電波発信塔②
★
教室の扉を開けるや、すぐそこにはのどかさん。
「ぬぉーーいっ!?何してんですかッ!!」
「少し気になりまして……」
どちらかと言うと暗黒系のお姫様はそう言うと、ジッと俺の顔を覗き込み、
「失敗は成功の母でした」
「何を言うてるんですかッ!!?」
こ、この魔女は……
今すぐお尻ペンペンしてやろうかッ!!
「……洸一さん。少しサディスティックです」
「うわっ!?また読まれてるよッ!!」
俺はスザッ!!と彼女から飛び退る。
「別に読んではいません。洸一さんが勝手に発信しているだけです。何となく、分かってしまうのです」
そう言ってのどかさんは頬に指を当て、可愛らしく首を傾げた。
「これは中々……良いお薬です。自白剤として使えそう」
「プ、プライバシーの侵害ですよッ!!」
こ、この人は本当にもう……
こーゆー事ばかりしていると、いつか必ず天罰が下るぞ。間違いなく。
俺がその辺に屯している並みの男だったら、怒りに任せて押し倒した挙句、あんな事やこんな事を……
「……洸一さん。妄想が激し過ぎです」(ポッ)
「ぬわぁぁぁっ!?も、妄想は誰にも邪魔できない心の自由な翼ですよッ!!って、何言ってんだよ俺はッ!?」
洸一ちん、もうしどろもどろ。
と、その時だった。
いきなりガラッと扉が開くや、隣の教室から先生が飛び出し、
「うるさいぞッ!!授業中に何をやってるんだ!!」
「やかましいッ!!」
洸一スーパーキック(辛口)をお見舞いしてやった。
「と、ともかく先輩ッ!!早く俺を治してくださいッ!!このままだと俺……有害電波発信基地になってしまいますよッ!!」
「……仕方ないです」
のどかさんは残念そうな、本当に残念そうな顔をすると、スカートのポケットから水色の液体の入った小瓶を取り出し、
「先ほどのお薬の効果を中和する薬品です。……グッといきますか?」
「もちろん、グッといきますよッ!!」
俺は引っ手繰るように彼女の手から小瓶を奪い、一気にそれを飲み干すが、
「あ……間違えました」
「ブーーーーーーーーッ!!!」
「なんて、嘘です」
「どっちなんですかッ!!?」
こ、このお嬢様は……
まどか共々、いつか必ずお仕置きしてやらねばッ!!
・・・
って、いかん洸一!!考えるな!!
こんな考えが読まれてたら……復讐する前に消されてしまうではないかッ!!
「……って、あれ?のどか先輩?」
「何でしょうか?」
「僕ちゃんの考えていること、分かりますか?」
俺がそう尋ねると、魔女様はフルフルと首を横に振り、
「お薬は即効性ですから…」
「そ、そうですか」
やれやれ、それなら一安心だ。
それにしても、とんだ目に遭ったわい。
……まぁ、毎度のことだけどね。
「ん?のどか先輩……どうかしましたか?俺の顔に何か付いてますか?」
俺をジッと見つめていたのどかさんは、またフルフルと首を横に振った。
「何でもないです。何でも……クスクス」
「???」
なんか……ちょっと気になりますねぇ。
★
放課後……
俺はいつもの如く、裏山へと来ていた。
今週は諸事情のため、優チャンと姫乃ッチがお休みなので、俺様一人きりでの練習だ。
ちょいと前の俺だったら、こーゆー場合は間違い無く練習をサボッていたと思うが、最近は違う。
若い肉体を苛め抜くように鍛え、汗を流すことも悪くないかなぁ……と思うようになったし、何よりもうすぐ全国大会の予選なのだ。
俺はその予選を突破し、全国大会であの糞野郎をぶん殴ると言う明確な目的がある。
だからこそ、俺は頑張れるのだ。
「さて…」
体操服に着替え、入念なストレッチの後に俺はサンドバッグを社の軒下から引きずり出し、太い枝に吊り下げた。
相変わらず、これだけで少し疲れてしまう。
「よっしゃ。いっちょやりますか」
軽いフットワークでリズム良くサンドバッグを叩く。
良い感じだ……
今日は体も軽いぜッ!!
