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俺様日記~1学期~  作者: 清野詠一
11/53

奴が来た!!


★6月09日(木) 


 今日はちょいと曇り空。

入梅も近いのか、湿気混じりの生暖かい気候の中、俺は朝から机に突っ伏し、惰眠を貪っていた。

体がだりぃ……

ここ最近のハードな部活の所為であろうか、体調がどうもシックリと来ないと言うか、まるで鉛を飲んだかのように重い。

人生、生まれて初めての格闘大会まで後二日。

今日と明日は体を休め、体調を整えておかないと……


「洸一クン?洸一クンや……」

頭の上から、委員長美佳心チンの声が響いてくる。

「もう放課後やで?そろそろ部活に行かへんと……大会は明後日なんやろ?」


あぁ……もうそんな時間か。

夢現の中、俺は何とか体に力を込めて起き上がろうと努力する。

優チャンも待ってるし、早く行かないと……


「伏原さん」

と、今度は穂波の声が耳に響いてきた。

「もうちょっと、寝かせておいてあげようよぅ」

と、クマ女には珍しく優しいお言葉。

「洸一っちゃん、最近はお疲れなんだよぅ」


うむ、さすが穂波。付き合いが長いだけあって、良く分かっていらっしゃる……


が、美佳心チンはどこか呆れたような声で、

「疲れなんかあらへん。どーせ洸一クンの事や、しょーもないTVでも見ていて、夜更かししたんやろーが」


……さすが美佳心チン。付き合いが短い割には、良く分かっていらっしゃる……

俺は寝ぼけ眼で苦笑を溢した。

あぁ、そうか。昨日、ゴロゴロとTVを見ていたら、何時の間にか3時を回っていたんだっけ。

だから朝からこんなに体が重いのか……

・・・

男子高校生の嗜みでもある、孤独の営みも4回ほどしちゃったしな。


「せめて後30分ぐらいは寝かせておいてあげようよぅ」

と、穂波。

美佳心チンもヤレヤレと言った溜息と共に、小さな声で、

「しゃーないなぁ。せやったら、ウチはその間にクラス日報でも纏めておこうか」

「だったら私は、洸一っちゃんのテーマ曲の2番でも考えていよーっと」


……あぁ、何て出来た女の子達なんだ。

優チャンには申し訳ないが、今は穂波と美佳心チンの厚意に甘えて、あと30分は安息を取らせてもらうか……

俺は微笑みながら、意識を再び深い眠りの底へと沈めて行こうとするが、

――バンッ!!

といきなり教室の扉が開く音がするや、ドタドタとけたたましく響く足音。

さらにはユッサユッサと俺の体は揺さぶられ、

「じ、神代さん!!起きてくださいよッ!!」

耳元でがなり立てる、あまり聞き慣れない野郎の声。


……コロス……

俺は寝惚け眼のままユラリと立ち上がるや、

「キェーーーーーーーーーッ!!」

奇声を発しながら目の前の野郎をぶっ飛ばした。

「貴様っ!!せっかく俺様の女達が気を利かせてくれたと言うのに……死ねっ!!死んで俺と穂波と美佳心チンに詫びろ!!」


「誰がアンタの女やねん」

と、美佳心チンが俺の頭をぺチンと叩く。

それと同時に、眠っている意識が段々と鮮明になって来た。


「がぅぅぅぅぅ……って、何だよ。誰かと思えば、なんちゃって不良の奥崎じゃねぇーか」


「ひ、酷いですよ、神代さん」

と、重力に負けたと言うか常に垂直方向にチャレンジしているミニマム奥崎が、パープの証でもある茶色に染まった髪を押さえながら、

「いきなり殴らないで下さいよぅ」

と、唇を尖らせ情けない声をあげた。

相変わらず、この不良はヘタレだ。

いや、うちの学校の悪ぶった連中はみんなそうなのだが……

この奥崎に至っては、そのヘタレっぷりは某長編料理漫画に出て来る副部長クラスなのだ。

だから見ていて面白いけど、少しムカつくのだ。


「で、何のようだ奥崎?」

俺はジロリと、小さな不良―性根はもっと小さい―を見下ろす。

「俺様の安眠を妨害したんだ。明確な理由が無い限り、今すぐにパロスペシャルで体中の骨を砕いてやるぞよ」


「か、勘弁してくださいよぅ」

奥崎は泣きそうな顔になった。

瞳もウルウルで、本当にこ奴は高校生か?

