ぼっちで何が悪い!?
時間というものは誰にとっても平等に過ぎて行き、楽しい時間も辛い時間も気付けば過去の物となって行く。
辛く悲しい事ですらも、時が過ぎれば自然と風化していくものだ……
それだけを心の支えに、私は毎日をただ必死に生きていた。
学校という私にとって最も辛い時間を終えさえすれば、その後は私だけの時間が待っている。
誰に何をされるでもない、安全で至福の時間。
今日も私は一人、帰り路を急いだ。
「ただいまぁ」
答えてくれる人など居はしないのに、私はいつもの様に呟く。
それは、単なる習慣なのだろう。
両親はきっと、今夜も遅くまで戻らない。
寂しくなんかない。
そう自分に言い聞かせる。
「そういえば……今日届くんだよね。んー、まだ来ないのかなぁ?」
私は部屋の掛け時計を見上げた。
独りで過ごす時間が人一倍多いせいか、独り言もすっかり板についている。
私が待っている物………
それはネットで注文した、とある品物だった。
学校でも家でも変わらず独りぼっちの私。
そんな私の、もっぱらの趣味といえば人形作りだ。
部屋は、今まで作ったぬいぐるみや人形であふれている。
今回はというと普段とは趣向を変えて、小さなコケシを作ろう……と思い、その材料を注文していたのだ。
材料とは言ってもコケシの形は既に出来ており、それに好きな様に絵付けをして完成……という、何ともお手軽な物だった。
ピンポーン
ドアのチャイムが鳴るなり、私は玄関へと駈け出した。
宅配業者から小包を受け取ると、早速部屋へと向かう。
「どんなコケシにしようかなぁ」
珍しく鼻歌を歌いながら、包みを開く。
その中には、およそ中指程の長さの小さなコケシが十体、綺麗に並べられていた。
それに加えて、説明書と絵付け用の道具が一式揃っている。
「さてと、どんなコケシちゃんにしようかなぁ。家族? んー、それじゃあ流石に多すぎるよね。なら、大好きなあのアニメのキャラ? ……は私にはハードルが高すぎるし」
悩みに悩んだ私は、それらのコケシを幕末の偉人に見立てる事にした。
「初めてなんだし無難に行きますか! それじゃあ、まずは……新選組ね。近藤勇に、土方歳三……それと沖田総司かな」
本人の服装などに関しては、ネットで見つけた写真を参考にしながら、次々に絵付けをしていく。
あくまでコケシなので、顔立ちは可愛らしく描いた。
「残り七体……やっぱり幕末と言えば、坂本龍馬だよね? 龍馬のお友達に中岡慎太郎も仲間に入れてあげよう。えっと……あとは長州! 高杉晋作に桂小五郎、それから久坂玄瑞」
こちらの五体も、難なく描き上げる。
「あと二体……かぁ。新選組が三体で、長州が三体。それなら、土佐をもう一体増やそうかな? 土佐……誰が有名かなぁ? 武市半平太か岡田以蔵か、岩崎弥太郎か……良し! どうせなら剣豪の岡田以蔵にしよう」
とはいえ……以蔵を入れても、あと一体残ってしまった。
しかし、どこかの藩の誰かを一人だけ増やしてしまうと、何だか全体のバランスが悪い様に感じる。
仕方がないので、残りの一体は気が向くまでは、そのままにしておく事にした。
先程塗った艶出しが乾くまでの間、私はシャワーでも浴びて来ようと思い立つ。
立ち上がった際に、ふと机の上の携帯電話の目を向けると、メール受信の文字と共にランプが光っていた。
「ふうん。お母さん、今夜から三日間帰らないのね。それならきっと、お父さんも……帰ってこないよね」
母は仕事一筋という、男性にも負けない気概を持った人だ。
聡明でバイタリティあふれる彼女は、仕事で帰らない日などしょっちゅうある。
父は父で、明日からの様な連休のタイミングに母が仕事になると、決まって帰ってこない。
ずっと前から、その理由は私も母も分かっている。
母以外の女性、つまり愛人と過ごしているのだ。
高校生の娘を一人家に残して何をやってるんだか……とは思えども、私自身も独りの時間は大好きだし、今のところは何不自由なく暮らしているので、別段何とも思わない。
「さぁて、お風呂に行こうかな」
着替えを手にすると、私は浴室へと向かった。
入浴を済ませ、鏡台の前で髪を乾かす。
一通りの作業が済むと、私は乾かしていたコケシに目を向けた。
「うん! 乾いてる、乾いてる。中々の出来ね! それにしても可愛いなぁ……あとでまた買い足して、仲間を増やしてあげるからね」
そう言いながら、小さな幕末の偉人達をそっと机の上に並べた。
「もう、こんな時間……かぁ」
気付けば時計の針は既に、深夜1時をまわっていた。
明日から三連休……
何をして過ごそうかと考えながら、私は眠りについた。