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最期の記憶



「最後に俺が覚えているのは、五稜郭だ。あの関門で……俺は確かに撃たれた。腹を貫くような焼けつく痛み、ありゃあ今でも記憶に残っている」


 土方サンは腹部を抑えると、眉間にシワを寄せる。


「撃たれた? 確かに、貴方は函館が最期だと聞くわ。でも……人形であるはずの貴方に何故、そんな記憶があるのかしら」


「わからねぇ……だが、その先の記憶は……ねぇな」


 悲しそうな表情を浮かべる土方サンに、私は何と声を掛けたら良いのか分からなかった。


「フン……鬼の副長も、ザマぁねぇなぁ?」


「んだと!? お前は相当、俺に斬られてぇみてぇだなぁ」


 土方サンは、嘲笑う高杉サンを見据えると、針の様に小さくて細い刀に手を掛け抜刀する。


「トシ! やめろと言っただろう? 良いから今は刀を納めろ」


「だが、近藤サン! こいつだけは斬らなきゃ気が済まねぇ。頼むから止めねぇでくれ!」


 近藤サンが制止するも、土方サンは気が収まらない様で刀を仕舞おうとはしなかった。


「土方サン! 助太刀しますぜぃ」


 あろうことか、総司サンまでが抜刀し高杉サンの前へ立つ。



「もう! 止めなさーい!!」



 口を開けば喧嘩を始めようとする土方サンと高杉サンを摘まみあげた。


「って! 何しやがんだ! さっさと離しやがれ!」



 暴れる土方サンと高杉サン。



「ほう、ええ眺めじゃのう? 美咲さん、こやつ等は下ろすとすぐに喧嘩を始めよるき。しばらくの間そうして持っていてつかぁさい!」


 龍馬サンはケラケラと笑いながら言った。


「てめぇ、坂本龍馬! そこに直れ! 俺が斬ってやる」


「おうおう、新選組の副長サンは長州男児にも負けず劣らず、血気盛んじゃのう」


 相変わらず私の手の中で暴れる土方サン。


「もう良い……さっさと下ろせ」


 土方サンとは対照的に、すっかりおとなしくなっていた高杉サンは、吐き捨てるように言った。


「もう、本当に喧嘩しない?」


「しねぇよ……だから下ろせ」


 高杉サンの言葉を信用し、私はそっと下ろした。


「土方サンは? もう喧嘩しない?」


「チッ……分かったよ。もうしねぇよ」


 不機嫌そうに呟く土方サンも同様に、下におろした。




「先程の話を聞いていて思ったのだが……いや、だがこれはまだ仮説に過ぎんな。そこで、皆に一つ尋ねたいのだが……最後に残っている記憶は、何だ?」


 難しい表情で頭を悩ませていた久坂サンが、突然口を開いた。


「玄瑞、君はどうなのですか? 玄瑞の持つ最後の記憶、それからまず話してごらんなさい」


 桂サンは、先に久坂サンから話すように促した。


「そうですね……。私の最後の記憶は、御所への出兵だ。あの日、戦の手立てが無くなった私は入江らを引き連れ、鷹司邸へと行った。そこで私は……確かに自刃したのだ! 刃が己を貫く感覚……それは今でも生々しく残っている」


 久坂サンは、そう言うと唇をかみしめた。


「晋作、貴方はどうなのです?」


 桂サンの言葉に、高杉サンは面倒臭そうに口を開いた。


「俺か? 俺は……下関だな。それまでの俺ぁ、労咳の血を吐きながらも酒をかっ喰らい、気力だけで前線で指揮を執り続けてきた。だが、徐々にそれも叶わなくなってきちまってなぁ……松陰先生の墓の傍に建てた小屋で、先生の墓守をしながらウノと余生を送っていたのさ。まぁ、最期に望東尼のお蔭で良い句が出来た事が幸運さな」


「面白きことも無き世を面白く、住みなすものは心なりけり……でしょう?」


「お前、よく知ってんなぁ」


 高杉サンは小さく笑う。


「この句……好きなの。でも、私には到底出来ない事……だけどね」


 しんみりとしてしまった雰囲気の中、総司サンが元気良く手を挙げる。


「はいはーい! 次は僕ね? 僕も労咳だったんだよねぇ。千駄ヶ谷の離れでね、僕は死んだ……と思う。けどさ、本当に死んだのかよく分からないや。だって、こうして近藤サンや土方サンが居るんだもん! あの世だったらさ、きっと土方サンだけは地獄に行く筈でしょう? 僕と近藤サンと同じ所に居るはずがないもんね」


 総司サンは、悪びれも無くそう言い放つ。


「てめっ! 総司!!」


「あはは。やだなぁ土方サンでば、冗談ですよ! そんな怖い顔をしないでよ」


 小さいからだろうか?


