07
隣の町に着いた頃にはすでに陽は傾き始め、外の人も少なくなり始めていた。
これまでいた町に比べてこの町は更に規模は小さく、ギルドの支部もない。生活資金の余裕はあるので今すぐに仕事を受ける必要もないので、次の町への移動を急がずに、少しこの町でリート、リンデとの時間を設けるのもいいかもしれない。
最近は、なんか次から次へと依頼を持ち込まれて、二人とゆっくりと過ごす時間を全然取れなかったし。
それほど大きな町ではないため宿屋は一軒のみだったが、品のよさそうな夫婦が営んでおり、見える範囲ではとても綺麗で、食堂も兼ねているのか、奥にはたくさんの机が並んでいる。
ひとまず一週間ほどのんびりして、その間にしばしこの町に滞在するか考えようかな。
――なんて、考えていたのだが。
「一週間、ですか?」
「はい。子連れなので、少しゆっくりしようと思ったのですが……もしかして、空いてませんか?」
「いえ、空いてはいるのですが、その……」
宿屋の主人が、奥さんと顔を見合わせて、どうしようか、と目で会話しているようだった。
確かに子連れで一週間もこんなに滞在するのはよくあることではあるが、そんなに怪しまれてしまうような見た目だっただろうか、と思わず自分の服装を見るが、一般的な平民の服装、だと思う。
「無理なら、一晩でいいのですが。明日には移動しようと思います」
「実は最近、このあたりに魔物が出るようになりまして。こんな辺鄙な町では、冒険者も滅多に来ることもなく、町の自警団ではいささか戦力に心もとないため、あまり長期間の滞在はおすすめいたしかねまして……」
「……なるほど? 領主さまにはすでにご報告はされてないんですかね? それに隣町に冒険者ギルドの支部がありますから、そちらに依頼するのも手では?」
なにせ、今朝まで私はそこにいたのだ。行って依頼して戻ってくるだけでも確かに時間はかかるが、手をこまぬいて魔物の襲撃におびえて過ごすのもどうかと思うのだけど。
私の言葉に、宿屋の主人は、まるで初めて聞いた、みたいな顔できょとん、としている。
え、まさか、思いつかなかったの? 誰も?
「その、ギルドはお金次第でどんな依頼も受けてくれますよ。もちろん、その依頼を受ける冒険者がいれば、の話ではありますが。ただ、魔物討伐は本来領主の仕事なので、そちらが対応するのが筋ではありますけど……」
領民の安全確保は、当然、領主の仕事だ。領地経営の基本ともいえる。
領民がいないと税を納めてもらうこともできないし、領民からの税がなければ上位貴族にその理由を問われるはずだし。
オルトマン辺境伯領では当たり前のように、貴族も騎士も平民も魔物討伐に参加するが、他の地域ではそうでないことくらいはさすがに知っている。
なので、率先して領主が魔物討伐に騎士を派遣するものと思ったのだけれど……
「……ギルド。確かに、そうですね。隣町とはあまり交流もなくすっかり忘れていましたが、確かに、冒険者に依頼すれば……」
「繰り返しますが、その依頼を受注する冒険者がいれば、の話ですよ? ギルドの支部によっては、お抱えの冒険者もいると聞きますが、隣町の支部は、おそらくそういう人はいないので……」
いたら、私に次から次へと依頼を持ってくるようなことはないだろう。わざわざ乳母を派遣し、その費用を自分たちで負担してまで私を指名していたのだから。
正直、私にとっては片手間で済ませられるような内容だったけれど、駆け出し冒険者には少し難易度が高いものも交じっていたので、間違いなく、お抱え冒険者などいない。いたとしても、そのレベルは低いと思う。
「……明日にでも、みなと相談してみます。ありがとうございます、本当に困っていたのです」
「いえいえ、大した助言ではありませんが、お役に立てたのであれば。とりあえず、解決する見通しは立ちましたかね? で、一週間、泊まれますか?」
「あ、はい! 魔物が出没することさえご承知いただけるのであれば」
「では、ひとまず一週間でお願いします」
全額前金、朝晩の食事つきとして提示された金額を支払い、そのまま部屋へと通される。入り口で受けた印象の通り、部屋の中はきれいに整えられていた。
今日は他に宿泊客もいないから赤ん坊の泣き声も気にしなくていい、と奥さんに一声かけてもらえたのは正直とても嬉しかった。防音の魔法があるとはいえ、こういった些細な心配りをしてもらえるだけで心強い。
必要だろうから、とわざわざ昔お子さんが使っていたという籠まで持ってきてくれた。
大事に使っていたのだろう。年季の入った感はするが、頑丈そうで少し大きめだ。二人並んで寝てもゆとりがあるので、ありがたく使わせてもらうことにする。
二人を籠に寝かせると、珍しく二人ともすぐに寝入ったようだ。当たり前だけどこれほどの長時間移動なんて二人は初めてなので、疲れたのだろう。私も疲れた。
不思議なことに、魔物討伐の方がもっと過酷で、疲労だって段違いのはずなのに、どうして馬車に揺られていただけでこんなに疲れるんだろう……
部屋に鍵をかけ、更に念のため部屋全体に保護魔法をかけてから、それほど多くはない荷物を簡単に解く。
ぐっ、と身体を伸ばすと、固まった筋肉が伸びてほぐれたような感覚がする。
魔物はまぁ、気になるけれど。私個人だけでいえば些細な問題だし、ギルドに依頼を出すのであれば、遠からず解決はするはずだ。
冒険者ギルドは各地の支部と本部で連携が取れているので、緊急性、重要性の高い案件の場合は他所から冒険者を派遣してくれる仕組みになっている。
最悪、本部にまで話が行けば、オルトマン辺境伯領内で比較的時間に余裕のある誰かが来てくれるはずだ。
「あー……疲れた」
パタリ、とベッドに横になった私は、そのまま夢の世界へと旅立ったのだった。




