ザ・球技大会/中篇
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コートへ行くと、既に敵である1Bの連中は集まっていた。
その中には金ちゃんの言った通り、優チャンの姿もある。
「むぅ…」
優チャン……
ブルマが似合う元気いっぱいの健康優良児な優チャン……
が、ボールを持っているその姿は、何故か某コンビが作ったような悪魔超人に見える。
「よし、みんな集まれ」
試合前に先ずはミィーティングだ。
「次の対戦相手は一年だが侮るな。何しろ敵には、二荒組若頭を務める葉室の優貴ちゃんがいるからな。これは要注意だ。ともかく、彼女にボールを渡すな。即ち、敵にボールを回すなだ」
「それは少し、難しいだろ…」
と多嶋。
「分かってる。そこで今回は、フォーメーションAを取る。俺とヒョロメガネを除く全員が、初期外野に回れ」
俺がそう言うと、皆は首を傾げた。
跡部なんか、アホな子みたいな顔をしている。
「あ~……つまりだ。この方がコート内を動きやすく、万が一、敵にボールが渡っても躱せる率が高くなるわけよ。もちろん、それ以外にも理由はあるが……ともかくだ、敵で注意する人物は優チャンただ一人だ。しかし、だからと言って彼女にボールを当てるなよ?下手に外野にでも回られたら、こっちはフクロオオカミの如く速攻で絶滅じゃわい」
★
ピーッと言う笛の音と共に、二回戦が始まった。
さて……
敵の布陣は、オーソドックスに外野が3人、内野は5人か。
先行ボールは運良くこちら側だ。
俺はボールを手に、呼吸を整える。
敵にボールを与えないように攻撃しつつ、尚且つ優チャンだけは最後まで残しておかなければ……
「中々に難しい作戦ですなっ!!」
声を張り上げ、コート内を走りながら第一投。
俺様の放った小さなプチプチがいっぱい付いたドッヂ用ボールは、グレートかつワンダフルで惚れ惚れするような速さのまま、先ずは身近にいた野郎の一人を瞬殺。
しかも角度を付けて放ったそれは、予定通り弾んで外野へ転がり、多嶋の元へ。
――よしっ!!
心の中でガッツポーズ。
幸先の良い、スタートだ。
「回せ多嶋っ!!」
「おうっ!!」
と、多嶋から俺へ、高い弧を描いてボールが回る。
「クククク……次は誰を殺してやろうかのぅ」
俺はコート内をジロリと舐めるように見渡す。
優チャンがまるで野球の内野手のように腰を落とし、俺様のボールをゲットしようと身構えているが……
「……ふんっ!!」
俺はボールを力強く地面に叩きつけた。
コートをワンバウンドしたボールは、そのまま速いスピードで外野の豪太郎の元へ。
「いただきっ!!」
豪太郎は素早くそれを受け止め、そして反応が遅れた敵にぶつける。
「っしゃっ!!早くも二機撃墜ッ!!」
俺様ガッツポーズ。
この神代洸一、幸か不幸か豪太郎とは付き合いが長い分、アイコンタクトだけでこーゆーコンビネーションプレイも出来るのだ。
「えへへへ~♪僕と洸一は、やっぱり永遠のパートナーだよ♪」
豪太郎が戯言をほざきながら、ボールを回してくる。
もちろん、無視だ。
付き合いは長いけど、心は未だに遠いからな。
「さて…」
敵のコート内は、初期外野の二人が中に入り、最初と同じく5人だ。
お次はどいつを外野へ送ってやるか……
「少し、遊ぶか」
俺は呟き、速い球を外野の多嶋へ。
そして多嶋は、向かい側にいる同じく外野の豪太郎へ。
豪太郎は穂波へ。
穂波は俺へ。
俺は跡部へ。
と、内野から外野へと、高速でボールを回し、敵を翻弄する。
そろそろ足がもつれてきたし、次ぐらいに仕留めるか……
俺はボールを豪太郎へ送り、豪太郎は小山田へ。
そして小山田は正面にいる内野の俺に向かって、高いボールでパスを回すが……
「――ハッ!!」
気合一発、優チャンが大空を舞った。
それは何のイリュージョン?
