日常
★6月13日(月)
月曜日……
今日からまた一週間が始まると思うと、何だか憂鬱な気分になってしまう。
それに空も、今日は梅雨らしく灰色の重たそうな雲に覆われ、これまた憂鬱な気分に拍車を掛けている。
ま、そんなこんなで朝から机に突っ伏しながら気だるく過ごし、気が付けばあっという間にお昼。
俺は喜連川の料理長が作ってくれた弁当を取り出し、
……さて、今日は何処で誰と飯を食おうかのぅ……
と、暫し思案。
ふと、ある事を思い出し、臨席の美佳心チンに声を掛けた。
「なぁなぁ、委員長」
「……あん?なんや?」
美佳心チンは何故か不機嫌そうな声で答えた。
もしかして今日は女の子の日だろうか。
「一緒にお昼でもどうだい?んで、そこで一昨日の約束のオッパイをモミモミしちゃって……うひょひょひょ」
「……嫌や」
美佳心チンはフンッとソッポを向いてしまった。
「ありゃま?嫌や、と言うのは、僕と御飯を食べる方かな?だったら仕方ないですねぇ……では取り敢えず、今すぐにでもパイパイを……うひょひょひょひょひょ」
「ア、アホか!?両方や、両方ッ!!」
「え~~……なんでだよぅ。伏原美佳心ともあろう女傑が、約束を違えると言うのか?」
「言うんや」
「ギャフンッ!!そ、そんなぁ……おっぱいだけを楽しみに頑張って学校へ来たと言うのにぃ……」
俺は明日から、何を楽しみにすれば良いと言うのだ?
・・・
弁当か?
「ふん、あの約束は当日限りや。だらもう、無効なんや」
美佳心チンは吐き捨てるようにそう言うと、そそくさと席を立った。
チェッ、しょうがねぇーなぁ……
俺も彼女に習うかのように、弁当を手に席を立つ。
と、美佳心ちゃんは少し驚いた様子で、
「な、なんやねん?」
「……へ?なんやねん、と言われても……飯、食うんだろ?だから僕ちゃんも一緒にと……」
「い、嫌やと言うた筈や」
美佳心チンは目を逸らしながら言う。
「おいおい、オッパイはともかく、昼飯ぐらいは……」
「だ、だから……暫くはダメなんや」
美佳心チンはそう言うと、俯むいてしまった。
そして独り言を呟くように、
「……ウチは少し、太ってきてるねん。夏前にこれはエライこっちゃで……太ったウチを見たら、洸一クンはどう思うやろか……だから暫く、ウチは昼を抜くねん。元々太り易い体質やし……でもホンマは、少し辛いねん。あぁ……お腹、減ったなぁ……」
「あ、あのぅ……美佳心さん?口から個人情報が漏れちゃってるんだが……色々と大丈夫か?」
「――はっ!?ウ、ウチとした事が……」
美佳心チンは頬を染め、俺を睨み付けた。
ちょっとだけ、泣きそうな顔をしている。
や、やれやれ……膨らんだの萎んだだの、これだから女は……
「あのなぁ、美佳心チン。俺が見るに、別に委員長は太っていないぞよ」
「嘘やっ!!」
「いや、別に嘘なんか吐いてねぇーよ」
「……ふっ、洸一君は優しいから、そないなこと言うんや。自分の事は自分がよぅ分かっとる。体重もちょっとだけ増えたし……」
「それは成長期だからじゃないのか?」
「ちゃうッ!!ウチはデブってるねん。なぁ……洸一君も、少しはそう思うやろ?前よりもデブった風に見えるやろ?」
「いや、全然……」
「また気を使ってからに……なぁ、正直に言うてや?」
美佳心チンが俺に詰め寄る。
しかも何故か鬼気迫る表情でだ。
「だ、だから、別に変わってないと言うか……」
「洸一君や。頼むでホンマ……優しさは時には罪やで?」
「そ、そんな事を言われてもなぁ……」
「洸一君、頼むッ!!ウチは傷付かないから、正直に言うてや。前よりも太ったやろ?な?そうやろ?」
ぬぅ……
「ま、まぁ……そこまで言われてみれば、少し丸くなった感じが……」
「やっぱりやッ!?ちくしょーーーーーーーーーーーッ!!」
美佳心チン、絶叫。
あぁん、僕ちゃん、もうどうしたら良いのやら……
なんちゅうか、ストレスで僕の方が痩せそうだ。
「お、落ち着け美佳心ちゃんッ!!美佳心ちゃんは別に、太ってないぞよッ!!」
「嘘やっ!!ウチはもう、デブデブなんやッ!!来場所は十両確定なんやッ!!」
何を言ってるんだか……
「あ、あのなぁ……美佳心ちゃん。美佳心ちゃんは前と、なーんにも変わってないぞ。それにもしも、仮に太ったとしてもだ、俺的にはガリガリに痩せた女の子よりも、ちょいと肉感的な女の子の方が好みだし……」
「あかん……ウチはもう、ご飯なんか食べへん。痩せるんや……痩せなきゃアカンのや……」
お、おいおいおい……大丈夫か美佳心チン?精神的に。
少し強迫観念が入ってると言うか……下手すりゃ拒食症になっちまうぞ?
