神代洸一。俺の明日はどっちだ?
★5月30日(月)
中間テスト 1日目。
本日のテストは現国、数学に日本史。
ま、美佳心チンの指導のお陰で、取り敢えず全て解答を埋める事は出来た。
この調子なら、辛うじて赤点は回避できるだろうと思う。
さて、そんなこんなで、また今日も皆で一緒にテスト勉強をしようと約束しつつ、帰宅。
のどか先輩と一緒にロッテンの爺さん運転する馬鹿でかいリムジンに乗り込み、俺は後ろへと流れて行く景色を見ながら溜息を一つ吐いた。
何故に俺はここにいるんだろう……?
人生は驚きの連続だ。
だけどいきなり自分の家が半壊するのは、どうかと思う。
それも天災以外でだ。
土曜の夜、給湯器が爆発し、それに巻き込まれて俺様ハウスは壊滅した。
洸一、いきなり家無き子だ。
原因は給湯器を空焚きしてしまった俺様の過失(止めはラピス)ではあるが、どうしたら給湯器がTNT爆弾並に爆発するのか、教えて欲しい。
一瞬、テロか何かだと思ってしまったではないか。
ちなみに、大破爆沈した給湯器は喜連川製だ。
さすが、軍需関係にも食い込んでいる企業である。
きっと給湯器にも自爆装置とかが付けられていたのだろう。
ま、そんなワケで、のどかさんの命令もあり、家の修理は全て喜連川財閥がやってくれることになった。
突貫工事で、4~5日もあれば元通りになると言うことだ。
うむ、新しくなるから少しラッキーである。
災い転じて福となるとは、この事だろうか?
しかしながら、問題が一つあった。
それは工事の間、俺様の住む場所がない、と言うことだ。
遠くなるから嫌だけど、親父の住んでる社宅に行くしかないと思い連絡したが、愛の巣を壊すな、とお袋からアッサリ断られた。
ビックリである。
よくこんな親の下で、俺様は真面目に育ったモンだと思う。
そこで仕方なく、クラスの男友達の家に厄介になろうと思ったのだが……
穂波の、『だったら私の家に泊まれば良いよぅ…うひっ』と言うヤバイ発言が、更に事態の混迷を招いたのだ。
皆が皆、私の家に来るべきだ、と主張し、物凄い言い争いに発展。
正直、俺的には一週間ぐらいならその辺の公園の片隅にテントでも張って生活しても良いと思った。
何しろ、他人の家に厄介になると言うのは、非常に気が引ける。
いくら破天荒で傾奇者な俺様とて、ガールフレンドの親御さん達と毎日顔を合わしたり一緒に食事したりするというのは、何とも……神経が参ってしまうではないか。
ま、そんなこんなで、昨日の日曜日は俺様置いてけぼりの侃侃諤諤、殴り合い付きの議論が彼女達の間で進められ、結局俺は家が直るまで喜連川家に居候、と言うことで話が落ち着いた。
経済的、社会的、そして俺様の治安等々……あらゆる状況を鑑み、ベストな選択と言えよう。
ってゆーか、最初から喜連川家しか無いと思ったがな。
その後、更に彼女達の間で話し合いが続けられ、『22時以降は俺に一人で会ってはいけない』とか『不必要に二人っきりになってはいけない』とか、およそ100条からなる様々な制約が設けられ、全ての決着はついた。
彼女達はこの条約を、『5月29日の淑女協定』とか呼んでいるが……
当事者である俺様の意見が何一つ採用されていないのは、どーゆーワケなんだろうか?
