ある乙女ゲームの話
悪役令嬢モノを書きたくて元となる架空の乙女ゲームについて考えていたらどうしてかこうなった。
なお、当作品は何かの作品を念頭においたものではなくあくまで作者の頭で考えたもののつもりですが、話の筋が類似している既存のゲームや話がありましたらごめんなさい。
地獄のような、乙女ゲームがあった。
『幾百の涙を越えて』
ひょんなことからある男爵の養女となったヒロインが、貴族の通う学園に転入し、慣れない貴族文化に苦戦しながら学生生活を楽しむ。それだけなら、よくある設定なのだが。
それは、乙女ゲームでありながら、初回プレイでは攻略対象を攻略できない仕様になっていた。
その代わりに出来るのは、ある令嬢たちとの交流を深めること。
プレイヤーは、ゲームを進めるにつれ、彼女たちの夢や、これまでしてきた努力、密かに抱える家族との葛藤、そして――恋を、知ることになる。
(こちとら現実に疲れとるんじゃ、はよイケメンを出せ、イケメンを)
ゲームを起動して、画面の明るさや音量、マイクの設定等を手早くこなした後、イケメンがいつまでも出てこないことにイライラしながら缶チューハイ片手にクリック連打していた限界OL大友玲子も、可憐な少女たちの人生を追っていくうちにすっかり感情移入してしまい、令嬢たちの婚約者とのむず痒いやり取りに砂糖を吐いたり、あるいはすれ違う切ない想いに滂沱の涙を流したり、じれじれの二人を応援したり婚約者の男に暴言を吐いたりと、大いに楽しんでいた。
そして、大満足とともに、最後の公爵令嬢のルートを終え……流れ始めたオープニングムービーを観て――絶句した。
忘れてはならない。それはあくまで男性を攻略する乙女ゲーム。
そう――このゲームの攻略対象は、それまで散々感情移入させられた令嬢たちの婚約者。プレイヤー操るヒロインが行うのは、紛うことなき略奪愛。
”また、学園生活が始まる――”
二週目のプロローグが終わり、学園のマップの上に一週目では令嬢のそれであった攻略対象たちの顔が、おら、攻略しろよとばかりに表示されている。
(いやいやいや、無理無理無理。)
すっかり酔いがさめた玲子は、画面右上のバツボタンを押してゲームを落とそうとして――出来なかった。
そうするには、あまりにこのゲームに引き込まれてしまっていた。
それは、キャラクターのビジュアルであったり、声であったり、世界観であったり、文章の筆致であったり、音楽であったり。このゲームを構成する要素全てを、好きになってしまっていた。
この先に、このゲームが描きたかった本当の物語がある――そう思ったら、ここで終わらせることは出来ない。
玲子は、震える手でマウスを握りなおした。
(ちょっとだけ。どうしても無理だったら、止めればいいんだし)
玲子は考えた。攻略対象のうち、一人だけ、婚約者をあからさまに放置しているやつがいる。そいつのルートであれば、心のダメージは小さいかもしれない。むしろ、別れさせてあの子をワイが救ったるんや!
