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俺様日記~1学期~  作者: 清野詠一
29/53

嫌われよう大作戦


★6月25日(土) 


 土曜日。

半ドン授業を終えた俺は、一旦喜連川の家に戻り、デートの準備。

あぁ……

僕ちゃん、全てを捨てて戦わずに逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。



<デート指令その1/行く前に……>


「ま、こんなモンかのぅ」

ナウなヤング(死語)らしく、ちょいとラフでトラディショナルな洋服に着替えた俺が、鏡の前で決めポーズを取っていると、コンコン…とドアをノックする音に続き、

「洸一。準備は出来た?」

まどかと真咲姐さんが入って来た。

二人とも既に私服に着替えており、尾行する気満々な感じだ。


「お、おう。一応、着替えは終わったけど……」


「……何ソレ?」

と、冷やかな声でまどか。


「へ?ナニソレ……とは、一体どーゆー意味で?」


「アンタねぇ……わざわざ嫌われに行くんでしょ?」


「まぁ、真に遺憾ながら……」


「だったら、何でそんなに格好つけてんのよッ!!」


「うひっ!?」


「嫌われるんだったら、もっとそれらしい服装にしなさいッ!!」

まどかは鼻息も荒くそう言うと、何やら真咲さんに目で合図。

彼女は重々しく頷くと

「洸一。取り敢えずこれに着替えろ」

そう言って手にしたスポーツバッグのチャックを開け、中から妙チクリンな衣装を取り出した。


「き、着替えるって……これに?」

彼女が差し出した衣装を、俺はマジマジと見つめた。

馬鹿な外国人観光客相手に売ってるような、『罪』と意味不明な漢字が大きくプリントされたTシャツに、火を点けたら一発で燃えちまうような、テカテカ光ってる蛍光色のヤバいジャケット。

更には、見たこともないような真っ赤なジーパン。

しかもそのジーパン、チャックのところが壊れていて、現代社会に挑むかのように常に前がオープン状態だ。

「こ、この服を……着ろと?こんな倫理上キケンな香りがプンプンする服を、お洒落な僕ちゃんに着ろと、君達は言うワケかい?」


「そうだ」

「そーよ」


言うわけだった。

ギャフンである。

「あ、あのなぁ……そりゃ確かに、この超センスな服を着れば、イメージ的にはかなりマイナスだよ?俺がもし相手の女の子だったら、速攻で他人のフリをするもん。だ、だけどなぁ……なんちゅうか、僕のプライドはどーなる?俺はこう見えても、結構ナルシストな一面があったりするんだぞ?」


「それがどうした?」


「どーしたって……真咲さん、それは余りにも酷いような……」


「ゴチャゴチャ言わないのッ!!」

まどかが指をバキバキ鳴らしながら俺を睨み付ける。

「全く……アンタは生き様自体が恥かしいんだから、格好ぐらいで文句を言わないのッ!!」


「ぐ、ぐぬぅ」


「分かった?分かったんなら……はい、これ」


「ぬ?」

まどかは俺に何か手渡した。

小さな手帳と、これまた小さな補聴器みたいな物体だ。


「何これ?」


「手帳の方には、デートの基本行動表(最終決定稿)が書いてあるわ。それを見て、ちゃんと行動しなさい。それと、そっちの小さいのは、超小型レシーバよ。私のスマホから音声が送れるように設定してあるから、時と場合により、私の言った通りの行動をしなさい」


「……なぁ、これってやっぱ、罰ゲームじゃないのか?」


「はぁ?なに言ってんのよ。アンタの為でしょーが」


どの辺がだろう?

「まぁ……取り敢えずは分かったよぅ。んじゃ、着替えてとっとと行きますか。待ち合わせまで後少ししかないし……」

と言った瞬間、まどかにポコンと頭を殴られた。

「な、なにするんじゃっ!?」


「アンタ馬鹿?渡した手帳をちゃんと読みなさいよ」


「ンだよぅ……」

俺は殴られた頭を擦りながら、手帳を捲ると、最初のページに

【14:00待ち合わせ/ただし最低30分は遅れて行くこと。ドタキャンも可】

と書かれてあった。

初っ端から、かなり厳しい指令だ。


「……いきなり遅刻しなきゃならんワケなんですね?」


「そーよ。先ずは第一印象から悪くなることが肝心なのよ。ま、相手が怒って帰ってくれれば、それに越したことはないんだけどね」


「あぅぅ……でも、なんか相手の女の子に対して、物凄く後ろめたいというか、スゲェ罪悪感が……」


「なに言ってんのよ。その子の為じゃないの。アンタみたいな馬鹿に惚れるって言うのは、言わば病気なの。病気はちゃんと治療しないと、どんどん悪くなっちゃうんですからね」


