初恋談義
★7月3日(日)
午前3時……
草木も眠る丑三つ時。
俺はむっくりとベッドから起き上がり、部屋の明かりを点ける。
「頃合か…」
時計を確認し、俺は静かに自室から廊下へと出た。
さすがに真夜中だけあってか、まるで世界から一切の音が消滅したかのようにシーンと静まり返っている。
聞こえるのは己の呼吸する音だけだ。
さて……
極力、音を立てないようにゆっくりと歩を進める俺。
目指すは隣の部屋。
まどか達が眠っている部屋だ。
もちろん、夜這いなんて甘美で背徳的で官能的な事の為ではない。
ってゆーか、俺にそんな度胸はない。
むしろ欲しいぐらいだ。
では、こんな時間に何をしているのかと言うと……
今回の目的はただ一つ、没収されたゲームを取り戻すのだ。
皆がスヤスヤ眠っているこのチャンスしか、俺様のゲームを奪回する機会は無いと判断したのだ。
だがしかし、夜中に部屋に忍び込むと言う危険なミッションの為、ここは慎重に慎重を期さねばならない。
何しろ目的の部屋で寝ているのは、まどか以外にものどかさん、真咲姐さん、優チャンにみなもちゃんと言う、一騎当千の女武者ばかり。
まさに狼の巣だ。
一歩間違えれば即破滅。
本当に生きて戻れないのだ。
ふふ、命と引き換えにエロゲームを奪回するとは……まさに漢よのぅッ!!
俺は息を潜め、暗い廊下をゆっくりと進む。
そして彼女達の使っている部屋の前で立ち止まり、先ずは深呼吸。
……良し、行くぞッ!!
ノブに手を掛け、そっと回す。
キィーとドアの軋む音にドキドキしながら、俺は素早く部屋の中に滑り込んだ。
ぬぅ……暗い。
部屋の中は予想通り、真っ暗だった。
スースーと耳に響く可愛らしい寝息と、なんちゅうか……部屋の中に立ち込める年頃少女達の甘い匂いに、ちょいと心の臓がドキドキとしてしまう。
お、落ち着け俺!!
熟睡しているとは言え、こいつ等の感覚は並じゃねぇ……
些細な不注意からもし起きちまったら、俺の人生、エンドロールが始まってしまう。
そんな事態だけは、絶対に避けなければっ!!
え~と……問題のブツはどこかな?
目を凝らし、慎重に辺りを確認。
ビタミンAが豊富なためか、早くも暗闇に目が慣れてきたので、おぼろげながらにも周りを見ることが出来る。
ぬぅ…
皆さん、寝ている時は可愛いですねぇ。
のどかさんは横向きに、頬に手を添え乙女チックな感じで眠っていた。
真咲姐さんは仰向けで規則正しく寝息を立てているし……優ちゃんは、おやおや、少し布団を跳ね除けちゃっているではないか。
そしてまどかはと言うと……
「…むぅ」
布団を遠くへ飛ばし、大の字だった。
なんてダイナミックで腕白な寝相なんだか……
本当にこやつはお嬢様か?
俺は布団の合間を縫う様にそっと彼女に近づき、そしてポケットから水性ペンを取り出す。
復讐の時だ……
これで顔に落書きしてやるッ!!
ま、油性でない所が、俺様の残された優しさだがね。
俺はほくそ笑みながら、彼女の額に丁寧かつゆっくりとペンを走らせ『殺』と書き込んでやる。
「……」
声を殺して大笑い。
実に似合ってる。
次は頬に渦巻きでも書いてやろうかと思ったが、あまり調子に乗っているとヤバイ事になりそうなので、ここは我慢だ。
え~と……まどかの荷物はどこじゃろうか……
俺は顔を上げ、探索を再開するのだが、
「っ!!?」
思わず叫び声を上げそうになり、慌てて自分で自分の口を塞ぐ。
み、みなもチャン……
すぐ目の前に、みなもチャンがボォーっと立っていたのだ。
一体いつの間に起きたのか……全然、気が付かなかった。
「……師匠?」
クククと首を曲げるみなもチャン。
「部長と遊んでるの?」
正確には、部長で遊んでいる、だ。
ま、それはどーでも良いのだが……
俺は唇に人差し指を当てながら声を潜め、
「しーっ。みなもチャン、ワケは後で話すから……まどかの荷物はどこか教えてくんない?」
「……」
ちょいと思考的に特殊なみなもチャンはコクンと頷き、何の迷いもなく部屋の隅を指差した。
「ありがとう、みなもチャン」
俺は静かに礼を述べ、そそくさと移動。
そしてそこに置いてあるスポーツバッグのチャックを開け、中身を漁る。
え~と、俺様のゲームディスクは……どこだ?