自分と好みの攻略対象の疑似恋愛を楽しむゲームなのに、何故か心のダメージコントロールをしながら、玲子は道を選び、ゲームを進めた。
攻略自体は、思いの外サクサクと進んだ。何しろ一週目で、婚約者視点ではあるが攻略対象の背景や性格は大体把握している。むしろ、改めてキャラクターが深堀されていく感覚が面白く、ゲームは順調であった。令嬢の友人視点で見ていた時は印象の悪かった攻略対象のセリフが、攻略対象と仲良くなるとそういう言動をした理由が見えて、誤解であったことがわかった。消去法で選んだ攻略対象ではあったが、結構好きになることができた。
しかし、そうなると出てくるのが、ライバルたる婚約者の令嬢である。
一週目であれだけヒロインと仲良くなったにも関わらず、初対面、どころか自分の婚約者に近づく女として警戒され、玲子の心は痛んだ。
だが悲しいかな、仲良くなった思い出があるだけに、ライバル令嬢の弱点もまた、プレイヤーは把握済みなのである。
攻略対象と婚約者がすれ違っていた原因、例えば食や服装、趣味におけるちょっとした好みの違いも、両者の視点を見てきた玲子には手に取るようにわかってしまう。
あぁ、そういうことだったんだな、と謎の納得をしながらそこをちょっと突けば……攻略は、残酷なまでに順調に進んでいった。
それは、このゲームの理解度を証明していくような、ある種の達成感のようなものを玲子にもたらし……気づけば、攻略は完了してしまっていた。
攻略対象である自身の婚約者が思いの証である宝石をヒロインに手渡すのを見て、ライバル令嬢が己の敗北を悟り、静かに涙を流すシーンは感動的で、それを成したのが己であるにも関わらず、玲子は涙した。
そして攻略対象と結ばれるシーンでも泣き、エンディングムービーが流れ、後日談が語られ……再びタイトルに戻ってきた。
玲子の情緒はぐちゃぐちゃであった。ライバル令嬢に対する罪悪感と、ゲームを攻略出来た達成感や満足感がせめぎあい、最終的には疲労感が残った。
今日はこれが限界だ、とゲームを閉じた。
あくる日、玲子は意を決して、残った攻略対象に取り掛かった。いつもなら、気に入った攻略対象から順番に攻略していくが、このゲームに関しては、一番ダメージが大きいと思われる――つまり、一番好きになった令嬢の婚約者には奇しくもロックが掛かっていたので、後回しにすることにした。
とはいえ、他の令嬢にも十分感情移入していたので、略奪は決して(心の負荷的に)簡単な道程ではなかった。
二度、三度と攻略――つまり略奪を繰り返すと、玲子も心の痛みに慣れてきた。クライマックスでライバル令嬢が涙を流すシーンの演出が共通だったため、特撮ヒーローや変身ヒロインが必殺技を出す、所謂”処刑”と呼ばれるシーンのように、お、きたきた、などと思う余裕すら出てきた。
だが、最後に残ったルートは、そんな余裕を吹き飛ばすようなものであった。
攻略対象は王太子。そのライバル令嬢は当然、同世代の令嬢の頂点たる、公爵令嬢。一週目の友人ルートでは、気位が高くて友人や婚約者に素直になれないところが可愛くて大好きになったキャラクターだったが、敵になるととんでもなかった。何しろステータス的にも殆ど隙がなく、何度も煮え湯を飲まされた。
気づけばムキになって攻略し、王太子を攻略するというよりは、公爵令嬢を(ラスボス的な意味で)攻略するような感覚でトライアンドエラーを繰り返した。幸い、周回を重ねるとき、成長したステータスや得たアイテムは持ち越すことができたので、むしろ全く攻略対象に関わらず、ステータスの育成やアイテム収集に何周か費やした。
