魔王の花嫁として生贄にされましたが、魔王さまは受取拒否?
新月の夜。
川にかかる橋の上で、伯爵令嬢リリアーナは両手を縛られて棺に横たわっていた。
今から生贄の儀式が行われるのだ。
「ふふ……貴方みたいな可愛げのない方は、醜い魔王の花嫁が相応しくってよ」
棺に手をかけ、楽しそうに笑うのは聖女クララだ。
手には真っ赤な焼きごてを握っている。
頬が痛いのは、罪人の焼き印を押されたのか、とリリアーナは悟る。
(魔王の……花嫁?)
橋の向こうの魔境には、恐ろしい魔物を従えた、赤い目の魔王が住むという。
魔境は昼間でも、暗闇に覆われていて誰も近づかない場所だ。
色々と聞きたいのに、意識が段々ぼんやりとしてくる。
「さぁ、薬が効いてくる頃ね。ゆっくりとお眠りになって。さようなら」
やっと決まった、王子との婚約の結末を振り返りながら、リリアーナは意識を手放した。
◇ ◇
「リリアーナ・ディ・フィオラヴァッレ!貴様との婚約はこの場を以て破棄する!」
王宮の舞踏会場に、第十一王子マルコの声が響き渡った。
一瞬の静寂の後、集まった貴族たちがざわめき始める。
「王族の婚約者という立場を笠に着て、この可憐な聖女クララを虐げた罪――断じて許されぬ!追放だ!」
年下の婚約者の傍には、白い指で袖を掴む少女が寄り添っていた。
小鳥のように震え、今にも泣き崩れそうな聖女クララだ。
16歳の年若い末っ子の王子は、こういう少女に庇護欲が湧くのであろう。
「お待ちください。わたくしはその方にお会いしたこともなく、いじめなど身に覚えが――」
リリアーナは、誤解を解こうと毅然と訴えた。
「マルコ様……クララ怖いですぅ」
「心配するな。大丈夫だ、俺が守る」
「あぁ……今も怨念の力が……私へと……い、息がぁ……」
プルプルと小刻みに震えながら、クララが王子にしがみつく。
「やめろ! 嫉妬に狂った醜い女め!」
リリアーナがあまりの展開に黙っていると、これ幸いと次々と罵詈雑言を浴びせてくる。
有る事無い事、次から次によく思いつくものだ。
会場中から、嘲笑と哀れみの視線がリリアーナに突き刺さる。
「……マルコ様」
クララがそっと王子の耳元へ口を寄せ、何事か耳打ちをする。
「ふむふむ……わかった。リリアーナーー貴様の罪は重い。よって、国外追放だ!!」
「恐れながら……」
「私に口答えをするな! 貴様はもう婚約者でもなんでもない!」
金色のふわふわの髪を振り乱して喚く姿は、幼さを一層感じさせた。
ようやく上手く縁談がまとまったと思ったら、こんな事態になるとは。
王家と伯爵家の取り決めである以上、王子の一存で簡単に覆せないはずである。
リリアーナは困惑しながらも、食い下がる。
「この婚約は国王によって定められたもの。勝手な破棄はいかがなものかと」
「口を噤めと言っているのが分からないのか!? 追放じゃ軽い……そうだ、いいことを思いついたぞ。魔境にある魔王城への生贄と処す」
「そんな……」
「それが私に楯突く者への相応しい処遇ではないか? 連れて行け!」
聖女クララを守る自分の姿に酔いしれたように、マルコは高らかに笑い声を上げた。
衛兵に腕を掴まれた瞬間、リリアーナはもう何を言っても無駄だと悟った。
こうして、王子の一方的な断罪により罪人とされ、王子の婚約者から魔王の花嫁となったのだ。
◇ ◇
窓に激しく打ちつける雨音で、リリアーナは目を覚ました。
吹き荒ぶ風が、窓をカタカタと揺らした。
(ここはどこ?)
