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俺様日記~1学期~  作者: 清野詠一
26/53

旅立ち


★6月18日(土) 


 朝、いつものようにラピスとセレスに優しく起こされ、そして腕の良い喜連川家専属料理人の作った、栄養のバランスに優れた美味い朝食を摂り、そして学校へ。

授業を受け、昼からは格闘技の練習に汗を流し、帰宅。

大きな風呂に浸かりつつ疲れを取り、メイドさんによってクリーニングされた服に身を包み、綺麗に掃除された部屋へと戻る。

まさに至れり尽せり、痒い所に手が届くような夢の生活。

だから俺は……


「……と、言うわけで、俺様はこの家を出るぞ」

夕食の席、俺はのどかさんとまどかの前で、唐突にそう告げた。

彼女達はお互いを見つめ、目を瞬かせている。


「え~と……なに、いきなり?」

と、Tシャツに短パンと言うラフな姿のまどか。


「だから、永らく世話になったが、俺様はこの家を出るのだ」


「あっそう。ふ~ん……」

まどかは軽く頷きを繰り返し、そして何事もなかったかのように、再び美味そうに飯を食い出す。

もちろん、のどかさんもだ。


「…………お、おいおい。ふ~んって……言う事はそれだけかにゃ?」


「え?」


「いや、え?じゃなくて……普通さ、こーゆー時は、取り合えず理由ぐらいは聞くもんだと思うんじゃが……」

あからさまにスルーされると、何か悔しいぞ。


「そんなこと言っても……」

まどかはヤレヤレな溜息を吐いた。

「何て言うのかねぇ、またアンタの妙な病気が出ただけだから、面倒臭いって言うか……」


「……ボクの病気ってナニ?」


「先天性突発行動症よ」


……初めて聞く病名だ。


「それで?」

まどかは箸を置き、テーブルの上で手を組みながらジッと俺を見つめた。

「何でこの家を出るわけ?何か不満でもあるの?」


「……不満なんかこれっぽっちも無ぇ」


「だったら、何でそんなこと言うのよぅ」


「だからだ」

俺はグッと拳を握り締めた。

「美人のメイドさんに傅かれた生活だからこそ、俺は出て行くんだ」


「……へ?」


「分からんか、まどか?」


「うん」


「つまりだ、この何の不満も無い、ぬるま湯に浸かっているような生活に慣れてしまうと……俺様という名の一匹の野獣が死んでしまう……そんな気がするんだ」


「……」


「俺は……飼い慣らされるワケにはいかねぇ……」


「……あっそう。ところで洸一、この鶏の唐揚げ、すっごく美味しいんだけど……」


「ほほぅ……これは中華で言う所の油淋鶏ユーリーチか。どれどれ……うむ、とってもジューシーで美味いのぅ。……今度、弁当にも入れてもらおうかな?」


「……アンタ、充分飼い慣らされてるじゃない」


――はっ!?

「だ、だからだ。俺は、俺という漢を取り戻すため、敢えてこの平穏な生活を捨てるべきなんだ。分かるな、まどか?」


「うぅん。洸一が思い付きで喋ってるって事以外、全然分かんない」

まどかはそう言うと、ググッと身を乗り出し、真面目な顔で俺を見つめた。

黒々とした双眸が、ヒタと俺を見据えている。

「それで?出て行ってどーすんのよぅ」


「どーする……とは?」


「だから、出て行ってからどーするのよ。家もまだ直ってないし……洸一みたいな社会不適合者が、どーやって生活していくのよぅ。空き缶でも拾うワケ?」


「俺はル○ペン(差別用語)かよっ!?ホームレスじゃねーんだぞ?」


「だって、本当にホームがレスしちゃってるじゃない」


「ぐっ……今のところはな。だがそれでも、俺には知恵と勇気があるわい。だから何とかなるのだ」


「全く困った男ねぇ……」

まどかはあからさまに溜息を吐いた。

そして臨席で黙々と夕食を摂っているのどか先輩を見やり、

「ねぇねぇ、姉さんからも、この馬鹿に何か言ってやってよぅ」


「……」(コクン)

と頷き、先輩は箸を置いてジッと俺を見つめる。

「洸一さん……」


「な、なんでしょうか?」


「……少しぐらいならお風呂を覗いても構いませんから、家出なんかしないように……」


「な、何を言うてるんですか、のどか先輩?ってか、風呂なんてしょっちゅう覗いているし……」

言った瞬間、俺はまどかに吹っ飛ばされていた。


「で、出てけこの色魔ッ!!」


「いや、だからそー言ってるじゃんかよぅ…」


「大丈夫です、まどかちゃん」

のどかさんはクスッと笑った。

「洸一さんのことです。お腹が減ったら戻って来ますから……」


「わしゃ犬ですか?」


ってなワケで、俺はこの家を出る事になった。

まどかがブツブツと文句を言ってるが、俺の意思は変わらない。

自分の家が直るまで、あと二週間……

俺は俺だけの力で生きて行く。

そして、失われた野生を取り戻すのだ。

それが男、神代洸一の生き様なのである。

・・・

ま、死にそうになったら戻って来るがな。



★6月19日(日)


街中とは思えない、新緑に囲まれた閑静な一角。

そう、俺は今、学校の裏山、馴染みの境内にいる。

今日から約二週間、ここが俺様の住処だ。

テントを張っての自給自足生活。

ここで俺は、喜連川家の生活で失われた野生を取り戻すのだ。

本能を研ぎ澄まし、牙を蘇らせるのだ。


「しっかし、なんか……懐かしい感じがするのぅ」

地べたに腰を下ろし、俺は中天に差し掛かろうとする初夏の太陽を目を細めて仰ぎ見る。

こうしていると……

遠い昔の記憶が甦って来るような、そんな気さえする。

どんな記憶なのかサッパリ分からんが、多分、ウホウホやっていた頃(約3万年前)の記憶だろう。

ま、それはどーでも良いんだが……

「なんか、かなり退屈じゃのぅ」

俺は溜息を一つ吐いた。


朝、喜連川家をこっそり出て来てから約5時間……実にする事が無い。

なんちゅうかこう、ゲームとかしたい。

テレビも見たい。

ネットでコアなエロサイトを探してみたい。

「……中途半端に、俺様も現代っ子じゃのぅ」

そう独りごち、苦笑い。

そもそもだ、俺は何で……こんな所にいるんだろう?

