恋文ラプソディ
★6月15日(水)
本日は梅雨の晴れ間の良い天気。
俺様は鼻歌混じりに学校へと向かっていると……
「ん?アレに見えるは真咲しゃんじゃないか?」
見覚えのある後姿に、俺は駆け寄り声を掛ける。
「いよぅ、真咲。こんちまたまた、良い天気でゲスなぁ」
「ん?光一か……」
振り返り、微かに微笑む真咲姐さん。
うむ、相変わらず今日も凛々しいですなぁ……
ここだけの話、二荒の真咲さんは本当に良い女だ、と思う。
容姿やスタイルは当然として、情に脆く義に厚い、その男気(?)溢れるサッパリとした性格。
弱きを助け強気を挫き、自分に厳しい孤高の戦士。
後輩に慕われていると言うのも良く分かるし、何より彼女に恋心を抱く隠れファンみたいな者も多くいると聞くが……
その殆どが『女子』と言うのは、さも有りなん、と言った感じだ。
まぁ……もし俺が、誰かと付き合わなきゃならない状況(どんな状況だ?)になっちまったら、間違い無く真咲しゃんは最終候補に残るだろうね。
・・・
もっとも、彼女を選んだ瞬間に、何か物凄い不幸が襲ってくるような気もするが……
「……ん?どうしたんだ洸一?薄ら笑いを浮かべて……変な奴だなぁ」
「うんにゃ、別になんでもねぇーよ」
俺はポリポリと頭を掻いて誤魔化す。
「にしても、今日は良い天気じゃのぅ」
「そうだな」
と真咲さんも空を見上げ、頷く。
「絶好の練習日和だな」
発想も相変わらずですねぇ……
「ところで洸一。ちゃんと鍛えているか?」
「ふぇ?」
「新人王になったからと言って、それでお終いじゃないだろ?夏には全国大会の予選があると言うじゃないか。優貴は毎日、頑張っているぞ」
「ぼ、僕ちゃんも頑張っているよぅ」
洸一チン、チトたじたじ……
何だか話が、ヤバイ方向へと流れて行ってる様な気がする。
「まぁ……俺様の目標は、あのカメ虫こと御子柴の野郎を、全国の皆さんの前でプチッと叩き潰す事だからな。本懐が遂げられるその日まで、頑張る所存でありますよ」
「うむ、そうか。ならば今日は、特別に私が練習を見てやろうか?」
「うぇぇぇっ!?」
「な、なんだその思いっきり嫌そうな顔は……」
「べ、別に嫌じゃないよぅ……」
もちろん、嘘である。
真咲姐さんの練習に比べたら、その辺に出没するツキノワグマあたりとガチでタイマン張る方が、まだまだ楽であるのだ。
「な、なんちゅうか……真咲しゃんも夏にはインターハイがあるだろ?だからその……俺と一緒だと足手まといと言うか、練習の邪魔になってはいけないような気がする今日この頃でして……」
「大丈夫だ」
「お、おやまぁ……そうなんですかぁ……」
「うむ、偶にはみっちりと洸一を鍛えてやるか♪」
真咲は嬉しそうに笑った。
対して俺は、何だかしょんぼりな気分。
あぁ……今日もまた、辛い一日の始まりだ……
さて、そんなこんなで、真咲と他愛の無いお喋りをしている内に何時の間にか学校に到着。
「じゃあな洸一。放課後な」
と、真咲姐さんは自分のクラスの下駄箱へと。
俺も自分の上履きに履き替え、ふと何気に振り返ると……
ありゃ?
真咲姐さんが、自分の下駄箱の前で立ち止まっていた。
何やら小難しい顔で、固まっている。
なんじゃろう?
もしかして、自分の上履きに画鋲でも入れられていたのかにゃ?