「な、何を言ってるのか全然分からないんだけど……限りなくコケにされているって言うのは分かったぞ。取り敢えず僕ちゃん、そこの隅で泣いていいかな?」



<デート指令その2/修羅場な待ち合わせ>


予定通り、わざと時間に間に合わないように俺は喜連川の家を出た。

遅刻はもう確定的で、5分前行動を常とする俺様としては非常にやり切れない。

だが、それはまぁ良い。

問題は、この格好だ。


あぁ……わ、笑われている……

街を歩きながら、俺は絶望的な屈辱に耐えていた。

サラリーマンが……主婦が、女子高生が……俺を見て笑っている……

被害妄想とかそんなんじゃなく、本当にそうなのだからどうする事も出来ない。

ま、確かに、サイケでノータリンな服を着ている上、ズボンのチャックは全開でアウトサイダーな場所が常にオープンになっている姿は、笑いの対象としては申し分ないだろう。

俺でも腹を抱えて笑う。

だがしかし、やっている本人は真面目なのだ。

無表情を装ってはいるが、心の中は涙の雨が降っているのだ。


あぅぅ……これって、もしかしてイヂメじゃないのか?

世間の嘲笑に身悶えしながら、俺は半ば早足で商店街を通り抜け、待ち合わせ場所の駅前噴水広場へと到着。

そこには、私服姿の澪香ちゃんと、見慣れぬ可愛い女の子が談笑しながら佇んでいた。


さ、さて……いっちょ行きますか。……とほほほ。

「よ、よぅ……お待たせ」

手を挙げながら俺は彼女達に近付く。

と、澪香チャンはキッと怒りの眼差しを俺に向け、

「神代さんッ!!思いっきり遅刻……って、なにその格好っ!!?」

怒った顔のまま、後ろへと仰け反った。


「い、いやぁ~……それは俺が聞きたいよぅ」


「な、なんてヘンテコな服を……そ、それにズボンのチャック……」


「壊れてるんだよぅぅぅぅぅぅぅぅ」

いっそのこと、誰か俺を殺してくれッ!!


「ま、まぁ……相変わらず良く分かんないけど……彼女がユッチーよ」

澪香ちゃんは訝しげな表情に怒気と呆れを織り交ぜ、隣にいる美少女を紹介する。


「え、えと……神無月夕依です」

清楚な感じのする、薄いブルーのワンピースに身を包んだ彼女は、ペコニャンと可愛らしくお辞儀した。

立ち振る舞いといい漂う気品といい、これぞ本物のお嬢様だ。

パチ物のまどかとは大違いである。


「あ、コイッチーこと、神代洸一です。今度17歳になるピチピチの独身であります」

俺も行儀良く会釈を返すが、腰を曲げると更にズボンのチャックがパカッと開いちゃうのが、何とも俺をしょんぼりな気分にしてくれた。


し、しかし……本当に可愛い女の子じゃのぅ……

フワッと柔らかそうなセミロングな髪に、大人しそうな性格を表している綺麗な瞳。

夕依ちゃんはどことなく、俺の(?)姫乃ッチに似ていた。


うぅ~む、こんな可憐な娘っ子が、俺様にのぅ……てへへへ……

何て事を考えていると、『ピッ!!』と言う小さな機械音と共に、耳の奥に装着したレシーバーから、ちっとも可憐ではないまどかの声が響いてきた。

『なに鼻の下を伸ばしてるのよぅ……この馬鹿ッ!!』


ぐ、ぐぬぅ……

やはり、どこからか監視してやがるな。


『ちゃんと手帳を確認しなさいよ。……ったく』


て、手帳ねぇ……

俺はポケットに手を突っ込み、小さな手帳をそれとなく取り出しながら、チラリと中を確認。

え、え~と……

【出会ったら先ずは相手の服をけなすこと】


「うへぇーーーーーーーーーーーーッ!!?」


「う、うわっ!?どーしたの神代さん?」

澪香ちゃんが驚いた顔で俺を見つめた。


「な、何でも無ぇ。あぁ何でも無いさッ!!」

け、けなすって……どーやってだ?


