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魔王の花嫁として生贄にされましたが、魔王さまは受取拒否?

作者: 水玉りんご
掲載日:2026/02/01

 新月の夜。

 川にかかる橋の上で、伯爵令嬢リリアーナは両手を縛られて棺に横たわっていた。

 今から生贄(いけにえ)の儀式が行われるのだ。


「ふふ……貴方(あなた)みたいな可愛げのない方は、(みにく)い魔王の花嫁が相応しくってよ」


 棺に手をかけ、楽しそうに笑うのは聖女クララだ。

 手には真っ赤な焼きごてを握っている。

 (ほお)が痛いのは、罪人の焼き印を押されたのか、とリリアーナは悟る。


(魔王の……花嫁?)


 橋の向こうの魔境には、恐ろしい魔物を従えた、赤い目の魔王が住むという。

 魔境は昼間でも、暗闇に(おお)われていて誰も近づかない場所だ。

 色々と聞きたいのに、意識が段々ぼんやりとしてくる。


「さぁ、薬が効いてくる頃ね。ゆっくりとお眠りになって。さようなら」


 やっと決まった、王子との婚約の結末を振り返りながら、リリアーナは意識を手放した。



 ◇ ◇



「リリアーナ・ディ・フィオラヴァッレ!貴様との婚約はこの場を以て破棄(はき)する!」


 王宮の舞踏会場に、第十一王子マルコの声が響き渡った。

 一瞬の静寂(せいじゃく)の後、集まった貴族たちがざわめき始める。


「王族の婚約者という立場を笠に着て、この可憐(かれん)な聖女クララを虐げた罪――断じて許されぬ!追放だ!」


 年下の婚約者の(かたわら)には、白い指で袖を(つか)む少女が寄り添っていた。

 小鳥のように震え、今にも泣き崩れそうな聖女クララだ。

 16歳の年若い末っ子の王子は、こういう少女に庇護(ひご)欲が湧くのであろう。


「お待ちください。わたくしはその方にお会いしたこともなく、いじめなど身に覚えが――」


 リリアーナは、誤解を解こうと毅然(きぜん)(うった)えた。


「マルコ様……クララ怖いですぅ」


「心配するな。大丈夫だ、俺が守る」


「あぁ……今も怨念の力が……私へと……い、息がぁ……」


 プルプルと小刻みに震えながら、クララが王子にしがみつく。


「やめろ! 嫉妬(しっと)(くる)った醜い女め!」


 リリアーナがあまりの展開に黙っていると、これ幸いと次々と罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせてくる。

 有る事無い事、次から次によく思いつくものだ。


 会場中から、嘲笑(ちょうしょう)と哀れみの視線がリリアーナに突き刺さる。


「……マルコ様」


 クララがそっと王子の耳元へ口を寄せ、何事か耳打ちをする。


「ふむふむ……わかった。リリアーナーー貴様の罪は重い。よって、国外追放だ!!」


「恐れながら……」


「私に口答えをするな! 貴様はもう婚約者でもなんでもない!」


 金色のふわふわの髪を振り乱して喚く姿は、幼さを一層感じさせた。

 ようやく上手く縁談がまとまったと思ったら、こんな事態になるとは。

 王家と伯爵家の取り決めである以上、王子の一存で簡単に覆せないはずである。

 リリアーナは困惑(こんわく)しながらも、食い下がる。


「この婚約は国王によって定められたもの。勝手な破棄はいかがなものかと」


「口を(つつし)めと言っているのが分からないのか!? 追放じゃ軽い……そうだ、いいことを思いついたぞ。魔境にある魔王城への生贄(いけにえ)と処す」


「そんな……」


「それが私に楯突(たてつ)く者への相応(ふさわ)しい処遇(しょぐう)ではないか? 連れて行け!」


 聖女クララを守る自分の姿に酔いしれたように、マルコは高らかに笑い声を上げた。

 衛兵に腕を()まれた瞬間、リリアーナはもう何を言っても無駄だと悟った。

 こうして、王子の一方的な断罪により罪人とされ、王子の婚約者から魔王の花嫁となったのだ。




 ◇ ◇




 窓に激しく打ちつける雨音で、リリアーナは目を覚ました。

 吹き(すさ)ぶ風が、窓をカタカタと揺らした。


(ここはどこ?)


