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俺様日記~1学期~  作者: 清野詠一
21/53

帰ってきたプロジェクトS ②



 「では、そろそろ始めます…」

と言うのどかさんのお言葉と同時に、赤い蝋燭に火が灯される。

そして酒井さんはメイドロボの隣に横たわり、

「キーキー(頼むわね、のどか)」


「お任せを…」

いつもの魔女衣装に身を包んだのどかさんは、古めかしい大きな書を手に取り、囁き詠唱を始めた。

何だか無性に心を不安にさせる旋律に乗せ、得体の知れない言葉を呟いている。


「いやぁ~……さすがに、のどか御嬢様は本格的だねぇ。大したもんだ」

と、何故か感心している二階堂のおっさん。


何て呑気な事を……

いつも、ここまでは良い感じなのだ。

言うなれば、あれは前フリなのだ。

パターン的に言えば、ここから何か失敗し、そして災厄は何故か全て俺に降りかかると……

そーゆーお約束の流れなのだ。


「……行きます」

のどかさんはスッと片手を掲げた。

そして人差し指を立て、

「喜連川のどかの名に於いて、かの者を縛る因果を解き放ち、新たな器へと導かん……ケテル、ホクマービナー……ティフェレト」

カッ!!と眩い閃光が実験室内に満ちた。

二階堂博士は「うひぃ」と情けない声を上げるが……これは珍しく成功したのか?


「……あれ?」


してねぇーよっ!?

あれって言ったよこの人!!

やっぱ予想通り、失敗じゃねぇーか……

「ど、どうしました、のどか先輩?酒井さんは……どーなったんです?」

もしかして、いきなり成仏してしまったとか……


「おかしいです…」

魔女っ娘のどかさんは、キョロキョロと辺りを見渡した。

そして微かに眉間に皺を寄せ、

「酒井さんの魂は開放されたのですが、どこかへ飛んで行ってしまって……」

と、その時だった。

廊下から、「キャー」だの「うわー」だのと、研究員たちの悲鳴の声が響いてきた。


「な、何事だ?」

嫌な予感を感じながら、俺と二階堂博士は慌てて研究室から飛び出す。

そしてそんな俺達が目にした物は……異形の怪物だった。

耳から飛び出した太い腕をブンブンと振り回し、首の下から生えている推定50本近くの指をワキワキと動かしながら、その怪物は廊下をひた走ってくる。

まさに魑魅魍魎。

悪夢以外の何者でもない。


「ひぃぃぃっ!?あれはラピスの造っていたモンスターじゃねぇーかっ!?」

あまりの恐ろしい光景に、半ば抜かし掛けた腰で俺は二階堂博士を見やるが……

おっさんは、立ったまま口から泡を吹いて気絶していた。

さもありなん……

例え廃棄処分にする予定だったとは言え、自分の造ったメイドロボがあんな敵キャラみたいな有様になって動き回っていたら、心の均衡が崩れてもおかしくはないだろう。

しかし一体、何がどーなって……

「――はっ!?も、もしかしてもしかすると、よもや酒井さんが宿って……」


「その通り……です」

何時の間にか背後に立っていた魔女様が、淡々と小さな声で呟いた。

「魂の器を間違えてしまいました」


「また、そんなアッサリと……」

ってか毎度毎度この人は……もしかして確信犯じゃないのか?


「でも、あちらの方が可愛いです……」

のどかさんはうっとりした表情で、悪夢から飛び出したような化け物的メイドロボを見つめる。

や、もはやメイドロボではないがね。


「いや、あのですね、のどか先輩。可愛いとかそーゆーのは関係なく、これは新型メイドロボのテストですので……出来ればあちらの方に魂を入れていただかないと、色々と困るわけですよ」


