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俺様日記~1学期~  作者: 清野詠一
14/53

THE新人戦/羅の人々



 

 新人戦は、ハーフタイム制食いタン有り(意味不明)のサクサクルールだ。

相手が降参するか戦闘力を失った時点で勝負は決まる。

急所攻撃等の禁止行為や故意に場外へ出ると、その時点で反則負け。

それ以外の反則行為等はポイントの減点。

そしてその約7分間の戦いで決着がつかない場合は、審判がどちらかの優勢か判断するといった具合だ。


さてと……

いくら素人風味な俺様とて、年下相手にそうそう簡単には負けられねぇよなぁ。

軽く屈伸運動を繰り返した後、気合を込めて白線で区切られた試合場に一歩足を踏み入れる。

これでもう、後戻りは出来ない。

勝つにしろ負けるにしろ、次に白線を跨ぐのは試合終了後だ。

俺は大きく息を吐き出しながら対戦相手を睨み付け、

「げぇぇっ!?」

瞬時に固まった。

お、おいおいおいおいおいおいおいおい……

優勝候補の一人と言われる俺の対戦相手は、でっかい黒馬に乗ったり我が生涯に一片の悔い無しとか叫んじゃいそうな感じの、取り敢えず修羅な感じの野郎だった。

身長なんか余裕で俺の倍はある。

最早、現生人類ではない。

巨人だ。

「ちょ……ま、待てよ審判っ!?」

俺は白のカッターシャツに身を包んだ、ひげ面の審判に詰め寄った。

「ここは高校生部門の試合場だよな?しかも人類限定ですよね?」


「何を言ってるのかね?」

と、審判が首を傾げる。


「何を言ってる……じゃねぇーだろッ!?どー見てもアレは高校生に見えねぇーじゃねぇーか!!」

むしろ世紀末の覇王だ。


「君。彼は山田次郎クンと言って、れっきとした高校生だが……」


「山田次郎って……」

名前はなんか弱そうだ。


「それよりも、早く開始位置に着きなさい」


「あ、あぅ……」

審判に強く促され、俺は白線の上に立つ。

そしてチラリと後ろを振り返り、中二階の応援席を見やるが、さっきまで旗振って応援していた俺様軍団の面々は、皆一様に俯いていた。

のどか先輩は何やら祈ってるし、ラピスに至っては既にショートしている。


ぬぅ……

運が悪いにも程があるって言うか、殆ど反則じゃねぇーか……

俺は唾を飲み込み、山田次郎クンと対峙した。

あ、ダメだ……こりゃ勝てねぇ……

と言うか、ガチで死ぬかも知れん。

筋肉は当然ながら隆々で、その鋼鉄のような拳に至っては俺の頭ぐらいのサイズがある。

新人戦どころか世界を征服出来そうだ。

ってゆーか、どんな食生活をしてたらそんなに大きく育つんだよぅ……

毎日マルダ○ハンバーグでも食べてたのか?

俺は震える膝を何とか抑えながら一礼。

そして審判の、『始めっ!!』と言う声が響く。


ち、ちくしょぅぅぅ……

こうなったらもう、最後の手段だ。

潔く降参しよう!!

だって死にたくないもんッ!!