 そこは真っ暗な部屋の中だった。

 (ほお)のチリリとした痛みに、記憶が蘇る。

(そうだ……生贄(いけにえ)にされたんだっけ。本当に、ここまでするなんて……)


 元婚約者の仕打ちを思い出し、思わず両手で顔を覆う。

 その拍子(ひょうし)に、手首に感じるはずの拘束(こうそく)がないことに気づいた。

 両手のロープはすでに解かれ、彼女は柔らかなベッドに寝かされていたようだ。

 恐る恐る体を起こす。

 枕元の燭台(しょくだい)の灯りを頼りに暗闇に目を凝らすと、かすかに部屋の輪郭が見てとれた。


「……目覚めたか」


 不意に声が響いた。

 闇の奥から湧き上がるような、低く冷たい声だ。

 空気が一変するのを感じ、ザワリと鳥肌がたった。


 風もないのに燭台の灯りが揺れ、暖かい蝋燭(ろうそく)の灯りは青白い炎となった。

 影が幾重(いくえ)にも分かれ、壁を這うように動く。


 ――何かが部屋の中にいる。

 そう思った瞬間、闇の中から姿が浮かび上がった。

 暗くて顔は見えないが背の高い男がそこに立っていた。


「あなたは……どなた?」


 燭台の灯りに照らされ、その影は不自然なほど大きく、天井へと伸びて揺らめいた。

 あきらかにその影は、人のものでは無い姿を形作る。

 リリアーナは、声を上げそうになって口元を押さえた。


 ハッとして、異形(いぎょう)の影から目を離し、近づいてくる男の方に目を移す。

 髪の色は白銀であり、頭の両側に黒曜石(こくようせき)のように(つや)やかな角が生えている。


(これは)


 男の背後で漆黒(しっこく)(つばさ)が大きく広がり羽ばたいた。

 風に(あお)られ、燭台の青白い炎が一気に燃え上がる。


「っきゃ!」


 風圧に思わず目を(つむ)る。


「黙れ」


 目を開けると、(したた)る血を閉じ込めたかのような赤い瞳に見下ろされていた。

 リリアーナはその美しさに息を呑んだ。


 上半身を起こそうとした瞬間、腕が伸びてくる。

 スラリと長い指が、強引に(あご)(つか)んだ。


「私はルシアン。人は魔王と呼ぶ」


(ということは、わたくしの旦那様!? なんて美しいの……)


 圧倒的な迫力と、現実離れした端正(たんせい)な顔立ちに、ほぅとため息が()れた。

 指先はひどく冷たいのに、触れられた(ほお)は熱を帯び、高鳴る鼓動(こどう)(おさ)えられない。

 その長いまつ毛さえも見える距離に、端正な顔がぐっと近づく。


「……っ」


 リリアーナは、流されたくなる気持ちを抑え、手を伸ばした。


「ダ……ダメです! これ以上は順序(じゅんじょ)というものが――――!」


 (あわ)ててルシアンの角を掴み、顔を離したところで、リリアーナははっと我に返った。


「魔王さま。婚礼の日取りはいつなのでしょう?」



 ◇ ◇




 魔王にとって重要なのは、人々の恐怖の感情だ。


 隣国の人間たちが、魔王や魔境に向ける畏怖と恐怖。

 それこそが、魔王と言われる、ルシアンの力の(みなもと)だった。


 たまに人間が生贄(いけにえ)として捧げられてくることもあるが、正直言って面倒でしかない。


 (おど)したところで得られる恐怖は、せいぜいスプーン一杯分。

 まずは歯向かわないように、幻術(げんじゅつ)で魔王らしい演出を見せる。

 そして記憶を(のぞ)隣国(りんこく)の情報収集の後、少しの記憶操作を施してから、領地内(りょうちない)に解放――それがいつもの流れだ。


 だから今回も、多少面倒ではあるが、特別なことは起きない。

 ルシアンはそう信じていた。


「魔王さま。婚礼の日取りはいつなのでしょう?」


 頬を染めた生贄が、そんなことを口にするまでは。


 ルシアンは思わず、左手に持っていた生贄管理の書類を取り落とした。

 逃げない生贄も、泣かない生贄も、これまでに何人かいた。

 だが――婚礼の話をしてくる生贄は、前例がない。


 まるで心を読んだかのように、外で雷が鳴り響いた。

 困った。

 これは、どう扱えばいいのだろうか。


「魔王さまといえど、こういうのは順番が大事です!」


 記憶操作をするには、相手の額に自分の額をつけなければならない。

 しかし、顔を近づけると弱点である角を掴んでくるのはわざとか?

