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俺様日記~1学期~  作者: 清野詠一
15/53

THE新人戦/鋭い切れ味のKAI印



さて……

壁に貼られた対戦表を確認しつつ、俺は指定された試合場へと向かう。

ふと中二階席を見上げると、穂波が大きく手を振っていた。

その隣に座る智香の馬鹿も

「頑張れコーイチーッ!!」

と、大声を張り上げている。


うむ、皆の応援が、俺様に力を与えてくれてるようだぜ……

声援に対し、俺はガッツポーズを作って応える。

よっしゃッ!!いっちょ次の試合も、張り切って行きますかぁ……

と、密かに心の中で決意を固めていると、

「……神代くん」

不意に後ろから声を掛けられた。


「んにゃ?」

振り返ると、見た事の無い野郎が立っていた。

どこぞの難民キャンプから逃げ出して来たのか、ガリガリに痩せたている。

群青色の空手着に身を包んでいるのだが、何だかそれすらもブカブカだ。

裸になったらきっと、大英博物館に展示されているミイラのような感じなのだろう。

だ、誰じゃコイツは……?


その痩せた男は、低い声で笑った。

「ふふふ……私の名は、貝由宏かいよしひろ。人呼んで、カミソリ・ジョー。君の次の対戦相手だ」


「……」


「ふふふ……私の手刀で、君を切り刻んであげるよ。ふふふ……ふはははははは」


「……」

何で俺の対戦相手は、どっかオカシイ奴ばかりなんじゃろう?



軽い屈伸運動を繰り返し、俺は自分の試合場を見つめる。

既に2回戦が始まっていた。

体の硬さも取れた新人選手達が、軽やかな動きで白熱した戦いを繰り広げている。

そしてその戦っている選手の向こうに、自分の事を『カミソリ・ジョー』と名乗ったミイラみたいな男が突っ立っていた。


カミソリ・ジョー……

頭のネジが3本ほど抜けていないと出て来ないネーミングセンスだ。

もしそんな名で呼ばれたら、俺なんか恥ずかしくて外を歩けないぞ。

しっかし、カミソリねぇ……

何か超痩せてるし、手足も細いし、ぶっちゃけ弱そうに見えるけど……

それでも優勝候補の一人だそうだからからねぇ……

気は抜けないけど、一体どんな格闘技を使うんじゃろう?

本人も手刀がどうとか言ってたし、胴着から見ても空手タイプか?

俺はチラリと、後ろを振り返る。

体育館の壁際には、優チャンと姫乃ッチ、そして何時の間にかまどかも戻って来ていた。

覆面姐さんと、何を話していたんじゃろうか。


「先輩、頑張って下さいっ!!」

優チャンがブンブンと手を振る。

姫乃ッチも胸の前で手を合わせ、心配気な表情で俺を見つめている。

そしてまどかは……あ、呑気に欠伸なんかしてやがる。


やれやれ。俺に期待してるんだか、それとも諦めているんだか……

視線を試合場に戻すと、前の試合がちょうど終わった所だった。

選手達が一礼し、去って行く。

さて、行きますかねぇ……

審判が俺と対戦者の名を読み上げ、俺は一礼して白線の内側へ。

そしてもう一度一礼し、対戦者である私立赤ヶ池西商業・一年・貝由宏、またの名をカミソリ・ジョーを俺は睨み付けた。


むぅ……

しっかし、細い奴じゃのぅ。

ちゃんと飯食ってるのか?