★
「……なんか疲れたなぁ」
広大な喜連川の敷地内に無数に点在する、これまた馬鹿でかい屋敷の一つに着いた俺は、自分用に宛がわれた部屋に戻り、ホッと一息。
和洋折衷のその部屋は、当然の事ながらかなりゴージャスだった。
だがそれでも、最初に宛がわれた部屋よりは余程簡素な造りになっている。
最初、俺様にと案内された部屋は、まるで王侯貴族が使うようなロココ様式の部屋だった。
思わず自分が、ルイ王朝の末裔かと錯覚してしまうような感じだった。
もちろん質実剛健、と言うか貧乏性の俺には、そんな眩い部屋は精神的に耐えられなく、もっとシンプルなこの部屋に代えてもらったのだ。
もっとも、この部屋でも充分豪華過ぎるので、個人的にはたがが数日ぐらい、4畳半か馬小屋の隅でも良いと思うのだが……
「さて…」
制服を脱ぎ、部屋の片隅に置かれてある、おそらく喜連川家のメイドさんが用意してくれたであろう部屋着に着替えた。
汚れたシャツとかはこの辺に置いておけば、後でちゃんとクリーニングしてくれるのだ。
まさに至れり尽せりだが、こんな生活を続けていると、人間ダメになってしまうような気がする。
極力、自分で出来ることは自分でしよう。
取り敢えず、パンツだけは自分で洗うべきだな。
ってゆーか、自分で洗わないと気が気じゃないし……
そんな事を、部屋の片隅に設けられた小座敷の畳の上で寝転がりながらぼーっと考えていると、コンコンと静かに響くノックの音。
「ど、どうぞ」
扉が開き、その辺の喫茶店にいるパチ物ではなくて本物のメイドさん(推定25歳:英国で修行済み)が、銀のお盆を掲げ入ってきた。
「神代様。昼食の用意が出来ました」
と、皿やらカップやらをテーブルの上に並べて行く。
優雅な手つきだ。
思わず見惚れてしまう。
「ど、どうもすみませんねぇ」
俺はいそいそとテーブル席へ移動した。
本日の昼飯は、ミックス・サンドイッチ(山盛り)だ。
「神代様。お飲み物はカフェ・オ・レで宜しいですか?」
「へ?え、えぇ、それで良いです」
「畏まりました」
そう言って気品あるメイドさんは、空のカップに見事な手つきでコーヒーとミルクを同時に注ぎ、そっと俺の前に差し置いた。
立上る湯気に香ばしいカフェの香り。
俺のいつも飲んでいる、スーパー特売298円のコーヒー豆とは、全然違う高貴な香りだ。
それにカップも高そうだし……
投げたらさぞ、気持ち良かろう。
「……どうかなさいましたか、神代様?」
「い、いえッ!?何でもねぇーですぅ」
「そうですか。……では神代様、何か御用が御座いましたから、遠慮なくお申し付けください」
と、メイドさんは軽く頭を下げ、優雅な足取りで部屋を出て行った。
「……つ、疲れた」
いやもぅ、なんちゅうかねぇ……肩が懲りますわッ!!
飯ぐらい、その辺のホカ弁か何かで良いのに……
そんな事をブツクサと溢しながら、サンドイッチに食らいつく。
うぅ~む、美味いッ!!
美味いけど、美味過ぎるのも困るよなぁ……普通の食生活に戻れなくなるジャン。
ってゆーか、もう少しラフに生活してぇなぁ……
俺様の自由の翼が、なんちゅうかヘシ折られた気分だぜッ!!