これか?
って、これはまどかのスマホか……
ならばこれか?
って、これは歯磨きセット。
じゃあ、これかな?
って、なんか柔らかいし……
その瞬間、いきなりパッと部屋の明かりが点いた。
「っ!!?」
慌てて振り返ると、額に「殺」マークの付いたまどかに、真咲姐さんと優チャンが、驚いた顔で佇んでいた。
のどかさんだけは、未だ爆睡中だが……
「お、おやまぁ。皆さん、お目覚めですかにゃ?」
「耳元でガサコソしてたら、嫌でも起きるわよ」
と、額に文字を書いていた時は起きなかったまどかが、ジロリと俺を睨み付ける。
そして怒気を押し殺したような声で、
「で、アンタは一体、こんな時間にこんな所で何してんのよぅぅぅぅぅぅぅ」
「さ、探し物を…」
「探し物って……アンタの手にしている物は何よッ!!」
「何って……げぇぇぇぇッ!!?」
俺が手にしていたのは、可愛い下着だった。
しかも使用済み。
思春期男子にとってはお宝と称すべき逸品だ。
「え、え~と……これは違うんですよ?いやホント、マジで」
俺はそそくさと、それをバッグの中に戻す。
そして大きく唾を飲み込みながら真面目な顔で、
「とにかく、落ち着いて俺の話を聞いてくれ」
「……」
まどかは無言で、俺に近づいてきた。
確か過ぎる程の殺気をビシビシと放ちながらだ。
「いや、だからその……誤解と言うか何と言うか……」
・
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主演
神代洸一
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脚本
神代洸一
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監督
神代洸一
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「って、アカン。脳内にエンドロールが流れちまった……」
もう終わりだ。
「洸一。覚悟は良い?」
「……うん。取り敢えず、殴られてからワケは話すよ」
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・Fin(笑)
・
★
外は初夏の陽気な良い天気。
が、今日も朝からお家の中でテスト勉強だ。
「しっかし……眠い。眠すぎて死にそう」
朝飯(本日はトーストと目玉焼きとカフェオレ)を食った後、俺は昨日に引き続き、居間でみんなと一緒にテスト勉強に勤しんでいた。
「なんやねん、朝から…」
と、委員長様が眉を顰める。
「だってよぅ。僕ちゃん、明け方まで逆さ磔にされてたんだぜ?しかも玄関先で。満足に寝られるワケないっつーの」
俺は唇を尖らせながらチラリとまどかに目をやると、彼女はジロリと俺を睨み付け、
「洸一。自業自得って言葉、知ってる?」
「くっ…分かってるよ。漢字で書けと言われると、辛いものがあるけどな」
ったく、夜這いを掛けたんならまだしも、ゲームを取り戻そうとしただけなのに……
俺はブツブツと文句を溢しながら、テキストに取り掛かる。
点けっ放しになっているテレビからは朝のワイドショーなんぞが流れており、『別れ話から女性が男性を刺殺』なーんてニュースが読まれると、物凄く心臓がドキドキしてしまうは何故だろう?