野生を取り戻すだの何だの言っていたが……冷静に考えると、単なる若気の至りのような気がする。


「…………そろそろ帰ろうかなぁ」

と呟き、俺は慌てて頭を振った。

い、いかん、いかん……

俺は何を考えているんだ?

半日も経たない内に帰ってみろ……まどかに思いっきり馬鹿にされるぞよ?

それにのどかさんにも、

「プチ家出より酷ぇ……です」

とか何とか言われるかもしれん。

それだけで男としてのプライドはズタズタだ。

だからせめて一週間……いや、3日間ほどは、寂しくてもここに篭城しなくてはッ!!


「……ともかく、ちょいと体でも動かしますかな。どーせやる事がないんだし……」

俺は立ち上がり、やれやれと体を伸ばす。

日はまだ高い……

クタクタになるまで体を動かし、今日は早く寝てしまおう。

単純だが、それが一番だ。

体も鍛えられるし、あれこれ考えないで済む。

何より、時間が早く過ぎるではないか。


「うぅぅ……孤独って、思ったよりも寂しいものじゃのぅ」

俺は呟き、社の奥から優チャンのサンドバッグを引きずり出した。


……優ちゃんや真咲姐さんは、何をしてるんじゃろうなぁ……

って言うか、せっかくの日曜日に俺は何でこんな事を……

魔が差した、としか言いようがないね。



「はぁはぁ…」

サンドバッグを一心不乱に叩き続けたり、ぼろい社の周りをグルグルとバターになっちまうような勢いで走っている内に、何時の間にか陽は傾き、空は茜色に染まっていた。

「はぁはぁ……ま、まぁ……こんなモンだろう」

荒れた呼吸を整えながら、俺は独りごちる。

何だか知らない内に、猛烈に修行してしまった。

体の彼方此方が、ちょいと痛むほどだ。


「はぁはぁ……と、取り敢えず、風呂に入りたいなぁ。……それとお腹も減った」

地べたに腰を下ろし、俺はタオルで滴り落ちる汗を拭った。

時刻は夕方……

今なら帰っても、それほど笑われる事はないだろう。

「だけどなぁ……やっぱ今日の今日で帰るっちゅーのは、出来ねぇーよなぁ……男として」

ちょいとだけ、途方に暮れた顔で、俺は空を見上げて苦笑い。

そしてゆっくりと立ち上がり、

「……取り敢えず、学校の水道で体でも洗ってこようか」

呟きながら、境内の片隅に設営してある小さなドームテントの中へ戻り、タオルと石鹸を取り出した。


ふむぅ……しかし問題は、飯をどうするかだが……

バイト(主に二階堂博士の)をしているおかげで、金銭的に余裕があるからコンビニ弁当やファミレスでも構わないと思うのだが……それだと、なにか負けたような気がする。

何と戦っているのかは全くの不明だが……

やはりこのアウトドアライフで失われた野生を取り戻す為には、ここは自炊をするべきだろう。

ちゃんと飯盒や鍋も用意してきたしな。


「でも、ちょいと面倒臭ぇ……」

体もクタクタだし、気力も萎えて来ている。

何より、肝心の米を持ってくるのを忘れてしまった。

画竜点睛を欠くとはまさにこの事だ。


「……米、買いに行くぐらいなら、どこぞで弁当でも買っちゃうよねぇ」

なんて事を呟く。

しかし思うに……どうも先程から、独り言が多いですねぇ……

独り言は、孤独に陥った人間が精神の均等を保つ為に自ずと発するモノだと聞くが……今の僕ちゃんは、それだけ孤独なのだろう。


「く……ウサギは寂しいと死んじゃうんだぞ。でも俺は、巷ではタイガーと呼ばれた男だし……こんな事で挫けるモンか。挫けませんよ、男の男の子ですだ」

泣き言を言いながら、俺はトボトボと社の表へと回る。

と、学校へと続く石段から、タッタッタッと軽快な足音が響いてきた。


だ、誰だ?日曜のこんな時間に……

俺様、ちょいとドキドキ。

誰かに会える……

そう考えるだけで、嬉しくなってしまう。

今の俺なら、例え見ず知らずの他人にだって、フレンドリーに声を掛けるだろう。

それどころか、魑魅魍魎の類だって構やしない。

一体、何者がわざわざこんな辺鄙な場所へとやって来るのか……


「……ん?洸一じゃないか……」


まままま真咲姐さん、キターーーーーーーーーーーーーーッ!!