「とりゃッ!!」
気合一発、中段蹴り。
サンドバッグが音を立てて揺れる。
「もう一発ッ!!」
細かなステップを刻み、廻し蹴りの後にショートパンチの連打。
そして止めは、
「洸一ダイナマイツアタックッ!!」
足を踏ん張り、ご自慢(?)の双掌打。
重たいサンドバッグが軋み音を上げ、直角に跳ね上がった。
「ハァハァ……うぅ~む、我ながらデリシャスな攻撃じゃのぅ」
思わず自画自賛。
とその時、パチパチと軽い拍手の音が後ろから響いてきたのだった。
★
拍手の音に「ん?」と振り返り、俺は心の中で『ギャッ!!?』と叫んだ。
そこには梅女の破壊神、顔は可愛いけど腕力は可愛くない喜連川さん家の問題姉妹の妹の方が、社に凭れる様にして佇んでいたのだ。
あぁ……なんだか今日は、もう楽しくない。
俺が少しやる気になっていると、いつもこうだ。
「ンだよぅ……まどか。また来たのかよ」
俺はちょっとだけ、ウンザリしたように言う。
するとまどかはプゥ~と頬を膨らませ、
「なによぅ。わざわざ練習を見に来てあげたのよ。少しは感謝しなさい」
のっけから、高飛車に言ってくれる。
一体、何を感謝すれば良いのだろうか?
「やれやれ、自分の学校は放っておいて良いのかねぇ」
「別に良いの」
まどかはフンッと鼻を鳴らした。
「それよりも洸一。優はどうしたの?」
「……優ちゃんは学業方面でちと不覚を取ったので、ただいま真咲姐さんと姫乃っチを師匠に迎え、特訓の真っ最中であります」
「あ、あらそうなの?ふ~ん……」
やれやれ、優にも困ったものね。
普段から勉強もしっかりやりなさいって言ってるのに……
「わははは♪俺もそう思うな」
「……へ?そう思うって、何が?」
まどかが瞳をパチクリとさせる。
「ん?何がって……優チャンの事だろ?普段から勉強しておけって……って、あれ?」
俺も首を傾げた。
「変な洸一」
しかし、そっか……
今日は優がいないのかぁ……
それに真咲も。
と言うことは、洸一と二人っきり……
えへへへ~……嬉しいなぁ♪
今日は洸一を、血反吐を吐くまで鍛えてあげられるし……そうと決まれば、先ずは腕立てと腹筋を1000回ずつね。
「ア、アホかーーーーッ!!」
俺は心の底から叫んだ。
「貴様は真性のサドかよッ!!そんなに俺を虐待して嬉しいのか?え?面白いのか?……民生委員に訴えるぞコルラァッ!!」
「な、なによいきなり……」
「なによって……あれ?あれれれ?」
そう言えば、まどかは何も言ってないよな?
だけど……今、俺は確かにまどかの声が……
「待てよ?」
「どうしたの洸一?」
「待てよ待てよ、お待ちなさいよぅ」
俺は口元を手で抑え、ジロリとまどかを見つめる。
「なぁ、一つだけ聞くけど……まどか、お前の好きな色は何色だ?」
「へ?好きな色?」
好きな色は青とか水色だけど……なに?いきなり何言ってのこの馬鹿は?
「くっ……そうか。ズバリ、お前の好きな色は青系統の色だな?」
「え?な、何で分かったの?」
まどかは驚いた顔で俺を見つめる。
もちろん、俺も驚いていた。
なるほど。そっか……そーゆー事か……
あの魔女、また俺を実験台にしやがったなッ!!
素直に解毒剤をくれるなんて、少し怪しいと思っていたが……
だが、ここは少し落ち着け、洸一チン。
紛れも無く、今の俺はまどかの思考が読み取れた事実からして、テレパス能力がフィーバー中だ。
と言うことは、これはひょっとして……まどかの馬鹿を、合法的(?)にギャフンと言わせてやるチャンスなのでは?
洸一様、堪忍して下さい……と言わせてやる千載一遇の好機なのではなかろうか?
「……チャンス到来、って事ですわ。ククク…」
「へ?どうしたの洸一?」
「いやいや、何でも無いです。それよりもまどか。折角だから、少し手合わせしないか?」
俺はポリポリと頭を掻き、作り笑いを浮かべながら提案する。
まどかは驚いた顔をしていた。
「べ、別に良いけど……」
どうしたのかしら?
