第1話 少しだけ、のつもりだった
会っている時には、気づかなかったことが、
一人になってから、ふと分かることがあります。
誰かを大切に思う気持ちは、
必ずしも、大きな出来事によって変わるわけではありません。
何でもない夜。
少し多すぎる料理と、一匹の猫。
そんな食卓から、修一の小さな転機が始まります。
『灯り合わせ』『幸せの処方箋』に続く物語ですが、
初めての方にもお読みいただけます。
少しだけ作るつもりだった。
レンコンを切り、鍋へ入れたところまでは、そう思っていた。
だしを注ぎ、酒とみりんと醤油を加える。
火を弱めてから冷蔵庫を開けると、先に使っておきたい野菜が目に入った。
昨日の残りもある。
これには、何か一つ足した方がおいしそうだった。
気がつくと、火にかけている鍋が増えていた。
修一は、小さな台所で立ち止まった。
「誰が食べるんだ」
自分しかいない。
分かっているのに、皿を出してしまう。
明日も食べればいい。
小分けにしておけばいい。
そういう相談は、いつも作ったあとに始まった。
レンコンを一つ、箸で取った。
皿の端で少し冷ましてから噛むと、歯に心地よい抵抗があった。
醤油の向こうに、だしの味がする。
もう少し濃くしてもよい気がした。
けれど、もう一つ食べると、このくらいでよいとも思えた。
修一は火を止めた。
窓の外は、いつの間にか暗くなっていた。
料理を並べ、写真を撮った。
紗季へ送る。
《気がついたら、こんなことになっていました》
少し考え、続けた。
《とりあえず、飲むしかないですね》
送ってから、ビールを開けた。
軽い音が、部屋に響いた。
椅子へ腰を下ろそうとして、足元の猫に気づいた。
「いたのか」
猫は、修一を見上げた。
いつからいたのかは、教えてくれなかった。
「今日は、君が相手か」
椅子を少し引くと、猫はその下へ入った。
向かいの席は、空いている。
修一はグラスを持ち上げた。
少し多すぎる料理を前に、一人と一匹で夜を始めた。




