それ行け洸一~青春旅情編~
★6月08日(水)
梅雨入りも近いせいか、何だかどんより曇った朝の通学路。
俺は待ち伏せていた穂波と共に、ブラブラと我が学び舎へと向かって歩いている。
ま、それはいつもの光景だ。
いつもの光景なんじゃが……
「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉこここここここ洸一っちゃん♪洸一っちゃんたら洸一っちゃん♪がおがおがおーーーぅ♪」
穂波は、何だか心を不安にさせる珍妙なメロディに乗せて、ワケの分からない歌を口ずさんでいた。
しかも大声でだ。
どう見ても正気には思えない。
同じ通学路を歩いている生徒達も、戦々恐々とした顔で、遠くから見守っているではないか。
「あ、あのぅ……穂波さん?さっきから、何を歌っているんでしょうか?」
「ふぇ?」
穂波はきょとんとした顔を俺に向けた。
そしてヤバイぐらいステキな笑顔で
「何って……決まってるでしょ?私が作った洸一っちゃんのテーマ曲だよぅ♪がおぅ♪」
「あ、あらまぁ…」
もう、なんとコメントして良いのやら……皆目、見当もつきません。
もしかして梅雨時だから、頭の味噌にカビでも生えたのかな?
ま、そんなこんなで、穂波を遠くに感じながら歩くこと数十分、ようやくに学校に着くや、
「んにゃ?なんじゃ?」
校舎の入り口にある掲示板に、黒山の人だかりが出来ていた。
「何だろうね、洸一っちゃん?」
と、穂波も首を傾げている。
「さぁな。掲示板なんか、普段は誰も見向きもしないんじゃが……」
なんて事を呟きながら、俺はのっしのっしと肩で風を切りながら掲示板に近付く。
黒山の人だかりは、ザザッと音を立てて二つに割れ、俺様を通した。
まるでモーゼになったような気分だ。
「さてさて、一体なんじゃろうねぇ?」
腕を組み、掲示板に張られてある無数の連絡事項や保健委員の作った『食事の前に手を洗いましょう』とかのどーでもいい事柄の書かれたプリントに目を通して行くが、今週の生徒会便り、と言う一番隅に貼ってあるプリントを目にした所で、俺様の時は止まった。
「な゛ッ……なんじゃこりゃーーーーーーっ!?」
「ど、どうしたの洸一っちゃん?」
「どうしたもこうしたもあるか!!これを読んでみろ穂波っ!!」
「う、うん…」
穂波が俺の指した貼り紙に目を向ける。
「え~と……生徒会より重大発表。女子体操服の変更について。……あれ?体操服が変わるんだ?」
「つ、続きを読め!!」
「うん。えと……今年度7月1日より、女子生徒のブルマーを廃止し、ショートパンツに切り替えます。尚、学校指定のショートパンツは、購買部にて発売の予定。ふ~ん……」
「ふ~ん……って、納得するな!!このドアホゥめ!!」
「うわっ!?ど、どうしたの洸一っちゃん?大きな声出して……」
「貴様ぁ……それでも俺様の幼馴染か!!俺の憤り、心の慟哭が理解出来んのかっ!!」
「何をそんなに怒っているのか、分からないよぅ」
「でぇーい、この非国民のクマ女め!!」
俺は掲示板に思いっきり拳を打ち込み、
「ここを読めっ!!ブルマーを廃止、と書いてあるだろうがっ!!」
「う、うん」
「分かるだろ穂波!!ブルマーこそ、日ノ本の象徴だぞ!!後世に伝えるべき文化遺産なんだぞ!!」
「そ、そうなんだ」
「おのれ生徒会めぇ……この俺様の許可無しに、勝手に体操服の規格を変えるとは……もはや許せんッ!!」
「許せんって言っても、仕方ないよぅ」
穂波は激昂する俺の制服を摘み、クイクイっと引っ張る。
「この辺りの高校は殆どショートパンツに変わってるし、これも時代の流れだよぅ」
「黙れ穂波!!例え時代が変わろうが、俺様の在学中はブルマーなのだ!!神が許しても俺が許さんっ!!」
「でも、もう決定したことじゃないの、これ?」
「あ?それがどーした!!」
「ど、どうしたって…」
「ふんっ!!このような民意が反映されてない決定など、俺様には無意味だ。全て覆してくれるわ!!」
唾を飛ばしながら俺は吼えると、手にしていた鞄を穂波に押し付ける。
「お前はこのカバンを持って、教室で待っておれ」
「え?洸一っちゃんは?」
「あ?決まっておろうがっ!!このような愚劣な政策を決定した生徒会に、てててて天誅を食らわしてくれるわーーッ!!」
「天誅って…」
「この学校の支配者が誰であるか、彼奴らに再認識させてくれるっ!!いざ、突撃じゃーーーッ!!」
★
「ぬぉうりゃーーーーーーーッ!!」
渾身の力を篭め、物凄い蹴りで生徒会室の扉をぶち破る俺。
木製の扉は強烈な破壊音を立て、そのまま室内にいた生徒会役員、おそらく書記か会計あたりを巻き込んで窓から校庭へと吹っ飛んでいった。
「責任者はおるかーーーっ!!」
吼えながら俺は室内をジロリと見渡すと、眼鏡を掛けた頭の良さそうな女、たぶん副会長に、同じく眼鏡を掛けた、以前にもTEP同好会問題で俺様の陳情を無視したピッチリ7:3分けの生徒会長が、半分腰を抜かした感じで、突如現れた俺を呆然とした眼差しで見つめていた。
「おうおうおうおうおうッ!!」
オットセイのように吼えながら肩を怒らせ、ズシンズシンと足音を響かせながら俺は生徒会室に乗り込むと、バンッと思いっきり生徒会長の机を拳で叩き、
「会長さんよぅ。随分と、舐めた真似をしてくれたじゃねぇーかよぅ」
「き、君は……2年の神代君」
会長クンは、少し蒼ざめた顔をしていた。
