第二次・キューピッド作戦/前編
★7月9日(土)
今日は土曜日。半ドンの日。
ぼちぼちと帰ってくるテストの点数に一喜一憂しながら、あっという間にお昼。
俺は裏山へ行く前に、思うところあって教室の片隅で屯っているトリプルナックルの面々に声を掛けることにした。
「よぅ、小山田に長坂。……それに跡部」
「……あん?何よ神代?」
攻撃型ファンネルであるツインテールをギチギチと動かし、相変わらず気の弱い奴ならチビってしまいそうな嫌味たっぷりの視線を向ける小山田。
「いや、そう敵意を向けるな」
やれやれ、困った女の子だぜぃ。
「実はよ、ほれ……前に約束しただろ?期末が終わったらどこか遊びに行こうって。実はそのことなんだけど……」
「え?」
小山田が瞳をパチクリとさせ。
心の動揺が現れているのか、ツインテールもクルクルと回転しているではないか。
如何な物理法則で動いているのか皆目見当も付かんが。
「そ、そっか。確かにそんな事も、約束したわねぇ」
「おうよ。で、その事なんだけど……実はよぅ……」
「私としては、遊園地が良いと思うな。プールもあるし」
長坂が小山田を押し退け、そう言った。
「うむ、それは良い考えだ」
「ちょ、ちょっと何言ってるのよッ!!」
と小山田。
「長坂。アンタには関係ないでしょッ!!」
「え?なんで?」
「な、なんでって……アンタねぇ、本気で潰すわよ?」
「ま、まぁまぁまぁ…」
ツインテールを攻撃態勢に移行させる小山田と、ギュッと拳を握る長坂の間に、俺は冷や汗を浮かべながら割り込む。
もっとも、まどかと真咲の間を仲裁する事に比べれば、欠伸が出るくらい簡単な作業だ。
「落ち着け、両人とも」
「神代からも、長坂の馬鹿に何か言ってやってよ」
「うぅ~ん……ま、確かに約束したのは小山田だけだったんだが……実はな、俺としては長坂も誘いたい」
「え?な、何よそれ。神代、アンタまさか……」
「もちろん、跡部もだ」
「え?」
「いや、実はよ……」
俺は小山田と長坂の肩を抱き寄せ、少し隅に移動しながら声を潜めて言う。
「今回は、三人で一緒に遊びに行きたいんだ。もちろん、男も後二人用意する。つまり、世間一般で言う所のグループデートだ」
「ど、どういうこと?」
小山田が眉間に皺を寄せた。
「だから……ほれ、金ちゃんの為だよ」
言って俺は、チラリと跡部を見やった。
彼女は窓の外を眺めながら、ウヒヒヒと楽しそうに笑っている。
何か面白いものでも見えるのだろうか?
「な?分かるだろ?俺としては、友である金ちゃんの恋を成就させたやりたいんだよ。……例え相手がアレでもな」
「なるほど」
長坂がしたり顔で頷いた。
「つまり神代君は、金田君の為に私と小山田を出汁に使おうって事なのね?」
「む、むぅ……まぁ、言い方は悪いが、そんな感じだ。な?頼むぜ小山田&長坂チャンよぅ。デート代は俺が持つから、何とかサポートしてくれぃ」
ちなみに俺が払うデート代は、後で領収書を持って金ちゃんに請求するつもりだ。
「まぁ……神代がそこまで言うのなら仕方ないけど……」
唇を尖らせ、小山田が不承不承と言った感じで頷く。
「でも、テスト前にも言ったけど……多分、無理だと思うよ」
「そんな事はねぇ。金ちゃんは……ちょいと思考的にアレだけど、結構好い男だぜ?何とかなるさ」
「相変わらず、神代は呑気ね」
「ところで神代君。もう一人は誰を誘うの?」
「ん?」
長坂の問い掛けに、俺は顎に手を掛け、
「うぅ~ん、そうだなぁ……豪太郎か多嶋辺りだろうなぁ」
って言うか、それ以外は無理だろう。
何しろ、トリプルナックルとのグループデートだ。
一般ピープルには精神的に厳しい罰ゲームに思えるだろう。
「ま、男の方は何とかなるとして……おい、跡部」
俺は窓の外をヤバイ笑顔で見つめているあっち側の住人に声を掛ける。
