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俺様日記~1学期~  作者: 清野詠一
3/53

対峙核


★6月01日(水)


 衣替え。

パリッと糊の効いた真っ白な夏服で登校し、今日も今日とて中間テスト。

とは言っても、テストは今日でお終いだ。

二日酔いで頭がガンガンする割には、何とか問題を解く事が出来た。

ま、今回はある程度、勉強会などで真面目に取り組んだのが功を奏したのだろう。

俺はやれば出来る子なのだ。

ただ、やる気になるのが惑星直列並みの確率なだけなのだ。


さて、そんなこんなでテストも終わり、あっという間に帰宅時間。

俺は鞄片手にいそいそと教室から出ようとすると、美佳心チンと穂波が不思議そうな顔で声を掛けてきた。

「あれ?洸一君や、もう帰るんかいな?」


「ま、まぁな」


「ぶぅぅ…テストが終わったんだから、今日はどこかへ遊びに行こうって話をしてたのにぃ」

と、穂波が頬を膨らます。


「悪ぃ。今日はちと用事があるっちゅうか……」


「なんや?もしかして葉室さんの事かいな?」


「まぁな」

美佳心チンの言葉に、俺は小さく頷いた。

「新人戦まで間も無い所へ以って来て、昨日のアレだろ?さすがに今日は、少しフォローを入れておかないとな」

それにだ、僕チン今日は二日酔いで、遊びに行く元気は無いです、はい。


「まぁ……せやな」


「ま、明日には俺様、自分の家へ戻れる予定だからな。その時に皆で遊ぼうや」

俺はそう言い残し、教室から飛び出した。

向かう先はもちろん、いつもの練習場である裏山だ。

優チャンのことだ、テストが終わっても浮かれたりはせず、あの裏山の神社で独り陰陰滅滅としているに違いない。

とは言っても、俺様にもどうして良いのか分からんが……

小難しい顔で俺は靴を履き替え、校庭へ飛び出す。

と、ちょうど校門付近で、ばったりと姫乃ッチと出くわした。

「あ、神代さん…」


「よぅ、姫乃ッチ。もしかして、今から裏山へ行くのかい?」


「いえ…」

姫乃っチはどこか悲しそうに首を横に振った。

「実はもう、行って来たところなんです」


「あ、あらそう」

なのにここに居ると言うことは……帰って来たと言うことだよね?

と言うことは、優チャンはいなかったのか?

それとも……

「で、優チャンは……どうだった?」


「……どよ~ん、としてました」


あ、やっぱり。

「そ、そうか。それで……」


「色々と、その……元気付けようと思ったんですけど、何を言って良いのか分からなくて……」


「……なるほどね」

で、居た堪れなくて戻って来たと……分かる、分かるよ姫乃ッチ。

しっかし、うぅ~む……こりゃ事態はかなり深刻ですねぇ。

まぁ、優チャンにしてみれば、今までライバルであるみなもチャンに勝とうと努力してきたのに、そのみなもチャン本人に弱点を言われるわボコにされるわ挙句に知らない人認定されるわ、もう身も心もズタボロだもんね。

鬱入りまくりになるのは、しょうがないと言えばしょうがないけど……

「……しゃーねぇーなぁ」

俺は苦笑を溢し、姫乃ッチと別れて裏山へと向かった。

本当は、こーゆー問題はもう少し時を置いてからの方が良いと思うのだけど、如何せん、今回は時間がないのだ。

何故なら、新人戦は来週の土曜日なのだ。

悠長に構えている暇などないのだ。

「しかしねぇ、実際問題どうやって立ち直らせるか…」

俺は社へと続く苔生した石段を上りながら思案。

相手がもし野郎だったら、ここは一発、俺様の精神注入張り手をかましてやれば済むんだけど、優チャン相手にそんな事は出来ない。

かと言って、口で諭そうにも、何をどうやって言えば良いのか分からんし、そもそも優チャンはあれで結構、頑な所もあるし……

「……ぬぅ、こりゃあ難しいぜ」

社に着いた俺は、大きな溜息を吐いた。

思うに、一番の手は、優チャンを追い詰めたみなもチャン本人から、お互いに頑張りましょう的なお言葉を頂戴出来れば、どちらかと言うと単純な優チャンは、良し頑張るぞぅ、って復活すると思うんじゃが……

みなもチャンはみなもチャンで、言動とかがちょいとアレだからなぁ。


「あ~~…いっそ、誰かに代わって欲しいぜ。胃が少し痛くなってきたよ」

俺はトホホな表情で抜き足差し足、社の裏手へ回り、そこに居るであろう彼女の様子を覗う。


――ンゲッ!?