「しっかし、期末テストが終わると、もうすぐ夏休みか……ワクワクしますなッ!!」
「アホか」
美佳心チンが鼻で笑った。
「なに悠長な事を言うてんねん。大学受験を制するには、二年の夏からが勝負なんやで?」
「ふっ、受験なんてナンセンスだぜ。この才能溢れる偉大な俺様には、きっと大学からのお誘いぐらいいっぱいあるだろうよ。がははははっ!!」
「そーゆーのを誇大妄想って言うんや。洸一クンみたいな男に限って、将来はホームレスか犯罪者や。……可哀想やなぁ」
「勝手に俺様の未来像を哀れむなっ!!」
全く……
「しかし受験といえば……のどか先輩は大学受験、どーなんですか?確か喜連川大学へ進学とか聞いてましたけど……」
偉大な魔女様である喜連川の御令嬢様はコクンと頷いた。
「もう既に、入学する事は決定です」
「へぇ~……そりゃおめでとう御座います」
って、まぁ喜連川の跡取娘だから当たり前だよね。
しかも既にのどかさんの為に、魔法学部(謎)って言うのが新設されたらしいし……
・・・
よく文部科学省が許可を出したよなぁ。
「ですが少し、悩んでいます」
のどかさんは少しだけ困ったような顔をした。
「ほぅ……何がです?」
他に入学希望者がいないってことかな?
希望者が殺到していたら、それはそれで凄く嫌だが。
「実は……攻撃魔法科に進もうか防御魔法科に進もうか、悩んでいるのです」
「……なるほど」
って、何がなるほど何だか。
「洸一さんはどう思います?」
「え?いや、どう思うと言われても……」
そんなモン勉強して、何か社会の役に立つのか?
就職先は一体何処だよ……秘密結社かな?
「え~と、なんちゅうか……回復魔法とか、もう少し平和的な科目はないんですかい?」
「……洸一さんはワガママです」
「いきなり何を言うてるんですか?」
俺はトホホな溜息を吐く。
そして優チャンに勉強を教えている真咲姉さんの方に向き直り、話題を変えるように、
「ところで真咲しゃん。夏になればインターハイが始まるんじゃが……空手の試合はいつなんだ?」
「ん?」
真咲は顔を上げた。
そしてペンを指先で玩びながら、
「今年のインターハイは、8月1日から25日まで開催だ。空手は15日から3日間の予定だったな」
「ほぅほぅ、15、16に17の3日間か。もちろん、応援に行くぜッ!!」
俺はグッと親指を立てながら言うが、
「それは無理よ」
まどかが横から口を挟んできた。
「な、なんでだよぅ」
「だってTEPの全国大会予選は、15日にあるのよ?あんた憶えてないの?」
憶えてないも何も、初耳でした。
「ありゃま。そっか……むぅ……でも大丈夫だろ?こっちの予選は15日だけだけど、空手は16日と17日もあるんだろ?」
俺がそう問うと、真咲さんは少しだけ眉間に皺を寄せ、
「まぁ、勝ち残っていればの話だが……」
「真咲なら大丈夫だろ?ってゆーか、俺様が応援に行くまで負けるな」
「だから無理だって」
と、まどか。
「な、何がだよ。真咲がそう簡単に負けると思っているのか?」
姐さんは、本気を出せばお前よりも強いんだぞ?
「そーじゃなくて、予選大会は15日だけだけど、洸一の場合はその後1週間ぐらい入院とかしそうだし……」
「……それは決定事項なのか?」
★
昼食の後、テスト勉強を再開。
が、さすがに昨日からずーっと勉強していた所為か、集中力も途切れがち。
テキストの余白に、僕の地球を書いて核攻撃を加えている内についウツラウツラと……
皆も同じく集中力が切れたのか、お喋りなんぞに興じている。
あ~~……長閑な日曜日ですなぁ……
何て事を考えながら、机に突っ伏してまどろんでいると、
「初恋かぁ」
と、美佳心チンの声。
どうやら皆で、勉強そっちのけで恋だの愛だのシュガーな話しに花を咲かせているらしい。
やれやれ、年頃の女の子ってのは妖精と同じだね。
そー言った類の話がホンマに好きですなぁ……
俺は目を瞑りながら、静かに苦笑を溢す。
しかし初恋談義ですか……
皆さんお年頃ですから、初恋の一つや二つ(普通一つしかないが)ぐらい、あるんでしょうなぁ。
美佳心:「初恋は、確か小3の頃やったかな?クラスの担任やねん」
あ~……良くあるね、そーゆーの。
美佳心:「その担任、チビでデブでハゲててなぁ」
……普通は無ぇーだろ、それ。
美佳心:「今思い出しても、何でアレが好きになったのか、よぅ分からへんわ」
穂波:「ふ~ん……でも、小さい時って意外にそうだよね」
……そうか?
