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俺様日記~1学期~  作者: 清野詠一
22/53

帰ってきたプロジェクトS ③



 外はこの時期にしては珍しく、澄み渡る爽やかな陽気だった。

着物姿が妙に似合う、酒井さんの魂が篭められているメイドロボは、軽く手を額に翳し、

「今年は空梅雨なのかしらねぇ……」

と、目を細めて空を見上げている。


うぅ~む……

先ほどの威厳といい立ち振る舞いといい……そして少し我侭な性格といい……

酒井さんは、やっぱエエとこのお嬢さんなのかなぁ?

研究所の裏手にある、職員たちの憩いの場である緑地には、涼やかな風が吹いている。

そんな中、酒井さんはゆっくりと、大地を踏みしめるように歩いていた。


「……酒井さん。やっぱあの市松人形時と比べて、感覚は違うかい?」


「ん?そうねぇ……視界が高くなった事を除けば、それほど大差はないわ」

最新メイドロボのヴァルガリマンダに宿っている酒井さんはそう言うと、目を細め、柔らかい笑みを湛えた。

「ただ、空気の香りを感じるのは気持ちが良いわね」


「ふ~ん……そーゆーモンかねぇ」

僕ちゃんには、ちょっと分からないなぁ。

ま、この中庭みたいに、緑に囲まれているのは気分が良いけどな。

「そう言えば酒井さん」


「ん?何かしら?」


「いや……さっきさ、のどか先輩が記憶がどうとか聞いてたみたいだけど……ひょっとして酒井さんって、昔の記憶が無いとか……」


「ええ、そうよ」

酒井さんは淡々とした口調で答えた。

そして日当たりの良い芝生の上にゆっくりと腰を落ち着け、

「魂になってあの人形に宿るまでの記憶が……かなりね、あやふやなのよ」


「へぇ……」

俺も酒井さんの隣に腰を下ろす。


「憶えているのは自分の名前と、大正の頃に育ったと言うだけ。それと何か大事な使命みたいな事が合ったことと……誰か大切な人がいたような……」


「大切な人?それって、もしかしてもしかすると、酒井さんの想い人とか……うひひひ」


「……殴られたい?」

酒井さんはスッと目を細めた。


「じょ、冗談ですよ、魅沙希お嬢様」

俺は慌てて、愛想笑いを施しながら首を振った。

しかし、酒井さんの過去か……

ちょいと興味がありますな!!


「おぼろげに憶えている記憶はそれだけね。どうして死んだのか……それすら憶えてないわ」


「へぇ……」

憶えてないのか……

でも、成仏してない上に市松人形に宿ってるんだぜ?

きっとロクでもない死に方をしたんだろうなぁ……性格悪そうだしね。はっはっは。


「……洸一。何か失礼なことを考えてない?」


「うんにゃ。で、酒井さんは人形に宿って、それからの事は?」


「そうねぇ……ただ時の流れのまま、ぼんやりと移ろい往く季節を眺めてただけだわ。ま、時々はその辺を歩き回って、色々と人を驚かせていたんだけどね」


「へ、へぇ……」

きっと、学校の怪談とかになっていたに違いない。

何て迷惑な。


「記憶がハッキリしているのは、廃部になっていたオカルト研究会の部室に、初めてのどかが来た時からかしら……」

言って、酒井さんはどこか遠くを見つめるように目を細めた。

「あの時ののどかの顔、今でも思い出せるわ。本当に嬉しそうで……」


「そうなんですか……」

初めて出会った時の酒井さんとのどか先輩か……

まさに運命の出会いってやつだね。

なんか、その時の光景が目に浮かぶようじゃわい。


「さて、そろそろ散歩の続きをしようかしら」

酒井さんはそう言うと、芝生の上から優雅な所作で立ち上がった。

「色々と歩いたりして、この身体の具合を確かめないといけないからね」


「そうッスね」

と、俺も立ち上る。

「んで、どうですかそのボディは?喜連川の最新技術を駆使したメイドロボだそーですよ。博士が言うには、エネルギーゲインはセレスタイプの3倍(意味は不明)で、駆動系も新システムを採用……らしいと言う事なんですが……」


