今夜はビートイット
★6月03日(金)
いつも通りに目が覚め、いつも通りに学校へ……
と言うワケがない。
「あふぅ」
どんより曇った空の下、いつもの公園で穂波とエンカウントし、そのまま学校へ向かいがてら、俺は深い溜息を吐いた。
「どうしたの洸一っちゃん?そんな疲れた顔して……」
「あのなぁ…分かるだろ?疲れてるんだよ、人生に」
そうなのだ。
ご存知の通り、昨日……皆で飯を食ってる最中に、俺様ハウスはまたもや爆発粉砕してしまった。
しかもこの間の比ではなく、全壊だ。
局地的大災害なのだ。
「でも、誰も怪我しなくて良かったじゃない。それに家も新築になるんだし……」
「あぁ、掠り傷一つ負わなかったのは、まさに奇跡だな。……その奇跡が今少し、俺様の家にもあれば良かったんだがねぇ」
俺は肩を落とし、短く笑う。
「それに家が新しくなるって言っても、失われた俺様のお宝は二度と戻ってこないんだぞ?希少価値の高い往年のゲーム機のレアソフトに既に廃盤になってるCD、廃刊になってる漫画本。極め付けは幻のウ○トラセブン第12話高画質β版まで、木っ端微塵になっちまったんだぞ?もはや泣くに泣けないよぅ」
あまつさえ、小学生の頃からこっそり集めていたエロ系漫画のコレクションも、全て灰になっちまったしね。
「ぶぅぅ、どうせゴミなんだから、別に良いじゃない」
「ゴミっていうにゃ!!価値の分かる奴には、黄金と同じ重さのお宝アイテムなんだぞッ!!」
「だったら喜連川先輩に文句を言えば良いじゃないの」
「アホかッ!?どうしてそこで先輩が出て来るんだ。言っておくが……昨日のアレは、不可抗力だ。殆ど自然災害と同じだ。別に誰が悪いと言うわけではなく、強いて言うなら……俺の運が悪いのだ」
「じゃあ、しょうがないね♪」
「しょうがねぇーのかよっ!?」
★
あっという間に放課後。
俺は鞄片手にいつもの裏山へと向かう。
TEP主催の総合格闘技の高校生新人大会まで、あと一週間……
あの糞野郎こと、みなもチャンの兄に復讐する為の第一歩。
練習にも自ずと熱が入ると言うもんだ。
「おっ、早速に優チャンはやってるな」
社の裏手へ回ると、熱血硬派の優チャンは、相も変わらずプニプニした俺に良しお前に良しなブルマ姿で、いっちにいっちに……と声を出しながら準備体操をしている最中だった。
うぅ~む、こっちまで、元気が出て来ますなぁ…
「よぅ、優チャン。張り切ってるな」
「あ、先輩」
優チャンは振り向き、曇天を吹き飛ばすような爽やかな笑顔を向けた。
「大会まであと少しですから……兎に角、毎日頑張るんです」
「そうだな。しかし張り切り過ぎは禁物だぞよ」
俺は笑いながら、先ずは着替える為に、バッグを持って林の中へ入ろうとするが、
「あ、先輩…」
「んにゃ?なんだい優チャン?」
「あ、あのぅ……ちょっと変な事を聞いて良いですか?」
「変なこと?」
なんじゃろう?
俺様の隠しても隠し切れない溢れる魅力についてかな?
それとも、男と女の違いをレクチャーしてほしいのかな?
それともそれとも、優チャンのブルマ姿に興奮して、少し前屈みになっている事かな?
