18
まさか、現在地がよりにもよって、ハイヒラー侯爵家の姻族の地だったとは。
何も考えないでふらふらと放浪していたので、自分が今どこにいるのか、なんて考えてはいなかった。
しかし、冷静になってみれば、うちとは関わりのあまりない方へ、という認識で移動していたのだから、我が家ともっとも縁のない家はハイヒラー侯爵家なんだから、そこにたどり着くのは当然の帰結だったのかもしれない。
「それでマリーナ、実際、お前の目から見て、その群れの規模はどうなんだ?」
「異常なのは間違いないわね。というか、誰の目から見ても異常なのは明らか。で、対処できるか、と言われたら、もちろんできる。おそらくは、ボス個体さえなんとかしてしまえば群れは瓦解して、取りこぼしがあったとしても、今回みたいな異常事態にはなりにくいと思う、んだけど……」
確かに普通の群れであれば、統率者を失えばその異常性が失われる。しかし、そこで姉様は一度言葉を区切り、何かを考え始めた。
こういう時の姉様には、口を挟まない方がいいのは経験的にわかっている。多分、自分の中での考えがまとまらないとこちらの声は聞こえないだろうし。
兄上もそう思ったのか、小さく息をつき、視線を一度私へと向けてから、リートとリンデへと向けた。
くっ、話を先延ばしにしたはずなのに、また戻されるのか……!
「……ラヴィニア。お前、ミハエルのことは、どう思ってる?」
「え!? ど、どう、と言われても……?」
「お前がミハエルのことを好きなのはわかっている。しかしその感情は、弟分としての親愛か? あるいは幼馴染としての友愛か? それとも……異性に向ける、恋愛か?」
「……」
兄上が疑問に思うのは、当然だった。なにせ、私自身が、つい最近まで自覚なかったんだから。
……いや、本当に、自覚するのが遅すぎたのを、自覚してます、はい。
「……つい最近、自覚しました」
「……いや遅すぎだろ」
「だって! ずっと弟分として可愛い、可愛い言ってきてたんですよ! そんな、自分の中でその感情の種類がいつの間にか変わってたなんて、わかるわけないじゃないですか!」
だって、言うなれば、これは初恋だ。恋をしたことなかったのだから、これが恋なのか家族愛なのか、分からなくて当然じゃないか!
「まぁいい。自覚したなら話は早い。ミハエルは、お前との婚約を解消するつもりなんてないぞ。とっとと帰ってこい」
「なんで!? そんな、責任を取らせたくないから、家をでたのに!!」
「責任は取らせてやれ」
「だって、私、防波堤だもん!!」
そう、私は、防波堤なのだ。殿下と、殿下を支えるのに最適な令嬢との婚約が整うまでの、防波堤。
だから、私は殿下に恋をしてはいけなかったし、一線を越えてはいけなかったのだ。
「……それは、子供の頃の話だろう? すでに二人とも成人しているんだし、二人の意思が最優先だ。何より、王家の色を持った子供を産んでいる時点で、これは大きなアドバンテージになる」
兄上の言葉に、きょとん、と瞬きを返す。
確かにリートとリンデは、ミハエル殿下と同じ――王家の色とされる白銀の髪に紫水晶の瞳を持っている。
これが、殿下こそ次期王太子に、と推す人が多い、一番の理由だ。
「いいか、よく聞け。第一王子も第二王子も、王家の色を持たない。さらに、王子たちの子供に白銀と紫水晶が出ることもあるが、王子二人がその色を継がなかった時点で、その可能性は低いとみていいだろう。ハイヒラー侯爵家に王族が降嫁したことはないし、イルヴィッツ伯爵家にしてもそうだ」
実際に会ったことはないけれど、第一王子と第二王子の髪と目の色が、陛下と異なるのは知っている。更に、兄上が言うなら、現王妃に王族の血が流れている可能性はないのだろう。
……確か、国王陛下の近い血族で未婚女性はいない。つまり、第一王子、第二王子の妃になる女性が誰であろうと、王家の色を持つ子供が生まれる可能性は、ゼロに等しい、ということになる。
「……いやでも、うちじゃ殿下の後ろ盾としては、弱いし……」
「すでにこの一年でミハエル自身が足元を固めつつある。もとより、第一王子も第二王子も、王としての資質がまるでない。権力は振りかざすものだと思っているし、そもそも周りにはアレらを諫めるものがいない」
「え、それはちょっと……問題すぎなのでは?」
「問題すぎなんだよ。だから今、王都の貴族は真っ二つだ。ハイヒラー侯爵派と、ミハエル派」
なぜ、そこで祖父にあたるハイヒラー侯爵が出てくるんだろう。普通、当事者である第一王子と第二王子が出てくるはずなのに。
私のそんな疑問は、兄上があっさりと答えをくれた。
「あいつら、バカすぎて貴族ですら直接支持するのをためらってるんだよ。なんなら、いつも二人で争ってるしな。同族嫌悪、というやつだ」
なるほど、と思わず納得してしまう。
私の知っている身近な双子と言えば、リートとリンデ、そして兄様と姉様だ。
リートとリンデはまだ幼すぎて二人に大きな差はないけれど、兄様と姉様は男女の双子だが、非常に仲がいい。四六時中べったり、なんていうことはないけれど、全てを言葉にしなくても、なぜか通じ合ったりしているのだ。
これが悪い方向に向かうと、第一王子と第二王子のようになるのかもしれない。互いに相手のことが手に取るようにわかるから、余計に苛立つ、みたいな。
「まぁ、何にせよ。一度、ミハエルときちんと会って話をしろ。まずはそれからだ」
「……考えとく」
ずっと、殿下とはいずれ婚約解消になるものだと思っていたし、殿下の地盤固めの為には、中央の貴族のお嫁さんを貰うのが一番だと信じていた。
でも、私が、リートとリンデを産んだことで、違う選択肢がでてきた……? いやでも、殿下の気持ちがまだ分からないし……
「話、終わった?」
また、グルグルと思考回路が回り始めたところで、姉様が声をかけてきた。
どうやら、姉様の中での結論は出ていたけど、私と兄上が話し込んでいたので、空気を読んで黙っていてくれたらしい。
……よし、とりあえず、結論は先送りだ!