「おうよっ!!神代の洸一様よ!!」
俺は鋭く返事を返すと、未だ呆然としている副会長のメガネっ娘を睨み付け、
「ボサッとしてるなっ!!椅子を持って来んかいボケっ!!それとお茶も!!」
女の子は、素っ飛んで行った。
我ながらヤ○ザみたいだ。
「そ、それで神代君。今日一体、何の用でここへ……」
「何の用で、だとぅ……ふざけるなッ!!」
「お、落ち着き給え。話せば分かるっ!!」
「テメェは犬養毅か!!」
俺は大きく息を吐き出し、目の前の会長を睨みつける。
うむ、少し落ち着け俺……
この会長は理詰めタイプの野郎だ。
熱くなれば、言い負かされてしまう。
ここはもう少しクールに行こうぜ。
「生徒会長さんよぅ、アンタ、とんでもない事をしてくれたのぅ」
俺は副会長が慌てて用意してくれたパイプ椅子に腰掛けながら、神々しいまでの7:3分けの会長に顔を近づける。
「と、とんでもない事とは…?」
「ブルマー廃止の一件についてだ!!」
シラを切る気か、こんちくしょうめ……
「貴様ぁ……それでも軍人かっ!!」
「何をそんなに興奮しているのか知らないが、少し落ち着いたらどうだい?」
「だ、黙れッ!!既に絶滅寸前という貴重な昭和の遺物を……さては貴様、短パン業界から何か賄賂的な物を貰っているな?白状しろいッ!!」
「き、君の言ってることは理解に苦しむよ…」
と、生徒会長はメガネを拭き拭きし、
「ブルマー廃止の件については、大多数の女性徒からの要望なのだ」
「嘘を吐くにゃッ!!」
「う、嘘ではない。ブルマーは恥ずかしいと言う意見が多く……」
「あ、あん?ブルマーのどこが恥ずかしいねん?」
俺はちっとも恥ずかしくないぞよ。
一度で良いから、自分で穿いてみたいぐらいだ。
「つまり……その……食い込むとか、下着等がはみ出すとか……」
「それがどーしたっ!!」
俺はもう一度、机に拳を叩きつけた。
「そーゆー時は、指をブルマーと太腿の間に挿し入れて直せば良いじゃねぇーか。ってゆーか、そーゆー仕草が俺は好きだ!!堪らんぞ!!」
「き、君みたいな男がいるから、女子は嫌がるんだ」
「な、何たる侮辱発言!?お、俺に謝れっ!!謝って下さい!!」
「……良いかい、神代君。さっきも言ったが、これは大多数の女性徒からの要望なのだ。生徒会としては、それに耳を背ける事は出来ない」
生徒会長は机の腕で腕を組み、どこか余裕ぶっこいた表情で俺を見つめる。
何か知らんが、物凄くムカつく……
「それとも何かい?君は女性徒の陳情は無視しろと言うのかね?」
「……」
「……ま、と言うわけだよ、神代君。分かったのなら、引き取ってくれないか?そろそろ授業も始まるし……」
「……なに調子こいてるんだ、テメェ」
俺はゆっくりと立ち上がり、座っている生徒会長を見下ろす。
「さっきから黙って聞いてりゃあ……女性徒の意見だ?だったら男の意見はどーなる!!そもそも女の意見ばかりに耳を傾け……そんなに人気が欲しいのか?あぁん?」
「そ、そんなことはない」
「それに大多数の意見だと?あ?そもそも大多数ってどれぐらいだよ?100か?200か?」
ちなみに我が校の女性徒数は、約400人だ。
「だ、大多数とは……大多数だ」
「……面白ぇ。だったら俺が、ブルマ賛成と言う女子の意見を集めてやる。もちろん、大多数のな」
言って俺は、ニヤリと酷薄な笑みを浮かべてやった。
「その時はテメェ……どーなるか分かってるんだろうな?あん?」
「も、もちろん。その時はブルマー廃止は撤回して……」
「だ~れがそんな事を言ってるんだよっ!!俺が言ってるのは、貴様の責任についてだ!!」
「……」
「この俺様を愚弄したんだ、それなりの覚悟はあるんだろうな?具体的に言うと、学校に来なけりゃ良かった、と言うほどの地獄を見せてやるぅ」
「お、落ち着き給え、神代君」
「フフーン、顔が蒼いぜ、生徒会長さんよぅ。ま、せいぜい今の内に、青春を謳歌しておくが良いわさ!!ワハハハハハハッ!!」
「……」
★
ブルマー存続を懸けて署名集めに東西奔走の洸一。
あのスカした生徒会長野郎を、ギャフンと言わせてやるのだ。
……本当にギャフンと言ったら、ちと怖いがな。
《署名1・美佳心チン》
「ちゅーわけで委員長……いやさミカチン。一つ署名をお願いしたんじゃが……」
「誰がミカチンやねんっ!!」
分厚いメガネの奥の瞳をキラーンと光らせ、美佳心チンが俺を睨み付ける。
「ったく、朝から一体、アンタは何をやってるねん」
「ブルマー問題に、真剣に取り組んでおるのだ。青春の死活問題なのだ」
俺は胸を張って答えた。
「と言うわけで美佳心チン。署名を下ちぃ」
「……嫌や。って言うたら、洸一クンはどないするん?」
美佳心チンはキシシシと嫌な笑みを浮かべ、探るような目で俺を見つめてきた。
「……拗ねてやる」
俺様も真面目に答えてやる。
「公園のブランコに独り座り、世を儚みながら拗ねてやる」
「なんか嫌やな、それ…」
「だろ?ちゅーわけで、署名をプリーズ」
「せやけど、署名してウチに何か得があるんか?」
「得って……」
こ、これだから関西系はなぁ……
「そうじゃのぅ……もれなく抽選で、俺様の熱いチッスが付いてくるぞよ?」
「……真面目な顔で言う所が、洸一君の怖いところや」
「怖くない。むしろ優しくするから、署名してくれよぅ」
「そ、そないに涙いっぱい溜めて言わんでも……分かったから、ノートを貸しーや」