そこは真っ暗な部屋の中だった。
頬のチリリとした痛みに、記憶が蘇る。
(そうだ……生贄にされたんだっけ。本当に、ここまでするなんて……)
元婚約者の仕打ちを思い出し、思わず両手で顔を覆う。
その拍子に、手首に感じるはずの拘束がないことに気づいた。
両手のロープはすでに解かれ、彼女は柔らかなベッドに寝かされていたようだ。
恐る恐る体を起こす。
枕元の燭台の灯りを頼りに暗闇に目を凝らすと、かすかに部屋の輪郭が見てとれた。
「……目覚めたか」
不意に声が響いた。
闇の奥から湧き上がるような、低く冷たい声だ。
空気が一変するのを感じ、ザワリと鳥肌がたった。
風もないのに燭台の灯りが揺れ、暖かい蝋燭の灯りは青白い炎となった。
影が幾重にも分かれ、壁を這うように動く。
――何かが部屋の中にいる。
そう思った瞬間、闇の中から姿が浮かび上がった。
暗くて顔は見えないが背の高い男がそこに立っていた。
「あなたは……どなた?」
燭台の灯りに照らされ、その影は不自然なほど大きく、天井へと伸びて揺らめいた。
あきらかにその影は、人のものでは無い姿を形作る。
リリアーナは、声を上げそうになって口元を押さえた。
ハッとして、異形の影から目を離し、近づいてくる男の方に目を移す。
髪の色は白銀であり、頭の両側に黒曜石のように艶やかな角が生えている。
(これは)
男の背後で漆黒の翼が大きく広がり羽ばたいた。
風に煽られ、燭台の青白い炎が一気に燃え上がる。
「っきゃ!」
風圧に思わず目を瞑る。
「黙れ」
目を開けると、滴る血を閉じ込めたかのような赤い瞳に見下ろされていた。
リリアーナはその美しさに息を呑んだ。
上半身を起こそうとした瞬間、腕が伸びてくる。
スラリと長い指が、強引に顎を掴んだ。
「私はルシアン。人は魔王と呼ぶ」
(ということは、わたくしの旦那様!? なんて美しいの……)
圧倒的な迫力と、現実離れした端正な顔立ちに、ほぅとため息が漏れた。
指先はひどく冷たいのに、触れられた頬は熱を帯び、高鳴る鼓動が抑えられない。
その長いまつ毛さえも見える距離に、端正な顔がぐっと近づく。
「……っ」
リリアーナは、流されたくなる気持ちを抑え、手を伸ばした。
「ダ……ダメです! これ以上は順序というものが――――!」
慌ててルシアンの角を掴み、顔を離したところで、リリアーナははっと我に返った。
「魔王さま。婚礼の日取りはいつなのでしょう?」
◇ ◇
魔王にとって重要なのは、人々の恐怖の感情だ。
隣国の人間たちが、魔王や魔境に向ける畏怖と恐怖。
それこそが、魔王と言われる、ルシアンの力の源だった。
たまに人間が生贄として捧げられてくることもあるが、正直言って面倒でしかない。
脅したところで得られる恐怖は、せいぜいスプーン一杯分。
まずは歯向かわないように、幻術で魔王らしい演出を見せる。
そして記憶を覗き隣国の情報収集の後、少しの記憶操作を施してから、領地内に解放――それがいつもの流れだ。
だから今回も、多少面倒ではあるが、特別なことは起きない。
ルシアンはそう信じていた。
「魔王さま。婚礼の日取りはいつなのでしょう?」
頬を染めた生贄が、そんなことを口にするまでは。
ルシアンは思わず、左手に持っていた生贄管理の書類を取り落とした。
逃げない生贄も、泣かない生贄も、これまでに何人かいた。
だが――婚礼の話をしてくる生贄は、前例がない。
まるで心を読んだかのように、外で雷が鳴り響いた。
困った。
これは、どう扱えばいいのだろうか。
「魔王さまといえど、こういうのは順番が大事です!」
記憶操作をするには、相手の額に自分の額をつけなければならない。
しかし、顔を近づけると弱点である角を掴んでくるのはわざとか?