俺はかなり途方に暮れていた。

彼女は見た感じ、完璧だ。

このデートの為に精一杯のお洒落をして来たのが、痛いほど良く分かる。

そんな彼女を、貶めろと言うのか?

泣かせろ言うのか?


―ピッ!!

『早くしなさいよッ!!』


言うのだった。

くっ……ゆ、許せユッチーちゃん……

「あ~……夕依ちゃん。なんちゅうか……その……可愛い服だね」


「あ、ありがとうございます」


「だけど、君には似合ってないな。全然ダメだぜッ!!」

さぁ、殴れッ!!

誰でも良いから、俺をブン殴ってくれぃッ!!



<デート指令その3/クンタキンテ>


「……え?」

夕依ちゃんは驚いた顔で、瞳をパチクリとさせていた。

しかし、俺は尚も続ける。

命令だから仕方ないのだ。


うぅぅ……ごめんよぅ……

願わくば、俺の事が嫌いになって、速攻でお家へ帰ってくれぃ……今ならまだ、傷は浅くて済むぞ。

「なんちゅうか、君みたいな女の子には、もっと露出が多い服の方が良いですな!!ぶっちゃけ、歩いてるだけでパンツが見えるような超ミニが、僕は好きだッ!!」

言うや、怒気も顕わに澪香チャンが詰め寄ってきた。

「な……何言ってるのよ神代さんッ!!」


それは俺が聞きたい。

「しょ、しょーがねぇーだろ……天の声がそうしろと命じて来たんだし」


「は、はぁ?」

「天の声……」

夕依ちゃんは少し困った顔をしていたが、すぐに気を取り直すと、

「すみません、神代さん。今度から……今度から、そういう服を着てきます」

蚊の鳴くような小さな声でそう言った。


え?マジで?

こんな戯言でも聞いてくれるの?

エ、エエ娘やなぁ……


―ピッ!!

『チッ、しぶといわねぇ』


こちらは極悪じゃのぅ……


「さて、それじゃあ私は行くから……ユッチーは初デートを楽しんでね」

と澪香ちゃんは夕依ちゃんに言い、俺には声を潜めて、

「神代さん。くれぐれもユッチーに変な事をしちゃダメよ?ただでさえ今日の神代さんは、ちょっとおかしいんだし……」


「だってだって、天におられる武神の方々に見られてるんだもん。逆らうと殴られるんだもん。……2万発ぐらい」


「……はい?」


「詳しい事情は、帰って来てから話すよぅ」



手を振って澪香チャンを見送った後、俺は夕依ちゃんに気づかれないようにこっそりと手帳を確認。

さ、さて、次のアクションは……

【14:45分・映画館へ/コアなアニメ映画等を選ぶこと。特別にポルノも可】

こりゃまた、厳しい試練じゃのぅ……

「え~と、夕依ちゃん?今日は先ず、映画でも観ようか?」


「……はい」

彼女は目を伏せ、小さく頷いた。


うぅ~む、何て可憐な……

しかしデートなんだから、こーゆー時は手を繋いでも良いのかな?


―ピッ!!

『何してるのよ。早く行きなさいよ洸一ッ!!』


くっ、五月蝿いヤツだなぁ……


『言っとくけど、手なんか繋ぐんじゃないわよ?少しでもその子に触れたら、肘から先をギロチンに掛けてやるんですからねッ!!』


……OK、ボス。

「じ、じゃあ……さっさと行こうか」

俺はそう言うと、振り返りもせず勝手に歩き出した。

しかも彼女の歩調も考えずに、早足でだ。


あぁん、なんか……物凄く辛いですな。

デートしている感じって言うのが、全く感じられませんな。


―ピッ!!

『その調子よ、洸一』


くっ、嬉しそうな声出しやがって……


『彼女、少し離れて歩いているみたいだから……ここで一発、さっさと来いウスノロめッ!!とか何とか言いなさいよ』


「い、言えるかーーーーっ!!?」

俺は思わず立ち止まって吼えた。

ば、馬鹿まどかめ……

純真無垢な少女に、そんな破天荒な事が言えるかってんだッ!!

