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11歳日記ーもうすぐ12歳ー  作者: ゆるゆん
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福田 玲央

明け方 心臓が大きく鼓動して、玲央は目を覚ました。

ここのところ あまり深く眠ることができずにいる。また、長い長い一日が始まってしまった。


あの日、自分の腕を 有らん限りの力で切り裂き、止めに入った同級生をも切りつけた。

彫刻刀の当たった萌の顎の柔らかい感触が、自分の腕の傷を押し広げる肉の抵抗が、まだ 生々しく玲央の手に残っていた。


やっと死ねる。やっと終わる。


あの日 確かにそう感じていたのに。

玲央の目から こぼれ落ちたのは安堵の涙だったのに。


しかし 玲央は数時間後、病院にて しっかりと目を覚ましてしまう。

玲央が目を覚まして、まだ生きていると絶望するより早く、枕元に立っていた母親が玲央の頬を思い切り打ち付けた。


強い音が真っ白い病室に響く。

「何をやってるの!?自分が何をしたかわかってるの!!!」

母親がヒステリックに叫ぶ。

玲央はなにも応えることができない。


(ママが叩いた。ひどい。痛い。腕痛いのに。点滴してるのに。死ぬかもしれないのに。)

心の中には次々言葉が浮かんでも、それを口に出すことは玲央にはできない。


玲央の目から 言葉の代わりにはらはらと涙がこぼれた。

母親もまた、涙をこぼしている。

それでもその涙に母親の愛情があるのか、もう、玲央にはわからなかった。


(汚い手で叩かないで。あの男に触った汚い手で気持ち悪い。)


玲央は精一杯、母親を睨む。

それが 何も言えない玲央のせめてもの抵抗だった。


母親は大きなため息をひとつつくと

「ママ、仕事だから。とにかく、ゆっくりして。静かに寝てなさいよ」

そう言って くるりと踵を返し、病室を出て行った。


玲央は母に謝って欲しかった。泣いて、後悔して欲しかった。玲央がこんなことをしたのは自分のせいだと、自分が全部悪かったのだと苦しんで欲しかった。

でも現実の母は 苦しむ様子もなく 理解不能な娘にさらりと背を向けて仕事に行ってしまった。


玲央には父親はいない。

玲央がまだ幼い頃に離婚して、物心ついた時から、ずっと母と2人で暮らしてきた。

母は看護師でフルで働いていたが、外で働く母を玲央は尊敬していたし、看護師という職業をかっこいいと思っていた。1人の留守番は寂しかったけど、頑張ってるママと一緒に、自分も頑張っている気分は良かった。《2人で力を合わせて》いると思っていたからつらくなかった。いや、つらかったけど 我慢できた。

家に帰ってもママがいなくても、夕飯がコンビニのお弁当でも、日曜日に1人でも、夜が怖くても。


玲央は我慢が得意なようだった。

いつだって、心の中で巨大な台風が猛威を振るっている時だって、ジメジメ降る悲しい雨が止まない時だって、笑顔すら出し、「大丈夫」ということができた。

でも、我慢を続いていくことで、玲央の心は少しずつ、死んでいった。

毎日ひとつずつ小石を乗せられるように、押さえつけられていった。

今ではその石の山からどうやって脱出していいかわからない。



あの男が悪いんだと玲央は思った。あの男が登場してから、玲央と母の間に目に見えない壁ができた。最初は小さな違和感だったのが、徐々に、しかしハッキリと、ママは遠くなっていった。玲央の大好きなママでなくなっていった。


(お母さんに彼氏いるなんてキモすぎる)


でも、小石を乗せたのは あの男でも、母親でもなく、玲央自身なのである。


ブルっと寒気がして、玲央はトイレに向かった。

病室のドアを開けると、小さな紙袋がドアにガムテープで貼り付けてあった。

(…?なに?)

玲央はキョロキョロと周りをみる。朝一番の廊下に人の気配はない。

玲央は急いでトイレを済ませて ドアから袋をはがしてベッドに戻った。

(ママかな…?)

マジックで《福田玲央さま》とある。

袋を開ける。


中には 最近流行っているキャラクターのグミが入っていた。

「かわいい…」

玲央の小さな声が病室にこぼれ落ちる。


名前もなにもない、小さな贈り物。


玲央はテレビの脇に グミの袋を飾って、一日中眺めていた。

カサカサの砂漠だった 玲央の心に芽吹いた、小さな新芽だった。

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