美佳心チンはヤレヤレと言った表情で、俺の差し出した真新しいノートに、自分のクラスと名前を書き込んでくれた。
うむ、これで一人ゲットだ。
さてお次は……
《署名2・クマ女》
「おい、穂波。何も聞かず、ここに署名しろい」
「へ?」
穂波は瞳をパチクリとさせ、俺と俺の差し出したノートを交互に見つめた。
「署名って……何の?」
「何も聞かず、と俺は言った筈だ。お前は何の疑問を抱かずに署名すれば良い。さぁ、早くここに名前を書けぃ!!」
「え?嫌だよぅ」
「ぬぉいっ!?速攻で拒否ですか?」
「何の署名か言わないと、書けないよぅ」
穂波は困ったような顔をした。
「でも、洸一っちゃんとの婚姻届なら、問答無用で書くけどね」
そして困ったぐらい愚かな事を言ってくれる。
ったく、穂波の分際で生意気な……
「だから、ブルマー廃止の撤回を求める署名だよ。分かったか?分かったんなら、さっさと書けぃッ!!」
「え?嫌だよぅ」
「またですかっ!?今度は何だよ……」
「洸一っちゃん。人に物を頼む時は、それなりの頼み方ってものがあるでしょ?ちゃんと頼みなさい」
くっ……
「わ、分かった」
悔しいと言うか物凄く屈辱を感じるが……ここは愛すべきブルマーの為だ。
心の上に刃物を置く心境で俺は耐える。
そう、ここは忍の一文字なのだ。
「ほ、穂波さん。ブルマー廃止撤回のため、ここに署名して下ちぃ」
「っもう、本当にしょうがないなぁ、洸一っちゃんは」
穂波はクスクスと笑いながら、ノートに名前を書き記す。
「そんなに私のブルマー姿が見たいなんて、ちょっとHだよぅ」
ぐぐぐ、ぐぬぅ……
「ナメんなよ貴様」
「あ?何か言った、洸一っちゃん?」
「……何にも言ってねぇーです」
やれやれ……
クマ公のブルマーなんか、どーでも良いっちゅーねん。
《署名3・優チャン》
休み時間、俺は優チャンを廊下に呼び出し、
「さて、先ずはこのノートに、署名をしちくりぃ」
「は……はい?」
素直で可愛い後輩はキョトンとした顔をしていた。
「おっと、少し説明がいるようだね?つまりだ、俺は今、ブルマー廃止と言う悪法の撤回を求めて、署名活動をしている所なのだ。だから優チャンも、署名するのだ。どうだね?理解できたかね?」
「は、はい」
「うむ。では署名をば……」
「で、でも……」
優チャンは俺の差し出したペンとノートを、中々に受け取ろうとしなかった。
「でも……なんだい?」
「え、えと……実は私、前からブルマーより、ショートパンツの方が良いかなって思ってて……」
「――ぬはッ!!?」
優チャンの衝撃的発言に、俺は思わず足元の廊下が崩れ落ちて行くような錯覚に囚われ、不覚にもその場に膝を着いてしまった。
「ば、馬鹿なッ!?スポーツ大好きっ娘の優チャンが……血と汗と涙と根性で構成されている優ちゃんが、そんな己の存在意義すら消去してしまうような事を言うなんて……はッ!?もしかしてこれは夢か?」
「あ、あの……先輩?」
「な、何故だッ!!何故なんだ優チャン!!」
俺は立ち上り、彼女の小さな肩を掴む。
「え、えと……それはその……」
「もしかして……ブルマーが嫌いなのか?あの機能美に優れた逸品を……体操服業界においては零戦にも例えられる傑作体操着を、君は否定すると言うのか?」
「そ、そう言うわけじゃないですよ。確かに動き易いと思いますし……」
「だろ?だったら何故、短パン如きを支持するんだよぅぅぅ」
おっと、涙が出てしまったぞ。
「そ、それは、その……恥ずかしいから……」
「は?え?何だって?恥ずかしい?何が恥ずかしいんだ?たかが体操着ではないか。……許されるなら、男子全員ブルマーにしてみたいぞよ」
世間ではそれをアブノーマルと言うがな。
「べ、別に……体育の授業とかだったら平気なんですけど……」
「だろ?だったら恥ずかしいって……」
「そ、その……せ、先輩と一緒の時は、ちょっと……」
「???」
え?どーゆーこと?
体育の授業とかは平気で、俺と練習する時は恥ずかしい?
ん?全く分からんぞよ?
「はて?別に俺は、何ら疚しい気持ちを抱いているワケでも無いし、変な目で見ているワケでもないぞよ?だから恥ずかしがる理由なんてものは存在しないと思うんじゃが……」
「そ、そういう意味じゃなくて、えと、何て言うのか……き、気になるって言うのか……先輩と一緒だと恥ずかしくなるって言うのか……」
「ふむ、良く分からん。分からんが、取り敢えず署名してくれぃ」
「あぅぅぅ……でもでも……」
ぬぅ…優チャンは何を躊躇っているんだ?
「うむぅぅぅぅぅ……良し、分かった」
暫しの熟慮の後、俺は妥協案を考え付いた。
「ブルマーは体育の時だけで良い。クラブ活動の時は、新しい胴着を取り入れよう」
「そ、それだったら安心です」
優チャンはニッコリと微笑み、ノートに署名してくれた。
うむ、これでまた一つ、野望に近づいたわい。
……野望って何か分からんけどね。
「それで先輩、新しい胴着って……」
と、ワクワクしながら優チャン。
瞳がキラキラとしている。
「やっぱり、空手の胴着ですか?それとも、同好会のオリジナル胴着を作って……」
「そうじゃのぅ……個人的には、スクール水着って言うのはどうだい?」
「……はい?」
「どことなく、レスリングのコスチュームに近いだろ?あれだったら動き易いし、尚且つ汗も吸収してくれるからグッドだと思うんじゃが……」
「……ブルマーで良いですぅ」
優チャンは何故か半泣きで答えた。
なんでだ?