「……っもう……洸一さんはワガママです」


「な、何を言うてるんですか?」


「仕方ありません。もう一度、カラバの秘術で魂を入れ替えます……」

魔女様はそう言うや、再び囁き詠唱。

そして狂ったように彼方此方の壁に頭部をぶつけながら駆け寄ってくるラピス製作の異形の物体(酒井さん入り)に向かって腕を伸ばし、

「悪霊退散」


「いや、悪霊違うでしょっ!?」

突っ込むと同時に、眩いばかりの閃光が廊下に満ち溢れたのだった。



「成功……です」

と言う、のどかさんのお言葉を聞き、俺は未だ気絶している二階堂博士の頬にビンタを噛まして再び研究室へと戻る。

それと同時に、室内に横たわっているメイドロボ・ヴァルガリマンダの瞼がゆっくりと開いた。


「せ、成功……かな?」

と一時の人事不肖から立ち直り、興奮した口調で二階堂博士。

ヴァルガリマンダは二三度瞬きを繰り返し、そしてスローな動きで半身を起こす。


「ぬ、ぬぅ……」

俺様も、少し興奮していた。

二階堂のおっさんは世間的に見て、どちらかと言うと性格破綻者ではあるが……技術者としての腕は超一流だ。

また、メイドロボの造詣もピカ一で、なんちゅうか……ラピスやセレスを見ても分かるように、このヴァルガリマンダも、また可愛い。

と言うか、美人だ。

セレスをベースに製造しているのか、スッキリとした目鼻立ちの整った顔をしている。

実に僕ちゃん好みである。

それにだ、現在のヴァルガリマンダは……シーツ一枚のみと言う半裸状態。

洸一、興奮の余り少し前屈みになっておりますです。


「酒井さん……」

どこか感嘆の面持ちで、のどかさんが声を掛ける。

ヴァルガリマンダは、ゆっくりとこちらを振り向いた。

そして俺様と目が合うや、スーッと目を細め、

「馬鹿者がっ!!」


「――うひぃっ!?」


「何をジロジロ、卑らしい目つきで見ているのよっッ!!」

癇の強そうな、少し甲高い声。


「だ、だって……そんなこと言ってもさぁ……観察するのが本日の研究目的って言うか……」

って言うか、女体の神秘を学ぶまたと無いチャンスなのだ。

だから俺はジックリと見ちゃうのだ。


「こ、この痴れ者が!!」

酒井さん入りヴァルガリマンダは細い眉を吊り上げて俺を怒鳴りつけると、おもむろに腕を伸ばした。

その瞬間、シュゴーッ!!と凄い風切り音と共に彼女の腕がいきなり胴体から分離し、その拳がメシャッ!!と骨の砕けるような音を立てて俺の顔面中央にめり込んだ。


「プロォォォォっ!?」

研究室の端まで吹っ飛ばされる俺。

二階堂博士はグッと拳を握り締め、

「うん、最新装備のワイヤー付きロケットパンチ……中々の威力だねぇ」


「な、なにワケの分からん機能を付けてるんですかっ!?」

って言うかコレ、メイドロボだろ?

何に使うんだよ、そんな機能……


「こちらを見るでない、洸一!!」


「は、はいはい…」

酒井さんの怒声に、俺は渋々後ろを向いた。

自分の体ならまだしも、メイドロボの体だから別に見ても良いと思うんじゃが……

女心は分らないですねぇ。


「のどか。申し訳ないけど何か着る物を……そうねぇ……出来れば着物が良いわ」


「了解です、酒井さん」

魔女様はコクンと頷き、そして俺に向かって、

「お聞きの通りです、洸一さん。酒井さんに似合うような御召し物を持ってきて下さい。ロッテンマイヤーに頼めば用意できるでしょう……」


「お、俺がですか?」


「早く行きなさい、洸一」

と、何故か超上から命じる酒井さん。


ぐ、ぐぬぅ……

この偉大な俺様が何故にパシリを……

俺はこれでも、新人王に輝いたナイスガイだぞ!!

俺は恨みの篭った目で酒井さんを睨み付けるが、またもやシュゴーッ!!と言う嫌な音と共に、ワイヤーで繋がれた拳が俺の顔面にめり込んだ。

「ぬぉぉぉっ!?は、鼻が!?鼻が猛烈に潰れてるぅぅぅぅぅっ!!」


「グズグズするでない!!」


「あぅぅぅ……分かりましたよぅ」

ち、ちくしょぅぅ……

なんで二階堂のおっさん、こんなジオ○グみたいなメイドロボを作ったんだかねぇ……



研究所の駐車場で待機しているロッテンのおっさんに事情を話し、屋敷から着物を持って来てもらった俺は、再び博士の研究室へ。

そしてのどかさんが着付けをしている間は廊下で待機。

その後は……実にする事がなかった。

臙脂の生地に椿やら何やらの花模様が描かれたシックな着物に身を包んだ酒井さんに対し、二階堂博士がボディの反射がどうだの駆動系がどうだのと質問しているが……俺はただボーッとそれを眺めているだけであった。

うぅ~ん……一体、俺は何しに来たんだか。

ま、これでバイト代が貰えるんなら、楽だから良いんだけど……

俺は椅子に腰掛け、何とはなしに酒井さんを見つめていた。

慣れないボディの所為か、少し動きがぎこちないものの……どこか彼女には気品が漂っていた。

身のこなしや何気ない所作も、中々に優雅である。

しかし……

酒井さんって、生前はどんな感じの女の子だったんじゃろう?

オカルト研究会を創るぐらいだから、かなり痛いタイプの女の子だったと思うんだけど……

立ち振る舞いからして、かなり良家のお嬢様だったんじゃないかなぁ……?


「そう言えば、酒井さん」

と、のどかさんが彼女の長い髪にブラシを掛けながら尋ねる。

「記憶の方は……どうですか?」


……記憶?

記憶ってなんじゃ?


「……駄目ね。以前と変わらないわ」


「残念です…」


むぅ……

記憶って言うと、酒井さんの過去の事かな?

