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俺様日記~1学期~  作者: 清野詠一
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最期の晩餐



★6月10日(金) 


 明日はいよいよ、総合格闘技団体TEPの主催する高校生新人戦。

優チャンにとっては高校初、俺にとっては人生初の公式大会だ。

明日の大会の結果で、これからの生活、クラブ活動が変わるといっても過言ではない。

と言うのも、新人戦の3位までに入賞しなければ、全国大会の予選に出場できないのだ。

つまり、もしも4位以下だった場合、殆ど一年間、なーんにもする事が無いのだ。

だから明日の試合は、今年デビューする者にとっては、非常に重要な試合なのである。


ってな訳で本日は、姫乃ッチと共に優チャンから明日の事について色々と説明を受けながら最終確認。

明日は通常通り授業があるのだが……もちろん俺達は、そんなモンは無視して試合会場に行かなければならない。

ただ、TEP同好会が正式なクラブなら出席扱いなのだが、同好会なので、完全無欠のズル休みとなるのが、ちと問題だ。

ちなみに、穂波達も学校をサボって応援に駆け付けてくれる、と言うことだ。

有難いんだか迷惑なんだか……


さて、そんなこんなで早々に帰宅後、俺はスポーツバッグに必要な物を詰め込み、準備完了。

ま、必要な物といっても、そんなに大した物はいらない。

タオルに傷薬にお守りの類だけだ。

試合用の胴着は、優チャンが用意してくれていると言うことなのだが……一体どんな胴着なんだろう?

基本的にTEPの格闘大会では、胴着に関してこれと言った定めは無い。

よほど奇抜で無い限り、ほぼ自由だ。

ぶっちゃけ、スーツ姿で戦っても良いのだ。

これは、武道家足るものいつ何時、どんな状況でも戦う事が云々……と言う理念の元に、とか何とか言っているが、どうなんだろう?

何度も試合の映像を見たけど、殆ど格闘ゲームのノリだ。

女子の試合なんか、コスプレ大会かと思った。

ま、何にせよ、俺的には動き易い胴着なら、それで良い。

優ちゃんがどんな胴着を用意してくるのか分からないけど、あまり妙な格好は遠慮願いたいものだ。



「ふぃぃ~…さっぱりしたズラ」

喜連川家の巨大な風呂を堪能した俺は、ブラブラと自室へ戻り、テレビを点けてゴロリと横になる。

夕方のこの時間は、ニュースばかりだ。

と言うか、最近のテレビはニュースか情報番組がやたら多い。

餓鬼の頃は、もっとアニメとか多かったのにねぇ……

「にしても……さすがに少々、緊張しますねぇ」

ボンヤリと画面を見つめながら、俺は何気に呟く。

実はこの洸一、普段は超俺様、傍若無人の厚顔野郎に見えても、意外に繊細なのだ。

デリケートでナイーヴで、ぶっちゃけチキンなのだ。

自分で言うのだから間違いない。

生まれて初めての公式試合か……

喧嘩とは違い、大勢の観客や応援の人達を前に戦うのは、この世に生まれ出でてより初なのだ。

緊張しない方がおかしい。

……前日に緊張している俺もどうかと思うが……

ともかく、なんちゅうか不安だ。

しかも新人戦と言うことは、殆どが年下、一年生だ。

ただ年下が相手とは言え、対戦相手は須らく格闘の経験を積んだ猛者ばかりだろう。

二ヶ月前まで素人だった俺が、公式試合に出ると言うだけでも無謀なのに、そんな格闘エリート達を相手に、勝ち残ることが出来るのだろうか?

下手すりゃ一回戦で無様に負けるのではなかろうか?

皆の前で脱糞するほどボコボコにされちゃうのではなかろうか?

正直な話……怖い。

情けない話だが、ビビッてる。

優チャンは、先輩なら大丈夫ですよ、とか言うけど、何が大丈夫なんだ?