階段を駆け上がってきたのは、ある意味、俺よりも漢らしい、我が学園が誇る最強の武人、二荒真咲その人だった。

洒落たデザインのスポーツウェアに身を包んだ彼女は、キョトンとした顔で俺を見つめている。


真咲……

誰かに会えた、と言う嬉しさの余り、思わず泣きながら抱き着いてしまいそうになるが……

ここはグッと我慢だ。

俺にも、男としてのプライドがある。

女友達の前で、泣き言を言うなんてとてもとても……

ましてや、独りぼっちで超寂しかったとは、口が裂けても言えないではないか。


「よ、よぅ真咲。妙な所で会うな」

平静を保つように努力しながらも、どこか笑みが浮んでしまう。

頬なんか少し筋肉がピクピクしちゃうよ。


「それはこっちの台詞だ」

真咲姐さんは笑った。

渇き切った俺様の心を癒すような、そんなステキな笑顔……

俺様の中で、ただいま真咲株はストップ高だぞよ。



真咲姐さんはハンドタオルで汗を拭き拭き、

「私は、いつものように走り込みをしていただけだが……洸一は、どうしてこんな所にいるんだ?」

と、尋ねてくる。


「い、いやぁ~……色々とありましてねぇ……」

俺は苦笑を溢した。

「なんちゅうか……思う所があり、暫くここに住んで牙を研ぎ直そうかと……」


「は……はぁぁ?」

真咲が口と目を真ん丸にし、素っ頓狂な声を上げた。

「住むって……ここにか?」


「ま、まぁな。既にテントも設置してあるし……その気になれば、冬が来るまで生活はできるぞ」

でも寂しくて心を病んじゃうがな。


「相変わらず、お前の行動は突拍子もないと言うか……」

真咲姐さん、少し呆れ顔だ。

「まどかの家はどうしたんだ?出て来たのか?」


「ま、まぁな」


「ふむ……なんでだ?もしかして摘み食いでもして怒られたのか?それとも何かエッチな事をして追い出されたとか……」


「あ、アホかっ!?そんな事で、いきなり家無き子になりはせんわい」

そもそも摘み食いは毎日だし、エッチな事(主にビーピング)も……何故か定期的にやってしまい、ちゃんと怒られているのだ。

「なんちゅうかよぅ……何でもやってくれる温い生活に慣れて来てしまったからな。ここいらで一つ、自分を鍛え直すべきだと、男洸一は思ったワケなんですよ」

とか何とか言いながらも、実は既に帰りたいんだがね。


「ふむ……なるほどな。何となくだが、洸一の言いたい事は分かるぞ。ただ私なら、家を出てこんな所で生活しようとは思わんが……」


まぁ、普通はそうだろうねぇ。


「ところで、ここで住むのは良いとして……食事や風呂はどーする気なんだ?」


「風呂は学校の水飲み場か、水泳部のシャワー室を使ってやろうかと……」


「忍び込む気か?」


「良いんだよ。ちゃんと学費を払ってる以上、使う権利はあるからな」


「そーゆー問題じゃないと思うが……」

真咲姐さんは少し顔を歪めた。

「で、食事は?」


「もちろん自炊だ。……と言いたい所だが、道具は持って来たんだけど、肝心の米を忘れてなぁ……今日の所は仕方ないから、どこか定食屋にでも行こうかと……」


「そっか……ふむ……飯が無いのか……」

真咲は顎に手を掛け、何か考えながら、チラチラと俺を見やる。

そしてどこかワザとらしく手を叩くと、

「そ、そうだ洸一。良かったら……ウチで晩御飯を食べないか?」


「へ?ウチって……真咲のうちで?」


「そ、そうだ」

どこか頬を赤らめ、真咲は何度も頷いた。

「この間、ファミレスで奢ってもらったし……そのお返しだ」


ぬぅ……

「で、でもなぁ……なんちゅうか……ねぇ?」

俺様としては、真咲姐さんの申し出は非常に有難いが、さすがにチト気が引ける。

女友達ガールフレンドの家にお邪魔すると言うだけでも、結構気を使ってドキドキなのに、飯を食うとなれば……ご両親と一緒ではないか。

傲岸不遜な俺様とて、考えるだけで緊張してしまう。

ましてや初対面だし……お袋さんはともかく、真咲の親父さん、ごっつ怖かったらどうしよう?

会った瞬間、いきなりビンタとかされたら……洸一、その場で泣いてしまうぞよ。


「ん?どうしたんだ洸一?顔が少し強張っているぞ?」


「い、いやぁ~……何て言うのか……緊張でお腹がいっぱいになってきた」

あまつさえ、少しゲロ吐きそうだ。


「はぁ?」


「いやいや、何でもねぇーです……」


「ふむ……良く分からんが、出来ればその……来て欲しいな」


「……え?」


「い、いや、その……私も一人でどうしようかと思ってたんだ。一人分だけ作るって言うのもなんだし……」


「え?え?真咲さん、一人って……」


「ん?あぁ……実は今日から、一人なんだ」

真咲は苦笑を溢した。

「親父様は先週から海外へ出張中だし、お袋様は町内の婦人会の小旅行とかで、明日まで帰って来ないんだ」


「な、なんだ。そうなのかよぅ……

洸一チン、ホッと一安心だ。

これで障害は無くなった。

俺も殴られないで済む。

「そーゆー訳なら、俺様は喜んで行くぞよ」


「そっか……って、え?そ、そーゆーワケって……わ、私が家に一人だから……来るのか?」


「もちろん」

と、俺は頷き、そして暫しの間を置き、慌てて首を横に振った。

「い、言っておくが、疚しい気持ちは無いぞ。なんちゅうか、変に気兼ねしないで済む、という意味で、俺は喜んで行くと言ったわけでして……」


「わ、分かってる」

真咲は赤い顔で頷いた。


むぅ…

そんな顔されると、さっきとは別の意味で緊張してしまうではないか。


「じ、じゃあ……日も暮れてきたし、早速行こうか、洸一」


「お、おうよ」


「あ、でもその前に、スーパーで買い物をして行こう。洸一は何が食べたい?」


「何でもエエです。暖かい飯が食えるだけで、俺様は満足ですよ」



と言うわけで……

何故か真咲姐さんの家で夕飯をご馳走になることになった俺は、彼女と二人、先ずは商店街にある馴染みのスーパーにてお買い物。

俺が買い物篭を持ち、彼女が野菜やら肉やらを選んで入れてくる。

なんちゅうか、こう……恋人気分?同棲時代?いや……これは既に新婚気分だ。

もうなんちゅうか、その場にいるだけで甘い雰囲気とかオーラがダダ漏れしてしまう感じ。

特に俺様なんか、人と会話するなんて今日初めての事だから嬉しくて嬉しくて……ちょいと気分的にハイになってしまうではないか。


ま、そんなこんなで、和気藹々とした買い物を済ませた俺達は、一路真咲姐さんのお家へ。

彼女の家は、俺の家の隣の町内にある、新興住宅街の一角のモダーンなお家だ。

帰りに送ってったり何だりで、何度となく見た事はあるが……入るのは初めてである。

そもそも女の子の家に行くなんて、穂波や智香、まどかの家を除けば、初めてではないだろうか?