「じ、実は神代さん、あの野郎が来てるんですよ」


「はぁ?あの野郎って誰だ?」

俺は大きな欠伸をしながら尋ねる。


「ほら、この間、公園で神代さんとやりあった、あの野郎ですよ」


「公園……」

瞬間、俺の眠気は成層圏まで吹っ飛んでいった。

「み、御子柴かッ!?あのクソ野郎が来てるのか!!」


「そ、そうなんですよっ!!」

奥崎もどこか興奮したように声を荒げる。

「あのキザ野郎、校門の所で神代さんを待ってるんですよッ!!」


「や、野郎……俺様の縄張りに堂々と入って来るとは、いい度胸してるじゃねぇーか!!」


「ど、どうします神代さん?」


「どうするもこうするもあるか!!」

俺は唾を巻き散らしながら吼えた。

「あのクソ野郎には借りがあるからな。何しに来たのか知らねぇーけど、俺様がナシ付けてやらぁッ!!」


「や、やりますか神代さんッ」


「やらいでかっ!!行くぞ奥崎!!」

と、俺様は勢い良く教室を飛び出そうとするが、いきなり後ろからグイッと開襟シャツの襟首を掴まれ、

「ねぇねぇ洸一っちゃん。御子柴って誰?もしかして、テスト勉強の時に会った梅女の女の子?」

穂波が不思議そうな顔で尋ねてきた。

しかしながら、何だか異様に目がマジだ。


「ち、違うよ馬鹿。……みなもチャンの事じゃなくて、白凰のスケコマシ野郎の事だ」


「スケコマシ野郎?ふ~ん……で、何かあったの?」


「べ、別に……お前には関係ねぇ」

俺は言葉を濁す。

何故なら、俺様は男だからだ。

喧嘩に負けた相手だとは……例え穂波相手でも、おいそれと言えることじゃない。

それが男のプライドってモンなのだ。

だがしかし、男でもプライドを持っていない奴もいるわけで……

「実は俺も神代さんも、そいつと喧嘩してやられちゃったんですよぅ」

奥崎のチビは、何のてらいもなく、堂々と言ってのけた。

本当にこの馬鹿は……一度殺して埋めてやろうかしらん?