どちらにしろ、ちと照れますなぁ。
「まぁ、俺様に答えられる事なら良いけど……んで、何なのかな?」
「は、はい。そのぅ……実は先輩、私……記憶が少し無いんです」
「……はい?」
「え、え~とですねぇ……一昨日とその前の日と、二日間ほど何も思い出せなくて……も、もしかして病気なんじゃ――」
「――ノープロブレムだ」
俺は優チャンの肩を少し力強くガシッと掴み、そう言った。
「全ては世の為、人の為……そして俺の為。思い出せない事は、無理に思い出しちゃあイケナイよ」
下手に思い出したりしたら、また地獄を見るからね。……俺が。
「え、えと……先輩、それはどういう意味で……」
「優チャン、考えちゃいけない。感じるんだっ!!」
「……はい?」
「そう言えば、明日は真咲姐さんの空手大会があったような気が……」
俺は強引に話題を変えた。
「そ、そうなんですよ!!」
そして優チャンは、物の見事にその話に食らい付く。
良かった、優ちゃんがちょっとアホな子で……
「明日は空手部の、インターハイ予選が行われるんですよぅ」
「うむ、そうだったな」
俺は大仰に頷いた。
「やはりここは一つ、友として応援に行かなければな」
「で、でも、明日は学校があるんですよ?」
優チャンは少し困った顔をする。
「空手部の人は朝から会場に行きますけど、普通の生徒は昼まで授業が……」
「あん?ンなもん、サボれば良いジャン♪」
「そ、そんな簡単に……しかも笑顔で言われても」
「ノープロブレムだ」
俺はもう一度、優チャンの肩をガシッと掴んだ。
「真咲の試合と学校の授業……どちらが大事なのか、考える間でもないだろ?」
「それはそうですけど……」
「それにだ、明日はどうせ授業が無くなる予定だから、安心して応援に行けるぞよ」
「へ?授業が無くなるって……」
「なに、全て俺様に任せておけって」
俺は軽く片目を瞑り、笑顔で答えた。
うむ、そうと決まれば……明日の朝一番に、『学校に爆弾を仕掛けたぜベイベェ。バイ、三代目ユナボマー』と電話でも掛けるかな。
ハッハッハッ……もちろん、足跡を残すヘマはしないぜ!!
ま、多感な少年のお茶目な悪戯って事で、笑って許してくれぃ。
★
優ちゃんとの熱の篭った練習の後、俺はのどか先輩と共に、ロッテンの爺さんの運転するリムジンに乗り込み、喜連川邸へ帰宅。
そして一っ風呂浴びて汗を洗い流した後、自室に戻り、食事の時間まで至福のゴロゴロタイム。
俺様に宛がわれた部屋は、以前にも増して、俺様仕様になっていた。
漫画本やゲームの類、デカいテレビと洒落たオーディオシステムにハイエンドPCも配備され、ネット環境も充実だ。
ま、なんちゅうか……この間とは違い、居候期間が長引きそうですからなぁ……
前の時は、風呂場とその周辺が大破しただけで済んだが、今回は家そのものが爆沈したので、工事期間が長いのだ。
何しろ基礎から完全に建て直しだし。
その間、俺様は天下の大財閥、喜連川家の居候……もとい、食客だ。
だからこのように、心落ち着ける環境も必要なワケなんですよ。
「はぁぁぁ~、それにしても腹減ったにゃあ」
今日の晩御飯はなんじゃろ?
俺的には、取り敢えず肉が食いたい。
何故なら、成長期だからだ。
個人的には、スキヤキっちゅうのも良いかもなぁ……鳥じゃなくて、ちゃんと牛肉のやつ。
そんな事を考えながら、ソファーの上に寝転がり、尻をボリボリ掻きながらボーッとTVを見てると、コンコンッと軽やかに扉をノックする音が響いてきた。
「ふにゃ?飯かな?」
俺は起き上がり、いそいそと扉を開け……そして固まった。
扉の向こうには、可愛い清楚な制服……俺の記憶が正しければ、梅女中等部の制服を着た見知らぬ女の子が立っていたからだ。
背中の中ほどまで伸びた長い髪に、勝気で少し悪戯っ気な感じを思わせる瞳。
どことなく、まどかに似ている。
はて?将来は美人を約束されたような可愛い娘っ子なんじゃが……一体誰だ?
喜連川の関係者?
つーか、俺様の部屋に何の用かにゃ?
「え、え~と……」
取り敢えず、頭を掻きながらその子を見つめる。
と、その女の子は、ニコッとまぁ……ほっぺにエクボを作りながら可愛らしく微笑むと、
「パ……パパッ♪」
いきなりガバッと抱き付いてきた。
「パ、パパッ!?」
パパってなにっ!?
お、親父のことだよな?
父さんの事だよな??
洸一チン、ちとパニックだ。
「お、お待ちなせぃ、お嬢さん」
俺はギュッと笑顔でしがみ付いて来る女の子の肩を掴み、ちょいと強引に引き離すと、
「パパって……もしかして、俺が君のお父さんって事?」
「うん、そうだよぅ♪」
その女の子はにこやかに、何の迷いも無く答えた。
ば、馬鹿な……
この娘はおかしいのか?
だってこの女の子、見た目からして中学生……14歳前後ぐらいだろ?
んで、俺が現在16歳……
ちゅうことは……俺は物心付く以前の齢2歳ぐらいにして、誰かと間違いを犯してしまったと言うのか?
種を仕込んでしまったと言うのか?
ってか、出来るのか?