「そうねぇ……」

と、酒井さんは僅かに首を傾げながら腕を伸ばした。

着物の袂から、真っ白で綺麗な肌が露になる。

「指とか……器用に動くのは良いわね。ただ、慣れていない所為か、かなり精神を集中しないと上手く動かす事は出来ないわ」


「……なるほど」


「正直、私ほどの霊格を持つ者でも扱いはかなり難しいから、普通の霊魂でどこまでこの体を操ることが出来るのか……それが問題ね」


「ふむ……」

そっか、幽霊とか霊魂とかにも、操り易い物、またそうでない物があるのか……

大変、勉強になるわい。

・・・

将来、まったく役に立たない知識ではあるがな。


「ま、早く慣れるためにも、もう少し歩きましょうか、洸一」


「へぇへぇ。これもバイト代のため、お供しますよ」


「なんか、嫌そうな言い方ねぇ……」

振り返り、整えられた細めの眉を顰める酒井さん。

が、何故か素早く視線を前に戻すと、僅かに腰を屈め、目の前に広がる小さな林の中を凝視し、

「待って。何か……いるわ」


「……下がってろ」

俺は酒井さんの前に、庇う様に手を広げながら踊り出た。

林の奥、草叢の中に、僅かだが、確かに何か動く影が見える。

もしかしてもしかすると……二階堂のおっさんの言っていた、産業スパイとやらか?

だとしたら、俺様の出番だ。

TEP新人王の力、今こそ見せてくれようぞっ!!



木陰の隅で、何か動いている。

小動物のようにも見えるが……人かもしれない。

万が一、喜連川の最新メイドロボであるヴァルガリマンダの秘密を探りに来た者ならば、俺様の正義の鉄拳をぶつけてやらねばなるまい。

俺がやらねば誰がやる!!

「……何者だ。3つ数える間に大人しく出て来れば良し。さもなくば……この無敵鋼人と呼ばれた洸一チン、マジで怒っちゃうぜ!!」

俺は鋭く誰何するが……反応は無かった。

くそぅ、舐めやがって……

「1ッ!!」

反応なし。

「……2ッ!!」

反応なし。

「……3ッ!!」

反応有り!!

いきなりガサ!!と音を立て、草葉の陰から何かが飛び出したッ!!


――来るかっ!?

「って、どひぃぃぃぃーーーーーーーーッ!?」

いきなり腰が抜けた。

木陰から飛び出してきた黒い影……

それはラピス謹製の首だけクリーチャーだった。

「く、来るんじゃねぇーッ!!」


「落ち着きなさい、洸一!!」

と、鋭い声で酒井さん。


「いや、落ち着けと言われても……」

異形の怪物は、耳から生えた太い腕をブンブンと振り回しながら、虚ろな目でジリジリとにじり寄って来る。

「ひぃぃッ!?お、お助け……」


「全く、なに怖がってるのよ。……結構可愛いのに」


「くっ……」

のどかさんといい酒井さんといい……これだからオカルトに傾倒している人達の美醜基準は……

「そ、それよりも、何故にこの場所にこの物体が?」

俺は近づいてくる化け物を爪先で牽制しながら、何気に辺りを見渡す。

と、

「うわぁぁ~ん、どこ行ったんでしゅかぁ……」

何処からかラピスの情けない声が響いてきた。

どうやら、この小さな敵キャラを探しているらしい。


ったく……目を離すなってセレスに言っておいた筈なのに……

研究所内ならまだしも、こんな化け物が敷地より表へ飛び出して行ったら、それこそ大パニックだ。

白昼の街角に妖怪を見た!?とか言う見出しで、マスコミを賑わせてしまうかもしれん。

まったく人騒がせな……


「おぉ~い、ラピスっ!!」

俺は声を張り上げた。

「お前の妖怪なら、ここにいるぞーーーーっ!!」


「あやぁぁぁぁぁぁっ!!」

ちょいと遠くから、ラピスの返事が返って来た。

そしてトテトテと、地を蹴る音が向うから響いてくる。

「ここ洸一しゃーーーん。ラピスの自信作、見つけたんでしゅかーーーーッ!!」


自信作って……

これが?

