THE新人戦/スーパーナチュラルパワー
★
審判のコールに答え、俺は一礼して白線で区切られた試合場に入る。
同じく、相手のチャライ野郎も入ってきた。
ぬ、ぬぅ……
こうやって対峙していても、全然に脅威も殺気も感じないぜ。
ある意味、コイツは達人なのか?
・・・
どう見ても、その辺の頭の悪そうな男に見えるんじゃが……
ま、油断は大敵とも言うしな。
口の中で呟き、俺は一礼して開始位置に着いた。
さて、どうやって戦うかねぇ……
俺は頭の中で戦闘プランを組み立てて行く。
決勝戦だけはフルタイム、15分だ。
時間にゆとりがあるし、最初は慎重に攻めるべきか……
「さて、と…」
既に聞き慣れた、審判の「始めっ!!」と言う掛け声と共に、観客席から声援が沸き起こる。
いよいよ、決勝戦の始まりだ。
行きますか……
俺はドッシリと地に足を着け、構えを取る。
相手も同じように構えを取るが……
ぬ、ぬぅ…?
俺の中で、相手に対する不信感が、確信めいたものに切り替わった。
な、なんじゃコイツ?
俺様とて、キャリア的には短いとは言え、一応は修行を積んできた格闘家の端くれだ。
強い相手とも戦ってきた。
それに昔から、地域密着型の暴れん坊ヒーローとして、悪い奴から街を守ってきた猛者だ。
だからある程度、相手の立ち振る舞いでその実力を見抜くことは出来るのだが……
おいおい、その構え……まるっきり素人じゃねぇーか。
相手選手も構えているのだが、なんちゅうか……実に垢抜けていない。
昨日今日、覚えたばかりの構えみたいに、まるで身に付いていないのが良く分かる。
どーゆー事だ?
素人が運良く決勝戦にまで勝ち残っていた、と言うことか?
そんな事は、先ず有り得ねぇ……
そう言えばまどかが、不思議な力で倒してる、とか何とか言ってたけど……
「……試してみるか」
俺は呟き、構えを変えて小刻みにリズムを取る。
敵の出方を待って迎撃する、即ち後の先を取る予定だったが……どれ、こっちから先に仕掛けてみるか。
フットワークを使い、相手の呼吸にタイミングを合わせる。
…………良しっ!!
俺は地を蹴り、一瞬で間合いを詰めた。
不意を喰らった相手は硬直したまま、ギョッとした表情になる。
おいおいおい、隙だらけだし……コイツ、やっぱり素人じゃねぇーか……
「フンッ!!」
短く気合を発しながら、俺は奴のボディ目掛けて右のショートブローを放った。
決まった……
これで奴が体を曲げたら、今度は顔面に一発放り込んでやるぜ。
だが、俺の拳は奴の体に触れる事は無かった。
ガキィーンと甲高い音を立て、俺様の鋼鉄ナックルがいきなり弾き返された。
しかも、後少しで奴のボディと言う、何も無い空間でだ。
―――な、なにぃぃぃっ!!?
驚く俺を余所に、奴は相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべながら腕を振り上げる。
「くっ……」
な、何が起きたか分からねぇーけど、そんな遅いテレフォンパンチ、当たるかよッ!!
俺はバックステップで一旦距離を開けて間合いを取ろうとするが、
「なっ…!?」
どう言うことか、足が動かない。
まるで床に足の裏がくっ付いたかのように、微動だにしない。
くっ……取り敢えずガードだ!!
ガードに敵のパンチを引っ掛けて、反撃してやるっ!!
腕を折りたたみ、顔面をガード。
と同時に、奴の緩いパンチが腕に突き刺さる。
その瞬間、今まで感じたことがないような衝撃波が俺を襲い、
「うわぁぁぁぁーーーーーーーん」
俺は軽やかに、場外まで吹っ飛ばされていたのだった。
★
天井のスポットライトが、ぼんやりと霞んで見える。
悲鳴にも似た喚声の中に紛れ、カウントを数える審判の声が微かに響いてくる。
何が起こったのか、ちと分からない。
な…なんだあの力は……
どう考えても、アレは人の為せる技じゃねぇ……
あの力は……魔族の力?
まさかアリアンロッドかッ!!
俺はガバッと勢い良く立ち上がった。
ガードした腕が、まだジンジンと痺れている。
……ところでアリアンロッドって誰じゃろう?