うむ、これを機会に、他の女の子達のお家へ遊びに行くのも良いかも知れん。

洸一様のお宅訪問と言うことで、それぞれの家を見て回るのだ。

・・・

なんか、思いっきり嫌がられるような気もするが……

でも、ちょいと見てみたい。


「しっかし、真咲姐さんのお家へお邪魔するのは、初めてじゃのぅ……」

俺は食材の入ったビニールの買い物袋を下げ、何気に呟いた。


「ん、そうだな」

隣を歩く真咲が、軽く頷く。


「いつも集まるのは、お前かまどかの家ばかりだったからな」


「そう言えば、そうか」


「それに、よく考えたら私も初めてじゃないかな。……男の子を家に招待するのは」


「ほぅ……真咲姐さんの初めてですか。何か光栄ですなッ!!がはははは」


「す、少し表現がイヤらしいぞ、洸一」


何て事を言っている内に、真咲の家に到着。

カーポート脇にあるロートアイアン風の門扉を開け、彼女は俺を誘う。


ほぇ~……洒落ていますなぁ……

俺は手入れの行き届いている小さな庭を眺め、そう口の中で呟いた。

「そう言えば真咲ン家は、犬とか猫とか、何かペット的なものは飼ってないのか?」


「うん、母さんが体質的にちょっとな」

と、ジャージのポケットを弄り、鍵を取り出しながら真咲さん。

「そーゆー洸一も、飼ってないじゃないか」


「ま、今はな。でも昔は飼っていたんだぞ、犬畜生を」


「そうなのか?」


「おうよ。名前は栃の嵐。血統書付きの由緒正しき雑種で、実にズル賢い犬じゃったのぅ」


「ほぅ……それでその犬は?昔という事は、もう……」


「さぁ……知らんな」


「……へ?」


「何しろ、ある日いきなり独立を宣言してな。家中に糞尿を撒き散らした挙句、逃亡しやがった。あのクソ犬め……もし見掛けたら、速攻で保健所に引き渡してやるわい」


「……ふっ、それは飼い主に似たんだろう」

真咲さんは低く笑いながら、家の扉を開けた。

「さ、洸一。入ってくれ」


「お、おうよ。そりでは、お邪魔しますです……はい」

ちょいとドキドキし、そしてちょいと腰を低くしながら俺は家の中へと足を踏み入れる。


ほほぅ……

真咲姐さんの家の玄関は、庭と同様、綺麗に整頓されていた。

思うに、お母さんは几帳面なお人なのだろう。


「さ、洸一。こっちだ」

と、先を行く真咲さんの後を付いて行くと、そこは大きなリビングだった。

続き間で、ダイニングキッチンも併設されている。


「広い、お家ですなぁ……」


「そうか?」

と、スーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に仕舞いながら彼女は答える。

「洸一の家と同じぐらいだと思うが……それに、まどかの家とは比べ物にならないぞ」


「アレは比べるべき対象じゃないだろう」


「ま、それもそうだな。それよりも洸一……はい、これ」

と、リビングを眺めている俺に、真咲姐さんは大きなタオルを手渡してきた。


「ん?バスタオル……ですか?」


「うん。ちょうど沸いているから、先に入ってて良いぞ。私は夕飯の下ごしらえをしているから」


「お、おいおいおい……」


「ん?なんだ?何を遠慮している?」


「いや、遠慮とかじゃなくて……普通、家に初めてやって来た男に対し、いきなり風呂を勧めるのは常識的に如何なものかと……しかも高校生なのに」

あの穂波ですら、さすがにそこまではしないぞ?


「何故だ?」

と、真咲は首を傾げた。

「洸一は、風呂に入ってないんだろ?」


「ま、まぁ……あの神社に風呂は無ぇーしな」


「それに、汗でベトベトじゃないか」


「まぁ……昼間はずっと、体を動かしていたし……」


「だったら入れ」


「あぅ…」

洸一、少し途方に暮れていますです。

真咲姐さんは、見た目は可愛いんだけど、やっぱ根っからの体育会系と言うか……ちと一般の婦女子とは、感覚が違うですよ。

ま、俺も風呂には入りたいと思っていたから、有難いんだがね。



真咲姐さんの家のお風呂は、まぁ……普通のお風呂だった。

大きさ的にも、俺の家とはあまり変わらない。

ただ、シャンプーやら石鹸の類はキチンと小さな籠の中に収納されており、その辺が俺の所とは大違いだった。

あと、壁もちゃんと掃除してあるのか、ピカピカだ。


しっかし、飯だけじゃなく風呂まで馳走になって……良いのか?

両親が不在中のガールフレンドの家にお邪魔しているだけでも、世間的にはどうよ?と言う感じなのに……

いきなり風呂にまで入っているとは、本当に大丈夫なんだろうか?

もし万が一、今この時に親御さんが帰ってきたら……間違いなく、俺はブチ殺されるかも知れないではないか。

それ以外にも、こんな事が穂波やまどかに知られたら……

うへぇぇぇぇ~……考えるだけで恐ろしい。

湯船に浸かっているのに、寒気すらするよ。


「でもまぁ、サッパリして気持ち良いからなぁ……」

浴槽に身を沈め、俺様はゆったりと風呂を堪能する。

あ~……気持ちエエにゃあ……

「って、あんまり長湯も迷惑か」

俺は風呂から出て、脱衣所へと抜ける扉を開けると、

「……ありゃ?」

脱衣籠の中に、俺様が着ていたTシャツにジャージの姿が無い。

代わりに置いてあるのは、綺麗に折畳まれた水色のパジャマだ。


……どーゆーこと?

かなり途方に暮れる俺。

しかし素っ裸で何時までも突っ立ってるワケにはいかない。

ぬぅ……

仕方なく俺は、唯一残されていたパンツを穿き、そして置いてあるパジャマに着替えた。

真咲姐さん、よもや『泊まってけ』とか言うつもりじゃないだろうなぁ……

さすがにそれは、ちとマズイでしょうに。


浴室を出てリビングへと戻ると、美味そうな匂いが鼻腔を掠めた。

思わずグゥ~と腹が鳴ってしまう。

「え~と……お風呂、お先に戴きました」

キッチンで夕食の準備をしている真咲さんに、俺は軽く頭を下げた。

そして指先でパジャマを抓みながら、

「それと……これは一体、どーゆー事でしょうか?」


「……ん?」

と、まな板に向かっていた真咲さんが顔を上げる。

「あぁ……洸一のシャツとか、汗でベトベトだったからな。今、洗濯をしている所だ。乾くまで、それを着ていると良いぞ」


「あ、それは何から何まで、お手数を掛けますです……」

相変わらず、面倒見が良いと言うか、意外に世話焼きと言うか……こっちが少し恐縮してしまうではないか。

「あ、ところで真咲。俺様にも、何か手伝えることは……」


「いや、もう殆ど終わった」

と、真咲姐さんはエプロンを外しながら、笑顔でそう答えた。

「洸一はそこでテレビでも見ていてくれ。私も、先にお風呂に入ってくる」


「あ、さいですか……」

う、うむぅ……

男がいるのに平気で風呂に入る女子高生も珍しいと言うか……

って、よく考えたら、真咲は俺の家の風呂にも入ったことあるし、泊まった事もあるし……

俺様が深く考え過ぎなのかな?


