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俺様日記~1学期~  作者: 清野詠一
30/53

洸一の奇妙な冒険/ラブ・シンクロイド編


★6月26日(日)


「おいで、バステト」

言うと、ベッドの下から白い子猫がちょこんと顔を出し、「にゃあ」と鳴きながら駆け寄って来た。

「ほれ、朝御飯だぞよ」

と、キャットフードと茹でた鳥の笹身が載った皿を、そっと目の前に置く。

子猫は、美味そうにそれを食い出した。


何とか、かの魔女様に見つからないように、部屋で人知れずこの拾ってきた子猫を飼っているのだが……

さすがに何日も一緒にいると、段々と情が移ってくる。

優しい飼い主を見つけてやろうと思っているのだが、いっそのこと俺様が飼ってやろうかしらん、とも思ってしまう。

ちなみにバステトと言う名は、俺様が付けた名前だ。

考えてたら、何となく頭に浮かんだのだ。


「しっかし、中々飼い主って見つからないよなぁ」

俺はバステトの姿を眺めながら、溜息を吐いた。

クラスの数人に当たってみたのだが、芳しい返事は未だ返ってこない。

「子猫が生きるには、現代社会というのはちと厳しいですなぁ」

何て事を呟いていると、カチャリと微かに扉の開く音。


――むっ!?

俺は慌ててバステトを隠そうとするが、

「ンだよぅ……黒兵衛か」

扉の隙間から、見るからに貧相な顔をした小汚い馬鹿猫が、顔を覗かせていた。

「ナブゥゥゥ」とダミ声で鳴き、エサを食べている俺様の子猫を凝視している。

ったく、毎回毎回、どーやってドアを開けてるんだか……

「あ~……黒兵衛よ。言っておくけど、この子猫は一時的に預かってるだけだからな。だから……のどか先輩とかには内緒だぞ?」


「ナブゥ」

黒兵衛はトコトコと近付いて来た。

そして耳を少しだけ伏せ、鼻をヒクつかせてバステトの匂い嗅いでいる。

何だか警戒しているようだ。


「あん?なにビビってんだよ。相手は子猫だろーが……さすが、ヘタレな野良猫だぜぃ」


「ナブゥゥゥ……ナブッ!!」

次の瞬間、黒兵衛はバステトに襲い掛かった。

いきなり後ろにまたがり、腰をカクカクと……


「って、ドアホーーーーーっ!?なに思いっきり盛ってんだよッ!!」

洸一スゥパァキックが炸裂。

汚い駄猫は横っ飛びに吹っ飛び、壁に激突するが、すぐに起き上がり、

「ナブゥゥゥッ!!」

背中の毛をおっ立て、生意気にも俺様を睨み付けて来た。

もちろん、俺様も負けじと睨み返す。

「こ、こんの馬鹿猫がーーーッ!!なに勝手に繁殖しようとしてるんだよッ!!」


「ナブゥゥゥッ!!」


「なぶぅ…じゃねぇーっ!!見ろ、俺のバステトをッ!!まだ子猫じゃねぇーーかっ!!このロリコン猫がッ!!」


「ナブゥ」


「ったく、いきなりレイプしようとしやがって……児ポ法違反で皮剥いで三味線にするぞッ!!って言うか、貴様のような身も心も臭い猫に、俺の可愛いバステトは勿体無いわい。下がりおろうッ!!」

俺は吐き捨てるようにそう言うと、黒兵衛をジロリと一瞥し、振り返る。

そして、

「あひゃーーーーーーーーーーーッ!!?」

思わず奇声を上げてしまった。

何故なら目の前に、何時の間にか偉大な魔女様がちょこんと座っているではないか。

しかも俺様の拾ってきた子猫を膝に抱き、優しそうに微笑んでいる。


「こ、これはこれは、のどか先輩。……何時の間にいらしてたんですかぁ」

もしかして、床から湧いた、とかじゃないよね?