そうしてこれまで培ってきた、あらゆる情報とプレイヤースキルをもって、攻略が成ったとき、玲子は公爵令嬢が泣くシーンで万感の思いで共に涙した。もはや、落とした王太子などどうでも良かった。ゲームを始める前は、ビジュもキャラも一番好きだったはずなのだが……。
最後の攻略対象のルートも後日談まで読み終わり、これで全クリか、と玲子が思ったその時。
いつもなら、ゲームがリセットされてタイトル前のゲームエンジンや会社のロゴが表示されるところで、唐突にモノローグが始まった。
それは、ある貴族の男が、少女に一つの命令を告げるシーンであった。
曰く、学園に入り、高貴な者と縁付き、家紋を象徴する宝石を手に入れるのだ。婚約者がいるのなら、蹴落としてでも、と。
そんなことは出来ない、と少女が泣くと、出来なかったら、私が巻き戻してやる、などという。令嬢たちはお前が学園に入る何年も前から教育を受けている。初めは令嬢と仲良くなり、情報を得つつ、自分を磨け、と。学園を卒業する時点で失敗していたら、また今日に戻してやろう。
命どころか、時を支配された少女には他に選択肢がなかった。
そうして馬車に揺られ、少女は校門前に立つ。
”また、学園生活が始まる――”
そして、ゲームはタイトル画面に戻った。
(なんて、ゲーム――)
玲子は茫然としていた。
周回の始めには、必ずそのモノローグがあった。だがそれは、ヒロインが転入生という設定であったから、そう書かれているだけだと思っていた。だが、このシーンを見た後では、”また”、という言葉の重みが全く違う。
ゲームにおいて、セーブとロード、周回プレイは当たり前のものである。なんでその機能があるかなんて、わざわざ説明することは殆どない。だというのに、このゲームは、散々その機能を使わせた後で、こんな残酷な設定を語ってきやがったのだ。
思えば、このゲームのヒロインは、あまりにもモノローグが少なかった。選択肢の前に、ヒントとなりそうな情報を示唆することは多々あれど、場面場面で、ヒロインが何を思っているのかは、殆どプレイヤーの想像に任されている感はあった。
恋愛ゲームにおいて、ヒロインの個性を主張する度合いはまちまちであり、プレイヤーの好みの分かれるところである。玲子はどちらかというと、ヒロインに自分を投影するよりも、ヒロイン自身を好きになった上で、好きなキャラクターと結ばせるという楽しみ方をするタイプだったので、このゲームのヒロインの自己主張の少なさには若干の物足りなさを感じていた。
だがそれすらも、この設定により、すべて説明されてしまった。つまり、絶望の中で何度もループを繰り返した結果、心が擦り切れてしまったのだとしたら。
ヒロインをループから解放し、心を取り戻してあげることは出来ないのだろうか?
玲子は考えた。ヒロイン救済ルート。ゲーム側が用意していなければそれまでではある。ここまできて、こんな設定を明かしておいて、それで終わり、ではあまりにも後味が悪すぎて、酷評レビューとお問い合わせフォームにお気持ちの嵐になるだろうから、それはない、と思いたいが。
恐る恐る「初めから」を選択すると、いつものプロローグであった。既読のみスキップ機能でも止まらなかったので、新情報はなさそうだ。そうして、最初のスポット選択画面に切り替わった。
よもやマジでクソゲーのパターンか、と口内に苦いものが広がったとき、ふと気づいた。
(王太子を攻略したのに、なぜループしたの?)
普通に考えれば、いずれ国家の頂点となる王太子と結ばれたのだから、黒幕である男の目的は達成しているはず。ゲーム内でも、王太子の攻略にはロックが掛かっていて、他のキャラの攻略が終わった後でないと選べないようになっていた。
王太子の攻略完了がゲーム的なクリアなのであれば、再び令嬢たちと仲良くなるルートが選べても良いはずではないだろうか?