小学生の夏の課題の工作より、酷い出来ですぞ。


「ここここ洸一しゃーーーーーん……」

手を大きく振り振り、泣きそうな顔で林の奥から白衣姿のラピスが飛び出して来る。

が、いきなり立ち止まったかと思うと、何故か強張った面立ちに変わり、そして小首を傾げながら、

「は、はやぁぁぁぁ……だ、誰でしゅか?その和服美人は……」


「あら…♪」

美人という言葉に、酒井さんが嬉しそうに反応した。


「は?誰って……あ~~……彼女はだ、実はのどか先輩の友達と言うか……」

俺は頭を掻きながら、答える。


「誰でしゅか洸一しゃん!!」


「へ?だから、彼女は酒井さんと言って……」


「こ、こんな綺麗な人と一緒に……仲良くデートでしゅか!!乳繰りマンボでゴーでしゅか!!」


「はぁ?い、いや、そうじゃなくて……なんちゅうか、これは二階堂のおっさんからの仕事で……」


「キィィーーーーーーーーッ!!こ、これは裏切りでしゅ!!」


「……何を言うてるんだ?」


「真っ昼間から、和服美人と花いちもんめでしゅッ!!不潔でしゅ!!色魔でしゅッ!!」


色魔って言われたよ、おい……


「こ、これはもう、まどかしゃんに言い付けてやるでしゅ!!天誅を食らうが良いでしゅッ!!」


「は、はい?言い付けるって……しかも何故にまどかに?」


「ま、まどかしゃーーーーーん……」

ラピスは叫びながら、再び林の奥へと走り去って行った。


「な、何を考えているんだか……またAIの調子でも悪いのかな?……って言うか、この頭だけの化け物、置いてちゃってるんだが……」


「面白い子ねぇ…」

酒井さんがクスクスと笑う。


「いや、面白いというか、少しおかしいと言うか……」

俺は苦笑を溢す。

すると突然、林の奥からズドドドドドッ!!と大地を揺るがすような地響きと共に、

「洸一ーーーーーーーーーッ!!」

耳に届くは悪鬼羅刹のお声。


「ひ、ひぃぃぃッ!?本当に呼んで来やがったっ!?」

俺は酒井さんの手を掴み、一目散に駆け出したのだった。



「洸一ーーーーっ!!」

と、既に深層心理にまで恐怖という熟語と共にプリィンティングされた暴れん坊お嬢様の怒声に、俺は酒井さんの手を握り締め、逆方向へと駆け出す。

何故に逃げる必要があるのか?

それは分からないが……ともかく、今は逃げろと心の中から悲痛な叫び声が聞こえるのだから仕方がない。


「さ、酒井さん早く!!」


「ちょ……お、お待ちなさい洸一!!」

酒井さんはモタついていた。

着物を着ているせいか、走り辛そうだ。

「そもそも、何で私が……」


「理由なんか無ぇッ!!ってか、アイツに理由なんか説明しても、既に人語が理解できるかどうか……って、フギャーーーーーーッ!?」

スチャッ!!と言う音と共に、まるで空でも飛んできたのか、いきなりまどかが目の前に舞い降りた。

ちょいと短めの可愛らしいスカートに、これまた可愛らしいタンクトップにブルーの半袖シャツ。

しかし顔は般若みたいになっていた。

洸一、おしっこチビりそう……って言うか、既にジョロリと少し出ちゃっているのが号泣モンで御座る。


は、速ぇぇぇ……

ラピスが行ってから、まだ3分も経ってないのに……


「どこ行くのよ、洸一ぃぃぃ」

指をボキボキと鳴らし、まどかがゆっくりと近付いて来る。

そして目を細め、

「今日はさ、アンタが優勝した御褒美に、どこかのんびり出来る所で遊ぼうとか思ってたんだけど……聞けば姉さんの用事でここに来てるってゆーじゃない。だからさ、何をしているのかなぁ~って思って近くまで来たら、ラピスに会って……」