いつもは泣いて許しを請う弱っちい洸一が、私とスパーリングだなんて……
あ、もしかして、私と二人っきりだから、嬉しくてテンションが高くなってるとか……
「くっ……舐めんなよ貴様」
「へ?」
「うんにゃ、何でも無いよ。さ、それよりも……軽く仕合ってみようぜ」
俺は内心の黒い笑みを隠すように、そう言ったのだった。
★
「ククク…」
とシニカルな笑みを溢しながら、俺は屈伸運動を繰り返す。
まどかの馬鹿め……
今日こそは、どちらがヒエラルキーの上位にいるのか、分からせてやるぜ。
そうなのだ……
普段は絶対に勝てない、ってゆーか、勝負にすらならないけど、今回は違う。
何故なら、今の俺はテレパス能力で相手の思考が読み取れるからだ。
つまりそれは、格闘戦に関して言えば、相手の攻撃を先読みすることが出来ると言うことだ。
いくらまどかとは言え、2手3手先を読んでいる俺様に勝てる筈がない。
今までの恨み篭めて、今日こそは「キャン」と言わせてやるッ!!
くくく……さすが俺様ッ!!あったまイイぜッ!!
「さて、ボチボチやりまひょか?」
「いつでも良いわよ」
まどかは指をバキボキと鳴らしながら、オーソドックスな構えを取る。
相変わらず、世界有数のお嬢様とは思えないほど、ピッタリとくるファイティングポーズだ。
「では、俺様も」
俺も同じような構えを取り、そしてまどかを見つめて精神集中。
いくらテレパス能力が上がっているとは言え、さすがにある程度は意識を集中しないと、読み取ることは出来ないのだ。
さてさて、戦女神様は何を考えているのか……
「……」
ふ~ん、洸一も、少しはサマになっているみたいねぇ……
ま、私が鍛えたんだから、当然よね。
「くっ…」
ぐぬぅ……鍛えと言うより、俺的には苛めてるだけのような気がするぞ。
さてと、だったら先ずは、軽く牽制の蹴りを放っておいて、右側面から洸一に突っ込んでみるか……
「……はっ!!」
短い気合と共に、まどかの蹴りが飛んで来る。
「ふふん」
見える……未来が見えるぞッ!!
「って、ちょっと待ったーーーーーーーーーッ!!」
俺は手を振り、いきなり試合を中断した。
「ど、どうしたの洸一?」
まどかがキョトンとした顔で俺を見やる。
「いやいやいや……わはははは」
ぬぅ……作戦、いきなり失敗だ。
なんちゅうか、ねぇ?
確かに、まどかの攻撃は読めたよ。
だけどね、読めたからと言って、どうにか出来るレベルじゃねぇーよッ!!
攻撃の軌道が読めても、弾丸みたいに速い蹴りとか、どーやって躱せば良いんだよぅ……
これがいわゆる、勝負に勝って戦いに負けたって事なのか?(勝負してねぇーけど)
「っもう、何なのよぅ」
まどかは腰に手を当て、不満そうな顔で俺を見つめていた。
「むぅ…」
俺は意識を集中し、彼女の思考を読み取る。
「……」
ったく、変な洸一。
ま、変だからこそ、洸一らしいんだけど……
「……変で悪かったな」
「はい?」
「独り言だ、気にすんな」
うぅ~む……
しかし、なんちゅうか……同い年の女の子の考えが分かるって言うのは、ちょっとドキドキしますな。
例えそれが、凶悪な女の子でもな。
・・・
待てよ?
俺はまどかと出会って3ヶ月ぐらい経つけど……まどかの事って、あまり知らないんだよなぁ……
これはひょっとして、こヤツの秘密を探るチャンスなのでは?
肉体的仕返しが無理なら、精神的に追い詰める好機なのでは?
いやいや、それよりもこの狂暴な女は、俺の事をどー思ってるんだ?
なんかちょいと、気になりますぞよ。
「ん?どうしたのよ洸一?難しい顔して……」
まどかが首を傾げ、俺を見つめる。
透き通るような綺麗な瞳でだ。
「え?い、いや……ちょいと考え事を」
何だか少し後ろめたさを覚えながら、俺は意識を集中した。
「……」
うぅ~ん、珍しく真面目な顔をしている洸一って……少しだけ、格好良いわね♪
でも、何を考えているんだろ?
洸一の事だから、今日の晩御飯の事かな?
それとも……今日は私と二人っきりだけだから……もしかして、練習が終わったらどこか遊びに行こうって考えているのかな?
だとしたら……えへへへ~……嬉しいなぁ♪
「……くっ」
思わず赤面してしまった。
ば、馬鹿まどかめ……なんでこの俺様が、貴様と遊びになんか……
しかも嬉しいって……俺と一緒だと、そんなに嬉しいのか?
いつでも殴れる相手が傍にいるから嬉しいのか?
それとも違う意味で……
・・・
って、あれ?
少しドキドキしてきたぞよ?