(何か、何かないの。マップを切り替えるボタンとか……)
玲子は腕を組んで画面を睨んだ。すると、画面下部のコマンドメニューの片隅、HELPのボタンが目に入った。これまで見たチュートリアルの一覧や、TIPSが表示されるだけで見返す必要もないか、と思っていたが、何か見落としていなかっただろうか。
ヒロインを学園に送り出し、ループの中に閉じ込めている男は、おそらく身元引受人の男爵であろう。男爵がなぜ、ヒロインをループさせる力を持っているのかは現時点では明らかにされていない。
(やけにフレーバーテキストが多いなと思ってたけど。何か分かるかも)
そして、アーカイブの項目のなかから、玲子は幾つかヒントを見つけた。
『かつて神と呼ばれた存在が残した力の結晶。手に入れればあらゆる願いを叶えるというそれは、しかしあまりにも危険であった。賢者は結晶を砕き、それは幾つかの宝石に分かれた。しかし欠片となってなお、それらには力があった。宝石は持つものを英雄にした』
攻略対象から貰える宝石は、周回しても何故かインベントリに入ったままだ。ルートクリアの証としか思っていなかったが、これを集めることが男爵の目的なのかもしれない。
『古の悪魔の王が操ったという禁忌の魔法。呪いにより魂を時の牢獄に閉じ込め、使役する』
男爵の使っている魔法のことだろうか。
『月は魔の根源と言われている。故に新月の夜、あらゆる魔は息をひそめる』
メニューバーにある日付の表記。月の満ち欠けの表示はこれまでのプレイでは殆ど意味がなかったが、まさか。
ゲーム内のカレンダーを辿っていく。個別ルートに入る前の自由行動パートの最後、重要な分岐が行わる学園祭の日は、まさに。
『英雄の末裔の魂が、呪いを打ち祓う』
TIPSでは度々、王国の貴族はかつての英雄の子孫であると書かれていた。
『真実を明かす勇気が、救いへと導くだろう』
――やることは、決まった。
個別ルートに入らず、攻略対象と順番に接触していく。それぞれと恋が始まる前、令嬢たちとも敵対するまでいかない程度にイベントをこなし、”その日”を待つ。
そして。
学園祭の日、誰を誘うかの選択肢。これまでは好感度の高い令嬢か攻略対象かのみが表示されていたが、そこに。
『みんなを集める』
今までにない選択肢が表示されていた。
――来た。
固唾を呑んで、クリックする。
集められた面々は、一様に戸惑っているようであった。
これまでの周回のクライマックス、令嬢が泣くスチルの背景にいつもあった、学園を象徴する大きな樹の下。
皆、ヒロインが話すのを待っている。
なのに。
『やっぱりやめる』
選択肢が、それしかない。
玲子は愕然とした。嘘でしょう、ここまで来て。何か重要なフラグを見落としたのだろうか?
全てを投げ出してしまうその選択肢だけはクリックしないように注意しながら、ゲーム画面のあちこちを触るが、何も変化がない。
「お願い、なんとかなってぇ……っ」
掠れた声で呟くと、画面が、揺れた。
「……?」
気のせいだろうか。いや、今、確かに……
「あー、あー……」
間違いなく揺れている。自分の声に合わせて、選択肢がぶれている。
ここにきて、まさかの。
音声認識。
そういえば。ゲームを初めて起動したとき、何故かマイクの設定をさせられていた……。
玲子は覚悟を決めた。
缶チューハイを一気に煽り。
深夜、一人暮らしのアパートで。
いい歳して、年甲斐もなく、叫ぶ。
「お願い! 勇気を、出して!」
静寂が、痛い。
玲子の顔は羞恥心で真っ赤になっていた。
それは、まさに地獄のような体験であった。
果たして。
ぱりん、と。
『やっぱり止める』の選択肢は割れ、『真実を告白する』という選択肢が現れた。
――ありがとう。
短く表示されたモノローグと、ボイス。
「はは、流石ヒロイン。可愛い声、してるのね……」
――それほどでも。
”可愛い”に反応したのだろうか。応答が何パターンあるのか、ちょっと知りたいような気もするが。