もしや王国側からの刺客なのだろうか。
(明日も朝早くから遠方へ行かねばならぬのに……面倒だ)
とりあえず――
「この者を、今すぐ西の離れに幽閉しておけ」
「はっ!」
部屋の暗がりに控えていた従者が姿を表し、リリアーナの腕を掴む。
「えっ!? どうして? わたくしは魔王さまの花嫁として来たのでは?」
「そんな話は知らぬ。私に食べられるために来たのではないのか」
今までの生贄は、食用が9割。
残り1割が、魂を捧げるだの、地獄に落ちたと思い込んでいた。
これは新たなパターンか。
落ちた書類を拾い上げ、ルシアンはメモを書き込む。
「困ったわ……わたくし、食べられてしまうのね」
「……人など食わぬ」
思わず口をついて出た言葉に、しまったと口元を押さえた。
――食うと言ったほうが、魔王らしかったではないか。
兵士に担がれ、部屋を出ていく少女の背を見送りながら、ルシアンは小さく呟く。
「……まだまだ、修行が足りないな」
◇ ◇
あれから数日。リリアーナはご機嫌で闊歩していた。
事情聴取の後、離れの中限定で、自由に歩いていいとの許可を得たのだ。
毎日魔境ならではの新しい発見がある。
「それは何を描いてるのですか?」
「これは魔物のデザインさ。毎回同じだと、慣れてしまうし、より怖い形を考えているのさ」
「楽しそうですね! 私も描いてみてよろしいでしょうか」
獣人の絵描きは、小さなスケッチブックとペンを渡してくれた。
屋敷の中の人たちは、リリアーナのことを”自称花嫁“として、暖かく接してくれた。
「新入りさん。ここはどうだい?」
「魔境ってもっと真っ暗闇で、怖い場所だと思っておりました。意外と普通の場所なのですね」
「はっはっは。そりゃ魔王さまの幻術のせいで外からそう見えるだけさ」
「そうなんですか?」
「ここは、居場所がない人や、追放された人たちが流れ着く場所だったからね。ほら、俺ら獣人とかもね」
「なるほど確かに……わたくしも罪人ですわ」
頬につけられた罪人の焼印。これは鏡を見るたび思い知らされる。
「だろ?そんな迫害してたやつらが、豊かに楽しく暮らしてるってなったら、面白くないだろ」
はははと快活に絵描きは笑った。
ここでは身分という仕組みが曖昧だ。
最初は戸惑ったが、誰とでも気軽に話せるのは、これはこれで楽である。
「リリアーナさま! こちらにいらっしゃったんですね」
振り返ると、身の回りの世話をしてくれるメイドが走ってきた。
気軽に令嬢の名前を呼ぶだなんて、と叱責することもここでは不要だ。
「私が仕事をサボっていると思われてしまいます。勝手に出歩るかれては困ります」
彼女は片腕が無い。
子供の頃に食い扶持を減らすために、生贄として魔境に来た一人だ。
ある意味先輩だ。
「これを見て。私も考えてみましたの。魔獣よ! 少しは魔王さまのお役に立てるかしら」
リリアーナは、意気揚々とスケッチブック差し出す。
メイドは目を落とした後、あーうー、となんとも言えない声を発した。
どうして汗をかいているのかしら?とリリアーナは小首を傾げた。
「あっそうだ!魔王さまが本日お戻りになりますよ」
メイドは話題を変えるかのように顔を上げた。
「あら。それでは、離れにも来られるかしら!? お迎えの準備をしなくてはいけないわね」
留守中に、魔王の好みの食べ物や、好きな香りや色など調査済みだ。
疲れた身体にはまず何が必要かしら?と妻として出来ることはないかと、思いを巡らす。
「それがその。離れでしばらくお休みされると思うのですが、その……」
「?」
「魔王さまは、城内にいても、ほとんど人にお会いされません」
もう一度会えると浮かれた気持ちが、シュンっと一瞬でしぼむ。
リリアーナは、俯いてスケッチブックをギュッと腕に抱え込んだ。
◇ ◇
昼下がり、リリアーナは庭を見下ろすテラスで、椅子に腰掛け居眠りをしていた。
「ふむ……聖女か」
「んなっ!!」
声に驚き目を開けると、目の前に魔王ルシアンの顔があった。
あの日以来である。会えると思っていなかったリリアーナは、驚きを隠せなかった。
白銀の髪は風にゆれ、陽の光にきらめいた。
暗赤色の瞳は明るい場所で見ると、まるでガーネットのようだ。
魔王はゆっくりと立ち上がって、腕を組んで顎をさする。
「刺客ではないようだな」
「刺客とは?何のお話でしょうか。魔王さま」
(おでこ?今おでこに何かされた??)
