前編
「不細工だあ…私」
由紀は鏡に映る、自分を見て呟く。瞼が酷く腫れている。
今日の夜最終便で、帰らなくてはならない。
ホテルに帰ってからは、ずっと泣いて泣きすぎて、顔が腫れ、頭痛がするほどだった。
10時にはホテルを出なければならないが、とてもこの状態で外を歩く気にはなれない。
夕方には飛行場に、向かわなければならないので、フロントに電話をかけて、もう一泊分の料金を払うことにした。
和泉祐人とは幼馴染の友達と一緒に参加した、街コンで出会った。
街コンとは一日限定のチケットを買い、指定された居酒屋などを回る合コンイベントである。チケット替わりのリストバンドを居酒屋で提示すると、定額で飲食が出来るシステムだ。
席が隣同士になった人などと会話をして気の合う異性を探す。
由紀と友達の希は三十前くらいに見えるスーツを着た三人組に声をかけられた。
話が進むうちに、三人はコピー機などを販売している会社の営業マンだということがわかった。しかもそのうちの一人、梶原は同い年で希とは同じ大学の同じ学部だった。出身大学の話で盛り上がっている希と梶原の隣で、ビールを飲みながら二人の話に耳を傾ける。
由紀の前にいる二人は由紀に興味がないのか、さっきからずっと二人で顔を寄せ合って、話込んでいる。
由紀は次第につまらなくなってきて、化粧室に向うふりをして店の外に出た。
店の前の歩道にはベンチが据え付けられており、由紀はそのベンチに腰掛けてため息を着いた。
「街コンの参加者ですか?」
由紀が顔を上げると紺のポロシャツに細いシルエットのチノパンの青年が立っている。
由紀が「はい」と返事をすると柴犬のような愛嬌のある顔をした、和泉祐人は由紀の隣に座っった。
「リストバンドですぐわかった」
祐人は由紀に手首についたリストバンドを見せる。
「お一人ですか?」
「そう、実は休みの日を利用して、こっちに住んでる友達のところに遊びにきてるんです」
祐人との話では連休を利用して、東京から遊びに来たが、祐人の場合、勤務先が総合病院で連休などの休みは、他の職員と少しずらして取らなければならない。そのためサラリーマンの友達とは休みがずれてしまい、連日、遊びに付き合ってはもらえないらしい。そこで友人から「彼女もいないから、街コンにでも参加してみれば? いい娘も見つかるんじゃない?」と提案があったそうだ。
「友達も仕事だって言ってるけど、もしかして彼女とデートでもしてるんじゃないかな? 本当のところはどうなんだろう?」
「まさかー! そんなことないでしょう」
「そうかなあ…」
「でも…かっこいいのに、彼女いないんですか? 意外過ぎます」
祐人は総合病院に勤務する薬剤師だという。見た目も爽やかでカッコいいのに…でもまあ、芸能人とかにはいないような普通のお兄さんって感じかな。
「そうかなあ、俺、あんまりモテないよ。普通、普通」
「普通にはモテるんだ〜」
由紀がツッこむと祐人はハニカミながら声をあげて笑った。
そのとき由紀のスマホが鳴る。電話にでると希が「何処にいるの?」と慌てている。説明をして電話を切ると、祐人が辺りを見ながら「どっか店にでも入りましょうか」と言った。
由紀は微笑みながら頷いて、祐人と二人で別の店に向かった。
由紀は街コンの翌日、祐人の観光案内をすることになり、車は由紀が運転した。保育園に就職したときに、ローンを組んで買った桜色の軽自動車だ。
二十五歳の由紀より三歳年上の祐人は観光案内のお礼にと、居酒屋で夕食をご馳走してくれた。その後のホテルのバーで飲もうと誘われた。
帰りは運転代行を使って帰ればいい。
由紀は場所がホテルのバーということもありその後ことを期待した。下着は、はしたなくない、可愛いのを着けている。
二人で飲んで酔いがまわった頃、祐人が「そろそろ帰ろう」と切り出し、ホテルのロビーで代行の到着を待った。
その2日後、祐人は東京に戻った。
祐人が東京に戻ってからも、由紀はメールや電話などで連絡をかかさなかった。