優チャンが佇んでいた。

そして彼女の前には、魔女姿ののどか先輩。

二人っきりで何やら話し込んでいる。

事態は益々混迷の度合いを増し、俺の胃は更にキリキリと痛くなった。



こ、こりゃアカン!!

凄くマズイ!!

俺は慌てて飛び出した。

優ちゃんとのどか先輩が、何を話しているのかは分からない。

分からないけど……優チャンの手には、例の心を破壊する劇物が入った小瓶が握られている。

あんな危険な物を飲んだ日には、取り返しの付かないことになってしまう。

まどかも今朝、蒼ざめた顔でフラフラしていたしな!!(あれは二日酔いだがね)

「ちょ、ちょいと待ったーーーッ!!」


「あ、神代先輩」

「……洸一さん」

優ちゃんとのどかさんが振り返る。


「ハァハァ……の、のどか先輩ッ!!一体、何をしてるんですかッ!!」


「……優貴さんを、強くします」

カルマ値が少々悪に傾いている魔女様は、淡々とした口調でそう言った。


「強くするって……」


「完成しました。名付けて、『性格変えま酢・試作弐号』です」


完成って言ってるのに何故に試作っ!?

「い、いや、その……のどか先輩の御好意は誠に有難いんですが、これは我がTEP同好会の問題であり、出来ればそのような薬物に頼らず自力で解決したいなぁ~と思う今日この頃でして……ぶっちゃけた話、先輩はこれ以上口を出さないで下さい」

何しろ、この魔女の薬はヤバイからなぁ……

事態をややこやしくするだけなら兎も角、そのとばっちりが何故か全部僕ちゃんに降り掛かって来るしな。


「……洸一さん、冷たい」

のどかさんは、しょぼ~んとした表情で俯いてしまった。


ぬ、ぬぅ……

そんな顔されると、ちと罪悪感が心を過るが……

だが、俺はもう騙されないぞッ!!

その顔が偽りだって事は、もう見抜いておるのだ!!


「じ、神代先輩ッ!!ちょっと酷いです!!」

しかし優チャンは騙されていた。

「その、良く分からないけど、のどか先輩は私の弱点を治す薬を作ってくれたんです!!なのにそんな言い方……酷いです!!」


「い、いやその、落ち着け優チャン」


「わ、私は落ち着いてますっ!!」

優チャンはキッと俺を睨み付けていた。


アカン、かなり興奮している。

詰まる所、こーゆー所が優チャンの弱さなワケなんじゃが……

ちなみに魔女様は、しょんぼり俯きながらも、唇の端が微かにピクピクと震えていた。

くっ、笑いを堪えてやがる……

さすがのどか先輩……いやさ、喜連川財閥の暗黒卿ッ!!

人心掌握は、お手の物って事ですかい。


「神代先輩。私、まどかさんに言われて、みなもサンが何を言いたかったのか、ようやくに分かりました。だからこそ、弱点を克服したいんです!!強い心が必要なんです!!何事にも動じない精神じゃないと、みなもサンとは戦えないんです!!」


「そ、それはそうなんじゃが……でもな、だからと言って薬に頼ること自体、俺的には既に心が弱いと思うんだが……」

しかもそれは薬じゃなくて、毒なんだけどね。


「時間が無いんですッ!!」

優チャンは叫ぶようにそう言うと、手にした小瓶のキャップを外し、何の躊躇も無く中のそれを一気に呷った。


あ、あぁぁ……飲んじまったよぅぅぅ。

そしてのどか先輩はと言うと、腰の辺りで拳をグッと握り、小さくガッツポーズをしていた。

うん、やはり確信犯だね。


こ、こうなったら致し方なし。

願わくば、せめて先輩の薬が成功してますように……

俺はそう祈りながら、優チャンの様子を窺う。

のどか先輩特製のヤバイ薬を飲み干した彼女は、顔を顰め、そして大きなしゃくりと共に、

「ふ…ふふ……ふははははははははッ!!」

壊れた。

「ゆ、優ちゃん?」


「……神代先輩!!私は生まれ変わりましたッ!!」

ぎらぎらと光る瞳で、優チャンは吼えた。


「そ、そうなんだ。でもどちらかというと、生まれ変わったと言うよりは、心がクラッシュしちゃったような気が……」


「今までの私は、単純だったんですよ!!」


「……はい?」

何を言い出した?