そうすると……僕のおっぱいも萎んでしまうではないかっ!!
こりゃアカン。
早急に何とかしなければ……
「あ~~……美佳心ちゃんよ。食べないのは逆効果だぞよ」
「そ、そうなんか?」
と、美佳心チンはマジマジと俺を見つめる。
「うむ、そうだ。食べないで痩せるのは体に悪いし、リバウンドが激しいからな。だからだ、一番良いダイエット方法はだ、普通に食べてちゃんと運動する、と言うことだ」
そうすりゃ、更におっぱいも大きくなるかも……
「運動……そ、そやな」
美佳心ちゃんは大きく頷いた。
「よぅ考えたら、ウチ……勉強ばっかで、運動はあまりしてへんもんな」
「だろ?そこで美佳心チン、どうだろう?暇な時で良いから、TEP同好会の練習に付き合ってみないか?練習はハードだけど、確実にカロリーは消費できるぞよ」
「そ、そら名案やッ!!」
美佳心チンは大きく手を打った。
「洸一君は牛かっちゅーぐらいドカ食いするのに、太ってないもんな。やっぱ運動が大事なんやなぁ……そっか……」
「うむ、そーゆー事だ、美佳心チン。良く食べ、良く運動する。これがプロポーションを保つ秘訣なのだよ」
ま、そんなワケで……
これから暇な時は、美佳心チンが練習に参加することになった。
洸一、してやったりの巻だ。
これからブルマ姿のボインちゃんと練習できるとは……うひひひひ……
これでまた一つ、学校に来る楽しみが増えたわい。
いやはや、青春じゃのぅ……
★6月14日(火)
今日も今日とて、梅雨らしくどんより曇った鬱な陽気。
俺は欠伸を噛み殺しながら、セレスと共にブラブラと学校へ向かって歩いていた。
「ふにゃぁぁぁ……今日も眠たいですのぅ」
「_……洸一さん。また夜更かしですか?」
我が校の制服もすっかり板に付いたセレスが、僅かに首を傾げ、俺を見やる。
「そうなんだよぅ」
俺は目尻を擦りながら答えた。
「下らない、とは思いつつも、どうも深夜にやる大きなお友達用アニメが気になってなぁ……偶にはゴールデンタイムに、堂々と放映するぐらいの粋な計らいがあってもエエのにのぅ」
「_洸一さんは、相変わらずダメ人間です」
「朝から容赦の無いお言葉、ありがとうございます」
俺は苦笑を溢しながら、深々とお辞儀をした。
「ところでセレスしゃんよぅ」
「_なんでしょうか?」
「ん~~……別に大した事じゃねぇーけどさ、セレスって……いつまでウチの学校に通うんだ?」
「_予定では、今週いっぱいの筈です。……それが何か?」
「そっか……」
俺は灰色の雲に覆われた空を見上げ、軽い溜息。
「せっかく、学校生活にも慣れて来た頃合いなのに、残念じゃのぅ……」
「_……そうですね。一年生の大半を支配下に置き、これから……と言う時に学校を去るのは、少し残念です」
「何がこれからなのか、ちと分からんが……どうだ?いっそのこと、ラピス共々俺様の学校に通うというのは……出来ないのか?」
「_それは多分……可能です」
「むほっ!?」
自分で言っておきながら、ちょいと驚いた。
軽い冗談のつもりだったんだが……本当に出来るのか?