「パパ、戸惑ってる?」
その女の子は、ニシシシとほくそ笑んだ。
「まぁ、普通じゃ信じられないよね」
「あ、当たり前だっ!!ってゆーか、君は一体誰なんだ?俺様の部屋にいきなりやって来て、有り得ない血縁関係を持ち出して……ハッ!?もしかして俺様の財産が目的なのか!?言っておくが、俺の財産は家と共に粉微塵になったんだぞっ!!」
「……落ち着いてよ、パパ」
「パパッて言うにゃっ!?」
「あのねぇ、少し冷静に聞いてね」
と、その女の子は腰に手を当て、大人びた仕草で俺を見上げると、
「実はね、私……未来から来たの」
「み、未来ですとッ!?」
おいおいおい、この娘……マジで大丈夫か?
どこかの病院から、抜け出して来たんじゃねぇーのか?
「あ、あれ?何その、信じてない顔は……」
「あ、当たり前だっ!!いきなり、未来の方からやって来ました、と言われて、素直に信じる馬鹿がいると思うか?……いるかも知れないが、俺はそこまで夢見がちな駄目人間でもねぇーし、深刻な厨ニも患ってねぇーぜ」
「でも、本当に未来からやって来たんだモン」
その謎な女の子は、プゥ~と可愛らしく頬を膨らませた。
「ま、まだ言うか?そもそも未来からって言うけど、タイムマシンが出来たっていうのか?E=mc二乗を無視して質量を持ったまま過去に来たと言うのか?タイムパラドックスは……ホーキンス博士の時間順序保護説はどこへ消えたんだ?あぁん?」
「そ、そんな事、知らないよぅ。それにタイムマシンじゃなくて、気が付いたらこの世界に来てたって言うか……」
「タイムスリップをしたとでも言うのか?ンなアホな。この世の中、そんな非科学的な超常現象は――」
と、そこまで言い掛けて、ハタと気付く。
おいおいおい、よく考えたらこの世の中、いとも簡単に超常現象を起こせる御人が、ごく身近にいるんでないかい?
あの御方の神秘的…もとい、悪魔的な力ならば……あ、有り得るかも。
「お……OKOK、ここは少し落ち着け、俺」
先ずは深呼吸だ。
「俺まだ全面的に信じた訳じゃないが……取り敢えず、名前を聞いておこうか」
「澪香だよ♪神代澪香♪愛称はミオッチとかミーちゃん♪」
ぬぅ……
中々に可愛い名前ではないか。
それに俺の姓を知っていると言う事は……
よもや……まさか本当に……俺の娘?
え?マジでマイ・ドーター?
「わ、分かった。澪香だな」
俺はドキドキと破裂しそうな心の臓を押える。
「それで澪香ちゃんよ。君は一体、今幾つだ?」
「ん?14歳だよぅ」
14歳……
中二ぐらいかな?
「なるほど。それで君は具体的に、どのぐらい先の未来からやって来たのかな?」
「え~とねぇ……今からだいたい、15年後からかなぁ?」
15年後か……
「な、なるほど、なるほど。…――って、ちょいと待てぃッ!?」
「え?なに?どうしたのパパ?」
「お前が現在14歳で、それで15年後の未来から来たって事は……単純計算で今から一年後にはお前が生まれるって事じゃんっ!?」
しかも仕込む時間を考慮すると……お、おおぅ?
俺か近々、誰かを孕ませるのかッ!?
「うん、そうだよ♪」
「じゃ、じゃあ何か?俺は高校生なのに、いきなり親父になっちまうのか?ヤンパパになっちまうのかよっ!?」
「うん♪」
澪香と名乗る少女は、嬉しそうに頷いた。
「パパとママは、高校生なのに出来ちゃった婚をするんだよぅ」
「な、何たる事か……この地上に降りた最後の硬派と呼ばれた俺様が、計画性も無しにそのような過ちを……ご先祖様に顔向けが出来ん!!」
「うんうん、パパはそれだけママを愛しているんだよねぇ」
――ハッ!?
「ちょ、ちょっと待て。待ってくれぃ。よく考えたら……お前のママは誰だ?俺は誰と……お前を造るんだ?」
「造るんだって言い方、ちょっとヤラシイよぅ」
「い、いいから答えるっ!!」
「ママの名前?」
「そうだっ!!」
「あのねぇ……」
澪香はクスクスと笑った。
「ママの旧姓はねぇ……喜連川って言うの。名前は、まどかだよぅ♪」
「――んなっ!?」
俺は腰が抜けた。
★
澪香と名乗る少女の口から漏れた『まどか』と言う固有名詞に、俺は思わずガクッとその場に膝を着き、
「ば、馬鹿な……」
震える声で呟いた。
俺が……あのまどかと?
人を殴ることに快感を覚える悪魔超人(しかも前世は魔王)と、人類史上、最も偉大なナイスガイである俺様が、けけけけ結婚??