「ふぇ?」

穂波はキョトンとした顔をし、二三回瞬きを繰り返すと、

「洸一っちゃん……喧嘩で負けたの?」


「そ、それは……」

「そうなんですよぅ」

と恥じらいも無く奥崎。

俺はそんな彼奴の頭を素手で鷲掴みながら、万力のように締め上げた。

「ま、まぁ……なんだ、あの時は運が悪かったんだよ。ちょいと油断したんだよ。お腹も痛かったし……」


「洸一っちゃんが負けた……」

穂波が呟く。

そして美佳心チンは、

「なんや、負け犬かいな」

ヘッと鼻で笑ってくれた。

洸一、ちと悔しいぞよ。

「で、その御子柴っちゅう白凰の生徒が、わざわざウチの学校に来てるんやろ?洸一クン、舐められてんなぁ」


「その通りだ美佳心チン。俺様のテリトリーに足を踏み入れやがった……肉食獣なら命懸けで戦うシチュエーションだぜ。あのクソ野郎、このまま無事に帰れると――」

「――ケェーーーーーーーーーッ!!」

「ハゥァッ!?」

いきなりな穂波の怪鳥チックな叫びに、俺は思わず飛び上がってしまった。

奥崎に至っては、既に逃げ出そうとしている。

さすがヘタレだ。

「な、なんだ?一体どうした、穂波?……また発作が出たのか?」


「洸一っちゃんの敵は私の敵だよっ!!」

鼻息も荒く、穂波が手をブンブンと振り回しながら吼えた。

「私の洸一ちゃんを傷付ける奴は、地獄へ落とすよ!!」


お、おやまぁ……いきなり昂ぶってますねぇ。

「お、お前の洸一ちゃんと言うのが誰だか知らんが、取り敢えず落ち着け」


「殺す殺す殺すぅぅぅ……レバーを刺して血の海へ沈めてやるよッ!!」


ぬぅ……

本当にやりそうで怖い。

「ほ、穂波。気持ちは嬉しいが、これは俺と御子柴の問題で……」

そう俺は優し声色で彼女を宥めようとするが、

「ぎゅぷぎょぷ……ぎゅぷぎゅぷ……ぎぷーーーーーーーッ!!」

既に穂波は、某ゲンセンカンの女将のような声を上げ、完璧にテンパっていた。

こりゃダメだ。

「奥崎!!御子柴の事は俺に任せて、貴様は穂波を押さえていろッ」


「わ、分かりました」

奥崎は頷き、狂い始めた(最初から狂っているが)穂波の肩を押え付けながら、

「あ、姐さん!!どうか落ち着いて下せぇッ!!」

「離せチビク○サンボッ!!洸一っちゃんの仇は、私が取るんだよッ!!URYYYYYYYY!!」

「ひぃぃっ!?じ、神代さん、早く!!」


「おうッ!!後を頼むぞ奥崎!!」

そして穂波……ありがとよ。

この俺の為に怒ってくれているクマ女に対し、心の底で感謝しつつ俺は教室を飛び出した。

御子柴ぁぁぁぁ……

あのクソ野郎、一体何しに来やがったんだか。



エンジン全開、高速で校舎を駆け抜け校庭に飛び出した俺は、鷹のような目で辺りを見渡し、

「むっ、いやがった」

御子柴のクソ野郎を発見した。

彼奴は校門脇に、悠然と佇んでいる。

白ランだから否でも目立つ。

そしてそんな彼奴の周りを、ヘタレとしてこの辺りで非常に馬鹿にされている不良集団、菊田率いる菊田サーカスの面々が取り囲んでいた。

ちなみに菊田サーカスとは、俺が付けた愛称だ。


さて……

俺はフンッと鼻息も荒く、肩で風を切りながら校門に近づき、

「よぅ、菊リン」


「ん?あ、神代くん…」

不良集団の頭を務める、似合わないデザインパーマが特徴的な菊田が、ササッと脇に逸れて俺に道を開けた。

そして顎をしゃくるようにして御子柴を指し、

「あの野郎が、神代クンに用があるとか…」


「ほぅ……俺様を名指しか」

俺は御子柴を睨み付けた。

タイガーと呼ばれた……事は無いけど自分で呼んでいる鋭い眼光でだ。

だがしかし、彼奴は悠然と構えていた。

敵地へ単身乗り込んで来たにも関わらず、泰然としている。

それだけ、腕に覚えがあるのだろう。


「……やぁ」

御子柴は薄ら笑いを浮かべ、サッとサラッサラの前髪を掻き上げた。


くっ……

相変わらず、人を舐めた態度だ。

どーしてコイツの仕草は、こうも俺を苛立たせるんだか……

穂波じゃないけど、一度本当に刺してやろうかのぅ。

もちろんナイフとかじゃなくて、尻にでっかい大根でもな。

その時にも、そのニヤついた笑みを絶やさなかったら、俺は潔く負けを認めても良いぜ。



俺は胸を張り、轟然と御子柴を睨み付けていた。

彼奴は彼奴で、口元に微笑を湛え余裕の表情。

「ふんっ、俺様のテリトリーに堂々と乗り込んでくるとは……さすがTEP全国大会3位の猛者だ。良い度胸ですなッ」


「……」

御子柴はフッと笑みを零す。

そんな彼奴の仕草に、不良の菊リンが、己がヘタレであると言うことを忘れているのか、『おぅおぅおぅッ』と盛りの付いたオットセイのような声を上げながら詰め寄った。

「テメェ……何ニヤついてるんだよ!!おぅッ!!」


「……クズが」

御子柴は呟き、目を細めて菊田を睨み付けた。

鋭い眼差し……