いろんな意味で疲れた玲子は、引きつった笑みを浮かべて選択肢をクリックした。
ヒロインが震える声で、自らの境遇と、体験を仲間に語っていく。それぞれと、一度は仲良くなったこと。裏切ったこと。そこまでしてなお、囚われていること。
『”今回”は、みんなとはそれほど仲良くなってはいません。だからいきなり集められて、こんな頭のおかしい話を聞かされて、きっと戸惑っていると思います。それでも、私が見てきたみんななら、無視したりしないと思ったから』
ヒロインが深く頭を下げる。
『どうか。私を、助けてください』
静寂。だがそれは、長く続かなかった。
『私から殿下を奪っただなんて。笑えない冗談としか思えませんけれども』
公爵令嬢は、不機嫌そうに言った。
『ですが思えば、転入してきたときから貴女はどこかおかしかった。男爵令嬢でありながら、私たちにも引けを取らない完璧なマナー。成績も私たちを差し置いて全ての教科でトップを独占し、魔力の量も、魔法の扱いも尋常でない。そんな同世代、ポッと出てこられてたまるものですか。何度も繰り返して身に着けたものだと言われれば、納得できますわ』
『素直じゃないね。そこまで彼女を意識してチェックしていたなら、そういえばいいのに』
『殿下!』
甘いマスクの王太子がからかうように言うと、公爵令嬢は顔を真っ赤にした。
『私との会話も、どこか急いでいるような、予定された会話を淡々とこなしているような違和感があった』
『確かに。必要なことだけ話したら、途中で会話を切り上げられているような気はしましたわね』
眼鏡の侯爵令息と、婚約者の伯爵令嬢が言う。
これには玲子もドキリ、とした。周回プレイでは同じセリフの読み上げを丁寧に待ったりせず、既読のスキップや食い気味にクリックしていたことを言われているような気がしたからだ。
『そうそう。妙にウマが合う割には、楽しそうじゃないし。俺のこと好きなのかそうじゃねぇのか、よくわからなかったんだよな』
騎士志望の辺境伯令息が頭の後ろで手を組みながら言う横で、婚約者の子爵令嬢がコクコクと頷く。彼らを攻略したのは今にしてみればずっと前のことだ。
『古の悪魔の魔法か。恐ろしいけど、正直興味深いな。それをかけられた人に会うどころか、それを解く機会をもらえるなんて、なおさら』
『こら、――様。悪い癖ですよ』
『ごめんごめん。つい』
いつもどこか飄々としている公爵令息が嘯くと、婚約者の侯爵令嬢がたしなめた。
『みんな……』
『信じるよ、君のこと』『私も、信じますわ』『僕も』『私も』『俺も』『私も信じます』『私も信じよう』『私も』
『ありがとう……』
玲子ははっと息を呑んだ。それは、ヒロインが、涙を流すスチルであった。令嬢を泣かせてきた、同じ場所、同じ構図で。
『でもよ、呪いを解くったって、どうすりゃいいんだ? 英雄の末裔って言われてる俺たちが関わってるってのはわかったんだが』
確かに、と皆が顔を見合わせた、その時。
『監視が外れたから何事かと思えば……』
空から、冷たい声が降ってきた。
『新月なら魔の力が弱まる。考えたものだ。哀れな人形の分際で』
『貴様は……!! ――男爵!!』
ヒロインの養親である男爵が、宙に浮いていた。こちらを睥睨するその双眸は、怪しく赤く輝いている。
ぶわり、と黒いオーラが圧となって降り注いだ。
『なんという魔力だ!』
『まさか……悪魔?』
男連中がそれぞれの婚約者を庇うように前に出るも、あまりの圧に膝を屈しそうになる。
『ふむ……真実を告げた、か。面倒な。貴様に未だそんな気概があったとは。だが、無駄なことだ。忘れたわけではあるまい? ”次”を始めれば、どうせ貴様以外は全てを忘れるのだ。現にお前とこやつらが過去に交わした友情ごっこや恋愛ごっこは、今のこやつらにとっては無かったことなのだ』
心の傷を無遠慮に抉られ、ヒロインは唇を噛んだ。それを嗤うと、悪魔の男爵は攻略対象たちに目を向けた。