美佳心:「そーゆー榊さんはどうやねん?やっぱ初恋は、コレか?」
コレ?
コレってなんじゃろう?
寝たフリをしているから分からんぞ?
穂波:「え~……違うよぅ」
ウヒョヒョヒョヒョと、気味の悪い笑い声。
穂波の初恋ねぇ……ま、俺は知ってるけどな。
穂波:「私の初恋はねぇ……幼稚園の時、ずっと一緒だったクマの大三郎だよぅ」
美佳心:「へ、へぇ~……それ、ヌイグルミなん?」
穂波「そうだよぅ。本気で愛してたんだよ」
つまり、昔からアカン子だった。と言うわけだね。
穂波:「でもね、そのヌイグルミ……洸一っちゃんが燃やしちゃったの」
……確か、背中のチャックを開けて中に爆竹を一箱入れてやったんだよなぁ。
盛大に燃えて、面白かったわい。
もっとも、その後でお袋に思いっきりブン殴られた苦い思い出があるけどな。
穂波:「あの時は、本気で洸一っちゃんを殺そうと思ったよぅ」
園児の時に既に殺意を持っていたのかよ……
まどか:「へぇ~……ま、洸一は昔から洸一って事ね。そう言えば姉さんの初恋も……確か幼稚園の頃だったっけ?」
……なに?
のどかさんの初恋だと?
俺は腕枕で机に伏したまま、全神経を耳に集中させる。
のどか:「……アレイスター・クロウリーです。写真でしか見た事がありませんが……」
相変わらず、のどかさんらしいですなっ!!
ってゆーか……それは初恋って言うか、単なるファンじゃないのか?
・・・
ま、初恋の相手がアニメ美少女の俺が言うのも何だがね。
まどか:「姉さんらしい初恋ね。あ、そう言えば優の初恋は……確か大山クンだったっけ?一緒の道場にいた」
優チャン:「ま、まどかさんっ」
……大山くん?
誰だ?
マスか?空手のマスの事か?
真咲:「ほぅ……小学校の時に通っていた、あのひょろ長い奴が好きだったのか?」
優チャン:「あぅ……初恋って言うか、その……色々と優しく教えてもらってたし……でもでも、大山さんは、その……実は二荒先輩の事が好きだったみたいで……」
真咲:「私か?」
ほぅ……
真咲:「それは気付かなかった」
まどか:「私は何となく気付いてたわよ。でもアンタは、毎日お構いなしに大山くんをボコボコにしてたし……見ていて凄く可哀想だったわ」
……恐ろしい話だ。
その大山君、今ごろ女性不信になってなきゃ良いけど。
真咲:「む、そんな事を言われてもな…」
まどか:「ま、アンタはそーゆー事に鈍いからね。ここで寝てる馬鹿と同じで」
……それ僕のこと?
真咲:「ふん、そう言うお前はどうなんだ?初恋はいつだ?」
まどか:「小学校の時かなぁ?家庭教師の大学生に、初恋って言うか……ちょっと憧れていたわ」
ほぇ~……意外に無難な恋ですな。
まどか:「でもある日ね、なんか腕相撲やってて……それでその先生の腕を折っちゃって……それっきりなの」
お、おいおいおい、何か凄ぇ話になったぞ?
おっかねぇよぅ……
真咲:「子供の時は、力の加減が分からないからな」
そして問題の論点がずれてるし……
まどか:「で?そーゆー真咲の初恋は何時なの?やっぱ小学校ぐらいなの?」
真咲:「……いや、記憶にはないな。そもそも男を好きになるとかは、今まで無かったような……」
ほぅ……さすが真咲姐さん。実に硬派ですなっ!!
・・・
って、今まで?
今までって事は……今は好きな男がいるってことか!?
や、そう言えば前に金ちゃんも言ってたし……一体誰だ???
まどか:「ま、アンタらしいわね」
え?それでお終い?
もっと深く聞けよ。気になるじゃねぇーか……
その後、初恋の話云々は続き……俺は悶々としながらも、何時しか本当に爆睡。
起きたのは夕方。既に解散の時間だった。
さ、明日からは期末テストだ。
いっちょ頑張りますかねぇ。
・・・
ところで、ゲーム本当に返して貰ってないんだけど……マジで没収なのかな?