手も足も木の棒みたいだし……まるで昆虫だな。

俺はそんな事を思い、独り笑み堪える。

おっとと……いかんいかん。油断は禁物だぜ、洸一。

痩せていようが、コイツも一応は一回戦を突破したワケなんだし……

何よりあの細身の体だ、力は無いがスピードは俺より上と考えるのが妥当だな。

呼吸を整え、手に装着したグローブを確認。

ふむ……速度が上なら、こっちから攻めても先ず当たらねぇーだろうな。

だとしたら、カウンター狙いか、もしくは相打ち狙いか……

防御を固めつつの迎撃作戦がベストかのぅ。


「始めッ!!」と審判が手を広げながら叫ぶ。

俺はフッと鋭く息を吐き、右手を顎に、左手を目線の高さに上げてのオーソドックスな構えを取った。

対して相手は……手を握っての拳は作らず、開手のまま胸元で構えを取る。

空手と言うよりは、骨法などの古流武術に近いスタイルだ。

……なるほど。やはり腕力も無さそうだし、拳で突いてくる事はしねぇーか……

となると、あの開手は……抜き手か平手か……


「ふ…ふふふふ……」

おもむろに、貝クンが不敵な笑みを浮かべた。

「切れ味鋭い我が秘拳、存分に味わうが良い。……ふふふ」


「……何ワケの分からん事をほざいているんだか……この中二病のミイラ野郎が。ミイラはミイラらしく、ピラミッドの番でもしてやがれ」


「ふふふふ……」

貝クンの体がまるで陽炎のように揺れた。

と同時に、バンッと床を蹴り、突っ込んでくる。


――は、速いっ!!?

予想していた以上の速さだった。

そして一瞬で距離を詰めたミイラ野郎は腕を鞭のようにしならせ、

「ふんッ!!」

顔面をなぎ払うかのような手刀を繰り出してくる。

レトロ風に言えば、水平チョップと言う奴だ。


「――ッ!?」

どうする俺ッ!?

ここは防御か?

受けて反撃、もしくは腕を取って関節か投げか……

って、どちらも間に合わねぇーーーっ!!

ここは一先ず、緊急退避だぜッ!!

大きなバックステップで、取り敢えず敵の攻撃範囲からの離脱を図る俺。

ヒュンッ!!甲高い風切り音を立て、貝の手刀が目の前を高速で横切って行った。

その刹那、何か額辺りを火箸を突き付けられたかのような痛みが走るや、飛び散る血飛沫。

目に映る世界が、いきなり真っ赤に染まったのだった。



な……なんだ?

何が起こったんだ?

床に飛び散っている大量の鮮血。

観客席からは

「うきゃーーーーっ!?!洸一っちゃぁぁぁぁぁーーーーんッ!!」

と、ちょいと獣じみた穂波の声。

熊の霊でも取り憑いたのか?


な、なんだ?

本当に何が起こった?

ゆっくりと額に手を当てると、ヌメっとした温かい感触。

「な゛……なんじゃこりゃーーーッ!?」

手は血塗れだった。

自分でも驚くほど、大量の出血。

額を軽く拭っただけなのに、手の平には血溜りすら出来ている。

正直、見ただけで卒倒しそうだ。


き、切られた……のか?

あのチョップで、額を切られたのか?

ぬ、ぬぅ……カミソリとは、よく言ったモンだぜ……

見ると胴着も、額から垂れた血に塗れていた。

だが、これほどの大量出血にも関わらず、痛みはあまり感じない。

少しチクチクとするだけだ。

つまり、それほど切れ味は鋭いってことか……

俺は余裕の表情を浮かべているミイラ野郎を睨み付ける。

と、審判が両の手を上げ、タイムの合図。

それと同時に、待機していた白衣のドクターが慌てて試合場に入ってきた。


む?これは拙い……

傷の度合いが深ければ、その場で試合は終わってしまう。

つまりそれは、俺様のTKO負けと言うことだ。

さっきの山田次郎クンならまだしも、この偉大な俺様がミイラ如きに負けたとあっては……なんか屈辱だ。

ご先祖様に申し訳が立たんッ!!

ぬぅ……

ふと視線を動かすと、壁際に佇むまどかと目が合った。

彼女の表情から笑みは消え、らしくない蒼ざめた顔で俺を見つめている。

……ふん、心配するなって……

視線を戻すと、ドクターが俺の額にタオルを当てながら、深刻そうな顔で何やら呟いていた。

傷口が深いとか、縫わなきゃダメだとか聞こえる。

じょ、冗談じゃねぇーぜ。

「……へい、どっきりドクター。俺様まだやれるぜよ。ぶっちゃけ、元気ですたい!!何なら踊っちゃうよ?」

が、メガネを掛けたドクターは難しい顔で首を横に振り、

「傷が思ったより深い。深筋膜にまで達しているから、今すぐにでも……」


「ひ、姫乃ッチ!!」

俺はドクターを押しのけ、慌てて我が衛生兵を呼んだ。


「は、はいっ!!」

蒼ざめた顔で、姫乃っちが駆け寄ってくる。

手が少し震えていた。

「じ、神代さん……ち、血が……いっぱい……」


「頼む!!急いでくれッ!!」

バッと頭を下げると、鮮血が床に滴り落ちた。

うへぃ、なんか勿体無い。


「は、はいっ!!」

姫乃ッチは頷き、そして俺の傷口にタオルを当てながら精神集中。

額を通して、何やらポワーンとした摩訶不思議な感覚が頭の中を駆け巡る。


んにゃ?