しかも今から一年以内に???
「そ、そんな馬鹿な話があってたまるかーーーーッ!!」
「う、うわっ!?ど、どうしたのパパ?いきなり大きな声出して……」
「認めはせんっ!!認めはせんぞぅぅぅ」
「認めないって……ママとの事?」
「当たり前だっ!!だいたい俺は別にアイツと付き合ってるワケじゃねぇーんだぞ?なのにいきなり、しかも極めて近い将来に結婚などとは……そんな事は有り得ん!!太陽が西から昇るが如く、そして穂波の病が治るが如く、起こり得ない事象だっ!!」
「でもぅ、現に私が生まれているしぃ…」
澪香は自分の髪を指で弄びながら、チラリと俺を見やる。
「ぬ、ぬぅ…」
言葉に詰まる俺。
言われてみれば確かにそうなのだが……
そもそも、本当にこの娘は俺様の娘なのか?
・・・
顔つきとか仕草とかは確かに、まどかに似ているし、眉の形とかは何となく俺に似ている気もするが……
「で、でもなぁ……俺、アイツと結婚なんて……たとえ神が許しても、周りが許さない可能性が……」
良く分からんが、誰か(主に穂波)に刺されそうな気がするし、思いっきり呪われそう(主にのどかさん)な気もする。
果たしてこの硬派だけど微妙にチキンな俺が、そんな危ない橋を渡ると言うのだろうか?
「しょーがないじゃない」
澪香はクスクスと笑った。
「だって、私が出来ちゃったんだモン♪」
むぅ……
そりゃそうだ。
実際に子供が出来ちまったんなら、愛が無くても俺様は責任を取る。
例え相手が前世魔王でも、俺は結婚するだろう。
「ねぇ、もしかしてパパ……ママの事が嫌いなの?」
澪香は真剣な眼差しでジッと俺を見つめてくる。
「べ、別に……嫌いじゃねぇーよ」
俺は少し視線を外し、呟くようにそう答えた。
「じゃあ、やっぱり好きなんだ♪」
「い、いや……なんちゅうか……好きと言うよりは、おっかない、と言った方が正しい気がするなぁ」
「なによぅ。私以外にも、あんなにたくさん子供がいるのに……」
――うなっ!?
「そ、そうなのか?」
「そーよ」
澪香はニシシと笑った。
こんな所は、まどかにそっくりだ。
「私が一番上で、あとは弟が3人に妹が5人もいるのよ」
わおぅっ!?
どこまで頑張るんだ俺はッ!?
少子化を阻止する自分に、取り敢えず乾杯だ!!
「そ、そうなのか。この俺様、そんなに張り切っちゃてるのかぁ……」
「そうなの。パパはママの事が大好きなんだからね♪」
「ぬぅ……」
大好きって……俺、そんなにまどかに惚れていたのか?
し、信じられんぞ??
「なに、その顔?途方に暮れてるって言うか泣きそうって言うか……本当にパパったら、いつもハッキリしないんだから」
「そ、そうは言ってもよぅ。まだ心が動揺してるっちゅうか、戦慄の未来にちょっとドキドキで、不整脈を起しそう」
「……なによぅ。パパったら、自分のことばっか」
澪香はシュンとなって俯いてしまった。
「私なんか、突然未来からやって来て、どうしたら良いのか分からないって言うのに……」
――ハッ!?
た、確かに……その通りだ。
どんな理由かは分からんが、まだ子供な澪香はいきなりこの世界、自分の知らない過去世界へとやって来たのだ。
心細かっただろう…
寂しかっただろう…
なのに頼りにすべき肉親である筈の俺様が、オロオロとみっともなくうろたえているだけとは……
「す、すまなんだーーーーッ!!」
俺はガバッと力強く、愛娘を抱き締めた。
「わっ!?ちょ、ちょっとパパッ!?」
「お、俺が……このダディ洸一様が、必ずお前を未来に帰してやるっ!!何も心配はいらねぇ……全て俺様に任せておけいっ!!」
「そ、そうなんだ。でもパパ、ちょっと苦しいって言うか……は、恥ずかしいよぅ」
澪香は俺の腕の中で、微かに身を捩った。
「恥ずかしがることは何も無いっ!!親子のスキンシップではないかっ!!」
「い、いや、うん、まぁ……そうなんだけどぅ」
「ふふ、照れるな澪香。パパはな、いつだってお前の味方だ。不条理にこの世界へやって来たお前をな、パパは全力で守る!!そして戦う!!だから澪香は遠慮無く、パパに甘えるが良いわさッ!!」
「え、え~と……」
澪香は頬を染め、モジモジとしていた。
うむ、我が娘ながら、何と可愛い事か……
父と娘との、禁断の恋が芽生えそうじゃわい。
そんなアホな事を考えながら、俺は澪香を守るように力強く抱き締めていると、どこからともなくタッタッタッと軽快な足音が響き、
「何やってんのよーーーーーーッ!!」
と聞き慣れた怒声。
そして『バキッ!!』と聞き慣れた破壊音。
「うわぁぁぁーーーーーーん」
俺は超高速で、部屋の隅まで吹っ飛ばされていた。
「こ、この変態!!色魔!!わいせつ入道!!居候の分際で、なに破廉恥な真似をしてるのよッ!!」
「あぅぅぅ…」
殴られた頬を押さえながら顔を上げると、そこには怒髪天を突いた未来の奥様のお姿が……
「な、なにしやがる、まどかッ!!」
「なにしやがる、じゃないでしょッ!!!」
――うひぃぃっ!?