「要は、あの小娘に勝てば良いんです!!」


「小娘って、みなもチャンのことだよね?」


「当たり前でしょ?」

優チャンはニヤニヤと、何だか嫌になっちゃうような悪党的な笑みを浮かべると、不意に声のトーンを落とし、

「実力で負けていても、試合に勝てば良いんですよ。ふふ、そうだ、今の内にあの小娘の家に火を放つというのも有りかも……」


ひぃぃぃぃぃーーーーッ!?

く、黒い!!

優チャンが、黒く染まっちまってるッ!?


「ふっ、そんなまどろっこしい事は、している暇がありませんね」


「お、落ち着け優チャン!!ってゆーかのどか先輩ッ!!これは一体……」


「……ちょっと失敗」


「やっぱりかよっ!?」


「ふふふ……そうだっ!!今からあの小娘を襲えば……闇討ちすれば良いんだッ!!」

優チャンはそう叫ぶや、いきなり走り出した。


「ぬぉいっ!?ま、待て優チャンッ!!」

俺も彼女の後を追って走り出す。

「闇討ちって言っても、まだ昼だぞよ!!」

ってか、心が黒い上に頭がお馬鹿になってるよぅぅぅ……


薬の影響で心の均等を失い、超高速で駆けて行く優チャンを追って追って追い駆けて……俺は遂に見失ってしまった。

「ハァハァ……ち、ちくしょぅ。優チャン、何処に行ったんだよぅ」

って、決まってるじゃねぇーかっ!!

「くそぅ、薬で脳味噌が黒い上にパープーになっている優チャンのことだ。十中八九、梅女へ向かったに違いない。何をするつもりか知らんが……いや、大体分かってるけど……ともかく、事態が大きくならない内に、阻止しなくてはッ!!」



タクシーを飛ばして梅女へ辿り着いた俺は、辺りを見渡し、ホッとした。

何かしら事件のあった形跡は見当たらない、物静かな風景。

つまり、優チャンはまだここに到着していないと言う事だ。

うぅ~む、取り敢えず、ここで見張ってるとして……これが梅女か。

生まれて初めて、お嬢様の通う文武両道の名門校、梅女こと梅小路女子学院の前にやって来た。

赤いレンガ造りの気品ある豪奢な塀に、アーチ型の正門。

その門の脇には制服姿の警備員が皇宮警察の警護官ばりに屹立しており、道路にはドイツ製の黒塗り高級車が列をなしている。

何より、梅女も今日は中間テストなので、次から次へと清楚な夏服姿の女の子が出てくるが……

皆さん、非常に育ちが良い感じです。

気品があります。

中には少々、人としての規格を外れている試作MSみたいな女の子もいるけど、それでもなんちゅうか、お嬢様って感じがしますです。

いやはや……

近所にあるのに、何故か田舎風味満点の俺様の学校とは、匂いからして違いますねぇ。

こーいった学校の女の子は、帰りにその辺のコンビニで駄菓子とか買ったりはしないんだろうなぁ……まどかは平気で買いそうだが。

そんな事を考えながら、校門前で佇む俺。

ぬぅ……

しかし……し、視線が気になる。

女子校前に佇む男子学生と言うのは、如何せん、注目の的だ。

テストが終わり、校門から出てくる女生徒の視線の何と多いこと……

チラチラッと通りすがりに見てくる者もいれば、あからさまにジィーッと見つめ、何やら囁き合っている者もいる。

さすがの俺様とて、少々恥ずかしい。

それにだ、さっきから訝しげに警備員とかが睨んでいるんじゃが、はてさて、どうしたものか……

いっそまどかを呼び出してもらおうか?