なんだろうこの感じは……

未知の力ちゅうか、何か周りの空気が集まっ来ているって言うか……



《『マスライトリカバー。洸一、早く逃げなさい』》



「え……」

はて?遠い昔に、どこかで感じたような気がするんじゃが……

あれ?なんだろう?凄く懐かしくて、そしてちょっと悲しくて……


「……終わりました」

姫乃ッちがホッと息を吐いた。


「そ、そうか。……ありがとう」

俺はタオルで顔を拭い、固まり始めた血を拭き取る。

真っ白なタオルは鮮血でベッタリだ。

猟奇的なアートのようになっている。

おやおや、我ながら何と血の気の多いことなんだか……

「で、どうだいドクター?」


「し、信じられん……」

ドクターが俺の額に恐る恐る手を伸ばした。

「傷口が……塞がっている。いや、痕すらない……」


「当然、試合は続行だよな?」

俺はニヤリと笑いかけた。

そして姫乃ッチに向かって軽くウィンクをするが、彼女は眉間に皺を寄せ、今まで見たことのない表情で、

「あの人……許しません。神代さんを傷付けました」

と呟いた。


「……大丈夫だって。この俺様が今からブブイーンとあのミイラ男を倒しちゃうから。知ってるかい、姫乃ッチ。昔さ、大英帝国はエジプトで掘り出したミイラを燃料に使ってたんだぜ?これだからアングロサクソンは……」


「……」


「……さて」

俺は頬を軽く叩き、振り返る。

カミソリ・ジョーと名乗っているミイラは、一瞬だが、傷が治っている俺に目を見開いて驚いたものの、またすぐにニヤついた笑みに戻り、

「ふふふ……楽しませてくれる」

何てほざいていた。


「ケッ、BCGの痕すら無い世代の分際で……生意気だぜ」

ちなみに俺は、何故かBCGの傷が尻に残っている。

大いなる謎だ。


「ふふふ……今度は復活できないよう、頚動脈でも切り裂くか。ふふふ……」


「は、寝言は寝て言え」

俺は審判を見やり、顎を動かして試合再開を促す。

審判は俺と貝クンを交互に見つめた。

そして互いの間合いを計るように手を広げながら

「両者、白線まで戻って……始めっ!!」


さ~て、どうやってぶっ飛ばしてやろうかのぅ……



審判の合図とともに、試合が再開された。

俺は先程と同じく、オーソドックスな戦闘態勢を取る。

ミイラ野郎もまた、先程と同じように開手の構えだ。


チッ、認めたくねぇーが……あのミイラの手は、まさしくカミソリだぜ。

下手に防御なんかしたら、切り刻まれちまうのは必定だ。

しかも躱そうにも、スピードでは相手に分があるし……


「ふふふ……ではッ!!」

地を蹴り、ミイラ野郎が再び間合いを詰めてくる。

そして風を切り裂き唸る、刃と化した抜き手。


ど、どうする?

どうしましょう?

どうやってこの攻撃を躱せば良いんだ?

切られないようにするには、どうすれば良いのか……

――はッ!?そう言うことかッ!!

チーンと素晴らしき考えが閃いた俺は、相手の突進に合わせるように突っ込んだ。

ヒュンッ!!と甲高い音を立て、薙ぎ払うかのようにミイラ野郎の手刀が迫る。

お、恐れるなッ!!

俺はさらに加速し、頭からカミソリ・ジョーに突っ込む。

ガツンッ!!と鈍い音と共に、こめかみ付近に走る激痛。

彼奴の細い手首が、俺の側頭部にぶち当たっていた。


「ぬ…っ!?」

彼奴の驚いた声が耳に響く。


野郎の手は、確かに凶器だ……

が、それは『手』だけだ。

カミソリだろうがナイフだろうが、切れるのは刃の部分のみ!!