「おおおお、落ち着け、まどか。何を誤解しているのか知らんが……俺は何も疚しい事はしておらんっ!!」
「お黙りっ!!」
まどかは俺を怒鳴り付けると、クスクスと笑っている俺達の愛娘をジロリと睨み付け、
「ちょっと澪。アンタ一体、洸一の部屋で何をしてるのよぅぅぅ」
うにゃ?
まどかの奴、既に澪香の存在を知っていたのか?
ならば話が早いではないか。
「ま、まぁまぁまぁ、何を怒ってるのか分からんが、そんなに澪香を睨むな」
言いながら俺は、愛娘を守るように、まどかの前に立つ。
おおぅ、猛獣のようなまどかの前に立ち塞がるとは、我ながら何と勇気のある行動だろう。
これが所謂、子を守る親の愛と言うやつだろうか?
★
「まぁ、落ち着けまどか。今は澪香を、どうやって元の世界に戻すか……それを考えるのが先だろ?」
俺は言いながら、可愛い澪香の頭を撫で回す。
「俺が思うに、今回の件は、やはりのどか先輩が一枚噛んでると思うのだが……まどかはどう思う?」
「ど、どう思うって……」
まどかは戸惑った顔で、俺と澪香を交互に見つめ、
「洸一。アンタ何言ってんの?」
「何って……澪香の事だろ」
俺はフゥ~と、少しやるせない溜息を吐いた。
「あのなぁ、そりゃお前も不本意だと思うが、俺はもっと不本意なんだぞ?だが、それは言うまい。こうなってしまった以上、俺も男だから責任は取る。それに……なんだ、話に拠れば兄弟もいっぱい出来ちゃったみたいだし……あ~いやいや、今それは関係ないか。兎に角だ、今は澪香をどうやって元の世界に戻すか、それを考えようじゃないか」
「ちょ、ちょっと洸一。話が全く見えないんだけど……」
「ンだよぅ。まだ照れているのかよ」
俺はヤレヤレと手を広げ、澪香に向かって、
「なぁ、ママはいつもこんな感じなのか?」
「え?う、うん。……だいたいは」
澪香は何が可笑しいのか、少し顔を引き攣らせていた。
「そっかぁ。まどかは意外に純情ですな!!がはははは」
「あ、あのねぇ……さっきから頓珍漢な事ばかり言って……本当に大丈夫?」
まどかはこめかみを指で押さえていた。
そして澪香を手招きしながら、
「澪。洸一に、一体何を吹き込んだの?」
「べ、別にぃ…」
澪香は言葉を濁し、そそくさと俺の背後に隠れた。
どうやら、ママンの躾は厳しいらしい。
「まぁまぁ、澪香をそんなに怒るな。何を怒ってるのか分からんけど」
「……洸一。一つ聞きたいんだけど……澪に何を言われたの?」
「何をって……別にこれと言って特にはな。ただ、俺的にはどうやって澪香を元の世界に戻すか……それを考えている。向こうの俺様も、さぞ心配しているだろうだからな」
こう言っちゃ何だが、俺は息子は厳しく育てるが、娘は甘く育ててしまうだろう。
なんか澪香を見ていると、そんな気がする。
可愛がって可愛がって……うむ、嫁にも出さんぞ。
親馬鹿かと言われるだろうが……ふふ、出さんよ、俺は。
「む、向うの俺様って何よ?」
「はぁ?向こうの俺様は未来の俺様って事だろーが?澪香のパパにして、おそらく最強のダディに違いないのぅ」
「……はい?」
まどかは音を立てる勢いで瞳を瞬かせた。
「あ、あの……洸一?アンタ頭……大丈夫?机の角とかにぶつけてない?」
「あ?何を言うとるんだお前は?お前の方こそ、真実を目の当たりにして、どうかしちゃったんじゃねぇーのか?」
「し、真実って、なによぅ?」
「だからぁ、俺とお前が何故か結婚して、そして澪香が生まれて……いや、澪香が出来たから、結婚したんだっけか?」
「――ンな゛っ!?」
まどかは鳩が豆鉄砲食らったような顔つきになった。
「わ、私と……洸一が結婚?」
「しょうがねぇーだろ?現に澪香って子が出来ちゃったんだし……」
「ば、馬鹿かーーーッ!!」
まどかはいきなり怒声を放つや、俺の首を締めながらグワングワンと振り回し、ポイッと投げ捨てた。
「澪ッ!!あんた一体、洸一に何を吹き込んだのよッ!!」
「そんなに怒らないでよぅ、まどか姉ェ」
澪香は腹を抱えて笑っていた。
「最初はね、ちょっとした冗談だったんだけど……何かね、知らない内にマジになっちゃったの。普通の人は絶対に信じないのにねぇ」
……ぬゎに?