俺は恐る恐る構えを取った。

そしてそんな俺を、山田次郎クンは見下ろしながら、

「ふっ……我が拳の糧となれいっ!!」

と、ワケの分からん事をほざいた。

しかも高校生とは思えない超低音の渋い声でだ。

「行くぞ!!」

山田次郎クンが、いきなり猛牛のように突っ込んでくる。

体格の割には、予想以上に速い。

「ふははは!!貴様の頭上に死兆星が見えるわッ!!」


「体育館なのにっ!?」


「ぬぉぉぉぉぉっ!!」

唸る剛拳。


あ、こりゃ終わった……人生が。

俺は咄嗟にガードを固めるが、

「うわぁぁぁーーーーーーんッ!?」

そんなモノは役に立たず、俺は思いっきり吹っ飛ばされていた。



山田次郎クンの拳がガードの上から突き刺さり、俺はそのまま場外へと吹っ飛んでいた。

ラ……ライトが綺麗だにゃあ……

体育館の天井に付けられている無数のライトが、まるで蛍のようにチカチカしながらぼんやりと見える。

耳には審判のカウントを数える声と、どこか遠くから、洸一っちゃ~ん、と俺を呼ぶ声。

やっぱ勝てねぇよなぁ……

生身の人間じゃ、絶対に無理だよねぇ……

だって最早、敵は怪獣だもん。

銃火器が必須ですよ。

途切れ途切れの意識の中、俺は苦笑を溢した。

絶対にあれ、高校生じゃねぇーだろ……

つーか、人類でもねぇーし……

負けたって、誰も責めやしないって。

相手が悪かったんだよ、って慰めてくれるって……


「…………しゃーねぇーなぁ」

俺はゆっくりと起き上がった。

ズキッと両の腕と胸元に痛みが走る。

どうやら、先ほどのパンチをガードした時に痛めてしまったらしい。

しかもガードを通り越して、肋骨までギチギチと痛ぇじゃねぇーか……化け物めッ!!

俺は舌打ちを溢しながら、チラリと中二階席を見やる。

穂波や智香、美佳心チンやトリプルナックルの面々まで、何だか泣きそうな顔になっていた。

そして視線を戻すと、審判席の後ろの方で、姫乃ッチとまどかが、これまた心配気な表情で俺を見つめている。


……ったくよぅ……そんな顔で必死に応援されたら、寝ているワケには行かねぇーじゃねぇーか……

軽く首を回しながら試合場に戻ると、カウントを数えていた審判が、

「大丈夫かね?まだやれるかね?」

と、まるで他人事のように冷たく聞いてくる。


やれるワケねぇーだろ……

腕の痛みからして、ヒビぐらいは入ってるつーの。

「……大丈夫ですよ」

俺は軽く頷いた。

さて……

俺は仁王立ちしている自称高校一年の覇王を睨み付ける。

両腕にダメージを抱えちまったこの状況で、どうやれば勝てるのか……

いや、多分……勝てないか。

だとしたら、どうやって華麗にカッチョ良く負けるべきか……

何て事をボォーッと考えていると、いきなり審判の『ファイトッ』と言う掛け声。

い、いかんいかん……

俺は慌てて構えを取った。

肘から手首に掛けて、ズキズキと断続的に痛みが走る。

「――ッ」

ち、力が入らねぇ……

かと言って、蹴り技は得意じゃねぇーし……

ま、そもそも格闘技自体が得意じゃねぇーし……


「立ち上がった事は褒めてやろうッ!!」

山田次郎クンは凛とした声で言うや、

「ぬぉぉぉぉぉぉっ!!」

雄叫びを上げながら再び突進してきた。


ぬぅぅ……次こそはホンマに死ぬかもしれんな。

「く、くそったれがーーーっ!!」

俺も彼奴の動きに合わせるように、突き進む。

リーチ差は如何ともし難く、俺が攻撃するには奴の懐に飛び込むしかないのだ。


「甘いわっ!!」

獣じみた重々しい声とともに、山田次郎クンの俺の顔ぐらいはある巨大な拳が迫る。

走りながら打ち下ろす右ストレートだ。


「く…」

き、緊急回避ーーーーーーーッ!!

当たったら確実に死にます!!

と、その時だった。

「――ぬぉうっ!?」

と言う驚きの声と共に、山田次郎クンの体が不意にバランスを崩し、前のめりにコケそうになる。


チャ、チャンスやでっ!!(関西)

咄嗟に俺の体は反応した。

倒れ掛ける彼奴に合わせるように、膝を突き出す。

――グシャッ!!