 もしや王国側からの刺客なのだろうか。


(明日も朝早くから遠方へ行かねばならぬのに……面倒だ)


 とりあえず――


「この者を、今すぐ西の(はな)れに幽閉(ゆうへい)しておけ」


「はっ!」


 部屋の暗がりに(ひか)えていた従者(じゅうしゃ)が姿を表し、リリアーナの腕を(つか)む。


「えっ!? どうして? わたくしは魔王さまの花嫁として来たのでは?」


「そんな話は知らぬ。私に食べられるために来たのではないのか」


 今までの生贄は、食用が9割。

 残り1割が、魂を捧げるだの、地獄に落ちたと思い込んでいた。

 これは新たなパターンか。

 落ちた書類を拾い上げ、ルシアンはメモを書き込む。


「困ったわ……わたくし、食べられてしまうのね」


「……人など食わぬ」


 思わず口をついて出た言葉に、しまったと口元を押さえた。

 ――食うと言ったほうが、魔王らしかったではないか。


 兵士に(かつ)がれ、部屋を出ていく少女の背を見送りながら、ルシアンは小さく(つぶや)く。


「……まだまだ、修行が足りないな」




 ◇ ◇




 あれから数日。リリアーナはご機嫌で闊歩していた。

 事情聴取(じじょうちょうしゅ)の後、離れの中限定で、自由に歩いていいとの許可を得たのだ。

 毎日魔境ならではの新しい発見がある。



「それは何を描いてるのですか?」


「これは魔物のデザインさ。毎回同じだと、(なれ)れてしまうし、より怖い形を考えているのさ」


「楽しそうですね! 私も描いてみてよろしいでしょうか」


 獣人の絵描きは、小さなスケッチブックとペンを渡してくれた。

 屋敷の中の人たちは、リリアーナのことを”自称花嫁“として、暖かく接してくれた。


「新入りさん。ここはどうだい?」


「魔境ってもっと真っ暗闇で、怖い場所だと思っておりました。意外と普通の場所なのですね」


「はっはっは。そりゃ魔王さまの幻術のせいで外からそう見えるだけさ」


「そうなんですか?」


「ここは、居場所がない人や、追放された人たちが流れ着く場所だったからね。ほら、俺ら獣人とかもね」


「なるほど確かに……わたくしも罪人ですわ」


 頬につけられた罪人の焼印。これは鏡を見るたび思い知らされる。


「だろ?そんな迫害してたやつらが、豊かに楽しく暮らしてるってなったら、面白くないだろ」


 はははと快活(かいかつ)に絵描きは笑った。

 ここでは身分という仕組みが曖昧(あいまい)だ。

 最初は戸惑ったが、誰とでも気軽に話せるのは、これはこれで楽である。


「リリアーナさま! こちらにいらっしゃったんですね」


 振り返ると、身の回りの世話をしてくれるメイドが走ってきた。

 気軽に令嬢の名前を呼ぶだなんて、と叱責(しっせき)することもここでは不要だ。


「私が仕事をサボっていると思われてしまいます。勝手に出歩るかれては困ります」


 彼女は片腕が無い。

 子供の頃に食い扶持を減らすために、生贄として魔境に来た一人だ。

 ある意味先輩だ。


「これを見て。私も考えてみましたの。魔獣よ! 少しは魔王さまのお役に立てるかしら」


 リリアーナは、意気揚々とスケッチブック差し出す。

 メイドは目を落とした後、あーうー、となんとも言えない声を発した。

 どうして汗をかいているのかしら?とリリアーナは小首を傾げた。


「あっそうだ!魔王さまが本日お戻りになりますよ」


 メイドは話題を変えるかのように顔を上げた。


「あら。それでは、離れにも来られるかしら!? お(むか)えの準備をしなくてはいけないわね」 


 留守中に、魔王の好みの食べ物や、好きな香りや色など調査済みだ。

 疲れた身体にはまず何が必要かしら?と妻として出来ることはないかと、思いを巡らす。

 