「お、おいおい澪香ちゃん?それは一体、どーゆー意味で?」
俺はムクリと起き上がる。
するとまどかが呆れたように、
「あのねぇ、この子はね、私の従妹なのよ」
「は?従妹?」
「そ。詳しく言うと叔父さんの娘。洸一の子供じゃないの。どう、分かった?ってゆーか、何で信じるかなぁ?」
「つ、つまり俺は……謀れた、と言うことか?」
「そーゆーこと。ま、謀れたって言うよりは、アンタのアホさが露呈したって言った方が正解なんだけど……」
「……ぬぁぁぁぁぁッ!!」
俺は雄叫びを上げた。
怒りと哀しみが、心の中を駆け巡る。
「お、おのれぇぇぇ……この小娘がッ!!よくも俺様の純で繊細なハートを弄んでくれたのぅ。万死に値するわ!!」
「落ち着きなさいって、洸一。こんな単純な嘘に引っ掛かるアンタが悪いって」
まどかが苦笑を零す。
「お、俺はピュアなんだよ!!汚れを知らぬ心を持つ男なんだよ!!ち、ちくしょぅぅぅ……本当の娘だと思っていたのにぃぃぃ」
「ふ、普通は思わないんだけどぅ…」
「黙れまどか!!」
俺は鼻息も荒く、澪香ちゃんを睨み付けるが、彼女は可愛くペロッと小さな舌を出し、
「えへへへ~、ごめんね、神代さん」
「ぬ、ぬぅ…」
「まどか姉ぇがね、神代さんは面白い人っていつも言ってるから、どんな人かちょっと試してみたの」
澪香ちゃんは好奇心いっぱいと言うような瞳で俺を見上げ、微笑んだ。
小悪魔的な笑みだ。
「でも神代さんって、本当に信じちゃうんだもん。私も途中から、少しその気になっちゃったよぅ」
「そ、そうか。まぁ、俺は父性溢れるナイスガイだからな」
「ねぇねぇ、神代さん。正直なところ、ドキッとしたでしょ?まどか姉ぇと結婚なんて……嘘だと分かって、ガッカリしちゃった?」
澪香ちゃんは笑顔で、ググッと迫って来た。
むぅ、さすが喜連川の血を引く女の子だ……
ちょいと可愛いじぇねぇーか。
「へ?ガッカリしたも何も……その件については、正直ホッとしたって気分だな」
俺は笑顔で答えた。
そしてその笑顔のまま、まどかに壁まで吹っ飛ばされたのは、言うまでも無いことだった。
★
夕食の後、部屋でゴロゴロと転がりながらTVなんぞを見ていると、
「あ~~サッパリした♪」
風呂上りだろうか、まどかがTシャツに臙脂色のパジャマズボン、濡れた髪をバスタオルでワシャワシャと拭きながら入って来るや、いきなり俺の部屋の電話を取り、
「あ、私。洸一の部屋に冷えたスポーツドリンクをお願いね」
そう告げて、フゥと軽い溜息を吐く。
その間俺は寝転がったまま、ただポカーンとアホな子のように口を開け、黙って闖入者を見ているだけだった。
な、何なんだコイツは……
「あれ?どうしたの洸一?」
「……それは俺が聞きたい。何故に俺の部屋にいる?」
「え?だって退屈だモン」
まどかはキョトンとした顔で答えた。
何も不思議に思っていないようだ。
お、おいおいおい……
普通さぁ、年頃少女がだ、風呂上りにそのまま男の部屋にやって来るか?