年下にボコられて洸一号泣……なんて事になってみろ、俺はもう二度と街を歩けないぞ。


「……あ~~……考えるな」

俺は頭を軽く振った。

考えれば考えるほど、気持ちがダウンしてくる。

明日のことは明日考えれば良いじゃないか……

ネガティブな思考でウジウジするのは、俺の性に合わない。

うむ、今日は気持ちの良いオ○ニーでもして、グッスリと眠ろう。

「……あれ?でも試合の前日はエッチな事をしちゃいけないって聞いたような気もするが……」

何てことを考えながら首を捻っていると、コンコンと規則正しいノックの音。

どうぞ、と返事すると、馴染みのメイドさんが顔を覗かせ、

「神代様。お夕飯の仕度が整いました」

待ってました♪

一日で一番楽しい時間の訪れだ。

「あ、そうですか」

俺は起き上がり、テレビを消していそいそと部屋を出る。

「いやぁ~今日もお腹が減りましたよ。なんちゅうか、飯の時間が人生で一番嬉しい時ですなッ」


「まぁ…」

メイドさんがクスクスと笑う。

そして何時にも増して可愛らしい笑顔で、

「今日の御夕飯は、特別メニューなんですよ」


「ほぅ……特別ですか」


「はい。神代様が明日の試合で頑張れるようにと、スタミナ料理を用意してあるのです」


「ほほぅ……それはまた、嬉しいですなッ」


「皆さん、大張り切りで作っておりました」


「ほぅほぅ……って、皆さん?」


「はい。今日はセレスさんにラピスさん、それにのどか御嬢様やまどか御嬢様までもが、神代様の為にスタミナ料理を……と、どうかされましたか神代様?お顔の色が急に土気色に……」


「あぅ…」

俺は笑顔で固まっていた。

セレスはともかく、ラピスやまどかが俺の飯を?

しかものどか先輩まで?

なんだ?

これはどーゆー嫌がらせだ?

明日は大事な試合の日なんだぞ?


「どうかなさいましたか、神代様?」


「い、いや……別に」

俺は力無く笑った。

「なんちゅうか……さっきとは違う意味で、むちゃくちゃ緊張しますな!!既に挫けそうです!!」


「……はい?」


「死の予感をビシバシと感じますわ!!わはははは……」



食堂に入った俺を出迎えたのは、美少女4人のステキな笑顔だった。

ラピスにセレス、まどかにそしてのどかさんまでもが、にこやかな笑みを湛えている。

小悪魔的な微笑……とか何とか世間では言うけど、俺から言わせれば、彼女達の笑みは大悪魔だ。

魔王の笑みだ。

人の世にあってはいけないものなのだ。


「えっへっへっ~……今日はねぇ、明日洸一に頑張ってもらう為に、みんなが腕によりをかけてご飯を作ったんだよ」

と、満面の笑みでまどかが言う。


なんちゅうか……余計なことはするなッ!!と声を大にして言いたい。

優しさや思いやりだけで充分なのに、何で行動に移すかなぁ?

学習能力がないのか?

セレスはともかく、ラピスやまどかの料理は、既に人としてどうよ?と言う壊滅的なレベルじゃねぇーか。

のどかさんに至っては未知数だし……


「そ、そうか……それはドウモアリガトウ」

俺は震える声で席に着く。

一体、何を食わされるんだか……

僕チン、明日の試合にちゃんと出場出来るんだろうなぁ?

オムツ着用とかはゴメンこうむるぞ。


「_では、先ずは私のスタミナ料理を……」

と、銀の蓋を被せたお皿を持ってやって来るセレス。

彼女の料理なら安心だ。

「_本日は、エネルギー効率の良いパスタにしてみました」

言いながら、蓋を開ける。


「ほほぅ……」

色的には少々地味目な感じだが、これは何のパスタかな?


「_納豆とオクラ、そして山芋の和風スープパスタです。カツオ出汁をベースにした、冷製パスタです」


「なるほど。これは美味そうだな。ネバネバ効果で精も付きそうだし」

栄養価も高そうだし、うむ、さすがセレスだ。

ただ、問題は残る3人なんじゃが……

ホンマに大丈夫か俺?