「……どうした真咲しゃん?」
「うわぁっ!?」
と、珍しく驚いた声を上げる二荒の姉御。
そしてちょっとだけバツが悪そうな顔で振り返り、
「な、なんだ洸一。……まだいたのか」
「おうよっ!!んで、何してんだ?もしかして何か陰湿なイヂメでもあったのか?」
まぁ、真咲姐さんに喧嘩を売る馬鹿はいないと思うが……
「ん……その……これ……」
「ふにゃ?」
真咲姐さんの指先を視線で追うと、
「――ぬおぉっ!?」
彼女の上履きの上に置かれた白い封筒。
「こ、これはもしかしてもしかすると……噂に名高い昭和の遺物、ラヴ・レターと言う奴ですかっ!?」
「こ、洸一もそう思うか?」
「お、おう。いやぁ~……それにしても、生まれて初めて見たなぁ……」
デジタル化が進んだこの時代に、まだこのようなアナログ的な物が残っていうようとはね。
まぁ、今でも文通等の文化は残ってるって話しだし……
やっぱ、直接文字を書いて送るってのは、気持ちが伝わるって意味でも良いもんだよね。
「んで、中身は何て書いてあるんだ?早く読めよぅ」
「そ、そうだな。……って、何で洸一に見せなきゃならないんだっ!?」
「まぁまぁ、堅い事を言うなよぅ。誰にも言わないから、早く読んじゃおうぜ」
「くっ……しょ、しょうがない男め」
とか何とかブツクサ言いながらも、真咲さんは上履きの上に置いてあった白い封筒を手に取った。
差出人の名前は無く、ただちょいと小奇麗な字で、二荒真咲様と書かれてある。
一体、中身は何て書いてあるんじゃろうか……
洸一、かなりドキドキしてますぞ。
☆
二荒の真咲姐さんの下駄箱の中に入っていた封筒。
中には一枚の便箋が入っていた。
「み、見るなよ洸一」
と、さすがに恥ずかしいのか、体を縮込ませて手紙を隠そうとする真咲さん。
「分かってるよぅ」
とか何とか言いながらも、首を伸ばし、彼女の背中越しに手紙を覗き見る俺。
真っ白で飾り気の無い便箋だ。
……ふむ……ラヴなレターにしては、ちょいと素っ気ないのぅ……
そんな事を思いながら、俺は便箋に書かれた文字を追って行く。
え~と、なになに……
『二荒真咲様。放課後、裏庭で待つ』
「……」
「う、裏庭か。ど、どうしようかなぁ……」
と、真咲姐さんは神妙な感じで照れている。
あ、哀れな……
俺はそんな彼女の肩に優しく手を置き、
「ま、真咲さん真咲さん。これ……ラヴレターと違うんでないかい?」
「えっ!?そ、そうなのか?」
「い、いや……ラヴレターかも知れないけど……俺のナイス頭脳は、90%の確率でこれは『果たし状』と認識したぞよ?」
「で、でも……二荒真咲様って書いてあるぞ?果し合いに『様』は付けないと思うが……」
「しかしそれでも、裏庭で待つ、は無いだろうと思うんだけどなぁ……」
「ふむ……」
と、暫し手紙と睨めっこをする彼女。
そしておもむろに手をパンッと打ち鳴らし、
「分かった。きっと、これを書いたやつは照れてるんだ」
実にポジティブな意見です。
「そ、そうなのかぁ……」
「そうなんだ」
と、真咲は満面の笑みを浮かべ、
「ラヴレターなんか貰うの初めてだし……私も中々にモテるじゃないか。はは……少し照れるな」
ぬぅ……
それは果たし状なのかも知れないのにか?
「な、なんだ洸一?その不満そうな顔は……何か文句でもあるのか?」
「へ?別に不満って事はないし文句も無いんじゃが……」
むしろ、ちょいと不安だ。
俺自身が。
ラヴレターにしろ果たし状にしろ、何だか……色々と面倒に巻き込まれるような予感がするのだ。
「しかし真咲姐さん。何だか……本当に嬉しそうだなぁ……」
「まぁな」
真咲姐さんは手紙を鞄に仕舞いながら、微笑んだ。
ぬぬ、ぬぅ……
洸一チン、ちょいと複雑な気分。
「何しろ、いつもまどかにラヴレターを何枚貰ったとか告白がどうとか、色々と自慢されていたからな。これでアイツにも、あまり馬鹿にされないだろう」
……なるほど。
洸一チン、複雑な気分が治りました。
「ところで洸一は、ラヴレターとか貰った事はないのか?」
「俺?」
「まぁ……洸一は特殊だから、あまりそーゆーのは無いだろう。さっきも生まれて初めて見たって言ってたしな」
「ば、馬鹿にするにゃッ!?実は今まで秘密にしていたが……何を隠そう、俺様もラヴレター如きは貰った事があるのだよ。わはははは♪」
と胸を張って答えた瞬間、不意に真咲姐さんの目が据わり、
「……誰にだ?いつ、誰に貰った?」
え?何故に殺気が零れるの?