出来るとしたら、何となく、俺の学園生活が更に華やかになる気がするぞよ。
「マジ……なのか?」
「_ええ。既に梅女におけるフィールドテストは終わっていますし、多少無理を言えば、転入手続きぐらいは取ってくれるでしょう」
「そ、そっか……」
「_ですが……宜しいのですか?」
「へ?何が?」
「_私まで梅女を去ってしまったら……まどかさんも駄々を捏ねて、洸一さんの学校に転入してくるかもしれませんよ?」
「……」
「_どうしました、洸一さん?」
「……そっかぁ……セレスも今週までかぁ。ま、梅女に戻っても、色々と頑張ってくれぃ」
「_……」
★
学校に着き、セレスと別れて俺は我がクラスへと赴く。
また、退屈な日常の始まり……何てことは有り得ない。
周りの名も無き奴等は、『なんか面白いこと無いかなぁ』とか毎日呟いているダメ高校生だが、俺は違う。
心から、『退屈な日が欲しい』と願っているのだ。
正直言って、俺の周りでは色々な事が起こり過ぎだ。
しかも何故だか分からんが、毎日のように肉体&精神的暴行を受ける始末。
ま、俺様にも多少の責任はあるのだが……
心も体も、もういっぱいいっぱいですよ、お母さん。
「やれやれ。今日こそは、平穏な日になると良いなぁ……」
そんな事を呟き、教室の扉を開けると、
「あ、洸一っちゅわぁぁーーーーーーん♪」
俺に未来永劫、平和を与えてくれないであろう悪魔の一人が、相も変わらず心に何か病を抱えているであろうヤバイ笑顔で駆け寄ってきた。
「えへへへ……オハヨウ、だよぅ♪」
「あぁ……オハヨウさん」
俺はガックリと項垂れた。
ふぅ……今日も何だか、良くない事が起こりそう……
「あれ?どうしたの洸一っちゃん?何だか疲れた顔してるね?」
穂波は項垂れている俺の顔を覗き込んできた。
「あ?別に……何でもねぇーよ」
「ふ~ん……あ、それよりも洸一っちゃん、知ってる?」
「ん?なんだ?この俺様に平和な日は訪れないと言う事か?それならば、身を以って知っておるぞよ」
「何言ってるのか分からないけど……あのね、小耳に挟んだんだけど、実はねぇ……何と、このクラスに転校生がやって来るんだって」
「ほぅ……転校生とな?またこの時期に酔狂な……」
とその時、俺様の脳裏に髪の長い闘姫様のお姿が過った。
「ま、まさか……転校生って、まどかじゃないだろうな?」
もしそうなら、今度は俺が転校するぞよ。
「へ?なに朝から酔ったこと言ってるのよぅ。まどかさんが転校して来るワケないじゃないのぅ」
「……ま、そうだろうな。んで、どんな奴が転校して来るんだ?」
出来れば、大人しい感じの女の子がエエにゃあ……
生意気な野郎なら、誰がこのクラスの支配者かを教えてやらねばなるまいて。
「それは分からないよぅ」
「ふんっ、使えない女ですなッ!!」
「あ゛ぁ?何か言った、洸一っちゃん?」
「……いや、何でもないですよ」
しかし転校生か……
楽しみな反面、何か良くない予感がしますのぅ。
★
朝のHR……
担任であるヒゲさんこと谷岡ティーチャーの、結構どーでも良い話を聞きながら、
「転校生ねぇ…」
俺はだらしなく机の上に頭を乗せ、呟いた。
「一体、どんな輩が転校してくるやら……」
「ウチとしては、関西方面の子がエエな」
と、神戸出身の美佳心チンが、キシシシと妙な笑みを浮かべる。
「標準語は、疲れてかなわんさかいな」
「俺的には、広島とか岡山辺りがエエじゃけんのぅ。女の子が自分の事をワシとか言ったりすると、洸一チンとしては、少し萌え萌えじゃけん」
「相変わらず洸一クンは、朝から脳みそがシェイクされとるな」
呆れたように美佳心チン。
「だいたい、何で女の子って決め付けるねん」
「古来より、転校生は女の子と相場が決まっているからな。あの源氏物語もそうだった……」
もちろん、大嘘である。
「だいたい、野郎なんかが転校して来て、幸せになれると思うか?しかもそれがむさ苦しい野郎だったら、イジメがありました、とか何とかしょんぼりな事を書き残して、自殺しちゃうと見たね。いと哀れ」
「イジメる気なんかい」
「し、失礼な……この正義の人である俺様はイジメなんかしないぞ」