「……言っておくが洸一。覗きなんか……するなよ?」


「し、しねぇーよっ!?」


「……どーだか、な」

真咲姐さんはふんっと鼻を鳴らした。

「洸一は、時々妙にスケベになる時があるからな。もし、少しでも不埒な真似をしたらどーなるか……分かっているだろうな?」


「身を以って、分かっておりますですよ、はい」


「だと、良いんだが……」



風呂場に消えて行く真咲姐さんを目で追いながら、俺は苦笑を溢した。

「全く、俺が覗きなんかするかっちゅーねん……」

そりゃまぁ、俺様も男である以上、ちょいと見てみたい、と言う願望はある。

が、それも時と場合によりけりだ。

そのぐらいの常識は、この俺様にだって標準で搭載されておるのだ。

「全く、真咲姐さんも、わざわざ釘を刺さなくて良いのにねぇ……」

ってゆーか、俺ってそんなにスケベか?

一般的高校生男子より、遥かにストイックだと思うんじゃがのぅ……

何て事を呟いているが、気が付くと俺は浴室のドアの前に立っていた。

「むぅ……何故だ?何故、勝手に体が動くのだ?」

ここで一言、断っておくが……

俺は決して、スケベ心から行動しているワケではない。

なんちゅうか……そう、これはあくまでも、真咲さんに対する礼儀なのだ。

即ち、俺が覗く=良い女/俺が覗かない=非人類規格・または穂波

と言う公式からも分かるように、これはあくまでも、真咲姐さんが可愛い女の子であると言う事を証明する為の、ある意味、儀式的行為なのだ。

ちなみに、俺は一体誰に断っているのだろう?


「ま、まぁ……なんだ、このシチュエーションで覗きの一つもしないなんて、女性に対して失礼だと思うし……」

そもそも真咲姐さん自身も、少しは期待しているかも知れないではないか。

この神代洸一、女の子の期待は裏切らないナイスガイだし……

ここはちょっと、ほんのちょっとだけでも魂のスキンシップをば……

俺は自分を納得させると、ゆっくりとドアのノブに手を掛け、そして静かにそれを回し、

「――ゲッ!?」

大きな声を出してしまった。


目の前には、腕を組んで仁王立ちの真咲姐さん。

片方の眉を微かに吊り上げ、ジト目で俺を睨んでいる。


「……え~と、お湯加減はどうかと思いまして……」


「言う事はそれだけか?」

冷ややかな声。

そしてトントンとつま先で軽く床を叩きながら、

「全く、お前は本当に思った通りの行動をするな」


「め、面目ねぇーです……」


「ふん、スケベなヤツめ」


「あぅ……」

洸一、声も無し。


「ま、一回目は予想していたから許してやるが……次にやったらどーなるか、分かってるな?」


「も、もちろんですぅ」


「だったらリビングへ戻り……テレビでも見てろッ!!」


「イ、イエス・マムッ!!」

俺は慌ててリビングへ舞い戻り、ソファーの上で正座をしてTVを点けた。

それをジッと見ていた真咲は、フンッと鼻を鳴らしながら浴室のドアを閉めた。

と同時に、体全体からドッと汗が噴出してくる……せっかく風呂に入ったのに、台無しである。


や、やれやれ……

取り敢えず、ブン殴られなくて良かったわい。

でも次にやったら確実に消されそうだから……ここは大人しくテレビでも見ていよーっと。



真咲姐さんが風呂から上がり、夕食が始まる。

本日の晩御飯は、豚の生姜焼きにハムと玉子のサラダ。

それに金平牛蒡に浅蜊の味噌汁と言う、俺様の好物的ラインナップ。


「いやぁ~……メチャクチャ、美味そうですなッ!!」

食卓の椅子に腰を下ろし、目の前に並ぶ料理を美味そうに眺めた。


「普通だと思うんだけど……」

真咲姐さんはどこか照れ臭そうに答えながら、飯を装った茶碗を俺に手渡した。

彼女はTシャツにジャージズボンと言うラフな格好ではあったが、風呂上りの所為か、ほんのり桃色に染まった肌などは、どこか色っぽく感じられる。


「では、いただきましょうか」

手を合わせ、一礼。

そしておもむろに箸を掴み、うぉりゃー、と気合いを篭めて飯を掻っ込んでいく。

「う、美味し!!美味いよ真咲さんッ!!」


「そ、そうか。……それは良かった」

真咲姐さんは照れ臭そうに笑った。


「いやぁ~……相変わらずと言うか何と言うか、真咲しゃんの御飯は、いつ食べても美味しいですなぁ。……と言うワケで、御変わりを下ちぃ」


「そ、そんなに誉めるな」

と、真咲は俺の差し出した茶碗に、ご飯を大盛で装ってくれる。

「だいたい洸一は、まどかの所で毎日美味しい物を食べてるじゃないか」


「ん?ん~~……そりゃ確かに、アイツん家の飯は美味いよ。だけどなぁ……ちょいと違うのだよ、真咲しゃん」


「違う?」


「そ。なんちゅうかねぇ……まどか達にとっては、アレが家庭料理だと思ってるんだけど……俺にしてみれば、どこまでもレストランで食事を摂っているような感じなのよ」

言って俺は、炊き立ての白米を箸で掴んだ。

「だから美味い事は美味いんだけどねぇ……毎日外食している気分って言うか、精神的には満たされていないのよね」


「ふ~ん……そーゆーものか」


「そーゆーモンです」

あと、まどかはともかく、のどかさんは行儀作法にちと厳しいからなぁ……

日本料理はまだしも、フレンチとかの場合は、肩が凝って仕方がないわい。

「だからね、僕ちゃんは家庭料理に餓えているんですよ。……あ、もう一杯、御変わりを下ちぃ」


「うむ」

と、さらに大盛りで御飯を装ってくれる真咲姐さん。

そして茶碗を手渡しながら、

「そう言えば洸一。榊穂波は……どうなんだ?聞けば料理を作るのが非常に上手いと言う話だが……」


「穂波?……まぁ……認めたくはないが、確かに上手だわな」


「ほぅ…」


「穂波のお袋さん、料理教室の先生をやっているからなぁ……その影響で、昔からあの馬鹿もよく作っていたし……餓鬼の頃は散々、味見をさせられたわい」


「……なるほど。と言うことは、洸一の好みも良く知っているワケだな?」


「まぁな」


「そ、そっか……」


「けどなぁ……あのキ○ガイ、時々料理にヤバ気なモノを入れやがるからなぁ……昔はザザ虫とか未知の食材を使ってたけど、最近だと妙な薬物を混入して来るんだぜ?しかも合法だと言い張るし」