鈍い音と共に、俺の膝はカウンターで山田次郎クンの顔面に減り込んだ。

ぐ……ちょっと痛いぜ……

顔を顰めながら飛び退る、俺。

覇王である山田次郎クンは、あっさり低カロリーに、そのまま前のめりに倒れてしまった。

会場全体から、どよめきにも似た歓声が沸き起こる。

どうだっ!!や……やったか?

これ以上ないタイミングで、鼻頭に膝が入ったけど……


審判の手が、サッと頭上で交差された。

続行不可能の合図だ。


「や……やったぜッ!!」

両の手を突き上げ、ガッツポーズ。

やった……やったよ俺!!

アッサリと勝っちまったよ!!

大金星だよ!!

優勝候補の一人に、鮮やかな逆転勝ちだよぅぅぅ……

審判から勝ち名乗りを受け、俺は一礼をして試合場から出る。

振り返ると、まどかが苦笑を溢し、姫乃ッチが瞳をウルウルとさせていた。

そして中二階の席では……穂波が狂ったように旗を振り回し、その他の皆は手を打って俺の勝利を祝っている。


ありがとう……ありがとう、みんなッ!!

そしてのどか先輩……特にありがとうッ!!

もう一度ガッツポーズを決め、皆に向かって深々と一礼する俺。

そう……俺は知っている。

俺だけが知っている。

あの時、山田次郎クンがコケた瞬間を、俺は見逃さなかった。

彼の足首に、床から伸びた無数の小さな手が巻き付いていたことを……


オカルト研究会は……ファミリーだからですよね?

のどか先輩は中二階の席で、コクンと小さく、俺に向かって頷いた。

「う、うむ」

まぁ……何せよ、勝てて良かった。

もっとも山田次郎クンにとっては、一生で一番悔いの残る試合だったと思うがな。



一回戦を見事な逆転で勝利した俺は、体育館の隅の壁に凭れる様に座りながら、我がTEP同好会の衛生兵である姫乃ッチの超常現象的治療を受けていた。

試合に勝ったとはいえ、覇王的な山田次郎クンの攻撃で、俺の両腕の骨には僅かにヒビが入っており、胸の周りはちょいとした打撲を負っているのだ。

ま、それだけで済んだのが奇跡的だった。

恐らく、普段からまどかや真咲さんにブン殴られているので、耐久値が上がった結果だろう。


「大丈夫ですか、神代さん……」

心配げな表情で、俺の体に手を翳している姫乃っチ。


「大丈夫、大丈夫……」

俺は笑顔で答えた。

彼女の手から放出される不思議パワーの影響で、体がホンワリして実に気持ち良い。

岩盤浴でもやっているような心地よさだ。

「さすが、のどか先輩仕込みの治癒マジックだぜぃ。この調子なら、あっという間に怪我も治りそうじゃわい」


「そんなぁ……私なんか、まだまだですよ」

姫乃っチは微かに頬を赤らめた。

「喜連川先輩とずっと練習してきましたけど、成功率はやっと半分ってぐらいで……」


「ふ、ふ~ん……」

失敗したらどーなるんじゃろう?

と言う恐ろしい疑問が頭を掠めたが、俺は敢えてそれに触れず、壁際で腕を組んで試合を眺めているまどかに、

「なぁ……優ちゃんの試合はどーなった?」

と声を掛けた。


「まだやっている最中よ」

まどかは不機嫌な口調でそう答えた。


「え?まだ?随分と長いなぁ……そんなに梃子摺る相手なのか?」

言いながら、優チャンのいる試合場に視線を移す。

俺とお揃いのコスプレ胴着の彼女は、柔道着にミドルパンツと言うサンボ風の胴着に身を包んだ相手選手と、戦っていた。

「……あれ?あの胴着は確かみなもチャンと……もしかして、梅女の選手か?」


「そーよ。ウチの一年の一人よ。名前は絵梨。去年まで合気道を習っていた新人よ」

どこか素っ気無く、まどか。

そして唇を尖らせながら、イライラとした不機嫌そうな声で、

「ったく……優ったら、また悪い癖が出てるわ」


悪い癖?

