お呪い
もうすぐ夏休み、今年の夏は小学生最後の夏。卒業したら皆とバラバラになっちゃうし、出来る事は全部やりたいって思う。
んで、今は放課後に親友のオッシーと一緒に夏休みの相談中。でも中々話はまとまらない。
「だからさ、旅行は無理でもちょっと遠出ぐらいなら出来るんじゃない?」
「で?どこ行くの?どっかいいとこあるわけ?」
「えぇ?それ考えんのがオッシーの仕事でしょ?」
「なんでだよ!」
まあ相談と言っても、遊び半分だ。これ自体が今日の遊びと言っても過言じゃない。
「あ、そうそう。それより面白い話聞いたんだぁ」
「なになに?」
「嫌いな人を消すおまじないってのがあるんだって!」
「またまた物騒ですなぁ」
「簡単なんだけど、みぽしもやってみたら?」
みぽしって言うのは私の事。本名は美緒なんだけど、なんでかみぽし。理由は忘れちゃったかな。
「えぇ、消すってようするに死ぬって事でしょ?」
「うーん、たぶんね?」
「なんか怖くない?てか簡単に殺せるってどうよ?嘘くさい」
「まあおまじないなんてそんなもんだよ」
「それ言ったらお終いじゃん?」
オッシーはこういうのが好きで、よく私に教えてくれる。この前も頭が良くなるとか言っておまじないを教えてくれたが、テストの点数は案の定散々だった。
「で?どうやるの?」
「えっとねぇ、まずノートに嫌いな人の名前を書いて……おい、私の名前を書くな」
「うそうそ、冗談だってば」
「フルネームでね?そしたら自分の名前も書くの」
「ほうほう」
「その下に書いた時の日時も書く」
「それで?」
「破って嫌いな人の引き出しの上の所に貼るんだって」
「引き出しの上って……ここ?」
私は机の天板の裏を指差す。
「そうそう、そこに貼って一週間気付かれなかったらいいんだって」
「あぁ、確かに気付かないかも」
「パンパンに中入ってたら無理かもね」
「じゃあオッシーは駄目か」
「いやいや!私ちゃんと片付けてるから!」
二人で笑い合う。こんな時間がずっと続けばいいのにな……。
「そういやさ、羽柴君とはどうなの?あれから」
オッシーはニヤニヤしながら話を変える。羽柴直人君、同じクラスの男子で、私が好きな人。スポーツも出来て頭も良いし、顔だって超イケメン。たまに意地悪されたりするけど、それもまたちょっとだけ嬉しかったりする。
「それがねぇ……はぁ……」
「なに?あんまり進展なし?」
「私は人殺すおまじないじゃなくて、恋が叶うおまじないを知りたいよ……」
「お!それならいっぱいありますぜ!?」
「あんたの言うおまじないは全部やったっての……」
「そうだっけ?」
「そうなのー」
何度おまじないをしても、羽柴君が私に振り向いてくれることは無い。だって……。
「今日だってさ?お昼休みに一緒にドッジやったじゃん?」
「あぁ、最近私らも入るもんね」
「せっかく羽柴君と一緒のチームになれたのに、私すぐに外野に行かされるし……」
「そりゃああんたが当たるのが悪い」
「それだけじゃないんだよ!羽柴君ね!?ずっと立花のこと守ってたんだよ!?」
「あぁ、立花ユイカか……」
そう、立花ユイカ。頭も良くて可愛くて、先生にも信頼されてる上に男子からの人気もいつも一番。私とは似ても似つかない完璧な女の子。
「酷くない!?私はすぐに当たっちゃったのに!立花が最後まで残ってたのって、羽柴君が守ってたからなんだよ!?」
「まあ確かにね……あいつは男子に人気あるから……」
「ずるいよ……あんなのただちょっと可愛くて、頭がいいだけなのに……」
「いやそれかなり点数高くないか?」
「そんなことないよ!絶対あいつ性格悪い!じゃなきゃ釣り合わない!」
「でもなぁ……」
オッシーは何故か気まずそうな顔をする。
「な、なに?まさかオッシーまで立花信者なの?」
「いや、信者って訳じゃないけど、あいついいやつじゃん?」
「うっ……」
そんなの知ってるよ。困ってる時に助けて貰ったことなんて何度もあるし、宿題だっていつも嫌な顔一つせずに見せてくれる。私の誕生日会にも来てくれたし……挨拶するといっつもニコッて笑って返してくれる。