殺気の篭った、実に格闘家らしい目つきだ。


「お……おおぅっ!?」

御子柴のメンチに、菊田が一歩下がる。

う、うぅ~ん……

此方は逆に、何てしゃばいんでしょうか。


やれやれだねぇ……

「下がってろ、菊リン」


「じ、神代クンッ。こいつ、俺達を舐めてますよっ!!」


そりゃ舐められるだろう……

ってゆーか、達じゃなくて、お前個人がな。

「いいから、下がってろ」

俺は菊田の肩に手を置き、彼を下がらせた。

そして御子柴の野郎を睨み付けながら、

「俺様に話があるんだってなぁ……カメ虫」


「……カメ虫?」


「俺が付けた貴様のコードネームだ」

御子柴って言うと、みなもチャンを連想させるからね。

だからこやつはカメ虫で充分なのだ。

ま、本当はクソ虫とかチン○ハサミとか直球でウ○コとか呼んでやりたい所なのだが、如何せん、人前で呼ぶと俺の方が恥ずかしいしな。

「で、わざわざ俺様の学校にやって来てまでの話って言うのは……何だカメ虫?」


「……」

御子柴はフッと再び笑みを溢し、前髪を掻き上げた。


ぬ、ぬぅ……

俺様の挑発にも、全く動じてない。

逆にこちらが気圧されるぐらい、冷静だ。

チッ、去年の新人王は伊達じゃないってか……


「神代……洸一君」

御子柴は腕を組み、キザな感じで俺の名を呼んだ。

その声、その仕草だけで実に虫唾が走る。

「出来れば、二人っきりで話したいのだが……」


「……良いだろう」

俺は菊田達に、目で下がるように合図した。

「で?話ってのはなんだ?手短に頼むぜカメ虫。何せこちとら、テメェには借りがあるからな。下らねぇ話だったら、速攻、叩き潰してやるぜ」


「おぉ、怖いねぇ…」

御子柴は薄ら笑いを浮かべた。


くっ……ム、ムカつく……

って、俺が挑発に乗って、どないすんねん。

洸一、少し落ち着け……

って、落ち着けって考える時点で、既に落ち着いてない証拠だと、何かの本に書いてあったな。


「実は君に、少し尋ねたい事があってね」


「は?尋ねたい事?」


「単刀直入に聞くが……君は喜連川クンの、何だね?」


「…………はぁ?」

俺は思いっきり呆れた顔で、マジマジと彼奴を見つめた。

「喜連川クン……って誰だよ?もしかして、まどかの事か?」


「そうだ」

彼奴は真面目な顔で頷いた。

「喜連川財閥の御令嬢にして、格闘の天才、闘姫と渾名される喜連川まどかクンのことだ」


闘姫ねぇ……

俺に言わせりゃ、ただの破壊魔だぞ?

しかも前世は魔王だ。

うむ、何ておっかねぇ存在なんだ。

「で?俺とまどかがどうしたって?」


「君は喜連川クンと、付き合っているのかね?」


「…………はぁぁぁ?」

俺は更に呆れた顔で、カメ虫を見つめた。

この馬鹿、一体何を聞きたいんだ?

俺とまどかが付き合っているのかだって?

・・・

え?何それ?罰ゲームか?


「どうなんだい?君は彼女と付き合ってるのか、いないのか?」


「付き合ってるワケねぇーだろッ!!」

俺は吐き捨てるように言うや、ドスの利いた低い声で、

「テメェ……そんな下らねぇ話で、この俺様を呼び出しやがったのか……」

こうなったらもう、ブチ殺しても仕方ありませんね。

心の臨時国会も、満場一致で殺人を許可しましたぞよ。


「下らない事ではないな」

御子柴は低い声で笑った。

「君と喜連川クンの噂などを聞き、少し心配になったんだよ」


「し、心配?」


「そうだ。君の悪行はウチの学校でも知れ渡っているからねぇ。……そんな君が、もし仮に喜連川クンと付き合っていたら、これは彼女の為にならないどころか、格闘界にとっても大きな損失だ。それに正直なところ、僕自身、君と喜連川クンは不釣合い、分不相応だと思っているからね。ハッハッハ……」


「……」

え、え~と……俺、もしかして物凄く馬鹿にされてる?


「ま、これで安心したよ」

彼奴は鼻を鳴らし、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「あ、安心だと……」

こ、この野郎ぅぅぅ……

怒りが沸沸と沸き起こり、手足がブルブルと震えてくるが……ここは我慢だ、俺ッ!!

耐えろ!!

超耐えろ!!

屈辱に耐えてこそ、見出せる勝機もある筈ッ!!

それにだ、認めたくはないが、このカメ虫は強い。

怒りに身を任せて突っ込んでも、返り討ちに遭うだけだ。

ここは冷静に……冷静に状況を見極めるんだッ!!

・・・

ストレスで胃に穴が開きそうだがな!!



カメ虫こと御子柴は、取って付けたような爽やかなスマイルで俺を見つめていた。

薄ら笑いを浮かべている、と言っても良いだろう。

しっかしこの馬鹿、わざわざ俺とまどかの関係を聞く為だけに、ここまでやって来たのか?

俺は冷静になって考える。

だとしたら、何故だ?

彼奴をこうまで駆り立てる原動力は何だ?

・・・

まどかか?

