病室にふたり。
「ちょ、あんた学校は?」
玲央は萌が病室にいることを諦めて、こう聞いた。
「行くのやめた。開けていい?」
萌は手に持った袋を差し出すと、玲央は怪訝そうに萌を見つめ返す。
そして大きくため息をついてから、聞き直した。
「まさか…こないだのグミ…」
萌は玲央の反応に不安を抱きながらも、袋をギュッと握って答える。
「ごめん。私。一応、お見舞いのつもり… 食べた?ぐでたま好き?」
萌はなるべく普通に話した。でももう、愛想笑いはしたくなかったし、心にもないことを言ったり、いいことしか言わない自分はやめようと決めていた。
心にもないことを言ったり、自分の心と違うことばかりしていると、心が壊れてしまう。そう言っていたのは萌のママだった。それを聞いた当時の萌は天真爛漫に「萌は思ったことしか言わないも~ん!」と笑っていたが、今の萌は 自分の心は置いてきぼりにして、形だけの毎日をやり過ごし、表面だけの笑顔で笑ったフリをしている。
楽しくないのに ウケたフリをして、好みじゃないものも、高い声で「かわいい~」と言って友達を褒めた。
「あんたぐでたま好きなの?」
玲央が低い声で返事をした。
「別に。フツー。」
萌も低い声で返す。そして フッと自分の声の低さに心の中で吹き出した。いったん自分の心のままにいると覚悟したら、かなり楽になっている。
どうせ玲央には とことん嫌わてるんだし、これ以上落ちることもない。
「私もフツー。」
玲央は答える。
「病院には青いゴムしか無かったから」
玲央は萌の持っている袋に視線を落として、ぶっきらぼうに言った。
萌が急いで袋を開けると、中には萌が編んだのと同じ、ゴムのブレスレットが入っていた。
「相手があんただとは、思って無かったけど」
玲央がちょっと不機嫌そうに呟く。
その玲央の右手に、萌の編んだブレスレットがあるのを 萌は見逃さなかった。ブレスレットに続いて、肩まで白い包帯が巻かれている。両腕、ともに、だ。
萌の顎にも絆創膏がまだ貼ってある。
萌の場合 傷の治りに問題は無かったが、紫外線に当たると傷が残ってしまうとのことで、毎朝新しく張り替えているのだった。
傷の具合を聞こうかと頭に浮かんだ萌だったが、「具合どお?」と考えて、やっぱりそこには触れてはいけないと思いたった。
萌は黙ってしまった。
玲央も黙る。
長い沈黙だった。
萌はじっと床を見つめていた。床と自分のスニーカーの爪先を見ながら、何か話さなきゃ、何か、と焦っていた。気を使わない、機嫌とりをしないなんて決めてみても、いかなり自由奔放には振る舞えないものである。
(あ、ブレスレット…!)
萌はブレスレットを玲央と同じ右手につけ、ブレスレットの話題で質問することを思いつき、意を決して顔をあげると、なんと玲央は少し起こしたベッドによしかかって、船を漕いでいるではないか。萌は呆気にとられ、クスリと笑った。
玲央が無防備な顔ですうすうと寝息をたてている。
学校では決して見せることのない優しい顔だった。その顔を見ている萌にも優しい気持ちが移ってきて、さっきまでの焦りとドキドキがどこかへ消えていく。
(そっか。こういうことかぁ。)
萌も、玲央のベッドの足元に顔をうずめる。
病院のお布団は真っ白くて、消毒の匂いがした。
顔をのせた腕に真っ青なブレスレットが至近距離で見える。萌はその青さに安心してそのまま目をつぶり、明るい瞼の裏であれこれ考え事をし、しばらくするとすっかり眠ってしまっていた。
大きな総合病院の中の小さな個室で、11歳の女の子ふたりが小さくてキラキラ光った、夢をみていた。