俺は独り苦笑を浮かべながら、試合場へと戻った。
なんか咄嗟に頭の中に浮かんだ凄い固有名詞だったんじゃが……
しかも魔族って……大笑い。
俺、基本的には厨二病じゃないんだけどねぇ。
「大丈夫かね?まだやれるかね?」
と、審判が声を掛けてくる。
「当然。……まだまだ終わらんよ」
俺は余裕の笑みで構えを取った。
ま、本当は立ってるのも辛い。
体の芯に、何かジンジンとした痺れのような物が残っている。
俺は頭の悪そうな面をした相手選手を睨み付ける。
くそったれ……
まどかの言っていた不思議な力って言うのは、これの事かよ……
「……ふんっ」
審判の掛け声と共に、俺は再び小刻みにリズムを取り出した。
野郎の力の正体が分かるまで、もう少し、慎重に様子を見てみるか……
軽やかにフットワークを使い、左右に動き回りながら相手の出方を伺う。
彼奴は相変わらずニヤけた余裕の笑みを浮かべているが、その体からはいまいち固さが抜け切れていない。
戦い慣れていないのが、傍目にも分かる。
やはり、格闘技自体は素人か……
「フンッ!!」
大きくサイドにステップし、そのまま薙ぎ払うかのように右回し蹴り。
奴の体は俺の動きに付いて来れてない。
――これは決まるかっ!!
と、思った瞬間、俺の蹴りはまたもや奴の体に叩き込まれる寸前に弾き返された。
「くっ…」
蹴り足に、ズキンと鈍い痛みが走る。
こ、この力……これはもしかして……
「ハッ!!」
相手選手が反動付けてパンチを放つ。
腰の入っていない、大仰で隙だらけのモーション……
難無く躱して俺様パンチを叩き込めると思ったが、やはりと言うか、まるで足の裏に根が生えたかのように、その場から硬直して動かない。
またかよ、くそったれが……
「うわぁぁぁーーーーーーん」
俺は再び、相手選手の得体の知れない巨大なパワーを秘めたパンチをガード越しに受け、場外まで吹っ飛んでいた。
な、なるほど……な。
この力……思った通り、姫乃ッチと同類の力だぜ……
軽く吹っ飛んでいる意識の下、俺はぼんやりと考える。
まさか決勝戦の相手がサイキックソルジャーだったとはね。
やっぱ運が無いと言うか、今まで楽して勝ってきた罰が当たったと言うか……
これが因果応報ってヤツかな?
「……冗談じゃねぇぞコルラァ」
俺はゆっくりと立ち上がり、怒りの篭った目で、ニヤけた笑みを浮かべている野郎を睨み付けた。
俺も特殊な力で勝ち抜いて来たから奴と同類、と一瞬は思ったが……それは違う。
何故なら俺は俺なりに、俺だけの力でちゃんと戦ってきたからだ。
更にここ数ヶ月、血の滲む特訓、まどかや真咲に号泣どころか脱糞するほどボコボコにされると言う、文字通り修羅場のような修行を積んで来た。
その成果を、試合で出してきたのだ。
ま、結果的には姫乃ッチやのどかさんの力を借りて勝ってきたワケだが……それでも、彼奴とは大分に違う。
あの野郎は最初から、特殊な力のみで戦いを勝ち抜いてきた、ただのトーナメント荒しだ。
確かに、そんな力を使ってはいけないと言う規定は無い。
だがしかし……これはあくまでも、総合格闘技の新人戦なのだ。
幻魔大戦ではない。
そもそも己の肉体を寸分も鍛えていない素人が、参加してはいけないのだ。
「格闘技を舐めやがって……」
と、あまり俺が言えた義理ではないけど、それでも怒りが湧き起こってくる。
何より、この野郎に負けた男達が、可哀想で仕方がない。
さぞ、無念であったろうに……
★
俺はゆっくりと、試合場へと戻った。
そしてタイガーと自称する鋭く殺気の篭った目で、彼奴を睨み付ける。
頭の悪そうな面した不良もどきが、この俺様を二度も場外へ吹っ飛ばすとは……
必ず、永遠のトラウマになるような物凄い洸一パンチで泣かしてやる!!
透明になった赤ちゃんを探せるぐらい、大量の血を吐かせてやるぞッ!!