俺は常に動き易さを追求しているというのに……
摩訶不思議じゃのぅ。
★
頭を下げて何とか3人の署名を得ることが出来たが……
良く考えたら、物凄く効率が悪い。
なんちゅうか、もっとこう……ドカーンと集めないと、あのいけ好かない生徒会長に、舐められてしまう。
うむ、ここは少し作戦を変更する必要があるな。
《多嶋と豪太郎を篭絡し、女子の署名を集めよう大作戦》
「と言うわけで、貴様ら二人に勅命を下す。伝統あるブルマーを守る為、女から署名を集めろ」
俺は呼び出した豪太郎と多嶋の二人に、面倒臭いので前置き無しにいきなり話を切り出した。
二人はお互いに顔を見合わせている。
「ん?なんだ?何か言いたい事でもあるのかね?俺は寛大な男だ。意見があれば聞くぞ」
何を言っても全部却下だがな。
「洸一って……ブルマーフェチなの?」
と真顔で豪太郎。
「ンなワケあるかーっ!!と叫びたいところだが、真面目な話、統計によると男子の9割はブルマーが好きだぞよ」
もちろん俺様も、例外ではない。
しかも好きどころか、既に愛しているのだ。
ラブラブなのだよ。
「そうかなぁ?僕はブルマーより、男子の短パンの方が爽やかな感じでグッと来るけど」
「貴様は特殊だから、当て嵌まらないかもしれんがな」
俺は豪太郎は無視して、多嶋の馬鹿に詰め寄った。
「どうだ?お前の力で、女子バスケの連中とかから署名を集めてくれぃ。ってゆーか、集めろ」
「うぅ~ん……難しいなぁ」
多嶋は顎に手を当て、本当に難しそうな顔をしていた。
「そりゃあ俺だって、短パンとブルマーのどちらが良いと言われれば、ブルマーって答えるけどさぁ……」
「だろ?」
「でもなぁ、バスケ部は基本的に短パンで練習しているし、それに女子の中にも実際、ブルマーは嫌だって言う女の子もいるわけだし……」
「ケッ、そーゆー女に限って、自意識過剰のブッサイクな奴なんだよッ!!」
俺は吐き捨てるように言った。
「だいたいなぁ、見られるのが恥ずかしいとか言う馬鹿もいるが、実際はそんなに見てねぇーよ。それにだ、女は見られていた方が美しくなるんだよ。学校の中に可愛い子チャンが増えた方が、お前も嬉しいだろ?ん?」
「え?僕は別に嬉しくないけど?」
「黙れ豪太郎っ!!」
と、俺はマニアック過ぎる性癖を持つ幼馴染の頭上に、ドカンと一発ネリチャギを極めてやり、沈黙させた。
ったく、何でこの少年大好きキラー・クラウンが、婦女子の間で人気者なんだか……理解に苦しむぜ。
「なぁ多嶋、頼むぜよ」
「うぅ~ん、でもなぁ……」
チッ、こいつはこいつで煮え切らないというか、常に女子の顔色を伺っているっちゅうか……
「なぁ多嶋クンよぅ。アンタ、穂波のブルマー姿が見られなくなっても、良いのか?ん?」
「べ、別に俺は……」
多嶋は目に見えてうろたえ出す。
いったいあのクマ女のどこが良いのやら……
「良し、分かった。多嶋よ、ここは一つ、取引と行こうじゃないか」
俺は彼の肩を優しく叩いた。
「女子バスケ部の署名を集めてきたら……この俺が、穂波のブルマーを盗って来てやろうじゃないか」
「さ、榊さんのブルマーをっ!?」
「そうだ。頭に被ろうが自分で穿こうが、後はお前の自由だ」
俺だったら速効で焼却炉に叩き込むがな。
「さぁ、どうする多嶋?ちょいと俺に協力するだけで、夢にまで見たお宝が手に入るんだぜ?」
「ゆ、夢になんか見てないっ!!」
顔を真っ赤にして否定する多嶋。
だが急に声を潜めると、
「し、しかし神代……お前、本当にそれで良いのか?」
「ん?それはどーゆー意味だ?」
「だ、だって……榊さんはお前のことを……」
「……気にすんな」
俺は頭を掻き、苦笑を溢した。
「俺と穂波は、お前の思ってるような関係じゃねぇ。なんちゅうかよ、アニメやゲームじゃあるまいし……幼馴染は近過ぎて、恋愛の対象にはならんのよ」
ってゆーか、穂波の場合はそれ以前の問題だがな。
「で、どーするんだ多嶋?俺に協力するのかしないのか?」
「……わ、分かった」
多嶋は唾を飲み込み、コクリと頷いた。
「女子バスケ部、約30人の署名を集めよう。しかし……本当に約束は……」
「心配するな。この俺が約束を違えると思っているのか?」
「そ、そんな事はないが……」
「じゃあ取引成立だ」
俺はすっと手を差し出す。
「……」
多嶋は無言で、俺の手をガッチリと握った。
その頬は緩み切り、口元がニヤついていた。
やれやれ、ブルマー本体に興味を示すとは、本当に困った男じゃのぅ……
ま、これで女子バスケ部の署名が集まるから、別に良いんだがね。
さて……取り敢えず購買に行って、ブルマーを一つ、購入して来るかな。
いくら俺様とて、穂波のブルマーなんか盗むわけないっつーの。
あと多嶋には悪いが、使い古しを偽装する為に、この俺様が特別に素肌の上から直に穿いてやるからね。
・・・
ちょっと特別な匂いが付くかも知れんが、それはまぁ……別に良いだろう。
★
多嶋の馬鹿の協力を取り付け、見事女子バスケ部、及びマネージャーの署名を得ることが出来た。
うむ、この調子でどんどんと集めるぞよ。
《学園最強勢力、女子空手部を取り込めっ!!》
さて……
休み時間、俺は隣のクラス、2-Cへとやって来ていた。
そしてクラスの大御所であり、学園の表の支配者であらせられるところの、二荒真咲さんを呼び出してもらう。
うむ、気を引き締めろよ俺。・
何しろ、交渉相手は真咲姐さんだ。
ヘタを打ったら、確実に地獄を見てしまうのは必定。
ここは一つ、慎重に話を進めないと……
なんて事を考えていると、その真咲が廊下に出てきた。
そしてあろう事か、智香の馬鹿も付いて来ている。
チッ、何であの鬼太郎ヘアーも一緒になって出て来るんだか……
追い返してやろうと一瞬思ったが、ちょっと待てよ?