ふむ……と言うことは、もしかして……

「なるほどな」

俺はニヤリと笑みを零した。

「何が格闘界の損失だ。このスケコマシ野郎が」


「……どういう意味だ?」


「テメェが最低の女誑しって言う噂は、俺の耳にも入ってるんだよ。この女衒野郎が」

もちろん、嘘である。

残念ながら、そんな噂は聞いたことは無い。

あくまでも俺様の直感だ。

「で、今度はまどかが狙いってワケか」


「……ゲスの勘繰りだな」

御子柴の顔つきから、薄ら笑いが消えた。

「ただし、一つだけ言えるのは……君よりも、遥かに僕の方が彼女には相応しいという事だ」


「ほぅ……」

ふん、クソが。

チラリと本音が出てやがるぜ。

あんなアマゾネスみたいな女のどこが良いのか分からんわい。

いや、まぁ……確かに美人だし性格もサッパリとしているけどさぁ……

ともかく、このネタで攻めてみるか。

カメ虫野郎を煽って、怒らせてやろう。

そのニヒルぶった仮面、この俺様が剥がしてやるっちゅーねんッ!!

「カメ虫の分際で、相応しいときましたか……くっくっくっ」


「……何がおかしい?」

御子柴の整った細い眉(おそらく抜いてる)が、微かに吊り上る。


「笑える話だな、カメ虫。そーゆーのを世間では、自意識過剰って言うんだよ」

俺はわざと下卑た笑みを浮かべてやった。

「世界でお前ほど、まどかに相応しくない野郎はいねぇーよ。カメ虫はカメ虫らしく、部屋の隅で屁こいて死んでろ」


「……ほぅ。相応しくないか。で、その根拠は?」


「説明より、まどかに告った方が早いんじゃねぇーか?ま、そして完璧に振られて自分の愚かさを知るが良いわさ」


「……ふんっ、それで煽っているつもりか?」

カメ虫はわざとらしく、まるで特攻かまして死んじゃった某大佐のように指でサラサラの前髪を弄ぶ。

そして至極冷静な声で、

「どうやら、君は僕を怒らそうとしているようだが……そんな手には引っ掛からないよ」


強いねぇ……

プライドも高けりゃ、自己愛も強いですねぇ。

「そりゃどうも。だけど俺は、親切で言ってるんだがなぁ」


「親切?」


「まぁな。テメェみたいなゲス野郎でも、女に振られて泣いちゃうのは、同じ男として可哀想だからな。今のうちに真実を教えてやろうと思ったんだよ」


「真実……と、来たか」


「ま、ぶっちゃけた話……簡単に言うとだ、まどかはお前みたいな男は大っ嫌いなんだよ」

言って俺は、低い声で笑ってやった。

「アイツはその辺のパープー女と違って、見た目じゃなくて人の内面を見抜く事が出来るからな。お前みたいな女の子を性欲処理の対象にしか思ってない男は、毛嫌いするんだよ。分かったか?分かったんなら、お前はお前に相応しい、すぐに股を開いてくれる貞操観念の欠如した馬鹿女とでも遊んでな。もしくは部屋で独りエッチでもしてろ」


「失礼なこと言うな、君は」

御子柴の手が、僅かに震えていた。

平静を装ってはいるが、怒りが溜まって来ているようだ。

「そもそもどうして君が、そこまで言い切ることが出来る?君は単なる、喜連川クンの友達だろうに」


「誰が友達だと言った?」

本来なら、俺様と俺様のガーディアンと言う関係なのだ。

ま、現在は何故か、女王様とその下僕って感じだがな。


「ん?違うのか?だとすると……君は喜連川クンとは付き合っていないワケだし、友達でもない。つまり……単なる知り合いか?顔を知っているだけの関係か?そうか……それならば納得が行く」


「そうやって、無理に自分を納得させてるテメェに、ちと同情を覚えるぜ」

俺は大きな声で、これ見よがしに笑ってやる。

「確かに俺は、まどかとは付き合っていない。付き合ってはいないが……あれは俺の女だ」

もちろん、大嘘である。

ブラフでこのカメ虫を追い込んでやる。


「……」


「分かったか、横恋慕野郎?俺様の女に、ちょっかい出してるんじゃねぇーよ」


「……下らんな」

御子柴は吐き捨てるように呟いた。

「君みたいな下賎な男が喜連川クンとなんて……ふ、有り得ん話だな」


「そうやって現実から目を逸らしてりゃ良いさ」

俺はさらに追い討ちをかける。

「まどかは俺様ハーレムの主要メンバーだからな。アレは良い女だぜ?つーか、アイツを女にしたのは俺だし、日々俺好みの女になるように仕込んでいるからのぅ。……来年には、澪香って娘も生まれる予定だしなッ!!はっはっはっ…」

うぅ~む、我ながら何て恐ろしいことを口走ってるんだか。

万が一、まどかに聞かれたら、確実にクール宅急便で地獄へ送られるのぅ。


が、俺の大嘘は、御子柴にはちょいと効いていた。

彼奴は拳を震わせ、俺を睨み付けている。

「き…貴様……」


もう少しだ……

「ふふふ……っと、そうだッ!!今度テメェの妹のみなもチャンも、俺様ハーレムの面子に加えてやろうかにゃ?小さくて可愛いしのぅ……実は小生、ロリな女の子にも興味深々で御座るから」


「――くっ!!」

瞬間、御子柴の体が沈み込んだと思うや、あっという間に間合いを詰めて来た。

そして鋭く尖った拳が、俺の顔面に襲い掛かる。


うげッ!?速いッ!?