この学校の掟は教えてやるつもりだがな。
「ともかく、転校生は女の子だ。しかも可愛い子で、あまつさえ俺様に一目惚れなのよ。これ、ラヴコメの王道ネ」
「そして洸一君は榊さんに刺されると……そーゆーオチなワケやな?嫌なラブコメやなぁ……」
「どこがラブでコメっているのか、分かりませんな」
そんな下らないやり取りを美佳心チンとしている間にも、谷岡先生は淡々と話を進め、
「え~~……既に知っている人もいると思うが、このクラスに、今日から新しい仲間が加わります」
おぉっ!!と、教室内にどよめきが走る。
「さぁ……いよいよ登場やで」
と、美佳心チン。
「洸一君。興奮したらアカンよ?」
「俺は小学生か?」
俺は机から頭を起こし、軽く首を回した。
肩口から、ポキポキッと骨が鳴る。
さて、どんな奴が転校してくるんだか……
「では、入りたまえ」
ヒゲの谷岡氏がそう言うと同時に、ガラッと教室の扉が開き、『おおおおおぉぉッ!!』と歓喜にも似た声が沸き起こった。
ほ、ほほぅ……
入って来た子は、俺様の望み通り、女の子だった。
しかもかなり可愛い部類に入る女の子だ。
丸顔にくりくりっとした大きな瞳。
トリプルナックルの突撃隊長である小山田と同じく、ツインテールな髪型だが……小山田のそれよりも大きく、なんちゅうかこう……魔女っ娘系アニメに出て来そうな雰囲気が漂っているではないか。
いやはや、これは中々に……
「うひょひょひょひょ♪」
「な、なんやねん?気味の悪い笑い方しおってからに……」
美佳心チンが眉を顰めた。
「いや~~…まさか本当に女の子が転校してくるとはねぇ。これだから、学園生活は止められませんなッ!!」
「本当に、洸一君は幸せな脳みそしてんなぁ」
「うひょひょひょ……そうかのぅ」
さて、女の子は可愛かった。
問題は、性格なんじゃが……
教壇に目を向けると、谷岡ティーチャーが黒板にチョークを走らせ、
「え~~……今日からこのクラスで一緒に勉強することになった、転校生の豊畑椎奈クンだ。みんな、仲良くしてやってくれ」
クラスのみんな、特に男どもが好意的に頷く。
「では豊畑クン、挨拶を……」
「……はい」
豊畑の椎奈チャンと言う名前の可愛い子ちゃんは、ペコリとお辞儀すると、これまた顔と同じように可愛らしい声で
「えと……豊畑椎奈と言います。愛知県から転校してきました」
ほぅ……日本の中の独立国と噂される、愛知県とな。
椎奈チャンは首を横にスライドさせながら教室を見渡し、そしてクスッと愛らしい笑みを溢した。
「え~と……最初に一つ、言っておきたい事があります」
ほぇ?いきなりなんじゃろう?
生徒の視線が、椎奈ちゃんに集中する。
「ちょっと驚いたり怒ったりするかも知れないですけど……私は、皆さんと仲良くする気は全くありません」
――ぎゃふん。
室内が一瞬にして凍りついた。
「だから勘違いして私に話し掛けたりしないで下さいね?キモいですから……」
あ、あかん……
これはアカン。
この子はかなり、アレな女の子だよぅ……
★
転校生の口から飛び出した衝撃の言葉に、教室内は一瞬で凍り付き、やがて漣のようにどよめきが沸き起こる。
そりゃそうだろう……
さしもの俺様も、唖然としていた。
『仲良くする気はないから話し掛けるな』
とても転校初日に堂々と皆の前で言える台詞ではない。
しかも言ったのが可愛い子ちゃんだから、クラスの受けた衝撃は更に倍と言った感じ。
痛い……とても痛すぎるお言葉である。
まさに前代未聞、彼女の未来はもう決まったも同然だ。
……どんな未来か、あまりに酷くて言えないが……
「ま、まるで昔の美佳心ちゃんみたいだぜ……」
俺は呟く。
「ア、アホかっ!?ウチかて……あないな事は言えへん」
かつて孤高を保っていた委員長様も、驚きで目を丸くしていた。
「そ、そうだな。普通は言えんわな」
しかし彼女も、何であんな事をいきなり……
俺は首を傾げながら、教壇に佇む転校生、豊畑椎奈ちゃんを見ていると、
「……ぬぅ」
目が合ってしまった。
いや、目が合ったというよりは……なんか……彼女にジッと見つめられているような気がする。
は……はて?何でしょうかこのプレッシャーは?