リリアーナは額を触りながら、ルシアンに尋ねる。
「記憶を覗かせてもらった。伯爵家の養女か。政略結婚に利用されたが、はめられて生贄にされたというところだな」
最初に出会った時と同じ無表情ではあるが、どことなく声に優しさを感じる。
「嫌な記憶は全部消してやろう。花嫁になる必要などない。ここで新たな人生を始めるといい」
そう言って、ルシアンはリリアーナの頭をそっと撫でながら、再び顔を近づけてきた。
「だから角をなぜ掴む!」
気が付けば、リリアーナは全力でルシアンから顔を離していた。
「消さなくっていいです! 私は……私は……」
息が苦しい。
色んな思いが込み上げてきて、ルシアンの胸に手を添え訴える。
「魔王さまの花嫁としてここに来たのです。ここでも必要ないって……言わないでほしいです」
べそべそと泣き出すリリアーナに、ルシアンは手の置き場を迷うように空に泳がせた。
そしてため息をつき、無理に記憶を消そうとはせず、リリアーナを残しそのまま立ち去っていった。
「調子が狂うではないか……」
ルシアンは誰にともなく呟く――
彼女の記憶に触れたとき拾ってしまった感情が、魔王の胸を、乱していた。
魔王としてではなく、一人の男として向けられた感情など、想定外である。
◇ ◇
リリアーナは胃がキリキリと痛んだ。
もう王国での地位など関係のない場所にいるのだ。
この城を出ていくように、とそろそろ言われても仕方がない。
「私もメイドとして雇ってもらえるかしら」
「え?リリアーナさまは、魔王さまの伴侶となられるのでしょう?」
「〜〜〜〜っ! それが、断られましたの! 今後、私はどうしたらいいのでしょう」
ソファのクッションに顔を埋める。
メイドはきょとんとした顔をして、一枚のカードを差し出した。
「代わりに読んでいただけるかしら」
魔境の文字は独特で、リリアーナには読みづらい。
「ほ〜ら、やっぱり。リリアーナさまってば、なにおっしゃってるんですか」
「へ?」
「魔王さまから夜会へのお誘いですよ!」
「本当ですか?本当に本当に本当に!?」
メイドはニコリと微笑んだ。
胸が熱くなり、思わずメイドの手をとり、両手で握りしめた。
「うんっと綺麗にして、隣国の皆さまの視線を釘付けにしましょう」
「隣国……?って、ちょっとまって?魔王が、生贄と、敵国の、夜会へ?」
王国にとって魔王と言えば悪!人を食らう邪悪な存在だ。
先日も魔王討伐の勇者を送ってきたばかりと聞く。
魔王が隣国へ、しかも夜会に参加など、こんな話は聞いたことがない。
第11王子の最後に見た姿が思い出され、リリアーナの胃はまたキリキリと痛み始めるのだった。
◇ ◇
王宮の広間は煌びやかな貴族たちで溢れていた。
今日の夜会は第11王子と聖女クララの婚約のお披露目なのだ。
以前の断罪騒ぎ以降、2人は市中の噂話の的であった。
しかしこれでお騒がせ王子も落ち着くのでは、と周囲の人々は囁き合った。
「魔王さま、本当に入っていかれるのですか」
「招待されたからには、行くしかないだろう」
(魔王招待するとか、そんなことする人いないですよー!)