「なんだ?もしかして、また緊張しまっくてるのか?」


「そ」

まどかは煩わしげに髪を掻き上げた。

「正直な話、ウチのあの一年じゃ優の敵じゃないって思ってたのに……緊張で、体にキレが全然ないわ」


「ぬぅ……」

俺は視線を試合場に移し、そして唸る。

確かに、ここから見ていても、優チャンらしさが見受けられない。

スピードも遅いし、攻撃も単調だ。

なんちゅうか、相手が並の新人で助かってる、と言う印象だ。

ま、初戦だし……優チャンに緊張するなと言う方が無理なんだろう。

「で、試合の方は?」


「もうすぐ終わるわ。ポイントは辛うじて優が取ってるから、判定勝ちは拾えるでしょうね」


「そっか……」


「でもね、こんな調子で試合を続けていたら、みなもには瞬殺されるわよ。もっともそれ以前に、意外な伏兵に足元を掬われるかもね」

まどかは鼻を鳴らしながらそう言った。

「全く……あれじゃ上は狙いないわ。才能はあるのに……」


むぅ……確かに、と俺も思う。

が、優チャンは徐々に調子を上げて行くタイプだ。何とかなるだろう。

そんな事を考えている内に、どうやら優チャンの試合は終わったようだが……

「んにゃ?」

俺の目は、彼女の試合場の一つ向こうの試合場に釘付けになった。

お、おいおい……何だよ、アイツは……


「ん?どうしたの洸一?」


「いや、優ちゃんの向こう側の試合なんじゃが……変な奴がおるぞよ」

俺の視線の先ににいるその女の子は、空手着姿だった。

ただ、プロレスラーばりに白いマスク、覆面をしているのだ。

しかも額には、何故か『米』の文字。

仲間が殺られるとシューズのヒモでも切れると言うのだろうか?


「あぁ……彼女ね」

まどかはクスクスと笑った。

「あれがねぇ……さっき話した、私が特別に推薦した招待選手よ」


「あ、あれが?」

俺はホェ~っとした声を出しながら、試合を眺める。

いくら胴着に関してルールが無いとは言え、覆面はどうかと思うが……

「ふむ、やっぱお前が推薦したって事は……当然、強いんだろうな?」


「見ていれば分かるって」

まどかはニンンマリとした笑みを溢した。

何か良からぬ事を企んでいる時に見せる笑みだ。


ぬぅ……

一体、何が起こるって言うんだ?



俺はまどかの推薦した謎の覆面空手ウーマンの試合を、訝しげな表情で座りながら眺めていた。

まどかは余裕の表情で見つめているし、辛うじて判定勝ちを拾った優チャンも、その場で首を傾げてその試合場を見つめている。

ホンマに強いんかのぅ……

まぁ、まどかの肝いりだから、弱いとは思わんが……


やがて、審判の「始めッ」と言う合図が響いてきた。

そして俺は思わず「あっ」と驚きの声を上げ、腰を浮かしてしまう。

何故ならその覆面選手は、開始と同時に、まるでその辺を散歩しているかのように、全く無防備に相手選手の元へ向かってスタスタと歩き始めたのだ。

これには俺も、虚を突かれた。

ぬぅ……構えも取らず、ただ前進って……

もちろん、相手の選手も僅かに動揺した。

いきなりブラブラと歩きながら近づいてくる覆面選手に対し、サッと飛び退って一旦距離を取り、構えを取りながら体を小刻みに揺らしてタイミングを測る。

……なるほど。覆面の前進に合わせて突っ込む気だな。

と俺が予想すると同時に、相手選手は覆面の歩調に合わせて大きく踏み、そのまま流れるように素早い右の上段蹴り。

――うぉッ!?迅いッ!!