・・・
だが実際問題、どうする?
あの野郎の不思議パワーに、どうやって挑めば良い?
対処法は?
「大丈夫か?まだやれるか?」
と言う審判の声に、上の空で答えながら、俺は考える。
野郎のサイキックパワーは、認めたくは無いが強力だ。
あの力に対抗するには、俺も不思議パワーに頼らざるを得ないと思うが……
それは男として出来ん。
俺は俺だけの力で戦うと宣言したのだ。
今更、姫乃ッチや魔女様の力を借りることは出来ねぇ……
俺にも矜持はある!!
「始めっ!!」
審判の声に、俺は構えを取った。
さぁ、どうする?
どうすれば奴に俺の攻撃が当たる?
俺は更に素早いフットワークを使い、相手を攪乱させる。
単純戦闘に措いては、野郎は全くの素人だ。
特殊攻撃能力があるだけだ。
ゲーム的に言えば、後衛に位置する魔法詠唱者。
ならば素早い動きで間合いを詰め、攻撃にフェイントを織り交ぜる。
それによって彼奴の特殊能力の発動を遅らせる、または誤爆させる。
発動までのタイムラグと、リキャストタイムの間隙を突く……うむ、これしか手は無いか。
俺は足を巧みに使い、前後左右の素早い動きで相手を翻弄しつつ機を覗う。
良し、いいぞ……
ヤツは俺様のしなやかな動きに、全然付いて来れてねぇ……
「――ハッ!!」
横に飛んで右回し蹴り。
相手は俺の疾風のような攻撃に、素人特有のギョッとした顔を向けるが、それは囮だ。
俺は蹴り足を強引に止めると、そのまま素早くステップインでヤツの左脇腹へボディブローを叩き込む。
完全に、がら空きだ。
――どうだっ!!
が、俺の攻撃はまたもや見えないバリアー的な物によって、弾き返された。
ば、馬鹿な……
素人の分際で、俺のフェイント攻撃を見切っていたというのか?
敵の攻撃が来る前に、俺は素早く後方へ飛んで戦線を一時離脱。
再び構えを取って相手を睨み付ける。
お、おかしい……
どうにも、ちとおかしい……
心の中に、些かの疑問が沸き起こってきた。
あの野郎が『あなたの知らない世界』的な力を使っているのは理解できるが……その痕跡が見当たらねぇ。
姫乃ッチですら、力を発動する時は何かしら集中したりすると言うのに……
あの野郎は、全くのノーモーションで力を使ってやがる。
もしかして、無意識下で発動しているとでも言うのか?
反射的に力を使っているとか……
「……いや、それは有り得ねぇか」
俺は呟いた。
今まで無意識で使ったとしたら……慣れがある筈だ。
今日、いきなり力が目覚めた……何て事は、先ず無い。
格闘技経験が無いにも関わらず、この大会に出て来たのがその証拠だ。
つまり、奴は以前から何かしらの力を使えると言うことは認識していた筈。
その割には、慣れが全く無い。
決勝に残るまで強者と戦って来た筈なのに、俺如きの攻撃にビビってやがる……
まさに素人丸出しだ。
「となると、残る可能性は……」
とその時、脳内にピーンとした耳鳴りのような音が響き、
《……洸一さん》
「――んなっ!?」
こ、この声は……もしかして、のどか先輩?
《はい…》
脳内に微かに響く魔女様の声。
《テレパシーを使っております》
ぬぅ……
さすが先輩、何でも有りのお人だ。
が、テレパシーなのに、声が小さいのは如何なものかと思うが……
ボリューム機能とかは無いのかな?
《洸一さん。相手の選手は超能力を使用しています》
それは充分に理解してますよぅ……もはやチートですよ。ま、僕もあまり強くは言えませんが……
《しかも力の発動元は、別の場所にあります》
「あ、やっぱり……」
思った通り、第三者が介在していたか。
そうじゃなきゃ、色々と説明がつかないモンねぇ……
《力を行使いている不届き者に、天罰を与えましょうか……?》
え?いや、それは……
俺は些か躊躇した。
確かに、困難な状況ですけど……僕ちゃん、決勝戦は自分だけの力で戦うと誓いましたし……
《……さすが洸一です。ですが、既に酒井さんが飛び出して行ってしまいました。……かなりお怒りのようです》
「さ、酒井さんが?」
その時だった。
緊迫したムード漂う体育館の中に、一際大きく「ンキャーーーーッ!!」と耳を劈くような悲鳴が起こったのは。
★
俺達の戦いの一挙手一投足を見守る緊迫した雰囲気の中、その全てを台無しにするような若い女の叫び声が響く。
な、何事だ?