話はどれもこれも、たわいないことばかりだ。
友達のこと、仕事のこと、食べて美味しかったもの、虹を見たこと。
祐人の話すことは、すべてが新鮮でどんな些細なことでも、忘れることはなかった。
自分のことは何でも話せた。次第に彼は由紀にとって友達以上の存在になっていった。
季節は過ぎクリスマス前、由紀は祐人に会いに、東京へ行く決断をした。彼に会って告白しようと思ったのだ。
祐人は簡単に会うことOKしてくれた。
由紀はクリスマスイブに飛行機に乗り東京へ向かった。
クリスマス街はイルミネーションが灯り華やいでいた。
由紀はプレゼントのセーターを用意し、指定されたイタリア料理のお店で祐人を待つ。
救急外来のある総合病院なので、休日でも仕事があるのだ。
クリスマスの店内は、どこを見てもカップルだらけで、席は満席だ。空いてる席の上には予約席のプレートが置かれている。入ってくる客の何人かが「満席です」と店員に断られていた。
お店は祐人が予約してくれていたのだ。由紀は目頭が熱くなる。
「遅れてごめん!」
祐人は椅子を引いて、席につく。
「外、寒かったでしょ? 」
コートを脱ぐ祐人に向かって、由紀は聞いた。
「うん、つっても俺はずっと住んでる所だから慣れてるよ。由紀こそ、寒くない?」
「うん、実は東京とあまり変わらないんだ。街だから」
由紀が真顔で答えると、祐人がプッとふきだす。
「街…かあ?」
「あー! ちょっと田舎者って感じの言い方しないでよ! 住んでる所は一応、県庁所在地なんですからね!」
由紀の答えを聞いて、祐人はさらに笑う。
ふくれっ面をした由紀の前で、店員の渡したメニューから、祐人はワインを選ぶ。
コース料理が次々、運ばれてくる。
「斎藤さんがさあ」
祐人の言う斎藤さんとは、病院の事務員さんのことだ。祐人より一つ年上で、嘘か本当かわからない話をする人だという。
「出会い系サイトで知り合った女の人とデートした帰りに、電車に乗ったら…ちょっとムラムラしてきちゃったらしくってさ、それで腕を組むふりして、女の人が座ってる側の反対側の指で、胸を突ついたって言うんだよっ」
「何それ〜、痴漢じゃん!」
「それでさ…女の人が何も言わないから、続けて突ついてたんだって、そしたらさ女の人に…「何でお腹つついてんの?」って言われたらしいんだよ〜」
「絶対嘘だ〜」
「だろー、話作ってるでしょ?って言っても「二段腹だから、おっぱいと区別がつかないんだよ」って」
「もう、ひどいよ〜」
「ホントだよなー、ゴメン」
由紀も祐人も、そうは言いながらも、二人でお腹を抱えてゲラゲラ笑う。
二人はおしゃべりをしながら、コース料理を食べ、あっという間に二時間がたった。
ワイン瓶も、もう空っぽだ。
お腹がいっぱいになった二人は無口になる。
由紀は用意していたプレゼントを祐人に差し出す。
「ありがとう!」
祐人は箱からセーターを取り出す。
「ゴメン由紀! プレゼント…用意してなくて」
祐人は掌を合わせて、頭を下げる。
「お詫びに、ここの支払いは俺に払わせて!」
二人の特別な日だと思っていた由紀の胸がチクっとした。
由紀と祐人が店を出ると祐人が「ホテルまで送るよ」と由紀の泊まるホテルの方向を見る。
二人は並んで歩く、二人の吐く息が白い。
「祐人…あの、あのね」
由紀は一度、強く目を瞑って、目を開けると、
「私と付き合って下さい!」
と一息で言った。
心臓がバクバクする、身体が小刻みに震える。
顔を上げると祐人が、顔を曇らせている。
「ごめん…」
少し間があいてから、
「由紀とは付き合えない」
と言った。
「どう…」
どうして?と由紀が尋ねようとしたとき「ホテルまで送るよ」と祐人は由紀の言葉に被せるよう言った。
祐人はホテルの前まで来ると、
「メリークリスマス! 良いお年を!」
と言って大きく弧を描くように手をふった。
由紀も青ざめた顔で
「メリークリスマス」
と呟いた。