俺も、ちょっと気になるのぅ。

金ちゃんの情報によれば、酒井さん……酒井魅沙希さんは大正時代の少女、即ちはいからさんが通るな女の子だったと言う話だが……

それ以外の事は、未だサッパリなのだ。


「……うん、予想通りの数値が出てるねぇ」

何やら携帯端末を操作していた二階堂博士が顔を上げ、ホッとした表情を見せた。

「外部情報デバイスも正常に作動しているみたいだし、駆動系にも問題は無いねぇ。……ロケットパンチも出るし」


「少し動きが固いわ」


「うぅ~ん……基本数値は出ているから、多分、慣れの問題だと思うが……」

博士はちょっと薄くなってきている頭をポリポリと掻いた。

そしてボーッとしている俺に向き直り、

「神代くん、神代くん。早速だがお仕事だよ」


「……へ?」


「彼女を連れて、しばらく表を散歩して来てくれないか?機体の慣熟運転を兼ねて、駆動パーツの消耗率等を調べてみたいのでねぇ…」


「は、はぁ……。ま、散歩ぐらいだったら良いですけど……」


「うん、すまないねぇ。神代君がいれば、彼女も安全だ」


「へ?安全?」

安全って、どーゆー意味?

俺は首を傾げ、二階堂博士を見やる。

と、おっさんはデヘヘヘヘと少し茶目っ気な笑みを浮かべ、少し声を落としながら

「まぁ……一応、このヴァルガリマンダの駆動システムには、最新技術が使われているからねぇ。それを狙って不埒な事を企む輩もいないとは限らないし……」


「……ふ~ん」

産業スパイ、とかゆーやつか?


「神代クンは何でもTEPの新人王に輝いたそうじゃないか。だからね、そんな君がいれば取り敢えずは安全だと……そう思ったワケだよ。はっはっは」


「……なるほど。ま、俺は強いッスからね」

ってゆーか……

このメイドロボの戦闘力なら、軍人相手にでも余裕で勝てそうな気がするんじゃがのぅ。


「ところで、のどか先輩はどーするんです?」


「私は……このお人形のお手入れを」

と、酒井さんの旧ボディである市松人形を、そっと抱き抱えた。

「着物にも、少し綻びがあるようですし、髪もだいぶ伸びてきたので、ちゃんとカットしておかないと……」


……伸びるのか?

「そ、そうですか。……分かりました」

言って俺は、う゛~と大きく背伸びを一回。

そしてヴァルガリ酒井さんに向かって、

「んじゃ、そろそろ行きましょうか?」


「そうしなさい、洸一」

と、着物姿のメイドロボは大仰に頷いた。

相変わらず超上からでエラソーだ。


ま、一応バイト代も出るし……これも仕事の内か。

「へぇへぇ……」

俺は頭を掻きながら、踵を返して部屋から出ようとするが、

「お待ちなさいっ!!」

凛とした、酒井さんの声。


「な、なんじゃ?」


「なんじゃ……ではないでしょッ!!」

キッと酒井さん入りメイドロボは俺を睨み付けた。

「貴方は私の警護役を仰せ付かったのよ。なのに私の前を堂々と歩いてどーするの!!従者は従者らしく、私の後ろを歩きなさいッ!!」


「じゅ、従者って……」

なんか……物凄い屈辱だ。

この偉大で将来は亭主関白確定と呼ばれたこの俺様が、何故に女の後ろを……

おのれぇぇぇ……酒井さんめ、何様のつもりだ?


「……ん?なに?その不服そうな顔は?」


「う゛…」

酒井さんに睨まれ、俺は思わず目を伏せてしまった。

な、なんだ?この威圧感というか威厳は……


「……ふ、分かれば良いのよ、洸一」

酒井さんはフフーンと笑みを溢し、颯爽と歩き出す。


むぅ……

相手が酒井さんでなく単なるメイドロボなら、徹底的に教育してやるところなんだが……


「何をしているの洸一?さっさと付いて来なさい!!」


「わ、分かったよぅ」


「分かったよぅ……ではなく、畏まりました魅沙希お嬢様、でしょ?」


ぐ、ぬぅ……

「な…なめんなよ?」

と呟いた瞬間、シュゴーッ!!と音を立てて伸びて来た手が、俺の喉首を掴んだ。

そしてズルズルと引き寄せ、鋭い眼光で俺の顔を覗き込みながら、

「あ゛~?もう一度、言ってごらんなさい洸一?」


「な、なにも言ってないよぅぅぅ」


「……なめんなよ、と聞こえたみたいだけど……」


「ち、違うよぅ」

俺はフルフルと首を小さく振った。

「その……舐めて下さいお嬢様、って言ったんだよぅ。……何を舐めるのかは、恥ずかしくて言えないけどね♪」


「……そう」

酒井さんはニッコリと微笑んだ。

そして微笑んだまま、俺をその場でタコ殴りにしたのだった。










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