しかも初デートだぞ?

言ったら……なんちゅうか、彼女の心に永遠のトラウマを残しちゃうじゃねぇーか……


「あ、あのぅ……」


「あ、いや……何でもないんだよ、夕依ちゃん」

俺は小首を傾げている年下の女の子に微笑んだ。


―ピッ!!

『今よ洸一。いきなりデコピンでもしなさい』


「出来るかっ!!?」


「え?え?」


「あ~……何でもない。何でもないんだよ……てへへへ」

い、胃が……少し痛くなって来たぞよ。



<デート指令その4/ザ・グレート・ラグタイム・ショー>


噴水広場から歩くこと数分。

俺達は駅前ビルの裏手にある、地元ではシネマケ(シネマ・マーケット)と呼ばれる大小の映画館が並ぶ定番のデートスポットにやって来ていた。

さすがに土曜の午後と言うこともあってか、かなりの人手で賑わい、道なども混雑しているが……


僕ちゃんの周りだけ、誰もいねぇ。

まるで見えない未知のフィールドに拠って守られているかの如く、俺の周囲だけポッカリと穴が開いていた。

誰も俺様のエリアに入って来ようとはしない。

……ま、そりゃそうだろう。

何しろケバケバな服を着た男が、チャック全開で歩いているのだ。

しかも顔は既に半泣き。

どー見てもマトモじゃない。

他人からは、確実に愉快な頭の持ち主と認識されているだろう。

なまじ下手に近づいて刺されでもしたら……と考えるのが一般的なのだ。


あぅぅ……なんでこの俺が、こんな目に?

どこで人生を誤っちゃったのかなぁ?


「さ、さて……何の映画を見ようかな?」

ずらりと並ぶ掲げられた看板を見渡す。

向こう側から、メジャーな洋画、ちょいとマイナーな洋画、そしてB級的香りの漂う洋画に、邦画邦画アニメ邦画アニメアニメ……色々とある。


うぅ~む……

個人的には、肩の力が抜けるようなお馬鹿な映画が観たいが……

しかしながら、天からの指令には逆らえない。

俺は彼女に嫌われる為に、行動しなければならないのだ。


ちくしょぅぅぅ……

「あ~~…夕依ちゃん?今日はこの映画を観よう」

俺様がチョイスしたのは、某大きなお友達専用ゲームの劇場版アニメだった。

まさにこれこそ、観る者を選ぶ映画だと言えよう。

初デートにして選ぶ映画がこれだ……

普通だったら即アウト。

もしも俺が女だったら、確実に相手の人中に拳を叩き込んでるね。


だが……

夕依ちゃんは寛容だった。

いや、寛容と言うよりは、知らないみたいだ。

俺様の選んだ映画に、笑顔で頷いたのだ。

「い、良いのか?」


「はい…」

ちょっとはにかみながら彼女は頷く。


「ほ、本当にか?自分でチョイスしておいて何だけど、この映画……かなりヲタ臭が強いよ?ぶっちゃけ、ダメ人間御用達ムービーなんだけど……」


「構いません…」

夕依ちゃんは笑い、そして呟くような小さな声で、

「その……神代さんと一緒なら、どんな映画でも良いです」


……ホンマにエエ娘やなぁ……


―ピッ!!

『彼女、どっかオカシイんじゃないの?』


……本当に悪い娘じゃのぅ……こっちは。



映画館に入り、先ずは座席を確保。

さすが、非一般人向けの映画だけの事はあり、周りはブヒブヒ言ってそうなむさ苦しいダメ人間ばかりだ。

さて……

俺はこそっと手帳を確認。

お次の指令は……

【映画が始まったら、いきなり奇声を上げて走り回り、映画館を出ること】

かなり厳しい要求だった。

一体、俺はどこのキ○ガイだ?


あ、あのなぁ……

確かに、こんなアウトローな行動を取れば、一発で嫌われるよ?

だけどなぁ、俺の立場はどーなるんだ?

彼女に嫌われるだけじゃなく、社会にも嫌われたら……もう二度と、この映画館に来れなくなるじゃないか。

「とは言っても、俺に拒否権はないか……ふふ」


「はい?何か……仰いましたか?」


「うんにゃ、何でもねぇ」

俺は小さく溜息を吐き、座席に深く腰掛け直す。


しっかし、なんで彼女はこんな俺に好意を寄せてくれるんだろう?