 総司サンにからかわれている土方サンが、何だか可愛らしいと思ってしまう。



「私は……流山でトシ達と別れ、その先は…………」



 近藤サンはそこまで言いかけて、言葉を濁らせた。


「近藤サン! それ以上は……頼むから言わねぇでくれ」


 土方サンは苦しそうな表情を浮かべた。





「そうですか……では、土佐の皆さんは如何ですか?」


 桂サンは、龍馬さんに目を移す。


「わしか? わしゃあ……軍鶏鍋が喰えんかった事だけが気がかりじゃ!軍鶏鍋ぇ喰えずに死ぬたぁのう」


 龍馬サンは頭をかきながら言った。


「それだけ……ですか?」


「あぁ、ほんだけじゃ!」


 全く説明になっていない龍馬さんの言葉に、桂サンは苦笑いする。


「龍馬は話をまとめ過ぎじゃき! ほいたら、わしが代わりに説明しちうぜよ」


 龍馬サンに代わって、中岡サンが話し始める。


「あん日は、近江屋で軍鶏鍋ぇ喰おうと集まっちょった所をわしらは襲われたぜよ。峯吉の奴がもうちくっと早う戻ってきちょれば……軍鶏鍋を喰うてから行けたがじゃ」


「結局アンタも軍鶏鍋かよ! 土佐のモンはどうしてこうも揃いも揃って、似たような事を言いやがるのかねぇ」


「そりゃあ決まっちゆう。仲間じゃからのう。おまんら新選組も似たようなモンじゃろう?」


「うちには、そんな能天気な奴ぁ居ねぇよ」


 中岡サンの言葉に、土方サンは深いため息をついた。


「土方サンも似たようなモンじゃないですか?」


「何!? 総司、何が似たようなモンなんだか言ってみろ!」


「えー、言っても良いんですかぁ? ほら、土方サンは可愛らしい句を詠むでしょう? その時の土方サンは彼らと同じくらい、ほのぼのとした表情を見せるんだろうなぁって思ったんですよ」


 総司サンの突然の暴露に、土方サンは固まる。


「何だ、貴殿も句をやるのか。それならば一度手合せ願いたいものだな。なぁに、生前の事は互いに水にながそうではないか」


 そんな久坂サンの言葉も、土方サンには届いては居ないようだった。




「次は俺か……武市先生に裏切られ、全てを失い……土佐での尋問後、首を斬られた。ただそれだけだ」


 以蔵サンは、端的に話した。


「そういえば……桂サンはどうなのですか? 新しい世は訪れたのですか?」


 久坂サンは興味有り気に尋ねた。


「新しい世は訪れましたよ。これも玄瑞や晋作のお蔭ですよ。私の最後の記憶は、やはり死期が迫った瞬間ですね。病に臥した最期でした」


 桂サンは笑顔のまま言った。






 ここまで話を聞くと、鈍い私でもおおよその予測がついた。



 きっと



 それぞれが亡くなる瞬間、それを契機に魂が飛ばされ、どういう訳か私の人形に身を寄せたのだろう。




 とはいえ、私の勝手な見解なので信憑性は無いのだが……そう考える方がわりと、しっくりくる様な気がする。



 

 生きた時代は同じではあったが、亡くなった年や日付などはそれぞれ異なる。




 何故、この人たちの魂が私の人形に舞い降りたのだろうか?




 たまたま、私が選んでこの人たちを描いたから?




 それが偶然なのか必然なのかは分からない。



 ただ一つ分かったことは……




 この世には、説明の出来ないような不思議な出来事に遭遇することがある。




 ……ということのみであった。



 こうして、九人の小さな偉人と私の生活は、静かに幕を開けたのであった。






 




 






 


 


 

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