「明日よ、実は皆で遊びに行こうと思うんだけど……当然、お前も来るよな?」
「……プールですか?」
跡部はクルリンと俺に顔を向け、真顔で尋ねてくる。
「あ、あぁ……ま、プールも予定に入っているが……」
「神代君はエロチカ伯爵です」
「……」
何か言い出したぞ、このアカン子は。
しかも微妙に中途半端な称号だ。
「私の水着姿をインプットして、夜中に楽しむつもりです」
「何をどう楽しむかは考えたくないが、どうなんだ?来るのか?来ないのか?」
「愚問です」
言って跡部はクルクルと回り出した。
短めのスカートがヒラヒラと持ち上がり、ちょいと目のやり場に困ってしまう。
「……え、え~と、まだ返事を聞いてないんじゃが……」
「行くって事よ」
長坂が俺の制服の裾を引っ張りながら囁いた。
「しかも物凄く喜んでいるわ」
「そ、そうなのか?あれは喜びのダンスなのか?」
ぬぅ…
全くワケが分からん。
しかし、こんな子を連れて明日遊園地に行くかと思うと、まるで特別病棟の介護士になった気分で猛烈に胃が痛くなるんじゃが……
俺、大丈夫だろうな?
★7月10日(日)
今日は日曜。
天気は快晴。
季節は初夏。
まさに一部引き篭りの諸兄を除き、全国的にお出かけ日和だ。
「いやぁ~……青い空に白い雲。日頃の行いが良いと、天気まで味方してくれるのぅ」
俺は目を細め、蒼穹の空を見上げ満足げに頷いた。
現在、時刻は朝の9時45分。
俺は隣町にある馴染みの遊園地、柊デュランパークの前で腕を組み皆を待っている。
「それにしても、洸一にはいくら感謝しても仕切れないよ」
隣に佇む金ちゃんが、今にも感動で泣き出しそうな表情で、俺の肩をグッと掴んだ。
うむ。喜んでくれて何より。俺も友達冥利に尽きるというもんだ。
「しっかし金ちゃん、さすがに気合入ってるなぁ」
今日の金ちゃんは、格好からしていつもと違う。
この暑い最中、いくら夏仕様とは言えシックなジャケットを着込んだ彼は、どこぞの馬鹿ホストにも見えるではないか。
「まぁ…今日のデートで、僕の魅力を彼女に知ってもらいたいと言うか……」
金ちゃんは照れ臭そうに笑った。
「ところで洸一。後の一人は遅いけど……誰なんだ?多嶋クンか?それとも古河クン?」
「いや、それがよぅ……」
と俺が口を開きかけると同時に、
「神代さぁーーーん」
情けない声を上げながら駆け寄って来る小さな影が一つ。
我が学園の人畜無害のゴミ虫集団である菊田サーカスの面子の一人、俺様舎弟のミニマム奥崎だ。
本来は、多嶋か豪太郎と俺も考えていたのだが……
多嶋の馬鹿は、バスケの練習試合とやらで本日は行動不可状態。
豪太郎に至っては、
「僕が女の子とデートなんて、常識的に考えられないよッ!!」
と言う神懸り的お言葉。
この製造工程で何かしら異常が見つかったに違いない和製マイケルを、法律的に男と言って良いのか……甚だ疑問だ。
ま、そんな訳で、仕方なく廊下を歩いていた肝も小さければ背も小さいヘタレな奥崎を誘ってやったのだが……
「遅ぇぞコルラァッ!!」
「す、すんません」
奥崎はウヒッと肩を竦めた。
「何を着てこうか、色々と迷っちゃって……」
「くっ……数合わせの分際でお洒落などとは、片腹痛いわッ!!」
「またまたぁ。相変わらず神代さんは、容赦ないっすねぇ」
奥崎の馬鹿は、ウヒウヒと気味悪く笑った。
ったく、このチビクロ野郎が……
「つーか奥崎、昨日も話したが、お前は俺様の舎弟、下っ端なんだぞ。喋るときは語尾に『やんす』と付けんかいッ!!」
それが下っ端の標準装備なのだ。
「わ、分かりましたでやんすよぅ」
奥崎を首を竦めた。
相変わらず、根性も小さい男だ。
ま、それでも馬鹿で不良気取りの小動物だが、気質は思ったよりも善人で素直だからと、こうして面倒を見てやっているのだが……
