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漂着…生きる

以前に短編で投稿し、後から変えられなくて困ったので一応。続きの構想も予定も今のところありませんが…ここまで来ていただけた方には感謝を。

 気がついたら浜にいた。左手に握りしめていた大刀と背に括りつけていた家伝の旗以外に何もなく、あとは褌と着物だけが己の全財産だと知れる…ひもじい。



 シイウは小さな村の木っ端だったが、官僚なので一通りの書は納めていた。また、父は貧しい土侍であったので食べられる野草の類いにも通じている…はずだったのだが、その己をして、見たことも聞いたこともない植生なのだから、随分と流されてしまったのだろう…ぐう。



 意識が戻り、全身と持ち物を確認した後は周辺を散策するも、里はなく、半日ほどで一周してしまえる程度の島であることと中心の岩山に水が沸いていることを確認したのみの一日であった…正直途方にくれるより無い。動物の影さえ見えぬ小さな島では、空腹は水でも飲んで癒す他なく、見たこともない木の実を5つほど手に入れたものの、当たったときにその原因を切り分けるため、明日までお預けすることとした…水腹ツラい。



 故郷の村も海辺の寒村であった。幸いこの浜は暖かだが季節というものがある。故郷の地で蝕に巻き込まれたのは春の始めだが、そもそも蝕は時を越える。ここがどんな季節なのかも見当がつかない。



 蝕は突然起こる。まるで虚空に繋がる穴が空に開いたかのように全てを吸い込もうと吹き荒れる。蝕が起こると周囲の物は家だろうと石垣だろうと人だろうと全てが吸い付くされ、後に残るのはごっそりと削り取られた大地だけだ。

 早ければ一瞬、長いと半日ほども吹き荒れるので、そのときは役場で避難誘導にあたる。あの時も村のじっさま達を背負って逃げている最中だった。咄嗟に進路とは逆方向に投げ出したつもりではあったが彼等は無事だろうか。



 見渡す限りの浜は、故郷のやや黒みがかったものと違って白い。見覚えのある草木も、星も、人影も、食料のあてすらない上は早急に脱出しなければ死が待つばかりだろう。とりあえず西側に見えた島まで泳ぐしかないのだろうか…そんなことを考えながら、大刀で無理矢理カチ割った木の実の中身をそっと啜る二日目。幸いにして生水で腹を下すことなく迎えられたが、そろそろ空腹も限界だった。自制心を相当に意識してゆっくりと食さなければ夢中でかぶりついてしまいそうだ。極度の空腹時にそんなことをすれば命に関わる。


 視線を西の大陸の影に向けて気持ちをそらしながら、震える手で実の中身を掬ってみた。プルプルと頼りない触感だが、中心部に蓄えられた汁の味は悪くない。なれない…わずかに油のような癖のある香りに戸惑ったが、ほんのりと感じる塩気と、強い甘み持った白濁した液体は美味と言っても良い。意を決して内側の果肉部分を口に含む…




 気付くと五つしか採れなかった木の実は全て割られ、殻が周囲に散らばっている。顔中べたべたにして繊維質の実の内側、皮と呼ぶべきところまで子削げとってしまったようだったgq…まるで記憶にない。これで食べられない実だったというなら、この命もあと僅かなのだろうが、不思議と命を繋いだという確信があった。


三日目…


  十日目…


      ……



「おい新人、先に飯喰ったんだからしっかり働け!」


 背後からの怒声に思わず首をすくませる。

市場の片隅で日雇いの荷運び職にありつけたものの、売店に積まれたあの果実に目を奪われ思わず足が止まっていたようだ。


 この大陸に流れ着いて五年。それだけの月日を経てなお鮮明な甘露の記憶…超絶な空腹時に全身に染み渡るようだったあの味を思い出し、思わず喉の奥が鳴る。


「ごくりっ(×2)」


 自分の物でない、けれども驚くほど盛大な嚥下音にドキりとして思わず振り返る。ちょっと人とは思えないような、すらりとした美女が俺と同じく市を見つめながらよだれを…ってヨダレ?


「美人なのになぁ」


 心のなかで呟く。浮世離れした美しさとほっそりとしたシルエットはエルフの物だ。あれから色々あって故郷では見たことの無かったエルフという生き物も覚えた。


 言葉を覚えるところから始めなければならなかったため、中々まともな職につけなかったが、ようやく日雇い職程度にはありつけるようになったし、冒険者という荒事混じりの雑用職で少しばかりまとまった金子も得られるようになった。


 ひもじさに耐えかねる日も無いでも無いが、故郷を遠く離れた地でなんとか俺、生きている。

 まだ日が落ちるには早いが、目の前の仕事をさっさと片付けて今夜の飯にありつくとしよう。


「ぐぅ~っ(×2)」


 仕事を再開しようとした矢先に腹が鳴る。またか…なぜ隣の美女と同時に…


「美人なのになぁ」


 己を棚にあげ、思わず声に出してしまってから、慌てて目を反らし、いそいそと荷を押す…背後からの睨まれているような気配を感じるのは気のせい…きっと気のせいだ。


 異国の地で今夜の塩スープに入る野菜に思いを馳せながら、なんとか俺、生きている。




お読みいただき光栄です。ありがとうございました。

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