具体的に言うと、幻覚作用のあるフェンサイクリジン系の化学薬品とか媚薬効果のある漢方薬品を料理に仕込ませるのだ。

「だから俺は、基本的にアイツの作った料理は殆ど食べるフリをしているだけなのよ」


「そ、それは少し……可哀想じゃないか?せっかく作ってくれたのに……」


「何を言うか?アイツの作った飯を食って、俺は何度死線をさ迷ったことか。電柱に牛の頭を付けた猿がぶら下がっているヤバイ幻覚とか見るんだぞ?そして幻覚から醒めると、何故かアイツはいそいそと服を脱ごうとしてるんだぞ?正直な話、アイツの作る料理を食うのは命懸けだ。たかが弁当一つに、命を賭けれるかって話だ」


「な、なるほど。……良く分からんが、榊穂波はおかしな奴だなぁ」


「先天的に可哀想な子だからな。あ、最後にもう一杯、御代わりを下ちぃ」


「あ、うん」

と、真咲さんは俺のお椀を受け取った。

「しかし、洸一は本当に良く食べるなぁ……作り甲斐があるぞ」


「美味い物はたくさん食べるのよ。俺様はグルメじゃからな」


「そ、そう言われると……少し照れるな」

微かに頬を赤らめ、真咲が炊飯器から御飯を装う。


うぅ~む、なんだかこう……これぞ日本の食卓!!って感じがして、ホッとしますなぁ……

「お、ありがとう、真咲」

俺は茶碗を受け取り、早速に飯を掻っ込む。

「しっかし、なんですなぁ」


「……ん?」


「いや、なんちゅうか……こうして二人っきりで向かい合って飯を食ってると、何だか新婚さんみたいな感じがしますな!!わはははは」


「――う゛っ」

真咲が咽たのか、口元に手を当て背中を震わせた。

「な、何をいきなり……」


「へ?いや、だってそんな感じじゃん?お互いにラフな格好してるし……『新婚さん・休日の食卓の巻』って雰囲気じゃん?もしくは同棲時代って感じかのぅ……わはははは♪」


「……た、確かに……そーゆー雰囲気は、あるな」


「だろ?ちょっとだけ、ほっぺが赤くなっちまうぜ」


「だ、だったら……いっその事、泊まっていかないか?」


「…………はい?」

箸の動きがピタリと止まり、俺はマジマジと真咲さんを見つめた。

「え、え~と……それは一体、どーゆー意味で……」


「じょ、冗談だ。本気にするな、馬鹿……」


「あ、冗談でしたか。いやぁ~真咲が冗談を言うなんて……洸一チン、少し驚いちゃいましたよぅ。ぐわっはっはっは♪」


「…………馬鹿」


「はい?」



夕食も終わり、まったりとした時間。

真咲と一緒に後片付けをした後、俺はリビングのソファーに腰掛け、お茶を飲みながら何とは無しに点けてあるテレビをボーッと眺めていた。


あ~~……安息日も終わり、また明日から学校ですか……

日曜の夜特有の、気だるく、そして少し憂鬱な気分。

俺はゆっくりと立ち上がり、軽く背伸びを一回する。

壁に掛けてある時計に目をやると、時刻は既に20時になろうとしている所だった。


ふむ、もうこんな時間か……

「さて、僕ちゃんの服は乾いたかにゃ?」

と、俺は臨席に座っている真咲さんに言う。

「夜も更けてきたし、そろそろお暇しようかと思うんだが……」


「も、もう帰るのか?」

真咲もゆっくりと立ち上がる。

「まだ良いじゃないか……」


「ん?でも、もうすぐ8時だし……あまり長居しても……」

野郎の家だったら、夜遅くまで遊んでいても良いのだが、さすがに、ねぇ……


「そ、そうだ洸一。何か映画でも見るか?ウチの親父様、映画マニアだから、結構ソフトが揃っているぞ」


「ほぅ…」

それはまた、意外な感じじゃのぅ……

「でもなぁ……今から映画を観ると、終わる頃には10時を過ぎちゃうじゃんか。さすがにそんな時間までお邪魔しているのは、色々となぁ……もしも誰かに見つかったら、変に誤解されちゃうではないか」


「私は……別に構わないぞ」

と、呟くように真咲さん。

そしてどこか思い詰めたかのような瞳でジッと俺を見据えると、

「な、なんだったら……泊まっていっても良いんだぞ?」


「へ……?」

その言葉に、俺の心の臓は早鐘の如く打ち出した。

お、おいおい……いきなり何を言い出すんだ?

泊まっていっても良いって……親が聞いたら泣いちゃう台詞だぞ?

真咲さんともあろう質実剛健な女の子が、そんな事を言うなんて……

いやいや、俺の考え過ぎかな?

真咲姐さんは、神社で寝泊りする俺を不憫に思い、純粋に厚意から言っただけで……

・・・・

そんなワケねぇーーーーーーッ!!

彼女も俺も、高校生だ。

高校生ともなれば、もう立派な大人だ。

泊まれといった言葉の裏に、別の意味がある事ぐらい、容易に察する事の出来るお歳なのだ。

つまりだ、真咲はそーゆー事を踏まえた上で、俺様に泊まっていっても良いと言ったワケで……

イコールそれは、真咲さんとチョメチョメしても良いと言うワケで……

・・・

な、なんでだ?

なんで真咲さんは、こんな絶妙のタイミングでそんな事を言うのだ?

その辺のパープーな女どもと違い、真咲姐さんは純で貞操観念も強い大和撫子(ただし戦闘タイプ)な女の子の筈なのに……

お、俺なら良いのか?