「それがその。離れでしばらくお休みされると思うのですが、その……」


「?」


「魔王さまは、城内にいても、ほとんど人にお会いされません」


 もう一度会えると浮かれた気持ちが、シュンっと一瞬でしぼむ。

 リリアーナは、(うつむ)いてスケッチブックをギュッと腕に抱え込んだ。




 ◇ ◇




 昼下がり、リリアーナは庭を見下ろすテラスで、椅子に腰掛け居眠りをしていた。


「ふむ……聖女か」


「んなっ!!」


 声に驚き目を開けると、目の前に魔王ルシアンの顔があった。

 あの日以来である。会えると思っていなかったリリアーナは、驚きを隠せなかった。


 白銀の髪は風にゆれ、陽の光にきらめいた。

 暗赤色の瞳は明るい場所で見ると、まるでガーネットのようだ。

 魔王はゆっくりと立ち上がって、腕を組んで(あご)をさする。


刺客(しかく)ではないようだな」


刺客(しかく)とは?何のお話でしょうか。魔王さま」


(おでこ?今おでこに何かされた??)

 リリアーナは(ひたい)を触りながら、ルシアンに(たず)ねる。


「記憶を(のぞ)かせてもらった。伯爵家の養女か。政略結婚に利用されたが、はめられて生贄にされたというところだな」


 最初に出会った時と同じ無表情ではあるが、どことなく声に優しさを感じる。


「嫌な記憶は全部消してやろう。花嫁になる必要などない。ここで新たな人生を始めるといい」


 そう言って、ルシアンはリリアーナの頭をそっと撫でながら、再び顔を近づけてきた。


「だから角をなぜ(つか)む!」


 気が付けば、リリアーナは全力でルシアンから顔を離していた。


「消さなくっていいです! 私は……私は……」


 息が苦しい。

 色んな思いが込み上げてきて、ルシアンの胸に手を添え訴える。


「魔王さまの花嫁としてここに来たのです。ここでも必要ないって……言わないでほしいです」


 べそべそと泣き出すリリアーナに、ルシアンは手の置き場を迷うように空に泳がせた。

 そしてため息をつき、無理に記憶を消そうとはせず、リリアーナを残しそのまま立ち去っていった。


 


 「調子が狂うではないか……」


 ルシアンは誰にともなく呟く――

 彼女の記憶に触れたとき拾ってしまった感情が、魔王の胸を、乱していた。

 魔王としてではなく、一人の男として向けられた感情など、想定外である。




 ◇ ◇




 リリアーナは胃がキリキリと痛んだ。

 もう王国での地位など関係のない場所にいるのだ。

 この城を出ていくように、とそろそろ言われても仕方がない。


「私もメイドとして雇ってもらえるかしら」


「え?リリアーナさまは、魔王さまの伴侶(はんりょ)となられるのでしょう?」


「〜〜〜〜っ! それが、断られましたの! 今後、私はどうしたらいいのでしょう」


 ソファのクッションに顔を埋める。

 メイドはきょとんとした顔をして、一枚のカードを差し出した。


「代わりに読んでいただけるかしら」


 魔境の文字は独特(どくとく)で、リリアーナには読みづらい。


「ほ〜ら、やっぱり。リリアーナさまってば、なにおっしゃってるんですか」


「へ?」


「魔王さまから夜会へのお誘いですよ!」


「本当ですか?本当に本当に本当に!?」


 メイドはニコリと微笑んだ。

 胸が熱くなり、思わずメイドの手をとり、両手で握りしめた。


「うんっと綺麗(きれい)にして、隣国の皆さまの視線を釘付けにしましょう」


「隣国……?って、ちょっとまって?魔王が、生贄と、敵国の、夜会へ?」


 王国にとって魔王と言えば悪!人を食らう邪悪な存在だ。

 先日も魔王討伐の勇者を送ってきたばかりと聞く。

 魔王が隣国へ、しかも夜会に参加など、こんな話は聞いたことがない。


 第11王子の最後に見た姿が思い出され、リリアーナの胃はまたキリキリと痛み始めるのだった。




 ◇ ◇




 王宮の広間は煌びやかな貴族たちで溢れていた。

 今日の夜会は第11王子と聖女クララの婚約のお披露目(ひろめ)なのだ。


 以前の断罪騒ぎ以降、2人は市中の噂話の的であった。

 しかしこれでお騒がせ王子も落ち着くのでは、と周囲の人々は(ささや)き合った。


「魔王さま、本当に入っていかれるのですか」


「招待されたからには、行くしかないだろう」


(魔王招待するとか、そんなことする人いないですよー!)