柄では切ることは出来ねぇ……

だから俺は強引に突っ込み、間合いを詰めて野郎の手ではなく手首の部分で攻撃を受けたのだ。

もちろん、痛みはある。

切られる心配は無いと言え、あの素早い腕の動きを頭で直に受け止めたのだ。

さすがに、頭がちょいとクラクラするが、それでもミイラ男の間合いに入り、尚且つ両の手はフリーだ。


「おりゃぁぁぁっ!!」

俺はミイラ野郎の胴着を掴み、それを強引に振り回して投げ捨てた。

技とは言えないが、それでも痩せて軽い干物のような野郎は床に思いっきり叩き付けられ、そしてそのまま場外へと転がって行った。

どうだーーっ!!

と言わんばかりにガッツポーズの俺。

会場から歓声が沸き起こる。

穂波なんかブンブンと旗を振り回し、見ず知らずの観客を吹き飛ばしているではないか。

ふんっ、カミソリだか何だか知らんが、所詮はキワモノ。

本気のド突き合いで、この俺様があんなガリガリ野郎に負けるワケ無いっつーのッ!!


俺は呼吸を整え、場外で転がっているミイラ野郎を見つめる。

審判のカウントが進んで行く。

しっかし、こうして見ると……車に轢かれた野良猫みたいじゃのぅ……

何て事を考えていると

「ありゃ?」

ミイラ野郎はゆっくりと立ち上がった。

そして乱れた胴着を整えながら、悠然と試合場に戻ってくる。

チッ、やっぱ叩き付けただけじゃ、ダメージは少ねぇか……


「……ふふ、驚いたよ」

ミイラ野郎は不敵に笑った。

「まさか強引に突っ込んでくるとは……確かに、腕の部分で切り裂くことは出来ないからね」


「……」


「だけどね、もう二度と同じ手は使えないよ……ふふふ」


「……ケッ、お喋りが好きな奴だぜ」

なんて強がってみたものの……何かちょいと、嫌な予感がするのぅ。

俺は大きく息を吐き出し、構えを取った。

野郎も同じく構えを取り、そして審判が試合を再開する。


さて、どうする?

時間は残り少ないし……

ポイント的には俺が有利の筈だから、ここは逃げ回るか?


「……ふふ、逃がさないよ」

俺の考えを読み取ったのか、カミソリ・ジョーはまたもや突っ込んできた。


――チッ!!

俺も同じように突っ込み、間合いを詰める。

さぁ、来やがれっ!!

またお得意のチョップを繰り出して来やがれっ!!

今度こそ、凄ぇ洸一パンチをテメェの体に……って、なにぃぃぃぃッ!?

ミイラ野郎は間合いに入るや、いきなり足を止めた。

そして今度は、素早い突きの嵐。

もちろん拳ではなく、抜き手のままでだ。


「くっ…」

何とか被弾しないように躱すが……

アカン、速過ぎて懐に飛び込めねぇ。


「ふふふ……刃物は切るだけじゃなく、突き刺すことも出来るんだよ?」


「ぬぅ……」

俺は大きくバックステップを刻み、取り敢えず野郎の間合いから離れる。

「ハァハァ……くそっ」

なるほど、そう来ましたか……

攻撃と防御を兼ね備えた弾幕ってワケですかい。

辛うじてミイラ野郎の素早い突き攻撃を躱したが……俺の両腕には、何時の間にか無数の切り傷が出来ていた。

チクチクと痛みが走る。

カミソリって言うか、剥き身の日本刀って感じだぜ……

急所に突き刺さったら、どうなんるだ?

マジで逝ってしまうかもしれんぞ……


「ふふ……顔色が悪いよ」

カミソリ・ジョーがゆっくりと近づく。

「私の拳は、君を切り裂くことも突き刺すことも出来る。ふふ……さぁ、どうする?神代クン」


「……」

どうするって言われてもなぁ……

・・・

降参しようかな?

至近距離だと抜き手で刺されるし、中間距離だと切り裂かれるし、遠距離だとそもそも攻撃が当たらんし……

こりゃあ難しいですのぅ。


「ふふ……答えは一つ。潔く負けを認めるしかないよ?」

ミイラ野郎はニヤリと笑い、そしてそれと同時に、体が沈み込んだ。


――な、なんだッ!?



カミソリ・ジョーの体が沈み込むや、シュッと音を立てて足が跳ね上がる。

――蹴り技!!?

俺は完全に虚を突かれてしまった。

今まで手刀及び抜き手と言った手技だったので、足技は全くの無警戒なのだ。

クソがっ!!

足首取って思いっきり折ってやろうか……

と思ったが、脳裏に走る閃光のような危険信号。

――避けろッ!!