僕ちゃん、何か悪い事をしたかしらん?
と、彼女はいきなりクスッと笑みを溢し、
「貴方が……神代洸一ですね♪」
まるでどこぞの劇団に所属していた経験があるのか、両の手を広げ、ミュージカルばりに俺様の名を呼んだ。
うん、やはりどこかおかしい女の子だ。
可愛いのに勿体無い……
「は、はいぃぃ?」
何故に俺の名を知っている?
教室内の視線が、俺と彼女を行ったり来たりする。
「神代洸一……メイドロボに劣情を催すダメ人間であると同時に、メイドロボの心を理解する唯一の人間……と言う話です」
「へ?」
な、なんだいきなり?
しかも誉められているのか、けなされているのか……どっちだ?
「ふふふ……私は、そんな貴方を虜にする為にここにやって来たのですっ!!」
「あ、あらまぁ……」
な、何かトンチキな事を言い出しましたぞ、この女。
ってゆーか、やっぱり今日も、妙なイベントに巻き込まれちまったよ……
「さぁ、神代洸一。私を愛しなさいッ!!」
ドギャンッ!!と妙な効果音が聞こえそうな感じで、転校生は言い切った。
おおぉぉぉっ!!と気勢を上げるクラスメイト達。
穂波は『ガルルルルゥッ!!』と唸りながら、俺か転校生か、どちらを攻撃するか悩んでいるみたいだ。
「……洸一クンや。あの女に、何か変なことしたんとちゃうんか?」
と、ジト目で美佳心チン。
「変な事って……何の事だかサッパリ分からんのだが……ともかく、あの女の子とは初対面だぜ」
俺はそう言って、ゆっくりと席を立った。
クラス連中の耳目が、俺に集中する。
「あ、あのぅ……豊畑さん?君が何を言ってるのか、僕ちゃんには全く理解出来ないんじゃが……」
もしかしてベタなゲームとかアニメの定番である、遠い昔に何か約束でもしていた、と言う設定があるとか……
「ふふふ……照れることはありません、神代洸一」
「いや、別に照れてないんじゃが……むしろ少し気味が悪いと言うか……」
ポリポリと頭を掻く俺。
とその時、いきなりガラッ!!と教室の扉が開き、
「_おやおや、何事かと思えば……」
苦笑を溢しながら入ってきたのは、セレスだった。
「き、喜連川のメイドロボ……タイプ・セレスのプロトタイプ……」
豊畑椎奈チャンの顔が僅かに歪む。
逆にセレスは少しだけ笑みを浮かべ、
「_……IFF(敵味方識別信号)に応答の無い非生命体活動を検知したので調べに来たら……まさかこんな所に、豊畑技研の試作メイドロボがいるとは……少し驚きです」
淡々とした口調でそう言ったのだった。
★
ぬぉいっ!?
セレスの言葉に、俺は目を見張った。
豊畑技研の……メイドロボ?
あの転校生がか?
「豊畑って言えば、ロボット産業のパイオニアやないけ」
と、囁くように美佳心チン。
「けど、工業用ロボット専門で、メイドロボみたいに一般市場には参入してない筈やけど……」
「うふふふ……お察しの通り。私こそが豊畑技研の技術を結集して作られた初のメイドロボ。TH02・シーナッ!!」
転校生少女は、胸を張って答えた。
クラスの皆は声も無し、もちろん俺様もだ。
「この学校には、プロトタイプ・ラピスがいるとデータにはありましたが……まさかセレスタイプがいるとは……」
「_……色々とありまして」
セレスは淡々と答えた。
「_それで、どうして試作機の貴方がこの学校へ?もしかして運用テストですか?」
「そうです」
豊畑の試作機は頷いた。
「それともう一つ。……私の目的は、神代洸一を虜にすること!!」
――僕ですかっ!?
