萌のお小遣い
翌日 いつも通りの時間に萌が現れてくれて、玲央はホッとした。
昨日「私も」が言えなかった自分を見限るのではないかと、玲央は不安に思っていたのだった。
しかしそんな気持ちを顔には出さず、相変わらずの態度でいつもの勉強を済ませると、玲央は萌を外に誘った。
昨日 素直になれなかった、罪滅ぼしのような気持ちだった。
この病院には小さくはあるが、中庭があり、遊歩道も作られている。
「飲み物、持ってこう」
玲央の提案にカバンから水筒を出そうとした萌をみて、
「あ、なんか…コンビニで買わない?」
と玲央はまた提案する。
萌は慌てて小さながま口の中を確認した。
お金があったのだろう、萌は いいよ、と答える。
「一階にローソンあるから」
玲央が言うと、
「前ママと行ったことある」
「なに買う?」
「なんか…甘いのかな」
「私、炭酸飲みたい」
迷った末 萌はイチゴミルクを買う。がま口には260円入っており、帰りのバス賃110円を引くと150円使える。消費税はいくらになるかな…そんなことを一生懸命計算して選ぶ萌に反して、玲央はポンポンとカゴにジュースを入れ、チョコを入れ、レジでは唐揚げを注文した。値段など見ていないようである。
(たくさん、買うんだ…)
萌はなんだか気後れして言葉に出来なかった。
「行こっ」
玲央が萌を振り返って笑う。
2人は並んで、中庭への自動ドアを抜けた。
もう、秋の風の匂いがしている。まだ午前11時なのに、スズムシが鳴いていた。
2人が座ろうとしたベンチには 赤トンボが先に陣取っていた。
静かに近づいて萌はそのトンボを捕まえる。うまく捕まえることができたのが嬉しくて、人差し指と中指で羽を挟んで、自慢気に玲央を振り返ると
「いやいや こっち持ってこないで」
と嫌がられた。険しい表情をして。
「めっちゃ野生だね」
玲央がからかうように笑うのが恥ずかしくて、萌はパッとトンボを空に離す。
真っ赤なトンボが薄水色の空を羽ばたき、大きな木の枝の向こうに消えた。
「虫好きなの?」
そう聞いた玲央に 萌はぶっきらぼうに
「いや、別に」
と答える。
萌は玲央といると、自分がずいぶん子供っぽく感じる。小さながま口の中の少ない所持金も、それを計算しながらする買い物も、虫や草花が大好きなことも、全てが子供っぽく、カッコ悪く思えてならない。
萌は初めて、コンプレックスというものを味わった。
ベンチに座ってコンビニの袋を探る玲央をみて、萌は声をかける。
「いっぱい買ったんだね」
「そう?食べる?」
玲央が唐揚げの箱を差し出す。
(分けて欲しくて言ったんじゃないのに)
萌はそう思ったが、断るのもおかしいと思えて、唐揚げに手をのばす。
「ありがとう」
「萌、それだけ?」
玲央が萌の袋を覗き込むように見る。
「お腹空いてないから」
萌はドキっとしながら、早口に言う。すぐに答えないと、ドキドキが伝わってしまう気がした。
「お小遣い、そんなにないし」
萌は言い直す。恥ずかしさで顔が熱くなったが、恥ずかしさを隠すのが嫌だった。
心のまんまに。そういう自分でありたかったことを思い出したのだった。
「そうなんだ?」
玲央がキョトンとして、萌を見つめ返す。
「月…500円だもん。足りないよ」
「え!??500円!?」
玲央が大きな声を出したから、お散歩していたおばあさんや車椅子のおじさんが振り向く。
「声大きい玲央!みんな見てる」
「ごめーん!でも、500円て。うちなら足りないわ」
「だよね。玲央は?」
「うーん。月…とか、決まってないかも。ちょこちょこくれるんだよね。お金。なんか買う?とか、買っておいで、とか言って千円札とかくれる。」
「えー…ちょこちょこ…」
萌は驚いて、言葉が続かない。
「いいなぁ」
素直な言葉が口を次いで出た。
「うーん…わかんないよ。」
玲央は相変わらずキョトンとしたままだ。