智香はその陽気というかアホな性格からか、顔が広く友達も多い。
うむぅ……
あの馬鹿の協力も得る事が出来れば、署名も大量にゲット出来るのではなかろうか?
・・・
うむ、そうしよう。
「よぅ、真咲。……それに智香も」
俺は片手を上げて気さくにご挨拶。
と、真咲姐さんは微笑を返しながら、
「うん。いきなり呼び出して……何か用か洸一?お腹でも減ったのか?」
どういう意味だ?
「まぁな。実は真咲にちょいとお願いがあって……あ、智香も一緒に聞いてくれ」
「お願い?」
と、真咲は僅かに首を傾げた。
「お願い?」
智香の馬鹿は、訝しげな顔をしている。
「うむ。真咲も智香も、校舎前の掲示板に貼られている今週の生徒会便りは読んだかね?」
「読んだぞ」
真咲は頷いた。
「何でも、ブルマーが廃止になると書いてあったが……」
「それなんだよ真咲ッ!!」
「……どれなんだ?」
「いや、だからね、俺は今、ブルマー廃止と言う悪法を撤回させる為に動いておるのだよ」
「ほぅ……」
と、真咲姐さんは意外にも、どこか感心したように頷いた。
逆に智香の馬鹿は思いっきり呆れた顔をしているが……
「ま、それで色々と考えてねぇ……そこで真咲と智香にお願いなんだが、各々友達や後輩に頼んで、生徒会に叩きつける予定のこのノートに、一つ署名をば……」
「そうか。……うん、良いだろう」
真咲姐さんはアッサリとマイルドに引き受けてくれた。
頼んだ俺様もちょいとビックリだ。
その内、穂波を殴ってくれとお願いしたら、良いだろう、の一言で撲殺してくれるかもしれん。
うむ、今度お願いしてみようかしらん。
「ほ、本当に良いのか?」
「もちろんだ」
真咲は頼もしく頷いた。
「どんな難しい頼みかと思ったが、そんな事ぐらいは簡単だ」
「そ、そっか」
良かった……
てっきり俺は、ブルマーフェチの濡れ衣を着せられた挙句に問答無用で殴られると想定していたんじゃが……
「そもそも私も、ショートパンツの導入には反対だったからな」
「そ、そうなのか?」
「うむ、スパッツの類ならともかく、ショートパンツは動き難くて敵わんからな。ブルマーの方が洗練されてて、余程動きやすい」
真咲は拳を固めながらそう言った。
さすが、一年を通してもっとも着ている服はジャージだと公言しいる体育会系のお人だ。
他の女子のように、恥ずかしい、とかの概念は無いらしい。
「それにしても、どうして洸一そんなに真剣なんだ?男なのにブルマーの存続について、署名まで集めているなんて……」
「え?それはもちろん俺の個人的趣味――ゲフンゲフンッ!!いや、なんちゅうか……学校全体の運動能力向上の為と言うべきかな」
俺は彼女の気分を害さないように慎重に答えると、今度は智香に向き直った。
「と言うわけだが……貴様も当然、俺様に協力してくれるよな?」
「え~~……」
智香は思いっきり嫌そうな顔をした。
そして隣に居る真咲姐さんの顔色を窺う様にしながら、
「二荒さんは賛成派だけど……私はちょっとねぇ……」
「ンだよぅ。何がちょっとなんだよ」
「だってさ、何て言うのか……ブルマーって古いじゃない。時代遅れって言うか今更って感じがするじゃないのぅ」
クッ、この馬鹿は……
俺は心の中で毒づいた。
智香も他の婦女子とは違い、恥ずかしいと思う事は無いらしいが、それは真咲とは大分に違っているようだ。
ったく、この馬鹿に俺様の崇高な理念を理解させることは難しいか……
ま、それは最初から分かっていた事だがなっ!!
「なるほどな」
俺は大仰に頷いた。
「智香らしい、実にステレオタイプな意見ですなッ」
「なによコーイチ。何か文句でもあるの?」
「いやいや、滅相も無い」
俺は苦笑を溢した。
伊達にこの馬鹿と長年付き合って来たわけじゃない。
穂波程ではないが、俺もこいつの操り方は、それなりに理解しているつもりだ。
「ところで智香、話は変わるが……あと一ヶ月半で夏休みじゃのぅ」
「はぁ?コーイチ……いきなり何言ってるのよ?」
「夏休みといえば、今年こそアレに行きたいものだな」
「アレ?アレってなによ?」
「決まっておろう。ちょっと場所は遠いが、毎年某スキー場にて行う……」
「……あっ!?そうそう、彦ロックねッ!!」
智香は手を叩いて、鼻息も荒くそう言った。
「うむ、そうだ」
俺は心の中でほくそ笑んだ。
ちなみに彦ロックとは、日本最大規模の野外ロックコンサートの愛称だ。
かつて彦根山麓で行われていたので、その名が付いたらしい。
「いやぁ~、一度で良いから行ってみたいよねぇ」
音楽好きの智香は、ウンウンと一人頷いていた。
「うむ、洋楽好きな俺様も行ってみたいな。コアなミュージシャンもいっぱい参加するしな」
俺はそう言と、不意に声のトーンと落とし、
「実は智香、ここだけの話だが……事の次第に拠っては、彦ロックのチケットが手に入るかも知れん」
「えっ!?それホントっ!?」
「まぁな」
これは嘘ではない。
こんな事もあろうかと、実は密かに金ちゃん等に頼んでおいたのだ。
・・・
ま、俺が行きたいだけだったんだがな。
「そこで智香、お前に頼みがあるんじゃが……って、俺が何を言いたいのか、いくら馬鹿のお前でも分かるよな?」
「馬鹿は余計よっ」
智香は俺を睨み付けるが、少しだけ視線を外すと、
「で、何人ぐらい署名を集めれば良いのよ」
「出来るだけだ」
俺は答えた。
「その成果如何に拠っては、優先的にお前にチケットを融通してやるぞよ」
「ほ、本当でしょうねぇ?」
「さぁな。何せまだ何枚入手できるか分からんし……確約は出来んな」
「……」
「しかしながら一つだけ言えるのは、俺の頼みを聞いてくれないと、確実に行けないって事だな。何しろプレミアチケットだ。……さぁ、どうするかね?」
「……仕方ないわね」
智香は悔しそうに呟いた。
「その代わり、最低でも一枚は手に入れなさいよ」
「一枚だったら俺が行くんじゃが……」
「……」
「……OK。一枚でも、お前に融通してやるよ」
「良しッ」
と智香はガッツポーズを極めた。
やれやれ、即物的な奴じゃのぅ……
ま、仕方ないか。
これもブルマーの為、そして俺の豊かな学園ライフの為だ。
ちなみに俺は、チケットを融通してやると言っただけで、奢るとは一言も言ってないがね。
あのチケット、結構お高いんじゃが……
智香の馬鹿は、払えるのかな?