……
ま、せいぜい5日程度の辛抱だから、何とかなるか。
うん、我慢だ。
ただし、5日間過ぎたら、きっと俺……パンツ一丁でこの部屋の中をゴロゴロしたり、ご飯なんかゲームしながら食べちゃうよ。
……
ここにゲーム機が無いのが一番辛いがな。
★
飯を食い終わり、勉強でもするかと思いながらソファーに腰掛けTVなんぞを見ていると、コンコンと再びノックの音。
「開いてるよぅ」
TVを切りながらそう答えると、メイド服に身を包んだラピスが顔を出し、
「あぅ、洸一しゃんッ!!美佳心しゃん達がお見えになったんでしゅ」
「お、来たか…」
俺はフカフカ過ぎて腰が沈んじゃうソファーから立ち上がると、それと同時に、ズカズカと部屋に上がり込んで来る乙女軍団の皆様。
「へぇ~…立派な部屋やないけ」
と、美佳心チンが感嘆の声を上げれば、穂波は穂波で、
「ぶぅぅ…洸一っちゃんには勿体無いよぅ」
と、失礼なことを言ってくれる。
うぅ~む、良いねぇ……
「じ、実に良いよッ!!諸君からは庶民の香りがするよっ!!」
「なに失礼なことを言うてんねん」
ペシンと美佳心チンが俺の頭を叩いた。
「全く……それにしても洸一クンや、ごっつ豪華な部屋やないけ」
「昨日の方がもっと立派だったぞ?これでもシンプルな部屋に変えてもらったんだぜ?」
「そうなんか?」
「そうなんだよぅ。俺さ、何だか落ち着かなくってさぁ」
思わずホロリと涙が出てしまう。
小動物の俺としては、どちらかと言うと狭くてゴミゴミした部屋が好きなのだ。
チリ一つ落ちてない部屋など、俺様の部屋にあらずである。
捨てろやッ、と自分で怒鳴りたくなるほど山盛り状態になったゴミ箱とかが部屋に置いてないと、どうもしっくりこないのだ。
「まぁ、暫くの辛抱だ、洸一」
と、部屋を見渡していた真咲姐さんがそう言って、俺の肩に手を置いた。
「今週末には自分の家に戻れるのだろ?それまでの辛抱じゃないか」
「いや、そうは言ってもよぅ。俺、環境適応能力が高いから、明日にはこの部屋に慣れてしまうかもしれん。それが一番、困るんだよなぁ……」
「ま、庶民には庶民の分というものがあるからな」
「そーゆー事だ。それにさ、俺、一人暮しを一年以上続けているだろ?何でも至れり尽せりっちゅうのは、どうも暇を持て余すというか退屈でねぇ……基本、貧乏性だからね」
「暇があったら勉強すればエエやないけ」
そう言いながら美佳心チンが、机の上に各種テキストを並べて行く。
「さ、明日もテストや。今日も夜まで勉強するで」
★
カッチコッチと物静かに鳴る柱時計の音をBGMに、カリカリとペンを走らせ問題集を埋めて行く。
家にいる時より遥かに勉強が進む。
ま、何しろゲーム機どころか漫画の本すらない部屋だから、非常に集中出来るといえば出来るんじゃが……
チラリと隣へ視線を向けると、そこにはのどかさんが座っていた。
一緒に勉強するのです…
と言ってやって来た彼女は、シンプルなドレスタイプのワンピース姿。
さすがお嬢様だ。
もっとも、その手に市松人形の酒井さんをぶら下げていたので、お嬢様と言うよりは鉄格子の付いた病院に居るアカン子みたいだったが。
「そう言えばのどか先輩、随分と静かなんですが……まどかの馬鹿チンは?もうそろそろ学校が終わって帰って来て、俺様の部屋で大暴れする時間だと思うんですが……」
「……お夕飯の準備をすると言っていました。恐ろしいことに」
「はい?夕飯の準備って……どーゆーことです?」
しかも恐ろしいって、何が?
「まどかちゃん、今日は洸一さんの夕飯作りに挑戦よ、とか戯言をほざきながら張り切ってます」
のどかさんはフッと笑みを溢した。
「お、俺の夕飯ですか?」
「……です」
ほほぅ、まどかの手作り晩御飯か。
そう言えば、あいつの手料理は食べたことないけど……
俺は何気に真咲さん達の様子を伺うと、真咲も優チャンも、『う~わ~』と言う顔付きになっていた。
思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。
「……なるほど。まどかの料理の腕は良く分からないんですが……もちろん、のどか先輩も一緒に食べますよね?」
「断固としてお断りします」
実の姉にも見捨てられてるッ!?
「そ、そうなんですか…」
おいおいおいおい、これ、どんな罰ゲームだよ。
だいたい、何人もお抱え料理人がいるって言うのに、何で自分で作るかなぁ?
