山中で…生きる
勢いで。
何らかの方法で更新を知り、こうして覗きに来てくださり本当に感謝しかないです。
ありがとうございます。珍しく文字数だけあります。
「ふぅ…」
どっかと音たてて、その身を投げ出すように木にもたせかけた。もう三日はねぐらを固定して虫除けの香を焚いているせいか、揺れた枝葉から虫が落ちてくることもない。
おろした大刀を肩に立て掛けるように抱え、片膝を立てて幹に背を預ける。目を閉じて耳と肌の感覚を澄まし、その糸を網の目のように周囲に張り巡らせ拡げて行く…県都の道場で教わった頃は眉唾だと思ったが大陸に流され数年、野宿が常態化するといつの間にか出来るようになっていた。まぁ、それまでに置き引きや強盗に襲われること数度、大刀と家伝の旗以外は奪われてもどうにかはなるものだ。
じわじわと染みだすように全身に拡がって行く疲労を押さえ、緊張状態を維持して眠りを浅く閉じ込める。何もかも疲れに委ねてしまえば、明日の朝には冷たい躯を晒すことになるだろう。ここは獣たちの領域なのだから。
だが、その緊張を維持できるのもあと一夜か二夜、香の残りもあとわずかだ。明日か…明後日には一度、村におりなければならないだろう。懐の魔猿の爪牙…ここ数日で退治したそれの冷たくじゃらりとした感触を感じながら、金子に代えて得られる温かな食事と寝床を想像してみる…が、それでも気は晴れなかった。
「誰だ?」
荒野を旅すること十日ほど、ここで町なり村なりに辿り着けなきゃそろそろお陀仏…そう考え始めていたところだった。
ただそれだけを目印に歩みを進めてきた足元の轍が、いつの間にか途切れていることも、己が粗末な村の門前にたどり着き誰何されていたことも気付いていなかった…殺気を向けられるまでは。
咄嗟に体が動いた…足をなかば縺れさせながら身を引いたその足元に矢が突き立つ…
「誰だ?」
「それがし…」
そこから先の記憶はなかった。
この大陸では大河にそって街が、文明が栄えてきた経緯があるらしく、河から外れるほどに田舎だという認識がある。幾つかの例外はあるが、おおよそはそのような認識で良いようだった。
流れ着いて数年、正確な月日は分からないが、物陰から街道を行く人々の声に耳を傾け、時に街道の隅でうずくまってえずく青年が気をまぎらわすように馬に語り掛ける衆道に耳を傾け、時に運良く入り込めた街の油屋の前でブツブツと呟いてる怪しい男の独り言に耳を傾け…そうして覚えた片言の言葉が、どうにか命を繋いでくれたのだ。
この村のような河から外れに外れた辺境は滅多に余所者が足を踏み入れないこともあり、より排他的だ。
それでも、大河と街道の要の街でちょっとしたいざこざに巻き込まれた自分は、外れへ外れへと歩き続けるよりなく、気付くと相当な辺境でもある貧しい開拓村へとたどり着いていた。
「ちゃーん」
不意をついて後ろから抱きついてきた幼子はダーイという。まだ片言の自分に一生懸命に話しかけてきてくれる…よく笑う俺の練習相…もとい先生だ。
呼び掛けの際など、未だわからぬ単語も多いが、ダーイのお陰で急速に言葉を取得している己を実感していた。ただ、ダーイを真似て話すことで幼子の拙い言葉もそのままに覚えてしまうため、しばしば村人たちの前で赤子言葉のような感じで話してしまっているらしい…内心では羞恥に身悶えするのだが、余所者に対する警戒心を解いてもらう一助にはなっていた。
むろん後ろから近付く彼の気配には気付いていたが、玩具を前にした仔猫のように逸り気を抑えられないそれに覚えが有りすぎて、敢えて気づいていないふりを決め込んでいた。
「ダーイ!ビックリさせるな」
大袈裟に驚いたふりをして、背に上ろうとするダーイを抱えてそのまま立ち上がる。門番も気付いていたようで苦笑いしながら通してくれた。
辺境のそのまた辺境…ある意味開拓の最前線と言うべきその村では、多少怪しげな風体だろうと言葉が片言だろうと戦える男手は重宝するのだろう。気付くと村の外れに立てられた廃屋に横たえられ、ダーイとその母…というには若すぎるマーチャという娘に世話をされていた。もしかしたら姉なのだろうか?
それより三月、どうにか体力を取り戻しつつある俺は今、村外れの小屋に住み、村に行商が回ってくる頃を狙って森に込もり狩りをする。この森に住む魔猿と呼ばれる手足の長い小型の猿の牙と爪が高値で売れるのだという。村人たちも交代で森に入り罠を仕掛けているのだが成功率は低く、掛かれば儲けもの…といった具合だった。
目の前に木の実をおいて、大刀に手を掛ける。抜き打ちには向かぬ長さなれど、しっくり手に馴染む感覚。とても他の得物に持ち代える気は起こらない。
目を閉じてゆっくり呼吸を整える。そうして意識の糸を周囲に拡げて行く…このまま半日でも身動きひとつせずに気配を殺し意識を澄まし続け、己自身を罠と為す。
中から外へ…時間の感覚がなくなるほど繰り返した頃にそれはやって来た。
森のなかでも比較的上位に位置する魔猿の警戒心は希薄だ。人やそれの仕掛けた罠に対するものこそ高いが、それ以外の存在には遠慮なく、今も木の実に群がる小鳥たちを追い払うように奇声をあげながら近付いてくる。
目を閉じて俯瞰をイメージした仮想の視界の中では、黒い棒切れを繋ぎ会わせたように感じられるそれは、数日前から繰り返し狩っている魔猿に間違いないだろう。
己の拡げた知覚の網の上を一歩、また一歩。
ここで気に逸ればたちまち逃げられてしまう。流れ着いた孤島から大陸の森に分け入って覚えた狩り。どんなにハラヘリでも食欲…いや、殺気を漏らせばたちまちに気取られてしまう。
心を無にし己を消す。野生の獣の鋭い感覚を騙し通すなど出来ないのだから、すべてを無にし無のまま伐る。
剣禅一致、道場で稽古前に復唱した言葉が胸によぎった。微妙に違う気がしないでもないが、己の至った剣の地平はここにある。喰い気に逸るものは食事にありつけぬのだ。
「しっ!」
烈吐の気合いも大音声の雄叫びも無く、ただ無のまま無の心で刀の間合いに入った獲物に向かい大刀を振るう。
爪で…牙で、その身を守るためのそれらを振るう間もなく首が落ちた。
お読みいただき、ありがとうございます。
時間があちこち跳んでいるのは後でなおすかも知れません。
書き方をある方に相談したところ、直しすぎ削り過ぎでは?とのアドバイスを頂いたので、まずは書いてみるを意識して。
小さな子供のように一つづつ…です。