・・・
払えない時は、自動的に俺様が行くから、まぁ別に良いか。
★
真咲と智香のお陰で、予想外に大量の署名を集めることが出来たが、生徒会長に叩きつけるにはもう少し欲しい所だ。
そこで昼休み、俺は弁当片手に、屋上へと向かった。
多分そこには、多数のいたいけな子羊を従えるあの邪悪な者どもが屯している筈だ。
上手いこと彼奴等を言い包める事が出来れば、更に署名を集めることが出来るだろう。
・・・
ちなみに俺のお弁当は、喜連川の料理長が毎日作ってくれているのだ。
栄養満点でとっても美味いのだ。
《悪しき獣どもを従わせろッ!!》
屋上についた俺は、キョロキョロと辺りを見渡し、彼女達を発見した。
鉄柵の脇に設けられたベンチに腰掛け、呑気に昼飯を食っている。
さて……いっちょっ行きますかっ!!
俺は気を引き締め、彼女達の元へと向かう。
ここは慎重に事を進めなければ……
最悪の場合、THE変態、等と有難く無い直球な渾名を付けられ、イヂメられてしまう可能性も有り得るのだ。
「……よぅ、お三方」
俺はベンチに腰掛けている3人、即ち小山田美寛に長坂瞳に跡部ここあと言う、一般女子から恐れられている苛めっ子グループ、トリプルナックルの面々に気さくに声を掛けた。
「あ、神代君……」
と、グループのリーダーである長坂が、いつもは何となく不機嫌な感じの仏頂面をパァーと明るく輝かせるように微笑んだ。
そしてその隣に座っている、天然気質充分な跡部も、相も変わらず何が可笑しいのか、
「神代くぅぅん……うひっ♪」
と、挨拶を返しながらニタニタとアカン子のように笑っていた。
さらにその隣には、トリプルナックルの突撃隊長である小山田が、特徴的である攻撃パーツのツインテールの照準を俺に合わせながら、
「あら神代。……何か用?」
細い目をさらに細め、俺を睨み付ける。
うぅ~む、いつ見ても、個性的な3人ですなぁ。
容姿はそれなりに可愛いんだから、これで性格さえ良ければ、さぞモテモテだろうにねぇ……
何て考えていることは臆面にも出さず、俺は自分で言うのも何だが、婦女子を蕩けさすような爽やかでマイルドな笑顔、通称洸一スマイルで、
「俺様も一緒に、飯を食って良いかな?」
「な、なにニヤついてるのよ……」
小山田が少しだけ頬を赤らめながら、何故か思いっきり嫌そうな顔をした。
「こらっ…」
と、長坂が小山田を嗜めなる。
そして少しだけ体をいざらせながら、
「じ、神代君……どうぞ」
隣の席を勧めてくれた。
「おぅ、ありがとう長坂」
洸一スマイルを顔面に貼り付けたまま、俺は彼女の隣へと腰掛ける。
屋上を流れる涼やかな風に、長坂のハーフロングな髪がなびいていた。
さ~て、問題はだ、どうやって話を切り出すかだが……
と、考えながら弁当の包みを開いていると、
「神代。言っておくけど、署名集めに参加はしないわよ」
いきなり小山田に切り出されてしまった。
しかも問答無用で拒絶だ。
先手を打たれてしまったか……やるな、ツインテール。
「お、おいおいおい……」
「アンタが署名を集めているっていうのは、噂になってるからね」
小山田は意地悪く笑った。
ぬぅ……どうする?
いや、既に後手に回ってる。
ここは余計な事は言わず、腹を割って話した方が良いだろう。
「知ってるんなら、話は早ぇ」
俺は演技である洸一スマイルを改め、真面目な顔になると、
「俺は今、権力を弄ぶ生徒会と戦っている最中だ。そんな健気な俺の為に、是非とも3人の協力が欲しい今日この頃なんだが……」
「嫌」
小山田は速攻、漢字一文字で拒絶した。
「わ、私は別にいいけど……」
長坂は戸惑いながらも賛成してくれる。
そして跡部は、
「神代くぅぅぅん……お弁当、美味しそうだね?」
話を聞いてなかった。
さすがだ。
うぅ~む……
「ありがとう、長坂」
取り敢えず俺は、協力してくれそうな長坂に感謝の言葉を述べ、その手をそっと握り締めた。
「う、うん…」
長坂は顔中を真っ赤にし、小さく頷いてくれる。
何だかちょっと、可愛いではないか。
「ちょっと神代!!なに長坂の手を握っているのよっ!!」
小山田が俺をキッと睨み付ける。
そのツインテールも、ウニョウニョと動いて臨戦態勢だ。
何だか、物凄く怖いぞよ。
「長坂も長坂よ!!女誑しの神代にコロッと騙されてるんじゃないわよっ!!」
「だ、誰が女誑しだ!!」
何て人聞きの悪いことを……
神に誓って言うが、俺は女の子を誑かした事など、一度として無い。
むしろ女子のいない平穏な世界に行ってみたいとさえ思っている。
もちろんそれは、豪太郎とは違う意味でだ。
「ったく……だいたい小山田、何でお前は反対するんだよ」
「ブルマーが嫌いだからよ。それよりも、いつまで長坂の手を握っているのよ。イヤらしい男ね」
小山田は唇を尖らせ、そう言った。
「ブルマーを嫌う理由が分からんな。あれほど優れた体操着は無いと思うぞよ」
「恥ずかしいじゃない」
「恥ずかしいと言うんなら、短パンだってそうだぞ。特に男の場合は体操座りなんかしていると、裾の方から玉とか竿がポロリと出ちゃう事もあるんだぞ」
「へ、変なこと言わないでよっ!!」
「変なことではない。事実だ」
俺と小山田は、長坂と跡部を挟んで睨み合っていた。
不毛な戦いだ。
だが、何として彼女の協力を取付けなければ……
「……良し、分かった」
俺は呼吸を整え、トリプルナックルの面々を見据える。
「ここは一つ、冷静に、ビジネスライクに話を進めようじゃないか」
「ビジネスライク?」
と、小山田が眉を顰める。
「そうだ。君達が署名を集めてくれれば、俺はそれなりの礼をする。つまり、ギブ&テイクと言うわけだ」
「ふ~ん……そう来たか」
「俺は大人だからな。で、先ずは長坂……お前さんの望みは何かね?」
「え?わ、私は……別にブルマーでも構わないから、何もいらないよ」
「そ、そうか……」
うぅ~む、長坂は結構可愛いし、性格もそれなりに良いんだよなぁ……
何でトリプルナックルに入ってるんだろ?
