訪問2
「あら及川さん、どうも~」
「こんにちは~」
「あ、どうもこんにちは」
近所の奥さん2人に声を掛けられた。
「さっきね。いいもの見ちゃったのよ」
「いいもの?」
「そうそう若い子2人がね膝枕しててねー」
「高校生ぐらいに見えたからカップルかなって思ってたら、夫婦だったのよ」
「子供が2人もいてね、それはもう微笑ましかったわ」
「へ~、そんなに言うなら見てみたかったです」
という話を先程していたのだが、それらしき四人にこんなに早く会えるとは思わなかった。ましてや自分の娘がその中の一人だなんて想像できるわけがない。
どういうことなの?
「お、お母さん、落ち着いて。とりあえず私産んでないから」
「あ、そ、そうよね。それでそちらは?」
明里の母である葵が陽斗の方に目線をやる。
「えっと、彼氏の・・・」
「沢田陽斗です」
ペコリと頭を下げて挨拶する。葵もそれに習って頭を軽く下げて返す。
「ど、どうも。明里の母の葵です。彼氏なのね。夫じゃなくてよかったわ」
「お、夫なわけないでしょ!」
「そうね。なんかもういろいろ麻痺してるわ」
葵は未だに混乱から覚めていなかった。明里に彼氏がいるのは驚いたが、そういう年頃だ。少しも変ではない。問題は別のところにある。
「それで・・・・その子たちは?」
そう子供だ。普通は弟と妹ではないかと考えられるのだが、奥さんから聞いた夫婦と、子供たちが明里に言ったお母さんという単語が葵の中でちらつく。
「えっと・・・息子と娘です」
「・・・え?」
再度葵は混乱しかかったとき、ガチャリとドアノブの音がした。
「誰だ?家の前で騒いでるのは」
ドアから少し厳つい中年の男性が出てきた。明里の父の昭弘だ。昭弘は目の前の光景を見渡す。そこには娘と謎の男と子供。そして明らかに動揺している妻。
「・・・・どういう状況だ」
不機嫌そうにして昭弘が呟いた。
「えっと、明里が子持ちの彼氏連れてきた・・・?」
落ち着きを取り戻してきた葵が返答する。
「あ、いえ、お邪魔するつもりは・・・」
「ほう、そうか。なら、ゆっくりと話を聞こうか」
昭弘が取り調べの刑事のような剣幕を醸し出す。
陽斗はただ明里を送っただけですぐ帰るつもりだったのだがそうもいかないようだ。
「あ、明里さんとお付き合いさせていただいてます。沢田陽斗です」
彼女の家でその両親と対面して座しているこの状況に陽斗は緊張を隠せないでいる。もっともこの状況で何ともない者などいないだろうが。
現在、居間にてこの状況がある。陽斗の横に勇太、優希そして明里が座り、テーブルを挟んで昭弘と葵が座っている。
「それでその子たちは?」
一度聞いたことだが再度葵が確認する。これだけ常識外れなことだ。聞き間違いかと思いたくもなる。
「・・・・む、息子の勇太と娘の優希です」
「ゆうたー!」
「ゆうきー!」
やや硬い陽斗とは裏腹に元気一杯に返事をする子供たち。それにより僅かに場が緩んだ。しかし、1人は違ったようだ。
「その歳で子供がいるのか?」
おそらく昭弘は陽斗が不純な行為を過去に働いたとでも思っているのだろう。昭弘は獲物を狩るかのような眼光で陽斗をギロリと睨み付ける。陽斗は思わずピクッと体を震わせた。だが、目は逸らさない。すると逆に昭弘が目を動かした。その先は子供たちだった。
「全く、どんな経緯で産まれたのやら」
勇太と優希は怯え、陽斗と明里の後ろに隠れてしまった。
「ちょっと、お父さん!」
「あの」
明里が父の言い草に怒りを露にしたところに陽斗が口を挟んだ。陽斗は背中の勇太を優しく抱き締めつつ明里以上の怒気を放ちながら昭弘を睨んだ。
「何を想像しているかは知りませんが、どんな過程で産まれたとしても子供は悪くないでしょう」
動物が巣で外敵から子を守るかのような雰囲気で陽斗が言い放つ。そこに先程までの硬さはない。あるのは子を守るという親としての本能。
「これじゃどっちが大人かわかりませんね」
葵がそう呟き、昭弘にふっと笑いかける。昭弘はばつが悪そうにしている。
「よかったら、詳しく話してくれない?」
葵が続けて話す。昭弘は機嫌が悪いようだが先程までの敵意は無い。この問いかけに
「はい。ただ、子供たちにはまだ聞かせられないのでどこか別の部屋に」
「わかったわ。退屈だろうから明里が昔使ってたおもちゃを出しましょうか?」
「ありがとうございます」
葵が立ち上がって勇太と優希を連れて歩いていった。