「_ほぅ……」
セレスの細い眉が、僅かに跳ね上がった。
「_洸一さんを虜に……」
「その通り」
豊畑技研製のメイドロボである事が判明した椎奈ちゃんは、更に胸を張って答える。
「神代洸一こそ、メイドロボ業界で知る人ぞ知る存在。曰く、メイドロボに本気で愛を語るダメ人間。曰く、メイドロボ至上主義者。曰く、メイドロボ業界の第六天魔王」
ぬ、ぬぅ……
「美佳心ちゃん、美佳心ちゃん。良く分からんが……なんか俺、馬鹿にされてるんだか、それとも物凄く期待されてるんだか……どっちなんだろうねぇ?」
「……物凄く馬鹿にされてるんや」
「あ、やっぱり……」
俺はトホホ…と項垂れる。
そしてそんな俺をビシッと指差し、椎奈ことメイドロボのシーナちゃんは
「即ち、神代洸一を制する者はメイドロボ業界を制す、ですッ!!」
お、おやまぁ……
困ったことを言ってくれますねぇ。
「_なるほど……」
セレスは苦笑を溢し、軽く頷いた。
「_後発の豊畑としては、メイドロボ業界に食い込む為、一部の製作者の間で有名な洸一さんと言うネームバリューが欲しいと……そう言うワケですね?」
「その通りっ!!」
「_……愚かな事を」
「な、なに…?」
「_この場に居るのがラピスさんならともかく、私の前でそのような事が出来るとお思いですか?」
セレスはニヤリと、唇の端を歪める。
うぉう……あれは彼女お得意の、悪魔の笑みだ。
「_落ち目の豊畑ごときが造った試作機の分際で、洸一さんを虜にしようなどとは……もう一度、工場でネジから作り直したほうが宜しいのではなくて?」
「き、貴様……」
「_……困ったメイドロボです。ならば私が、カスタマサービスへ送り届けて差し上げましょう」
言うやセレスは一瞬でシーナちゃんに詰め寄り、シュッ!!と風を切り裂くような手刀を水平に一閃。
――げっ!!?
ゴトン……と重い音を立て、シーナちゃんの首が床に転がった。
しかも首が切り離された胴体の方は、ガガガガガッと奇妙な音を立て、手足をバタつかせるように勝手に動き回っている。
まさに猟奇的光景。
教室内はパニックになるどころか、全員、蒼ざめた顔で震えていた。
もっとも、先天的に脳と心に疾患がある穂波だけは、ウヒヒヒヒと笑っていたが……
「_……愚かな」
床に落ちたライバル社のメイドロボの頭部を、冷やかな目で見下ろすセレス。
「_たかが一介の試作機が、この戦闘タイプのメイドロボである私に喧嘩を売ってくるとは……」
……戦闘タイプのメイドロボって、どーゆー意味だ?
なんか凄くおっかないんだけど……
しかも別に、シーナちゃんは喧嘩を売ったワケじゃないんだし……
「_片が付きました、洸一さん」
「……へ?」
「_これにて一件落着です」
え?どこがですか?
「あ、いや……なんちゅうか……シーナちゃんはメイドロボだったとは言え、一応は転校生なんだけど……なんか頭と胴体が切り離されて、ぶっちゃけ御臨終状態なんじゃが……」
「_それが何か?」
「な、何かって……後々、問題になるような気がしないかい?」
俺は猛烈にするぞ?
「_……豊畑のメイドロボはAIに異常をきたし失踪……と言う事で宜しいでしょう」
セレスは淡々とした口調でそう言った。
ちなみに何が宜しいのか、僕にはとんと分からないのだった……
――PS…
その後、さすがにこのままだと寝覚めも悪くなりそうだし、何より谷岡先生の進退問題にも発展しそうなので、一時間目の授業を潰し、全員でシーナちゃんの修理をすることにした。
が、さすがは時代の最先端を行くメイドロボだ。
高校生の手には負えません。
試行錯誤の末に何とか頭部と胴体を繋ぎ合わせることが出来たのだが、その直後に爆発四散。
協議の末、申し訳ないがシーナちゃんはやはり失踪ということに……
そして証拠隠滅のため、散らばったパーツは全て焼却炉へと消えて行った。
豊畑椎奈ちゃん……
転校直後に消えて行った可愛いメイドロボ。
僕達は君の事を忘れないだろう。
・・・
焼却炉の前を通る度にな。