しかも一応、リーダーだし……分からんのぅ。
「跡部は、何か望みがあるかね?」
「……お弁当」
後場は、俺の手にした弁当に熱い眼差しを送り続けていた。
な、なんて安い奴なんだ……
「OK。食べるが良いわさ」
俺は跡部に、弁当を手渡した。
彼女は嬉しそうに、蓋を開けて早速にパクついている。
欠食児童か、こ奴は……
「で、小山田は?言っておくが、実行不可能な願いは駄目だぞ?」
「分かってるわよ」
と言いながら、小山田は顎に指を掛けながら何か必死になって考えている。
ぬぅ……何か嫌な予感が……
「だ、だったら……今度の休みに、どこか面白い所へ遊びに連れて行きなさいよ」
「……は?」
「もちろん、全て神代の奢りでね」
「そ、そんなんで良いのか?」
何だか少し、拍子抜けだ。
俺はてっきり、委員長の体操服を切り刻めとか委員長の額に『豚』の文字を書けとか委員長のメガネにマヨネーズで渦巻きを書けとかの、美佳心チン関連の嫌なミッションを押し付けられるかと思ったんじゃが……
「な、何よ。何か文句でもあるの?」
「いや別に。ただ……遊びに行くんだったら、梅雨が明けてからの方がエエんでないかい?」
雨が降ると、何処へ行っても面白さ半減だもんね。
「そ、そうね。だったら……期末試験が終わってからで良いわ」
小山田はそう言うと、何故かソッポを向いてしまった。
うぅ~む……
小山田と一緒に遊びに行くというのは、考えればかなりストレスが溜まりそうだが……
「って、どうした長坂?」
長坂は、先程とは打って変わって、鬼のような形相で小山田を睨み付けていた。
さすがの俺様もちょっと引くような、迫力あるメンチ切りだ。
「……え?別に……何でもないよ」
彼女はニコッと、ぎこちなく硬い笑みを溢した。
気のせいかだろうか。
その身体から、少しだけ殺気めいたものを感じる。
「そ、そっか……」
俺はそそくさと立ち上がった。
脳内に装備されている君子レーダーが、ここは危険です、と告げて止まないのだ。
ミッションも終えたし、購買にでも行ってメシを買って来よう……
「じゃ、そーゆーワケで……署名の方は頼むぞ。小山田、どこへ遊びに行くかは俺が考えておくよ」
「わ、分かったわ」
小山田はそっぽを向きながら答えるが、その横顔は何だかちょっと嬉しそうだった。
さて……
ま、そんなこんなで、俺は屋上を後にしたのだが、扉を閉めるやいなや、表から響いてくる
『どーゆーつもりよ、小山田ッ!!』
長坂の怒声。
更には
『う、うっさいわねぇ。何にもいらないって言ったのはアンタの方でしょ?……可愛い子ぶってんじゃないわよッ!!』
と言う小山田の激昂した声に、俺は階段の隅で一人縮み上がっていた。
な、なんだ?
一体、何が起こってるんだ?
気にもなるし、それに跡部に弁当箱を返してもらうのを忘れていたので、俺はちょいと戻る事にした。
踵を返し、そしてゆっくりと屋上へと続く鉄扉を開くと、
――ゲッ!?
ベンチでは、まだ跡部が黙々と弁当を食ってる最中ではあったが、その足元には、小山田と長坂が、何故かお互いに血塗れでぶっ倒れていたのだ。
……見なかったことにしよう。
俺はもう一度扉を閉め、そそくさとその場から離れたのであった。
★
トリプルナックルの支持をも取り付けた俺は、驚いた事に、殆どの2年生女子の署名を集めることが出来た。
これなら、あの生意気な生徒会長もギャフンと言うだろうと思ったが……
どうせなら、1年と3年の署名ももっと欲しいところだ。
そこで俺は学園の裏側を差配する暗黒卿・のどかさんと、1年をシメている最中のセレスの御二方に協力を仰いだ。
幸いなことに、のどかさんもセレスも、ブルマーについて何ら異論は無いようだ。
ま、のどかさんはそーゆー事に興味が無さそうだし、セレスに至っては基本的に梅女の生徒なので、最初からどーでも良いのだろう。
「ぬぅ……」
放課後、俺は手渡されたノートを眺めながら、教室で一人唸っていた。
どーなってんだ、これは?