そりゃ確かに、俺はナイスガイだよ?

運動も得意だし、マスクもそれなりに良いモノを持ってると言う自負もある。

だけどなぁ……たった一回会っただけなのに、こうも俺を信用してくれると言うのは、実に不思議だ。

しかも今日は、アホかヤク中にしか見えない突飛な行動ばかりしてるのに、それでも黙って付いて来てくれるなんて……

彼女はもしかして、天使なのか?

慈悲深い女神様なのか?

・・・

だけど悲しいかな、今日の僕ちゃん、悪魔に監視されてるからのぅ……



<デート指令その5/ネヴァー・ギブアップ>


夕暮れの公園、俺と夕依ちゃんはベンチに腰を下ろし、茜色に染まった空を見上げていた。

耳の奥のレシーバーからは、

『彼女、正気じゃないわよッ!!キーーーーーーーーーッ!!』

と、完全に正気じゃないまどかの金切り声が響いてくる。


確かに……と、俺もちょっと思う。

夕依ちゃんは、柔軟で大きな心を持っていると言うよりは、なんちゅうか……心が少し、一般常識が支配する社会から離れているような……そんな気がするのだ。

何しろ、俺は色々とやってきた。

彼女に嫌われるため、現代社会に挑むかのようにかぶいてきた。

もっとも、それは強制ではあったのだが……


あの、映画館で奇声を上げて退散した後、まどかの命令は過激の一途を辿っていた。

予定表通り、喫茶店に入れば、

『僕はこれが食べたいんでちゅう、と言って大きなパフェを注文しなさい』

『あのウェイトレスさんの服装を凝視して、萌えるっ!!て叫びなさい』

『出る時は、消費税までキッチリ割り勘よ』

と言う、愉快で過酷な指令ばかり。

更に街を歩けば、

『そこのプラモデル屋のウィンドゥに顔を付けて、僕ちゃんコレ欲しいなぁ、と言いなさい』

と言う指令から始まり、いきなり歌を唄えだの、踊り出せだの、挙句の果ては立ちションしろまで……

なんちゅうかもう、道行く人はそんな俺を遠くから奇異な目で見つめ、子供たちは泣き出し、最後には騒ぎを聞き付けたお巡り&保健所職員にまで追っ駆けられてしまい、俺の心は崩壊寸前。

にも関わらず、彼女は黙ってニコニコと……そんな俺に付いて来てくれているのだ。

一体、彼女は何を考えているのか……

洸一、少しドキドキである。


「いやぁ~……それにしても、なんか今日は疲れたねぇ」

俺は沈み行く太陽を見つめながら、苦笑交じりに呟いた。

ちなみに本当に、僕ちゃんヘトヘトのバテバテだ。

精神的ショックが大き過ぎて、肉体までお疲れモードになっているのだ。


「……そんな事は……ないです」

と、夕依ちゃんはニコッと微笑みながら言う。

「神代さんといると、とっても楽しいです」


「そ、そっか」

楽しいか?

むしろ怖いと思うが……


―ピッ!!

『なんかムカつくわねぇ、その女』

怒気を含んだまどかの声が耳に響く。

『普通だったら、とっくに逃げ出している筈なのに……』


確かに……と、俺も小さく頷く。


『はぁぁ~……こうなったら仕方ないわ。最後の手を使うしかないようね』


えぇッ!?まだあるんですかぁ?


『いいこと洸一。今回だけ、特別に今回だけは大目に見てあげるから……その子に、ちょっとだけHな事をしなさい』


「うぇぇッ!?」


「ど、どうしたんですか神代さん?」


「いや、ちょっと……」

俺は耳を押さえ、口を閉じる。

いやはや……

まどかと真咲に監視されている以上、そーゆー性的なアクションは、絶対禁止だと思っていたんじゃが……


『ただし、あくまでもほんのちょっと触るとか、その程度よ。過激なことはしちゃ駄目よ』

と言うまどかの声に続き、真咲さんの声も響いてくる。

『洸一。命令だからと言って、あまり調子に乗るなよ?キスとかしてみろ……その時はどうなるのか、分かっているんだろうな?』


ど、どーなるんだろう?