死なないだろうなぁ……

何とか無事に、明日を迎えられるかなぁ……


等と心から無病息災を祈りながら気付かれないように溜息を吐いてると、ラピスがウヒウヒ笑いながら、俺の前に皿を置いた。

「洸一しゃん!!本日はラピスのディナーショーにようこそなんでしゅっ!!」


何か言い出したぞ、このポンコツは。

「デ、ディナーショー?」


「はいでしゅ。今日は洸一しゃんの為に、スタミナ料理とラピスの歌と踊りをお楽しみ頂くでしゅっ!!」

そんな意味不明な事をほざきながら、いきなりラピスは眼前で腰をくねらせ、見る者を不安に陥れるような暗黒舞踏を繰り広げ始めた。

もうそれだけで僕はお腹一杯だ。


「な、何が何だか分からんけど、某剛田タケシもビックリなディナーショーだな」

俺は引き攣った笑みを浮かべながら、ラピスの持ってきた皿の上の銀蓋を取って石化した。

中身は、血も滴る極上のステーキだった。

ただ、生なのだ。

レアとかではなく、生肉なのだ。

本当に血が滴っている……と言うか、血塗れの肉塊。

料理とかそーゆー問題ではなく、これでは単なる猛獣のエサだ。

「こ、これを齧れと言うのかい?」

俺は力無く呟く。

ま、参ったなぁ……

これ、間違い無く食中毒になるよね?


と、今度はまどかが、いそいそとお皿を持って現れた。

「えへへへ~」

そして邪気の無い笑顔を向ける。

しかしながら手にしたお皿からは、禍禍しいまでの雰囲気が漂っていた。


な、なんじゃろう?

何か嫌な予感とやらをビシビシと感じるが……

これはもしかして、生命の危機を感知しているのか?

俺は蓋が被せてある皿を見つめる。

どんな相手でも粉砕できる天才格闘家のまどかが作る料理は、食った者の脳髄をも粉砕してしまうのだ。


「えへへへ~……ではっ♪」

まどかがサッと蓋を外した。

その瞬間、

「うきゃーーーーっ!?く、臭いっ!?臭くて目まで腐るぅぅぅぅッ!!」

俺は椅子から転げ落ち、そのままゴロゴロと床の上へを転げ回った。

な、何だこのトラウマを残すような匂いはっ!?

少し香りを吸っただけなのに、早くも膝が震えているぞよっ!!

ちなみにラピスは、踊ったままショートしていた。


俺は鼻を抓みながら、恐る恐るまどかの持ってきた皿を見つめる。

スープだ……

ツーンと凶悪な芳香を放っている、ドス黒い悪魔のスープだ……

「な、なんだよこれ……」

もしかしてウ○コかい?


「何って……スタミナ満点、クサヤとスッポンの煮込みよ」

まどかは胸を張って答えた。

「八丈島産の最高級クサヤと、天然モノのスッポンを丸ごと、じっくりと煮込んだのよ」

とても女子高生が考案したレシピには思えない。

「洸一の為に、丹精込めて作ったんですからね」

ちょっとだけ照れくさそうに、まどかは言う。


な、なるほど。

丹精を込めると同時に、何か邪悪な物まで篭めてしまったんだね?

いやぁ~……参ったなぁ……

俺はもうトホホな気分で一杯だ。

涙が自然に溢れて来てしまう。

すると、トリを努めるのどかさんが、トテトテと俺に近づき、ニコッと微笑みながら

「頑張りました」


「そ、そうですか……」

俺はゴクリと喉を鳴らす。

何故なら、彼女の後ろからメイドさんが3人掛かりで、何やら巨大な皿を運んで来たからだ。

な、なんじゃろう?

かなり大きいぞ?

園児だって入れる大きさだ。

――はッ!?

古代中国では、子供を丸蒸しにしたスタミナ料理や、栄代の頃は人肉は両脚羊肉と呼ばれて賞味されていたと話に聞いた事はあったが……よもや、まさか……

そんな俺の不安を余所に、メイドさん達はその巨大な長皿をドンッと目の前に置き、これまた巨大な蓋を外す。

モワッと白い蒸気が立ち上るや、俺は思いっきり、椅子ごと後ろへ引っ繰り返った。

「――どひぃぃぃッ!?」

目の前に現れたのは、こんがり焼けた巨大な爬虫類だった。

そいつと目が合ってしまった。

「な、なんですかこれはッ!!?」


「……コモドオオトカゲの黒焼きです。インドネシアはコモド島より直送しました」

のどかさんは淡々と言うが、既にこれは料理ではない。

悪魔の儀式だ。

「栄養満点、滋養強壮です」


「た、確かに、精は付きそうですが……」

その代わり、得体の知れない何かも取り憑きそうだ。


しかし……俺はどーすりゃ良いんだよぅ……

暗鬱な気持ちで椅子に腰掛け直し、俺は皆を見やる。

すると皆は、満面の笑顔で、

「さぁ、食べて下さい♪」

と言った。

直訳すると、死んで下さい、と言う意味だ。

「は…はははは……」

俺はもう、笑うしかなかった。








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