俺はチラリと、声がした方に視線を向け、
「……ゲッ!?」
と思わず唸ってしまった。
体育館の中を、頭を金色に染め上げた場違いな不良、どう贔屓目に見ても頭が良さそうに思えない、ぶっちゃけパープリンで御座ると言うような女が、髪を振り乱しながら駆け回っている。
そしてそんな半狂乱な女の足元、脹脛の辺りに、しっかりとしがみ付いていると言うか噛み付いているのは、間違う事無き魔人形の酒井さんだった。
なるほど……アレが元凶か。
しかし、うぅ~ん……
超能力と言うのは、もうちょっと内向的な性格の奴に現れると思っていたんじゃがのぅ……
俺は苦笑を溢し、体育館を飛び出して行く女から、目の前に佇む対戦者に視線を戻した。
彼奴は蒼ざめた顔をしていた。
心なしか、ブルブルと膝も震えている。
今にも降参しそうな雰囲気だ。
―――させるかよッ!!
勢い良く踏み込み、あっという間に懐に飛び込むや、腰を回して強烈な右のボディブロー。
ボグンッ!!と気持ちの良い音をさせ、野郎の体がくの字になる。
ぬぅ……今大会初のクリティカルヒットだぜぃ……
更にがら空きの顔面に向かって突き上げるような左フック。
もちろんこのまま、倒れることは許さない。
俺はよろめく野郎をヘッドロックで押さえ込みながら、審判に悟られぬように小声で
「……おい、降参なんかするなよ?」
「……」
野郎は苦しそうにもがいていた。
「テメェのやってる事は、全てお見通しなんだよ。分かるか?罰として今から俺様のスンゲェ攻撃を食らわしてやるからよぅ……簡単に倒れるじゃねぇーぞ?」
「……」
「それとな、大会が終わったら、2位を辞退してそのまま帰れ。テメェが2位になったんじゃあ、浮かばれない奴が多過ぎるからな。後、二度と格闘技の大会に出ようと思うなよ?見つけ次第、俺様が天罰を食らわしてやるからな。分かったか?」
「……」
「……返事が無いほど怯えてやがるか」
俺は彼奴を解放した。
そしてそのまま、ボグンッと腹に重い一発。
野郎は前のめりに倒れそうになるが、まだまだ許す事は出来ない。
俺様のストレスはまだ消化されていないのだ。
「おりゃっ!!」
気合を制御しつつ、先ずは顔面にちょいと強めのパンチの嵐。
更には連続蹴り。
そして止めに、スーパーダイナマイツ洸一アタックを決めてやろうと思ったのだが、
「――ぬっ!?」
いきなり審判が割り込んできた。
「な、なにをするかっ!?」
「ダ、ダウンだっ!!」
と審判。
見るとふらついているその野郎は、いきなりグシャッと音を立てて床に崩れ落ちた。
慌てて審判が相手に駆け寄る。
そしてカウントを数えること無く、おもむろに手を交差させ、
「勝負ありっ!!」
一瞬の静寂の後、体育館の中に大きな歓声が沸き起こった。
え?終わり?俺が勝ったの?
うそーーーん……まだ必殺技出してないのにぃぃぃ……
ちょびっと消化不良だぞよ。
俺はフンッと強く鼻を鳴らし、そして何気に後ろを振り返ると、壁際で姫乃ッチが瞳をウルウルとさせ、手を振っていた。
まどかも笑顔で、ガッツポーズを作っている。
更に中二階の応戦席では、皆が総立ちで拍手しており、穂波に至っては俺様の応援旗を、千切れよと言わんばかりに振り回していた。
まぁ……良いか。
皆も喜んでいるし……取り敢えず優勝したワケだしね。
「……うぉぉぉぉぉっ!!」
拳を振り上げ、勝利のポーズ。
終わった……
俺の戦いが一つ、終わった。
つまりそれはは……
キスとオッパイは俺様のモンじゃいっ!!