「……洸一さん。ありがとうございます」

喜連川家の魔女は、いきなり頭を下げた。


「は?ありがとうございます、と言われても……」


「ちょうど、こんな無垢な贄が欲しかったのです」


「……」

恐れていたワードがいきなり飛び出しました。


「白き子猫……儀式にピッタリ」


「あ、いや……ち、違うんですよ、のどか先輩ッ!!」

俺は慌てて、彼女の膝の上で丸くなっているバステトを奪うように抱き抱えた。

「え、え~と……この猫はそのぅ……」


「……拾って来たのではないのですか?」


「ま、まぁ……拾ったと言えば拾ったんですが……」


「ならば贄です」


え?なんで?

「い、いや、なんちゅうか……そう、実は黒兵衛の為に拾って来たんですッ!!」

俺は咄嗟に嘘を吐いた。

「黒兵衛もお年頃だし、そろそろ嫁さんを見つけてやろうかと……」


「まぁ、アレクサンドルのお嫁さんを……」


「そ、そうなんですよぅ。黒い黒兵衛に白のバステト。オセロみたいな子供が生まれたら、面白いのではないかと思いまして……」

そんな子猫は嫌だがな。


「ナイスアイディアです」

のどかさんはコクコクと頷き、黒兵衛の馬鹿は、俺の足元でウッシッシと言った感じで笑っていた。


くっ、こ、この駄猫が……

俺のバステトに手を出す前に、必ず処分してやるぞよッ!!

「そ、それよりも、のどか先輩。こんな朝早くに……何か僕ちゃんに御用ですかい?」


「はい。実は洸一さんにお話が」


「お話……」

な、なんだろう?

ってまぁ、大体分かるよな?

十中八九、良くない話だよ……

これでもう、せっかくの安息日はおじゃんだよねっ!!



「そ、それでのどか先輩。お話と言うのは……」

俺は彼女の目の前にゆっくりと腰を下ろし、尋ねる。


「実は……良いお話と悪いお話の二つがあります」

栄光なき魔導の天才様は、そう仰った。

「どちらからお話しましょうか?」


「そりゃあ……悪い方からお願いします」

当然である。

誰だって、良い話の後にションボリしたくないではないか。


「分かりました」

言ってのどかさんは、眠たそうな顔をしている馬鹿猫黒兵衛を抱き抱え、その頭を撫でながら、

「実は、洸一さんの家が直ったのです。明日からでも住めます」


「えぇっ!?」

思わず腰を浮かし、驚いてしまった。

家に帰れる……

僕ちゃん、お家に戻れるの?

この、毎日が何故か修羅場のような喜連川家を脱出し、ようやくに安住の地へ戻れると言うのか?

「な、なんだ……先輩も人が悪いなぁ(色んな意味で)。僕ちゃんの家が直ったんでしょ?それのどこが悪い話なんですか?」


「……洸一さん、嬉しそう」

のどかさんは俯き、膝の上に乗っている黒兵衛の頭をガシガシと乱暴に撫で付けた。

「そんなに、この家を出て行くのが嬉しいのですか?」


「え?いや……そんな事は無いんですが(大嘘)……」


「私は……ちょっと寂しいです」


ぐぬぅ…

「が、学校ではいつも会えるじゃないですかぁ。だから、寂しい事なんか無いですよぅ」


「でも……毎日、御飯の中に実験薬を入れたり、夜中にベッドの中で不穏な動きをしている洸一さんを観察したりする事は出来ません」


「そんな事してたんですかっ!?」


「……冗談です」


「……」

う、嘘臭ぇ……

限りなく、嘘臭ぇ。

この魔女様、生まれながらにして思考が黒サイドに傾いていると言うか、反社会的行為が本当に好きだからなぁ。

俺はヤレヤレと言った溜息を小さく吐き、膝の上のバステトの背中をゆっくりと撫でる。

「そ、それでのどか先輩。悪い話と言うのは分かりましたが……良い話って言うのは?」


「はい」

のどかさんは顔上げ、ニッコリと微笑み、

「実はオカルトの仕事があるのです」

と、凄く嫌なことを言った。


「……あのぅ……それのどこが良いお話なんでしょうか?」

洸一、先に良いお話を聞いてしまったので、かなりしょんぼりだ。


「え?」


「いや、え?ってそんな不思議そうな顔されても……」


「洸一さん。嫌なのですか?オカルト研究会の会員なのに、不思議なお仕事は嫌なのですか?」


そりゃもちろんっ!!