『どうだ? その人形を置いて今すぐ去れば、貴様らには危害を加えない。敵う相手かどうか、もうわかっているだろう? 見捨てればよい。そうすれば、貴様らは助かる』
上位者の余裕をもって、悪魔が問いかける。
『確かに。今の彼女に対して、命を懸けるほどの想いがあるかと言われれば、嘘になってしまうだろう』
『でも、私たちは可能性を知った。彼女と競い合い、敵となる可能性も、誰よりもかけがえのない友となる可能性もあるということを!』
『これでも英雄の末裔でね。邪悪を前に逃げたりしたら、ご先祖様に顔向け出来ない』
だが攻略対象たちは、それぞれの矜持をもって、立ち向かう決意を表した。
それを受けた悪魔は瞑目し。
無音。
『愚かな……あるいは若さ故か。人族はいつの世も……度し難い』
ぽつりと、呟く声は穏やかで。だがその身からは、悍ましい魔力のオーラがあふれ出した。
『思い知るがいい。英雄の搾りカス如きが、この魔王に牙を剥いたことが、どれほどの傲慢であるのかを!』
最高の盛り上がり、そして神BGMである。いや、それは良いのだが……乙女ゲームをやっていたはずなのに、どうして私はRPGをやらされているのだろうと、玲子は自問した。
ゲーム画面が切り替わる。突然のコマンドバトルである。
戦闘メンバーは……ヒロイン、王子、公爵令嬢、騎士志望の伯爵令息、魔法使いの公爵令息か。インテリ眼鏡の侯爵令息と、三人の令嬢たちはアシストらしい。
流石にイベント戦闘だし、そこまで難しいということは……
あった。普通に全滅した。
呪いの力を一部自分でコントロールすることに成功したヒロインが、戦闘前に時を巻き戻した。
そして、地獄のような難易度のラスボス戦を繰り返すこと、数時間。ヒロインのステータスはカンストしているし、各キャラに育成要素があった訳でもなく、与えられたステータスとコマンドで戦うだけなのだから、難しいはずがないと思っていたのだが。謎に難しいQTE、シビアなリソース管理、ボスの行動パターンやアシスト発動の運要素に何度も悪態をつく羽目になった。本当にクリア出来るようになっているのか何度も疑った。
ここまで全く影も見せなかったぽっと出のRPG要素を何故ここまで拘ったのか。後で開発会社にはマジでお気持ちする。
意地になった玲子の完璧なプレイングと上振れの運で、ついにヒロインの必殺技が魔王を打ち滅ぼした。
結局自分でやるんかい。英雄の末裔が呪いを云々とはなんだったのか。いや、ちょっとだけ余裕があったから、トドメ役を調整したのは自分なのだけれど、玲子は自分にツッコんだ。
もう少しで実家の弟を呼びつけてクリアするまでやらせるところだった。よかったな、弟よ。
しかし、ようやく、ようやくである。
ヒロインの手の甲にあった呪いの紋章は輝く聖女の紋章に上書きされ、ついにヒロインはループから解放された。
そして、これまでの一切を報いるようなイントロが流れ、エンディングムービーが始まった。スタッフロールが流れる中、様々なミニスチルが流れていく。
それによると、死闘を潜り抜けた面々はどのルートにもなかったくらい一気に仲良くなり、在学中も卒業後も、生涯かけがえのない友として、その後それぞれの場所で共に王国を支えていくことになるようだ。
エンディングの後には、おまけのちょっとしたモノローグがあった。
ヒロインは誰とも結ばれることなく、一人旅に出る。圧倒的なステータスと覚醒した聖女の力をもって、各地の闇を祓っていくことになる。
その旅の途中で、誰かと出会ったことを匂わせる描写があった。
『私は恋多き女だけれど、いいの?』
『だとしたら、君はきっと僕を待っていたんだろう。僕がそうであったように』
そうして、ゲームは今度こそ、完全に終わったのだった。ループを抜け、未来に続いていく物語として。
なんかまたちょっと気になるセリフだけ残しやがってぇ! どんなツラしてやがるんだ? 中途半端なイケメンだったら許さないからな! スチルを出せ、スチルを!