そうすれば話も早いし、優チャンも迂闊な真似は出来まいて。


「……ん?」

門の向こう、校舎から出てくる女性徒の中に、見知った顔を発見した。

鞄代わりのピンク色のリュックを背負い、フラフラ~と良く言えば軽やか、悪く言うと何やら僕には見えない蝶々でも追っ駆けているような足取りでやって来るのは……

みなもチャンか。

彼女も校門前に佇む俺に気付いたのか、パタパタパタ~ってな擬音が聞こえてきそうな感じで駆け寄り、

「師匠…」

小首を傾げ、キョトンとした表情で俺を見上げた。


「よぅ、みなもチャン。……テストは出来たかい?」

俺は周りの視線を気にしながら、気さくに挨拶。


「出来なかった」

みなもチャンはにこやかに答えた。

「ツバメが外を飛んでたから」

しかも意味不明だ。


「そ、そうか」


「ところで師匠は……どうしてここに?」


「え?まぁ、その……」


「……ケーキ?」


「…………はい?」


「ボクにケーキをプレゼント?」


「……相変わらず、時空を超えた発言にお兄さんとしては少々心配になってしまうが……みなもチャン、今すぐ寄り道せずにお家に帰りなさい。この俺様が付いて行ってやるから」


「……だめ」

みなもチャンはフルフルと首を振った。

「今日もお勉強。主将が待ってなさいって言ってた」


「ほぅ…」

なるほど、まどかか。

うん、アイツが来れば百人力だな。


「……あ」


「ど、どうしたみなもチャン…――って、げぇぇぇっ!?」

みなもチャンの視線の先、道路を挟んだ反対の歩道に優チャンが佇んでいた。

何やらリボンの付いた小箱を抱え、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべている。

くっ、もう追い付いたか……


「あれは……確か弱いヤツ。名前はクロ介」


「は、はい?彼女は優チャンなんじゃが……」

ってゆーか、誰だよそれ?


「……あ、クロ介はカラスの名前だった」


なるほど、昨日眺めていたカラスの名前なんだね。

「って、そうじゃなくて、逃げるぞみなもチャンッ!!今の彼女はヤバイんだよ!!心が暗黒面に支配されてるから、何でもやっちゃうんだよッ!!子猫や子犬だって虐待するかも知れん!!」


「……だめ」


「何故にッ!?」


「大人しく待ってなさいと主将に言われたから」


あ、あぁん……僕ちゃん、どうすりゃ良いんだ?



でぇぇーーーい、悩んでいる暇は無ぇッ!!

「ま、まどかには俺から言っておくから!!」

俺はみなもチャンの小さな手を握り締め、その場からの離脱を図ろうとするが……時、既に遅し。

何時の間にか優チャンが、ズゴゴゴゴゴッと擬音付きで俺とみなもチャンの前に立ちはだかっていたのだ。


お、遅かったか……

ゴクリと唾を飲み込み、優チャンを見やる。

彼女はニコニコと微笑んでいた。

が、その瞳は笑っていない。

どこか感情の無い、まるで昆虫のような冷たい眼差しだ。


「えへへへ~…みなもサ~ン♪」

と、優チャンは気さくな声を上げながら、一歩、また一歩と近づいてくる。

そして俺に軽い一瞥、邪魔したら消すわよ的な雰囲気の視線を投げつけると、みなもチャンに向かって、手にした小箱を差し出しながら、

「うふふふ、みなもサン。昨日は本当にゴメンねぇ。お詫びにね、ケーキを買ってきたのぅ」


「……ケーキ?」

みなもチャンは目を輝かせた。

その純真無垢な瞳で、リボンの付いた小箱をジッと見つめる。

対して優チャンは……ニタニタと、思わず洸一チン卒倒しそうになる悪魔的な笑みを浮かべていた。


ヤ、ヤバイ……奴はマジだ。

本能が告げる。

あのケーキとやらは、非常にヤバイ。

暗黒卿・のどかさんの所為で心がダークサイド化してしまった優チャンが、素直にお詫びの品を贈るなんて、そんな事はありえない。

ケーキにはきっと、元素記号で言うと『As』的な毒物が含まれている可能性が大だ。

いやそれどころか、あのリボンの付いた箱そのものが怪しい。

みなもチャンが箱を空けた瞬間、ドカーンと一発、まるで中東某国の爆弾テロ的な事件に発展するやも知れぬ。

何としても、そのような蛮行は防がなければ!!