と言えたら、人生はどれだけ楽なことでしょうか。

「いや、そーゆーワケじゃなくて……なんちゅうか、僕ちゃん昨日は色々とありましてねぇ……そのせいで、今日は非常に疲れているというか……もう身も心もいっぱいいっぱいなんですよぅ」


「……お話はまどかチャンから聞いてます」


「あ、そうなんですか」


「洸一さんは、まどかチャンの頼みは聞いて、私の頼みは聞いてくれないのですね?」


「えぇっ!?そ、そんな事は……それにアイツの場合は、頼みと言う名の命令なんでして……」


「洸一さんは、まどかチャンに甘いです。こうなったらもう、まどかチャン亡き者にするしか……」


うひっ!?

相変わらず、なんて言動が黒いんだか……

しかも、本当にやりそうだから、物凄く怖いじゃんッ!!

「な、なに言ってるんですか、のどか先輩。僕はオカルト研究会のメンバーですよ?オカルトの為なら、たとえ火の中水の中って言う心意気ですよ」


「……本当にですか?」


「も、もちろんっ!!」

嘘である。

「少々疲れておりますが、のどか先輩の頼みなら、喜んで引き受けますよぅ」


「……ありがとうございます。ですが洸一さん、少し目から涙が出ています」


「……嬉し涙デス」



「で、本日の罰ゲーム……もとい、オカルト的仕事って言うのは、何ですか?」

俺は長い長い喜連川家の廊下を歩きながら、先を行くのどかさんにそう声を掛ける。


「人助け……みたいなものです」

言って彼女は、とある部屋の前で立ち止まった。

そして扉を開け、どうぞ……と、俺を誘う。


さてさて、今日はどんな試練が待ち構えているんだか……


部屋の中はガランとしており、整理整頓はされているものの分厚いカーテンに遮られ、どこか薄暗かった。

そしてそんな部屋の片隅に、何やらぼんやりとした人らしき物体を確認する事ができた。

それは木で出来た椅子に腰掛け、俺を見て、軽く頭を下げる。


「……あのぅ、アレは一体、なんですか?」


「……幽霊です」

のどかさんの返答は予想通りだった。

ちなみに、どこが人助けなのか僕にはとんと分からないや。


「なるほど」

俺は頷き、静かにその影に近づいた。


ぬぅ……

確かに、言われてみれば幽霊そのものだ。

なんちゅうか、半透明だしね。

しっかし……我ながら、肝が据わったもんだわい。

と、俺は心の中で自分を少し誉めた。

2ヶ月前だったら、確実に奇声を上げて小便を漏らしていたと思うけど……

今では幽霊どころか、ホンマもんの化け物が現れたって、それほど驚くことも無くなったモンなぁ。

ま、これも慣れってヤツですかね。

「で、この幽霊をどーするんですか?」


「成仏させます」

のどかさんは相変わらず淡々とした静かな声で言った。

「彼女は……」


「彼女?この幽霊、女の子なんですか?」


「はい。少し分かり辛いかと思いますが」


分かり辛いというか、まるでノベル型ゲームに出てくる半透明キャラにか見えんぞ?

辛うじて、元は人間だったと判別出来る程度だ。


「彼女は、洸一さんと同じ年の女の子です。とある事故で命を失ってしまい、さ迷っている所を酒井さんが見つけて来たのです」


「そ、そうですか……そりゃ可哀想に」

俺は半透明で性別不可能な幽霊を、ちょっとだけ同情の眼差しで見つめた。

彼女の表情などは脳内補完を持ってしても全く分からないが、何となく……悲しんでいるように思われる。

「で、成仏させようと言うことは……彼女、何かこの世に未練があるんですね?」


「です」

のどかさんは頷いた。

そしてその幽霊に哀れんだ瞳を向け、

「実は彼女……ステキな恋を経験してないのです」

素っ頓狂な事を言った。


「は、はぁぁ?」

ステキな恋?