リリアーナは、門前払いされるか投獄かと腹を括ったが、ルシアンの幻術であっさりと中へ入ることが出来た。
あまりの落ち着いた慣れたそぶりに、過去にもこうして王宮内に来ていたことがあるのではと、リリアーナは考えた。
「お飲み物はいかがでしょうか」
魔王の異彩を放つ姿に、誰一人気を止めない。
顔見知りの貴族たちも、リリアーナの姿を見ても、何も反応を示すことはなかった。
人が集まっている場所がある。
そこには今夜の主役の、幸せそうな2人の姿が遠目に見えた。
「挨拶に行ってみるか」
「え、それはちょっと……」
エスコートというには程遠い所作で、リリアーナの腕を取り、ルシアンは歩みを進めた。
第11王子と聖女クララは、幽霊を見るかのような目でリリアーナを見た。
明らかな動揺が見てとれた。
「リリアーナ……?なぜ貴様がいるんだ?」
2人には幻術が効いていないのか。
王子のその声に、周囲にいた貴族たちは散り、遠巻きに囲んだ。
「あの……マルコさま。私の姿がわかるのですか?」
「何しに来た!! 生贄にされたはずではないのか」
リリアーナと王子たちの間に、ルシアンが庇うかのように立った。
「聖女さまにお招きいただいたので参上したまで」
「え?クララが?」
「私は招いておりません!」と、クララはブンブンと頭を振った。
「お前は誰だ?」
「良き花嫁を私に献上してくれた。今回はその礼を言いにきたのだ」
訝しげな王子に、ルシアンがパチンと指を鳴らす。
悲鳴が上がった。皆の幻術が解けたのだ。
「魔王か!?」
一斉に人々が入り口のドアに向かって走り出すが、ドアはびくともしない。
人々は悲鳴をあげ、グラスを投げ出し、我先にと逃げ惑う。
ルシアンはリリアーナの手をとり、耳元で囁く。
「お披露目は成功だな。よく見ておけ」
ルシアンは漆黒の翼を広げて、リリアーナと共に空に浮かんだ。
あっけに取られるリリアーナを気にすることなく、小さく呪文を唱えて人々に向けて手を翳した。
「うわああぁ! 化け物!!」
床や壁から次々に魔物が湧いて、人々を襲っていく。
リリアーナは目を背けようとした。
しかし、ちゃんと襲えていないことに、ふと気づいた。
黒い狼は、舌を出してすごい勢いで上下に飛び跳ねて、狂気を感じる。
しかし前に進めていない。
いびつな一つ目の棒人間も同様。転びながら前進しているようだ。
不格好なタコ脚の牛に至っては、仲間内で喧嘩をしている。
あれは、リリアーナには見覚えがあった。
「魔王さま。おやめください……!」
自分がデザインした魔獣だと気づき、羞恥で顔が熱くなった。
今まさに、自分の画力の無さをお披露目されているのだ。
バランスが悪いせいで、まともな動きになっていない点は、逆に恐怖を高めていた。
「リリアーナめ。魔王の手先になりやがって! クララ、君の聖女の力を見せてやれ!」
「聖女さま助けてください!」
「あんたが招待したんだろ!?」
「クララなにしているんだ! 早く魔王をやっつけるんだ!!」
クララは、縋り付く人々を払いのけてしゃがみ込んだ。
この日のためにと、美しく結い上げた髪も乱れて、頬に貼り付いた。
手を掴んで立たせようとする王子を突き飛ばす。
「無理! 無理だから! 離して!」
バンっと扉が開く音がした。