と驚くぐらいの、物凄い跳躍。
さすが、二荒の愛弟子。
地球人の規格とか重力とかは、ことごとく無視みたいだ。
「って、驚いてる場合じゃねぇーっ!!?」
優チャンは空中でボールを受け止め、そのまま華麗に着地。
そして俺に向かって、不敵な笑みを溢したのだった。
★
ぬかったーーーっ!!
俺はヒョロメガネを連れ、コート中央まで退避。
ボールが敵に……しかも一番渡してはいけない優チャンの手に渡ってしまった。
洸一チン、かなり……いや、物凄くピーンチだ。
「くっ…」
めっちゃマズイ。
どうしましょう?
「先輩、行きますよぅ」
何事にも熱血バリバリ体育会系の優チャンは、「はっ!!」と大きな掛け声と共に、俺目掛けてまるで弾丸のようなボールを放った。
――キュピーーーンッ!!(額から走る光の音)
いかんっ!?やられるっ!!
俺は咄嗟に腕を伸ばし、慌てふためいているヒョロメガネの首根っこを掴むや、
「シールドッ!!」
グイッと自分の目の前に引き寄せる。
――ドゴンッ!!
とてもボールが当たったとは思えない鈍い音と共に、ヒョロメガネの首があらぬ方向に捻じ曲がり、そのまま俺の手を離れてコート内をゴロゴロと転がって行く。
「ヒ、ヒョロメガネーー……っと」
我がクラスの副委員長の顔面にぶち当たり、空へ垂直に跳ね上がったボールを俺は華麗にキャッチ。
「やったぞヒョロメガネ!!ノーバンでキャッチしたから、お前はセーフだぜッ!!」
「……」
ヒョロメガネは倒れたまま、カニのように泡を吹きながらピクピクと体を震わせていた。
何だかちょっとヤバイ状況だ。
むぅ……
俺は慌てて緊急タイムを掛け、地面に転がっている彼に駆け寄った。
外野の皆も、心配気に集まってくる。
「だ、大丈夫かヒョロメガネ?傷は浅い、ような気がするぞ?……しっかりしろッ!!」
ヒョロメガネは震える手で俺の肩に手を伸ばし、
「も、もう……僕はダメだよ、パトラッシュ」
そう言い残し、ニカっと笑うや白目を剥いて昏倒してしまった。
「ヒ、ヒョロメガネーーーーーーーッ!!」
今、俺の腕の中で、一人の戦士が旅立った。
ありがとうヒョロメガネ。
俺は君を、決して忘れない。
・・・
既に本名は忘れているんだがな。
「くぅぅぅ……お、おのれ優チャンッ!!」
「……葉室さんより、今のは洸一っちゃんが悪いような……」
それを言ったらお終いだ。
「黙れ穂波!!こうなったら、副委員長の弔い合戦だ!!総力戦で行くぞッ!!」
★
戦いは、まさに総力戦だった。
ヒョロメガネを失ったものの、僅かに数で勝る我が2Bは、優チャンに極力ボールを回さずに、やられながらも敵を確実に仕留めて行く。
元々、優チャン以外は大したヤツがいなかったせいもあってか、気が付けば敵のコート内は優チャンただ一人。
一方のこちらは、俺に穂波、そして豪太郎の3人が残っている。
数の上では圧倒的に有利なのだが……
「ふしゅぅぅぅぅぅぅぅ」
優チャンはテンパっていた。
明かにいつもと目の色が違う。
ってゆーか、ギンギンに殺気が漲っている。
これだから体育会系は嫌だ。
「優チャンッ!!勝負はもうついた。大人しく、降参しろぃ」
とか言いながら、俺はジリジリと後退。
ボールを手にした優チャンは、「ガフゥガフゥ」と、何か得たいの知れない猛獣のような息を吐きながら、鋭い目つきで俺を睨んでいた。
むぅ……当てる気、満々ですなッ!!
だがこの俺も、ご町内では何かと速くて赤いヤツと呼ばれた男。
優チャンの攻撃は確かに凄いけど、それでも躱せないほどではないッ!!
「……むっ!!」
来るか優チャンッ!!