「まどかちゃんは、意外に乙女チックなんです。せっかく洸一さんがいるのだからと、健気なんです」
それを食う俺は、もっと健気だとは思うんじゃが……
「なぁ真咲。まどかの料理って、食ったことあるか?」
「無いな」
真咲姐さんはそう言うと、憐れみに満ちた瞳をツイッと外し、
「何しろ、あれは料理と呼べないからな」
そう呟いた。
一体、過去に何を食わされたんだ?
苔とか虫か?
「ゆ、優ちゃんは……食べた事ある?」
「……あります」
優チャンは問題集を説きながら、淡々と答えた。
「去年、調理実習で作ったとかで、ケーキを貰いました」
「ほぅ……で、どうだった?」
「……辛かったです」
「か、辛かった??」
今、ケーキって言ったよね?
「辛くてしょっぱくて苦くて、それで少し生臭かったです。さすがにこれは全部食べられないと思って冷蔵庫に仕舞っておいたら……中に入れてた物が全部腐っちゃって……でもでも、ケーキだけは健在でした」
「ねぇ、それ何の話?怪談?」
★
何時の間にか陽は落ち、皆も勉強に対する集中力も切れて雑談をしたりTVを点けてニュースなんぞを見ていたりしている、セレスとまどかがやって来た。
セレスはラピスと同じくメイド姿で、まどかは制服にエプロンと、ちょいと萌えな格好をしている。
「_皆様、お食事の用意が出来ました」
とセレスが言うと、まどかは満面の笑みで、
「洸一♪洸一のご飯は、特別に私が作ってあげたからね♪」
あぅ…
困った顔で振り返る俺。
みんなは、サッと面を伏せたり視線を外したりした。
「あ、あのぅ……まどかさん?何で俺の晩御飯を作ってくれたのかなぁ?」
もしかして嫌がらせですか?
「た、偶々よっ!!」
まどかは唇を尖らせ、少し照れたように言う。
「洸一の家で時々御飯をご馳走になってるし……た、偶には作ってあげようと思っただけよ。深い意味はないわッ」
「そ、そうなんだ……」
ってゆーか、そんな事を思うなっ!!と叫びたい。
ま、言ったら確実にブン殴られるから、言わないがね。
「ところで、まどかよ。つかぬ事を尋ねるが、僕ちゃんの晩御飯は具体的にはどのようなお料理で?」
ちゃんと人類の規格に沿っているよね?
最低でも、哺乳類は食せる料理だよね?
「えっへっへっ、懐石料理よッ!!」
お、おいおい……何かトンチキな事を言い出したぞ、このお嬢様は。
「へ、へぇ~。そうなのか、セレス?」
「_……普通の和風家庭料理です。ただし、食材はワールドワイドになっております」
「……それ、どーゆー意味?」
「_それでは皆様、食堂の方へ」
「しかも無視ですかい?」
★
小ぢんまりとした、屋敷内に数ある食堂の一室。
豪奢なシャンデリアの下は、長いテーブルに白のクロス。
そしてその上に所狭しと並べられている、喜連川の料理長が腕に選りを掛けて作ったと思われる見事な豪華料理の数々。
ただし、俺が座っているその一角だけは違っていた。
何だかもう、その場所だけ重力定数が違うのか、空気そのものが歪んで見える。
他の皆の豪華絢爛、TVでしかお目に掛かれない料理に比べれば、俺様の目の前にあるコレは、ゴージャスに見えるけど全てに置いて未知。
まさに夢の中でしかお目に掛かれない料理であった。
そもそも料理であるかどうかも定かではないが。
ぬぅ……
皆は美味しそうに、本当に美味しそうに料理に舌鼓を打っている。
出来れば俺も、仲間に加わりたい。
加わりたいけど……目の前に座っているまどかが、それを許してくれない。
彼女はどこか照れながら、ニコニコと俺の一挙手一投足を見つめていた。
そんな顔をされると、男気溢れる俺様としては、食べるしかないじゃないか……
そう、まどかは俺の為に作ってくれたのだ。
一所懸命、作ってくれたのだ。
……
だけどね、一つ不思議なことがあるのよ。
それはね、まどかは本人は皆と同じ料理って事なのよ。
自分で作った料理じゃないのよ。
つまり俺だけ、まどかの手料理……
もしかして、これってイヂメじゃないか?