って事だね。
うふふふ……
★
「やったわね洸一っ!!」
まどかは飛びっきりの笑顔で、戻って来た俺様の背中を叩く。
「最初は何か押され気味だったから、これは負けるかなぁ~……って思ってたけど、最後は瞬殺じゃないの。ちょっとだけ、見直したわ」
「ハッハッハ……審判が止めなきゃ、もっとタコ殴りにしてたんじゃがのぅ」
俺は胸を張って答える。
ちなみにあの似非格闘野郎は、顔面骨折で救急車で運ばれて行った。
もちろん、俺様の言いつけ通り、2位を辞退してだ。
これで4位になった奴が3位に繰り上がるから……ま、多少は俺様の溜飲も下がると言うわけだ。
「しっかし、まさか本当に洸一が優勝するなんてねぇ……」
「ふふん、惚れ直したか?」
「ばっ…な、何言ってんのよ、ヘタレの分際でっ!!」
まどかはキッと俺を睨み付けるが……何だかちょっと、可愛いではないか。
「うはははは…」
と笑う俺に、姫乃ッチがタオルを差し出してくれた。
「お、ありがとう」
「いえ…」
姫乃ッチはニコニコ笑顔で俺を見つめていた。
その瞳は微かに潤んでいる。
むぅ……
そう言えば、姫乃ッチは勝ったらチッスをプレゼントしてくれるんじゃったのぅ……
何時してくれるんだろう?
まさか今か?
洸一、期待にちょいとドキドキ。
良からぬ妄想で頭が一杯になるが、
「ちょっとぅ……なに鼻の下を伸ばしているのよぅ」
まどかのドスの効いた声に、一瞬で我に返った。
い、いかんいかん……
こんな所で御褒美を要求したら、僕チンも救急車で運ばれてしまうではないか。
「いや、別に……それよりも、優チャンはどうなった?そろそろ準決勝じゃないか?」
俺が問い掛けると、まどかは何とも言えない顔付きに変わった。
眉を寄せ、フゥ~と溜息を吐きながら親指で後ろを指差す。
「……ん?」
首を伸ばし、まどかの肩口から後ろを覗う俺。
そこには体操座りで、太股に頭を抑え付ける様にして丸まっている優チャンの姿があった。
まるで団子虫かアルマジロのようだ。
しかも得体の知れない、どんよりとした暗い雰囲気が全身から漂っている。
「お、おいおい……どうしたんだ優チャンは?」
と、俺は首を傾げながら小さな声で尋ねた。
まどかはチラリと優チャンを一瞥し、
「……洸一の決勝戦の間にね、優の準決勝は終わったのよ」
淡々とした口調でそう言った。
「え?も、もうか?なんか……早くね?」
優チャンの準決勝の相手は、あの保護欲を強く刺激される、俺の脳内パラレルワールドではロリ風味満載な妹と言う設定である、みなもチャンだ。
「そ、それで……結果は?」
「見れば分かるでしょ?」
まどかはフンッと鼻を鳴らした。
「あ、あぁ……まぁ」
確かに、今の優チャンの様子を窺えば一目瞭然だ。
「……で、試合内容は?」
「瞬殺」
まどかは簡潔に、漢字二文字で言った。
そして小さな溜息を吐くと、
「気負い過ぎたのね。開始早々、突っ込んで返り討ちに遭ったわ」
「……ありゃま」
なんか、容易に想像が付く。
「で、落ち込んじゃってるっていう訳か……」
「まぁね」
「むぅ……」
そっかぁ……優チャン、負けちまったのか……
や、申し訳ないけどさ、勝ちは薄いなとは思っていたよ。
でも瞬殺って……
あれほどみなもチャンをライバル視していたのに……一番最悪のパターンじゃないか。
「ど、どうすりゃ良いと思う、まどか?」
「はぁ?何を?」
「何をって……優ちゃんってさ、一度ダウナー状態になると、中々立ち直れないっちゅうか……まだ3位決定戦が残ってるんだろ?」
あんな精神状態だと、次の試合は物凄くマズイ事になるぞよ。
「知らないわよぅ」
まどかは乱暴に髪を掻き上げ、突き放すように冷たく言い放った。
「落ちる時は、とことん落ちた方が立ち直りは早いわよ」
「そ、そんなこと言ったってなぁ……」
「それにもう、手遅れよ」
「……手遅れ?」
「だって今から3位決定戦が始まるんだモン」
「ギャフン」