なんじゃそりゃ?

どんな恋だか分からんけど……ステキな恋なら、俺だって経験した事はないぞよ?


「ですから洸一さん、何とか彼女にステキな恋を経験させて……」


「ちょ、ちょっと待って下さい先輩」

俺は先走る魔女様を軽く手で制した。

「ステキな恋って言うのは……具体的には、どんな恋なんですか?」


のどかさんは小首を傾げ、何やらボソボソと半透明幽霊と話を交わし、

「彼女が言うには、恋人と人目も憚らず、見つめたり手を繋いだり抱き合ったりする恋の事です。必須条件としては、喫茶店のジュースはストロー2本差しです」


ゲッ……

「それって所謂……バカップルって言うやつですか?街中に時々現れる、辺りを全く気にしない無神経で何か別次元の邪悪な意思によって操られている連中のことですか?」

そんな頭の中がステキな恋、俺なら速効で返却してやるぞよ。


「多分……そうだと思います。彼女はステキな男性と心行くまでイチャイチャしたりする、猛烈ラブラブな恋に憧れていたのです」


「……」

困った幽霊だな、おい。

生きてる時はきっと、ちょっぴり人生に躓いている頭の痛い女の子だったんでしょうなぁ……


「そこで洸一さんにご相談です。どうすれば彼女にステキな恋を経験させ、ラブラブ状態で成仏させる事が出来るのでしょうか?」



「ステキな恋で成仏ですか……」

そんな事、彼女もいない俺に尋ねられてもなぁ。

「うぅ~ん……なんちゅうか、ぶっちゃけた話、僕には良く分からんですたい。そもそも俺は、慎ましいと言う日本の心を忘れたバカップルなんぞは、ユ○ヤ人の次に根絶やしになれば良いのにと思ってる男ですからねぇ」


「そうですか……」


「はい。と言うわけで、この幽霊チャンには申し訳ないんですが、のどか先輩のお力で強制的に成仏っちゅうか除霊をばするのが得策かと」

俺がそう言うと、半透明の幽霊はフワリと宙に舞い、のどかさんの背後に隠れた。


「酷いです、洸一さん」

プゥ~と頬を膨らます魔女様。

「彼女は、悪霊ではないのですよ」


「そ、そうは言っても……」


「酷いです、洸一さん」


「でもですねぇ……」


「酷過ぎます、洸一さん」


ぬぅ……

「わ、分かりましたよ。取り敢えず、考えるだけは考えてみますよぅ」

俺はヤレヤレと言った感じで腕を組み、目を瞑って脳内サーチを開始。

ステキな恋か……俺もしてぇーなぁ。

・・・・・

・・・

・・

チーーーーーーン(閃いた音)

「一つ、良い考えが浮かびました」


「お聞きしましょう」


「え~とですねぇ……先ずそのちょっぴり心が病んでそうな半透明幽霊を、例の試作メイドロボ、ヴァルガリマンダに憑依させましてねぇ、どこかで馬鹿な男でも見つけてきて強引にラブラブさせると言うのはどうですか?ま、他人に迷惑を掛けるのも何ですし、男の役は非常に嫌ですが、俺がやっても良いんですけど……」


「……なるほど」

のどかさんはコクコクと頷くが、不意に表情を曇らせると、

「ですが洸一さん。その案には致命的な問題が三つあります」


「そ、そうなんですか?」


「先ず第一に、あのメイドロボは、まどかチャンが木っ端微塵にしてから、まだ再開発の目処が立っていません」


「あ~……そうなんですか」

肝心な時は役に立たねぇーなぁ、メイドロボ研究所は。


「第二に、彼女は霊的には非常に弱い存在でして、物や人に憑依する事は出来ますが、操るまでの霊力は持ち合わせておりません。ただ憑依するだけです」


「そ、それは確かに致命的ですなぁ」


「第三に、彼女は洸一さんのようなタイプの男性は、あまり好みではないようです」


「……分かりました、のどか先輩。今すぐ、この寒天みたいな化け物を除霊しましょうッ!!」


「……酷いです、洸一さん」


え?俺が悪いの?