「い、何時って……その……最近だと、一年生の時かなぁ?」
「誰にだ?」
「へ?」
「だ・れ・に・だッ!!」
「――ハゥァ!?だ、誰にって……それはそのぅ……実は穂波から……」
「……は?穂波って……榊穂波か?」
「う、うん」
俺は頷く。
と同時に、思い出してしまう、あの忌まわしき戦慄の記憶を……
そう、あれは去年の秋頃だった。
何故かその日、学校に行く途中に穂波は俺に、
「洸一っちゃん♪ラヴレターだよぅ♪……うひひひ」
とか何とかヤバい笑顔で言うや、いきなりクマ公のイラストがプリントされた封筒を手渡して来たのだ。
そして封を開け、中に入っていたピンクの便箋を読み、俺は卒倒した。
そこには小さな文字で
『洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん洸一っちゃん……』
その数、全部で百と八つ。
何が言いたいのか分からない、とかそーゆー言うレベルの話じゃなく、彼女が何をしでかすか心配で僕は夜も眠れなかった。
ちなみにその手紙、何度も捨てたり燃やしたり川に流したり大地に埋めたりしようかと思ったが、処分すると何か祟り的な事が起きそうなので、今でも厳重に保管してあるのだ。
「とまぁ……ちゃんと俺様も、ラヴレターを貰った経験があるのよ」
「……それってラヴレターなのか?」
「あのキ○ガイはそう言っておったぞ?むしろ俺的には、真咲の貰ったそれの方が、ラヴレターじゃないような気が……」
「ま、まだ言うか洸一!!」
「だだ、だってよぅ……」
「……良し。じゃあ賭けをしよう」
真咲姐さんは唐突に言った。
「これがラヴレターだったら私の勝ちで、違っていたら洸一の勝ちだ」
「じょ、上等だぜ。……んで、何を賭けるんだ?」
「ん、そうだな……夕飯を一回、はどうだ?」
「グッド!!」
俺は指をパチンと鳴らした。
負けても夕飯一回ぐらいなら惜しくは無いし、勝てば真咲姐さんの美味い飯にあり付けるのだ。
こんな分の良い賭けは無い。
「よっしゃ。それじゃあ、結果は今日の放課後だな。僕ちゃんは教室で待機してるから、報告を頼むぜ。それにしても真咲姐さんの晩御飯、楽しみじゃのぅ……うししししし」
「言ってろ」
真咲姐さんは少しだけ頬を膨らませた。
そしてちょっと恨めしそうな顔で、
「これが本当にラヴレターで、もし書いたのが物凄く好い男だったりしたら……洸一、その時になって困っても知らないんだからなッ!!」
「……へ?俺が何を困るって?」
「う、うるさい。この馬鹿ッ!!」
「あぅ…」
な、なぜ怒鳴る?
これだから女心は複雑だ……
もしかして真咲さん、今日は女の子の日なのかなぁ?
★
グ~でタラ~としている内に、あっと言う間に授業は終わり、そして放課後。
もちろん、このまま教室で真咲姐さんからの報告を大人しく待ってる……何てことはしない。
果たし状にしろラヴレターにしろ、誰が書いたのか、ちと気になる。
だから俺は……
「裏庭にいるのです。かっこ笑い」
俺は生い茂る木々の根元に身を隠し、独りごちた。
真咲姐さんやその他の生徒の姿は、まだ無い。
「むぅ……俺的には、アレは果たし状だと思うんじゃがのぅ……」
一体、誰が何の目的で、そんな無謀な事をするのか?
「でも、もしかしたら本当にラヴレターって事も……」
一体、誰が何の目的で、そんな酔狂な事をするのか?
「どちらにしろ、これは見物ですなッ!!わはははは♪」
「何が見物なんだ?」
「―――マンボッ!!?」
聞き慣れた声に慌てて振り返ると、そこにはしかめっ面をした真咲姐さんが、腕を組んで佇んでいた。
眉間に皺を寄せ、仁王様のような顔で僕ちゃんを睨んでいる。
「こ、これはこれは真咲しゃん……」
「教室で待ってるんじゃなかったのか、洸一?」
冷ややかな声。
「い、いやそのぅ……なんちゅうか、やっぱ気になってよぅ……」
「そ、そうか。洸一も、やはり気になるんだな?」
真咲の顔が、ふにゃんと和らいだ。
そしてどこか照れるように、小声で、
「全く……洸一は素直じゃないって言うか……少し心配性って言うか……最初から私にその気はないのに……」
は?何を言ってるんだ?