――は、速いッ!?

風を切り裂くような御子柴のパンチ。

だが、俺は至って冷静だった。

速いけど……モーションが大きいぜッ!!

怒りに我を忘れているカメ虫の攻撃は、迫力はあるが、ただそれだけだった。

俺は半身を開きながら素早いパンチを躱すと、そのまま目の前を通り過ぎて行く奴の手首を掴み、その勢いを利用しての投げを一閃。

彼奴は声を出す暇も無く、無様に学校の塀に背中から投げつけられた。

ふっ、どうだっ!!

少し離れた所から見ている菊田達から、おおっ!!と歓声が上がる。

俺様も大満足だ。

これでこの間の仇は取ったわい。

うむ、やはり俺は出来る子だね。

カメ虫退治ぐらい、余裕ですたーーーいッ!!

等と思ったのも束の間、御子柴は何事も無かったかのように平然と立ち上がった。

そして制服に付いた埃を軽く払いながら、

「……これで一勝一敗か」

と、冷静さを取り戻した声で呟き、目を細めて俺を見つめた。


チッ…

俺は心の中で舌打ち。

さすが、場数を踏んでる事だけはあるぜ……

もう冷静に戻りやがった。


「ふん、僕ともあろう者が、君の挑発に乗ってしまうとは……」


「は?挑発じゃねぇよ。真実だ。何しろ俺は、太陽のように魅力的な男だからな。女どもが放ってはおかんのよ……がははははッ!!」

言い返しながらも、俺は必死に、頭の中で今後の戦闘プランを組み立てて行く。

マ、マズイなぁ……

マズイですよ、これは。

こんなに早く立ち上がるとは、予想外だ。

基本戦闘力に差が有り過ぎなこの現状、さっきの投げでもう少しダメージを与えていれば……


「ふ……ただの喧嘩屋だと思っていたが、今の投げ技を見る限り、そうでもないらしい」

御子柴がゆっくりと構えを取った。

「今日は話をしに来ただけだが……負けっぱなしと言うのは性に合わなくてね」


「へっ、盛りの付いた負け犬の分際でよく言うぜ。いや、カメ虫だったか」

ど、どうする?

今の攻撃でダメージを与えるどころか、逆に本気にさせちまったよ。

うぅ~ん、困ったですな。

こりゃあ俺も、ちっとは腹を括って戦わないと……

「こっちも最初からな、テメェを無傷で帰そうなんて、思ってねぇーよ」

俺も同じように構えを取った。

さて……

現時点での俺の力が、去年の新人王にどれだけ通用するか……


「……喜連川クンの知り合いとて、容赦はしないよ」

カメ虫の口元が綻ぶと同時に、殺気が溢れ出した。


――来るっ!!

ガードを固めて迎撃体制。

と、その時だったッ!!

校舎方面から、『プギィィィーーーーーーーーーーッ!!』と寒気のする奇妙な雄叫びが響くや、『お、お助けーーっ!!』と泣きそうな奥崎の声。

な……なんだ?