「はぁ、やっぱり立花には敵わないのかな……」
「あれは強いわ」
「だってマジでいい奴だもん。私が男子なら絶対好きになってるよ……」
「そうだな、私も自信ある」
「なんかいい方法ないの?立花から羽柴君を奪い取る秘策とか」
「夏休みに入るまでが勝負だよな……」
「やっぱりそう?」
教室に貼ってあるカレンダーを見る。夏休みは21日からで、今日は14日だからもう後一週間しかない。
「一週間でなにが出来るのよ……」
「そうだな……人を殺せる!」
「もういいよ、それは……」
「いっそ立花にやっちゃう?」
「……え?」
そうか、立花がいなくなれば……。
「で、でもさ?それって自分の名前も書くんでしょ?」
「そうだね」
「じゃあやっぱりやだよ。バレたら超気まずいじゃん」
「確かにね。てか立花殺すなよ」
「分かってるって!私だってそんなことしたくないよ」
立場上好きにはなれないが、死ねばいいと思う程嫌いにもなれない。
「あら?まだ残ってたの?」
その時、教室に例の立花ユイカが入ってきた。
「うわわ!立花!?」
「え?なに?」
突然入ってきた立花に驚き、私は取り乱す。
「は、話聞いてた!?」
「話って?あ、まさか……」
「まさか?」
「私の悪口でも言ってたの?」
怒る顔さえ可愛い立花は、すぐに笑ってこう言った。
「ま、みぽしとオッシーが悪口なんか言う訳ないよね?」
「も、もちろんだよ!」
「神に誓おう」
危なかった……。
「それよりなにしに来たの?」
「え?あぁ、ちょっと忘れ物をね?」
ホント可愛いなぁ。こんなのがいたらそら羽柴君も……。
「みぽし?」
考えてたらなんか腹立ってきた。立花はより取り見取りなのに、なんで私の好きな羽柴君まで取っちゃうのよ。
「立花ってさ……好きな人とかいるの?」
私の突然の質問に少し戸惑う立花。しかし意外に答えはすぐに返ってきた。
「い、いるよ?」
「うそ……誰!?」
「絶対言わない?」
「言わない言わない!」
「神に誓おう」
顔を赤らめた立花は、もじもじしながら小さい声で言った。
「えっとね……羽柴君……」
詰んだ。はい詰んだ。終わったよ、私の夏。
「あれ?みぽし?」
「みぽし大丈夫か?」
「え?なに?全然大丈夫だけど?」
駄目だわこりゃ。こんな化け物になんか勝てる訳ない。むしろ勝ってる部分が見つからない。
いや、待てよ……。そうか、これなら……。
「ねえ立花!おまじない教えてあげようか!」
「おまじない?」
「うん!好きな人に思いが通じるおまじない!」
「なにそれ!教えて!?」
「えっとね?まず、ノートに自分の名前と相手の名前を書くの」
オッシーがビックリして私を見るが、私は睨みつけて黙らせる。
「それでその下に書いた時の日時を書く」
「ふんふん」
「最後にそれを破って、相手の机の引き出しの上の所に貼るんだよ」
「それだけ?」
「そのまま一週間、誰にも見つからなかったら成功らしいよ?」
「へえ!そうなんだ!」
「ねえ、立花もやってみなよ」
オッシーがオドオドしている。でも大丈夫だ。別に一週間そのままにしようって思ってる訳じゃない。頃合いを見て、私が羽柴君に教えればいいのだ。このおまじないの方法と、本当の意味を。そして羽柴君に言うんだ、羽柴君の机には貼ってないよねって。
「えぇ、でも私はいいや」
「え!?な、なんで?」
「あ、そうそう。忘れ物取りに来たんだった」
立花はそう言うと私の席に近づいて来る。なんだ?立花の席は向こう……。
「ちょっと退いてくれる?」
「え?」
立花は自分の席に座っている私を退かすと、勝手に机の引き出しに手を入れた。
「よし、ちゃんと貼ってあったわね」
「……え?」
立花が引き出しから出したのは、一枚のノートの切れ端。
「じゃあまた明日。バイバーイ」
私はいつも通り満面スマイルで帰っていく立花を、ただ茫然と見守るしか出来なかった。
「み!みぽし!これ……」
机の上に置かれたままのノートに書いてあったのは……。
『立花ユイカ 飯田美緒 2015年7月7日15時55分』
時計を見ると、もうすでに16時を回っていた……。