 リリアーナは、門前払(もんぜんばら)いされるか投獄(とうごく)かと腹を(くく)ったが、ルシアンの幻術であっさりと中へ入ることが出来た。

 あまりの落ち着いた慣れたそぶりに、過去にもこうして王宮内に来ていたことがあるのではと、リリアーナは考えた。


「お飲み物はいかがでしょうか」


 魔王の異彩(いさい)を放つ姿に、誰一人気を止めない。

 顔見知りの貴族たちも、リリアーナの姿を見ても、何も反応を示すことはなかった。


 人が集まっている場所がある。

 そこには今夜の主役の、幸せそうな2人の姿が遠目に見えた。


挨拶(あいさつ)に行ってみるか」


「え、それはちょっと……」


 エスコートというには程遠い所作(しょさ)で、リリアーナの腕を取り、ルシアンは歩みを進めた。




 第11王子と聖女クララは、幽霊を見るかのような目でリリアーナを見た。

 明らかな動揺(どうよう)が見てとれた。


「リリアーナ……?なぜ貴様がいるんだ?」


 2人には幻術が効いていないのか。

 王子のその声に、周囲にいた貴族たちは散り、遠巻きに囲んだ。


「あの……マルコさま。私の姿がわかるのですか?」


「何しに来た!! 生贄にされたはずではないのか」


 リリアーナと王子たちの間に、ルシアンが(かば)うかのように立った。


「聖女さまにお(まね)きいただいたので参上したまで」


「え?クララが?」


「私は招いておりません!」と、クララはブンブンと頭を振った。


「お前は誰だ?」


「良き花嫁を私に献上(けんじょう)してくれた。今回はその礼を言いにきたのだ」


 (いぶかし)しげな王子に、ルシアンがパチンと指を鳴らす。

 悲鳴が上がった。皆の幻術が解けたのだ。


「魔王か!?」


 一斉に人々が入り口のドアに向かって走り出すが、ドアはびくともしない。

 人々は悲鳴をあげ、グラスを投げ出し、我先にと逃げ惑う。


 ルシアンはリリアーナの手をとり、耳元で囁く。


「お披露目は成功だな。よく見ておけ」


 ルシアンは漆黒の翼を広げて、リリアーナと共に空に浮かんだ。

 あっけに取られるリリアーナを気にすることなく、小さく呪文を唱えて人々に向けて手を翳した。


「うわああぁ! 化け物!!」


 床や壁から次々に魔物が湧いて、人々を襲っていく。

 リリアーナは目を背けようとした。

 しかし、ちゃんと襲えていないことに、ふと気づいた。 


 黒い狼は、舌を出してすごい勢いで上下に飛び跳ねて、狂気を感じる。

 しかし前に進めていない。

 いびつな一つ目の棒人間も同様。転びながら前進しているようだ。

 不格好なタコ脚の牛に至っては、仲間内で喧嘩をしている。

 あれは、リリアーナには見覚えがあった。


「魔王さま。おやめください……!」


 自分がデザインした魔獣だと気づき、羞恥で顔が熱くなった。

 今まさに、自分の画力の無さをお披露目されているのだ。

 バランスが悪いせいで、まともな動きになっていない点は、逆に恐怖を高めていた。




「リリアーナめ。魔王の手先になりやがって! クララ、君の聖女の力を見せてやれ!」


「聖女さま助けてください!」


「あんたが招待したんだろ!?」


「クララなにしているんだ! 早く魔王をやっつけるんだ!!」


 クララは、縋り付く人々を払いのけてしゃがみ込んだ。

 この日のためにと、美しく結い上げた髪も乱れて、頬に貼り付いた。

 手を掴んで立たせようとする王子を突き飛ばす。


「無理! 無理だから! 離して!」




 バンっと扉が開く音がした。

 開かないと思っていた扉が開き、皆が一斉に注目をする。

 そこには、純白の清楚な装いの女性が立っていた。

 会場の黒い魔獣たちと対照的に、キラキラとした光を纏っている。


「去りなさい魔物よ」


 女性が歩みを進めるたびに、魔獣はハラハラと端から、砂のように崩れてゆく。