風を切り裂く華麗な右上段側頭蹴りだ。

だが……吹っ飛んでいたのは、何故かその蹴りを放った選手の方だった。

モロに吹っ飛び、壁にまで叩き付けられている。

覆面選手の同じ右上段蹴りが、先に決まっていたのだ。


「ま、あれぐらいは当然よねぇ」

まどかはニコニコと笑みを溢しながら言う。


「ば……馬鹿な……」

俺は呟いた。

常識を遥かに凌駕したスピードだ。

最初に蹴りのモーションに入ったのは、相手選手だ。

それが決まる間際、覆面選手の足が上がったと思うや、まるで雷の如くそれは相手選手の頭を捉えていた。

速度が段違いだ。

まさに雲耀の一撃。

既に人間としての領域を遥かに越えている速度だ。

あの覆面といい……本当は超人か何かじゃないのか?


「あれ?どうしたの洸一?そんな驚いた顔して……」

まどかが俺の顔を覗き込んでくる。


「……いや、普通は驚くだろう……」

俺は大きく息を吐き出した。

「お前が推薦した奴って言うのは、どれぐらいなものかと思っていたけど……これ程とは思わなかった」


「そう?」


「あぁ。なんちゅうか……俺の戦った山田次郎クン何かより、よほど強いと思うぜ。常軌を逸した強さって言うか、正直な話……新人戦に出てくるような奴じゃないぜ」


「まぁ……そうかもね。本気で遣り合ったら、私だってどうなるか分からないし……」


「そうなのか?」

ぬぅ……まどかと対等に渡り合えるのかよ……

やっぱ人類じゃねぇーぞ、アイツ。

「って、あれ?」


「どうしたの洸一?」


「ちょ……ちょっと待てよ?」

俺は額に手を当て、考える。

まどかと対等に渡り合える?