「あ~……だったら、どこかでバカップルを見つけ、それに憑依すると言うのはどーです?操る事は出来なくても、疑似体験みたいな事は出来るワケでしょ?」

俺がそう言うと、のどかさんとゼリー状の幽霊は何やらゴニョゴニョと会話を交わし、

「実は……既に試してみたそうです」


「ほぅ……それで?」


「ですが中々、彼女の好みに合うような恋人同士は見つからなかった、と言うことです。具体的に言いますと、ビジュアル的にどうも……と言う恋人同士ばかりだった模様です」


「な、なるほど」

ま、確かにな……と俺も思う。

街を歩いていると、時々バカップルとエンカウントするが……これがまた、かなり地球規格の人類としてはどうかな?と言うビューの持ち主ばかりだ。

ぶっちゃけた話、ブヒブヒ吼えていそうな豚カップルかティム・バートンばりの化け物みたいなカップルばかりで、イチャついてる美男美女系のカップルには、とんとお目に掛かったことが無い。

何故だろう?

やはり身も貧しい人間は心も貧しいのだろうか?


「ですが洸一さん、憑依させて疑似体験をさせると言うのは良いアイディアです」


「でしょ?さすが俺ですよねッ!!」


「ここは一つ、私に憑依させて……」


「それはダメです」

俺は速効で拒否権を発動させた。



「それはダメです」

俺は速効で拒否し、のどかさんの背後にいる幽霊を睨み付ける。

「ただ、どーしても先輩に憑依すると言うのでしたら、相手役の男は俺です。これが最低条件です」

当たり前である。

のどかさんが見知らぬ男と、例え演技とは言えイチャつくなどと……この俺様がいる限り、断じてそのような事はさせん、させない、させませんッだ。


「洸一さん、少し我侭です……」


「な、何を言うてるんですかッ!?例えオカルトの為とは言え、先輩はどこぞの馬の骨みたいな野郎とラブラブな事をすると言うんですかっ!!」


のどかさん、暫し沈黙。

が、不意にコクコクと頷くと、

「そ、それは……嫌です」

ようやくに気付いたみたいだ。

そして幽霊と何やら囁きを交わし、

「……何とか説得しました。仕方ないから特別に洸一さんでもOKだそうです」


「……この幽霊、やっぱ強制的に除霊しませんか?」



と言うわけで、肩の辺りにかなり我侭な半透明幽霊を乗せたのどかさんを連れ、先ずは広大な喜連川の庭園をラブラブな気分でぶらぶらとお散歩。

最初は手を繋いで歩いていたのだが、幽霊曰く『もっとラヴを』と言うことで、今は腕を組んで歩いている。

なんちゅうか……幸せだ。

腕に感じるのどかさんの体温と胸の膨らみ。

そして香る、甘い匂い。

俺の人生で、バカップルを演じる日が来るとは思っていなかったが……中々どーして、良いモノじゃないか。

何しろのどかさんは、見た目は何処に出しても恥ずかしくないぐらいの、お淑やかで美人な御令嬢様なのだ。

ま、中身は魔に憑り付かれたビ○ザムみたいな女の子ではあるが……

それでも、今の俺は猛烈に幸せなのだ。


「いやぁ~……それにしても、今日は爽やかで良い天気でゲスなぁ」


「……」

コクンと、頬を染めて清楚なワンピース姿ののどかさんが頷く。


うぅ~む、可愛い。

しかし……なんだな、こんな機会は滅多に無いのだから、俺としてはもっとイチャイチャと……甘い恋人気分を味わいたいモノだのぅ。

「のどか先輩。取り敢えず、そこのベンチに腰掛けませんか?」

俺は庭園の一角に設けられた白いベンチを指差し、そこへと誘う。