「陽、いいの?」
明里が心配そうに見つめる。そう易々と言いふらせる内容ではないからだ。
陽斗が見つめ返し、笑みを浮かべて答える。
「大丈夫だ。ここまできて話さないって訳にもいかないだろ。それに、明里とのことちゃんと認めてもらいたいからな」
陽斗がそう告げたところで葵が戻ってきた。
陽斗が明里の両親を見据える。
「5年前のことです。・・・・・」
「そう、辛かったのね」
「はい、でも今はそう思いません」
陽斗が明里の手をそっと握った。明里は驚いたがすぐに笑みを浮かべる。
「むしろ今は幸せです」
陽斗は嬉しそうな笑みを浮かべた。大切な家族がいるから、好きな人がそばにいるから、そんな想いが表情に込められていた。
「・・・・すまなかったな」
昭弘が目をそらしながらまだどこかで意地を張っている様子で謝罪した。
「もう気にしてませんよ。それに娘さんのことを思えば当然のことだと思います。俺だって、もし勇太や優希が録でもないやつと付き合ってたら黙っていられませんよ」
陽斗はわざとらしく拳を握って口角を上げる。
「親バカなのね」
「それは誉め言葉ですね」
場が和む。明里と陽斗そして葵がはははと笑う。昭弘も笑ってはいないが表情が先程より柔らかい。
「勇太と優希呼んできてもらっていいですか?ちゃんと紹介したいので」
「わかったわ。ちょっと待っててね」
「それじゃ改めて、息子の勇太と娘の優希です。双子で今年で5歳になります」
「・・・・ゆ、ゆうたです」
「・・・・ゆ、ゆうきです」
どうも完全に子供たちは昭弘を怖がっているようだ。チラチラと昭弘を見ている。
「よろしくね、勇太君、優希ちゃん」
葵が優しく笑いかけるが、警戒心は無くならない。
「この人たち、誰?」
「私のお母さんとお父さんだよ」
優希の問いに明里が答える。
「お母さんの、お父さんとお母さん・・・・」
「じゃあ、おじいちゃんとおばあちゃん!」
瞬間、昭弘の眉がピクリと動いた。柔らかくなった表情は今はもうない。
「す、すみません」
子供の変わりに陽斗が謝る。悪気が無くてもいきなりおじいちゃん、おばあちゃんなんて言われて何も思わない訳がない。
「・・・・子供の言うことだ。別に構わん」
「は、はい」
確実に何か思うところのある言い方だった。
「好きに呼んだらいいわ」
昭弘とは対称的に葵はニコニコと笑みを浮かべている。
もし葵がおらず、昭弘だけだと場がもたなかっただろう。葵がなにかといい緩衝剤になっている。子供たちも葵の表情を見て安心したのか怯えは既に無く「おじいちゃん!」「おばあちゃん!」と楽しそうに騒いでいる。そしてやはり昭弘は顔をしかめている。
「日が沈んできたのでそろそら帰ります」
陽斗が立ち上がり、勇太と優希を連れて玄関へと向かう。明里、葵、そして意外にも昭弘も見送りに来た。
「悪いわね。引き止めた上に長話させちゃって」
「いえ、ずっと内緒にして明里と付き合うわけにはいかないと考えていたのでいい機会になりました」
「そう言ってもらえるとたすかるわ。明里、いい人見つけたわね」
「・・・・うん」
「最近部屋でバタバタしてなにか唸ってた理由がわかったわ」
「!?ちょ、ちょっとなんで知ってるの?」
「バレてないとでも思ってたの?」
「へーそうなのか」
「お母さん、顔まっかー」
「へんなのー」
笑い声が明里を囲む。子供にまで笑われてしまい、明里はさらに顔を赤くさせる。
「お邪魔しました。ほら」
「バイバイ」
「さようならー」
葵が微笑んで手を振る。昭弘は相変わらずしかめ面なのだが、なぜか目線を少し下げている。明里は未だに拗ねている。
陽斗は苦笑いしながらドアを開け、ドアノブを持って子供たちが先に外に出てから自らも外に出る。軽く頭を下げてドアノブから手を放す。ドアが自然と閉まっていく。
「孫っていいな」
バタンと音をたてドアが閉まった。
最後に聞こえた言葉に思わず陽斗は振り返る。聞き間違いだろうか。明らかに男性の低い声だった。この家庭に男性は1人しかいない。
「お父さん?」
「どうしたの?」
勇太と優希が心配そうに父親に顔を覗きこむ。ふと陽斗はふと健治と和子の言葉を思い出した。
『孫が可愛いのは世界共通だ』
「・・・・また来ような」
「・・・?うん!」
「また来る!」
陽斗は改めて子供の力を思い知った。
うちの祖父は小遣いって言って二万渡してくる。ちょっと恐ろしい