がしかし、下手に邪魔したら、僕チンの方が先に消されるような気がする……


「うふ♪うふふふ……みなもサン、好きなだけ食べて良いんですよぅ」


「わ~い♪」

みなもチャンは嬉しそうに、何の疑いも持たずに箱を受け取った。


ど、どうする、俺?

このままでは、みなもチャンの命が危ない。

それに優チャンも……例え心神喪失状態だとしても、警察関係の厄介に巻き込まれる事は必定だ。

こんな所で、世間を震撼させる事件を起こさせて良いのか?

俺は傍観者に徹しても良いのか?

良いワケ、ねぇーだろーが……

クッ、許せ優チャン!!

そして神様、何卒僕を守ってッ!!

俺は「キェーッ!!」と気合一発、みなもチャンが手にした小箱に的確に蹴りを放つ。


「あっ……」

みなもチャンが小さく声を上げると同時に、俺様の蹴りによって飛ばされた箱は地面を転がり、そして……シュウシュウ~と白煙を上げながらアスファルトの歩道を溶かし始めた。


よ、予想通りか……

ってゆーか、一体何を仕込んでたんだ?

物凄い勢いで地面に穴が空いてますぞ。


「ボクのケーキ…」

みなもチャンは頬を膨らませ、恨めがましい瞳で俺を見つめる。

どうやら状況が飲み込めていないようだ。

そして一方の優チャンはと言うと……

――ンゲッ!?

能面のような凍りついた表情で、俺を見つめていた。

物凄く怖い。


「……先輩、裏切りましたね?」

優チャンはクスクスと笑った。

「私を……裏切りましたね?」


「お、落ち着け優チャン!!俺は裏切ったというか、実質的には君を守っているんだぜ?分かる?」


「裏切り者には血の粛清です。日和っている先輩を総括します!!」


「連合赤軍かよ!?」

俺は飛び退り、みなもチャンに向かって叫ぶ。

「逃げろ18号ッ!!じゃなくて、みなもチャン!!」


「ボ、ボクのケーキ…」


「ぬぉうっ!?そんな未練がましく落ちてる箱を見つめてないで……って、そうだっ!!みなもチャン、競争をしよう!!」


「競争……?」


「そうだ!!いつもの公園……前に夕焼けを見てた公園があるだろ?そこまで競争だっ!!」

とにかく、今はこの場から逃げ出さないと……

周りの生徒も何事かと見ているし、警備員も近寄って来たしねッ!!

「き、競争して俺に勝ったら、好きなケーキを買ってやるから。な、みなもチャン?」


「……ドンっ♪」

みなもチャンはにこやかに、物凄い勢いで駆け出した。

だが、それを見ていた優ちゃんも、

「はは、逃がすかよッ!!」

土煙を上げ、追撃。

俺は一人、取り残されてしまった。

ふぅ、これで一安心だ。

「って、安心じゃねーだろっ!?」

俺は慌てて道路に飛び出し、手を上げてタクシーを止める。

「い、急げ運ちゃんッ!!急いで駅前公園へ向かえッ!!人の2~3人轢いても俺が許すッ!!」



タクシーの運ちゃんを急かし、馴染みの公園に着いた俺は、思わず卒倒しそうになった。

公園では、既にみなもチャンと優チャンが、まるで格闘ゲームばりの熱いバトルを繰り広げていたのだ。

うわぁぁーん、ちと遅かったよぅ……

こうなった以上、もはや僕チンに出来ることは無し。

大人しく、って言うか隠れて様子を見ていよう……危ないからね。


俺はこそこそと、木々の間に身を隠す。

少しだけ離れた場所で、優チャンとみなもチャンは惜し気も無く辺りに殺気を撒き散らしながら、戦っていた。

ぬぅ……

額に汗が浮かぶ。

こいつは……

まどかも認める格闘の天才、みなもチャンが押されていた。

いつものどこかボーっとした表情にも、微かに焦りと戸惑いが見られる。

それに対して優チャンは……

「ふははははははは!!」

笑っていた。

笑いながら戦っている。

まるで真性のアカン子みたいだ。

俺がもしも保健所の職員だったら、慌てて取り押さえるところだ。


これがもしかして、暗黒面の力と言うやつか?