「な、なぁ、まどか」
何故か妙に乾いた喉を潤すように、俺はゴクリと大きく唾を飲み込んだ。
「ちと尋ねるが……お前さ、俺の事をどー思ってるんだ?」
「へ?」
まどかは大きく目を見開き、音すら出そうな感じで瞼を瞬かせる。
「な、なによ、いきなり……」
「い、いやなに、ちょいと疑問に感じて……」
俺は頭を掻きながら、綾香に意識を集中していた。
「疑問って……」
な、なにいきなり言い出すのかしら?
しかも洸一の事をどう思っているかって……
・・・
取り敢えず、馬鹿?
――ぐはっ!!?
馬鹿でおっちょこちょいで優柔不断のヘタレだし、そのくせ変にスケベで頭まで微妙に悪いし……
「ぐ、ぐぬぅぅぅぅ」
こ、この女……
絶対に泣かすッ!!
よくもそこまで俺様をコケにして……
でも……
「ん?」
でもそんな洸一が、私にとっては一番……
「って、なによ洸一?なに真剣な目で睨んでいるのよぅ」
「あ、いや……その……別に睨んでいねぇーし」
つーか、一番ってなんだ?
何が一番だ?
凄く気になるんだが……
「な、なぁまどか。ちょいと真面目にな、答えてくれ。いや、考えるだけいい」
言って俺は、おもむろに彼女の肩を掴んだ。
「な、なによぅ」
まどかは目に見えて狼狽する。
「今日の洸一は少し変よ。いつもの5割増で」
「変でも良い。ともかく、その……お前は、俺の事をどう思って……」
と、その時だった。
パンパンッと手を打つ音に振り返ると、そこには一服盛るのが大好きな魔女様のお姿が……
「洸一さん。そこまでです」
「の、のどか先輩……」
「……姉さん?」
「いくら洸一さんでも、乙女の心を覗き見するのは感心しません。めっ……です」
「い、いや別に俺は……って、そもそもこれは先輩が俺を実験台に……」
「お黙り……です」
「あぅ…」
俺はもちろん黙る。
と、まどかが不思議そうな顔で、
「ね、ねぇ、何がどーなっているの?」
俺とのどかさんの顔を交互に見やった。
「そ、それは…」
むぅ、マズイ。
俺がテレパス能力でまどかの心を覗いていたと知られたら……
多分、俺は原子レベルで崩壊してしまう。
悔しいけど、この世から消滅してしまうではないか。
「姉さん、一体何が……」
「それは……」
と、のどかさんが口を開きかけると同時に、俺は
「ウォォォォォーーーーーーーーーッ!!」
と雄叫びを上げ、真剣な瞳で彼女に懇願した。
た、頼むぜ魔女様。これ以上、僕を虐めないで……
「……」
のどかさんは困ったような顔していたが、その心をチラッと覗くと、
クスクス……嫌です。
「あんぎゃーーーーーーーッ!!?」
「ね、姉さん。洸一と何を……」
「まどかちゃん。実はですね……」
「……」
俺は逃げ出した。
裏山の階段を駆け下り、そのままの勢いで通学路を逆走。
いつもの公園、いつもの商店街を駆け抜け、物凄い速さで自宅へ帰還。
そしてキッチリと扉にカギを掛けて振り返るや、シッコがチビれた。
何故なら、
「遅かったわね、洸一」
そこにまどかがいたからだ。
この女は空でも飛んで来たのだろうか?
「あ、あの…その……」
「姉さんから、話は聞いたわ」
「……悪気は全然、無かったんですよ?ってゆーか、実際問題、僕が一番の被害者なんですが……」
「この場合、一番の被害者は私よ」
「ご、ごもっとも。でもねでもね、俺は別に何もお前の秘密を手に入れてないし……」
「……ねぇ洸一。今、私が考えていること……分かる?」
「え?」
「ねぇ……分かる?」
「え、えと……」
俺は恐る恐る、意識を集中した。
「……」
洸一……神代洸一……
馬鹿でおっちょこちょいで優柔不断のヘタレで、そのくせ変にスケベで頭まで微妙に悪くて……
私にとって、一番……
今、世界で一番、殺したい男ッ!!
「……あのぅ、時世の句を詠む暇はあるのでしょうか?」
「無いわ」
まどかはニッコリと笑い、俺に凄惨な攻撃をプレゼントしてくれたのだった。
うわぁぁぁーーーーーーーん……
何でいつも、こんな目に遭うんだよぅぅぅ。
もしかして喜連川って、俺にとって天敵の血統なのか?