もちろん、ただベンチに腰掛けるのでは面白く……もとい、この恋に憧れる幽霊を満足させることは出来ない。

だから俺は……

「のどかさん、のどかさん。ささっ、ここに腰掛けて……」

と、先に座っている自分の膝をパンパンッと叩いた。


「え?でも……」

戸惑い、伏目がちになる可愛い魔女様。


「なに恥ずかしがってるんですかぁ。これもオカルトの為ですよぅ」

いつもとは逆に、立場を利用して責めてみる。

「何せ、もっとラブラブな感じでイチャつかないと……その幽霊だって、満足しないでしょ?な、幽霊?そうだよな?」

のどかさんの肩周辺に屯している幽霊は、コクンと大きく頷いた。

うむ、中々に分かってるじゃねぇーか……


「……分かりました」

喜連川のお姫様は頷き、横向きに、静かにゆっくりと俺の膝の上に腰を下ろした。


くぅぅぅ……

洸一、感激の巻。

どこから見ても、完全にバカップルだ。

いやぁ~……オカルトやってて、初めて元が取れたというか……お釣りが来るぞよッ!!

「の、のどか先輩。ただ腰掛けるんじゃなくて、もっとこう……ラブに行きましょうよぅ」

更に図に乗り、俺は膝の上に座っている彼女の腰に手を回し、やや強引に抱きしめた。


「こ、洸一さん……」

のどかさんは顔中を真っ赤に染め上げ、少しだけ体を震わせるが……やがて恐る恐ると、俺の首に腕を回してきた。


お、おぉぉッ!!

俺、のどかさんと抱き合ってる……

膝の上に乗せた彼女の胸元に抱かれるように、抱き合ってる……

ラブだッ!!

確かに今、俺はラブを感じているぞッ!!

「の、のどか先輩……」

ともすれば崩壊しかねないほど緩んだ顔面に力を込めつつ、俺は彼女を見つめた。


「洸一さん…」

彼女も潤んだ瞳を俺に向ける。


ぬ、ぬぅ……

こんな間近に、のどかさんが……

思わず指先で、そんな彼女の頬をプニプニと突っ突いてしまった。


「……」

彼女は困ったような戸惑ったような、そんな顔を向けるが、それがまた一段と可愛く、洸一チンは本当にどうにかなってしまいそうだ。

ってゆーか、もうどうにかなっているんだがな。



膝の上でのどかさんを抱き抱え、ほっぺをプニプニしたり髪をサワサワと撫でたりしている内に、段々とラヴゲージが溜まって行き、幽霊も満足しているのが実感できるのだが……

ぬぅ……もっともっと、のどかさんを感じてぇ……

洸一、既にテンパイだった。

俺だって年頃な男性だし、このドリームのようなシチュエーションに耐えるのだって、限度がある。

心ではやっちゃイカンと分かっているのだが、既に体は暴走気味だ。

これが所謂、思春期特有の心と体のバランスが崩れている、と言うやつだろうか?

ど、どうしよう?

このまま強引に押し倒して……

いやいや、そんな事は出来んっ!!

こうしてハグしているだけでも危険な橋を渡っていると言うのに、エッチィ事なぞは、まさに自殺行為だ。

だがしかし……

妥協して、キスぐらいは許されるかにゃ?


「の、のどか先輩……」

俺はジッと、熱い眼差しを彼女に送る。


「……」

のどかさんも、潤んだ瞳を俺に向けてきた。

戸惑い……羞恥、そして少しの恐れと期待……

そんな彼女の瞳から、様々な感情が読み取れる。


「……ん」

そっと、俺はのどかさんのおでこに啄むような口付け。

そして更に頬にも。


「こ、洸一さん……」

と、彼女は瞳を閉じた。


いけるっ!!