「そ、そうなのか……」

俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

まどかはブツブツと何か言ってるが……その視線は俺をスルーし、後ろにいる酒井さんの方を向いていた。

肌がピリピリするほどの緊張感を感じる。


「……で、誰なの、その女?てっきり姉さんと一緒だと思ったんだけど……誰?」


「だ、誰って……」

お、落ち着け、洸一。

返答次第によっては、昨日に引き続きまたもや星になってしまうかもしれん。

ここは落ち着いて、正解を見つけようじゃないかッ!!

「え、え~と、彼女はなんちゅうか……」


「同級生……って事はないわよねぇ?どー見ても年上に見えるし……」


「あ、あ~~…うん、同級生じゃなくて、むしろ大先輩と言うか……」


「で、誰?」

まどかの眉がピクピクと動いていた。

「仲良さそうにお手々繋いで、どこかへお出かけ?」


「ち、違うん……ですよ?」

こりゃアカン。

このパターンは、散々殴られた後で理由が判明すると言う黄金パターンだ。


「答えなさい洸一っ!!」

カッと目を見開き、まどかが詰め寄ってくる。

その瞳の奥には、見たことのない炎がチロチロと燃えていた。


「ひ、ひぃぃ……ち、ちょっと待て、まどか!!話せば分かるッ!!」


「問答無用よっ!!」


「うひッ!?」

も、もうダメだぁぁぁ……僕チン、今日も厄日だぁぁぁ……

とその時、ビビってる俺を庇う様に、着物姿の酒井さんが優雅な所作で前に踊り出た。


「さ、酒井さん?」


「ここは私に任せなさい」

酒井さんは小声でそう言うと、既に何だかもう……人間辞めて鬼みたいになっているまどかに向き直り、轟然と胸を張りながら、

「おーーーーーーーーーほっほっほっ!!」

いきなり笑い出した。

しかも右手は自分の腰に、左手の甲を口元に当てて笑う、見ているだけでムカつくお嬢様専用笑いでだ。


「な……なによぅ」

まどかが足を止め、訝しげに酒井さんを睨み付けた。

だが、酒井さんはまったく動じない。

明治に大正、そして昭和を跨いで生きていた女の威厳か、あのまどかを高見から見下ろすように、

「おほほほ……貴方こそ、そんな怖そうな顔で何か御用?……もしかして妬いているの?お嬢ちゃん」


「――な゛っ!?」

まどかの顔がサッと朱に染まる。

「な……なんでこの私が、馬鹿相手にヤキモチを焼くのよっ!!」


「あら?違うの?」


「違うに決まってるじゃないっ!!」


「そうなの。……だったらお帰りっ!!」

酒井さんはピシャリと言い切った。

威厳と気迫に満ちた、鋭いお言葉だ。

洸一チン、突然のことでまたシッコが漏れたぞよ。


「洸一は今、私と遊んでいるの。お嬢ちゃんはお呼びじゃないわ。おほほほほッ♪」


お、おいおいおいおいおい……

俺はゴクリと唾を飲み込み、そっと酒井さんの着物の袂を引っ張りながら、

「さ、酒井さん酒井さん。なんか……物凄く、喧嘩を高値で売ってるように聞こえるんですけど……き、気のせいですか?」


「あら?実際に売ってるのよ?」

酒井さんはクスッと笑みを溢した。

「この体の性能を手っ取り早く試す良い機会じゃないの。のどかの妹なら、まさに打って付けよ」


ギャフンっ!!