「それで神代さん。今日のデートのお相手って言うのは誰なんでやんすか?金田さんと3人で悶絶美少女と夢のデートって昨日言ってたでやんすが……俺、スンゲェ楽しみでやんすよ」
「そ、そうか…」
俺はちょっとだけ目を逸らす。
さすがに、トリプルナックルとデートは言えなかった。
そんなこと言ったら、弱肉強食の学園生活の中で最下層に位置するこの小動物が、逃げ出すかもしれないではないか。
「まぁ……なんだ、可愛いと言えば可愛いが、あまり過度な期待はするなよ?」
言って俺は、何気に腕時計を確認すると……間も無く待ち合わせの10時になろうとしていた。
さて、そろそろ来るかな?
何て事を考えていると、モスキート級の奥崎が、
「……あっ」
と小さく声を上げた。
「ん?どうした?」
「じ、神代さん。向うから、ヤバイ奴等が来るでやんすよ」
何故か小声で、奥崎は怯えたように言う。
「ヤバイ奴等って……」
見ると通りの向こうから歩いてくるのは、見知った3人組の女の子達だった。
「あ、あぁ……トリプルナックルか」
「そうですよぅ。学園の癌、小山田さんに長坂さんに跡部さんでやんすよぅ」
「学園の蛆虫がエラソーに言うな」
ってゆーか、何で「さん」付けなんだ?
「ま、拙いでやんすよぅ。急いでどこかに隠れましょう。下手に因縁でも付けられたりしたら、俺、泣いちゃうでやんすよ?」
……泣くのか?
それは見てみたいのぅ。
「って、なに笑っているでやんすか?」
「いや、その……実はな、奥崎。本日のデートの相手は……アレなんだわ」
「……へ?なに冗談言ってるでやんすか?あんな人の下駄箱に牛の首入れたり、何もしてないの後ろから蹴りを入れたり、体操の時に必ず先頭で前へ倣えすら出来ない短小野郎とか言っちゃう女どもとデートだなんて……冗談がキツイでやんすよ」
それはお前の実話か?
「いやぁ~……それがよ、事実なんだわ、これが」
「……マジでやんすか?」
「おう、マジマジのマジだ」
「……ふぅ」
「って、何いきなり気絶してるんだよッ!?」
★
「神代君、お待たせ~♪」
と言う長坂のどこか嬉しげな声と共に、学園の中ボス的トリプルナックルの面々が颯爽と現れた。
「よぅ。時間通りだな」
俺は笑顔を返す。
いやはや……
それにしても、今日は皆さん、めかしこんでますなぁ。
小山田も長坂も、夏らしいちょいと肌の露出が多い洋服に身を包み、その可愛らしさはいつもの25%増しと言った感じだ。
もっとも跡部に至っては、予想通りのゴスロリ系衣装。
キ○ガイの国のお姫様と言った感じだ。
ま、そんな彼女に、金ちゃんは心をときめかしちゃってるワケなんだが……
「しっかし神代。相変わらずアンタの格好は、悪人仕様ね」
と眉を顰めて小山田。
「ハワイの人買いかと思ったわ」
「そうかぁ?」
俺は着ている、極彩色に彩られたアロハシャツを指で抓む。
夏らしくて、爽やかだと思うんじゃがのぅ……
「ところで、アンタの後ろでガタガタ震えているのは、誰?」
「ん?誰って……ご存知、学園の心優しき不良クン、奥崎だ」
俺は俺の後ろでチワワみたいに体を小刻みに震わせている身も心も小さい奥崎の頭を掴み、グイッと前に引きずり出す。
「多嶋も豪太郎も所用で来れないって事だからな。そこで登場したのが、人畜無害の奥崎クンです。良く見れば、それなりに良い男だからな」
「ふ~ん……誰かと思えば、奥崎か」
小山田はツインテールをワキワキと動かしながら、ジロリとやや自分より背が低い奥崎を睨み付け、
「……チビが」
「う、うわぁぁぁん……神代さん、いきなり酷ぇ事を言われたでやんすよ。俺の心は早くもブロークンっすよ」
泣きながら奥崎は、再び俺の背後に回りこんだ。
ぬぅ……本気で、トリプルナックルの面々が怖いみたいじゃのぅ。
何かされたのか?