「ねぇねぇ洸一。早く食べてよぅ」
まどかは期待に満ちた瞳で、俺を促す。
「お、おう…」
早く食べてよって……そんなに早く死んで欲しいのか?
まどかの作ってくれた料理は、セレスの言った通り、和食だった。
おかずが数品に味噌汁と御飯。
見た目は、思ったより普通だった。
ただし、見た目だけだ。
席に着いた時から、何か得たいの知れない、心を不安にさせる匂いがツーンと鼻に突き刺さっているのだ。
「で、では、いただきますデス…」
震える声でそう言うと、俺は取り敢えず、目の前にドンッと置かれている煮魚に箸を伸ばした。
魯山人チックな如何にも高そうな和食器に盛られている、これまた高そうなお魚。
笠子……いや、これは吉次だ。
北海道の高級魚だ。
それは良い。
肉も好きだが魚も好きな俺様には、何の文句もない。
ただ、なんで煮るかなぁ?
そのまま焼けよっ!!
と声を大にして叫びたい。
どうしてわざわざ、難しい事をしようとするんだ?
チャレンジャーなのか?
せっかくの美味い魚が、決して人が食べてはいけない代物に変化してるじゃねぇーか……
ぬ、ぬぅ…
本能的にヤバイと分かりつつ、俺は箸で魚を一抓み、口の中へと入れる。
――あぅっ!?
そのまま一気に飲み込んだ。
こ、この味は……なんだ?
知りたくもないわっ!!
いやもう、一言で言って、化学の味がするよッ!!
これを全て食したら、何だかイタイイタイ病とかに罹りそうな気がするよッ!!
うぬぅ……
ちょいとまどかに文句を言ってやろうと思ったが……
彼女は、期待と不安の入り混じった瞳で、ジーッと俺を見つめていた。
くっ……そんな目をされると、何も言えないではないか……
「ま、まぁ…不思議な味だけど、何とか食べれるな」
俺は脂汗を浮かべながらそう答えた。
もちろん、本当は食べられない。
食べてはいけない物体だ。
と、取り敢えず、飯だ。
飯を食って何とか誤魔化そう。
俺は茶碗に盛られたご飯をダイレクトに掻っ込み、そして瞬間的にリバースしそうになってしまった。
ぬぉぅぅぅう……
凄い御飯だ。
物凄く固い。
芯が残ってる。
更に何だか腋の下の匂いみたいなものがする。
これ、ちゃんと洗って炊いたのか?
ヤ、ヤベェ……飯までこの有様とは……
想像以上だ。
俺は涙目で御飯をガリガリと噛みながら、汁を啜った。
「ズズズズ……ブッ!!?」
鼻から全て逆流した。
「ゲ、ゲホゲホゲホッ!!」
「だ、大丈夫、洸一?」
と、まどか。
さすがの俺様も、もう我慢の限界だ。
「だ、大丈夫なワケあるかーッ!!貴様はお前は俺を亡き者にしたいのかッ!!飲んだ瞬間、頭の中に『ダメージ限界突破』って言う文字が踊ったぞッ!!」
あのまま全部飲んだら、そのまま超特急で涅槃行きだ。
「ななな、なによぅ」
まどかは頬を膨らませ、俺のお椀を引っ手繰るや、クーッと一気にその味噌汁みたいだけど実は劇物指定確実な茶色の液体を飲み干し、
「――ブッ!?」
全部吐いた。
「ま、不味っ!!」
「そー言ってるじゃねぇーかっ!!一言で言って、生きてる事を後悔する味がしたぞっ!!」
「ななな、なによぅ。ちょっと塩と砂糖を間違えただけでしょっ!!文句言わずに飲みなさいッ!!」
「お、おいおいおい。お前はまだ勧めるのか?」
って言うか、味噌汁には塩も砂糖も使わないんじゃがのぅ。
★
まどかの作ったご飯はそのまま悲しいけど(大嘘)ゴミ箱へ直行となり、俺は喜連川家お抱え料理人が作った晩御飯を、「ありがたやありがたや」と涙を流しながら堪能する事が出来た。
まどかは、
「むぅぅぅ……いつか必ず、美味しく作ってやるんだから」
と、リベンジを誓っていたが、頼むからやめてくれ、と言いたい。
お嬢様足るもの、料理のスキルは不要だ。
そりゃあ確かに、男性に手料理を食べさせたいと言う女心は理解できるが……それで相手を殺してしまったら、まどかの料理の場合、それは業務上過失致死、もしくは未必の故意になるのではなかろうか?