俺を木石か何かと勘違いしてるんじゃないのか?
俺だって一応、色んな意味でお盛んな年頃の男なんだし……コイツは危機感とかを抱かないのか?
・・・
あれ?不思議な事に、俺の方が何故か危機感を抱きそうだぞ?
「ったく…」
俺はムクリと起き上がり、ポリポリと頭を掻きながら風呂上りの腕白系お嬢様を見つめると、
「お前ねぇ、気安いのは別に構わんが、もう少し時間と場所を選べよ。こんな時間に男の部屋を訪れて、どーなっても知らんぞ?」
「どーなっても、ってどうなるのよぅ?」
まどかはペタンと俺の傍に腰を下ろした。
そしてどこか蠱惑的な瞳で、
「ははーん……さては洸一、何かエッチなこと考えたんでしょ?」
ぐぬぅ…
「ふ、考えてねぇーよ。俺はあくまでも一般論と言うか常識的に……」
「どーだか。だって洸一、澪の話を信じてたじゃない」
「は、はぁ?それがどうしたって言うんだ?」
「と言うことは、私とそーゆー関係になるかも……って、少しは想像したって事でしょ?」
言ってまどかは、少しだけにじり寄って来た。
「近い将来、私とそーゆー仲になるって、確信したんだよね?だから澪の話を信じたんだよね?」
「なな、何言ってやがる。俺は別に……その……なんちゅうか、あの時は、可能性を模索していただけだ。つまり、なんだ……俺は自分で言うのも少々アレだが、その場の状況とか雰囲気に流されやすいと言う一面を持つ、お茶目な男だからな。だからその……お前とそーゆー関係になるって言う事は、その時々の状況如何によってどうにでも変わると言うか多面的未来への可能性があるわけで……しかもまかり間違って子供が出来たと仮定したならば、俺は男として責任を取るのも吝かではないと……」
「ゴチャゴチャ言わないのッ!!」
まどかはピシャリと言うと、更に俺ににじり寄り、
「澪の話を信じたって事は、洸一は私と結婚するのも有りって思ったんでしょッ!!そうよねッ!!」
「ま、まぁそのぅ……そうかな」
まどかのあまり剣幕に、俺はコクコクと頷いた。
「ふふ~ん、そうかぁ」
「な、なんだよ。その良からぬ事を企んだ目つきは…」
「……洸一のスケベ」
何をいきなりっ!?
「あ、あのなぁ…」
「だってぇ……」
まどかは唇に指を当て、何か考えるように上目遣いで俺を見つめると、
「洸一。私のこと……嫌い?」
「ンな゛ッ!?な、なんですかいきなり?」
「嫌い……なの?」
「や、その……べ、別に嫌いなワケではないと言うか……」
具体的に言うと、おっかねぇ、だ。
古典的に言うと、あな恐ろしや、である。
「じゃあ……好き?」
「は、はいぃぃッ!?」
この馬鹿は、一体何が聞きたいんだ?
「いや、そんなこと面と向かって言われてもなぁ……」
「……ん」
――ゲッ!?
まどかはいきなり瞳を閉じ、少しだけ顎を上げて唇を突き出してきた。
おいおいおーーーーい……
こ、これは所謂、キスしてちょうだい、って意味ですよね?
そーゆー意思表示ですよね?
・・・
この馬鹿、何か妖しげな物でも食べたのか?
それとも風呂に浸かりすぎて湯当りでも起こしたのか?
全く……この硬派な俺様が、そのような破廉恥な真似、出来るワケがなかろうが。
が、しかし、
「ま、まどか」
俺の手は意思とは裏腹に彼女の肩に伸び、そっと抱き寄せていた。
ぬぁぁぁーーーーーッ!?
何してんの俺ッ!?
い、いかん。いかんぞ洸一ッ!!
今少し、ここは冷静になれぃ!!
こんな場当たり的展開で、コイツと妙な事になってみろ……
極めて近い将来に、物凄い不幸とか暴力が、俺の身の上に吹き荒れるぞよ!!
だがしかし……
据え膳食わぬは何とやらとも言うし……
う、うむぅぅぅ……えぇーーーーい、ままよっ!!
こう言う時は、やってから考えよう!!
それにキスぐらいなら、俺は既にコイツとしてるしな!!
