みんなの本当の心
玲央からもらったそのタブレットを 萌は食べずに大切に持ち歩いている。
1日に何度もポケットから取り出しては眺めて、ニヤニヤしていた。
玲央と繋がったことで、萌の息苦しさがずいぶん軽くなっている。玲央の方は相手が萌とは知らないことが萌の心に影を落としたが、やはり タブレットのイチゴミントの匂いを嗅げば、萌は笑顔になることができた。
その頃になると萌は学校へも行き、元通りといっていいだろう生活を過ごしていた。
しかし 萌の心にはやはり、ザラザラした砂のようなものが溜まったまま、なにもかもを素直に受け入れられなくしていたのである。
怪我をした萌に、みんな優しかった。みんな、玲央を悪く言って、「萌 可哀想」と言った。
家でも ママもパパも今まで通り、優しく明るかったし、表面上は変わらなく見えた。
でも。
萌はなにもかも、信じられなくなってしまっていた。
みんなの笑顔を素直に見ることができない。
みんなが、《苛められた可哀想な子》として萌を見ているように思えて惨めだった。
ママもパパも、苛められっこの娘にガッカリしていると思えてならない。
自信も、自尊心も、粉々に砕けてどこかへ消えた。
萌は惨めだった。
自分が大嫌いだった。
そんな萌の家に放課後、彩芽と苺が遊びにくることになった。
家に帰ってママに
「今日、彩芽と苺くるから」
と萌がいうと
「え?彩芽と苺!?」
ママの顔が一瞬にしてパッと明るくなる。
萌にはそれが うっとうしかった。
「久しぶりじゃーん!え!お菓子あるかな!」
ママは明らかに浮かれて、キッチンの引き出しを探り始めた。
(良かったね 苛められっこの娘のとこに友達来てくれて)
また萌の心にザラザラと砂が積もる。
彩芽と苺がくると、萌の心のザラザラはさらに降り積もった。
その時、クラスの噂話で、彩芽が
「あの子はうちらみたいに仲良くないじゃん? 」
と言った。
「あ、だからかぁ~」
苺も笑って相槌をうつ。
ウチラミタイニ ナカヨクナイジャン。
うちら?萌は息が苦しくなる。《うちら》の中に、私は入ってるの?《うちら》は《仲良い》の?
私は 彩芽と苺と、本当に友達なのかな…
そんな気持ちが萌の心を支配する。でも言えないし聞けるわけがない。
萌のザラザラの気持ちは誰にもわからないし、ママや彩芽や、他のみんなの本当の気持ちも、萌には見えない。
萌は身構えている。
また、いつ裏切られても傷つかないように、いつ独りに戻っても大丈夫なように、優しくされても喜ばないし、《仲良し》なんて言われても本気にしない。でも、だからって こうして誘われれば断るなんてできない弱虫だし、みんなといるとずっと愛想笑いを絶やさない、カメレオンな自分だった。
(疲れた……)
誰とも本音で話せない。
顔色をうかがってしまう。
「あ、もう5時だ!」
苺がそういうと、彩芽も慌てて帰り支度をし、2人は足早に帰っていった。
「じゃ~ね~ また明日ね!!」
「お邪魔しましたー!」
「気をつけてねーまたおいでー!」
ママがそんな風に友達を送り出すのを久しぶりにみた。
「彩芽、また背ぇ伸びたんじゃない?」
ママは嬉しそうに萌に話しかける。
「そうかな」
萌はもう作り笑いもできず、無表情なまま、自分の部屋に入る。3人分の空になったグラス。おやつのお皿、みんなで見て盛り上がった雑誌。
全部ぐちゃぐちゃにして窓から捨てられたら どんなに爽快だろう。大声で叫んで、暴れて、全部壊したら気が済むだろうか。
ふと、萌は思い出した。
前に学校で、玲央がそんな風にキレたことがあったっけ。階段で言い合いになって、玲央は窓から机を投げた。
玲央はあの時、スッキリしたのかな。
やっぱり玲央と話したい。誰とも話せない本音を 玲央に話したい。
玲央が自分を拒絶しようとなんだろうと、次に病院に行ったら 病室に入ろう。萌は密かに決心した。