俺だったら、許しても良いと言うのか?

つまり、彼女は俺の事を……

い、いやいや、結論を急くな洸一チン。

二荒真咲ともあろう真面目な女の子が、俺みたいなチンピラになんて……なぁ?

と、ともかく、今はなんて答えるかだ。

青春のステキなイベントはさて置き、この場合は何て答えるのがベストなんだ?

並みの男だったら、これ幸いにと申し出を受けるイベントなんだが……

この俺、神代洸一は並みの男じゃねぇ……

現代に生き残るサムライだ。

男の中の漢なのだ。

だからここは、キッパリと断るのだ。

そもそも、親御さんがいない留守を狙うなんて、男のすることじゃねぇ……


「あ~……その……なんちゅうか……」


「……」


「…………じゃあ、泊まっていこうかな?」

って、何故に答えが違うんだッ!?

断る筈だったのに……見ろ、真咲姐さんを!!

顔を真っ赤にして俯いてしまったではないかッ!!


「……」


「……」

ぬ、ぬぅ……気まずい。

めっちゃ気まずい。

こーゆー時、男は何て声を掛ければ良いんだか……

神代洸一、その答えを出すにはまだ未熟過ぎる!!


コチコチと、時計の針が時を刻むリビングの中、俺と真咲は突っ立っていたままだった。

点けっぱなしのテレビからは、

『……この時間は予定を変更し、特別報道番組を放送しております』

と、何かニュースを伝えるアナウンサーの声が響いてくる。


うぅ~ん、困ったなぁ……

と言うか、かなり照れ臭いなぁ……


『――と言うことで、警察の必死の捜索にも関わらず、依然として神代洸一さんの消息は不明のままです。ではここで、現場からの中継を……』


うぅ~ん……って、はい?

俺は慌てて視線をテレビに向けると、そこにはデカデカと俺様の顔写真が映っていたのだった。



「ぎゃわーーーーーーーーーッ!!?」

俺は奇声を上げ、食い入るようにテレビを見つめた。

そこにはいつ撮ったのか分からない俺様のステキな笑顔の写真と、テントが設営してある裏山の社が映っていた。

そしてマイクを持ったリポーターが、真剣な面持ちで語る。

『――いきなり黙って家を飛び出した神代洸一さんは、ここでテントを張って生活していたものと思われますが、そこから急に姿を消し、そのまま行方不明になったと言う事で、警察は何か事件に巻き込まれた可能性もあると、聞き込み調査を……』


「お、おい……洸一。これは一体……どーゆー事だ?」

と、唖然とした様子でテレビを見つめながら真咲さん。


「わ、分からねぇ……」

俺も同じようにテレビを眺めながら、首を横に振った。

「だけど、ただ一つ言えることは……マスコミや国家権力を動かせる奴等がいる、と言うことだな」


「や、奴等?」


「分かるだろ?あのATKとかMPとかの値が人類標準ステータスから逸脱している姉妹の事だよぅぅぅ」

俺の足は、無意識の内にガクガクと震え出した。

気を抜くと、このまま失禁すらしそうだ。


ど、どうしよう?

何だか全然俺の知らないところで、物凄い大事になっているんじゃが……

とその時、ピンポーンと真咲の家のチャイムが鳴り、俺の心臓はドクンッと大きく跳ね上がった。

――はッ!?こ、この肌にヒシヒシと伝わるプレッシャーは……奴だ。

奴しかいねぇ……


「だ、誰だこんな時間に?」

と訝しげに真咲さん。


「ア、アイツだよぅ……喜連川さん家の破壊大帝だよぅ……おっと、涙が自然に溢れてきたぞよ」


「はは、馬鹿な……」

真咲さんが笑いながら、リビングに添え付けられてある、インターホンに直結してある電話の子機を手に取る。

「はい、どちら様で……って、まどかっ!?」


ふひぃーーーーーーーーーーーーッ!!?

も、もう終わりだ……

良く分からんけど、もうジ・エンドだよぅ……人生が。グッバイ、俺ッ!!


「ど、どうしたんだ、こんな時間に?」

真咲もさすがに驚いたのか、上擦った声で答える。

そして俺に向かって手をブンブンと振りながら、

「え?話がある?そっか……うん、分かった。今カギを開けるから……」


ど、どうしよう?

僕ちゃん、どうしたら良い?

取り敢えず、今から辞世の句を考えるか?


「ど、どこかに隠れていろッ」

小さく鋭い声で真咲さんは言いながら、パタパタとスリッパの音を靡かせて玄関へ向かうが……

いやいや、どこに隠れりゃ良いんだ?

俺は慌ててリビングを見渡し、

「こ、ここだっ!!」

と、部屋の片隅にあるクローゼットの中へ身を滑り込ませた。


ハァハァ……

暗闇の中、呼吸を整えていると、ドタドタと床を踏み抜くような荒荒しい足音に続き、

「夜分遅く、悪いわねぇ」

と、聞き慣れたまどかの声が響いてきた。


うへぇぇぇ……

俺はクローゼットの中、身を縮込ませた。

ほ、ほんまに来やがった……

って言うか、何故に真咲の家に?


俺はゴクリと音を立てないように唾を飲み込み、格子状になっているクローゼットの扉の隙間から、外の様子を覗う。

――ゲッ!!?

やっぱり、まどかがいた。

しかも何故か、迷彩服に身を包んでいる。

良く分からんが、見つかったら確実に只では済まない、と言う雰囲気だ。


か、神様……何卒、僕をお助け下ちぃ……



迷彩服に身を包んだまどかは、ムスッとした顔でリビングを見渡し、点けっ放しになっているテレビに目を向けると、

「ニュース……見たでしょ?」

と真咲姐さんに言った。


「あ…あぁ。何でも洸一が行方不明になったそうじゃないか……」

強張った表情で真咲さん。

そしてどこか棒読み調な口調で、

「ほ、本当に、困った男だな」


ぬ、ぬぅ……

マズイ。マズイですよ、これは……

クローゼットの中、俺は気が気でなかった。

何故なら、真咲姐さんは生真面目な性格からか、嘘を吐くのが下手なのだ。

彼女に腹芸を求めるのは酷なのだ。

対してまどかは、妙に鋭い勘を持っている。

このままだと、俺様の存在がバレるのは時間の問題ではないか。


「ったく、あの馬鹿にも困ったモンだわッ!!」

まどかは吐き捨てるように言った。

「昨日から野生に戻るだの男の道がどうだのテンパった事を言ってたと思ったら、今朝急にいなくなるし……それでも夕飯には戻って来るかと思ったら、あの神社でテントだけ張って後は行方知れずでしょ?連絡も無いし……姉さんなんか、怒り心頭よ」


――ゲッ!?

