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この恋は愛へと繋がっている  作者: 叶山 慶太郎
12/14

襲う、守る

色々注意

「久しぶりね。何君だったからしらあなた」


「俺もあんたの名前忘れたよ」


方や狂喜、方や恐怖。陽斗と女性は睨み合う。


「にしても君、幸せそうね。そこにいるのは彼女さん?綺麗な子ね。子供たちも大きくなって・・・・」


そこまで言って女性は表情を消して俯いた。


「私は両親から勘当されたわ。彼氏も戻ってこない。それどころかもう他の女と結婚してた。友人も疎遠になった。働こうにも経歴のせいで雇ってもらえない・・・・・なんで・・・なんでよ」


女性は体を震わせ、表情を歪ませた。怒りと憎しみが醸し出される。


「なんで私だけこんなに不幸で!あんたはそんなに幸せそうなのよ!あんたが私から幸せを奪った!全部あんたが悪いのよ!だからあんたを不幸にしてやる!」


意味不明な理論。ただの逆恨みで八つ当たり。女性がもうどうしようもないほどに狂っていることは誰の目から見ても明らかだった。


「なによそれ!全部あなたの自業自得でしょ!?」


明里が叫ぶ。すると女性は明里を睨み付けた。明里は一瞬ビクッと体を引かせたが怯えながらも睨み返す。女性は今明里を標的にしているのかもしれない、と陽斗には思えた。


「・・・・・明里、子供たち連れて逃げてくれ。近くに俺の家がある。わかるよな?」


「何言ってるの!?そしたら陽が・・・・」


「それと警察と救急車な」


「ちょっと」


「頼む」


陽斗は自分でも卑怯なことをしている自覚があった。もし明里と陽斗しかこの場にいなかったらならきっと明里は逃げない。陽斗を置いて逃げるわけにはいかないから。だが子供たちも、となると話は別だ。明里は逃げざるを得ない。勇太と優希は守るべき存在だから。陽斗にとっても、明里にとっても。


「・・・・勇太くん、優希ちゃん、行くよ」


明里は半ば強引に2人の手をとって走り出した。


「お母さん、お父さんが!」


「お父さーん!」


子供たちが叫ぶ。しかしその叫び声はだんだん遠くなっていく。明里が頑張ってくれているのだろう。

そしてそれを女性は追いかけない。陽斗の方へ向き直し、フフッと不気味げに笑うだけだった。


(これであいつらは大丈夫だ。・・・・明里には悪いことしたな)


こんな場面、記憶に残らないわけがない。子供たちも、そして明里に精神的な障害を作ってしまわないかというのが陽斗の懸念だった。


「あなたは逃げなくてもいいのかしら?」


「俺が逃げたらあいつらを追いかけるんだろ?」


わかってるじゃない、とでも言いたげに女性は口角を上げた。


(本当は怖くて今にでも逃げだしたい。でも、失うのはもっと怖い)


出血で力が抜けてきているからか、恐怖のせいなのかはわからないが、陽斗の体は震えている。だが、そんなものは関係ない。ただ時間を稼ぐ。それだけだ。誰かが通りかかって助けを呼んでくれるかもしれない。幸いにも夕方。仕事帰り、下校など通行人が来る可能性は高い。

死にたくはない。だが、最悪自分を犠牲にしてでも・・・


「本当はあの娘を狙ってたんだけど、まああなたが不幸になればなんだっていいわ」


「こんなことやったってあんたは幸せにならないってことがわからないのか?」


女性のこめかみに筋が浮き出る。


「うっさいわね!あんたには・・・・幸せなあんたには絶対わからないわ!」


(・・・・わかりたくもない)


正直、陽斗はこの女性を許そうとしていた。確かに彼女の行為は犯罪であり陽斗は苦しめられた。しかし、それによって勇太と優希に出会えた。そして明里にも出会えた。これらの出会いは陽斗にとって掛け替えのないものだ。それに恋人に振られておかしくなったというのは理解ができるようになった。もし明里に、と考えれば自分も正気ではいられないかもしれない。だから彼女のことを忘れてしまおうと思った。

だがそれは間違いだった。大切な人を傷つけようとした。それだけで充分だった。彼女は許せない。

陽斗の中で憎しみと怒りが混ざりあって涌き出てくる。が、それを陽斗は必死に押さえつけた。相手は武器を持っている。どうしたって相手が有利だ。自分の左腕に刺さったナイフを使えば、とも考えたが、下手に抜かない方がいいということは今では誰もが知る常識だ。