俺は唇を突き出し、まどかに近づく。
お風呂上りの石鹸の香り……
瞳を閉じているまどかは、どこまで可愛く綺麗なお嬢様だった。
ぬぅ……な、なんか、本気で惚れちゃいそう……
俺は瞳を閉じ、そしてゆっくりと優しく彼女にランデブー。
が……
「洸一しゃん♪遊びに来たのでしゅよ♪」
バンッと勢い良く開く扉の音とラピスの声。
更にその後から、
「_ラピスさん。ノックは最低限の礼儀ですよ」
と言うセレスの声も……
「こ、これは……違うのよ?」
まどかは軽く俺を突き飛ばし――軽くと言っても俺は壁際まで吹っ飛んだがな――エヘヘヘ~と硬い笑顔を溢した。
「_……まどかさん」
セレスは超冷やかな目つきで彼女を見つめながら、手にしていたペットボトルを差し出し、
「_冷えたスポーツドリンクをお持ちしました。が、どうやら少し、遅かったみたいですね。いえ、この場合は早かったでしょうか?」
ちなみにラピスは、笑顔のままショートしていた。
「ち、違う。全て誤解よ、セレス」
は?何が誤解なんだ?
「_まどかさん。まさか貴方ともあろう御方が、自ら『5月29日の淑女協定』をお破りになるとは……」
淑女協定か……
――説明しなければなるまいっ!!
5月29日の淑女協定とは、俺が喜連川家に居候の間、抜け駆けして不埒で破廉恥でちょいとエッチな真似、ゲーム的に言うとCG等が回収出来るようなイベントを起こしてはダメダメのダメと言う、乙女達の間で取り交された約束なのだ。
ちなみに協定を違反すると、物凄い罰が待っているそうだが、どんな罰なのかは、僕は怖くて聞けない。
「_事の次第は、のどか御嬢様、及び二荒さんに報告せねばならないようです。残念です、まどかさん」
「ち、違うのよセレス!!その、えと……実は今のは、洸一の方から強引に迫って来て……」
「ぬぉーーーーいッ!?」
こ、このアマァ……俺に責任を転嫁する気か?
俺を生贄に捧げるのか?
「_それは本当ですか、洸一さん?」
「本当ですかって……少し考えれば分かるだろう?」
そう言って俺は、チラリとまどかに視線を走らせると……彼女は今までになく、真剣な眼差しで俺を見つめていた。
必死な形相だ。
命乞いをしているようにも見える。
……ぬぅ。
そんなに罰とやらが怖いのか?
って言うか、どんな罰なんじゃろう……
「_なるほど。つまり、やはりこれは、まどかさんの方からモーションを掛けたと……」
「あ、あ~~……うん、ゴメン。実は違うんだ。俺の方から、まどかに迫ったんだ。偶にはキスぐらいさせろってな」
俺は自分の胸に親指を当てながら、笑って答えた。
ったく……
そんな蒼ざめた顔されたら、俺が罪を被るしかねーじゃねぇーか……
別にキスは罪じゃないけどな。
ま、これでコイツに貸し1ってところかねぇ。
「_……洸一さん。それは本当ですか?」
「もちろん」
俺は笑顔で嘘をつく。
俺の嘘と言い訳は筋金入りだ。
たとえ相手が閻魔大王とて、黙らせる自信はある。
「ま、なんちゅうかねぇ……俺も男だし、時には艶っぽいイベントの一つも欲しいところじゃからのぅ……はっはっは」
「_……そうですか。洸一さんの方から誘ったのでは、まどかさんの罪は問えませんね」
「そう言うことだ」
「_では、洸一さんには罰を……」
「って、待てーーーいっ!?な、なんだそれは?少し触れただけのキス程度で何で俺が罰せられるのッ!?」
「_屋敷内の風紀を乱しましたので」
ぐ、ぐぬぅ……
「そ、それで……罰って一体、どんな罰なんでしょうか?」
「_取り敢えず、一ヶ月間の食事抜きが妥当かと」
「まま、待てーーーいっ!?一ヶ月の飯抜き?俺を即身仏にする気かよッ!?」
30日後にはボクは晴れて国宝だ。
「_では、今すぐに屋敷から退去を」
「うそーーーーーーんっ!?」
その後、更にのどかさんもやって来て、セレスにラピスに何故か元凶のまどかも加わり、4人でネチネチと俺を責め、解放された時には既に夜中の12時を回っていた。
で、結局、俺は罰として、しばらくの間、屋敷の掃除をする事になったのだが……
あれれ?自宅を破壊された挙句に掃除を押し付けられるとは……俺って一体何なのよ?と叫びたい。
実に過酷な運命だ。
まさに現代の小公子と言ったところである。
ちなみにまどかは去り際、借りは必ず返すね、と言ってくれたが……
返してもらったらもらったで、何か余計なイベントが起こるような気がする。
ぬぅ……
出来れば、物質的な物でお返しをして欲しいものだ。
僕ちゃん、新しいゲーム機とか欲しいなぁ……