 自分の作った不格好な魔獣たちが、次々と浄化されていくのだ。

 リリアーナはルシアンを振り返った。


「魔王さま」


「想定通りだ」


 ルシアンは焦る様子もなく、その様子を見つめていた。

 女性が広間の中央へ歩を進め、杖を大きく挙げる。


「聖なる乙女の名において、この場の不浄を祓わん」


 シャンッと錫杖の音が広間に反響する。

 すると、広間を包み込むように光が放たれ、ルシアンの力は弾き飛ばされた。

 リリアーナは、ルシアンにしがみついた。

 足元では、人々の歓声が上がる。


「あぁ魔王が怯んでいるぞ!……聖なる力だ。貴方こそが聖女か」


「聖女が、我々を救ってくださる!よかった。助かるぞ!」


 暖かな光に包まれて、逃げ惑っていた人々に安堵が広がってゆく。

 荒れ果てた広間の中で、誰からともなく膝をつき、女性の周りで人々は神への祈りを捧げ始めた。

 圧倒的な力で、魔王の力を跳ね除けた力に、人々は真の聖女だと頭を下げた。


 第11王子は、絶望した表情でクララを見つめた。


「俺を……騙したのか?」


「マルコさま……あと一歩だったのに。あなたのその愚かさが、私は好きだったのです」


 クララは嘲るように微笑み。

 王子は力無く膝をついた。




 ◇ ◇




「聖女さまとの密約!?」


夜会の翌日リリアーナは、ルシアンにお茶に誘われて、テラスにいた。

紅茶を吹き出しそうになって、慌ててハンカチで口元を抑えた。


「私の力は恐怖を求めるが、彼女は信仰心こそが力なんだ。偽聖女に腹が立ったんだろうな」


リリアーナは、ポカンと口を開けた。


「聖女さまも、魔王さまも、なぜ力を求めるのですか?」


 魔王はフンっと鼻で笑って紅茶を口に運んだ。


「この土地は不毛の地だ。水もわずかで土地も痩せていた。幻術以外の力のほとんどは、そうした環境の改善に使っている。聖女も似たようなものさ」


魔境で出会った人たちが、魔王に対して好意的な理由がわかった気がした。

迫力のあるルシアンも好みだけど、爽やかな日差しの中で会うと、違った魅力を覚えた。


「この間は助かった。いいセンスだった。褒美に何か望みはないのか」


「ぐぐ……もっと精進します」


 リリーナは少し考えた後、右の頬に触れた。


「そうですね。この焼印を消す薬とかありませんか?流石に魔王さまでも、頬に罪人の印がある女は嫌かな、と……」


 魔王の隣に立つのに、身分も美貌もない自分は相応しくないのではないか。


「そう、思い始めまして……」


 言いながら頬を染めて俯くリリアーナに、手を伸ばして魔王は顔を上げさせる。


「知らぬのか。その焼印の文字は、魔王の所有物と書かれている。私としては悪くない。」


こほん、とルシアンはひとつ咳払いをして、横を向く。


 「……もちろん、リリアーナが消したいと望むのなら、消してやるが」


「そうなのですか?……では前言撤回させていただいても?」


「もちろん」


 ルシアンは、優しく微笑んだ。

「魔王さま視点」のお話も、後日書く予定です。

リアクションもらえると、はげみになります。

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― 新着の感想 ―
リリアーナ様のデザインされた魔獣、小さい子がお絵描きしたなんかよく分からん怖さがあるけどそこはかとなく可愛い謎の物体Xみを感じました。 でも、あれが動くと考えると確かにアンバランスさから予期せぬ動きに…
面白かったです。残念なデザインの魔物による不自然な動きって……恐ろしい(笑) そして、リリアーナ嬢の頬の焼印文字に対して、魔王様の爽やかな独占欲を感じますね。 どうぞお幸せに。
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