のどかしゃんが……怒っているのか?


「そ、そうか。洸一も、連絡ぐらい入れれば良いのにな」


「そーゆー事よ」

まどかはンフゥ~と荒い鼻息を吐き出した。

「……ところで真咲。今日、アンタのお父さんとお母さんは?」


「ん?あ、あぁ……今日は二人とも、用事が有っていないんだ」


「あ、そうなの。ふ~ん……」

腕を組み、まどかはゆっくりとリビングを見渡す。

そしてテーブルの上を見つめながら、

「ねぇ真咲。誰か……来てるの?」


「えっ!?な、なんでだ?」


「だって……そこに湯呑が二つ置いてあるわ」


「あ、あぁ……それは……つ、ついさっきまで、友達が……そう、友達が遊びに来てたんだっ」

真咲姉さんはしどろもどろだった。

洸一、既に生きた心地がしません。


「ふ~ん……友達、ねぇ……で、そのお友達は帰ったの?」


「ま、まぁな」


「へ~……でも玄関に、もう一足靴が置いてあるんだけど……しかもどこかで見たような……」

まどかの目が細くなる。

「あの靴、男物の靴だよねぇ……」


「お、親父様のだ」

真咲はそう言い切ると、湯呑を片付けながら話題を変えるように、

「と、ところでまどか。洸一がどこかへ行ったまま帰らないのは分かったが……どうして私の家にまで来るんだ?何か用でもあるのか?」


「もちろんよ」


「ほ、ほぅ……それで?一体どんな用が……」


「あのねぇ……実は情報があったの」


「情報…?」


「そうなのよぅ」

まどかはクスクスと笑った……かと思いきや、不意に苦虫を噛み潰したかのような顔付きに変わり、

「アンタと洸一に良く似た人物が一緒に歩いていたって、この近所からね」

と搾り出すような声で言った。


「そそ、そうか……でも、それは何かの見間違えじゃないか?」


「そう?まぁ……それをね、確かめに来たのよ」


「た、確かめに?」


「そ」

言うやまどかはクルリと振り返り、

「……洸一ーーーーーーーッ!!」

天地を揺るがすような怒声。

「3つ数える内に出て来なさいッ!!出て来ないと本気で泣かすわよッ!!……1ッ!!」


―― ひぃぃっ!!?

俺は慌ててクローゼットの扉を開け、リビングに転がり出るやその場に平伏した。

もはや条件反射だ。

「ご、ごめんなさいですぅぅぅ」


「こ、この……馬鹿たれがっ!!」

まどかは土下座している俺の頭をポコンと殴った。

「私や姉さんが、どれだけ心配したと思っているのよッ!!」


「も、申し訳ねぇーですぅぅぅ」


「ったく……一人で生きるとか何とか言ってて、何で真咲の家に厄介になってるのよっ!!」


「い、色々と事情が……お腹も減ったし……」


「それに……なに?なんでアンタ、パジャマなんか着てるワケ?」

まどかは俺の着ている水色の寝巻きを抓み、そして俺の髪の毛をワシャワシャと叩くように撫でると、

「サラサラの髪……お風呂、入ったの?」


「い、一応……」


「ふ~ん……なるほど。そーゆー事か……」


「は、はい?」


「夕飯をご馳走になってお風呂もご馳走になって……最後は真咲までご馳走になろうと思ったんでしょっ!!」


「め、滅相も無いっ!?」


「お黙りっ!!」

怒声と共にまどかの蹴りが炸裂。

俺は壁際まで吹っ飛んでいた。

「それに真咲も真咲よっ!!」

「な、なんだ?私がどうした?」

「惚けないでよっ!!」

まどかはキッと真咲姐さんを睨み付けた。

「両親がいないことを良い事に、洸一を誘惑して引きずり込んで……大したタマだわッ!!この泥棒猫ッ!!」

「な、なんだとッ!!」

「なによッ!!どーせ最初から洸一を泊める気だったんでしょっ!!全く……油断も隙もないわッ!!」

「ふん、貴様にそんな事を言われる筋合いは無いな。捨てられた女の嫉妬は醜いぞ、まどか」

「だ、誰が捨てられたのよッ!!この淫乱ッ!!」

「な、なにぃっ!!」

「なによッ!!」


あ、あぁ……何だか分からんが、また始まっちまったよ、怪獣大決戦が……

だがこれは……チャンスだ。

二人が争っている間に、今度こそ僕ちゃんは遠くへ逃げよう……


俺は互いにメンチを切り合っているまどかと真咲に気付かれないように、こそこそと移動を開始。

リビングから表の庭に通じる扉を開けて、

「――げぇぇぇっ!!?」

庭先には、のどかさんが佇んでいた。

黒兵衛と酒井さんを従え、月明かりの下、恐怖の魔女様が能面のように無表情で佇んでいた。


「の、のどか先輩……」


「……洸一さん」

彼女はトテトテと、その場にへたり込んでいる俺に近づき、ポコンと撫でる様に頭を叩くと、

「めっ……ですよ」


「す、すみません……」


「取り敢えず、帰ったらお説教です」


「で、でも、僕はその……」


「……拷問に切り替えます」


「ひぃぃッ!!?お、お助けぇぇぇ……」


その後……

喜連川邸に強引に連れ戻された俺は、日付が変わるまで、のどかさんやまどかからネチネチとお説教&蹴りとパンチを食らい、心身ともに疲労困憊。

一体、僕が何をしたと言うのだろうか?

ただ、真咲さんの家で御飯とお風呂をご馳走になっただけではないか。

そりゃあ確かに、黙って出て行ったのは悪かったけど……

でもなぁ……言うと絶対、家から出してくれないではないか。

全く、僕ちゃんの自由は、何時になったら戻るんだろうかねぇ……










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