って考える間でもなく、地獄を見ちゃうんだろうなぁ……


「……はぁ~」

俺は大きな溜息を一つ吐いた。

こんな純な女の子に、いきなりセクシャルな行動を取れば……ま、完璧に僕ちゃんは嫌われるでしょうな。

「でもまぁ、仕方ないか」


「はい?何が仕方……ないんですか?」


「……夕依ちゃん」


「はい?」


ごめんなぁ……

と心の中で土下座しつつ、俺はおもむろに手を伸ばし、服の上から彼女の胸を鷲掴んだ。

清楚なワンピース越しに伝わる、彼女の未発達な胸の感触。

さぁ、殴れっ!!

叫び、罵りながら俺様を殴ってくれぃっ!!


だがしかし……

彼女は黙ったままだった。

肩を少しだけ震わせ、顔を真っ赤にしたまま俯いている。


ぬ、ぬぅ……

ならば、これでどうだっ!!

ちょっとだけムニムニと揉んでみる。


「あっ…いや……」

小さく、掠れた声を上げながら、彼女は微かに身を捩るが……それだけだった。

抵抗らしい抵抗も見せず、俺の為すがままになっている。


お、おいおいおい……マジかよ?

いきなり僕ちゃんに胸を揉まれても、グーパンどころか悲鳴も上げないのかよ。

夕依ちゃん、そんなにまで俺様の事を……


と、その時だった。

「へっへっへ……兄ちゃん。随分と、楽しそうじゃねぇーか……俺達も混ぜてくれよぅ」

頭上から響く、品の無さそうな声。


「ん?」

顔を上げると、どこから見ても、僕たち現代社会のレールから外れた馬鹿です、と言わんばかりの野郎が四人、俺と夕依ちゃんの座るベンチを取り囲んでいた。


なんじゃコイツ等?俺様が誰か知らんのか?

俺は口元を歪め、目の前に佇む目つきの悪い野郎にメンチを切る。

と、ピッ!!と言う発信音と共に、

『これはチャンスよッ!!』

まどかの声が響いて来たのだった。



<デート指令その6/ムー>


『これはチャンスよ洸一ッ』

と言うまどかの声に、俺は首を傾げた。


チャンス?

いきなり頭の悪そうな奴らに因縁付けられているこの状況の、何がチャンスなんだ?


『いいこと洸一?アンタ、そのチンピラ達にボコられなさい。そして泣きながら逃げ出しなさい』


――ゲッ!?

ちょ…マジですか?


『さすがに、洸一が目の前で殴られて泣いたりしたら、その女だって目が醒めるでしょうねぇ。あ、でも大丈夫よ洸一。その子は私達が責任を持って守ってあげるからね♪』


な、なんて嬉しそうに過酷な命令を出しやがるんだ……

この俺様が、こんな馬鹿野郎どもにやられるなんて……く、屈辱もここに極まれりだぜぃッ!!


「あん?ビビってんのかコルラァッ!!」

と、茶髪の馬鹿が唾を飛ばしながら顔を近づけてくる。

残りの三人の馬鹿どもも、薄ら笑いを浮かべていた。


ぐ、ぐぬぅぅぅ……

怒りで手足が震える。

夕依ちゃんは縮こまり、体を震わせて怯え切っていた。


「なぁ兄ちゃん。俺達にもその女を少し貸してくれよ……なぁ?」


こ、このビチグソ野郎どもが……


―ピッ!!

『今よ洸一ッ!!思いっきり負けなさいッ!!』


く、くぅぅぅ……勝手な事を……

とその時、レシーバーからもう一人の女傑の声が響いてきた。


『おい、まどか。少しやり過ぎじゃないか?』

『な、なによぅ…』

『貴様のやりたい事は分かるが、もし洸一が怪我をしたらどうするんだ?』

『大丈夫よ。洸一だって素人じゃないんだし……急所を避けて打たれるぐらいの演技、出来るわよぅ』

『私が言ってるのは、もし万が一と言う話だ』


な、何やらいきなり言い争いを始めたぞ?