ま、そんなこんなで楽しい夕餉も終わり、再び勉強の再開。
まどかも水曜日からテストと言うことで勉強に加わり、数時間……
夜の9時となったところで、本日の勉強会はお開きとなり、皆はそれぞれ護衛付で帰宅して行った。
「……ハニャ~ン」
喜連川の巨大なお風呂(しかも温泉)を心行くまで愉しんだ俺は、独り部屋で暇を持て余していた。
孤独には慣れていると言うか、どちらかと言うと独りになるのが好きな俺様ではあるが、退屈は勘弁だ。
勉強にも疲れたし、何かTVをと思ったが、時間が時間だけにニュース番組ばかりで、面白そうな物は何もやっていない。
ま、普通ならばここで、ゲームをしたりマンガを読んだり何かネットの動画でも観たりで一日のストレスを解消するところだが、生憎と部屋には何もないのである。
まるで拘置所にでもいる気分だ。
「しゃーねぇなぁ……何か借りてくるかな」
俺は喜連川家が用意してくれた寝間着のまま、部屋を出てぶらぶらと巨大な屋敷を散策。
手にした屋敷内マップを頼りに歩くこと約10分。
ようやくに、まどかの部屋に辿り着く事が出来た。
なんでこんなにデカいんだか……
しかも廊下の端々に、自販機とか設置されてるし……この家はホテルか何かか?
俺は苦笑を溢しながら、まどかの部屋の扉をノックすると、中から『は~い』と、彼女の声が響いてきた。
「俺だ、入るぞ」
扉を開け部屋の中に入ると、まどかはパジャマ姿でクッションに凭れ、お菓子を摘まみながら何か雑誌を読んでいるところだった。
実にまぁ、呑気な感じだ。
世界的財閥の御令嬢なのに、優雅さの欠片も見られない。
「あ、あっれぇー?どうしたの洸一?」
まどかは入って来た俺を見て、顔を綻ばせた。
「お前、勉強してなくて良いのか?」
「全然、平気。それよりも洸一、こんな時間に…」
「あん?あぁ、何かちょっと本でも借りようかと思ってな。何しろ部屋に何も無いから、退屈で構わん」
言いながら俺は、部屋の壁際に置かれた大きな書棚を漁るが、
「……おい、漫画が無ぇじゃねぇーか」
棚には、何やら乙女チックな小説と格闘関連の書籍しか入ってなかった。
「漫画は全部立ち読みで良いもん」
「……今の発言は聞かなかったことにしよう。俺の中で御嬢様と言う概念が崩壊するから」
俺は仕方なく、せめて面白そうな小説を見つけようと棚を引っ掻き回すが……
「な、なんだよぅ」
そんな俺を、まどかがジィーッと見つめていた。
視線が物凄く気になる。
「ん?別に…」
まどかはニコニコしていた。
何だか非常にご機嫌だ。
「ただ、洸一と私って、妙な縁だよねぇ~と思って」
「あん?何だよそれ?」
俺は『図解で解る優しい投げ技』と書いてある、肉体的には優しくない格闘関連の本に目を通しながら聞き返した。
「だってさぁ、洸一と出会って、まだ二ヶ月しか経ってないんだよ?なのにもう、洸一は我が物顔で私の部屋にいるし……ってゆーか、居候してるし……」
「俺は死を恐れない伝説の勇者だからな。魔王の城にだって乗り込むぜ」
「……それ、どーゆー意味よぅ」
「そーゆー意味だ。まどか、取り敢えずこれだけ貸してくれぃ」
俺は数冊の本を抱えると、クッションに座っている彼女に近づき、食べているお菓子を一摘み。
「(モグモグ)……ところでさっきから、何を読んでるんだ?女性週刊誌か?」
「ん?ただの雑誌よ」