玲子は散々愚痴り、開発会社にお気持ちを送ることにした。
『地獄のような、最高のゲームでした。でも開発は一発殴らせてください。特に最後のRPG部門の人』
奇妙なことに、このゲームのネタバレは殆ど出なかった。プレイしたユーザーは内容については一様に口を噤み、ただ一言、「地獄のようなゲームだが、人生で一度は最後までやるべき」と言った。
また、有志によって、既プレイユーザー限定のコミュニティが作られ、絵師による最後に出てきた真ヒーローのキャラデザ予想の見せあいっこや掲示板での論争、『開発』と書かれたオブジェクトを無限に殴れるクリッカーゲームが作られたり(後日それは公式によって認知されホームページに掲示された)、界隈はその後長いこと盛り上がったのであった。
おしまい。
実際にあったら、クソゲーだと思う。
お読みいただき、ありがとうございました。よければ☆などお願いします。
登場人物の名称を設定していないので、”――男爵”とか”――様”とか言っている部分は流してください。○○様とか書くのも見栄えが悪いと思ったのでこうしました。
〇登場人物や攻略対象たちの軽い設定
【現実世界】
大友玲子:アラサーOL。現実の恋愛はこりごり。乙女ゲームやソシャゲーでイケメンを鑑賞するのが趣味。カプ厨かつ関係性オタ。有志コミュニティに投稿した二次創作の小説が好評。
【ゲーム内】
ヒロイン:高い潜在魔力を魔王に見いだされ、ループの生贄となったが、実は聖女の生まれ変わりだったため魔王は墓穴を掘ることとなる。周回を繰り返した結果ステータスカンストの超人になった。ループを抜けたあと、感情を徐々に取り戻し、高い能力と経験から、妖しい魅力をもつ魔性の女になる。RPGパートでは聖女らしくヒールやバリアをメインにするが、必殺技の神聖属性攻撃が魔王の弱点でありパーティ最大火力のため隙を見て叩き込みたい。
王太子 :甘いマスクの王道王子。一切隙のないイケメンっぷり。それゆえ振り向かせるのは容易ではないので、彼を攻略するなら王太子妃として自分の方が相応しいと、公爵令嬢を真っ向から叩き潰すしかない。RPGパートでは魔法剣士。全体バフが強力。
公爵令嬢:将来の王太子妃として最高峰の教育を受けてきた完璧令嬢。ゴージャスな見た目にプライドも高いが、内面は繊細なツンデレ。RPGパートでは魔力を固めた鞭を使って戦うメインアタッカー。玲子の最推し。王太子による『かばう』が発動した時の反応は必見(玲子談)。
侯爵令息:宰相の息子のインテリ眼鏡。冷たい言動で他人を見下しているように見られがちだが、努力している人はきちんと評価する……はずが婚約者の貴族女性としての努力は見えていない。甘いものが好き。RPGパートでは敵を分析して弱点を露出させるアシストが低確率で発動する。玲子には「今だろうが眼鏡ェ!」と何度も罵られた。
伯爵令嬢:侯爵令息の婚約者。気配りの人。パートナーの役に立ちたくて社交活動を頑張っているが、派手好きと誤解されてから回っている。RPGパートではパーティーの魔力を回復してくれるアシストが中確率で発動する。玲子にはよく祈られる。
伯爵令息:騎士志望の脳筋。わかりやすくアウトドア派で、大人しく可憐な婚約者をどう扱っていいかわからない。RPGパートでは強力な物理アタッカー兼タンク役だが、攻撃させる隙はない模様。
子爵令嬢:伯爵令息の婚約者。わかりやすくインドア派で小動物系。可愛い。活発な婚約者を眩しく思っており、一途でいじらしい。一番玲子の心を痛めた。RPGパートではポーションを投げて体力を小回復してくれる。可愛い。
公爵令息:魔法オタク。現王家の傍系という政治的に難しい立場のため、婚約者を大切に思うが故に遠ざけようとして軽薄な感じを装っている。多様な魔法を扱えるが魔王の魔法耐性は高く火力はイマイチなため、デバフ要員として運用するが吉。一番よく倒れるので玲子には婚約者と場所代われ、と罵られた。
侯爵令嬢:お堅い委員長系。武術も嗜んでおり質実剛健。婚約者がモテるため日々気をもんでいる。RPGパートでは数ターンに一度強力なアシスト攻撃をしてくれる。