彼女の髪を撫でながら、チュッと触れるだけの軽い口付け。

そして少しの間を置き、今度は少し深めのキス。


「……ん」

俺の首に回っている彼女の腕に、微かに力が加わる。


キス……

のどかさんとの初めてのキス……

脳が蕩けそうだった。

彼女と初めて出会ってから約3ヶ月……

まさかこんな日が来るとは、夢にも思わなかった。

だが……

これだけで良いのか?

俺はキスだけで満足できるのか?

ガチで抱き合ってるワケだし……もう少し、ほんのもう少しだけ、ラブなスキンシップをしてもエエんでないかい?


のどかしゃん……

俺はキスしながら、ゆっくりと自分の手を彼女の胸の膨らみへと近づけた。

我ながら、自分の破天荒さがスゴイと思う。


「ん…」

のどかさんの体がピクンと跳ね、微かに身を捩る。

だが、嫌がってると言う感じは受けない。


な、ならばもっと……この手に感じたいッ!!

例え後でのどかさんにポアされるとしても、今の俺はもっと彼女の乳を感じていたいんだッ!!

それこそが、自分に忠実な神代洸一の生き様よッ!!

も、もう僕は……

辛抱たまらんっ!!

例えこれが滅亡への道だとしても、俺は俺らしく生きたい。

具体的に言うと、もっとエッチィ事がしたい。

何故なら、そーゆー年頃だから。

エッチィ事に対して、純粋に男としてのロマンを感じてしまうのだ。


「の……のどか先輩ッ!!」

俺は彼女をギュッと抱き締めつつ、そのまま強引にベンチへと押し倒した。

がその瞬間、カラーン……と乾いた音が耳に響く。

「――っ!?」

慌てて目の前に視線を向けると、そこには地面に落ちている竹ぼうき。

さらに視線を上げると、可愛いメイド服が目に飛び込み、耳には聞きなれた「あやややや」と言う声。

「ラ…ラピス……」

男のロマンはいきなりピンチだった。



「あ…あや…あやややや」

可愛いメイド服に身を包んだラピスが、口元に手を当て、カタカタと小刻みに震えている。


や、やべぇ……

俺はゆっくりと身を起こし、コホンと咳払いを一つ。

「あ~……先ずは落ち着け、ラピス。そして俺の話を聞け」


「こ、洸一しゃんとのどかしゃんが、だ、抱き合ってるんでしゅ……」


「……オカルトの為なのだ」


「チ、チュウまでしてたんでしゅ……」


「そ、それもオカルトの為なのだ」


「お、おっぱいも揉んでたんでしゅ……」


「な、何となくだが……それもオカルトの為のような気がするぞ。多分」


「さ、最後には……押し倒していたんでしゅぅぅぅ」


「……わははははは♪」


「洸一しゃんッ!!」


「は、はいッ」


「これは大いなる裏切りでしゅッ!!」

ラピスはビシッと俺を指差した。

「洸一しゃんはやはり、生まれながらにしてエロスなんでしゅっ!!」


「な、何を言ってるのか分かんねぇーけど……大抵の男は皆そうだぞよ?」


「お黙りでしゅっ!!ラピスは……ラピスはもう完璧に怒ったんでしゅっ!!洸一しゃんの不埒な悪行三昧に、天誅を加えるんでしゅっ!!」


「そ、そうなのか」

ぬぅ……困った。

ラピスは普段はただのバカなんだが、怒ると物凄いバカになるからなぁ……


「洸一しゃんッ!!覚悟は良かでしゅかっ!!」


「いや、覚悟って言われても……一体、何をどうする気なんだ?」


「決まってるでしゅっ!!」

ラピスは口元を歪め、不敵な笑みを零し、

「まどかしゃんに言い付けてやるんでしゅよっ!!」


「ンな゛ッ!?お、おい、ちょっとそれは……」


「ままま、まどかしゃーーーーーーーーーんッ!!」

ラピスは俺の静止も聞かず、いきなり声を張り上げながらスタコラと遁走。

そしてそれと殆ど入れ違いのように、遥か彼方から『ズドドドドドドッ!!』と大地を震わすが如くの爆音と砂塵を上げ、通常の3倍以上のスピードで近付いて来る影が一つ。