「そりゃ気になるだろ。何しろ真咲姐さんに勝負を挑むなんて、相手は一体どんな怪物なのか興味津々……って、真咲さん?な、なんか……物凄く怖い顔になっちゃってるんだが……それに肩もプルプルと震えて……もしかしてトイレでも我慢してるのか?」
「……黙れ洸一」
「――ハゥァッ!!?」
「これはラヴレターだと言ってるだろうが……」
「え~~…」
「な、何だその不服そうな顔はッ!!」
真咲姐さんは噛み付きそうな勢いで俺を怒鳴り付ける。
が、不意に表情を改めると、どこか探るような目で、
「それとも……何か?洸一は、私がラヴレターを貰うのが……い、嫌なのか?」
「……はい?」
どーゆー意味だ?
「だから……無理にもこれは果たし状だと思い込んで……」
「いや、無理にと言うか、現実を客観的に見て、そこから推察した結果なワケでして……」
「だ、大丈夫だぞ洸一。わ、私は別に……誰とも付き合う気はないからな」
「……」
おいおい、聞いてねぇーよ、この人……
「と、とう言うワケで、私は行ってくる。洸一は大人しく、ここで待っていろッ」
真咲さんはそう言い残し、俺の潜む木陰を出て中庭の中央で漢らしく仁王立ち。
なんか……どー見ても、決闘直前、って感じに見えるんじゃがのぅ……
俺はヤレヤレと軽く溜息を吐いた。
ま、どちらにしろ、面白い事に変わりは無い。
万が一……本当に万が一、決闘で真咲がピンチになったら、俺様が助けてやろう。
それに億万分の一、もしあれがラヴレターだったとしたら、その時俺は……
「相応しい男だったら、ちょいと応援。それ以外だったら……恋の女神に成り代わり、天罰を与えてやるかな」
★
木陰で蹲ること、約5分……
校舎の隅で、何やらコソコソと動く影を発見。
むっ、来たか……
洸一、少し緊張だ。
果し合いにしろ愛の告白にしろ、どちらにしても興味がある。
ど、どんな奴なんだろう?俺様の真咲を呼び出すなんて野郎は……
って、俺様のじゃないけどなっ!!
木陰で動く影は、チラチラとこちらを確認した後、その姿を現した。
ぬぅ……
一年生だろうか、どこかまだ幼さが残るあどけない顔立ちの少年。
背もどちらかと言うと低く……なんちゅうか、豪太郎の大好物、と言った感じの野郎だ。
おいおいおい、やっぱアレはラヴレターだったのか?
どー見てもあのお坊ちゃん、真咲さんに戦いを挑みに来たって感じには見えねぇーけど……
しかし油断(?)は禁物だ。
あんな大人しそうな顔して、実はメチャクチャ強いのかもしれん。
いきなり、『お姉ちゃんの仇だーっ!!』とか何とか言って、真咲に襲い掛かるもかも知れない。
ちなみにお姉ちゃんは、きっと空手の試合とかで真咲に負けた奴なんだろう……
うむ、さすが俺様だ。
一瞬でそこまで見抜くとはな。
と、脳内で俺様が妄想と言う名のプロファイリング組み立てている間にも、その少年は小走りに真咲に近づき、
「ふ、二荒先輩ッ」
ちょっと甲高いソプラノ系な声。
顔も坊やだが声も坊やだ。
さぁ……どう出る、少年?
いきなり攻撃を仕掛けるか?
それとも何か隠し武器を持っているとか……
「二荒先輩。この間はどうも、ありがとうございました」
少年は深々と頭を下げた。
「あの時、変な人たちに囲まれている僕を助けてくれて……」
「……あぁ、あの時の……」
真咲姐さんも思い出したかのように手を打つ。
うぬぅ……
察するところ、どこぞの不良どもに因縁でも付けられていたあの少年を、真咲が助けたと……
そーゆー事かな?