「いや、別にそれぐらい酷くねぇーだろ。……ある意味、事実なんだし」
俺はポリポリと頭を掻いた。
「小山田も、あまり奥崎を苛めるな。コイツは一応、俺様の子分その一なんだし……チビじゃなく、せめて垂直方向にチャレンジしている人、とか柔らかく言ってくれ」
さて……
そんなこんなで俺達は遊園地に入り、楽しむ事にした。
ま、楽しむと言っても、本日の目的は跡部の金ちゃんに対する好感度を上げ、何かしらイベントを起こしてフラグを立てる事にあるんじゃが……
中々に難しそうだのぅ……
俺はチラリと、やけに目立つゴスロリ跡部を見やる。
彼女はどこで拾ってきたのか小枝の先に何やら毛虫を乗せ、それを奥崎に突き付けて苛めていた。
「や、やめてくれよぅ」
と、奥崎は本気で嫌がっている。
しかも半泣きだ。
こいつはこいつで、本当に高校生なのか?
「さてと。先ずは遊園地に来たのならジェットコースターだな。絶叫マシーンなくして何が遊園地かって事だ」
このデュランパークの最新アトラクション『レイ・レディ・レイ』は二人乗り、ペアシートになっているマシーンで、カップルに最適と言う噂だ。
ここで先ず、金ちゃんと跡部の中をグッと縮める作戦なのだ。
「ちゅーわけで……最初は金ちゃんと跡部が乗れ」
俺は有無を言わさず、強引にペアを決める。
金ちゃんはグッと腰の辺りで拳を握り締め、感謝の眼差しを送ってきた。
「んで、次は俺と…」
「あ、私ね」
と小山田が素早く言った。
「だって今日は、本当は私と神代だけの約束だったもんね」
「まぁ……そうか。じゃあ奥崎と長坂ってことで……」
「え~~…」
長坂が不満なのか、唇を尖らせた。
「奥崎……クンとか」
「しょーがねぇーだろ」
「ん~……別に嫌だって言ってるワケじゃないけど、奥崎……クンとねぇ」
長坂は目を細め、どこか肉食獣的目で、小動物の奥崎を見つめた。
「彼、大丈夫なの?身長制限で引っ掛からない?」
「そこまで低くはねぇーだろう……多分」
「じ、神代さん、神代さん」
奥崎が俺のシャツを引っ張る。
そして小声で、
「俺……神代さんとが良いでやんす」
「何を言うてるんだ貴様は?」
「だ、だって……その……俺、乗ってる最中に確実に、長坂さんにボコられるような気がして……」
「おいおい。長坂はトリプルナックルのリーダーだけど、そこまで酷いって言うか暴力的な女じゃないぞ?お前、少し被害妄想が強いんじゃないか?」
「神代さんの前では、みんな仮面を被ってるでやんすよぅ。現にさっきも、いきなり足を踏まれたでやんす」
「そんな事はねぇーだろ。つーか、もしかしてもしかすると、長坂の奴、案外お前の事を気に入ってるんじゃねぇーか?ほれ、好きな子ほど苛めたくなるって言うのがあるだろ?」
「……」
「……ん?どうした奥崎?」
「……ふぅ」
「って、何また気絶してるんだよっ!?」