そんな女が、この世にゴロゴロ存在しているとは思えん。

俺の知る限り、この惑星上では唯一人だ。

その女の子は、会場に来ている筈だが、でも応援席にはいないし……

「お、おい、まどか。あの覆面選手、よもやまさか……」


「しーーーーーーーっ!!」

まどかは口元に指を一本当て、辺りをキョロキョロと見渡した。

「それは分かってても言わないの」


「お、おいおいおい……マジかよ」


「そーよ」


「そーよ……って、それはちょっとどうかと思うぞ?なんちゅうか、少年野球に大リーグの4番打者が紛れ込んでるようなモンじゃねぇーか」


「そんな事言ったってぇ。まさ…じゃなくて、あの覆面選手も、一応総合格闘技は初めての新人よ」


「そりゃそうだが……地球人の大会に金髪野菜星人が参加しているも同じだぞ?チートだぞ、チート」


「良いのよ。こっちにもそれなりに理由があるんだから」

まどかは少しだけ唇を尖らし、そう言った。


「理由?」

俺は眉根を寄せて尋ねる。


「そ、三つの理由よ。先ず一つは、優やみなもの為ね」


「優ちゃん達の?」


「そうよ。こんな事言うのはなんだけど……みなもや優の強さは、既に新人レベルじゃないわ」


「……確かに」


「だからさ、新人戦で勝つのは当然として、それで満足してはイケナイって言うか……上には上がいるって事を、身を以って分かって欲しいって事よ」


「な、なるほど…」

何となくだが、理解できる。

何事も、慢心は禁物だからね。


「そして二つ目の理由だけど、これはあの覆面にね、総合格闘技の面白さを分かって欲しいって事なの。実際にやってみて、その面白さに気付いてくれれば良いんだけど……」


ぬぅ……

そっか……うん、なるほどねぇ。

まどかは前々から、まさ…じゃなくて覆面姐さんが、TEPの総合格闘技に参加してくれる事を熱望していたからなぁ……

これは空手馬鹿一代の彼女にとっても、良い経験かもな。

「それで?三つ目の理由はなんだ?」


「へ?それは何て言うのか……何か面白そうだったから、ってことかな?」


「……それは理由になってねぇーよ」



瞬殺と言う言葉がピッタリな感じで相手を屠った真咲姐さんこと覆面一号は、ざわめきにも似た歓声を受けながら、一礼して悠然と立ち去って行った。

まどかは、

「じゃ、私はまさ……じゃなくて、覆面の様子でも見てくるわ」

と言い残し、手をヒラヒラさせながら去って行く。

それとは入れ違いに、興奮した顔で優チャンが駆け寄ってきた。

「せ、先輩ッ!!」


「よぅ、優チャン。先ずは初戦突破、おめでとう」

俺は片手を挙げて、気さくに挨拶。

そして次に渋面を作り、

「しかし、実になっちょらん試合だったな」


「あぅ…」

優チャンの表情が固まった。


「まどかも言ってたが、また悪い癖が出ちまったな。こんな調子じゃ、入賞なんて夢のまた夢、BY秀吉だぞよ」


「あぅぅ……わ、分かってます」

優チャンはキュッと唇を噛み締めた。

「は、初めてのTEPの公式試合で、体が思うように動かなくて……でもでも、もう慣れました!!次の試合からは大丈夫ですッ!!」


だと良いんじゃが……

実力も出せずに負けちまったら、優ちゃんの事だ、立ち直るのに物凄く時間が掛かりそうじゃからのぅ……

「そうか……うむ、なら安心だ」


「は、はいッ!!」

優ちゃんは決意を秘めた表情で力強く頷いた。

そして不意に表情を改めると、

「っと、それよりも先輩、さっきの試合見ましたか?」


「さっきの試合?」


「隣でやっていた、マスクを被った変な人の試合ですッ」


変な人って……アレは真咲姐さんなんだが……

「あ、あぁ……見たぞ。覆面姐さんの試合な」


「す、凄かったです……」

優チャンは興奮覚めやらぬ、と言った感じで、鼻息も荒く拳を握り締めながら俺に詰め寄る。

「あんなに早い蹴り、初めて見ましたッ!!」


「そうだな。確かに、俺も初めて見たわい」

真咲姐さん、動きがしなやかって言うか、ルールに縛られた競技空手の試合の時より、何倍も強かったもんなぁ……

まさに本領発揮、ってところだよ。

まどかの言う通り、総合格闘技に向いているのかもな。


「でも何であれほどの選手が、今まで無名だったんでしょうか……」


「……さぁ?色々と事情があるんじゃねぇーのか?」

俺はすっ呆ける。

「それよりも優チャン。あの覆面姐さん、Aブロックなんじゃが……優ちゃんが勝ち続けると、決勝で当たるぞよ。実際のところ、どうだい?勝てそうかい?」


「そ、それは……まだ何とも言えません」

優チャンは少し、困惑した顔になった。

「さっきの試合も、全然本気を出してないようでしたし……どれぐらいの強さなのか、見当が付きません」


「ま、そうだろうな」

俺も見当が付かん。

真咲姐さんが超本気を出したらどうなるんじゃろう……

富士山ぐらい、軽く爆発するんじぇねぇーのか?


「先輩はどう思います?」


「ん?ん~~……まぁ……なんだ、とにかく3位以内に入れば良いんだろ?だから頑張れ優チャン」


「あ、あぅ……それは私がギリギリ3番目と言うことですか?」


「考え過ぎだ、考え過ぎ」

ま、本音はそうなんだがねぇ……

「さ、さて、そろそろ俺様の2回戦が始まるかな?」


「え?もうですか?」


「何か、サクサクと試合が進んでいるからのぅ」

言いながら俺は、軽く腕を一回し。

うむ、姫乃ッチのヒーリング魔法で、腫れも引いたし痛みも収まったわい。


「が、頑張ってください、先輩。ところで2回戦の相手は?」


「もちろん、またもや優勝候補の一人だそーだ」

俺は乾いた笑みを溢した。

全く、自業自得とは言え、こうまで運が無いと笑うしかないねぇ。

……ま、笑っても福は訪れそうにないんだが。









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