彼女の一挙手一投足を見つめていた俺は、彼女が投球モーションに入ると同時に、素早く横っ飛び。
良し!!この攻撃を躱して、何とかボールを奪わないと……
だがその時、
「大佐!!危ないッ!!」
穂波の阿呆が、いきなり俺を突き飛ばした。
と同時に、目の前にはシュゴーッ!!と風を切り裂きながら迫る殺人ボール。
あ、直撃だ……
そして俺の意識は半分程、吹っ飛んだのだった。
★
「この大馬鹿モンがっ!!」
「だってぇ……洸一っちゃんに当たると思ったんだモン」
穂波は唇を尖らせ、クニクニと指先で俺の胸を突っ突いてくる。
「お前が突き飛ばさなきゃ、余裕で躱せたんだよッ!!思いっきり直撃だぞ!!胸にぶち当たった瞬間、目の前に大宇宙の神秘が垣間見えちゃったんだぞっ!!」
俺はズキズキと痛む胸を押さえ、唾を飛ばしながら怒鳴る。
ったく、このクマ女は……
「ぶぅぅ…悪気は無かったんだもん。ボーイスカウトも泣いて這い付くばる程の奉仕の心だよぅ」
「こ、この糞たわけが……」
「まぁまぁ…」
と、豪太郎が俺を宥める。
「穂波チャンのお陰で試合には勝ったんだし、別に良いじゃないか」
「ぬぅ…」
確かに、試合には勝った。
俺にぶち当たり、空へと跳ね上がったボールを、何と穂波の馬鹿は受け止めずに、そのままバレーボールさながらに強烈アタック。
それが虚を突かれた優チャンの足に、見事に当たったのだ。
何と言う偶然な勝利……
が、素直に喜べない僕なのだ。
って言うか、あれは反則じゃないかな?
「ふんっ、まぁ良い。今日の所は、大目に見てやるわい」
「ぶぅぅぅぅ……洸一っちゃん、生意気だよぅ」
「お、お前が何を言うかッ!!」
「まぁまぁまぁ。それよりも、問題は午後からだよ」
豪太郎がポリポリと頭を掻きながら、にこやかに言う。
「朝倉クンが負傷したから、メンバーが一人足らないんだけど……どうしよう?」
「どうしようも何も……そもそも朝倉クンって誰だ?」
「洸一っちゃんの身代わりになった副委員長だよぅ」
「……そうか。ふむ……」
確かに、午後からの戦いを控えて、メンバーが一人足らないのは大きなハンデだ。
かと言って、今からメンバーを補充しようにも……
俺としては、既に負けちゃってやる事がない美佳心チン(のどかさんの3Aに瞬殺)などを加えたいのだが……如何せん、こちらにはトリプルナックルがいるし、美佳心チンが加わった日には内戦勃発で試合どころじゃないような気がする。
「誰か、運動の出来そうな女の子は残っていねぇーのか?別に野郎でも良いが……」
俺がそう尋ねると、ブルマ姿の穂波をストーカーばりに見つめていた多嶋が肩を竦めながら、
「二荒さんが出てるってだけで、みんなドッヂには尻込みしてるよ」
「チッ、しゃばい奴等ばかりだぜ」
こうなったら、やはり7人で戦うしかないのか?