まどかは読んでいた本を広げた。
小麦色をした健康そうな姉ちゃんが、綺麗な水着姿で所狭しと紙面を飾っている。
「え~……なになに、今年流行の水着特集……」
「そーよ。もうすぐ夏だもんねぇ。今年はどんな水着を買おうかなぁ♪」
「ふ~ん……」
なるほどねぇ。女の子にしてみれば、水着もファッションの一つか。
ってかそもそも、毎年水着を買う意味が分からん。
男なんて一回水着を買えば、体型が変わらない限り数年は持つのにねぇ……
「ね、洸一。洸一は、どーゆー水着が好み?」
「あん?ンなもん……トップレスという奴か?」
それは水着ではない。
「……で、洸一はどーゆー水着が好み?」
「そ、そんな拳を固めながら質問されても……別に俺は、どんな水着が好みとか、真剣に考えたことはないしなぁ……」
でもスクール水着だけは、理屈無しにグッと来るよね。
男のリビドーを刺激するよね。
名門女子高である梅女のスク水は、どんなんじゃろう?ちょっと気になるなぁ……
「じゃあさ、こーゆーのは?」
と、まどかは雑誌に写っている水着を指差す。
「ほぅ……シンプルでシックな色合いのワンピースタイプか。何となく、のどか先輩に似合いそうだな」
如何にも避暑地を訪れた御令嬢って感じがするしね。
「そうね。だったらこっちのヤツは?」
「ほほぅ……かなり際どいビキニじゃのぅ。うむぅ……俺的には、こーゆーのを着た先輩を一度見てみたいのぅ」
如何にも、少し遊んでいるお嬢様って感じがするしなッ。
「じゃ、じゃあ……こっちは?」
「なるほど、スポーツタイプのビキニか。やはりこれも、一度はのどか先輩に……」
「……ちょっとぅ。なんでさっきから姉さんばかりなのよぅ」
「あ、あん?そりゃあ……のどか先輩はどちらかと言うとインドアな人だからな。だからこーゆーアウトドアな姿には、余計に憧れると言うか何と言うか……」
ま、個人的な意見をもっと述べれば、更にアウトドアな感じにして欲しい。
具体的に言えば、水着じゃなくて葉っぱだけと言うというが男の理想だ。
……理想というか妄想だがな。
「そーゆー事じゃなくて、私にはどんな水着が似合ってるのか……そう聞いてるのよッ!!」
――はうっ!?
「な、なに怒ってるんだよぅ」
「うっさいッ!!なによ、さっきから姉さん姉さんって……言っとくけど、姉さんより私の方がずっとナイスバディなんですからねッ!!」
ぬぉいっ!!?
「お、お前、なんちゅう事を……」
俺は慌てて、部屋の中を見渡す。
と、窓の外、カーテンの隙間から、酒井さんがジーッと此方を覗いているのが目に入った。
「なによぅ。本当の事だもん。バストだって姉さんより私の方が大きいし……」
「そ、そーゆー事を言ってるんじゃねぇ。ったく……お前、何年のどか先輩と姉妹をやってるんだよ」
「へ?どーゆーこと?」
「だからぁ……一言で言うとだ、のどか先輩はどこにでもいる、と言うことだ。それこそオハヨウからオヤスミまで暮らしを見つめるライオンのように、常にそこにいるのだ」
「へ?」
と、まどかが首を傾げると同時に、コンコンと扉をノックする音が響き、
「……まどかちゃん」
のどかさんが顔を覗かせた。
「ね、姉さんっ!?ど、どうしたの?こんな時間に…」
「……ウェストは、私のほうが細いです」
のどかさんはニコッと微笑んだ。
それはまさしく、悪魔の笑みだった。