それとも文字通り、馬鹿力と言うやつなのか?

どっちにしろ、拙いぜよ……

俺は小さく呻く。

素人目にも優チャンが優勢なんじゃが……それではダメだ。

ここでもし、みなもチャンに勝っちまったら……もう二度と、本当の優チャンは戻って来ないような……そんな気がする。

強さと引き換えに黒く染まった優チャンか……

考えるだけで、恐ろしい。

そんな彼女と一緒に同好会活動なんて……

『先輩ッ!!先ずは練習前にランニングです。血反吐吐くまで走ってくださいッ!!走らないとコロシますよ?うふふ』

とか何とか言われたりしたら、僕ちゃんもう、どうして良いのやら。


でぇーーい、考えていたって始まらねぇ…

俺の愉しき学園生活を守る為にも、ここは俺が戦わなければ!!

何より、優チャンがこうなったのは、のどかさんの所為……

のどかさんの責任は、同士である俺様の責任でもある。

オカルト研究会はファミリーなのだ。

・・・

そんな家族は見捨てたいのは山々だがなっ!!


南無八幡大菩薩……何卒、我に御加護をッ!!

俺は勢い良く、木々の間から飛び出した。

もちろん、半泣きな上にパンツが少々濡れているのは秘密だ。

「そ、それまでだっ!!両者とも、今すぐ拳を収めろ!!」


「あら?これは神代先輩……うふふ」

「……師匠」

二人は距離を離し、突如現れた俺に向き直った。

優チャンは嫌になるぐらい余裕の笑みを浮かべ、みなもチャンは少し息を切らしている。


ぬぅ、このみなもチャンをここまで追い詰めるとは……

侮りがたし、暗黒の力っ!!

……単にお馬鹿になって咎が外れただけとも言うが……

「下がってろ、みなもチャン」

俺はそう言って、カッチョ良く一歩を踏み出す。

自分のこーゆー所、嫌いじゃないです。


「……師匠?」


「これはオカルト研究会、及びTEP同好会の問題だ。優チャンの暴走は……俺が止める」

みなもチャンはきょとんとした顔で俺を見上げ、そしてククッと首を傾げると、

「……ケーキは?」


「いや、ケーキは後だ。今は優チャンを止めないと……」


「……強いよ?」


「俺の方が強い。……特に心はな」

さて、ここが正念場か。

いっちょやってみますかねぇ……

俺はみなもチャンを庇う様にして、優チャンの前に立ちはだかった。

ちょいと膝方面がガクガクと震えちゃってるけど、恐れるなッ!!


「神代先輩。何の真似ですかぁ?」

優チャンはクスクスと笑っていた。

「もう少しでみなもサンを倒せたと言うのに、どうして邪魔をするんですかぁ?」


「優チャン。頼むから、元に戻ってくれ」


「優チャン?うふ♪うふふふふふ……」


「な、何が可笑しいのかにゃ?」


「……神代先輩の知っている葉室優貴は、死にました」


「……はい?」


「私は……マロリー・ノックス!!せせせ、世界一の女なんですぅぅぅぅ……うふふふ」


あ、あかん。完璧に壊れてやがる。

穂波より酷ぇや。


「私の野望を阻止する者には死をッ!!」

優チャン改めナチュラルボーンキラーは、勢い良く地を蹴り、瞬く間に間合いを詰めて来た。


――は、迅いっ!?

即座に回避運動を行う俺様の運動神経。

目の前を、シュゴーーーッ!!と物凄い音を立てながら、優チャンの拳が素っ飛んで行く。

その攻撃に、何の躊躇いも迷いも無かった。

つまる所……マジで俺様を殺る気って事か。

さて、どうしましょう?