と戦いの最中ではあるが、気になってチラリと視線を向けるや、

「げっ!?」

俺は腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。


号泣しながら駆け寄ってくる奥崎。

そしてその後ろから迫る、何か得体の知れない者(おそらくクマ三郎)が憑依したかのような形相の穂波。

そんな彼女の手には、どこから調達してきたのか、巨大なハサミが握られていた。

まるでシザーマンだ。


「たたた、助けて下さい神代さんっ!!」

奥崎は菊田達を押し退け、俺にガバッと抱き付いてきた。

「あ、あの人、尋常じゃないっスよっ!!」


「いや、それは俺も良く分かっているが……」

なんて戸惑っていると、何時の間にか穂波は、御子柴の前に佇んでいた。

カシャカシャと巨大なハサミの音を響かせ、ガルルルルゥとクマのように唸っている。

悪夢のような光景だ。

さすがの御子柴も、かなり戸惑っていると言うか、ちょいとビビり入っている。


「な、なんだ君は……」

「コロス。洸一っちゃんの敵は、コロス……」

既に会話が成り立っていない。

「……お、おい貴様」

御子柴は腰が抜けている俺を睨み付けた。

「この学校では……こんな怪生物を飼っているのか?」


「……うん」

俺は素直に頷いた。


「くっ…」

御子柴は構えを取ったまま、少しだけ後ずさり。

と、そんな彼奴の背後に、スッと人影が立った。

「――ッ!?だ、誰だっ!?」

気配を感じ、慌てて振り返る御子柴。


「あん?」

そこには美佳心チンが佇んでいた。

分厚いメガネの奥の瞳を光らせ、御子柴を睨み付けている。


「な、何だ君は……」

御子柴は更にうろたえている。


「あんたが御子柴君か」

関西独特のイントネーションで、美佳心チンはそう言うと、やおら手を伸ばして御子柴の胸倉を掴み、

「ウチの名は、伏原美佳心や。こう見えても神戸では、赤い稲妻っちゅう名で、ちっとは有名なんや」

「……は?」

「で、アンタが洸一クンの敵なんやな?」

言うや美佳心チンはニコッと微笑み、何の前触れも無く凶悪な膝蹴り。

ボグッと鈍い音とともに、それは見事に彼奴の股間にめり込んでいた。


――うひぃぃぃっ!?

思わず俺は、自分の股間を押さえてしまう。

な、何ておっかない……

ダイレクトに直撃したぞ。

あれ、もしかして潰れたんじゃねぇーか?


「あ…が……うぅぐぐ……」

御子柴は声にならない声をあげ、股間を押さえながら倒れた。

少しだけ体が痙攣している。


「何や、噂ほどやないやないけ」

美佳心チンは至極冷静にそう言うと、倒れている御子柴の頭を蹴った。

「ほな榊さん。見せしめや……剥いちゃってエエで」

「ケェーーーーーーーッ!!」

穂波は嬉しそうな奇声を発した。

そしてその巨大なハサミで、ジョキジョキと彼奴の制服を切り刻んで行く。


じ、地獄だ……

地獄絵図が目の前で展開しているよぅぅぅ……

俺は奥崎と二人、抱き合ったままその光景を見つめていた。

さすがの俺様も、カメ虫にちと同情してしまう。

「あ、あのぅ……もうその辺で充分じゃないでしょうか?」


「あん?」

美佳心チンはジロリと俺を睨み付けた。

「なんや、せっかくウチと榊さんが、洸一クンの仇を取ってる最中やのに……」


「い、いやだって……既に泡吹いて白目剥いてるんじゃが……」

しかも制服もズタボロで、パンツ一丁状態だし。

いくら俺でも、そこまで酷い事は出来ないよ。


「……せやな」

暫く御子柴を観察した後、美佳心チンはフゥ~と溜息を吐いた。

そしてメガネを外してそれをハンカチで拭きながら、

「じゃ、最後の仕上げや。榊さんや、このボロクズみたいな男、焼却炉に叩き込んでおこーや」


――ひぃぃっ!?

「いやいや、美佳心チン。さすがにそれはやり過ぎだと……」


「なんや、洸一クンは存外、甘い男やなぁ」


「……そーゆー問題か?」



御子柴イベントを速やかに処理した後、俺はいつも通り裏山へ向かうと、

「遅いわよ洸一ッ!!」

何故かまどかがそこにはいた。

優チャンと何やら話していた彼女はジロリと俺を睨み付け、

「全く、グズなんだから」

と息巻いている。


ぬぅ…

あのカメ虫野郎、こんなカルシウム不足かつ血圧の高そうな女の、どこが良いんだろうねぇ?