「いや、あれは助けたと言うより、廊下でお前を苛めていた菊田達を追い払ってやっただけだが……」
どこぞの不良はウチの学校の馬鹿どもだった。
「それよりも、いきなり手紙で呼び出して……何のようだ?」
うぅ~ん……
果たし状という俺の推理は外れたか。
うむ、残念。
が、まだアレがラヴレターとは限らん。
俺が思うに……あの少年、真咲に弟子入りすると見たね。
真咲の強さに憧れたと思うねっ!!
「ふ、二荒先輩」
少年はギュッと自分のズボンを握り締める。
そして思い詰めた顔で、
「す、好きですっ!!」
…………ぎゃふん。
少年の告白は直球ど真ん中ストレートな感じだった。
さすがの俺様も、かなりドキドキだ。
い、いやはや……
予想外にラヴレターだったのかよ。
この賭け、俺様の負けですか……
フゥ~と小さな溜息を吐き、俺は木陰から二人を見守る。
少年は此方にも伝わるぐらい緊張しており、真咲姐さんは……耳まで真っ赤になっていた。
まぁ、真咲しゃんは、根は純情素朴な女の子だからなぁ……
告白なんて、生まれて初めての経験だろうに。
「せ、先輩っ!!ぼ、僕と……お付き合いして下さいっ!!」
……根性、あるなぁ……
俺は素直に感心した。
が、同時に哀れみが沸き起こる。
やれやれ……
少年には可哀想だが、この恋はダメだね。
なんちゅうかねぇ……真咲しゃんのタイプじゃないと思うのよ、僕は。
正直な話、釣り合ってないね。
真咲の好みの男性は……もっとこう、冬の玄海灘のような、硬派で荒々しいタイプの男性だからのぅ……
ま、それはあくまでも俺様の予想なんだが。
それでも、真咲姐さんはショタコンじゃないしね。
「さて、真咲しゃんはどうやって断るんだか……うひひひ」
俺は小さく独りごち、少し意地悪く様子を見守る。
だがしかし、俺様の期待に反して、真咲は中々、断ろうとしなかった。
……お、おいおい……
まさか真咲さん……OKする気じゃないだろうね?
★
少年の熱の篭った……と言うよりは、どこか鬼気迫る愛の告白。
対して真咲姐さんは足に根が生えたの如く、微動だにしない。
そして俺は……
ま、真咲しゃん。ど、どうしちゃったんだよぅ……
木陰の片隅で少しオロオロしていた。
真咲さん……もしかしてもしかすると、告白を受け入れるのか?
ひょっとして、あんな軟弱野郎が好みなのか?
もしそんな事になったら、俺は……俺は……
ん?
どーなるんだろう?
何だか良く分からんが、少し不愉快だぞよ。
あぁ、不愉快だともさっ!!
等と俺が独り静かに悶々としている間にも、
「先輩!!ひ、一目惚れなんです!!ぼ、僕とお付き合いして下さいッ!!」
少年は熱い眼差しで真咲に詰め寄る。
「そ、それは…」
顔中を真っ赤に染めた真咲は、チラリと俺のいる木陰を窺った。
困惑の表情……
どうしよう、と俺に訴えるように、チラチラと視線を投げつけてくる。
ぬ、ぬぅ……なるほど。
こーゆー事に慣れていない真咲姐さんとしては、どうやって断れば良いのか分からない。……と言うことだな?
確かに、断るにも勇気とタイミングが必要だと思うが……
「ふ、二荒先輩!!返事を……お願いしますッ!!」
……まぁ、相手の勢いに押されて、中々に言えないわなぁ……
俺はヤレヤレな苦笑を溢し、「フゥ~」と小さく息を吐き出す。
そして丹田に力を混め、
「おぅおぅおぅおぉぉぅッ!!」
おもむろに木陰から飛び出した。
しゃーねぇーなぁ……
今日の所は、俺様が悪役になってやりますか。
貸し一つですぞ、真咲さん。
「な、なんですか……あなたは……」
「じゃかましいクソ餓鬼!!」
俺はキッと幼い顔の少年(とは言っても高1)を睨み付ける。
天下無双と呼ばれた、鋭い眼光でだ。
「その木陰で黙って聞いてたが……お前ぇ、中華料理並にちょいとしつこいだよ!!」
「……え?」
「ったく……相手の困った顔を見りゃ分かるだろ?な?すぐに悟れよ、それぐらいよぅ……」
「え?……え?」
ぬぅ…分かってねぇ……
「だから……お前は、真咲姐さんの好みの男じゃないんだよ。分かる?お前は振られたの。最初から脈はないの。分かったんなら、とっと家に帰って布団の中で咽び泣いてろ。何れ良い思い出になるから」
「そ……そんな事はないです!!」
少年チックな下級生は、俺様を睨み付けてきた。
ほ、ほほぅ……
中々どーして、菊田達に虐められていた割には、勇気があるじゃねぇーか……
大したタマだぜ。
ただ、ちょいと往生際が悪いのぅ。
「あのなぁ、一年坊主」
俺はポリポリと頭を掻いた。
「恋愛は自由だけど、もうちょっと、相手の事も考えてやれよ。真咲は優しいから、お前を傷付けたくはないんだよ。なぁ、分かるだろ?雰囲気とかそーゆーのから、少しは相手の気持ちを察してやれよ。……猪突猛進で交際を申し込めば、何とかなると思ってるのか?相手を困らせるだけだと、理解できないのか?それを拗らせるとストーカーとかになっちまうぞ?」
「り、理解できませんっ!!」
あ、ありゃまぁ……実に困ったチャンだな。
どうしようかねぇ?
