恐怖のマッドサイエンティスト ほなみん
穂波紫織子こと「ほなみん」――28歳の春。
彼女は、めでたく懐妊した。
お相手はさる現人神のコピー人間だ。
彼女はちょっとした「無から有を生み出す異能」を後天的に持ち合わせており、学生時代に片思いしていた彼――他の女と結婚してしまった――のことが振られたあとも忘れられず、とうとう思い余って異能を使って彼の「イフ」とも言える存在を作り出してしまったのだ。
全く同じ存在の、複製である。
ほなみんは、とある事情から学生時代まで陰鬱で凄惨な人生を送っており、そんな人生に終止符を打ったのが彼だった。
救われた、故に心を奪われた。そして新たに生まれた感情は、執着だった。
学生時代のあのとき、悪夢のような日々が終わったとして、今更人並みの情緒が得られるわけではない。
ほなみんは、迫った。
「一番でなくていい、愛してくれなくてもいいから、せめて――」
情けがほしいと。捨てないでくれと。
それが逆効果だった。
そんな風に迫ったから、彼とは友人でさえいられなくなった。
彼は真面目だった。思い込んだら一途で脇目も振らず、過去を振り返らない。
ほなみんと彼は一時は心を通わせあった過去があったのに。
でも、それを先に捨てたのはほなみんだった。
手ひどく先に振ったのは自分だった。
嗚呼、これこそまさに因果応報。
嗚呼、だがしかし。それで区切りをツケられるほど、生易しい感情ではなかった。
――手に入らないならば作ればいい。
狂おしいほどの偏愛が異能の限界を超えて発言した。
「オリジン起動、マテリアルマスター・オーバーライズジェネレイション」
生み出したのは、彼の存在<そのもの>。
自分を愛してくれる、あったかもしれない可能性のエゴを。
複製であることを告げて、それでも、だからこそ、必死に言葉を並べて説き伏せて……口説き落とした。
本物が居る以上、彼は表立って活動できない。だから彼には専業主夫になってもらった。
それからの日々は人生で初めて感じる幸せであった。
愛し合って、体も心交わって、ついには子供も出来た。
いわゆる私生児にはなるだろうが、経済的には何ら問題はない。
嗚呼、素晴らしきかな我が人生。
だが、所詮は偏愛だった。歪んで狂った思考では詰めが甘かったのだ。
きっかけはささいな夫婦げんか。育児に対する方向性だった。
「消えて」
売り言葉に買い言葉。意図した発言ではなかった。
だが、その一言で、彼の存在は跡形もなく消えてしまった。
「え」
彼は彼女の「創造物」。生み出すことが出来たのなら、消すこともできる。
そのことをすっかり「失念」していた。
2度めの喪失。
「ああ、ああああ、ああああああああああ」
それはほなみんの心に決定的な亀裂を生んだ。
もう一度生み出せばいい、そんな安易な開き直りはできなかった。
生まれは彼女の創造だったとしても、彼女の中ではすでに彼は「本物」だったのだ。
ほなみんは愛しの彼を自らの手で「殺して」しまったのだ。
そして彼の消失と同時に、今度は自分の子供存在も、曖昧なものとして消えかけていく。
子供の半分は、自らの創造物の彼の精で出来ている。だが、彼の消失により、そもそもその精が無いものとして世界に反映されたのだ。
「私は……もう間違えない」
大事なものをなくし、それでも彼女の中に残ったものは、母性だった。
母として、身勝手な自分の思いで、何の業もない子供が消えていくのだけは避けたかったのだ。
そして彼女は、世界を敵に回す、恐怖のマッドサイエンティストになった。
どんな手をつくしても、世界を犠牲にしても、自分の子供を生存させるために。
彼女の戦いが、始まった。