解放されるのだろう。