「な、なんちゅう恐ろしい事を……」


「大丈夫よ。この体が壊れても、元の体に戻れば良いワケだしね」


「あのぅ……僕が大丈夫じゃないような気がするんですが……」


「……おほほほほほほほッ♪」


「……」

こ、この悪霊め……



酒井さんは「おほほほっ♪」と高らかに笑っていた。

一方のまどかはと言うと……

――ひぃぃぃっ!!?

凄い事になっていた。

コンクリートさえ噛み砕けそうなほどギリギリと奥歯を鳴らし、酒井さんを睨み付けている。

拳もブルブルと震え、髪も心なしか逆立っているではないか。


「おほほほ……どうしたの、お嬢ちゃん?私と洸一の邪魔だから、どこか目の付かない所へ行ってくれるかしら?」

酒井さんは更に挑発行為を繰り返した。

まるで北の某国みたいだ。


「う…うるさいわねぇ……」

まどかの口から、シューシューと言う瘴気と共に、押し殺した声が漏れる。

物凄く怖い。

間違い無く、俺は今日、悪夢を見るだろう。


「洸一!!一体、この高飛車な女は何なのよっ!!」


「な、何なのよ、と言われてもですねぇ……彼女はね、酒井さんと言ってのどか先輩の友達デス。まどかは知らないと思うけど、それなりに他の皆とは顔見知りな関係で……あ、だけど今は諸事情により、姿形が違ってるわけでして……」


「ワケの分からないこと言わないでっ!!」

まどかは憤怒の形相で、キッと俺を睨み付けた。


な、何をそんなに怒っているんだか……


「私が聞きたいのは、その馬鹿そうな女とアンタの関係よっ!!」


「か、関係……ですか?別にそんな大層な関係じゃなくて、単なる部活の先輩後輩と言うか……ある意味、日常生活における被害者と加害者みたいな関係でして……」

俺はまどかの怒りを和らげる様に、やんわりと事実を話すが……

「あら?洸一ったらイケズねぇ……」

そんな俺の努力を無にするかのように、酒井さんが纏わり付いてきた。

そしてあろう事か、

「少なくとも私と洸一は、接吻は済ました関係よねぇ」

場の雰囲気を一気にダークサイドへ導くような事を言う。

うん、誰かこの悪霊を止めてくれっ!!


「な、何を言い出すんだ酒井さんっ!?」


「あら?照れてるの洸一?」


「照れてるように見えるか?ってゆーか、なにそんな大嘘ぶっこいてるんですかっ!!」

俺を殺す気か?


「嘘だなんて……あの日の夜、私の初めてを奪ったじゃないの……」

酒井さんはどこか拗ねたような顔で、俺の胸を指先で突っ突いてくる。

まどかは益々、ブルブルと震えていた。

洸一、まるで生きた心地がしません。


「だ、だから……何でそう、俺を無理矢理、窮地に追い込もうとしているのか……」


「でも事実じゃない?忘れたの?あの修学旅行の夜のことを……」


修学旅行の……夜?

「――あっ!?」

思い出した。

確かに俺は、地元の禍神であるオキクルミに操られていたと言え、酒井さんの唇を奪ったわい。

ま、接吻と言うか、顔面にむしゃぶり付いたと言った方が良いかも知れないが……


「ほら、思い出したでしょ?」

酒井さんはウフフと、ちょいと妖艶な笑みを溢す。


「あ、あれは不可抗力だろーがっ!?僕ちゃんの意思じゃないでしょーがっ!!」

ってゆーか、まどかは?