「むぅ……ちょいと大会本部へ行って直談判してくる。もしかしたら、他のクラスから助っ人を呼ぶ事が出来るかもしれないからな」
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お昼を食堂で済ませた後、球技大会は午後に突入。
俺は優チャン級の超人を余所から呼びたかったのだが……大会本部の答えはノーだった。
如何なる理由があろうとも、選手はクラスの中から選ばなければならないとの事だ。
ま、それは俺も分かっていたのだが……
誰も好き好んで、死にたい奴なんていないではないか。
「……ってなワケで、特例として俺達のチームは一人だけ、ボールに当たっても復活出来る事になった」
俺がそう言うと、皆は少しだけ複雑そうな顔になり、多嶋が腕を組みながら眉間に皺を寄せ、
「でもなぁ……もし二荒さんのボールに当たったら、復活どころじゃないと思うんだが……」
……俺もそう思う。
なんちゅうか、一発でロストしちゃいそうだ。
「いやいや、物は考えようだ。真咲姐さんに殺られるんなら仕方がないが、他の奴等にやられた時は楽だろ?」
「他の奴ねぇ……それはどうかな」
多嶋は親指を立て、クイッと後ろのコートを指さす。
そこでは、既に試合が始まっていた。
真咲姐さんの2Cの試合のようだが……
「……」
「な?見ての通り、2Cの試合は二荒さん一人でやっているようなものなんだよ」
コートの中、内野は真咲姐さん一人だけだった。
他の奴らは、余裕の表情で全員外野へ回っている。
「ぬ、ぬぅ…」
「だから……多分、復活なんて出来ないと思うんだけどなぁ。当たれば、確実に保健室送りだからな」
多嶋はそう言って、乾いた笑いを溢したのだった。
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元々基礎能力が高い俺様率いるドッヂ集団『2Bの弾平』は快進撃を続け、ついに決勝戦。
お相手はもちろん、戦った相手を全て保健室へ送り届けている学園の死神、真咲姐さん率いる2Cだ。
「ぃよぉーーーし、ここまで来たからには、絶対に勝つぜ!!」
俺は拳を固め、鼻息も荒くそう宣言するが、
「ぬぅ…」
全員の士気は、ちっとも高まらなかった。
いつもは平気で他人を虐めている小山田や長坂なんかですら俯いてるし、跡部や穂波に至っては、ウヒヒヒ…と笑みを溢して現実逃避の真っ最中だ。
「ど、どうしたんだよぅ。ここまで来て、怖気づいたのかYO」
「だって……なぁ?」
多嶋が固い笑みを作る。
「二荒さんと戦った奴等、全員が保健室で治療を受けてるんだぜ?中には、病院へ担ぎ込まれた奴もいるって話だ。さっき救急車が来ていたし」
「そ、それがどーしたッ!!」
俺は士気を鼓舞するため、敢えて声を荒げる。
「真咲とて同じ人間だッ!!(根拠無し)。絶対に勝てない相手じゃないッ!!(と思う)」
「で、でもなぁ……」
「でぇーーーーーーいッ!!全員、腑抜けたツラしやがって……ここで負けたら、天国のヒョロメガネに申し訳が立たんぞッ!!」
「いや、僕は別に死んでないんだけど…」
「――っ!!?」
振り返ると、そこにヒョロメガネが佇んでいた。
首には、ムチ打ち症になった時に使うような大きなギブスが巻かれている。
物凄く痛々しい姿だ。
「お、おぉ……ヒョロメガネッ!!動いても大丈夫なのか?」
「……まぁね」
副委員長は力無く笑った。
そして蚊細い声で、
「僕も陰ながら、みんなを応援しようと思って……」
とか何とか言うが、俺はそれを遮る様に大きな声で、
「そうかっ!!再び一緒に戦ってくれるんだなッ!!」
「……え?」
「くぅぅぅ……さすが副委員長だぜ!!満身創痍のその体で、尚も戦おうとは……この神代洸一。感動したッ!!」
「あ、いや……ちょっと神代クン?」
「どうだ皆!!このヒョロメガネの勇気さえあれば、必ず勝てるっ!!例え相手が宇宙の帝王だろうが、俺達なら勝てるっ!!」
俺は口角泡を飛ばして叫びながら、何か言おうとしているヒョロメガネの肩に腕を回し、小声で、
「おいおい、せっかく皆の士気が高まって来たのに、水を差すようなことを言うなよ?な?」
「で、でも……保健の先生には、絶対安静とか言われてるんだけど……」
「心配ねぇ。人間、そう簡単にはくたばらねぇーよ」
「し、しかしだねぇ…」
チッ、うだうだと……
「え?なに?敵の攻撃なんか怖くないから、先発で内野へ入れてくれ?」
「……え?」
「さすが副委員長!!その心意気や、まさに武人の鑑!!今日からヒーローと呼ばせてくれッ!!」
「いや、な、何を言って…」
「みんなも、このヒョロメガネを見習え!!勇気だ。勇気を出して、今こそ戦う時なのだーーーーッ!!」
「……神代君は、アジテーターの素質があるよ……」
ヒョロメガネは力無く、ポツリと呟いた。