「ンだよぅ。何でお前がここにいるんだよぅ」


「ちょっと真咲に用があるの」


「真咲姐さんに?なんだよぅ……何か良からぬことの相談か?」


「洸一には秘密よ」

まどかはそう言葉を濁すと、おもむろにズイッと俺に近づき、

「それよりも、何でこんなに遅いのよ。今日は明後日の新人戦について、色々と心構えとかを説いてあげようと思ってわざわざ来たのに……」


「え?いや、真咲姐さんに用があるって言ったような……」


「うっさいっ!!」

まどかはプゥ~と頬を膨らませた。

「洸一の分際で口答えは10年早いわよ!!」


「あぅ…」

ま、全く何て超自己中な女なんでしょうか……

「う、うるせーなぁ。こちとら、ついさっきまでカメ虫登場イベントをこなしていたんだよ。だから文句を言うにゃ」


「……カメ虫ってなによ?」


「あん?カメ虫とは、臭くて小さい害虫のことだ。……学名は御子柴って言うんだがな」


「……へ?」

まどかは瞳をパチクリとさせ、優ちゃんと顔を見合わせた。

そして少しだけ戸惑ったような声で、

「御子柴君が……来たの?」


「親しくクン付けで言うにゃっ!!彼奴はカメ虫で充分じゃいっ!!もしくはウ○コ」


「あ、相変わらず洸一は粘着気質って言うか……で、彼は何しに来たの?もしかして……喧嘩?」


「実質的には、喧嘩を売って来たって事になるのぅ」

俺は遠い目で空を見上げた。

「ふん、あのクソ野郎が。カメ虫の分際で、生意気にも横恋慕しやがってからに……」


「横恋慕?」


「え?あ~~……いやいや、そーゆーワケじゃねぇーけどな」

俺はコホンと咳払いを一つし、

「なんちゅうか……ぶっちゃけた話、あのカメ虫は、お前に惚の字(死語)らしいぜ」


「わ、私?」

まどかは驚いた感じで瞬きを繰り返し、優チャンも『うわぁ』と声を上げる。

「ふ、ふ~ん……そうなんだ。御子柴クンがねぇ……ま、なんとな~く、そんな感じはしてたんだけどねぇ」


「だからクン付けで呼ぶにゃ。ったく……」


「それで?何で洸一がそんな事を知ってるの?もしかして……彼、洸一にそんな事を言ったの?」


「それとなくな。あのカメ虫野郎、この神々しいまでに魅力的な俺様が、お前の側に居る事が気に入らないみたいでな。いきなりやって来て、まどかと付き合ってるのかどうとか聞いてきてよぅ……最終的には、『君は喜連川クンに分不相応な男だからこれ以上は近づくな。彼女には僕チンが相応しい也』的な事まで言いやがったぜ。……普通、殆ど初対面に近い男にいきなり言うか?そんな事を」


「ふんふん、それで?」


「それでって……まぁ、そこまで面と向かってハッキリ言われりゃよぅ……さしもの菩薩と呼ばれた俺様も、修羅に切り替わるぜ。余りにも人を舐めた口振りだったんでな。だから俺様の正義の拳で、ブブイーンとカメ虫退治をしてやったんよ。がははのはッ!!」


「ふ、ふ~ん……そんな事があったんだぁ」

まどかは独りウンウンと頷くと、ニコッとさも嬉しげに微笑み、

「えへへへ……そっかぁ。洸一、私の為に御子柴クンと争ったんだぁ♪」


「……あ?舐めんなよ、貴様?」


「な、なによぅ……違うって言うの?」


「全然に違うわ!!俺はあくまでも、男の誇りに掛けて戦ったんだ。お前がどうこうとか……そーゆー事はないッ!!」


「あら?素直じゃないわねぇ。……本当は少し妬いてたクセに」

まどかはウヒヒと笑いながら、俺様の頬を指で突っ突いてきた。

「でも安心よ。彼……どちらかと言うと、私の嫌いなタイプだからね」


「だから、何が安心なんだよ……」

くっ、何を誤解してるんだかねぇ、このアマゾネスは。


「でも……洸一、本当に御子柴クンを倒したの?彼、あれでも去年の新人王なんだよ?」

「そして全国3位です」

と優チャン。


「……まぁ……正直に言って、彼奴を壁に叩き付けたまでは良かったんだがな。その後、事も無げに立ち上がりやがった。あのカメ虫、性格は最低だが、格闘能力だけは認めざるを得んわな」

こんな事を言うのは非常に悔しいが……

彼奴の実力は、現時点において、俺のそれを遥かに凌駕しているのだ。


「彼の場合は天性というか、血ね。それで洸一、それからどーなったの?何か無傷っぽいけど……まさか本当に勝っちゃったの?」


「まさか、とは何だ、まさかとは」


「え?だったら本当に……」


「……いや」

俺は力無く頭を振った。

「正確に言うと、俺様が叩きのめす前に、彼奴はクマ神様の崇りに遭いました。制服を切り刻まれ、パンツ一丁状態になったカメ虫クンは、今でも裏門辺りに放置されているでしょう」


「は、はい?」


「つまりだ、世の中で一番強いのは、精神の箍が外れているヤツって事だよ。さしもの全国3位も、真性のキ○ガイには勝てないって事ですわ。がはははは……」


「???」





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