と本能が訴えている。


「くっ…」

床を蹴り、思いっきり後方へジャンプ。

彼奴のナナフシのような細い足が、俺の胴体すれすれを掠って飛んで行く。

「ぬ、ぬぅ……」

胴着が、切り裂かれていた。

脇腹から胸元にかけて、斜めにスカッと爽やかに切れている。

しかもほんの少し、皮膚まで切れていた。

後少し避けるのが遅かったら……俺はガ○ダムで言うところのAパーツとBパーツに分離していただろう。

な、なんて蹴りだよ……この化け物めッ!!


「ふふふ……我が足も、手のように切れ味鋭い。この四匹の鎌鼬から、逃れる術はないよ。ふふ……ふふふ」

無気味に笑いながら手足をくねらせ、ミイラ野郎がゆっくりと近づいてくる。

まるで妖怪だ。


「ぐ、ぐぬぅ……」

俺様、少し後退。

ここはもうちょっと、慎重に事を進めないと……

と、いきなり審判が手を広げ、待ての合図。

「場外。選手は元に戻って」


ぬっ……

見ると俺の足は、白線の外側に出ていた。

「ペナルティ1」

審判が俺を指差す。

故意ではないにしろ、打突以外で場外へ出たから、当然のマイナスポイントだ。


――くそっ!!

これでポイント勝ちは無くなったか……

どうする?

どうするよ俺?

「考える間でも無ぇ……」

俺は破れた胴着を整えながら、呟いた。

判定勝ちも無くなり、正面切って戦おうにも、相手は人間立ち枝切り鋏みのような化け物だ。

ここは男らしく、ズバッと潔く降参しよう。

うんうん、俺は良くやったよ……

こんなシュレッダーみたいな奴を相手に、ここまで善戦したんだ……悔いは無い!!

むしろ自分を褒めてやりたいッ!!


俺はチラリと後ろを振り返り、壁際にいるまどかに

『降参しても宜しいでしょうか?』

と目で許可を求める。

が、腕を組んで突っ立ているまどかは、俺を睨み付けながら首を横に振った。

その目は明らかに

『冗談じゃない。最後までちゃんと戦いなさいッ!!うがーーーーーっ!!』

と言っていた。

つまり、死ねと言うことだ。

降参するぐらいなら戦って死ぬべし、と言うのだ。

まさに武士もののふ的な考えと言うか特攻精神旺盛と言うか……俺の命を何だと思ってるんだ?


ち、ちくしょぅぅぅ……

俺はゴクリと唾を飲み込み、再びカミソリ野郎と対峙した。

こうなったらもう、破れかぶれだ。

まどかにしばかれるぐらいなら、万に一つの可能性に懸けてやる。

お、落ち着け俺……

やつの手足は確かに凶器だが、それさえ封じれば何とか……


「始めッ」

と言う審判の合図と同時に、俺は飛び出した。

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

こうなったらもう、破れかぶれだ。

少しぐらいなら切られてやる。

腕の一本ぐらいなら可。

が、懐に飛び込んだら蹴倒してマウントを取って泣くまでタコ殴りにしてやる!!

それしかないッ!!

「南無八幡大菩薩……何卒我に御加護をッ!!」


「ふふふ……思った通りだよ」

カミソリ・ジョーは口元を歪め、無気味に笑う。

そして両の手をブラブラと不気味にくねらせながら、

「これで終わりだ」


「くっ……」

突進する俺に向かって、鎌と化した手が鞭のようにしなりながら伸びてくる。


――斬られるっ!!?

首をチョンパされて京は五条ヶ原で晒し首にされちゃうッ!!