『そもそも、さっきから黙って聞いていたが……お前、洸一を何だと思ってるんだ?』

『うっさいわねぇ……そーゆー真咲だって、あんな乳臭い小娘はさっさと追い返した方が良い、って言ってたじゃないの』

『だとしても、もう少しやり様があるだろ。お前を見ていると、ただ遊んでいる風にしか見えんぞ』

『う、うっさいって言ったのッ!!洸一の面倒は私が見るのッ!!真咲は黙っていなさいよッ!!』

『な、なんだとぅ……』

『なによぅ……やろうって言うの?上等じゃないの』

『ふっ……今日こそは貴様に、世間の常識って言うやつを叩き込んでやる必要があるな』


と、そこで通信はプッツリと途絶えてしまった。

一体、何をしてるんだか……

だがこれは、千載一遇のチャンスだ。

監視の目が途絶えた今、俺は自由に行動出来るのだ。


「あん?なにニヤついた顔してんだよぅ」

と、馬鹿が一匹、ググィツと顔を近付けて来る。


さて、いっちょやりますかぁ♪

何しろ今日は猛烈にストレスが溜まっていますからねぇ……

心のイデ・ゲージは、既にMAXですよ。


「……臭ぇ息を吐き掛けんなよ」

言って俺は、目の前の馬鹿の喉仏周辺に一本拳を叩き込みながら立ち上がった。


「ぬぉっ!?」

と、色めき立つ残りの馬鹿どもを俺は睨み付けながら、薄ら笑いを浮かべる。

「どこの田舎から出て来たチ○カスどもか知らんが……この街で俺にちょっかいを出した事が運の尽きだったな」


「ンだとぅっ!!」


「……死ね、ガラクタども」



「いやぁ~……少しだけ、スッキリしたなぁ♪」

半死半生、ほうほうの態で逃げて行くチンピラどもを見つめながら、俺はにこやかに笑った。

あんな蛆虫どもは、毎日まどかや真咲にド突かれている俺様にとっては、全く敵ではないのだ。

ったく……今度もし街で見かけたら、もう少しだけ教育してやろうかのぅ……

「大丈夫かい、夕依ちゃん?」

顔を向けると、ベンチに座っている澪香ちゃんの友達は、ウルウルとした瞳で俺を見上げていた。


――はッ!?しまったッ!?

俺様とした事が、興奮してつい格好良い所を見せてしまったわい。


「す、凄いです、神代さん。あんな怖そうな人達を簡単に追い払っちゃうなんて……」


「い、いやぁ~……そうかなぁ」

むぅぅぅ……せっかく今まで馬鹿と言うかアカン子を演じてきたのに、これで振り出しに戻っちまったか……洸一チン、迂闊ですぞ。


「さすがです、神代さん」


「て、照れるなぁ…」


「さすが、光の戦士ですッ!!」


「……は?」

ち、ちょっと待て。

なんか……今、聞いたことの無い未知のワードが耳に入って来たぞよ?


「私、最初に会った時から分かっていたんです」

夕依ちゃんは興奮しているのか、鼻息も荒く、俺に詰め寄って来る。


「わ、分かっていたって……何が?」


「神代さんは私と同じ、アトランティス人の生まれ変わりなんデスッ!!」


きゃーーーーーーーーーーッ!!

なに言い出してんのこの娘ッ!?

いきなりのカミングアウトに、俺の心は数億光年ほど、夕依ちゃんから離れた。


「神代さん、これからも私と一緒にいてくれますよね?私と一緒に、他の仲間を探しに冒険の旅へ出てくれますよね?」


「……夕依ちゃん」

そ、そっかぁ……俺は光の戦士なんだ。

だから夕依ちゃんは、俺が奇抜な行動をとっても、信じて付いて来てくれたんだ。

・・・

可哀想になぁ……こんなに可愛いのに。


「……どうしたんですか、神代さん?」


「……キェーーーーーーーーーーッ!!」

と俺は奇声を発し、軽く脳天チョップを一発。

「悪ぃが、アトランティス関係は穂波だけで充分お腹いっぱいなんだよぅぅぅ」

言って俺は、泣きながらその場を走り去ったのだった。



帰宅後、デートはどうだったと聞きに来た澪香ちゃんに、「友達を選ぶ時は慎重にな」と俺は優しく言い諭してやった。

ちなみに、まどかと真咲は、二人とも顔面を腫らして帰ってきた。

一体、年頃の女の子が何してんだか……


にしても、今日は本当に疲れたなぁ。

光の戦士である俺様は、もう寝るのであります。











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