後編
失恋したあとの女は憐れだ。
自分がひどく醜く見える。悪いものを寄せ集めて作った、肉の塊だ。
ベッドの上で醜い、ぶよぶよした肉の塊になった私は、このまま腐って溶けていくのだと思った。
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東京都港区、豪奢な高層マンションの最上階にある一室で、その会議は行われていた。
30平米くらいの部屋の中心に、およそマンションには不釣合いな、白い会議机がロの字型に並べられている。
人の背丈よりも高い大きな窓からは、東京湾やレインボーブリッジなどを一望することができる。
入口から奥の会議机の中心に、180センチは超えていると思われる大男が、黒い革張りの椅子に腰掛けている。
男の名はゼロ。
黒いロゴの入ったTシャツの上に、コットン地のベージュのジャケットを羽織っている。肩幅が広くTシャツの上からでも、胸板の筋肉が盛り上がっているのがわかる。
浅黒い肌に伸びた感じのボウズ頭。鼻の下と顎に髭。ファッション誌から抜け出たような出で立ちだ。
ゼロの右側の机には、細い身体の男が卓上肘をつき指を組んで座っている。
ゼロよりは小柄な男だが、日本人男性の平均身長よりは高い。
ゼロに「No.1」と呼ばれるその男は色白の細面で、切れ長の目をしている。右眉の上のあたりから、髪を左右に分けて、誠実そうな印象を見るものに与えている。
マンションで密談が始まってから一時間になる。
「停車中の車の中でチューブトップの衣類を乳頭が見えるギリギリまで下げて、胸を誇示する。しかもそのあとのセリフが『カップ入りじゃキツイからニップレスにしたの』」
「こっちは自分で短いタイトスカート履いてきたくせに『やだ、このスカート座ると上に上がってきちゃうの』だとよ。その後、何度も脚を組み替える…とも書いてある」
ゼロは読み上げた書類を、机に放り投げ、脚を組む。
「お疲れ様ですねえ」
No.1が呟くと補完委員会のメンバーから、静かな笑い声が漏れる。
「ゲロ吐きそうだろ! どんなに頑張ったって、お前らじゃ、そいつらとやれねえんだよ。恥知らずの、ズベ公共が!! もう世の中に陵辱ビデオなんて必要ねえな!」
「本物のズベ公よりは、標的は全員、普通の方ばかりですよ」
「うるせえ! 女は全員、ズベ公だ」
「フフフ、奥様もいらっしゃるのに」
No.1が苦笑する。
「ふんっ! まあ…あれは頭がいいからな」
「奥様の会社は年商20億円だそうですよ」
メンバーの一人が感嘆の声を漏らす。
「No.1、余計なことをしゃべるな!!」
「失礼しました」
「殺し屋からの報告は全部データベースにまとめてある。このデータはメンバーが好きに使っていいデータだ」
「しかし…よくこれだけのデータを集められましたね」
No.7は感心しながら、タブレットの画面を見つめる。
「殺し屋を探すのは意外と簡単だ。公務員や銀行員でも、闇金に借金するやつがいる。サラリーマンなんかザラだぞ。借金返せない顔が普通以上の奴にやらせてる。病院の事務員は薬剤師、看護師は医師に、大学は三流大からそこそこ有名大学に、少し肩書きを盛ってやればいいんだ」
「No.1、No.10に例の物を渡してやれ」
No.1は席を立ち、ゼロの対面席に座る新メンバーのNo.10に近づく。
「どうぞ、ご使用下さい。パスワード入力のあとは指紋認証でロックを解除して下さい」
No.1はメモをNo.10に渡す。
No.1が自席に着くなり、
「あの…質問、よろしいでしょうか?」
小太りで銀縁メガネをかけた、No.10がゆっくり手を上げた。
「どうしました、No.10」
「データは殺し屋からの報告のみですが、そのほかにもターゲットの自宅などに盗撮機を仕掛けて、その後の哀れな様をビデオに収めるというのは…どうでしょう?」
暫く室内に静寂が訪れる。
No.1が口を開いた。
「それは、いい趣味とは言えませんね」
「No.1、何か面白いことを言って下さい」
「おつカベ(お疲れ)」