「あなた、私が憎くないの?正直飛び掛かってくるんじゃないかと思ってたわ」


挑発するかのように女性がのたまう。


「・・・・憎いに決まってるだろ」


「そんな憎い女が初めての相手ってどんな気分?」


「!・・・・最悪だよ」


なんの初めてか、それは言わずともわかることだ。


「それはよかったわ。ねえ、あの子たちには憎い私の血が流れてるって考えたことある?」


「ない」


陽斗は即答する。


「そう。でもね、確実にあの子たちは私の子供よ。段々私に似てくるんじゃないかしら」


女性は不気味に笑う。


「何が言いたい?」


「あの子たちに私の面影を見ることになるわ」


「!」


「その度に最悪の気分になるんでしょうね。そして段々子供たちが憎くなってくる。最高ね」


「・・・・」


その言葉に陽斗は黙り込んでしまった。これを女性は失意にあるのだと感じた。


「まぁこんなことこれから死ぬあんたに言ったって仕方ないんだけどね。気分を悪くさせられたならそれでいいかしら。ふふふっ・・・・アハハハハ!!」


「・・・・そうはならない」


「ハハハ・・・・は?」


笑いに水を差すように陽斗が呟いた。


「そうは絶対にならない」


一切の迷いはなく確信した物言いだった。


「・・・・どうしてよ」


女性にさっきまでの狂喜はなく、ただただ不機嫌そうに尋ねる。


「俺は子供たちを愛してるからだ」


陽斗の表情は、目は、優しく柔らかく、とても温かい。


「それに母親はあんたじゃない」


そう言ってどこか照れ臭そうに、そして嬉しそうな笑顔を見せてまたすぐに微笑みへと戻した。


「二人の母親は、明里だ」


「あの娘が母親?何言ってるの?」


イラつきながら、理解できない、というように女性が尋ねる。


「血の繋がりなんていらない。子供たちを愛してくれるかどうかだ。あんたと違って明里は子供たちを愛してくれてる」


「・・・・」


心底気に入らなさそうに女性は歯をギリギリと鳴らし、ナイフを持つ手に力を込める。


「明里は俺なんかのことを好きになってくれた。俺に恋を教えてくれた。ずっと一緒にいたいと思った。俺はそんな明里と家庭を育んで生きたいんだ。だから母親は明里しか有り得ない」


いくら女性が不快感を露にしようと陽斗の笑みは消えなかった。


「本当に気に食わないわね。腹立たしくてどうにかなってしまいそうだわ。やっぱり殺すしかないわね!」


女性はナイフを突き刺そうとしてくる。陽斗は後ろにさがりながら左に避ける。陽斗に格闘技の経験などない。当然ながらこの女性も武器の扱いが下手である。怒りに任せた大振りのためなんとか避けられている。


(・・・・痛いし、血が抜けたせいか少しふらつく。やばいかもな)


今すぐにでも倒れ込みたい、というのが陽斗の本音だ。だがそれはできない。自分が死んだら大切な人たちが悲しむ。


「避けるな!」


女性が再び陽斗に牙を剥く。

陽斗は同じように後退しながら左に避ける。しかし、足から力が抜け、ぐらりと後ろにへたりこんでしまった。すぐに立ち上がろうと上体を起こすと、女性が跨がってきた。立ち上がることも逃げることもできない。5年前のように。


「死ねえ!」


陽斗の頭目掛けて凶器が振り下ろされる。陽斗は両手で女性の手首を掴み抵抗する。

男と女の力の差を考えれば振り払えるはずだが、上から体重を乗せてくるのに加えて陽斗は手負いだ。力を入れているせいか、流血が激しくなる。明らかに陽斗が劣勢だった。


「・・・・ぐっ」


「フーッ!フーッ!」


ナイフが陽斗に迫っていく。それに比例して陽斗は表情を歪めていき、女性は息を荒くしながら狂喜する。

カタカタと震えるナイフがやがて陽斗の首に掠り始めた。


「随分と抵抗したけどここまでのようね」


どうしてこうも笑って人を殺せるのか、陽斗は再び恐怖する。両腕からは依然として血が流れ出てそれに加えて痙攣し始めた。力が抜けていく。


(クソ、もう駄目か・・・・)


陽斗が諦めかけたその時


「!?」


ドンッという音と共に女性の体が突然横に吹き飛んだ。


「クッ・・・・放せー!!」


「暴れるな!」


「大人しくしろ!」


スーツを着た男性が女性を押さえつけ、もう一人同じくスーツを着た男性がナイフを女性から取り上げた。


「陽!」


「・・・・明里?」


寝そべったままの陽斗に逃げたはずの明里駆け寄ってくる。


「どうなってるんだ?」


「家に着いた後に通り掛かったあの二人に声をかけて連れてきたの。間に合って良かった」


ほっとしたような、それでいて泣きそうな表情で明里は答えた。


「警察と救急車にも連絡してあるからもう来ると思うよ」


「そっか・・・・ありがとな」


そう言った陽斗の声は消え入るかのようだった。


「それはこっちの台詞だよ。私たちが助かったのは陽のお陰なんだからね」


「・・・・・」


「・・・・陽?」


陽斗からなんの返事もなく明里は不思議に思った。

出血のせいか、恐怖に耐えていたせいか、はたまたどちらもなのかはわからないが陽斗はもう限界だった。

陽斗は瞼はゆっくりと閉じていき、やがて意識を手放した。



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