開かないと思っていた扉が開き、皆が一斉に注目をする。
そこには、純白の清楚な装いの女性が立っていた。
会場の黒い魔獣たちと対照的に、キラキラとした光を纏っている。
「去りなさい魔物よ」
女性が歩みを進めるたびに、魔獣はハラハラと端から、砂のように崩れてゆく。
自分の作った不格好な魔獣たちが、次々と浄化されていくのだ。
リリアーナはルシアンを振り返った。
「魔王さま」
「想定通りだ」
ルシアンは焦る様子もなく、その様子を見つめていた。
女性が広間の中央へ歩を進め、杖を大きく挙げる。
「聖なる乙女の名において、この場の不浄を祓わん」
シャンッと錫杖の音が広間に反響する。
すると、広間を包み込むように光が放たれ、ルシアンの力は弾き飛ばされた。
リリアーナは、ルシアンにしがみついた。
足元では、人々の歓声が上がる。
「あぁ魔王が怯んでいるぞ!……聖なる力だ。貴方こそが聖女か」
「聖女が、我々を救ってくださる!よかった。助かるぞ!」
暖かな光に包まれて、逃げ惑っていた人々に安堵が広がってゆく。
荒れ果てた広間の中で、誰からともなく膝をつき、女性の周りで人々は神への祈りを捧げ始めた。
圧倒的な力で、魔王の力を跳ね除けた力に、人々は真の聖女だと頭を下げた。
第11王子は、絶望した表情でクララを見つめた。
「俺を……騙したのか?」
「マルコさま……あと一歩だったのに。あなたのその愚かさが、私は好きだったのです」
クララは嘲るように微笑み。
王子は力無く膝をついた。
◇ ◇
「聖女さまとの密約!?」
夜会の翌日リリアーナは、ルシアンにお茶に誘われて、テラスにいた。
紅茶を吹き出しそうになって、慌ててハンカチで口元を抑えた。
「私の力は恐怖を求めるが、彼女は信仰心こそが力なんだ。偽聖女に腹が立ったんだろうな」
リリアーナは、ポカンと口を開けた。
「聖女さまも、魔王さまも、なぜ力を求めるのですか?」
魔王はフンっと鼻で笑って紅茶を口に運んだ。
「この土地は不毛の地だ。水もわずかで土地も痩せていた。幻術以外の力のほとんどは、そうした環境の改善に使っている。聖女も似たようなものさ」
魔境で出会った人たちが、魔王に対して好意的な理由がわかった気がした。
迫力のあるルシアンも好みだけど、爽やかな日差しの中で会うと、違った魅力を覚えた。
「この間は助かった。いいセンスだった。褒美に何か望みはないのか」
「ぐぐ……もっと精進します」
リリーナは少し考えた後、右の頬に触れた。
「そうですね。この焼印を消す薬とかありませんか?流石に魔王さまでも、頬に罪人の印がある女は嫌かな、と……」
魔王の隣に立つのに、身分も美貌もない自分は相応しくないのではないか。
「そう、思い始めまして……」
言いながら頬を染めて俯くリリアーナに、手を伸ばして魔王は顔を上げさせる。
「知らぬのか。その焼印の文字は、魔王の所有物と書かれている。私としては悪くない。」
こほん、とルシアンはひとつ咳払いをして、横を向く。
「……もちろん、リリアーナが消したいと望むのなら、消してやるが」
「そうなのですか?……では前言撤回させていただいても?」
「もちろん」
ルシアンは、優しく微笑んだ。
「魔王さま視点」のお話も、後日書く予定です。
リアクションもらえると、はげみになります。