俺は纏わり付いて来る酒井さんを振り解きながら、慌てて彼女に視線を走らせるが、

……いやぁ~ん……

まどかは能面のような全くの無表情で、ただカタカタと小刻みに震えているだけであった。


「ま、まどか……さん?」

ゴクリと唾を飲み込み、恐る恐る声を掛ける俺。

「あ、あのね、全ては誤解というか……いや誤解じゃないんだけど、何と言うかねぇ……」


「こ……こう……いち……」

まどかは俺の名を呟く。

と、次の瞬間、彼女の中から、何かブチンッ!!と切れるような音が鳴り響いた。


どひぃぃぃーーーっ!!?

―――ニュース速報―――

本日午前11時45分ごろ、喜連川の御令嬢・まどかさん(16)が、ブチ切れた模様です。

これを受け政府(洸一)は臨時閣議を開き、逃げ出す事を表明しました。

「お、お助けぇ……」


「おほほほ……任せなさい、洸一」

腰が抜けた俺を尻目に、酒井さんがウキウキしながら前に出た。

そして指をクイクイっと動かしながら、

「さぁ、お嬢ちゃん。このお馬鹿な男がそんなに大事なのなら……掛かってきなさい」


「コ、ココ……コロス……殺すーーーーーーーーッ!!」

まどか絶叫。

そして地を蹴り、瞬く間に間合いを詰めるや、閃光のような一撃。


――ズボッ!!!


「ひぃぃぃぃッ!?」

まどかの拳は、酒井さんことヴァルガリマンダの体を、薄紙を破るかのように意図も容易く貫いていた。

背中から、ニョキっとまどかの腕が突き出ている。

凄く嫌な光景だ。


「さささ、酒井……さん?」


「あら嫌だ。やっぱり着物だと、速く動けないわ」

酒井さんは俺を見て、にっこりと笑った。

そして次の瞬間、

――カッ!!――

ボディの彼方此方から光が漏れ出し、

チュドーーーーーーーーーーンッ!!

大爆発。


「う、うわぁーーーーーーーんッ!?」

俺は爆風に巻き込まれ、またもや星になったのだった……



その後、ヴァルガリマンダを破壊したまどかは、のどかさんと二階堂のおっさんに、こってりと怒られていた。

ま、それは仕方の無い事だ。

いくらキレていたとは言え、ヴァルガリマンダは高価な試作機であり、また重要な研究アイテムだから、それを木っ端微塵にしてはイケナイのだ。

ちなみに更にその後……

何故か俺は、怒られた腹いせと言わんばかりに、まどかに説教を食らっていた。

正座をさせられ、ブツブツと小言を言われては、時々ポカリと頭を殴られている。

まことに以って理不尽だ。

僕ちゃんが何をしたと言うのだろうか?

ま、反論すると漏れなく物凄い鉄拳をプレゼントされるので、敢えて僕は何も言わないが……

何で毎日、こんな目に遭うのだろうか?

いくら俺様でも、そのうち挫けてしまうぞよ。



とある会社の倉庫の一角……

小奇麗なスーツに身を包んだ恰幅の良い紳士の前に、人目を憚るように、黒いスーツを着た男が静かに現れた。


「……それが例の?」

と、紳士は声を潜め、尋ねる。


「はい。これが喜連川が開発中の、次世代メイドロボでの一部です」

と、黒スーツの男は頷き、手にした小さ目のダンボールを手渡す。

「研究所で何やら騒ぎが合った時に、運良く奪取に成功しました」


「そうか……良くやった」

紳士は満足気に頷いた。

そして手渡されたダンボールをそっと脇にある小机の上に置き、中を検める。

「……むぅ」

紳士の眉間に皺が寄り、難しい顔になった。

疑問に満ちた瞳で、ダンボールの中を見つめている。

「一体これは……どう言うコンセプトの商品なのだ?」


「それは分かりません」

黒スーツの男は答えた。

「しかしある意味、画期的なメイドロボであると思います。ちなみに開発コードは、確か……R01-デュラハンと」


「デュラハン……」


「別名、ラピス特製メイドロボ、と言う名前だそうです」


「むぅ……」






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