「ひぃぃぃーーーーーーーーっ!!?」

洸一、即座に覚悟完了。

何故なら、僅かコンマ3秒で悲しい結末が見えたからだ。


「洸一ーーーーーーーーーッ!!」


「あひぃっ!?」

ま、魔神が……ジャージ姿の魔神様が、遂に御降臨なされちまった……


「こ~う~い~ち~……」

トレーニングでもしていたのか、赤いトレーニングウェアに身を包んだまどかが、髪を振り乱し、鼻息も荒くジリジリとにじり寄って来る。


ぬぅ……

この風、この肌触り……これこそが戦場だ。

なんて言ってる場合じゃねぇーッ!!

怖い……

物凄く怖い。

怖過ぎて、おしっこチビりそうだ。

・・・

ま、既に少しチビっちゃってるんだが。


「ラピスから聞いたわよ、洸一。アンタ……一体姉さんとなにをしてるのよぅぅぅ」

まどかは怒りでブルブルと肩を震わせながら、俺を親の仇のような目で睨む。


「あ、あぅ……それはそのぅ……」

俺はチラリとのどかさんを見やると、初心うぶで箱入り娘的な魔女様はポッと赤く頬を染め、はにかんだ笑みを見せた。


ぬぅ、可愛い……

思わずそんな彼女の頬を指でぷにぷにとしてしまう。

とその瞬間、僕ちゃんの頭上にトールハンマー(雷神の槌)が振り落とされた。


「洸一ッ!!アンタ何してんのよっ!!」


「い、いやだって……何を言っても殴られる運命に変わりはないんだから……いっそのこと、何も言わない方が良いのではないかと思いまして……」


「お黙り!!私は何をしていたのか聞いてるのよッ!!……答えなさい二等兵ッ!!」


「はっ!!答えるであります悪魔将軍閣下ッ!!実はその、かくかくしかじか猫の糞……と言うワケでして」


「へ、へぇ~……」

話を聞いていたまどかの目が、針のように細くなった。

「なるほど、可哀想な幽霊を成仏させる為にねぇ」


「そ、そうなんですよ、まどかさん。てへへへ……」


「ふ…ふふふ……洸一。どうせ吐くなら、もっと上手い嘘を吐く事ね」


「う、嘘じゃねぇべっ!?」

指をバキバキと鳴らしながら近付いて来るまどかを、俺は必死になって止める。

「こ、ここにいるだろ?お前にも見えるだろ?この半透明の幽霊が……」


「どこにいるのよぅ」


「ど、どこにって……あ、いねぇーーーーーーーっ!?」

のどかさんの肩周辺に屯していたラヴに憧れる幽霊の姿は、微塵も無かった。

「そ、そんな馬鹿な……」


「馬鹿はアンタでしょぅぅぅ」


「の、のどか先輩っ!!あ、あの幽霊は一体何処に……」


「……成仏しました」

のどかさんは微笑みながら言った。

「愛に満たされ、目出度く成仏なさいました」


「……なるほどッ!!と、ゆーわけだ、まどか」


「へぇ~……」


「だ、だから落ち着け、まどかッ!!そんな野良犬を見るような目つきはやめて……の、のどか先輩からも、何かまどかに言って下さい」


「……夢心地でした」

のどかさんは頬を染め、うっとりとした感じで呟いた。


うん、もうダメだぁ……


「……洸一。最後に何か、言い残すことは?」


「……出来れば、今日の晩御飯はハンバーグが食べたいなぁ」


「分かったわ」

まどかはニッコリと微笑んだ。

「ただし、食べる事が出来たらの話だけどね」


そして……

僕の身の上に、決して人の身では抗うことの出来ない狂気の嵐が吹き荒れた。

更には大きな木の枝に吊るされ、僕ちゃんは奇妙な果実ストレンジフルーツとなっていた。

ちなみに、解放されたのは既に日付が変わる時間だった。


あぅぅぅ……

早く、早く自分のお家に戻りたいよぅぅぅ……












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