ここは少しばかり、世間の常識ってやつを教えてやるべきなのかなぁ……
「……おい小僧」
低くドスの効いた声で俺は詰め寄った。
「俺様が大人しく諭してやってれば、いい気になりやがって……舐めンなよ?」
「……」
「これ以上、真咲が困ってるのに調子付いて告白なんかしてみろ……この俺が、本気で叩き潰すぞ?……あん?」
「……ふ、二荒先輩!!僕は……僕はッ」
瞬間、俺様の中で、何かが少しブチ切れた。
「どりゃぁぁぁぁぁッ!!」
気合と共に華麗なるネリチャギを一発。
ドカン!!と言う鈍い破壊音と共に、少年は頭から地面に減り込んだ。
「ハァハァ……や、やってもうた」
「こ、洸一ッ!?」
と、真咲姐さん。
「す、少し……やり過ぎじゃないか?」
「むぅ……俺様もそう思うが、この餓鬼、ちょいとテンパってたからさぁ……」
俺は気絶している少年を抱き起こした。
うむ、大丈夫。……取り敢えず脈はある。
口から泡は吹いてるがな。
「それよりも真咲。どーして最初から断らないんだ?……ちょいとハラハラしたぞよ」
「そ、それは……」
「ンだよぅ……もしかして、本当はこーゆーのが好みだとか?」
「そ、それはない」
真咲さんは苦笑を溢しながら頭を横に振った。
「ただ、告白とかされるのは初めてだったし……その……なんて断れば良いのか分からなくて……」
あ、やっぱり。
本当に、真咲しゃんは純ですなぁ……
「まぁ、確かに分からんでもないけど、断る時はキッパリと言った方が良いぞ?言葉を濁している内に、何時の間にか付き合うことになってみろ……後々、大問題になるぞよ」
「そ、そうだな」
「ま、今回は俺様がいて、助かったのぅ。……はっはっは」
やれやれ、自分で言っておいて何だが、本当にそうじゃわい。
俺が助けなかったら……真咲しゃん、この餓鬼の勢いに押されて告白をOKしてたりしてな。
・・・
な、なんか……そう考えると、少しムカつきますなぁ……
「お、おい洸一?どうしてその子の頬を抓ってるんだ?」
「……いや、何となくな」
俺は慌てて手を引っ込める。
「さ、さて……取り敢えず、この餓鬼を保健室へ運んでやるかな。そこで目が覚めたら、一応は真咲の口からちゃんと言ったほうが良いと思うぞ」
「う、うん。分かってる」
「……よっしゃ。んじゃ、行きますかねぇ」
俺はクソ餓鬼を担ぎ上げた。
その後……
取り敢えず賭けは真咲の勝ちと言うことで、俺は彼女と二人、駅前にあるファミレスで一緒に晩御飯。
もちろん、俺の奢りだ。
真咲姐さんは殊更嬉しそうだし、俺様も少し安心した。
もしも告白したのがあんな餓鬼じゃなく、どこぞのナイスガイだったら、今頃どーなっていたのやら……
いやはや、本当に今日は色んな事があったわい。
ちなみに帰宅後……
まどかにイチャモンを付けられた挙句、特訓と称して虐められたのは、言うまでも無い事だった。
真咲と飯食ったぐらいで、何でこんな目に遭うんだかねぇ……