この場合、選択肢は3つだ。

玉砕覚悟で挑むか、尻捲くって逃げるか。

それとも、僕チンもダークサイドへ寝返るか……


「うふふふ、どうしましたぁ、神代先輩?顔色が悪いですよ?うふふふ♪」


「……優チャン、正気に戻ってくれ。でないと俺は……」


「俺は……なんです?」


「……俺は本気になって君を倒す」

言って俺は、構えを取った。

「格闘技に関しては素人同然だが、俺はこれでも、この界隈で名を知られた喧嘩の達人。正直、試合じゃなくて実戦では、君より力は上だ」


「……へぇ」

優チャンの顔から笑みが消えた。

出来ればこのまま、彼女には元に戻って欲しい。

もしくは逃げ出して欲しい。

何故なら、僕ちゃんの言ったことは殆どハッタリだからだ。


「ふ、どうする優チャン?拳を収めれば、今日の所は見逃してやろうッ!!」

ってゆーか、頼むから見逃してくれぃぃぃ……

僕ちゃんもう、いっぱいいっぱいなんだよぅ。


「……良いでしょう」


「へ?」


「私も一度、本気の神代先輩とやらと戦ってみたかったのです。うふふふふ……全ての力を解放し、貴方を滅します」


う、裏目に出たーーーーーッ!?

「な、ならば掛かって来いッ!!」

さ、さて、問題はどうやって逃げ出すかだが……


「……では、行きます」

瞬間、優チャンの姿が消えた。


「……え?」

と、いきなり自分の目の前に現れ、腹に重い一撃。

俺の体は軽く吹っ飛び、ついでに意識も少し吹っ飛んだのだった。



「……ってな訳で、ぶち切れ状態の優チャンの攻撃は強烈でよぅ。ホント、散々な目に遭ったぜよ」

喜連川家における最後の晩餐の後、俺は風呂に行く途中で、借りた本を返しにまどかの部屋を訪れていた。

フカフカのクッションに腰掛け、そこで今日あった出来事を彼女に話していたのだが……

「むぅぅぅ……つまんない」

まどかはちと、不機嫌です。


「な、何がつまんないんだよ」


「だってさ、せっかく私の学校まで来たのに、私を待たずにそんな愉快なイベントが始まってるなんて……なんか除け者にされた気分」

既に風呂上りなのか、パジャマ姿のまどかはそう言うと、ペットボトルのミネラル水を口に含んだ。


「あのなぁ……ちっとも愉快じゃないぞ?俺的には、かなりしょんぼりなイベントだったんだぞ?」

しかも死に掛けたワケだしね。


「それで?結局、それからどーなったのよぅ」


「ん?どうなったもこうなったも……潜在能力が解放されて、生きたまま闘神になった優チャンに勝てる筈もないだろ?俺もみなもチャンも、ただ逃げ惑っていただけだよ」

いやはや、本当にあの時は頭の中で走馬灯が永久ループしていたしねぇ……

「んで、まぁ……それから散々追い駆けられたけど、最後にはどこで待機してたのか、颯爽とのどか先輩が現れて優チャンを調伏……もとい、拿捕したわけなんじゃがね」


「姉さんがやって来たの?」


「うん、まぁ……やって来たと言うか機を窺っていたと言うか……」


「ふ~ん……それで?どうやって優を捕まえたのよぅ?だって優、物凄く凶暴だったんでしょ?」


「つ、捕まえたも何も、まぁ……色々とな」

俺は言葉を濁した。

よもや優チャンを、リムジンで跳ね飛ばして気絶させた、とは何か言い辛い。

「それでさ、先輩が言うには、薬で精神を鍛えるのは難しいとか何とか……最終的には催眠術的なもので、優チャンの記憶を二日分ほど削除して、これで一件落着。最後にみなもチャンにケーキを買って上げて目出度し目出度し、と言う事になったんじゃが……」


「ちょ、ちょっと待ってよ」

まどかは身を乗り出し、俺に詰め寄ってきた。

「記憶を削除って……そーゆー事が出来るんだったら、最初からそうすれば良ーじゃないのッ!?」


俺もそう思うッ!!