そう思った瞬間、俺の体は不思議な淡い光に包まれたのだった。



「あ~~……なんか疲れた試合だったにゃあ」

俺は床に座り、姫乃ッチの治療を受けながら気だるい声を上げた。

「全く、せっかくの胴着が、血塗れだしズタズタだし……何かトホホだよ」


「それが頑張って戦い抜いた証じゃないのぅ」

と、隣で腕を組んで突っ立てるまどかが、俺を見下ろしながらそう言った。

「でも……何で勝てたの?」


「……少し本気を出したのさ」

俺はそう言って、力無い笑みを目の前の姫乃ッチに向けた。

そう……俺はあの時、もうアカン、グッバイ青春と思った。

迫るカミソリ・ジョーの手刀に、首を切られると思った。

が、彼奴の手は、俺の体に触れる直前、跳ね返された。

同じく蹴りもだ。

俺の体を包み込む淡い光……姫乃ッチのサイコバリアー、略してHSフィールドに弾き返されたのだ。

もちろん、ただ弾き返されただけではない。

姫乃ッチの怒りの篭った強力なバリアーによって、攻撃してきた彼奴の手足は粉砕されたのだ。

そうなれば、もう怖いもの無し。

俺は体の自由が利かないカミソリ野郎を押し倒し、本当に泣くまでタコ殴りにしてやったのだ。

ちなみに彼は、試合後救急車で運ばれて行ったが……兎にも角にも洸一チン、見事に2回戦突破なり。

・・・

1回戦も2回戦も自分の力で勝ったワケではないが……ともかく、勝てば良いのだ。

勝利の前には、良心の呵責も霞んで見えるのだ。

……多分。


「しっかし、本当に俺の相手は一癖も二癖もある奴ばかりだぜ……」

出来れば、もう少しマトモな奴(普通の人間と言う意味)と戦ってみたい。

それもちゃんとした格闘技でだ。

「ところで……優チャンの様子はどうだ?」


「順調に2回戦突破よ」

まどかは軽く肩を竦めながら、

「もちろん、みなもも覆面もね」


「なるほど。順当だな」


「そーゆー事ね。それよりも洸一。アンタ、体の調子は良いの?もうすぐ3回戦が始まるわよ?」


「ぬぉぃッ!?も、もうかよ……俺、今試合が終わったばかりなんじゃが……」


「男子の方は結構サクサクッて試合が進んでるみたいだし……それに元々、今年の高校男子は参加選手が少ないみたいだしね」


「確かに……女子の方が参加者は多いな」

俺は試合場を眺め回し、呟いた。

「にしても、いくら何でも試合展開が早過ぎるだろうに……長編小説を原作にした1クールアニメみたいじゃねぇーか」


「そんなこと言ってもねぇ……」

まどかは俺を宥める様に、ちょっとだけ優しい笑みを浮かべながら、

「ま、一回戦で怪我人がいっぱい出て不戦勝も多かったみたいだし……ま、これも運命よ」

そう言って、俺の肩に手を置いた。


「う、運命ねぇ……」

なるほどな。

こーゆー所にも、今日の運の悪さ、と言うのが現れるのか。

ま、姫乃ッチがいるから、怪我に関してはノープロブレムで助かってるワケなんじゃが……

精神的には、ちと辛いなぁ……

何せ、俺の対戦相手は規格外の化け物ばかりだからね。

「やれやれ……」

俺は溜息を吐きながらゆっくりと立ち上がる。

そして軽く首を回しながら

「で、三回戦も当然、俺の相手は強いんだろ?」


「当たり前よ」


当たり前なのかよ……

まぁ、弱い奴が三回戦まで勝ち残るワケは無いもんなぁ……


「え~とねぇ……洸一の次の相手は、西高倉工業の安次嶺あしみねって子ね。珍しい苗字だけど……沖縄辺りの子かなぁ?」


「ンな事はどーでもいい。俺が知りたいのは、相手はどんな格闘技を使うかって事だ」


「確か……キックだったと思うわ。キックボクシング」


「ほぅ……キックとな。なるほど」

俺は大きく頷いた。

そうか、キックか……

うむ、見たことないのぅ。

どんな技があるんだ?

初見だと、間違いなく負けるぞ、俺は。


「ほら、あっちの壁に佇んでるわよ」

まどかがチョイチョイと俺の胴着を引っ張り、向こうを指差す。


「ぬぅ……」

そこには、派手なトランクス一丁という半裸の男が佇んでいた。

褐色の肌に鍛えぬかれたシックスパックのボディ。

如何にも強そうなんじゃが……

なんだ、あの髪型は?

某名作ボクシング映画に出てくる月ロケットと同じ名前の選手の髪形と言うか……

街行く人も振り返るほど、ゴージャス且つボリュームたっぷりの髪型だ。

ただ……高校一年でそれはどうよ、と強く思う。

「な、何で俺の対戦相手は、変な奴ばっかりなんじゃろうなぁ……」


「アンタも充分変だから、ちょうど良いじゃない」


「……なるほど」

ちょっとだけ、納得してしまったわい。







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