真新しいノートには、びっしりと女性徒の名前が書き込んである。
その数、一年から三年まで全部足して約350名。
なんと全校女子生徒の90%近くの署名を集める事が出来たのだ。
これは凄い数だ。
これならば、生徒会長もブルマー廃止を撤回せざるを得んだろうと思うのだが……
「おいおい、話が違うじゃねぇーか」
俺はもう一度、唸った。
あの時生徒会長は、大多数の意見、と言った筈だ。
大多数の意見……
が、現に俺は、ほぼ全女子生徒の署名を集めている。
確かに、一部強制的ではあったかもしれないが、それでも頑なに拒絶した者は居ない筈だ。
つまりだ、大多数の意見などというものは、最初から存在していなかったのだ。
良く考えたら、ブルマーについてのアンケートを取ったって話も聞かねぇーし……
「さてはあの野郎……俺様を謀ったなっ!!」
思わず自分の机に、拳を叩き付ける。
やはり俺様の睨んだ通り、あの野郎はショートパンツ業界(謎)辺りから、何かしらの賄賂的な物を受け取っているのだろう。
そうでなければ、男なら断固としてブルマーの筈だ。
「ぐぬぅぅぅ……これは明らかに、斡旋収賄罪なりっ!!」
正義とブルマーをこよなく愛する俺の心が、彼奴に天誅を食らわせろと叫んでいる。
俺がやらなきゃ誰がやるっ!!
「ぬぉぉぉうッ!!正義は我に有り!!ブルマーは尻に有り!!今こそ彼奴に、俺様の名に於いて天罰を食らわしてくれる!!いざ、吶喊じゃーーーーッ!!」
俺は教室を飛び出し、廊下を削り取る程の衝撃波で駆けて行く。
目指すはもちろん、悪の巣窟である生徒会室。
生真面目な態を装った犯罪者どもに、正義鋼神コーイチダーの豪腕をお見舞いしてやるのだ!!
★
「どりゃーーーーーーっ!!」
復旧した生徒会室の扉を再び打ち破り、俺様は鼻息も荒く再臨。
「な、何だ君は…」
と問い掛けて来る華奢な野郎(おそらく書記か会計)を問答無用で窓から吹っ飛ばし、俺は室内をジロリと見渡す。
「……彼奴はどこへ行ったーーーーーッ!!」
生徒会室に、7:3分け会長の姿は無かった。
どこぞのクラスの委員長が数人と、メガネの副会長がいるだけだ。
「おう、姉ちゃん。あのクソ野郎は何処へ消えた?」
俺は知的な感じのする副会長に詰め寄る。
彼女もメガネにお下げ髪と言う基本仕様タイプの女学生だが……俺様の委員長と比べると、かなり落ちるレベルだ。
「あ、あの……」
どこかオドオドしながら、副会長はそっと俺に何やら紙を手渡してきた。
「なんじゃこれは?」
「そ、その……会長から……」
「あん?」
俺は紙を広げる。
と、そこには大きな文字で、『旅に出ます』、と書かれていた。
「……や、野郎……トンズラしやがったな!!」
俺は紙をビリビリに引き裂いた。
「お、おのれぇぇぇ……だが、この俺から逃げ切れると思うなよっ!!」
「あ、あのぅ……」
「何じゃいッ!!」
俺はキッと鋭い眼差しで副会長を睨み付けた。
名も知らぬ年上な彼女は、ガタガタと震えている。
何だかまるで、自分が悪者になった気分だ。
「そ、その……あまり会長を責めないで下さい」
「あ゛?あぁん?」
俺は怯える彼女に詰め寄った。
「姉ちゃん、舐めた事を言ってもらっちゃあ困るなぁ……おうッ!!」
「でも……」
「あのなぁ……これを見ろ、これをッ!!」
俺は『ブルマー賛成』と書かれてあるノートを、机の上に叩き付けた。
「この俺様が朝から苦労して集めた、約350名分の署名じゃい!!本当に苦労したんだぞっ!!なのに会長を責めるなだとぅ……」
「そ、その……悪いのは私なんですっ」
メガネの副会長は、ペコリと頭を下げた。
「お……おぉう?な、なんだって?」
どーゆー意味でしょうか?
「その……実は私が、何気に会長に……ブルマーは恥ずかしいって言って……そうしたら彼が……」
「……ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺は額を押さえながら、副会長を制した。
このメガネでお下げの副会長が、同じくメガネで7:3分けの会長に、ブルマーは嫌だと愚痴った。
で、それで会長は、それが大多数の意見とでっち上げて……
「え~と、まだ話が見えて来ないんだが……アンタ、ひょっとしてあの会長と付き合っているのか?」
「……は、はい」
蚊の鳴くような副会長の声。
顔を真っ赤にして俯いている。
ぬぅ……
そっかぁ……そーゆーワケか。
「く、くく……わーはっはっはっ!!なるほどなッ!!」
「す、すみません」
「いやいや……中々にやるじゃねぇーか、ウチの会長サンもよ!!見直したぜッ!!」
俺は笑いながら、震えている副会長の肩に手を置いた。
「惚れた女の為にブルマーを廃止するなんて……見事な職権濫用だ」
「止めた方が良いとは言ったんですが……」
「いや、並の男に出来る事じゃねぇ。正直なところ、俺はあの7:3分けに漢を見出したぜよ!!」
うむ、男ならかくあるべきだ。
例えそれが悪い事でもな。
「まぁ……なんだ、そーゆー理由があるんなら、特別に今回の件は不問に附してやる。もちろん、ブルマーは続行だがな」
「ほ、本当にすみません」
「いや、別にアンタが謝る事じゃねぇーけど……しかし、どうしよっかなぁ、これ」
俺はノートを手に取り、パラパラと捲る。
折角に苦労して集めた署名だ、何か有効に活用したいが……
「うぅ~む……って、そうだっ!!」
俺はポンと手を打ち、油性ペンでノートのタイトルを書き直した。
「うむ、これでいい」
ノートの表紙は、『ブルマー賛成。冬場も下はブルマーのみ!!』と追記されていた。
「良し。これで夏も冬もブルマーじゃわい。しかも冬場は、上はジャージに下はブルマー……おぉっ!!何か凄く良い感じッ!!」
「あ、あの……それはちょっと寒いような……」
「寒くないっ!!」
俺はそう言って、副会長に署名ノートを手渡した。
「では、後は頼んだぞよ」
「た、頼んだと言われても……」
「署名してくれた女の子の気持ちを無にするにゃっ!!」
俺はそう言い残し、ガハハハッとい大きく笑いながら生徒会室を後にしたのだった。
うむ、これでまた一歩、俺の学園生活が愉快になったわい。
災い転じて福と生すとは、まさにこのことだね。