最初から、みなもチャンとのやり取りを消してしまえば、何の問題も無かったワケだしね。

「はっはっはっ……ま、そう色めき立つな。のどか先輩も、別に悪気があった訳じゃないし……」(多分だがな)


「むぅぅ……ったく、優も可哀想に。それにみなもだって……」

まどかは膨れっ面で、手にしたペットボトルを握り潰した。

「そもそもねぇ、全ての原因は姉さんじゃないの」


「う、うん、まぁ……」

否定は出来ないね。

心の弁護士も、この件に関しては反論できないよ。


「っとに、最近の姉さんはちょっと暴れ過ぎよ。洸一もはっちゃけ過ぎだと思うでしょ?」


「ま、まぁその、何と言うかねぇ…」


「何よぅ。さっきからゴニョゴニョ言ってないで、ハッキリ言いなさいよぅ」

まどかは更ににじり寄って来た。

品の良い石鹸の香りが、俺の鼻腔を擽る。


「ん~~……そりゃ確かに、少し強引過ぎる所もあるけど、別に俺は構わないって言うかさぁ……」


「何でよぅ。良く考えたら、いっつも洸一が一番の被害者なんだよ?」


「良く考えないでもそうだがな」


「なのに、何で怒らないのよぅ。なんで姉さんばかり庇うのよぅ」

ジロリと俺を睨む。

その瞳は、何故かちょいと真剣だ。


「べ、別に庇ってるつもりはないぞよ。単に俺は、それほど怒ることじゃないって言ってるだけで……」

それにだ、下手に陰口なんか叩いたりしたら、後が怖いじゃねぇーか。

何しろのどか先輩のお友達は、どこでも忍び込めるし、普通の人には中々見分けが付き難いからね。

実際、まどかの部屋の窓に掛かってるレースカーテンの一つが、さっきから風も無いのに微妙に動いたりしている。

多分あれは、一反木綿の親戚か何かだろう。


「むぅぅぅ……洸一はいっつも、姉さんの味方ばかりしてる」

まどかは唇を尖らせ、拗ねてしまった。

まるで子供だ。


「まぁ、俺も一応オカルト研究会のメンバーだからな。それにだ、なんちゅうか……のどか先輩の気持ちも、分からんではないわけよ」


「姉さんの気持ち?」


「……先輩ってさ、今まで友達らしい友達っていなかったワケだろ?……人間の。それがさ、3年になって俺と知り合って、それから仲間や後輩が出来たって言うか……だからさ、楽しいんだよ。楽しいから、色々とやっちゃうワケよ。俺はなんとなくだけど、それが分かっているから……ちょっとしたお茶目ぐらい、笑って許せるっちゅうかさぁ……ま、そんな感じだ」

ま、ちょっとしたお茶目で済まない場合の方が多いんだがね。


「……ふ~ん……そっかぁ」

まどかは小さく何度も頷いた。

そしてどこか柔らかく微笑むと、

「洸一ってさぁ、変な所で大人びているよね」


「変な所?……チ○コか?」

言った瞬間、見えないパンチが頬にブチ当たる。

「じょ、冗談で言ったのにぃ……」


「アンタの冗談は笑えないの!!ったく、少しは誉めて上げようと思ったのに……」


「そ、そりゃどーも」

言って俺は、ゆっくりとクッションから立ち上がった。


「なによぅ。どこへ行くのよぅ」


「へ?何処と言われても……風呂だが?」


「まだ入ってなかったの?っとに、愚図ね」


「う、うるせーな。ちょっとTVを見てたら遅くなっただけだ。ったく、何か文句の一つでも言わんと、気が済まんのかお前は」


「良いじゃない。文句を言われる内が華よ」


「……何を言うてるんだ君は?」


その後……

洸一は明日家に帰るんじゃないのぅ、とか何とかワケの分からん、ヤクザだって言わないような因縁を付けられ、夜遅くまで対戦ゲームの相手をさせられた。

しかしまどかの奴……明日もテストなのに、何故にそんな余裕なのだろうか?

やはり俺様のような庶民とは、遺伝子構造からして違うのだろうか?

ま、何はともあれ、明日は久しぶりの我が家だ。

メイドさん達に傅かれた、上げ膳据え膳の生活も、今日で終わり。

元の生活に戻れるかちと不安だし、少し寂しいような気もするが……

もしかして、まどかも寂しかったのかな?

だから俺が気絶するほど眠くなるまでゲームに付き合わせたとか……

・・・

そりゃねぇーか。

何しろアイツ、散々ゲームで俺様をハメてボコりやがったからのぅ。

いつか必ず、リベンジしてやるぞ。






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